サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2012.03.08
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カテゴリ: カーネーション
白地のキャンバス
 ここまで話して来ると、やはり「なぜ、糸子は尾野さんから、交代せねばならなかったか?」という命題に、再び行き当たらざるを得ません。どういう締め括り方をするにせよ、今までの議論を続けて行くと、どうしたって「八十になっても九十になっても、最後までオノマチでなきゃ!」という話になって来るじゃないですか。視聴者は三十の尾野さんにシワクチャのおばあさんを、いくらでも重ね合わせて観ることが出来るのです。この際、視聴者の「想像力=妄想力」をバカにしてはいけない。
 これについて、前に私は、それは「小原糸子像を、普遍化するため」というような、はなはだ「上滑り」な論拠で腑に落とそうとして、我ながら隔靴掻痒(かっかそうよう)の思いをして来たのですが、今度はここまで見て来た尾野真千子という演技者の側から、これを考えてみたいのです。
 以下は、ひたすら私の個人的な歪曲と誤解に基づいた、「妄想」なので(まあ、このブログ自体が、ほとんどそうですが)、かなり「禁止空域」に突っ込んでしまってますが、関係者の方々には、あらかじめお詫びして置きます。

 結論から言うと、この途中交代は製作サイドから、やはり出て来たんだろう。そしてその中には、渡辺あやさんの意向が、かなり働いていたのではないか?ということなのです。その理由は、おそらく思い描いていた「小原糸子」像が、尾野さんによって「あまりに、リアルに顕現したから」という事に尽きるのではないか?
 先週見せた例の酒を飲みながら横になって浮世を語るシーン、中味かなりドキリとした文言を含みながら(それらについては、別に触れるつもりです)、何の違和も感じさせないどころか、仮にまるっきり別の科白を、ここへ持って来たとしても、彼女は仮想の小原糸子像の放つ、「品格」を毀損しないまま、演じ切ったに違いない。逆に言うと、ここのシークエンスにおいて、私たちは「別の役者が演じたら、どうだっただろう?」などという想像は、とても出来ないでしょう。
 これは彼女だけが、半年以上、仮想の小原糸子を「生活」して来た結果、自ずから滲み出て来た「世界」であって、他の誰にも代替出来ない種類のものなのです。

 さて、ここからが大事なところなのですが、製作スタッフや脚本家たちから見ていて、こうした事況にあるいは一種の「危険」を嗅ぎ取ったのかもしれない。
 と、ちょっと大げさに振りかぶってしまいましたが、要は、彼女の様々な変身ぶりを、これまで見て来た関係者からすると、今回はそこに一種の「変調」を見て取ったのかもしれない。端的に言えば、糸子の人格が「憑依」したまま元に戻らない、というような「兆候」を見止めたのではないか、ということなのです。役者が役に没頭するあまり、時に人格が変容することがあるとかという話を、何かの本で読んだような気がするのですが、思い出せません。
 「何を無責任な!」と怒られてしまいそうですが、私は何がなし、尾野さんにはそうした危惧を、多少感じてしまうのです。

 もちろん、人格が役に「乗っ取られる」などという、ホラーめいた話をしているわけではありません。もともと人格というのは、それほど確固として「どこかに在る」という具合に、見ることも触ることも出来ない種類のものです。早い話、私たちは昼仕事している時と、夜テレビを観ている時では、いささか異なった人格を示しているものです(あたりまえです)。
 要はそれが、例えばR・デニーロのように「いろんな人の人生を、『生きることが出来る』から、面白くて止められない」というぐらいの懐深さで、俳優業を受け止めているのであれば、こんな危惧などいらぬお節介で、笑い話で済んでしまうのですが、「火の魚」の折見とち子を観ていて、ちょっと考えさせられてしまったのでした。

 渡辺あやさんは「火の魚」を通じて、尾野さんの底深いキャパシティーを見たに違いない。「カーネーション」では言わば、それを「直子的身振り」でもって極北まで確かめてみたい、という期待もたぶんあったでしょう。で、その達成度の高さと同時に、尾野さんのキャラクターが、小原糸子にあまりにも強く染まって行くことに、あるいは危惧を感じたかもしれない。
 こうした時、脚本家に限らず創作者というのは、わりとエゴイストで有り得る。さらに新たな想像力の源泉として、尾野さんをもう一度、前の「白地のキャンバス」に戻して置きかった(厳密には有り得ないのですが)のかもしれない、というのがはなはだ差し出がましく、かつ立ち入った私の観測なのでした。

 この話は、これで終わりにしましょう。
 やはり実在の人の話を、あれこれ横から詮索するのは、微妙過ぎて気を使う上に、何となく話している自分自身の心に「疚しさ」を感じるじゃないですか。あ~あ!
 このお二人が、よもやこのブログを見ることはないと思いますが、何となく「女性はコワイ」ので、おしまいに「怨みを鎮める」お呪いをかねて、私のお気に入りの曲を贈っておくことにします。
 これまた数分の歌に、一瞬にして「明示的な世界」を作り出す天才シンガー、B・ストライザンドの曲で、以前に一度取り上げたことがあるのですが、むしろここに一番ふさわしいのかもしれませんね。「 You Don't Bring Me Flowers

― つづく ―


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Last updated  2012.03.08 11:21:56
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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