サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.07.29
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 と、たいそうな話になってしまいましたが、要は芸術家というのが、我が魂を悪魔に売り渡したように力みかえって、無から有を生み出すときの振るまいかたには、往々にして余人を蹴飛ばしかねない危うさがあって、その側に寄り添うようにして付き合うのは、なかなかしんどいところがある(ベートーヴェンを考えれば分かるでしょう)。さらにはそうして生み出された作品には、それを味わう側からいえば多分に押し付けがましいところがあって、快適に享受するという感覚とは相当違う。
 そのかなり押し付けがましい意匠を許す余裕がこちらにないと、余人は簡単には現の世に戻って来れなくなる。一種麻薬のような毒があるわけで、ひらたく言えば、これらを味わったあとというのは、かなり危険というか、「ゴチソウサンでした、もう結構です!」というところがあるのです。

 このたび「若菜」以降の数帖を何回か読み直しながら、何がこれまでと違うのか、腹の底から本当の意味で感服しているのか、何度も自分の内に湧き上がって来る感覚と相談しながら、四苦八苦しています。これは例えば「空蝉」「夕顔」の帖や「葵」「賢木」、あるいは「乙女」や「真木柱」の帖で感じた面白味のレベルに、先の数帖が生み出している面白みが、私の内部の感覚ではどう考えても達していないらしい、というところから来ているのです。
 「それはお前の芸術的感覚が不足しているからだ」と言われれば、「まったくその通りで」と開き直るしかないのですが、それでもやはり古今東西の識者がそれほど誉めそやすには、よほどの根拠があるのだろう、ということで、しつこく読み返しては自問自答を繰り返しています。

 上にあげた「空蝉」以下の面白味と、「若菜」以下の数帖の面白味を分かつものは何なのか?本文に入っていく前に多少の違いをあげるとすれば、一つには、それは巧まずして出ているユーモア感覚の有り無しなのではないか?私はユーモアの感覚というのは、正気と狂気の間のバランスを保つ上で、とても魅力的な方法だと思っているのです。
 本来ならば「空蝉」にせよ、「夕顔」にせよ、女たちにとって相当禍々しい事件が語られているのに、それを描いていく紫式部の筆致には、惟光だの小君だの軒端の荻といった笑いを誘う人物たちが配されて、すこぶる余裕がある。この余裕というのは読み手側にも自然と伝わるので、今ふうに言えば「暴行致死」にも当たるようなエゲツない中味でありながら、私たちはそれをさほどの危険も感じずに読むことが出来る。
 これは先ほども言ったように、途中で挿入される笑いの感覚が抜群で、読み手は泣いたり笑ったり好きなように翻弄されて目眩を感じながらも、読み終わったあとには、ある種爽快な感じが残る、いわゆる後味の悪さというのがない。

 「芸術とはそんなものじゃない、もっとマジメなものだ」とは、西欧近代ロマン主義と日本人のクソマジメぶりの不思議な結合から生まれた、明治以降たぶん今に到るも、一部で延々と続いている「芸術至上主義」的な考えかたで、「若菜」礼賛というのはひょっとすると、こうしたある種権威的な芸術観から出て来たものではないか?とすれば、またしてもここで私たちは、「若菜」以下を素の状態でどうやって読みこなしていくか?という問題に突き当たります。
 気取った言いかたをするなら、平成の現世(うつしよ)に「若菜」以下の面白味は可能か、ということなのですが。

― つづく ―





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Last updated  2010.07.30 11:18:04
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
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