人の作る組織にとって、言われたことしか実行しない部下は
役に立たないどころが組織の命取りになる。
こういうタイプの人間が増えれば増えるほど、
その組織は発展していく力を失っていく
何かをはじめようとするとき、
もっともたいせつなのは、チャレンジする気持ちだと私は考える。
とくに、これから組織を作り上げ、
部下を育てていかなければならないリーダーには、
なくてはならない素質だ。
大きな目標に向かっていこうとしないリーダーに、
誰がついていこうと思うだろうか
レベルの高い本物に接すること、
これはサッカーにかぎらずあらゆることについて言えることだ
ジーコさん (元サッカー日本代表監督)の言葉です。
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安政2年(1855)
俺は下田取締掛手付に採用され、蛮書(蘭書)翻訳勤務を命じられたのだ。
同年長崎海軍伝習所への入所を拝命し小十人組に昇進した。
同年8月、ズームビング号をオランダから贈与され「観光丸」と改名し、
マストに日の丸を掲揚した。
この軍艦が日本が持った最初の蒸気外輪船だ。
さらに日本最初の海軍士官養成所の「長崎海軍伝習所」が10月に開設される。
伝習所総督は、目付の永井尚志(なおゆき)で受け入れの一切を采配した。
俺は総督(職務別の監督)を命じられたのだ。
俺は永井の配下で教頭扱いで、権限委譲され教育係としてオランダ派遣の教官と生徒の取扱を一任された。
永井に変わり、岡部長常が、二代目監理となり、さらに安政4年(1857)三代目
監理(所長)として木村喜毅(よしたけ)が赴任したのだ。
同年幕府がオランダに注文したヤバン号が長崎に到着、咸臨丸と命名され、
新しい伝習が始まったのだ。
同年江戸築地に新たな軍艦操練所が出来、
長崎伝習所の一期生の内、幕臣達は1年数カ月の訓練を終え
永井尚志に率いられ江戸に向かったのだ。
一方、オランダからの第2次教官隊を受け入れのため
俺、榎本武揚、中島三郎助などが残ったのだ。
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海舟は、理路整然と、経歴を語ります。
着々と整えられていく、日本海軍。
オランダ教官は、日本人の、頭脳明晰さや、
団結力、旺盛な知識欲と勤勉さに舌を巻いたのです。
彼らが、野蛮民族だと、あざ笑っていた、
ちょんまげを結ってスカート(袴)を穿いていた日本人が、
オランダ語や英語、ロシア語をたちまちマスターして
流暢に操って世界に飛躍しようとしていたのです!!
明治はすぐそこまで来ていたのです。。
現代人にも、このDNAが流れています!! 日本人の誇りを忘れないようにしたいものです。
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