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■最終週にして満を持してのメイン・ディレクター黒崎博演出。最序盤の奥茨城編を撮ったこの演出家はあの頃このドラマがこんな結末を迎えることになることを想像していたのだろうか。
■これだけあらゆる登場人物に幸せをつかませる物語は滅多にない。まるでやけくそのように彼と彼女をくっつけ、その周辺の者に感激の涙を流させる。これはドラマにおけるある種の挑戦のようにも見える。
■佐々木蔵之介のVサイン(二番手上等)の流れからこの三男と米子の恋の成就は必然であると感じていた。それでも毎回この安部米店のシーンは伊藤沙莉の言動行動とそれを受け止める泉澤祐希の芝居に見とれてしまう。
■彼女がキス魔だということ(あくまで役の上でね)は去年の松岡茉優との深夜ドラマで承知してはいたが、あのタイミングで彼の唇を奪うとは。その後の彼女が発したごちそうさまは同じような名前の過去の朝ドラからすずふり亭の新メニューをも連想させる。
■一瞬だけ亭主関白となった三男の男気が彼女をうんとしおらしく見せ、目をつむって抱き合うタイミングで斉藤暁の父親(安部善三は安倍晋三に似ている)と入れかわる。ふかふかで気持ち良いと言わせた後、目を開けるとそこには父親がいる。
■凡百の脚本ならそこで派手なリアクションを描くところだが、彼女と彼にさせるのがちょっと気まずい照れ笑いなのが良い。とどめは全く面白くないパン粉のオチで、それが笑えない分、泣くしかなくなってしまう感情操作がなされるわけだ。
■この分でいくと、シシドカフカの彼がなぜか突然現れ、由香とヤスハルもなぜか結ばれ、漫画家の連載はなぜか本決まりになり、元治とラーメン屋の娘さえなぜかうまくいってしまうかもしれない。そして川本世津子だけはなぜか昔の出来事を語ろうとはしない。
■そんな「なぜか」の説明に命を懸ける脚本もある。それでもなぜかの大洪水であるこの物語の結末からなぜか目が離せない。それは全ての人に幸せが訪れるドラマというものが一体最後にはそれを普段はあまり感じたことのない私たちにどんな後味を残すのかということを確認してみたいからではないか。
すずふり亭の新メニュー、私もすこっち食べてみたい。三男に対抗したわけではないが、思いついちゃって誰かに言いたくてしょうがない気持ちは同じだ。ただ私は三男の様に純粋な青年では決してない。(つづく)
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