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このところ、連日のように年金部会のパート労働厚生年金適用に関するワーキンググループが開催されていて、かなりばたばたしています。昨日は、イギリス、フランスの年金制度はどうなっているかについて、日本女子大の大澤真知子先生、東大の水町先生、みずほ情報総研の藤森さんからお話をうかがいました。日本には、パート労働の人の大半は主婦で、130万円以上働くと保険料を払わなければならなくなり(事業主の負担も発生し)、なので、それ以上にならないように調整して、扶養の範囲内で、保険料負担を免れている人が多いという現状があります。それによって、正社員とパートの格差が発生し、その差が開きつつあります。格差があるのはよいことではないし、正社員であってもパートであっても均等待遇にしましょうという議論もありますが、事業主は、「いやいや、当のパート主婦のみなさんが、それを望んでいないんですよ。彼女たちは子育てや家事の空いた時間に気軽に働ければいいと思っているんですよ」と、データを示して発言しています。いまだに、結婚や出産で7割の女性が仕事を辞めるこの国に、パート労働者の地位向上を求める意味が果たしてあるのか?当人が、「自分の年金はいらない、できることなら、わたしは働きたくない、老後は夫の年金の世話になる」と言っているような国なのに、ヨーロッパ並みの制度を導入できますか?というようなことを、お三方には質問しました。そこで興味深かったのが、水町さんの回答です。「そもそも、保険制度というのは社会全体でみんなを支えようという社会連帯の仕組みなのだから、『わたしは入りたくないわ』という人がいるからといって、それを認めるような仕組みをとるほうがおかしい。年金制度とは、みんなで負担し、みんなで恩恵をうける仕組みのはず」それを受けて、委員の方から「日本人に連帯感覚ってありますか?」という質問があり、「フランスには職域連帯の感覚があり、それが国会を通して国民連帯の意識にまで発展している。特に、労働組合の人たちには、自分たちは労働者であると同時に消費者でもあるという意識がある。つまり、24時間のコンビニを便利だから作ってくれと主張したら、自分が長時間労働しなければならなくなるかもしれないと思いを巡らせる。一方日本の連帯は、職場企業内の仲間意識・・・のようなものではないか」と水町さんはお答えになりました。この、「労働者であり、消費者」という発想は、当たり前ですが、なんだかとてもしっくりきました。フランスにもパート労働者はいますが、均等待遇なので、コスト削減のために、パートを使うという発想はないということです。世界的な競争に勝つためにどうするかという議論について、よく聞く話ですが、EUの選択は、「安かろう、悪かろう」ではなく、「高品質、生産性の向上」です。質の高い労働力に対してそれなりの価値付けをする。どこかの国みたいに、パートを安い人件費とみなし、大量に雇用し、人件費をできる限り削減し、結果的に消費者には「安いけど、質は低くて、ちょっと心配・・」みたいな商品を提供して、「国際競争に勝つためにはそれしかないんです」みたいなことを平気でいうようなことはしません。水町さんは、制度で社会を変えようといった誘導はあまりしないほうがいい、制度はシンプルでわかりやすいものであるべきだという主張は確かにと思いました。その代わり、別の仕組みできちんと弱者の救済をする。わたしからのイギリスには、保険料を払えない人対象に「家庭責任保全制度」というのがあるが、フランスには家庭責任を果たすために年金保険料を納められなかった人対象の措置はないのか?という問いに対して、税制による育児支援、登録ママ制度によるサポートそして、なにより正社員であっても労働時間が短くて、両親ともに働きながら育児ができる環境であることを指摘してくださいました。つまりは、生き方の選択なんだよな、「日本はこういう国だからしょうがないよねー」ではなくて、「どうしたら変えられるのか?」を常に知恵をめぐらせるしかないのかな?と、思っているところです。
January 31, 2007
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つまり、「女性は産む機械」というようなことを言う男の人とは、わたしたちはセックスはしませんし、そんな男の人の子どもは産みません。ってことだ。息子がとっても怒っていて、なんかちょっとうれしかった。これはもう、「センス」「感性」だからねえ・・・。ない人は、どうすることもできないんじゃないかなあ。相手のことを思いやるとか、そういうことなんだけどなあ。キャッチボールが下手な人が、なんだか、多いなあ。「これは、どうなっていますか?」と、尋ねてくる人に、「僕は今、もっと大きな仕事を抱えていて、忙しいんです。そんな細かいことにいちいちつきあってられないんです」と、応える人がいる。仕事ができる女性たちは、(あなたが応えてくれないと、わたしの仕事が先に進まないんだけどなあ・・・)と思いながら、返答を待つ間、最悪「返事がない」という事態まで想定して、その「大きな仕事で忙しい僕」の穴を埋める仕事までしてあげている。「大きな仕事で忙しいボク」は、結局返事しなくて、穴を埋めたのは、その本当の意味で仕事ができる女性で、ボクは、それが当たり前だと思って、平気な顔で「大きな仕事ができるボク」に自己陶酔している。それにしても、「もっと大きな仕事」って??どういう「仕事」??予算規模がでかいってこと?人がたくさんかかわっているってこと?「マクロ」の仕事ってこと?かっこいい仕事ってこと?たった一人の仕事相手へのレスもろくすっぽできない人が「大きな」仕事ができるわけないじゃない。たった一人の大事な人も守れない人が、国を守れるはずがないじゃない。わたしの「あれは、どうなっていますか?」という質問に、返事のかわりに、「杉山さんの気持ちはわたしたち、受け止めています」と、メールをくれた人がいた。そんな返事でわたしが満足しているとでも??わたしは、仕事がしたいのだ。「受け止める」のは、当たり前でしょう。で、あなたはどうする?というあなたの仕事がみたいのだ。カウンセリングじゃないので、別に「受容」してもらわなくて結構なのだ。そうやって、どんどんいい仕事をしていきたいのだ。そんな簡単なことが、どうしてわからないんだろう?・・・・・・・・素敵なキャッチボールができなくて、ある人をとっても悲しませてしまった。そんなことになっていたのを、あとで知った。そのことが、悲しい。わたしが、もっと、しっかりしていれば・・・。「大きな仕事」は、別に・・・。結果的に、大きくなっていたらそれはそれでよかったねって話で。いっしょにやっている仲間を悲しませたり、傷つけたりしてまで、大きくする仕事など、この世にはないはずだと、わたしは思っているから。そのつど、そのつど、身の丈にあった仕事でいいと思う。
January 30, 2007
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「杉山さんのゼミ、申し込みます!」とのメール、お電話等々、ありがとうございます。いまのところ、5名お申し込みをいただいていますので、あと5名程度OKです。やる気満々(?)のわたしは、参加者とのMLも早速に立ち上げ、第1回が始まる前にある程度の情報の共有をしておこうと思っています。今回は、1回目までに「わたしが考える少子化と少子化対策」というテーマでレジュメを用意していただき、1回目にみんなでそれぞれの考えを披露する。その議論を踏まえて2回目までに、「自分の課題」をみつけて2回目にそれをみなの前で披露する。それぞれの「課題」について、議論しあう。3回目 これまでの議論を踏まえてわたしのほうから講義4回目 「これからわたしのやること」というテーマでそれぞれが自分の今後の計画を披露という流れでやってみようかな?と思っています。みなさん、結構それぞれの問題意識を持ってご参加くださる感じなので、とても頼もしいのですが、たぶん、個々人に100%お応えすることは難しいと思っていて、とにかく取り組み方・・みたいなもの、こうすれば、現状を打開できるかなというヒントをつかんで帰ってもらえるような講座にしたいと思っています。で!!振込み先支店名が間違っていました。正しくは、赤羽駅前支店でした。(昔、赤羽駅付近に事務所出してたんですよねー。なつかしい)銀行の統合で変更になっていたのでした。お振込み先が変わりましたので、ご注意ください。「子育て支援でシャカイを変える杉山ゼミ」の日程が決まりました。●3月2日(金)13時から15時●3月16日(金)13時から15時●3月30日(金)13時から15時●4月13日(金)13時から15時場所は、下北沢のぶりっじです。受講料は 20,000円です。定員は 10名です。ぶりっじでは保育がつきますので、お子さんづれの方はそちらへの申し込みをお願いいたします。振込先 三菱東京UFJ銀行 赤羽駅前支店 普通 1510678 子育て環境研究所内容は「子育て支援」のテーマのなかで、自分で考えて、それを言葉にできる人になるための練習をする場になったらいいなと思っています。すでに自分自身の課題を持っている人なら、その課題を深く掘り下げる場になったらいいと思うし、これからの人は、その課題を自分で探すところからはじめたらいいんじゃないかな?と思っています。決まった「型」があってそれを習得するというよりも、(スギヤマの真似をしても、あまり世の中で役に立つとは思えないので)、自分自身のオリジナルを、みんなで磨きあうって感じかな、考え方を鍛えあう場になるといいかなと思っています。ご興味のある方はお問い合わせください。振込みを持って、参加申し込み受付とさせていただきますが、一応お申し込みのメールを私書箱宛にいただけると助かります。その際は、お名前、住所、連絡先(電話番号とメルアド)、受講の動機をお書きいただければと思います。追ってこちらから連絡させていただきます。
January 29, 2007
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この前、ある会議で長年育児産業に従事してきた企業の方のコメントを聞いたのだけど、わたしと問題意識が似ていることに気づき、ちょっとうれしかった。NPOだとか企業だとか、そういうことではなく、本気でこの分野で仕事をしていこうと思い、実際そうしていれば結局そこにたどり着きますよねというポイントが同じだった。NPOのなかにもそれがわからないとんちんかんなところも結構ある。宣伝ばかりお上手で、自分たちは社会を変えるんだと言ってみたり、事業型でやるんだと言ってみたりしているんだけど、結局「何」がしたいのかが、ちっとも見えてこないし、底が透けて見えるのだ。「プロ」と「プロ」の話がしたい。じゃないと、自分の力を伸ばすことはできない。わたしはそんな素人を相手にしている場合ではなかったと、よくわかった。目新しいキャッチコピーはもういいから、そんなことの前に、「プロ」の仕事をする、に尽きるなとつくづく思うこの頃。「事業型」ではなく、ちゃんとした「事業」を、地に足をつけてやっていこうと思うなら、「プロ」に徹することだ。・・・・・・・・・・・・・でも、何をして「プロ」と言うのだろう?(「理念」と「実践」と「プロセス」のいずれもが上質で、三位一体となり、総合的に力を発揮しているってことかしらん???)ライターでも編集者でも、保育士でも子育て支援者でも現場の「プロ」はわかりやすい。でも、わたしはどんどんと現場から遠のいていく自分を感じる。「現場はわたしたちがやりますから。杉山さんはいいから」と、いったい何度、直接言われたり、サインを送られたことか(ちぇっ。わたしだって現場に行きたいのに・・・)ミクロにいる仲間たちから、「あんたはそっち」と、メゾ・マクロに向かって背中を押されている感じがする。自分の立ち位置と、仕事を考える。そんなポジションの人間は、いったい何をするのだろう?「プロ」の「コーディネーター」か。どんな力量が必要なんだろう?そんなことをぶつぶつ言っていると、マネジメント好きの人が、評論家めいて、「杉山さん、あれとこれと、それが必要ですよ」と教えてくれそうだ。でも、申し訳ないけど、それができていない人にアドバイスもらってもわたしはたぶん言うことは聞かない。「だったら、あなたがそれを実践してみてよ。そして、わたしに見せてよ」と切り返す。わたしは、実際に実践して成果をあげている人の態度、生き方すべてから、学びたいと思う。
January 28, 2007
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ある分野の権威のAさんと、別の分野で活躍中のBさんと、これまた別の分野で著名なCさんを並べたら、すごくいいものができるかといえば、実は全然そうではない。AとBとCの力を引き出し、ハーモニーを生み、全体としてこれまでなかったようなオリジナリティあふれる豊かなものを創り出すためには、コーディネーターが不可欠だ。そんなこともわからないで、ただあの分野この分野と人を引っ張り出してきて、名刺交換をさせるとぼけた人がいたりする。「で、わたしはここで何をすればいいのかな?」と、AもBもCも、呼んだ人のほうをじっと見る。呼んだ人の力量はそのとき、一瞬のうちに見抜かれる。「えっと、あとは先生方でご議論いただいて・・・」とか言っちゃって、事務作業に徹しようとしたりして。(「ぎゃぼ」だねまったく)最高の演奏をするためには、それなりの力のあるコーディネーターが必要なんだってば。目指す方向性を的確に示し、だから、わたしはあなたにこのしごとをここでしていただきたいのですと、場を与える。これがコーディネーターだ。演奏者の力が十分備わっていればあとは勝手に調和をつくることができる。そこで、また、いっしょに創り上げていく作業をする。どんどんと、高みに上っていく快感を共有する。のだめの千秋先輩じゃないけど、どんな演奏だって、オレ様が合わせてみせるという自信と覚悟がなければ、どんなにプレイヤーに力量があっても最高の演奏をさせることはできないし、ましてや、最高のハーモニーを生み出すことはできない。力で無理やり引っ張ると、演奏は萎縮し、魅力はなくなる。その人のオリジナリティと美と知をいまここで、存分に発揮してもらうようコーディネート。バランスよく全体をつくるためのコーディネート。それには、いったい何が必要なんだろう?結局、その人だけがもっている「魔法」なのかな?いろんな人のしごとを盗み見して、いいところどりする。それを試してみる。心地よい緊張感と、楽しさと、うれしさ。「ここはちょっと違うんじゃないかな?」と、ダメだしできる雰囲気。「ごめんね」と素直にあやまれる雰囲気。互いを高めあえる雰囲気。そんな場をつくれるコーディネーター。それがわたしのなりたい者。だから、やっぱり練習あるのみ。
January 27, 2007
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いま、あちこちで、「これはどういうことですか?」と聞いている。聞いて課題を明確にし、回答を求めるってことは、こちらもそれなりに明確にしていかざるを得ないってことだ。正念場だなあと感じる。今まで、なあなあとか、まあまあとかで済ませていた事柄に対して、「あなたはこのようにおっしゃいましたが、わたしはよく理解できませんでした。きちんと説明してください」というようなことを言ってくるのだから、それは相当ヤだろうと思う。「あの女、ウゼーよな」とか(品の悪い人だったら)陰口たたいているだろうな(苦笑)と思いながら、ちょっと無理しながら、お願いしている。「どう出るか?」と息を殺して待っている。一事が万事において、それをするほど「潔癖」でも「完璧主義」でもないつもりなんだけど、「ここは」という譲れない線については、お伝えしておきたいと思うのだ。なあなあで、まあまあで、都合よく使いたいんだったら、ほかにもっと適任の人がいるもの。わたしでなくて、いいじゃないですか。その、「都合のいい人」になんでも適当にお願いしたらいいじゃないですか。と、相手の選択眼を試してもいる。(わたしのパートナーにふさわしい人になってくださいね。そして、お互いに高めあっていけたらいいね)恋愛関係に似ているかな?と思うときがある。「あなたにとって、わたしって何?」という切実な問いかけ。「代わりのない、かけがえのない存在」と言ってほしいのだ。「だったら、ことばではなく、ちゃんと態度で示して」と、お願いする。もちろん、もらいっぱなしはするつもりはなくて、わたしもあなたを大事にします。と、態度で示す。ある人は「わたしたちは戦友ですから」と話してくれた。それもアリかな?と思う。戦友になっちゃうとレンアイ関係にはなれなくて、ちょっと残念だけど(笑)、いい仕事はできそうだ。ものすごい勢いで「戦友」が増えている実感。それは、とっても楽しいし、頼もしい。
January 26, 2007
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3月の誕生日を迎えると、42歳。正直、20代、30代は子育てと仕事であっという間に過ぎ、20と30の境目は自覚することがあまりなかった。が。40は、そんなごまかしがきかない。息子はもうすぐ高校3年生。子育てに夢中で、自分の人生のこと忘れてましたーなんて、格好悪くて言えやしない。わたしが通っている美容院の美容師さんは、昔は表参道で働いており、中田ヒデのヘアもやっていたそうで、一時はイタリアまで出張カットに行っていたという。当然ながら、超お上手な人なんだけど、今は、自分の地元でこじんまりと小さなお店で従業員をひとりつけて、お仕事されている。今日はその、高2の息子と二人でカットしてもらいに行った。「この前、大変だっておっしゃっていた仕事、終わりましたか?」と聞かれ、「ああ。終わったような終わってないような。年末も年始も結構やられて・・・(どよーん)」と力なく言って、「なんでしょうかね。30代に比べて、フットワークが悪くなったって言うか、一個一個の仕事が重くなったっていうか、なんか、スカッと進まないんですよね・・・」とわたし。その美容師さんはわたしより5,6歳上なんじゃないかと思うのだけど、「Kさん(美容師さん)、どうですか?このお店、どんどんフランチャイズで大きくしていこうとか、そういうの考えているんですか?」と聞いたら、「2号店、3号店と拡大していくつもりはないですが、先月表参道に2号店出しました」と、しれっと話してくれた。ずっと面倒を見ていた後輩の子がお店を出すというので、100%出資してオーナーになったんだそう。でも、お店は彼女に任せるそうで、経営についてはこちらのお店のノウハウを伝えていくということだ。「ヒャー!!かっこいい~」「40歳過ぎて、『わたし、わたし』っていうのも、なんかダサいじゃないですか。やっぱり、これからは人を育てて任せていくってこと、やってかないとね」「そ、そうなんですよね!!わたしもそう思います」そうなんだ。東松原にようやく自分の事務所出します・・・なんて言っている場合ではない。表参道に、後輩の子に店を持たせてしまうKさん。ああ、数年後にはかくありたいものだ。わたしの周りには、職人っぽい「一芸」で自活しているいい女が多い。わたしがそういう女性が好きだからそうなっているんだけど、ギラギラとか、バリバリとか、イケイケとか、ノリノリとは無縁で、一見普通そうなんだけど、一筋縄ではいかない個性を持っているひとばかりだ。安定感。深み。仕事の内容は違うけど、スタンスは真似したいな。40過ぎて明らかに変わったのは、ここだ。30代は自分のことでいっぱいいっぱいだった。人に仕事は頼むけど、最初から完璧にできる人に頼んだ。育てるつもりはさらさらなかった。あるいは、尊敬する先輩の隣に座って、誰よりもたくさん学びたいと、思っていた。それが、最近は次の人にバトンを渡す準備を始めなければ・・・と切実に思っている。そうすると、幸運なことにバトンを渡すに値する人たちが目前に現れてくるから不思議だ。わたしは、これからもいろいろな局面で試されるのだろう。で、今日は、ムースをつけてもらって、いまどきの男の子に変身した息子を連れて、渋谷のマークシティで、夕ご飯。「女の子とパスタ食べるときは、こんなふうにちゃんと取り分けてあげるのよ」なーんて言ったりして。口元がほころぶハハ(うれしい)。オトナのおんなの生き様の模索は続くのであった
January 25, 2007
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今日は世田谷子育てカレッジでした。ご参加くださったみなさん、ありがとうございました。いつもお世話になっているせたがや子育てネットさんが呼んでくださったので、かなりのびのびとお話できたし、みなさんのお話もうかがうことができたなと思いました。今度、もうすぐ、東松原に事務所を出す予定です。アミーゴの近くになると思います。どうぞよろしくお願いします。終了後も若い人(なーんていうと、わたしもすっかりふけた人みたいですが・・・)たちとお話して、ああ楽しいばっかりじゃなくなってきて、どうにもならないいろんなものを抱えながら、やっていくんだな、人は同じ状態ではいられないのだな、ということを切なく思ったのでした。でも、そういうの、避けていては「生きる」ことにならない感じがして、それは「生きる」ことにつきもののことで。とにかくがんばろうね、としか言えない。そんなみんなに。わたしの大好きな萩原朔太郎の「竹」という詩を贈ります。 竹 光る地面に竹が生え、 青竹が生え、 地下には竹の根が生え、 根がしだいにほそらみ、 根の先より繊毛が生え、 かすかにけぶる繊毛が生え、 かすかにふるえ。 かたき地面に竹が生え、 地上にするどく竹が生え、 まっしぐらに竹が生え、 凍れる節節りんりんと、 青空のもとに竹が生え、 竹、竹、竹が生え。「子育て支援でシャカイを変える杉山ゼミ」の日程が決まりました。●3月2日(金)13時から15時●3月16日(金)13時から15時●3月30日(金)13時から15時●4月13日(金)13時から15時場所は、下北沢のぶりっじです。受講料は 20,000円です。定員は 10名です。ぶりっじでは保育がつきますので、お子さんづれの方はそちらへの申し込みをお願いいたします。振込先 三菱東京UFJ銀行 赤羽支店 普通 1510678 子育て環境研究所内容についての詳細はこれから考えるのですが、「子育て支援」のテーマのなかで、自分で考えて、それを言葉にできる人になるための練習をする場になったらいいなと思っています。ちょっと高めの料金設定なのですが、毎回宿題などださせてもらって、それの添削などもさせていただけたらと思っていますので、損はさせません(きっと)。すでに自分自身の課題を持っている人なら、その課題を深く掘り下げる場になったらいいと思うし、これからの人は、その課題を自分で探すところからはじめたらいいんじゃないかな?と思っています。決まった「型」があってそれを習得するというよりも、(スギヤマの真似をしても、あまり世の中で役に立つとは思えないので)、自分自身のオリジナルを、みんなで磨きあうって感じかな、考え方を鍛えあう場になるといいかなと思っています。ご興味のある方はお問い合わせください。振込みを持って、参加申し込み受付とさせていただきますが、一応お申し込みのメールを私書箱宛にいただけると助かります。その際は、お名前、住所、連絡先(電話番号とメルアド)、受講の動機をお書きいただければと思います。追ってこちらから連絡させていただきます。
January 24, 2007
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「ごめんなさいね。わたしのほしかったものは、これではないのよ」と、思うなら、正直に言っていいんじゃないのかな?と、このごろ思う。それは、有名人も出てこない、内容だって難しい政治や施策のはなしばかりの4つ葉のタウンミーティングやとうきょう子育てねっとの協働フォーラムに大勢の人が来て下さる様子を見て、実感したことだ。わたしの「子育て支援でシャカイが変わる」という本を読んで下さる人たちがいて、声をかけてくださるというのもその気持ちを強める要因のひとつだ。おんなは、「恋とファッションとグルメと温泉」と決め付けて、そんな情報しかくれないから、「そういうもんだ」と思われてるけど(もちろん、上記の全部大好きですが)、欲張りなわたしたちは、それだけでは終わらない。「社会性」ってものを身につけておりますので。なんで世の中こうなんだ?と、考えたいと思っているので。で、この世の中、及ばずながら、わたしのできるところから変えたいと、思っていますので。なぜなら、子どもを育てるという逃げることのできない、むちゃくちゃ大事なしごとを今、現在進行形でやらなければなりませんから。どこかの誰かさんみたいに、「このことはキミに任せてるから」と、相談もなく勝手に決めて、了承も得ず、知らん顔するようなことはできませんから。・・・・・・・・・・・・・・・日本のおんなは「やさしい」な。と思う、ヨーロッパじゃ「少子化対策」なんて言ったら、女性が黙ってないという。政治家は、票が減るのは恐いから、そんなこと言わないんだそうだ。平気で言わせている日本のおんなは???(誇りがないのかなあ)言うのにもエネルギーがいる。「あなたはお気づきではないようですが、あなたの足が、わたしの足を踏んでいますよ」と、にっこり笑いながら、きちんとお伝えするっての、本当に大事だと思う。「これは、失礼」と、丁寧に頭を下げて、非礼をわびるような紳士にだったらこちらもお伝えしがいがあるのだけど、何言われているのかよくわかっていないような、おばかさんには、伝える気力もなくなって、はーあ・・・ってことになる。「全部、地域のお母さんたちがボランティアでやってくれました」と、人前で報告しているオトコの人。それに何の意味がある??なぜ「ボランティア」と言う?わたしにとって、おんなはみんなつながっている。老いも若きも、つながってみえる。だから、ボランティアと報酬の発生するしごとの区別をきちんと整理し説明して納得してもらいたいと切に思っている。ちまたで美談のように語られる、「地域の安いボランティアに支えられて、わたしたち安心して仕事に行くことができます」という言説は、わたしには考えられない。「わたしたちの産業はパート比率が80%にもなりますから、パートさんなしでは成立たない業界なんです」というなら、それなりの処遇をきちんとするべきだ。その80%にもなる主婦パートの人たちの老後の保障にまで思いを巡らすべきだ。わかってて、知らん顔して。ずるいね。だまされているふりのおんなもね。でも、そういう「持ちつ持たれつ」「しがらみ」の時代は長くは続かないと、確信した。つけが全部、若い人に回っているから。子どもたち、これから生まれる子どもたちに見てみぬふりで取り繕ってきた、ずるいわたしたちのつけが全部回ってきているから。子どもと、日々子どもと接している人はいわば、炭鉱の中のカナリアだ。一番最初に危険に気づく。ああ、このままじゃまずいな。なんとかしなきゃな。と、本気で思い始めている人が増えている。
January 24, 2007
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これからの仕事に必要なものは、「愛」(情熱)と、それに見合う「専門性」(スキル)だと思う。特に、人間と接する仕事全般に、それが不可欠になると思う。わたしは昨日期せずして、「わたしの仕事はコミュニティワーカーだと思っている」と口走ってしまったのだけど、それで、自分の仕事は「コミュニティワーカー」だと、わかったのだけど、それにも、「愛」と「専門性」が、同じだけの大きさでバランスよく備わっている必要があると思っている。「愛」の深さではたぶん、そこらの人には負けない自信はある。でも、「専門性」はまだまだこれから(うーん、かなり暑苦しいコミュニティワーカーだわ)。ってなことを言っていると、ある男の人に、「杉山さんしかできないんじゃだめなんだよ。ソフトウェアにならない?」とか言われちゃった(あはは)。わたしの仕事、ロボットにでもやらす気かい。あのさ、もういいよ。仕組みやシステムや箱つくって魂入れない20世紀型の仕事は。最終的には、たったひとりの人、人、人。唯一無二。わざわざ「僕はそう思っていないけど」と前置きして「人はみんな安いほうに流れますからね」と、教えてくれる人もいる。教えていただかなくても、一応マスコミで記事書いていたので、そういう本音と建前の使い分けは、やってきたつもりなんだけど、「だからといって、どうしてわたしが、それをしなくちゃいけないの? そっちに合わせなくちゃいけないの?」と、心のなかで思うところにいまいる。専門性も愛もない というサービスは、受けたくない。だから、わたしは専門性も愛もない仕事をしたくない。受けたサービスには、それに見合う対価を払いたい。わたしが提供したサービスには、それに見合う対価を受け取りたい。たったそれだけのことだ。人間の働きに対しての対価は、できるだけ落として、設備だなんだの「かたち」に対しては、カネを払う。恐いなあ。それって、「かたち」でしか評価できない裏返しなんだろうな。AさんとBさん、同じようにやっているけど、違う。どっちがいいか、それが見極められないと、仕事頼めないよね、本当は。それができないから、学歴とか職歴とかどんな会社にいてどんな肩書きをつけているかとか、そういうレッテルでその人を見極めようとしてきたのが、日本社会なんだろう。「正社員」とか「パート」とか「パート正社員」??とか「正社員パート」??とか、なんかわからないレッテルをつけて「区別」したがるのが日本社会なんだろう。そうではない評価軸を見つけることのできない人がレッテルに頼るだけの話。気にならない人は、どこにいれも、その人、でいられる。誰にどんなふうに見られるか?を気にせずにいられる。・・・・「気持ち悪い」「なんでそういうの、平気なんだろう?」と思うことがあって、いちいち腹を立てたりしていたんだけど、最近それがなくなった。養老孟司さんの『自分は死なないと思っているヒトへ』(だいわ文庫)という本に、そういうヒトとそうでない人の違いや分析が載っていて、腑に落ちたからだ。人間というものの特質として「変わらないもの」を求める。だから、ピラミッドやローマの道、万里の長城など、土木に総力を注ぐ。あるいは、「本」という変わらないもの。典型的なのが「聖書」だと。変わらないものの間で零れ落ちた、なくなってしまうもの。一瞬として同じかたちでそこにいないもの。「自然」。人間は実はそっち。変わらないもの「本」にそれを教えてもらって、「あ、そうだよね」と、得心して、世の中の見方が変わった。というか、そもそもそんな予感がしていたので、そうだよねと腹にすとんと落とすことができた。
January 23, 2007
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松田さんが代表のせたがや子育てネットの企画で、今度世田谷の子育て支援者や子育て支援に関心のある方向けに、お話させてもらうことになりました。詳細はこちら。* 1月24日(水)13:30 ~ 15:30 「子育て支援でシャカイが変わる!今、地域の支援者に求められること」 杉山 千佳さん(子育て環境研究所代表)4つ葉プロジェクト、とうきょう子育てねっとでも活動中で、社会保障審議会や東京都の委員などを歴任、現在も厚生労働省の年金部会の委員です。システムや予算を学ぶことによって見えてくる子育て支援のあるべき姿とは?ミクロ・メゾ・マクロの視点から考えます。ご関心のある方(世田谷区在住・在勤じゃないとダメなんだと思いますが)、ぜひ、ご参加ください。「子育て支援で社会が変わるんでしょうかね?」なんて真顔で聞かれることがあるのですが、「あなた自身に変える気がないと、変わらないでしょうねぇ」とお答えしています。その、他人事みたいな言い方が、すでに、なんか、その人が今までどういうスタンスで、どんな生き方をしてきたのか、如実にあらわしていたりします。世の中を変える人と、成り行きをみてから勝ち馬に乗ったり、制度ができるのを待ってから、できた制度を使って自分の利益を考える人の2種類が、大きく分けるといるように思います。ま、いいんだけどね。それは「美学」みたいなものなので。 何人かの方からお問い合わせのメールをもらいつつ、そのままになっていてすみません。「子育て支援で社会を変える杉山ゼミ」(←仮称。今思いついた)を2月末ぐらいから、隔週で計4回、下北沢のぶりっじで開催したいなと思っています。世田谷子育てカレッジはたぶんその、前哨戦のような感じになるように思います。松田さんと相談しながら日程を決めたいと思いますので、決定までしばしお待ちください。こちらでもインフォメーションします。また、お問い合わせくださったみなさんには、メールでお伝えしますね。こんところ、(ぎゃぼ。なんでわたしここで、こーゆー企画の話をしてんだ。先方うれしそうじゃんかー。ヒー、やるのかよー)と思いながら、口が勝手に企画を説明していたり、「お願いです。勘弁してください」と言っても、逃れられない仕事があったり、「1日は24時間しかありません、本当にできるのでしょうか?」と思うこともあるのですが、それには、わたしと一緒にやってくれる人がいないと悲惨な自転車操業になってしまう・・・と、ようやく気づきました。だから、人材養成は、やります。子育て経験から、いろんな疑問や思いや、悩みや、葛藤や喜びや感動を感じた人が、その感情を思考して一般化していく。そして、実践者となり、実践者自らが発言者にもなれる。そういうパートナーを得たい。一緒に、子育て支援で社会全体を変えたい、よくしたいと思うのです。
January 21, 2007
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ちまたでは「あるある」を非難する声が続出しているようだけど、あんな、怪しげな情報を「アヤシイ」とも思えないで、すっかり真に受けて、「嫌いな納豆をダイエットのために、1日2個食べてました」とかいう消費者にもかなり責任があるんじゃないか?と、思ったりしています。わたしもあの番組見て、「納豆か!!」と思いましたが、狂うように納豆を買いあさったりはしませんでした。もともと納豆は好きなので、「食べたいな」と思うときに買い物籠に入れるというその行動を繰り返していただけです。テレビ情報なんて、根拠もいまいち説明されていないし、説明は一方的だし、断定的だし、そういうテレビの特質を見抜かないで、踊らされるほうだって、十分悪いと思います。同様に、ものの「安全」や「快適性」と「安さ」の両立を求めすぎるのも問題だと思います。たとえば、子育て支援で、ただで利用している施設について、「サービスの質が低い」だの「足りない」だのいったいどこまで言えるのか?と思います。教育だって、義務教育は無料ですから、ただのものにどこまで何を求めるのか。ただが悪いといっているのではなく、公益性の高いものはもちろん安かったり無料だったりするのはよいのですが、サービスの受け手(という言い方もなじみませんが)側の受け取り方も、カネを払って何かをしたり、ものを買ったりするのと、そういう公益性の高いものやサービスを受け取るのとでは、違ってくるのではないか?「上手に受け取る」作法もあるのではないか?という気がしています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さんさんぷろじぇくとさんからのご質問の年金部会のパート労働者の厚生年金適用ワーキンググループについてですが、詳細はこちらにあります。今回の年金制度改正のひとつのポイントに、このパート労働者を厚生年金に適用しようというのがあります。これまでパートの人は、厚生年金適用がなく、専業主婦の場合は保険料を支払わず、基礎年金を受け取ることができましたし、そうではないシングルマザーやフリーター、学生などは月14410円の保険料を支払って、基礎年金を受け取ることになっていました。でも、パートであっても正社員と同じ「労働者」であるという見方に立ったとき、果たしてそんな不安定な処遇でいいのか?という問題が浮上します。保険料を払って、厚生年金にも加入できるようにしてはどうか社会全体の支え合いの仕組みのなかに、パート、正社員関係なく働いている人はみなきちんと組み込まれていいんじゃないか?そんな主旨で、議論を進めています。厚生年金適用になると、事業主の負担も増えるので、正直パートを「安く使えなくなる」面が出てきます。「パートのほとんどは、専業主婦の方で、家事育児の合間に気軽に働きたいという人が大半で、長続きはしないし、長時間働くのも敬遠される方がほとんどです」と、ファミレスの協会の方は発言されてましたが、本当に女性はそういう働き方をしているんだろうか?と、そんな働き方を望んでいるのか?と、疑問でなりません。どんな人だって、自分の仕事に誇りを持って働きたいと思っているんじゃないだろうか。そうあってほしいし、そういう社会であってほしい。だって、「わたしは、パートだから」なんて自尊感情の低い言い訳をしながら、「気軽に」「適当に」「空いた時間だけ」なんて、無責任な働き方、なんかいやじゃないですか。認めたくはないけれど、正社員とパートでは差別があるように聞いているし、そういう序列みたいなのをつくって、「わたしは正社員だから、パートとは違うのよ」みたいな心理って、なんか、ちょっと・・・。事業主もそんな働かせ方でいいの?消費者だって、モノやサービスを買うというかかわりを持つものとして、関係はあるわけで、やっぱりちょっと考えてみようよと、思ってしまうのです。みんな何らかの関係があって、どこかのだれかだけが一方的に悪いなんてことはないんじゃないのかな?なんて、思ったりしています。先日の組合側の方たちの発言も重いものがあり、わたしが「パートの人たちはそんなに気軽に働きたいものなのですか? 女性は実は働きたくないんじゃないですか?」との問いに、「そんなことはありません」と明確に答えてくださっています。たとえ短時間であっても、時給であっても、みなさんまじめに正社員と同じ責任感を持って働いていること、近年は若い母親が「家計の足し」ではなく「家計の重要な担い手」として、パートの仕事をしている実情を話してくださいました。(たぶん、本当は正社員になりたいのでしょうが、子どもがまだ小さいため、残業ができず、結局不安定なパートという働き方を選ばざるを得ない事情もあるのではないでしょうか。ああああ。ここにまた「ワークライフバランス」の問題が)これは、他人事ではない。遠い世界の話ではない。あなたの隣で起こっていること。あなたがよくいく、ファミレスやスーパーで起こっていること。という想像力と感性を、持っていたいものです。
January 21, 2007
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「もっともっと」というのは、人の本能なんだろうか?野心なんだろうか?「国内ではもうやれることがないから、今度は中国だ」「全都道府県を網羅して・・・」「東京都下すべてにわが社のシステムを配置」ふうーん。威勢がいいなあ・・・欲望には終わりはないんだろうか?(たぶん、その人やその組織には、周辺は視界に入っていないのだろう。自分が「もっともっと」と、拡大するとどうなるか影響にまで考えが及ばないのだろう)で、そのたびに、「わたしたち、こんなことやりました!」「すごいでしょ!見て見て」みたいなプレスリリースが踊る。生活者がそんなの真に受けるとでも思っているんだろうか。ともかく、少なくとも、発信者の「下心」が見抜けるぐらいの洞察力は身につけていたい。選ぶのは、わたしだ。たぶんほんものは、「やりました。見てみて。すごいでしょ」と、やった当人が声を大にして言わなくても、認められるし、そこに当たり前のように在ることができる。黙っていても、輝くことができる。何よりも「品」が違う。めざしたいのは、そっち。少子化対策にしても「思い切った対策」とか「抜本的な改革」とか「大幅見直し」とか「目玉」とか、ことばばかりが威勢がよくて、本当にそんなことしたら、タイヘンなことになるよ・・・と思いながら、そういう人たちに、特段申し上げることもないので、黙って自分の仕事を粛々と行うことのほうにエネルギーを注ぐ。「まとも」な人たち、本当に子どもの幸せと親の幸せを願って丁寧な仕事を目指しているあなたは、大丈夫。今やっていることを、地道にやろうよ。掛け声ばかり挙げていると、現場が混乱するし、声を発する人を信用しなくなってしまうってことを、自覚してほしいと思う。・・・・・・・・・・・・・・とか言いながら、「とうきょう子育てねっと」も、ギラギラし始めている。むふふ。あそこに種を蒔きました。あそこにも種を蒔きました。あちらは芽が出て、今、花を咲かせようというところです。こっちは、刈り取りのシーズンです。(ちょっと無理して)「もっともっと」と、わたしも思っている。理由は、いろいろあるけれど、当然ながら「もっともっと」と拡大することが目的ではない。「もっともっと」も、こういうふうにやれば、品がいいでしょ?みたいなモデルが作れたらいいかな?なんて、欲張りなことを思ったりしている。「もっともっと」の時期は、自分の仕事を「基盤整備」と明確に位置づける。そして、役割が終わったら、撤収だ。美しい引き際まで計算に入れて、「もっともっと」をやる。持続可能であることのほうがずっと価値があると思っているから。わたしがいまもっている力を、もっとも生かせる場所で輝かせるために。準備を怠らないでおこう。
January 20, 2007
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できるだけ高いところから俯瞰してものを見たいと思っている。最近わかったことは、高く跳ぶためには、その高さ分、地下深く掘り下げる作業が必要になる、ということだ。でないと、周辺のどうでもいいごたごたとか、人間関係とか、どうでもいい情報だとかに、気を取られて、肝心の高く跳んでするべきしごとができなくなってしまう。昨日は年金部会のパート労働の厚生年金適用に関するワーキンググループの第1回目だった。わたしたちの日常生活に欠かせないさまざまな産業団体を代表してこられた方が、現場の厳しい状況を話してくださった。わたしは、専業主婦を安く使うような働き方を、認めたくない。どんな人でも誇りを持って働けるような職場環境を事業主はつくってほしい。と、切実に思う。それは正論で、誰も反対しないのも、知っている。でも、なかなかできないんだ。いろいろなことがあって。保育でも、子育て支援でも、介護でも、接客でも人と人が接する仕事になればなるほど、人件費が安く押さえられてしまうのはなんでなんだろう?(そこに従事しているのはたいがいは女性だ)あとでわたしのところに来てくださった、日本フードサービス協会の方が、「わたしたちの職場(ファミレス)でも、その人がひとり入っただけで、店内の雰囲気ががらっと変わるぐらいの働きをしてくださるパートさんもいらっしゃるんです。そういう人には、どんどん働いてほしいし、正社員になっていただきたいと思っているんです」とおっしゃっていた。「そうなんです。わたしも一人でも多く、そういう人を増やしたいんです」(これは、願い)抱えているものは違うけれど、根底に流れるものは、たぶん、そんなには違わないように思う。直接その場で日々格闘している人たちに、わたしの願いを伝える場を与えていただいただけでもうれしいことだ。でも、しんどかった。帰りの地下鉄で、なんでだかわからないけれど、鼻のうしろがつんとして涙が出てきた。(まだまだアオイ)感情を殺すことはする必要がなくて、感情は大いに律動してくれていいのだけど、泣かないようにはなりたい(地下鉄に乗った人がびっくりするからね。突然隣の人がハンカチで目頭を押さえてたら)。それには、たぶん、深く掘ること、本質にたどり着くまで掘る作業をしておくことなんじゃないのかな?と、思ったりしている。やることはたぶん、そんなに変わらないと思うのだけど、泣かなくてもできるように。個が震えないように。「泣く」という「個」を越えたところに、スタンバイしたい。
January 19, 2007
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昨年行ったはじめての4つ葉プロジェクトタウンミーティングに、名古屋から参加してくださったNPOのみなさんが、かなり刺激を受けてくださり、「地元でもやろう!」と燃え燃えという話は、まめっこの丸山さんから聞いていました。そして、ついに、愛知県知事選挙の「選挙に行こうキャンペーン」が始まりました!!うれしい。まず、マニフェストチェックや公開討論会をしようと地元の青年会議所などに声をかけ、一緒に公開討論会をされたとのこと。(アクションが具体的で早い)青年会議所は、選挙のときの公開討論会開催では草分け的な団体ですが、どうしても「オトコっぽさ」があって、「おんな子ども」の話題まではどうよ?と思っていたので、今回「おんな・こども」系(?)も一緒に参加して討論会が開かれたのは大前進だったのではないでしょうか。(ところで、託児はついたのでしょうか?)で、今度は、子育てや教育問題だけでやってみようという企画も行うらしい。それが「選挙に行こう!親子エアロビックス」です。この、対比がたまりません。難しい話だけじゃ集まらないから、エアロビもやっちゃおうねってところが、さすが「おんな・子ども」系。(ごった煮なんだよね。それがオイシイんです)頭使うだけじゃなくて、からだも使う。今、養老孟司さんの本を読んでいるのだけど、「都市化」と「自然」についてすごく考えさせられています。というわけで、こういう問題についてやってみようかと動いてらっしゃる愛知県内の子育てNPOの人たちのがんばりを応援しています。そして(選挙権のない)子どものためにも、本当に子どものためになる政策を考え実行する知事を選んでほしいと思います。そして、そのためには、まず(選挙権のない)子どものためにこそ、親は投票に行くべきだと思います。ママもパパも子どもたちのために選挙に行こう 愛知県知事選挙今年は地方選!!おお・・・。愛知はその前哨戦となるのでしょう。盛り上げ、関心を高め、子ども・子育て・教育の問題について広く、深く議論したいと思います。
January 17, 2007
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15日の協働フォーラムはほんとうにたくさんのみなさんにご参加いただき、盛況のうちに終了することができました。どうもありがとうございました。わたしは、やはり、よる年波には勝てず。15日の余韻をまだまだ引きずって、でもからだはへろへろ。あの、タナカブチョーに、おずおずと「杉山さん、目が三角になってるよ。もっとやわらかく」なんて言われちゃって。緊張してたんだよー。わーんまだ緊張が抜けないよう。15日はマイクを握りながら、実は、内容は全然覚えていなくて、ただ、このフォーラムは登壇者に公務員が多いなあ・・・(NPOとペアでといっているから当たり前なんだけど)などと思っていました。わたしの父は某市役所のコウムインで、公務員一筋で退職した人なので、あまり公務員が苦手ではありません。ただ、公務員はワンパターンかな?と思っていました。中央集権で、どこへいっても同じサービス提供がお約束の国なので、自治体職員も金太郎飴みたいにどこを切っても同じような人ばっかなのかと思っていました。役所っぽい答弁とか、NPOの人たちに比べて面白みにかけるというか、派手さにかけるというか・・・しかし、そうでもないな・・と思ったフォーラムでした。なんか、みなさん、輝いていた。わたしは第1分科会だったので、公務員の2人と書記などして進めたのだけど、2人とも自然にワークショップのテーブルに入り込んで、初対面のNPOや他地域の行政職員と話し合いをしており、言われなくても、ささっと動く彼らの身軽さに「へえ」と思っていたんでした。とにかくいろんな役所の人と話をするようになったので、ため口みたいなのをきくようになると、なんか、結構おもしろい。「県のやってるお見合いイベント行く気じゃろ」と、NPOリーダーに突っ込まれて、「あれは離島とかばかりだから、参加できん。参加できるんだったら、行くよ」と、はにかんで言う某藤木直人似の公務員。(応援してるからね!)「杉山さん、今度うちにも講演に来てくれますか?」と聞かれて、「でも、わたしは言うとおりにはなりませんよ」と言ったら「それはわかってます(笑)」と切り返す公務員。「杉山さんに、『コウムインはNPOみたいな横のつながりがなぜできないんだ』といわれてくやしかったです」と言ってくる公務員。呉市みたいに、のこのこうれしそうに出てきたわたしを壇上に置きざりにして、お見事に料理してくださる公務員もいる(「やられました」って感じ)。公務員は黒子が好きな人が多いそうで、味が出てくるのは、たぶん、これからなんだろう。と、なんだか感じます。NPOのほうが一足先に目覚め、思いっきり手を振って「こっちだよ!」と、呼んでいる。「公正・公平」のはちまきをまいた公務員はどきどきでなかなかあんなふうに手は触れない。ちょっと手を挙げて、ちろちろっと振る感じ。ちろちろっと振られた手をめざとくみつける感性がポイント。今回、板橋区の公務員に実行委員会に参加してもらったのだけど、わたしなんて一昨年のフォーラムに参加したのを見たときから目つけてたもんね。その人を特別区の自治体職員向け研修会でみつけたものだから、「あなた。発言しなさい」とか言って講師の特権ご指名で「赤ちゃんの駅」について発表してもらって、そのままズルズル・・・・。まだまだ役所内の複雑な構造にまでは理解が及ばないけれど、それでも、やろうと前に進みたがっている公務員は一定数はいて、その人たちは多分、孤立していて、だから、つながる必要がやっぱりあるんじゃないのかな?と思ったりしています。今回のフォーラムでたくさんの仲間ができました。手ごたえを感じることができました。一昨年初めて行った協働フォーラムから昨日まで計5回。ほんと、よくやったよ(自画自賛)。そして。自治体職員向けの研修の講師依頼がこのところ増えてきて、本当にうれしいんです。全国のお母さんやNPOのリーダーさんだけでなく、公務員のみなさんとも知り合いになりたいと思っています。
January 17, 2007
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イベントが目白押しの、4つ葉プロジェクト主催の杉山さんです。昨日の協働のイベントはどうだったのでしょうか?私もイベントには常々参加したいと考えていますが、なにせフルタイムで勤務しているのでなかなか参加することができません。働いていると収入というメリットはありますが、自分の時間というものが無くなってきます。当然といえば当然のことなのですが…。ある程度自立できる収入が保たれ子育てに費やす時間があり自分を保てる余裕もあるモチベーションの保てる仕事という働き方はないのでしょうか?先日新聞にパート正社員化を思わせる短時間勤務についての答申がでていましたが皆さんは読まれましたか?私はとても不愉快な気持ちで記事を読みました。皆さんはどうでしょう?少ない収入と不安定な身分の「パート」でいることで受けられる恩恵たとえば「働く時間が少ない」「子どもと長い時間接することができる」など良い点だけを見ていると、まるでパートが最上の働き方のようにお上の人たちに決められてしまう・・。そうは思われませんでしたか?「私ってこんなもん・・そこそこだし」っていうのは、思う壺。そんなことないよ!実は学校でも良い成績とってたし、働いていた時だってきちんと求められる以上の仕事をしてた。それなのにちょっとした子育て期間中だけで、何も知らないような未経験者の扱いになってしまうの?私達にはもっと、高いレベルの働くことや、子育てや、自分の時間を持つについてを望む権利があるのでは?「自分を安売りしない。自分を持つ」私は、そういう気持ちを、持ちつづけて行きたいと思います。皆さんはどうですか?
January 16, 2007
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昨日はつどいの広場全国連絡協議会のセミナーで、懇親会とその後の2次会までついていったため、深夜11時過ぎのぎゅうぎゅう詰めの電車に乗って帰りました。今日は、午後は日本子ども家庭福祉学会のシンポジウムで、虐待防止法改正をにらんでの識者、現場当事者を交えてのシンポジウムでした。その後、明日の協働フォーラムの分科会の打ち合わせがまたもや11時近くまで行われ、「もうここで分科会やっちゃったんじゃないの?」というぐらい喧々諤々となりました。目の下にくまが。わたしは燃費が悪いので、瞬発力はあり、スピードには自信があるが、持久力がなく、すぐくたびれるのです(動物占いはチーターです)。午前中には、東京、広島、京都と各地で協働フォーラムを行ってきた報告をしてもらい、午後は分科会で、秋田市、京都府の方に自分たちの自治体の取り組みの事例報告をしてもらうのですが、「こんなことやってます」「あんなことやりました」「盛り上がりました」みたいな、どうでもいい報告は、やめてくださいね。聞いている人に役立つ話をしてくださいね。と、お願いしました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いま、サッカーのオシム監督語録を読んでいるのですが、とりわけすきなのが、「走りながら考えろ」です。ぼんやり仕事しないで、考えながら仕事する・・・を、習慣化したいものだと、つくづく思います。今日の虐待防止のシンポジウムも、各先生方、それぞれ虐待対応の最先端の現場で、日々悩み、葛藤しながら、子どもの幸せを願い働いている方ばかりでした。具体的で、示唆にとむ提案もあり、これもできるだけ早くまとめてホームページなどでアップしたいと考えています。現場のぎりぎりの状況と、だからいま何をしなければならないのか・・・を、整理したいと思っています。厚生労働省の虐待防止対策室の室長の伊原さんが、つどいの広場など、普通の親子の一般地域子育て支援と、虐待防止の支援が分断されている点を指摘し、「これは分断はされていなくて実はつながっている」とおっしゃってました。13日につどいのセミナー、14日に虐待防止。そして明日のフォーラムは「協働」がテーマ。わたしの願いは、この2つの世界が融合することなのかもしれません。そんなことを思いつつ、明日はどうぞよろしくお願いします。
January 14, 2007
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先日のブログで、3月ぐらいにこういうゼミみたいなの、やってみたいということを書いたところ、お問い合わせをいただきました。ありがとうございます。遠方の人もいて、子どもの手立てと交通費の手立てをなんとかして参加したいと言ってくれています(感涙)。わたしは「子育て支援の現場のリーダーなら、ミクロだけでなく、メゾレベル、マクロレベルを行ったりきたりできるようにならないと、現場スタッフが不幸」というようなことを、結構挑発的に言うのだけど、頭のよいリーダーは敏感にグサッとくるらしく、すぐに反応してくれて、メゾの動き方、マクロの動き方を試そうとしてくれる。わたしは、たびたび、そんな彼女たちの孤立を目撃する。(たいがい、わたしという存在が「孤立」の引き金になっている)めざめるということは。けっこう孤独なことなんだなあ・・・。でも、もう気づいちゃったから、知らん顔はできないよね?「敵は本能寺にあり」ってか(?)もちろん、テキではないけれど。現場の反発。戸惑い。「現場だけで手一杯なのに、どうしてまた面倒なことをやろうとするの?」「うちの施設に来てくれる親子のことだけ考えてればいいじゃない」「まずはうちの地域のことだけ考えようよ」「思いはわかるけど、それはもうちょっと現場が軌道にのってからでもいいんじゃない?」はやる気持ちにブレーキをかけさせられる。歯がゆい。板ばさみになって苦しんでいる彼女たち。先日も、「子育て支援、子育て支援って、急に世の中が騒がしくなって、ついていけないから、もっとゆっくりやってって思う」と、(リーダーじゃない)子育て支援現場の人が言っていた。「何を言っているんですか。今、こういう状況のときにきちんと対応できないで、今までいったい何をしてきたのか?ってことですよね!」と、声を荒げちゃったんだけど。長年ボランティアで、自分の子どもや子どもの友達のために、地域の子どものためにって、いろんなことを企画してせっせと用意して、楽しいことをたくさんたくさんしてきた人たちに、今、少子化対策で、国も制度をつくろうとしているところで、だから意識をそちらにも向ける必要があって。。。って、それを言うのは、とっても酷なのかもしれないと、思いつつ、それでも言うしかないと思うのだ。でも、わたしは、最近、長年ボランティアで子育て支援にかかわってきて、時代の風の変化を知り、自分の役割も察知して、「変わらないで!」とじたばたしたり、「子育てはもう卒業」とか言って高齢者の支援に行くのではなく、劇的な変身をとげるんじゃなくて、なにげに自然に、少しずつ立ち位置を変え、行政対応の窓口になったり、若い当事者の母親たちの後方支援に回ったりしている、わたしより年上のいけてるリーダーの女性たちに出会うことが多くなった(勉強になりマス)。一見「ただの気のいいおばさん風」で、オーラを消していますので、若い人だとうっかり見過ごしてしまって、十把一絡げで、「中高年の子育て支援者はなんか違う」とか言っちゃうんだけど、ところがどっこいざんす。子育て支援は、結構奥深く。それは、人間の深みみたいなもので。「当事者」は錦の御旗ぢゃなくってよ。「歴史の重み」を謙虚に認めてこそのバトンリレー。ってなことを、わたしは昨日、呉で行われたシンポジウムでお話したんでした。(だよね?コレサダさん?)これは、「子育て支援」を軸に女性の生き方について考えることにもなるな、と、思います。(呉では女性をおだてて、その気にさせて、気持ちよく動いてもらうのが上手な男の人がいるな・・と思いました。「言え」とか「やれ」とか、力で押してきて言われても、てこでもうごかないわたしですが、こういうのはきらいではないな、と思いました)ところで。集客がドッキドキだった次世代育成支援フォーラムのほうも、だいぶ人数が集まってきてくだっているようで、ちょっと「ほう」っとしています。とはいえ、まだまだ受付中です。わたしがコーディネートをさせてもらう第1分科会は、50人を越えましたので、締め切りとなったそうです。ありがとうございます。
January 12, 2007
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私ども「とうきょう子育てねっと」(http://www.tokyo-kosodate.jp/)は、東京都を拠点に、全国の子育て支援の中間支援を行っている団体です。少子化が深刻化するなか、地域における子育て支援の重要性は、関係者のみならず子育てとは関係のない一般の人たちの間でも認識されるようになりました。にも関わらず、有効な手立てを打てないまま現在に至っています。その要因のひとつには、施策を実施する行政と、現場のことを一番よく知っている子育て支援のNPOやボランタリー団体の連携のまずさ、行政間の連携のなさ、企業との連携のまずさなどが指摘されています。 とうきょう子育てねっとでは、今年度「協働」をテーマに、子育て支援NPOと行政との協働、企業との協働などを模索するフォーラムを3回実施して参りました(東京・広島・京都)。その集大成として、1月15日に東京ウィメンズプラザにてフォーラムを開催する予定です。下記のとおりご案内いたしますので、ぜひともご協力いただければ幸いです。【企画趣旨】企画の趣旨は次の5点です。・「協働」についてとことんこだわるはやり言葉のように言われている「協働」ですが、果たして現実に協働は進んでいるのでしょうか。子育て支援NPO側がそれだけの力量を持っていないという話も聞かれます。真の「協働」とは何かについて、考えます。・理屈や理想論に終始するのではなく、実践が伴わないと意味がないとの考えから、実行委員会が「協働」で行われた今回の4回のフォーラムでは、行政担当者(担当の都道府県・市町村から)と子育て支援NPOリーダーによる実行委員会を結成し、運営を委ねました。・フォーラムの成功は「当日盛り上がった」というだけではなく、フォーラムに続く新たな協働の誕生にある参加者が何人かということを評価指標とするだけでなく、議論された内容そのものと、その後の協働の展開をにらんでいます。・地域、地域で分断されるのではなく、開催地各地がゆるやかにつながり、そこから新しい価値を生み出したい市町村、都道府県の枠をこえ、実施した地域のナナメの関係づくりができるよう、ゆるやかなネットワークづくりを担っていきたいと考えています。・最終的には、当事者の家庭 ⇔ 地域のコミュニティやNPO ⇔ 市町村 ⇔ 都道府県 ⇔ 国の風通しをよくし、子どもたちが安心して暮らせるまちをつくりたい「協働」のための「協働」ではなく、最終目標は、子どもたち、家庭の幸福です。そのための手段としての「協働」という点を押さえながら、子育て支援を盛り上げていきたいと考えています。申し込みはこちらから。【今回実施するフォーラムについての概要】#############################################次世代育成支援協働フォーラムinとうきょう 2007年1月15日(月) 10:00~17:00 東京ウィメンズプラザ#############################################主催:財団法人こども未来財団 とうきょう子育てねっと実行委員会後援:厚生労働省、東京都、新宿区・世田谷区・ 杉並区・板橋区・立川市・三鷹市協力:つどいの広場全国連絡協議会詳しい情報とお申込は→ www.tokyo-kosodate.jp電話でのお問合せ → 03-6804-8710(PM1:00-5:00)対象:子育て支援に関心を持つ行政、現場担当者、子育て支援NPO、企業関係者、子育て中の親など*保育あります*当日は、これまで3箇所で実施してきた協働フォーラムの報告書(A4版・24ページを3冊)と、当日のプログラム(都内市区町村へのアンケートを実施・そのまとめも添付)を配布予定です。≪プログラム≫10:00 開会挨拶10:15~10:45 基調報告 「協働がひらく、子育て支援の新たな可能性」 厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課少子化対策企画室長 度山 徹氏10:45~11:15 行政説明 「東京都全体の取り組み現状と展望について」 東京都福祉保健局少子社会対策部 副参事 松原かおり氏11:15~12:30 パネルディスカッション 東京(世田谷)・広島・京都協働フォーラムからの 報告12:30~13:30 休憩 (昼食)13:30~16:00 分科会 ●第1分科会 子育て支援の新しいかたち ~行政にできないこと、NPOにできないこと~ 【話題提供】 菅原 稔氏(秋田市男女共生・次世代育成支援室) 福井 千津氏(京都府こども未来室 未来っ子支援担当) 西郷 泰之氏(大正大学) 【コーディネーター】 杉山 千佳(とうきょう子育てねっと) ●第2分科会 子育て全世帯に目配りを ~「こんにちは赤ちゃん事業」取組みに向けて~ 【話題提供】 小堀 由祈子氏(世田谷区子ども部副参事・助産師) 田中 美賀子氏(京都きっずプロジェクト 亀岡子育てネットワーク) 【コーディネーター】 松田 妙子氏(NPO法人せたがや子育てネット) ●第3分科会 虐待防止-行政と子育て支援NPOの連携の課題 【話題提供】 伊原 和人氏 (厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課虐待防止対策室) 大川内 智子氏(三鷹市健康福祉部健康推進課保健師) 【コーディネーター】 熊井 利廣氏(杏林大学) 小原 聖子氏(ゆったりーの代表) ●第4分科会 子育て支援で描く商店街の未来像 ~「子育て」による活性化事例100連発!~ 【事例報告】 中橋 恵美子氏(NPO法人わははネット 代表) 久保田 英文氏(世田谷区商店街連合会青年部 部長) 山本 晶子氏(夢たち応援団 副団長) 杉浦 典和氏(いたばし地域情報交流センター 代表) 吉仲 理恵氏(てとてとネット) 【話題提供】 伊井 晴子氏(品川区商店街連合会 女性部「れもねーど」部長) 【コーディネーター】 山本 永氏(株式会社まちづくり三鷹)16:20~17:00 全体会17:00 閉会18:00 情報交換会 (同会場内にて)【問い合わせ先】とうきょう子育てねっと事務局 担当 山田、杉山申し込みはこちらから。
January 10, 2007
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昨日までは自宅兼事務所で、ひいひい言いながら原稿を書いたり、協働フォーラムの準備をしたりしていたのだけど、今日は、一転、打ち合わせ行ったり、納税しに銀行行ったり、校正作業のためにフレーベル館に行ったりくるくる動き回りました。疲れたのなんのって・・・。でも、厚生労働省の度山さんから「協働フォーラムの資料なんだけど、パワポ30枚作ったんだけどいい?」という電話が入り、「おおう!!いいです。もちろん」とお返事しました。度山さんは、本当に仕事人で、パワポの鬼と言われるぐらいデータ分析してそれをわかりやすい資料にするのが上手なんだけど、それだけじゃなく、毎回主催者側の趣旨に合わせてその内容を微妙に変えてくるという小技も効かせてくれるなかなかいけてる官僚さんなのです。しかも話がわかりやすいので、全国の子育て支援者にとってもファンが多いのです。協働フォーラムのために、ありがとうございます(涙)。申込者を聞くと、地方からはるばる申し込んで下さる方が多く、東京都内の出足が鈍い・・・ということでした。あああ、灯台下暗し。お申し込みまだの方、ぜひ、よろしくお願いします。ところで、まだ漠然と考えているだけなのですが、2月か3月に毎週時間を決めて、簡単な子育て支援の中間支援をしたい人の養成みたいなことをやってみようかな?と、つらつら思い始めています。2時間半程度、計4回連続ぐらいで、有料で、できれば少人数で。ミクロのことを理解して、メゾ、マクロまで見通して考えることだとか、それを文章など言葉で的確に表現する作業をするとか。体系立てて考えるとか、ディスカッションして自分の考えを鍛えるだとか、人の話をよく聞くだとか・・・そういう講座。で、終了した方に、セレーノのお仕事を少しずつお願いしていけたらな・・・と、考えています。「文章をいとわず書けるのは当たり前」というところからスタートして、それを子育て支援の分野で生かそうという気持ちのある人がいらっしゃるんだったら、その方たちとそういう講座を開催してみたいかな・・・という感じです。今は協働フォーラムのことで頭がいっぱいでじっくり考えているひまはありませんが、「なんか、関心あるかも」という方いらっしゃったら、私書箱あてにでもメールください。杉山からはこういう話を聴きたいのだという企画案などありましたら、それも書いてみていただけるとありがたいです。詳細が決まりましたら、またお知らせしたいと思います。
January 9, 2007
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以前、「厚生労働省、文部科学省で、いま縦割りになっている国の子ども関連の予算を全部まとめて、いったいどこにどれだけ使われているかをチェックし、整理し、新しい使い方の案を出せるようになりたいんです。そういう勉強会を開きたいんです」と、ある先輩の子育て支援者にお話したとき、「その発想は、わたしにはないわね」と言われた。そんなことをしたって、誰の得にもならないからだ。特に、わたし自身には何のメリットもない。それは、学者と政治家と役人の仕事のはずなのだ。それでもやりたい、バカなわたし。上記の3者のいずれの「肩書き」のついた人になりたいわけでもないんだけどね。なぜか?あえて言えば、知的好奇心を満たしたいってのは、ある。知らなかったことを「知る」のは楽しい。さらに言えば、「見えてしまった」以上、「放っておけない」って感じ。誰も焦点を当てなかった分野。でも、たぶん、やらないといけないはずの分野。・あたらしい制度づくり(4つ葉プロジェクト)・そのあたらしい制度を使った、当事者仕様の現場づくり (とうきょう子育てねっと)を誰かに頼まれたわけでもなく、いまやっていて、それを一人でやることは絶対不可能なので、頼りになる賢い仲間がどうしても必要だと感じている。だから、・女性のエンパワメント(必要なものを知り、それを使って考え、行動できる、賢くてしたたかで、しなやかなおんなの人を量産したいの)が不可欠で(今週は、山口と呉でそういう女の人たちとたぶん、たくさん出会うはず。わくわく)、彼女らといっしょに、・虐待を受けている子どもとか、病気で苦しんでいる子どもと その家族とか、もっとも弱い人たちへの救済と、・働き方の見直し(子育て支援を専門性の高い仕事にすること と、同時にオトコの人を家庭に返す)がしたいのだ。ひとりではとっても無理で、せいぜい、光をあてるぐらいがわたしのしごとなんだろう。できれば、それらを独立して完結するものではなく、有機的につながって、相互に作用するようなつながりをつけるぐらいまでは、しておきたいな。そんなわけで、その第一歩を今週仕掛けることになっています。14日の虐待予防に関するシンポジウムのほうは、会場の都合で保育を用意することができませんでした。でも、15日のほうは保育もあります。日ごろの自分の子育てとは、ちょっと離れた話題になりますが、だったら「知らなくていい」かといえば、そんなことはなくて、視野が広がれば、それだけ目の前のことを別の角度から見ることができるようになるので、「●●ちゃんのママ」ではない、自分を取り戻すだけでも、価値はあるのではないか?と、思っています。それがきっかけで、大学に入りなおしたいと思うかもしれないし、制度について勉強して資格取ろうと思うかもしれないもんね。そういう刺激は、間違いなくあると思う。で、もっと直接的に言えば、とうきょう子育てねっとも、4つ葉プロジェクトも慢性的に人材不足なので、「手伝ってもいいよ」という、いきのいい人に現れてほしいんですよね・・・。(わたしみたいな、「バカなこと」になぜか興味を持ってしまう人)あ、いい男、います。目的が、それでもいいです。もちろん、いい女もたくさんいます。「子育て支援で髪振り乱し」っていうのは、なし、なのだ。何かを始めたい人、2007年を、いっしょにいい年にしていきましょう
January 8, 2007
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子どもが親の暴力で死ぬニュースを聞くのは、本当につらいです。以前、厚生労働省の虐待防止対策室の室長さんだった唐沢さんのお話を聞いたとき、「子どもはどんなに暴力を受けても、お母さんが大好きなんです。自分がこんなめにあうのは、自分が悪いからだと、みんな思っているんです」という話があって、こんなに切ないことがあるだろうか・・・とやりきれない思いにかられました。親をせめても仕方がない。わたしに何ができるんだろう?と思って、引き受けたのが、子ども家庭福祉学会の事務局です。虐待のシビアなことは正直よくわからないし、専門性がもっとも必要なところだろうと思っています。そうした分野の専門家が、立ち上げたこの学会を側面から支援することはできるんじゃないだろうか・・・正直、その思いは、年々高まっています。事務局の先生たちは、悲惨な現実をつきつけられ、無力感にさいなまれています。もっともっと子育て支援のNPOとの接点もさぐりたいけれど、それはそう簡単ではないことを、実感したりもします。何ができるわけでもないけれど、わたしにやれることがあるんだったら、やりたいな・・・という気持ち。とはいえ、協働フォーラムの前の日じゃーん。13日はつどいの広場のセミナーに参加する予定で、その次の日は虐待防止シンポジウムで、15日がわたしの中の本番デス。むむ、乗り切れるか?新年早々「試されている」。わたしは、ここで何を得る?こちらも全然インフォメーションできていなくて、集客がとっても心配なのですが、今年は虐待防止法の見直しの年でもあり、要の話になると思います。(っゆーか、みんなそのつもりでやるワケで)ご関心のある方は、ぜひ、ご参加ください。○企画名 「虐待防止法改正の節目にあたって、改めて 虐待防止を考えるシンポジウム(仮)」○主催 日本子ども家庭福祉学会、日本子ども家庭総合研究所○日時 平成19年1月14日(日) 13:30 開場 ○会場 日本子ども家庭総合研究所4階研修室 東京都港区南麻布5-6-8 ※地下鉄日比谷線「広尾」駅下車徒歩10分○お問い合わせ日本子ども家庭福祉学会 (才村)東京都港区南麻布5-6-8 日本子ども家庭総合研究所Fax:03-3473-8408[スケジュール]13:30 開場 受付開始14:00 開演14:00~14:05 会長あいさつ第1部 基調報告14:05~14:25 「学会会員向けアンケート調査結果報告」 当学会員 渋谷昌史14:25~14:55 「虐待防止施策に関する国の動向」 厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課虐待防止対策室長 伊原 和人氏第2部 シンポジウム15:00~17:00 ●シンポジスト側垣一也氏(児童養護施設三光塾施設長)津崎哲郎氏(花園大学教授)磯谷文明氏(弁護士)伊原和人氏(厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課虐待防止対策室長)司会 高橋重宏(本学会会員・東洋大学社会学部教授、日本子ども家庭総合研究所部長)17:10 閉会
January 8, 2007
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ご、ごぶさたしすぎておりまする、松田妙子です。もうこのブログでは「松田って誰っ」て感じですな、ううう。4つ葉ととうきょう子育てねっとが、しみじみと「両輪だなぁ」と思っている今日この頃です。あんなに楽しみにしていた内野聖陽さまのカンスケもうっかり見逃すほどの忙しさで、フォーラム準備をしております。(うそ)そんな私ですので、1月15日の参加を迷われているみなさまには裏の愉しみをちょこっとお知らせします。あの、大きな声では言えないんですけど!やたらいい男が多いんです、このフォーラム!内野聖陽とはいいませんが、子育て支援関係のフォーラムで、こんなにカッコイイ男子率の高い集まりはないかも。んでもってみんな"いいオトコ”なんですよう。”いい人”じゃありませんよ。仕事のできるかっちょいい”いいオトコ”がたくさんいるのです。登壇者はもちろん、仕掛け人にも、参加者にも・・・ぐふふ。当日、私が写真をとっていたら、それはきっと記録写真ではなく、いいオトコ図鑑づくりのためですので邪魔しないでください(笑)「お、俺のこと忘れてないかっ」とおっしゃるあなた。今すぐこちらからお申し込みを。「ホントにそうかしら~」と思われたあなた。ヨン様にはまっている場合ではありません。(古いか)今すぐこちらからお申し込みを。男子のみなさま方、ばりっと決めてきてくださいね☆女子のみなさま方、うきうき来てくださいね☆あ、それから、情報交換会まで申し込むのをお忘れなく。
January 7, 2007
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1月15日の協働フォーラムは、参加費が無料なのですが(保育は実費ですが)、おいしいお土産をたぶんご用意できるんではないか・・・ということに、京都の迫さんからの指摘で気づきました。広島と京都で開催したときに、約80ページ以上にもわたる分厚いプログラムをつくりました。これはおととし開催した三鷹市での協働フォーラム第1弾のときの前例を踏襲したものです。単なる登壇者の紹介にとどめず、読み物にして手元にとっておいてもらおう・・・という意図がありました。(紙資料でぺラペラだとあちこち行っちゃうからね)また、NPOと行政からなる実行委員会の人たちに協働作業をしてもらうには、冊子作りはとってもいいのです。内容を一緒に考えたり、原稿を書いたり。しかもかたちに残りますから。で、今年は、せっかく4回やるのだから、プログラムとは別に4冊報告書をつくろう・・・と最初からもくろんでいました。その報告書は、エッセンスだけを盛り込んだ、薄いもの。かばんに忍ばせて、「こういうのやったんです」とさっと取り出せるもの。だから、24ページ。「増やしてはダメですか?」という申し出が広島からも京都からもあったのですが、「ダメ」と言いました。それは、予算の都合ではなく、24ページに納めるという作業をしてほしいと思ったからです。その、6月の東京版、10月の広島版、11月の京都版を当日配布する予定です。それを、当日プログラムとは別に用意しているっていうんだから、結構いいんじゃないかしらん?みなさん、ぜひもらって帰ってねー。(うふふ。同じ表紙で、東京はグリーン、広島は、黄色、京都は橙色なのだ)気づいたら、こういうことやっちゃうんだよね。たぶん、ライターあがりだから。この成果を、ネットでも配信したい・・・。どうすっかなー(それは終わってから考えよう)鬼編集長としては、もっともっと精査したかったんですが、時間がなくて、かなりの宿題を積み残しています。京都については、KKPのみんなとはかなり言いたいことをいえる間柄になれたこともあり(って一方的にわたしが言っているだけ??)、去年暮れの最後の会議では、相当ダメだしをしてしまいました。だって、「いろいろな意見が出ました」「協働の必要性を感じたという声がたくさん出ました」なんてゆー、どうでもいいような文章をつらつら書いて、どうなるっていうんぢゃ。そうするためにフォーラムやってるわけで、いろいろな意見が出るのも、協働の必要性を感じるのも当たり前で、それは、報告書に書くことではない。報告書には、「いろいろな意見」の具体的な内容と、それができるのかできないのか、できるならどうしたらできるのか、できないならできない理由は何か・・・といったことの、せめて「ヒント」になるような言及がなければ意味がない。フォーラムに参加して、協働の必要性を感じなかったらそれは、参加すること自体の意味がないわけで、協働の必要性を感じで、明日から自分はいったい何をするかぐらいまでは、書かないと、「報告」とは言えまい。まあ、ロードマップの手がかりになる基礎資料ぐらいにはならないとねえ。むむむ。ありったけの、あふれんばかりの「思い」を書き連ねるのは、日記とブログとラブレターを卒業文集でいいじゃんね。自分にもダメだしをする。フォーラムをやりながら、冊子の編集は、かなりスイッチの切り替えが必要。まだまだだ・・・。(あ。参加される方は、こんな緊張感持たなくていいですからねー。実行委員会サイドや運営者としては、やる側ですから、効果的にしたいし、クオリティ考えないといけないし、同じことやってちゃいけないから、毎回、新しい試みをしたいんですよね。プロですから)わたしは、参加者の数だけでその事業の評価をするような評価法は違う気がしていて、参加者の感想ももちろん次につなげる大事な要素ではあるんだけど、そういうのではなくて、あの日、あの時、あの場に集まった人たちが、そこで発した言葉が共鳴して、何かが生まれるだろう、その「何か」を、できるだけ具体的なものとして記していけないだろうか・・・と、思うのだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで、今、いろいろな資料を整理していて、以前わたしが書いた原稿が出てきた。「おお、けんかうっちょる・・・(苦笑)」という原稿だったのですが、いいこと書いてあったので、ここに抜粋します。たぶん、以前も転載したかもしれません。タイトルは、「子育てを前提として女性の再就職支援」。「子育ては母親がするもの」から、「社会全体で子育て家族を支えよう」へ。子育てに直接かかわりをもたない世代の人も含むすべての人の意識転換が必要である、それを、「理由を問わない託児」というかたちで示すことで、新しい子育ての世界が広がってくるのではないか。 安心して預けられる場の確保と、キャリア形成のための教育と、情報提供。それさえ用意すれば、あとは自分たちで仕事を探すか、生み出せる。 この3点が、これからの子育て支援・女性の自立支援には不可欠なのである。
January 7, 2007
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昨日もお伝えした協働フォーラムですが、予想通りというか、やはり準備で出おくれ、集客に苦戦しております。お時間のある方、ご興味、ご関心のある方、午前のみ、午後のみの参加もOKです。ぜひご参加ください。申し込みはこちらから。http://www.setagaya-kosodate.net/modules/eguide/event.php?eid=46昔から、目先だけは効いたこともあり、勉強会にしてもなんにしても、「早い」んです。次の次ぐらいに来ることを、やっちゃう。たとえば、午後の第1分科会では「子育てバウチャー」の取り組みをしている秋田市の行政マンに来てもらいます。迎えるこちらの実行委員には、杉並区、板橋区のいずれもバウチャーをやっている自治体担当者が控えています自治体が独自に財源を確保して、新しい支援の仕組みをつくろうとしている・・・(こんなことに「うっとり」しているのは、わたしだけ?)。「こんにちは赤ちゃん事業」なんて、来年度の国の事業だよ!自治体担当者だって、まだ「へ?」って感じなのに、もうやりたいのだ(松田さん、よろしくね)。それと、「ひろばが始められるようになりました!」と、できたことにうれしい団体だって、実はまだまだたくさんあるし、開設ですら容易ではないことを重々承知で、わたしは子育て支援のNPOには、虐待予防という最も重要な仕事も担えるようになってほしい、と、要求の高いことを考えている。さらに、公務員がやっている子育てサロンやひろばで、元気な親子が何組来ましたなんて、数を競っている場合ではなかろう!お給料もらってるんだから、それなりの仕事をしてほしいと、思っているんです。で、そういう分科会もおととしに引き続き行います。なので、ぜひ、ご参加いただき、「子育て支援には、こういう見方もあるのか・・・」というものを持ち帰っていただけたらと思っています。申し込みはこちらです・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで、今日は、わたしより10歳程度先輩の女社長2人とお目にかかった。一人目は、わたしが20代で、子育てしながらライター修行をしているときにアルバイトさせてくれた会社の社長さん。クオレシーキューブといいます。保育園代もろくすっぽ払えない状況だったので、じゃあ電話番でもなんでもする?ってことで雇ってもらいました。当時は、ベンチャーやらアントレプレナーばやりで、クオレの関連会社でも研修会をさかんにやっていたので、わたしも受付のお手伝いとか、させてもらいました。で、そのときできたのが、『起業家教育で子供が変わる』(日本経済新聞社)です。当時小学生だった息子にもちょっと起業家教育させてみたりしました。(語ると長くなるけど、お金儲けの方法を教えるんじゃなくて、夢を持ってそれを実現させるために頭を使い、行動することを伝えるのが、わたしは起業家教育だと思っています)3年ぶりぐらいでうかがったのだけど、いつのまにかすげーでかい会社になっていました。ワンフロア全部クオレ。電話相談の部屋もしっかり確保され、ブースもたくさん設置されて・・・(昔は電話1つだったのに・・・。うるる)成功の要因は「パワーハラスメント」という言葉を社長の岡田さんが生み、それが企業の福利厚生などの取り組みとして必要だということが次第に認知されるようになったから。わたしが、企業の働き方の見直しが全然進まない話をすると、「わたしたちなんて、ずーっと怒りっぱなしでここまできたからね」と岡田さん。石の上にも3年(どころの話ではないですが)。女性たちが「これは必要だ」と信じ、「そんなのいらないよ」と言われながら、でも、こつこつとやってきた、その成果がここに花開いたんだなーと、思いました。そして、クオレをあとにしてお目にかかったのが、コマームの小松社長です。コマームも、川口にできるタワーマンションの2階にコマームナーサリー川口を開設するということで、夢が、夢が、大きく大きく広がっています。「今年はね、これとこれとこれをやろうと思って」と熱っぽく語る小松さんに、「ほんとすごいなあー」と、ただ、みとれるばかり。「これからが、わたしの人生。仕事に懸ける」(50過ぎて、こういうせりふ言ってみたい)4人の息子の子育てが終わって、これからが本番・・・という小松さんの言葉に、わたしもまだまだゆるんでなんかいられないと思いました。
January 6, 2007
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2007年がよい年になりますようにという願いをこめて、今年もまついなつきさんに占い鑑定をしてもらいました。「スギヤマさんは特別なお役目を持ったうお座さんだから・・・プププププ(←この笑いがもうたまりません)」というまついさんに、こうでしょう?ああでしょう?と指摘され、「なぜ知っているんですか?」「ああ、やはりそうか」の連続でした。「このまま当分いっちゃってください」と、きっぱり背中を押され、実は(四十路だし)ちょっと態度を改めようかと思っていた部分もあったのですが、(昨日の塩野さんの毅然としたふるまいを見たこともあり)「わたしはわたしらしくで、ええんちゃう?」と、考えを改めたのでした。で、まだまだこれから!!ここからがいいところ・・・ってのが、1月15日に開催する協働フォーラムでして、昨年6月同様、せたがや子育てネットさんに事務局をお願いし、申し込み受け付けつけなど一式をお願いしています。協働フォーラムに関する詳細情報はこちらまで。http://www.setagaya-kosodate.net/modules/eguide/event.php?eid=46申し込みフォームもつくりましたので、メールでそのままお申し込みできます。とうきょう子育てねっとは、全国規模で各地の子育てNPOと行政の協働の促進を応援する一方で、「都市型の子育て」にこだわって、「東京」の掘り起こしを進めていきたいと考えています。東京に住んでいると、なんでもかんでも自分たちが中心みたいに感じてしまうところがあるし、情報もわざわざ取りに行くということをしなくなります。でも、東京がすごいこともあるけど、地方のほうが進んでいることも結構あるとわたしは思っています。たとえば、子育てサークルづくりやそのネットワークをつくる動きは、東京は出遅れていると思います。子育てNPOが行政とがっぷりよつに組んで協働している例は、実は地方のほうが多いのではないか?行政にお金があって、行政がなんでもやっちゃってくれて保育料も他自治体に比べても安かったり、児童館などの施設も充実していたりというのはいいことでもあるけれど、デメリットもないことはない。もちろん、東京のよさを素直に受け入れて、そこからどうプラスさせていくかというつもりで話を進めていきたいと思っています。情報があふれすぎて、いったい何を頼っていいのかわからないという実情もきっとあるだろうし、「便利」とは違う何かを、今の子育て中の人たちは求めているのではないかとも思っています。そんなようなことを1月15日には、みなさんと議論できたらいいなと思っています。たくさんのみなさんのご参加をお待ちしています。
January 4, 2007
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やはり、見てしまった。NHKで放映された塩野さんと五木寛之さんの新春対談。なんか、ちょっとかみ合ってない感じが、なんとも面白かったのだけど、五木さんに比べて塩野さんのほうが現実的で、合理的。わたしは五木さんの本はほとんど読んだことがないのだけど、それにしても、五木さんがシニア世代の男の人にうける理由がなんとなくわかりました。物欲に侵された日本の対極の存在として、ブータンにうっとりと思いを馳せる五木さんを尻目に、「お金もちの日本人が移住して、民族移動が起きたら面白い」なんて言い放つあたり、いいっすね。誤解を恐れないものいいも、さすが。一番気に入ったのは「平和の代償」ということば。塩野さんがなぜローマ人の歴史を書いたかというと、ローマ人は「平和」を保障した国家を築いたから。そこまで「どうしたら平和を手に入れることができるか」について考えに考え抜いた人が、(五木さんが嘆く)今の日本で起きるさまざまなこと(いじめで自殺とか)を、「平和の代償」と言い切る潔さったら。嫌いじゃありません。ってゆーか、好きです。わたしは、宗教も哲学も芸術も文学もかなり好きなほうだと思うのだけど、「好き」のおとしどころを、どこにするかっていうと、たぶん、塩野さんが落とすところに近いところに落としたがっている人間のような気がする。つまり、新春早々NHKと一緒に仏教を巡る旅に出てしまうような(例のテレビ朝日でやっていた百寺巡礼の海外版?)五木さんのほうには、なぜかいけないってことなんだなあ。(もちろん、これは好みの問題なだけだけど。)そして、誓った。今年こそ、『ローマ人の物語』を全巻読破しよう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昨年末、掃除もしないで、実家に帰省してしまい、今頃せっせと書類の山と格闘している。本当に山のような報告書。事例の山。それを見ながら、考える。昔、リクルートにいたわたしは、飾り立てたPR文の前に、正確で客観的な情報をほしがるくせがついている。求人情報にしても、社名と住所と電話番号と、給料と勤務時間と、処遇と、仕事の具体的な内容などが必要。その後、子育てガイドをこれでもかこれでもかと出したので、遊び場にしてもお店にしても、店名や営業時間や連絡先など、そういうところがしっかりしていないと、どうも、だめなところがある。同じパターンでいくなら、子育て支援の情報にしても、団体名と活動内容と、実績と連絡先と・・・というふうに必要なものが出てくる。しかし、それが果たして必要な情報なんだろうか?求人情報は、その情報を見てその会社に就職したい人がいる。その人に向けて情報を伝える。しかし、子育て支援団体の情報を見る人は、何がしたいのか?そこに行ってその団体の支援サービスを受けたい人だったら、わたしが手にするような報告書はたぶん読まない。むかしは、全国の子育て支援団体の情報を全部集めたサイトなり本なりをつくりたいと思ったこともあった。でも、すぐにあきらめた。そういう野心を持って、チャレンジしようとしている団体や機関があるようだけど、ぜひ、やってほしいけれど、膨大な作業量なので、これは個人でできることではないと、わたしはやらないことにした。となると、いったい何をつかみ、何を伝える必要があるんだろう?全国各地の先駆的事例を紹介するのが、みなさん、お好きだ。事例報告にいったいどういう意味があるんだろうか?そこから何を得ることができるんだろう?●●県●●市のNPOはこんなことしている、△△市のNPOはあんなことしている、「スギヤマさんは全国各地の事例をご存知だから・・・」それを話してくれといわれることもある。あの自治体はああしている・・・みたいなことをたくさん知っていて、だから、どうよ?もちろん、知らないより知っていたほうがいいのかもしれないし、「それを聞きたい」とおっしゃるなら、わたしの知っていることをお伝えしますが、それよりもそれよりも。「どれだけ知識を持っていても、それを使いこなす知恵がなきゃ意味ないのョ」って言っていたのは、「ファンシィダンス」の明石真朱さん。「知識」を「使いこなす知恵」にまで昇華させるためには何が必要か。今となっては、その情報こそ、必要だと思う。そして「知った」ところで、できなきゃ意味がない。(ほしいのは行動変容だから)このように、うっかりすると、一次的情報の提供で満足してしまうところだけど、今年は編集力を高めたい身としては、ここでもうひと踏ん張りしたいところだ。
January 3, 2007
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帰りの新幹線のなかで、東京に戻ったら何しようかどうしようか、こうしようか・・・と、あれこれ考えていて、「これはわたしの仕事ですってことをはっきりさせながらやりたい」という気持ちがこれまでは結構あって(フリーの命綱なもんで)、「でも、もう、そういうのは、いっかなー」と、思えるようになった気がした。(そんなことにがんばらなくても、もう十分、わたしはそこにいるように思うのだ)セレーノという会社のことや、子育て環境研究所と名づけたわたしの小さなセクションのことや、たくさんの仲間たちと出会って、立ち上げた4つ葉プロジェクトや、とうきょう子育てねっとのことをぼんやりと思いながら、列車はみるみる東京に近づいていった。子どもを生むまで、まさかわたしがこんなことを仕事をするなるなんて、思いもしなかったよ・・・。でも、その「子ども」が、わたしのとなりで17歳になっている。(いったい何度、新幹線に乗って、この子とふたり同じ目的地に向かって往復したことか)年とるはずだワ。そういう年齢にさしかかってきたってことは、それなりのふるまいをしなきゃね。意思のちからで、行動をコントロールする・・というか。これまで、欲張りでやりたがりやのわたしは、自分の力を試したくて、いろいろなことをどんどんと広げていくことに夢中でした。そして、たぶん、これからは、シンプルにすること、力を集中させて使うこと、よけいなものをそぎ落として本質に光をあてることに、関心を向けるようになるんじゃないかと思っています。ってゆうか、そうしようと思っています。・・・・・・・・・・・・ところで、いただいた新総裁と新政府に対するアンケートを読みながら思ったのですが、もちろん、「自分たちがいったい何を求めているのか?」について、考える作業を行い、それを文字化して、わざわざメールするというのは、ものすごく!!すごいことだと、わたしは思っているし、それを受け止めたいと思っています。それを前提に、「あなただったらもっとできるはず」的なさらなる期待を込めて。短時間勤務、理由を問わない一時保育、経済的支援に保育園は、安い保育料で質を確保して、待機児ゼロに。オットを早く家庭に返して、乳幼児医療はただで、出産費用もただで、あれも、これも。。。。気持ちはわかるのだけど。なんとか願いをかなえたいとも思うのだけど。たとえば、「子育て広場のようなところにいっても、子育てが終わった、50代、60代のボランティアの人たちに迎えられても、ちっともありがたくない。当事者の人がやるサロンがわたしたちには必要です」といったコメントがありましたが、せっかくボランティアで子育て支援をやりたいという人たちがいて、「それはいやだ」と言う。なぜそう思うのか、だいたい予想はつくし、その気持ちもわからないではないけれど、では、どうしたら、いいんだろう?どうしたら、この問題は解決できるだろうか?せっかくやりたいという人に対して、何をしたらいい?そうした支援を受ける自分たちは何ができる?という問いを、あえて投げかけたいと思います。賢い人になりたいと、思っています。それは、たぶん、もう一歩、深いところに足を踏み入れて、想像力をたくましくして、考えることから始まるのではないだろうか?と、思ったりしています。
January 2, 2007
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あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。年末年始は福井の実家で過ごしています。総裁選にあたって、少子化対策や子育て支援についてのご意見を募集し、72名ものみなさんから、ぎっしりと思いのこもった意見をいただきました。読みながら、「これはすごいなあ」と思いつつ、本当に忙しくて、毎日の暮らし(子育てと家事)と仕事(お金も必要)と、社会貢献(4つ葉プロジェクト)に追われてじっくり読むひまがなく、ずっと気になっていたので、元旦早々に、大好きなコタツのなかで読み込んでいます。「なんて、素敵なラブレター」と、うっとり。一番多いのは30代の子育て中の女性です。時間もないなかで、いろんなことを考えて、意見してくださったんだな、きっとみんな言いたいことや、伝えたいこと、たくさんの思いを持っているんだろうなということを、かみしめました。たとえば、何万人もの人を対象の数値化された統計データからわかることも多いと思いますが、それだけではないものも、必ずあり、ささやかな4つ葉のブログの呼びかけに応えて、意見(どれもこれも、みな、ほんとうに、その人の言葉でつづられた意見でした)を書いて送ってくれる72人の声も、また、絶対に意味のあるものだ、と確信しています。確信しているわたしだから、やれることがある。もうちょっと読んで読んで、現状とやるべきことを整理して、アタマ使って今年もがんばろう・・・と、決意を新たにしています。・・・・ところで。母が「トスカーナの休日」という映画のDVDを借りてきてくれ、義妹と3人でうっとりしながら観たのだけど、わたしは、女性を主人公にした映画がほんと好きだなと、改めて思いました。若いとはいえない、ややトウのたった主人公が恋に破れ、鼻の頭を真っ赤にしているところを、初対面の男の人に見られながら、けなげに生きる。白馬に乗った王子様なんて全然出てこなくって、それも、しょうがないか・・・と思わせる渋さと、オトナ感。それにしても、日本は、紅白やらカウントダウン番組を見ながら、なんか、40過ぎたわたしのような世代の人がぐっとくる歌がないなあ・・・と、つまらなく思ったんでした。オトナの女の文化の追求。めまぐるしく変化して、何も残らないお子様文化と、変りばえのしない人たちで、変りばえしない議論ばっかりの政治経済の世界のなかで、居場所のない、わたしたち。女の脳みその中は、恋とファッションと、旅行とグルメしかないなんて、勘違いもはなはだしいワ。今年の4つ葉プロジェクトは、新しい価値も提案していきたいな。「女性の人生は、子どもを産んでからが本番」みたいな(笑)。ぜひ、みなさんと一緒に、つくっていけたらと思っています。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
January 1, 2007
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