和がらしよ立ち上がれ
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
今年は一体どんな年になるんでしょうか。去年は「偽」という漢字が選ばれたわけですが、(個人的には、どうもあまりにストレートすぎて、面白くない。もう少し何かないのか、と感じた)今年はまったく逆の「真」とか「善」とか「美」とかが発表されて欲しいものです。などと書いてみましたが、実のところは、またネガティブなものが選ばれるような気がしています。そう簡単に、皆、心を入れ替えるわけがないからねえ。わたしのお正月は、もちろん仕事。いやいや忙しいのなんの。こんなにお客さんが来られるものとは思わなかった。しかし先日は妙にヒマで、仕事を探すのが大変。どちらにしても楽は出来ない。年末に、ちょっと続けてウイスキーを多く飲んだせいか、胃が結構痛みましてね。普段は健康なんですが、こうなると弱気になって、もうあとどれくらい生きられるのか、なんて思ったりします。まあ少なくとも、三が日は禁酒、と決意して、その通り実行。どうやら内臓の調子は回復したようで、今日は焼酎とウイスキーを飲みました。しかし量は少なめ。しばらくの間は、抑え気味に飲んでいきたい。これが、ささやかな新年の誓い。これで終わらせようと思ったけど、どうも新年一回目がこれだけでは物足りない。というわけで、もう少々。師弟関係というものに憧れがありましてね。色々な世界の、そういうエピソードを聞いたり読んだりするのが好きで。自分には、あいにく、師匠と呼べる関係の人はいません。いや、心の中にはたくさん、「人生の師」と思っている人は多くいますよ。しかし、そういうのは普通「師弟」とは言いませんからね。ふとあることがきっかけで思ったのですが、逆に「弟子」と呼べる若い人がほしいなあ、と。「弟子」というのは少し強い言葉で、要するに秘書とか書生とか、いわば身の回りの雑用をしてくれる人がほしい。まあ図々しい話なんですが。そもそも、その弟子に教えるだけのものがお前にあるのか、と問われれば、大きな声で答えるでしょう「ノー」と。でも、あまり尊敬できない人間の、何の因果か弟子になってみるというのも若者には意義のあることだ。将来仕事に就いたとき、どんないやな上司でも、「あの師匠よりはマシ」と思えるだろう。(そこまで卑下するつもりはありませんが)要するに言い換えれば結婚したいということではないか、と誤解されるといけないので付け加えますが、わたしはもちろん結婚もしてみたいと思いますが、その相手を雑用係とか、秘書とか、ましてや弟子などとは、ほんの少しも考えませんよ。人生をともに歩むパートナーと思っています。(どうも弁解じみているな。本心なんですが)
Jan 8, 2008
コメント(20)