サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2010.10.05
XML
 山本七平さんの一連の戦争記録を読んでいると、敗戦後の一流のいわゆる文章家(小説家、批評家、エッセイスト)のなかでも、このように惨烈な実体験をした人は少ないのではないかと思わせます(悲惨さの度合いに関してははるかにひどい例が、もっともっと数多くあるにしても、それを繰り返し読むに耐える文章に記したものとしては)。それはここの戦争体験の記述については、例の軽妙な山本節とか、独特の込み入った思考の辛吟というのがほとんど影をひそめて、ごく平明な文章で綴られていることからも伺えるのです。
 山本さんはこれを書き記すのに、相当の覚悟をもって臨んだのではないか?途中でもある中味にかんして書くべきかどうか、ずいぶん逡巡している部分がある。それは死んでいった兵士たち本人やその遺族を傷つける要素も含んでおり、さらに言えばそれにかかわった自身のいわば心の傷とか恥を、あらためて記憶から呼び起こすということを意味していて、普通はあまりに辛い個人的な記憶というのは、誰でも出来るだけ思い出さないようにフタをしておくものでしょう。

 この人が最初イザヤ・ベンダサンという仮装を身にまとって出てきたというのは、明らかに山本七平という戦争体験者の身柄を、いきなり世に曝すということに、かなりのためらいがあったことを示しているのではないか?
 しかし戦争未体験者の我々とすれば、そこまで記述されることによって、やっと実際の戦争とはどんなものか、国家機関が戦争というかたちで、我が身に降りかかって来るとはどういうことなのか、ほんの少しの一歩だけですが、そのニオイぐらいは嗅ぐことが出来るかもしれません。

 その記述はたんに参加した戦闘の記録とか、感情を排した実体験集ということではなく、はたまたよくある悲憤慷慨的な反戦文でもなくて、卒業を控え就職活動を始めた市井の一青年が、兵役に取られて予備士官にされ、あれよあれよとフィリピンに送られて、さまざまな不条理や残酷と遭遇する話で、これは今どきの若者でも、おそらく世が世なら同じような感覚で、兵隊に取られていったであろう、と思わせる記述になっているのです。
 兵役というのが、逃れようのない「宿命」として若者に課せられている場合、今どきでも大抵の人間は出来るだけそれを考えないようにして、普段を過ごそうとするのではないか?
 「一下級将校の見た帝国陸軍」の冒頭は、外部の騒がしさを出来るだけ見まいと、ことさらに普段の生活を維持しようとする青年(山本さん本人)の姿が描かれていて、「ウン、やはりそうだろう」、嬉々として興奮しながら戦争に臨んだ若者など(プロの士官学校出は別として)、ごく少数だったのではないか。それとまた彼を取り巻く市井の人々も、今どきと同じく「出来れば避けたい、逃れたい」という本音は、案外あったと思うのです。

 後になって戦前の世相というのが、どうしても上から下まで戦時一色と十把一絡げに見えてしまう。このあたりは結果を知っている今、という目線で見る場合に必ず生じる曇りでしょう。これは例えば日露戦争時に、日本中が戦争一色のロシア憎しで固まっていたのかといえば、夏目漱石が当の戦争中に「吾輩は猫である」を書いていて、しかもそれが結構人気を博していたという事実、さらには与謝野晶子が「君死にたまふことなかれ」と読んだりしていたことを見ていると、後から印象されるような仕方では、当時の日本人は興奮していなかったのではないか?もちろんシラケていたなどということではなくて、そのころの気分の高揚のしかたというのは、後々の結果を知っている日本では、たぶん正確には再現されていないだろうという気がするのです。

 むしろ相当部分が昭和初期以降、慎重に醸成された世論操作によって作為された「物語=神話」であって、敗戦後もおそらくそのあたりの充分な反省はなされずに、戦前に醸成された気分をそのままに日露戦争を見てしまっているのではないか?少なくとも私が小中学生のころ、さかんに聴かされた学校の先生方の話ぶりというのは、紛れもなく戦前の戦意高揚話とたいして変らないものだったでしょう。第二次大戦のわが国の負け方については、ボロクソにかつての軍部を批判しながらも、日本海海戦を語るときの大人の興奮ぶりなどは、子供の目から見てもいたって他愛もないもので、それは真珠湾を語るときの表情と同じじゃないの、というふうに、むしろ私たち子供のほうが気鮮やかに感じていたのでした。ふだん反戦平和主義を唱えている先生方が、です。
 そこに流れているのはmilitaryへの甘味な誘惑のごときもので、それは頭で制御できるような代物ではなく、性的情動が誘う心地よさに似た、一種抗いがたい魅力なのです。「こんな結構な気分に、なっとって好いんかいな」と思いつつ、私のような子供は聴いていたものでした。性的情動が子供心に何となく禁忌をともなうように、militaryにまつわる話題も何となくおおっぴらに表にし難い雰囲気がありました(私は小学中学時とも「戦争キチガイ!」と怒鳴られるほど、偽悪的に振るまっていましたが)。なぜならそれが少なくとも男=オスには、かつてない情動的な高揚感を発していたからでした。それは一種スポーツとも似た勝負事の爽快感でもあったでしょう。

 これはたぶん、それらをおおっぴらにしてよかった戦前のほうが、より増幅されて男=オスどもに発現したのは間違いのないところでしょう。いわゆる軍国少年とは、ごくごくプリミティブな情動を揺り動かすことで、簡単に生まれて来るらしいのです。

― つづく ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2010.10.05 15:33:50
コメント(0) | コメントを書く
[政治、経済、社会、歴史] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.05
2026.04
2026.03
2026.02
2026.01

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: