サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.07.23
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 彼女が藤原家の彰子方に伺候するについては、おそらくその物語的才能ではなく、彼女の持っている該博な一般教養がすでに世間的によく知られていて、その才媛ぶりが姫君を取り巻くサロンの格式を高める、という意味合いが当初は強かったでしょう。そのあたりの雰囲気というのは、この物語中の例えば六条御息所のサロンが、都内でも独特の格式で一目置かれていて、それらがそこに仕える女房たちの気の利いた振るまいで判断されていた。したがって若い殿方が、引きも切らず御息所詣でを繰り返していた、という話によく現れています(それともう一つ、ここ最近描かれていた明石の方の、姫君入内後の女房たちの教育が大変行き届いていて、それが御所内での姫君の評価を上げた、という記述にも現れていますね)。
 仕える女房たちの教養とか機智とかは、そのまま真ん中にいる女王の評価を高めるわけで、逆にそうした女たちのだらしなさは女王のレベルの低さと判断されるのです。そのあたりの様子もまた、すでに「近江の君」に仕える女たちの振るまいなどに、出て来ているのですが、こののちこの物語ではもっと深刻なかたちで描かれることになりますね。
 今どきの企業組織などの様子を判断するとき、組織のトップの顔と同時に、末端従業員の一挙手一投足とか、彼らの机の上の様子を見れば、そこがどんな組織なのか大体分かると言いますが、女王がほぼ御簾の帳に隠れて顔を出すことのなかった平安時代、むしろ末端の女たちの果たす役割は、今どきよりはるかに大きかったでしょう。

 このころが稀有の時代だったというのは、彰子方に限らず各姫君を擁する貴族たちが、上のような事情で競い合うように各方面の才能ある女たちを、大勢集めた時代だったということなのです。
 その理由は一つには、この時期が国家体制が固定化して二百年がたち、政治向きの関心がもっぱら天皇の外戚たらんことだけに指向したこと、第二に、入婿婚の風習がまだ色濃く残っていて、女性崇拝とは言えないまでも、古代的心象が依然として残っていたこと、そして何といっても女が許された「仮名」文字の方に、「真名(漢字)」よりはるかに生きた言語表現を、より多くの人々に可能にしたこと、の三点が奇跡のように偶然重なった時期だったということでしょう。
 こののち地方豪族の跋扈とともに、武士の時代の到来が次第に明らかになってくるのですが、そこでは女たちがこのように詩歌管弦の教養を競い合って時代の文化をリードする、というような機会はほぼ完全に失われたのでした。「宇治十帖」にはそうした来るべき未来からの恐怖が、一種予感のようなかたちで現れている、などと私は思っているのですが、まあそれはずうっと先の話ですね。

 私が、教養器量を同じうする女たちが、紫式部の周辺には結構いて、この物語の気息をかなりのレベルで理解し、かつ多分さかんに感想を述べあったただろう、さらにそれに近寄ってくる男君たちも、大いにこの話題をしただろうというのには、そんな背景を想像したからです。
 生きた言語表現とは、同時に表現者たちの自意識も極度に高めたでしょう。それはそのまま自己と社会に対する、あからさまではないにせよ批評的なものの見かたにつながっていくので、紫式部はその意味でも、この時代の雰囲気をもっとも個性的に体現した女性として現れてきたのでした。

 私が「源氏物語」の「須磨」の帖以降を、あらでもの口語訳なども附して、しつこく追いかけてきたのには、ないがしろとは言わないにしても、「須磨」以降とくに「玉鬘十帖」など、この物語全体の評価の中では比較的軽く扱われているような、したがって仔細に読まれる機会も少なさそうな、このあたりをむしろ細々と読めば、あるいは彼女がどうやってそのような自意識に満ちた批評的な(つまり近代的な)表現を見い出して行ったのかを、一般論ではなしに(彼女は最初からそうした目を持っていたわけではないでしょう)、多少は具体的にたどって行けるかな、という期待があったからなのでした。

― つづく ―





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Last updated  2010.07.24 10:04:40
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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