「本書に取り上げた小林一茶の句は、『一茶遺稿 九番日記、其他』(荻原井泉水校訂・湯本五郎治編、春秋社刊、大正15年7月20日発行)を底本としている。
「『九番日記』は、文政5年(1822年)から文政7年(1824年)にかけて書かれたもので、『文政句帖』とも言われる一茶最晩年の句帖である」と、宮川氏ははじめの言葉に書いています。
そのためか野趣に富む天衣無縫の作風でありながら、死を予感させるような句も多く見られます。
年代順に並んでいますが、1句ごとに宮川氏の「解釈」が載っており、自分の感想も交えて書いてあるので、とても良く一茶の句がわかります。
「句の中には小さな物語があった。それは同時に、一茶の句を通して蘇ってくる私自身の物語でもある」(「まえがき」より)
では一茶の句を紹介しましょう。
虻追うな 花を尋ねて 来たものを
蟻どもも 何(を)祭るぞ 踊り花
散った花びらを、蟻がどこかへ運んでいるが、蟻たちよ何を祭っている かと聞いている。以下略ー
僧になる 子の美しや 芥子の花
草庵に 不釣り合いなり 咲く牡丹
小言いう 相手は壁ぞ 秋の暮
大雪や せっぱつまりし 人の声
ヒヒソヒソ ヒソヒソすがれ 蛍かな
ー 前略「すがれ」というのは、末枯れ、衰えたもの、なれのはて、をいうの でー中略ー一人侘び住まいの老人が、人に知られないように、ひっそり と暮らしている、盛りの過ぎた蛍に重なって見えてくる。
天文(てんもん)を 考え顔の 蛙かな
じっと動かない蛙であるが、時々眼だけをキョロリとさせる。それはあた かも無限の宇宙に想いを馳せているようだ。-後略
花の陰 誰(たが)隙(ひま)くれし うす草履
花の下に誰が捨てたのか、うすい草履がある、という意味か。「花の下 にて春死なん」と詠われたように、一茶もそんな死を考えていたのだろう。 誰かが脱ぎ去ったように、うすい草履があるのを見て、人の死を思って いる。-後略
振袖の 模様にしばし 小蝶かな
これもどうということのない句だが、着物に蝶がとまって、模様のように見えるという、一瞬の描写である。ー後略
もっと良い句が沢山あるのですが、この10句を挙げて見ました。
これが適切であるかどうか分かりません。
最後に宮川氏のあとがきにある文で締めくくらせていただきます。
「一茶ほど時空を超えて、こんなにも無限に心を遊ばせた人は他にいない。
己の子ども心を自由に遊ばせることが出来る天性の素質があった人なの だろう」
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