サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.07.18
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 ここのところ「源氏1000年」シリーズが、前半の終りに近づいて来て、どうも滞っています。その原因の一つに、このところの天候不順を先にあげたりもしているのですが、しかし本当の理由はもちろんそんなことろにあるのではありません。早い話、昨年の今ごろも同じような梅雨明け豪雨がありながら、さして面白くもなさそうな「松風」の帖あたりのおしゃべりを、嬉々としてやっていたものでした。
 であればこのところの渋滞の原因は何なのか?その答えは簡単で、自分自身がこれを楽しんで、しゃべれてないらしいということが、この画面を見ながらありありと分るからです。

 前に何度も触れましたが、私がこのブログを続けているときの原則は、
1. 基本的に自分が本当に楽しんでしゃべっているか
2. だれが読んでも分る言葉になっているか
3. 引用参考に際して、その出典を出来るだけ明らかにしているか
の3つです。

 ブログの立ち位置というのは、いまだに不分明なところがあって、私的な部分と公の部分の境目があいまいで、自分の庭のつもりで手入れしていたところが、いつのまにやら妙な書き込みとか、トラバがくっついて「何だこりゃ」と目を向く時もあります(まあトラバの方は、この本旨にほとんど関わりがないので、外しましたが)。
 しかし外に開いた庭ということであれば、現の場合でもその塀の外側から、いろいろ言う人というのはいるわけで、これはまあしかたがない。それよりいくら手入れしても、まるきり反応がないということのほうが、手入れしている側にとっては、時にやるせないこともあるので、こうしたコメント欄は大事でしょう。

 かんじんなのは、やはりここ最近こうしてしゃべっている自分自身が、どうも本当の意味で面白がってないな、というのがよく分る、というのが厄介なのです。その寄って来たる原因が何なのか?個人的なスケジュールとか体調などというのは別として、一年半以上ルーティン・ワークのように、基本的に毎朝二時間を費やしていた、このおしゃべりに明らかに変調が起きている、としか思えません。
 私のおしゃべりというのは、基本的に明日UPすることは今日中に、逆に言うと明後日以降のことは一切考えない、つまり書き貯めはしない、ということで、ヘンに書き貯めてしまうと、朝パソコンを開いたときに、新鮮な感じがしなくなってしまうのです。「源氏物語」というのは、そうした私にとっては、毎日尽きせぬ話題を提供してくれる湖みたいなもので、日々読み込むなかに、何やかや新たな読みだの解釈だの、要は面白味を見つけ出していくところに、このシリーズを続けていく爽快感というのがあったのでした。
 よくある話ですが、すでにしゃべり終わったことを、またぞろ読み返すことほどしんどい話はありません。

 しかしそうした楽しみ方を、一年半も続けていると、さすがに以前しゃべっていたことの繰り返しのようなおしゃべりが頻出している感じもし、もし仮にこれを読み続けている人がいるとすれば、ついに頭にきて投げ出してしまうのじゃないか?という強迫に囚われます。自身がじゅうぶん新鮮な気分でしゃべれてない以上、それを読む側が、中味に面白味を感じるというのは、土台ムリな話なのではないか?というわけで、おおいに渋滞しているらしいのです。

 実をいうと、この「藤裏葉」の帖は「源氏物語」前半のくくりにあたり、これまでどおり話の筋を追ってしゃべるのは、そんなに厄介なことではありません。私自身とっくにこの帖は過ぎて、いよいよ「若菜 上」から始まる後段をどう読んでいくか?というのを楽しみにしていたのですが、これが何となく躊躇する感じがあるのです。
 その躊躇の本質は何か?これもどうも答えは簡単なようで、この「若菜 上」以降の物語については、初読のとき以来すでに何回か読み直したのですが、私自身が本当にこれらの帖に面白味を感じているのか、ということに自信が無くなって来たことにあるらしいのです。ある程度この古典を知っている方はご存知のとおり、「若菜」以降の数帖は「源氏物語」の中でも、もっとも白眉とされる部分であり、いうなればその「らしさ」が一番よく現れた部分なのです。これは古今東西の源氏読みの方々が、口を揃えて強調されるところであり、「若菜」を読まなければ「源氏」を読んだことにならない、とまで断言される学者も多数おられます。

 そこまで強調されたり断言されると、私のような一介の素人読みがヘタな口舌を飛ばすのは、ちょっとマズいのではないか?いまさらこれらの帖にかんして、新鮮な読みなどというものを、私なりの言葉でしゃべることなど出来るのかいな?というのが二点め。さらに付け加えるならば、それほどまでに文学的結構が良く出来ているこれらの帖について、口をさしはさむというのは、私自身は当然として、そのおしゃべりに付き合って下さっているであろう、このブログの訪問者の皆さんの感興を削ぐのではないか?という不安もあります(それを言うなら、今までだって充分削がれたわい、と言われてしまいそうですが)。
 たんなる感想文で流す、というのも一手か?とも考えるのですが(その方が本文から湧き上がってくる感興は、よほど上手く出るかもしれない)、しかしそれでなくても、これまで相当拡げてきた大風呂敷に比べて、それではあまりにも中味が乏し過ぎるのではないか、という気がするのです。

 拡げてしまった大風呂敷に包むに堪えるおしゃべりなどどうやったら出来るのか?どうやらこのところの渋滞感は、このへんにありそうで、これは相当厄介なことになりそうですね。





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Last updated  2010.07.18 17:06:13
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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