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プレッシャーというテーマで放送していたスポーツバラエティ番組の中で、「勝敗を分かつような場面で緊張するような時にどのようにコントロールをしていますか?」というような問いがあった。ソフトボールの凄腕ピッチャーは、「ここでもし乗り切れたら私ってすごくカッコイイんじゃない???って思ってます。」と応えた。すごいなぁ~、さぁすがぁ、ポジティブシンキング!!言葉の自己暗示的な作用はすごくあって、「もし、ここで失敗したらどうしよう、、」と考えると意識が「失敗」の状況に向いてしまい、失敗する確立が増えてしまうのだ。今の自分を愉しむ心の余裕はチカラになる。そして、周囲の人にプラスの影響を与えられる。研修トレーナーも同じで、トレーナー自身がその瞬間を愉しみ感謝する心を持つと、不思議と参加する人に反映する。特に、宿泊研修でトレーナーがチームとなって複数で取り組む時には、トレーナーの信頼関係やチームワーク、設営班の徹底した心遣いが、なぜかいつの間にか伝染する。そして結果、より多くの「学び」と「気付き」を参加者の方々が得られるようで、その無言の影響力の大きさに、驚くことがある。もちろん、そういう時はトレーナー側も生きるパワーを大いに頂ける。ありがたやー。人のココロとは不思議なものだ!何事も気持ちよく、愉しもうとする姿勢。その心構えの大切さをテレビの一シーンが思い出させてくれた。明日から2月!
January 31, 2008
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山下和美さんの漫画『不思議な少年』の主人公の少年は、時々「人間って面白い」と、感嘆する。今、読んでいる河合隼雄さんの自伝『未来への記憶』(岩波新書)のなかでも、数学が大好きで論理的思考に長けている一方で、物語が大好き、しかも、戦時中の嫌な思い出もあって、神話なんか否定したいのに、なぜか惹かれてしまう自分に途方にくれているという場面が書いてあって、くすっと笑ってしまった。大好きな映画「駅」のクライマックスで、何人もの人を殺して逃走中の恋人をかくまいながら、でも、警察に通報してしまう(そこには、新しい恋人、高倉健さんへの揺れ動く思いもあり・・・)倍賞千恵子に、刑事が「おかしいじゃないか?」と問いただしたとき、「おかしいですね。 でも、男と女ですから」みたいなせりふを倍賞さんが言うシーンがあって、それを観て、わたしはシナリオライターになろう!(高校生だった)と、決心してしまうぐらいのインパクトがあったわけだ。・・・・・「『戦略的思考とは何か』って本読んだんだけど、 すごく面白いの。 パックスロマーナならぬ、パックスシナの時代が 長く続いて、日本はずっと平和だったわけだけど、 それが、アヘン戦争でつぶれてしまうわけね。 今は、パックスアメリカーナなんだけど、その アメリカが斜陽だから、どうなるか?ってところ よね」なんて話を嬉々としてするので、「そういう話をするときの杉山さんって無茶、 楽しそうですね!」と中橋さんに言われてしまった。なんか、楽しそうらしい。なんでだろう?なんだけど、海外の女流作家の小説が大好き。上品で鋭利なナイフのような切れ味の、女性にしか出せない感性に、ほれぼれする。おすすめは、ドリスレッシングと、『アメリカにいる、きみ』(C.N.アディーチェ河出書房新社)。そんな振れ幅の大きい自分をもてあますことはしょっちゅうで、でも、これはもう折り合いをつけるしかないと、諦めムードだ。・・・・・・・・・・シナリオライターになりたかったのは、ドラマで、人間を描写したかったからだ。でも、「ドラマでなくてもいいのかなー」と思ったし、今は、「現実のほうが断然面白い」と思っている。ドキュメンタリーの構成作家さんたちとお話していると、やっぱり、この人たちの人間観察の眼は鋭いな!と、思う。その眼で人を見ていたら、きっと、一生飽きないだろう。わたしは何になりたい?って観察したときに、「わけわかんない」とか、「みてて飽きない」と思われる人に、こそ、なりたい。と、思った。「人間が描写できる」より、「面白い人間になる」ほうが、おもしろいじゃん。(キャー、なんてこと言ってるのって 声が聞こえてきそうですが)・・・・・・・「こうしたほうが絶対得だって」と、わかっているのに、実際問題、できるはずなのに、あえてそれをしない人がいる。そっちが得とわかっていても、ためらってできない人がいる。そのためらいは、「なんか、日本って病んでますよね」って言ったときに、みんなうなずいた、その空気感に通じるように思う。わたしにとって幸運なのは、毎日、新しいことが起こること。存在感で、「もう、負けました」ってな人と会話ができること。それは、もう、たまらないこれ以上、何を望む?この出会いを栄養に、精進するしかないだろう?「高校生の母」さんは、2000年のときに、わたしの今の年齢だったんだ・・・と、今日のブログで知り、彼女の「わたしのものがたり」を一番に読ませていただいて、はう~と思った。わたしらしさを大事にしたいなんてチンプな言い回しは、四十路はしないものですが、なんだか、すごく、そう思った。大事にしたい。ひとりひとりの「わたしのものがたり」。4つ葉プロジェクト公式サイト。4月に向けてリニューアル準備中!「わたしのものがたり」乞うご期待!!
January 30, 2008
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こんにちは、高校生の母です。娘を身ごもったとき、高校時代からの親友がこう言ってお祝いしてくれました。「自分が50歳になったとき、 わが子が17歳になっているなんて素敵じゃない! 」彼女は京都で画廊を経営する傍ら、大学で講座を受け持ち、国際的な芸術プロジェクトにも参加しています。自分でも作品を作っていたのだけれど、いつの間にか、若い才能を応援する側に立っていました。独身なので、子どもはいません。その代わり、たくさんの若い才能に囲まれ、育てています。17年前に彼女が贈ってくれた言葉は今年、現実のこととなります。さて、どんな50歳、17歳になっていることやら。妊娠中、罰当たりなことに「高校生ぐらいに成長して生まれて来てくれないかな」と考えていましたが、手術室でちっちゃなちっちゃな姿を見せてもらって以来、一緒に過ごして来られて、実に楽しく面白かった。子どもは、ある時期からの自分が生きて来た軌跡のような側面がありますね。彼らの中には、親と暮らした日々の記憶がぎゅっと詰まっている。いまだに寝顔が小さい頃と変わらないので、こっそり眺めるのも、親ならではの楽しみ。けれども、話すことも行動することもかなりまともになってきて。今では、それを頼もしく感じる反面、なんだかつまらないとさえ思うことがあります。* * * * *杉山さんから「わたしのものがたりを書いて」と言われ、抵抗したのですが、屈してしまい(笑)、この8年間を振り返ってみました。ちょうど現在の杉山さんと同じ年齢から、ものがたりは始まります。ということは40代の総括みたいな感じ?公表を前提として私事を書こうとすると、書けないことがたくさんあることに気づきます。もう、すねはキズだらけだし、内緒にしていることは山ほどあるし、誰かを傷つける可能性のあることも出て来る。なかなか難しい。自分自身のことなのに、前後関係が分からなくなってしまうこともあります。何で確認したかと言えば、関わっている公的機関の年間報告書や同じく関わった広報誌など。夫と「もう何年スキーに行ってないかなあ」なんていう雑談をしているときでさえ、年間報告書を持ち出して確認しますからね、私。そこに書かれていることを読めば思い出せる。備忘録みたいに使えるんです。やっぱり何ごとも記録しておくのが一番だなあ。とは言え、いちいち確認しすぎ?職業病かもしれない。「わたしのものがたり」には、もちろん娘のことも出てきます。ことの次第を本人に確かめたら面白いことが判明して、随分前に立てた仮説を裏付けるような結果となりました。それについては、ここでは書きません。* * * * *NPOの皆さんも、年度末は報告書の作成に追われていらっしゃるはず。今年も、そろそろ始まりますね。「どうして、こんなややこしいものを 作らなくちゃいけないんだ」という悲鳴が聞こえてきそうだけれど、それは後に貴重な記録、財産になるでしょう。税金の申告書も書かなくちゃ、でした。これだって、昨年一年間を振り返るよいきっかけになるでしょ?そうそう、ご家族が医療を受けたときの領収書は年ごとにまとめて保管しておいてくださいね。役に立つ時が来るかもしれません。(と、いきなり社会保障関係の豆知識)
January 30, 2008
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こんばんは、amigoの石山です。まずは4つ葉プロジェクト事務局からのご報告をさせていただきます。ずいぶんお時間をいただいてしまいましたが、平成18年度の4つ葉プロジェクトの会計報告をフリーページに載せました。地方から賛同、応援してくださっている皆様に具体的な報告ができずにおり、申し訳ございませんでした。順次、同じ場所で報告をアップしてまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。子育て支援者を支えるのは、その人の思いとか心意気というカタチになりにくいものであり(例えば、すごくお金が稼げるとかではないので)それを一生懸命伝えようとすると、私なんかは、言葉を一生懸命重ねようとしてしまいます。でもやはり言葉もかたちがあるようで、ないような。「で、何?」「コレ」というものが見せにくい。そこを何かプラクティカルなカタチ、データや数字で示す力こそが“子育て支援”に携わる思いをカタチにしていくために、いよいよ必要になってきていることなのですよね・・・。例えばわたしが日中どんなに駆け回っていたって、寝る時間削って作業してたって、人に示すモノがないと、その思いは一般には伝わりにくい。「まず蛙を食べよ」でしたっけ?苦手なものから手をつけると、一日の仕事の効率は上がるんだそうな。はい、その通り・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちょうど同じようなお話を先週耳にしました。2月5日の次年度予算勉強会の会場の手配でお世話になったコミュニティサポートコンソーシアム合同会社さんにご挨拶に伺ったときのことです。介護NPOの活動の原点となる思いは、地域コミュニティのセンターとして機能する価値のあるものであるのに、単に介護サービスを提供するだけになってしまう現実をふまえ、NPOを不動産と結びつけ「福祉長屋(フクシナガヤ)」なる拠点づくりや地域の人々の「健康・健やか」に関わってゆくコンサルティングをなさっている会社です。代表社員の大倉さんたちが「NPOの方や、私たちの活動もなかなかカタチが見えにくいもので、難しくはあるのですが・・・」というくだりでお話いただいた事例は、大変に勉強になりました。今回の勉強会の会場も、コミュニティサポートコンソーシアム合同会社さんのご厚意で私たち4つ葉プロジェクトは「無料」で利用させていただけることになりました。ありがとうございます大倉さんはじめ、長年社会で経験を積み、信用を持っておられる先輩がたに一生懸命駆け出し始めた「子育て」の業界を育てていただいているような、そんな気持ちになるのでした。しかと、受け止めたいものであります。東京駅から程近い、立派な会議室です。地方の皆様もアクセスしやすいかと思います。胸にある思いをどうカタチにしていくか、これからの具体的な道筋が、行く先が見つかるといいですね。で、明日から何すればいいか、考えていかなくてはですものね。お申し込みは、お名前・所属・ご連絡先をコチラまでご連絡くださいませ。お待ちしております
January 29, 2008
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昨日は、社会保障審議会少子化対策特別部会だった。わたしたち委員の要望で、いわゆる保育ママ制度についての専門家と現場保育士の方のヒアリングが行われた。保育ママ制度について長年研究をされてこられた尾木先生が、的確に鋭く保育ママ制度のこれまで、課題、解決策等をお話くださった。その、根拠になったのが、昨年行われた、保育ママ制度に関する調査の中間報告書だった。小山先生、庄司先生といった、いつも日本子ども家庭福祉学会の件でお世話になったいる先生方が研究者に名を連ねておられた。日本の保育は保育所で対応という歴史がとても長かったため、保育ママは、ずっと捨て置かれた感が強い・・・ということを改めて知った。麻布の子ども家庭総合研究所にお邪魔すると、なんだか気のいいおじさま風(失礼!)でふらふらしているふうに見える(これまた失礼!)先生方が、このようにすごく大事な調査をされているというのをみて、なんというか、誇らしいような、晴れがましいような気がした。(ホームスタートのシンポジウムの節はお世話に なりました)厚生労働省の保育課の課長さんも「これまでの取り組みを反省し、改善策をとり ながら、普及に力を入れていきます」と、おっしゃった。現場で保育ママをされてらっしゃる方が、保育園の保育士、幼稚園教諭を経て、保育ママになりたくて、子どもが6歳になるのを待って、保育ママを始めた(6歳以下の子どもがいる家庭は保育ママになれないらしい)というお話も、胸を打った。会議の席上でも発言させてもらったのだが、保育ママの仕事は、保育園の保育士よりも様々な面で大変なのではないか。専門性についても、「中堅どころの保育士」レベルのスキルが必要ではないかと思う。でかつ、なかなか認知されないお仕事にも関わらず、こんなふうに、子どもに関わる仕事につきたいと思い、日々がんばっている人がいるというのはなんだか、すごいな。・・・・・・・・・・・今日は大阪に日帰り出張。NPO法人わははネットの中橋さんの依頼で、子育て支援をするタクシーのドライバーさん向けのマニュアルの作成のお手伝いをしているのだ。撮影の協力してくださるのは、子育てタクシー協会にも所属している堺のタクシー会社さん。あいにくの雨だったので、撮影まではできなかったけれど、どんな写真にするかをこまごまと考えた。今日の打ち合わせのために、香川から出てきてくれた中橋さんは、わたしと別れたあと、もう一件尼崎に打ち合わせに向かわれた。「わたしは、タクシー業界のことがわかる 子育て支援の人になっちゃいけないと思うんです。 仲良しこよしになるんじゃなくて、 あくまで、子育て支援の立場で、タクシー会社さ んとつきあっていかないと」と、移動中もタクシー会社の社長さん相手に熱心に語る中橋嬢に、ちょっとウルッとなった(なっていたのよ、中橋サン)。わたしは、自分の仕事に誇りを持って、その仕事を全うしている人を見るのが、つくづく好きなのだ、と、思った。わたしの仕事は?依頼と期待に120%を目指して応えること。派手な、なんちゃってパフォーマンスは、やっぱりキライ。誠実でありたいな。今度の4つ葉の勉強会は、よくよく聴くと、実は最新情報盛りだくさんなんだけど、派手な仕掛けやおもしろさは、全然ありません。受け手の人次第というところがあります。それでも、それを、お示ししたいな、と、思っています。よかったら、ぜひお越しください。内容は、ちょっと難しいかもしれないけれど、厚生労働省の課長さん勢ぞろいの行政説明は、めったにない贅沢なラインナップです。なので、その雰囲気に触れるだけでも、後々役に立つこともあるかもしれないと思います。詳しくはこちら。http://yotuba-project.net/study08.htmlずっと続けてきたことなのでね、やっぱり今年もやりたいな・・・と、思ったんです。「続ける」って、結構難しい。でも、続けているから伝わることや認めてもらえることもあるものね。言葉もわたしにとっては、大事な仕事の一部なのだけど、わたしは、「仕事」そのものの、たたずまいとか、プロセスとか、スピード感とか、クオリティとか、そういう総体、ひっくるめて、いいものにしていきたいな・・・と、思いました。もちはやっぱりもち屋なのよ。プロが好き。子ども総研の先生方や保育ママさん、中橋さんたちの完成度の高い仕事はみていて刺激になるし、素直に、うれしい。ありがとう。
January 29, 2008
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名札を無くしてしまったので、先生に連絡帳で「どこに売っているのですか?家では見当たらないのですが」と書いたところ、「近くのお店では売っていません。探してみますが、来年の1年生の分しかもう無いと思います。持ち物の管理、学習面ももう少しがんばってもらって、2年生になれるようにしましょう」と返信が返ってきました。確かに・・認めるところなんですけど。忘れ物は多い、となりのお友達の本を持ってくる、計算が遅い、「ら」ど「だ」の区別がつかないから、作文がわかりずらい、など、あげれば切りがないですわ。要するに持って生まれて「トロイ」のだと思いますが。だから2年生になれないってことないでしょ~、ってかんじ。 名札ひとつでここまで・・・「生活面、勉強面」と語るのは・・まあ、親の怠慢を指しているのだとはわかりますが・・・。 そういえば、こんな風に、子どもを批判した形で、親を叱る人ってけっこういますよね~。なんていうか、こういう風に書かれると「子どもと親」の両方が叱られているので、イヤーな気分になります。で、こう書かれると、オタオタしてしまう方も中にはいらっしゃるかと思いますが・・同じように育てているのに、ホントーに手のかかる子とそうでない子っているものです。もしこんな風に、先生と呼ばれる人に指摘されて、悩んでいる方がいたら・・・・それは育て方の問題ではありません!断言できますから・・。心配しないでね。昨日はsg wanna be のコンサートに行っていい気分だったのに、すっかり萎えちゃった・・。泣。
January 28, 2008
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松田です。舞鶴へこの週末いっていました。日本海の重量級の海と空を、体で感じてきました。舞鶴でがんばっている女性たちも重量級だった。嬉しかった!ありがとう。次の日本海は、2月の加賀だ。いろいろ感じてこよう。今日は、杉山千佳さんが書かれた「本当のこと」を読んで、私のアンサーブログ。本当のことを言われて飛びのいたとしても、たぶん、誰も「聞かなかったこと」にはしないと思うのです。言ってくれるということがどんなにありがたいことかを知っているから。相手に対してモノを言う、ということは、相当エネルギーがいるんだ。その覚悟の上で言ってくださっていると知っているから、痛いけれど、受け止めようとがんばる。そして、それは、ほめられたいから、とか、言ってくれた人(たとえば千佳さん)に評価されたいから、ということではなく、やはり、地域を良くしたいから。千佳さんからするどい「本当のこと」を言われて、飛びのく人が多いことは私も感じます(笑)私もしょっちゅういなくなりたいときがあります、がはは。でも、「飛びのいた」人たちの中にも、必ずや何かが残り、長い時間がかかったとしても、何かしら「変化」がおきているのではと私は考えます。時間がかかっていては意味がないのかもしれないけれど、次への何かにつながることもあるかもしれません。そういう意味では私は、人への諦めが悪いのです。「信じて待つ」だけでなく、はげまし、寄り添い、ともに進む姿を見せていく、ということなら、たとえその場では飛びのいた人たちに対して次に、私ができることかな、と思っています。(役割分担か。それじゃ私、おいしすぎるかな?笑)-------------杉山千佳という人は、誇り高き姫なのに、そのドレスを泥だらけにしながらも自ら、茨の道なき道を、ナタふりまわして切り開いています。真剣に。(あくまでも私のイメージね。想像してっ)同じ道を、後ろから通らせてもらうこともあるし、違う道を同じように自分が切り開かなければならないときもある。その道がせますぎて通れないときは、他の誰かが、もっと広げながら次の誰かがのために折りやすくしてくれているときもある。(ひっそりめだたないようにやっているけどそれがすごくありがたいし、むしろそのほうがすごいことだってある)少しずつだけど、そうやって、お城(4つ葉)に集まっているんだと思います。姫さまの帰還を信じて待つこどもたちもいます。(姫を迎えにいくこどもたちもきっと育つでしょう)そして「本当のこと」はひとつではないかもしれない、ということも、私は考えます。疑うということでなく、さらに一緒に求めていくという感じ。一人で見た「本当のこと」を、今度は複数の人間で肉付けしていく。時間が経つと変わるかもしれない。見つめていくと新たな真実が現れるかもしれない。見届けていくには、時間と手間隙がかかります。でも、それをいちいち振り返って見届けていたら、切り開いたはずの茨が育ってまた道がふさがれちゃうから。それは、他の誰かがやってくれているか、顔を思い浮かべておくくらいにして、姫はひたすらナタで茨を切って進むのです。ひっそりと後ろから道をひろげているひとたちは、ひっそりもいいんだけど、時々ここにいまっせ、と声をだしてください。そうしないと姫は孤独だと思い違いして、悲壮感あふれる旅になってしまいます。道は、次のひとたちが踏み固めておいてくれないと、姫が帰ってくる道もなくなります。旅は、帰りが大事なのです。あぁ・・・なんだかわけがわからなくなってしまったので今日はこれでおしまいにします。すんません。
January 27, 2008
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年末に本屋さんを探して買ったのは、新潮社の『考える人』。河合隼雄さんの追悼号だった。そこに寄稿されていた、詩人 佐野洋子さんの文章から。 いつか対談をしたことがある。「私が何か云うと男の人がうしろにとびのく様に感じる事がある」と訴えた事があった。「それは、佐野さんが本当の事を云うからです。みんな本当の事は嫌いなのです。本当のことは云ってはいけません」訴えたのは、佐野洋子さん。「本当のことは云ってはいけません」とおっしゃったのは、河合さん。わたしもよく「男の人をうしろに飛びのかせる」ことがあるのだけど、佐野さんの「本当の事」はそうとう純度が高いだろうなあ。(飛びのく勢いが違いそう)以前、岡野玲子さんの『陰陽師』の漫画のなかでも、晴明が「何という姿だ 人を正気にさせてしまう あなたのような人は いてもらっては困るのですぞ」と言われていた。そうか。本当の事は、みんな嫌いなんだね。親切のつもりで、言っていたんだけど(笑)。河合さんの言うことなら、きく。もちろん、それは、わたしが、本当のことを探すのをあきらめたってことではない。私が感じる「本当のこと」を、佐野さんレベルの「本当のこと」まで純度を高めていく作業は、続けていきたい。それを、言うか言わないかは、別の話。言わなくても伝えることができるようになったら、それは、もう、河合隼雄さんの領域。
January 27, 2008
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わたしの仕事は、アタマをつかったり、文字を使う作業が主になるので、どうしても「アタマでっかち」になりがちで、ずっとそうしていると、「イー」ってなりそうなので、意識して対応策を用意しています。それは、毎週必ずヨガやピラティスなどからだを動かすプログラムに参加すること。フルートを続けること。病気を契機に始めたアートワークの個人セッションを続けること。この3つ以外に、いわゆる「癒し」というよりも、もっと積極的な健康のためにビワキューと全身マッサージを定期的に受けています。「そんなことするヒマがあるんだったら、仕事しなさい」ではなく、「これなしに、いい仕事はできない」んです。仕事には、ベストの状態で臨みたいので、日ごろのメンテナンスとして、決して安くはない対価を自己投資して、続けています。・・・・・・・・・・・・・・・・・フルートは小中学生のときにブラバンで吹いていて、その学校はコンクールで北陸大会に出るぐらいだったので、まあ、いい感じには吹けてました。20年ぶりぐらいで再開して、音はすぐ出るようになり、カンもつかめてきて、4年が経とうとしています。トリオの譜面を新宿で探して、「3人でやりませんか」と言ったり、のだめの譜面を買ってきて、「これやりたいんです」と先生に見せたり、「先生になんて思われるかしら」とか、どうでもいいことを考えることもなく、素直に相談してきたのだけど、ついに、「今年はアルルの女がやりたい」と、宣言。アルルの女はご存知ビゼーの名曲で、フルート初心者がいつかは吹けるようになりたいとアコガレている曲でもあります。そんなやりとりがあったせいか、年明けのレッスンから先生の態度が変わってきました!いま、エルガーの「愛の挨拶」というかわいい曲をやっているのですが、「ここはスタッカートで」「ここで息継ぎして、スラー」ひっ。千秋先輩とのだめみたい(って先生は女性ですが)。「吹けるようになりたい」レベルから、「曲を表現する」レベルへ。もう先生は「できるようになりましたね」とは、ほめてくれない。できてあたりまえになったってことね。タイヘン、きちゃったよ~の気分。(何をやってもほめてもらえた、あの頃に帰りたい~)・・・・・・・・・・・・・・アートワークも同様で、それまでは自分の心のメンテナンスという感じだったのですが、その域をとっくに超えてしまいました。個人セッションなので、わたしのレベルに合わせて先生も完璧な準備をしてその時間を迎えてくれているのが、わかります。2年ぐらい前だったか、病気の余波でまだ気弱になっていたとき、 「そこまではできない(いきたくない)」と、言ったら、「やるのよ」と、言われたことがあります。その声は、彼女の声とはちょっと違っていて、彼女を通して、わたしが言ったというか、誰かが言ったふうにわたしは受け止め、「ああ、やらなきゃいけないんだな。たぶん、わたしは できるのだな、できるところまで到達したんだな」と、承知したのでした。そんなんで、今やっているワークは、もはや「癒し」の領域をとっくに超え、たいへんおもしろいが、「えー。ここまで??」みたいな感じなわけです。(内容は、チョー個人情報なので、秘密)・・・・・・・・・・・・・・・・・葦沢さんも書いてくれているけれど、4つ葉は今転換期を迎えていると思っています。昨日も、「両方は無理」と、正直に言いました。御用聞きのわたしたちは、上を見て、それを下に流し、下のエネルギーを上に届け、変革に役立てるんだと思います。まあ、風通しをよくしたいんでしょうね(それを難しい言葉で言うと、「協働」なんでしょう)。わたしは、いまは、上を見ることに専念したい。国の動きを翻訳するから、わたしの言っていること、わたしの思いを、みなさんたちの言葉で、地域の人たちにわかりやすい言葉で伝えてもらえないか。いわゆる対外的な「シャカイの場」に出向いていって、「わたしたちのことも忘れないでね」「わたしたちはこう考えています」って言うのも、実は結構大変な作業で、それをやりながら、すそ野を広げる作業をひとりでやるのはキツイ。ってな相談をしたのでした。しんどそうなわたしを見て、なんとかしようよと、時間をつくり、事務所までお運びくださったみなさんに、感謝しています。ありがとう。京都のみんなが、「杉山さんの言ってること、難しすぎてすぐにはわから ないけれど、自分たちなりで考えて、どうしていった らいいのか、話し合いを持ってやってみるから、具体 的なやり方を教えて」と、言ってくれたのも、うれしかったです。内部資料「杉山メモ」(笑)を作成しましたんで、適当に使ってください。リーダーは、できるだけ、全体像をとらえるレッスンをしておいたほうがいいと思っていて、このメモをバージョンアップさせていくと、より、やっていくことや、目指しているものがクリアになっていくかもしれないね。そんなプロセスも、大事なノウハウだと思うので、それを洗練させて、上手にバトンを手渡していきたいなと、思っています。
January 26, 2008
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今日は事務局の恭子ちゃんたちと、5日の勉強会の打合わせ。その他もろもろ、今後の相談など。勉強会、お申し込みいただいたみなさま、ありがとうございます。まだお席に余裕がありますので、みなさまふるってご参加ください☆メールでのお申し込みはコチラへ。* * *公式ホームページを充実させていこう、というのが今年の目標。会計報告や事務局や組織、運営していく内容、昨年のタウンミーティングパンフレットの中身、いままでのあゆみ、「4つ葉って、具体的に、なんなの??」みたいな部分を今ブログ担当をしているメンバーなどが手分けして、そちらに読みやすくまとめていけたら、と。4つ葉の3歳のお誕生日あたりにリニューアルを目指しています。関係各位のご協力も、よろしくお願いいたします!* * *ものぐさで夜中のメールで用件を済ませがちで今まで書いてきた原稿もウェブ媒体が主な私ですが、実は本当のところでは、メールやウェブのできることは限られていると思っています。名前を明かして語ることの勇気とか、匿名性に潜む悪意とか、深く推敲せずに書き込めてしまうからこその誤解、言葉の足らなさ、至らなさ。これが、本を一冊作るということだったらスタンスは全然違う。一度書いた人の手を離れたら、もう簡単に言い換えることはできないという覚悟。言葉の表記ひとつひとつに注意し、吟味し著者、編集者、発行元の会社・団体の看板を背負って立つ。(もちろん、ウェブだってそれは同じなのだけど…)でも、本、活字は、時間がかかる。だからこそ、同時性を保つのは難しい。それが、印刷物の限界。ウェブはその点、同時性はやたら高い。間違いは、修正がきく。多くの人の目に触れることができる。双方向のアクセスができる。けれども、やっぱり、2次元なんだな。生身の人の持つ、パワーや独自性、その人が表裏一体で持っている長所と短所の「個性」としてのエネルギーを肌で感じることは難しい。それが、ウェブの限界。だったら、結局、そこはきっと入り口でしかない。入り口から一歩、中に入って、実際会って、話をして、質問をして、誤解があればそれを解いて、相手を丸ごと理解しようと努力する。そして、あたたかい場所をひとつ、手に入れる。そんな場所の、入り口になれたらいいんじゃなかろうか? って、そんな話です。でも、私たちには1日24時間しか無い。それが「生身のひと」の限界。* * *「じゃぁ、4つ葉って、 子どもに関わるいろんなところへ御用聞きに行く “三河屋さん”みたいな感じっすね?」と、恭子ちゃん。なるほど~(笑)。あれは究極の地域密着。会話のできる関係だよね。「2008年度予算、入りましたよ! お披露目会がありますがいかがっすか?」「まぁ、そうなの? ちょっと興味あるわ~♪ じゃぁ、今年はちょっと見に行ってみようかしら? ……あら、けっこう美味しかったわ! お隣の○○さんにも教えてあげなくっちゃ。 ねぇ、○○さん!アノネ♪」みたいな、感じでしょうか?wこんなおバカな事務方担当が勉強会の裏方として、お待ちしております。どうぞお気軽にご参加ください♪
January 25, 2008
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先日講演させてもらった、岐阜県白川町は、人口約1万人の町で、ここ数年徐々に出生数が減り続け、今年は40人を切りそうだという。当然ながら、町の人たちは、子どもの顔と名前を知っているし、どんな家族構成かも、わかっている。待機児はおらず、3歳になれば全員保育園に入ることができる。熱心な職員さんたちは、去年12月に行われた岐阜県での私の講演を聴いて「これだ!」と思い、早々に講演の依頼をしてくださった。私の思っていることや、講演内容が本当にいいかどうかは本人はよくわからないけれど、「これだ!」と思って、即動く行動力は、すごいと思う。縦割りの弊害をなくすため、教育委員会に子育て支援の業務をあて、乳幼児期から、保育園、小学校、中学校への切れ目のない支援ができるよう、配慮している(幼稚園がない)。主任児童委員さんや母子保健推進員さんたちによる地域のネットワークもあり、そのうえの虐待防止のネットワークもできており、児童相談所の方も「ここはすばらしい」と太鼓判を押してらした。次年度は、次世代育成支援の行動計画の見直しの年だ。うーん。ここにファミサポや延長保育や休日保育やつどいの広場の数値目標をつけるのかなあ??福島県の三春町に行ったときも感じたのだけど、ある程度、子育て支援の基盤整備ができたら、「もっともっと」はもういいんじゃないだろうか。(もちろん、質の維持は必要だけど)それよりも、まじで「少子化対策」に取り組んだほうがいい、と思う。それは、町に「残っている」(←都会に若者が出て行ってしまう地域ではこういう表現をよく使う)女性に、「もうひとりがんばって」とかいうデリカシーのない「少子化対策」ではなく、このまちが好きで、ここで暮らしたいと願う若者が残れるような産業を興すことではないかと思う。「子育て支援」は、厚生労働省と文部科学省の連携で進めていけると思うけれど、「少子化対策」は、経済や地域振興とも深く関係しているので、そうした省庁が率先して進めていくほうがよいようにも思う。「少子化対策」なんて直接的な言い方をしないで、「若者が残りたいと思うような魅力ある地域づくり対策」とか、そういうのもいいんじゃないかな?白川町は岐阜から高山に向かう途中の町で、道に沿うように渓谷が見えた。車窓の風景に圧倒されることって、そうそうないのだけど、あのときは、本当にたまげた。(こういう景色を毎日見ているの? それって無茶贅沢! 「はい。川で泳いで育ちました」って!?)つくづく感じたのは、都会の子育て環境のほうが、全然悪いって!!ってことだった。みなさんたちの地域力で、都市部の子どもも助けてやってくれませんか?と、思ったの。うちの町の子どもは大事だけど、都会の子どもはよその子だから、別に・・・って感じなんだろうか。公務員は特に。業務に忠実だから。でもさあ、町の予算の自主財源は3分の1だったよ。よその地域の子のことも、なんとか考えてくれないかなあ。って発想、変?・・・・・・・・・・・・・・秋田や青森に行ったときもつくづく感じたのだけど、優秀な女性がほんと、多い。で、周りが彼女らを放っておかない。少子高齢化の進んでいる、厳しそうな地域のほうが、女性の登用率が高いように思う。つまりチャンスがそれだけ多いということ。必死だからね。男だ女だなんて言ってられないんだろうと思う。そういう地域ほど、責任者の女性が抱えている責任(事業規模)が大きい。あるいは、きちんと公務員などに雇用されて、相応の権限を持って働いている。「すごいですね。何人もの女性を雇用して、その人 たちの人事管理もし、事業計画も立て、予算も組んで マネジメントしてらっしゃるんですね。 わたしはそのノウハウを、みなさんから、次の女性 たちに伝えていってもらえないかと思っているんです」と、言った。「そんなわたしなんて。見よう見まねで・・・」。ああ、わたしは各地で何度、このフレーズを聞いたことだろう。わかる、その気持ち。出る杭であるあなたは、これまで散々、打たれまくったんだよね。(打ったヤツ、許せん)男尊女卑的志向は根強いくせに、女にがんばってもらおうってわけだから、この矛盾たるや。どうにかなってしまいそう。でもさあ、聡明なあなたならわかってると思うけど、今の日本ってさ、そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだよね。意識も変えつつ、地域も興しつつ。。。子どもも育てつつ・・・って感じだろうか。わたしもガンバル。がんばってね。
January 25, 2008
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昨年から父がディサービスに週3日通っている。園児バスのように朝9時に近くの道路沿いまでお迎えがあり、夕方4時に送りがある。脳梗塞で倒れた父は奇跡的に命をとりとめた上に、半身不随になることなく、自宅で生活をすることができるようになった。言語機能は回復しきれず話すことはできない。ただ最近はこちらが話すことは大まかに理解しているようだ。確かめようはないのが、ちょっともどかしい。倒れる以前と比べると、会社のソロバンをはじいていた頃とはガラリと変わり、ずい分ボンヤリと穏やかなカンジにはなったが、2人住まいの母との生活も食事が特別メニューであること以外特別日々が大変に思えるような変化はなかった。ないように思えた。お風呂もトイレも一人でできるし。。。年明けから母が体調を崩した。ストレスから来るものではないかと診断された。寝込むようになって、父の送迎がままならなくなった。一人で自宅まで歩きというほど脳機能が回復しているとは思えず、家族としても心配だから、近くに住む私たち夫婦が朝夕と行き、食事や父の送迎を手伝わないと日常が過ごせなくなってきた。父の要介護認定は受けており、センターへは行けているが、生活を共にする人がいる以上、自宅でのヘルパー派遣には、こういう状況になっても利用できない。北風の吹く中で送りバスを待ちながら考えたこと。お母さんたちもこうやって毎日毎日送り迎えしてるんだなぁ。。。一日の自分の時間が断片的になるってこういうことなんだなぁ。。。本当に子育て時期と介護って似ているな。。。子育ては育ちによってやがて手が離れるけど、介護は先が見えないからつらいのだろうな。。。でも、これを一人で続けるってのは子育てもキツイだろうな。。。そんなことを考えているうちにバスが到着。夕食の買い物に一緒に廻ってもらって同じ場所を再びとおりかかる時に、今度は障害者関係の施設の送迎バスが到着した。ショートヘアの女の子が一人降りてきた。すると、父が私に何かを言おうとジェスチャーをした。どうやらよく会う顔見知りの子らしい。父は彼女に、やぁー、今日も会ったね、というふうに手を顔の横でかざし振る。車が来ると危ないよというふうに何か伝えようとする。道が分かれるところまで来ると、君はあっちだね、私はこっちだから、気をつけて、という風に(そう見える)ジェスチャーし、彼女も、ありがとうと聞こえる声で応えた。彼女と父と私と3人でとおりを歩いている時に、なんだか、はっきりわからないけれど、ツンと来た。父は今でこそ新宿にいるが、ずっと台東区の下町にいた。ご近所とも知った中で、ほどよいおつきあいのある町。やっぱり父だなぁーと、変わらずにいることと、ユニバーサルっていう言葉ってこういう感覚なんだろうなっていうことと、老人介護、子育て支援、障害者福祉、、、無意識に別々に捉えている私たち、限られた予算でこれらを充足させるためには、別々にと考えているところを考え直すことも大切な気がする。それぞれの現状から学ぶことがあるようにも思う。ちょっとした今日のできごとでした。ひと月ぶりの投稿です。長らく失礼いたしました。。。Y
January 24, 2008
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息子がまだ小さかった頃、何度も繰り返し一緒に見たのは、「天空の城 ラピュタ」。母は、日曜日夜7時半から流れていた「アルプスの少女ハイジ」が大好きで、子どもだったわたしに「この番組は見ていいから」と言ったものだった。(当時、見ていいテレビ番組は6つぐらいと決めら れていたんです)昨年末、みずうみ合唱団の子どもたちが宮崎アニメメドレーを歌うのを聴いて、期せずしてほろっとなったのは、そんな、いろいろな思いが歌の向こうに、残っているからなんだと思う。それは、ユーミンを聴いて、昔の恋を思い出すのとも、ちょーっと違うんだよねー。なんか、自分の幼い頃や子どもと過ごした瞬間瞬間を思い出すほうが、ずっと楽しい。(そんなことを言っているから、「ダメですよ、 スギヤマさん。いくつになっても恋をしなくちゃー」 と、某ナカハシさんに言われてしまうのダワ)で、昨日、フルートの先生と弟子2名の計3名でレッスンのあと吉祥寺で新年会をした。去年はこのトリオで、「ラピュタ」を演奏したこともあるのだけど、「新しい曲やりませんか?」ってことで、昨日から「ハウルの動く城」のテーマソングにもなった「世界の約束」を吹き始めた。これが、イイ!「みずうみ合唱団」さん、ぜひ、発表会の合間に演奏させてくださいっ少女達の歌声を思い出し、「曲もいいんだけど、そうそう、歌詞もいいんだよ」と、思った。「世界の約束」ってすごい題だよなー。と思っていたら、やはり、というか、谷川俊太郎さんだった。じーっと読んでいると、やば、また泣きそうこんな素敵な曲と出会えて、演奏できる幸せをかみしめてます。世界の約束 詞:谷川俊太郎涙の奥にゆらぐほほえみは時の始めからの世界の約束いまは一人でも二人の昨日から今日は生まれきらめく初めて会った日のように思い出のうちにあなたはいないそよかぜとなって頬に触れてくる木漏れ日の午後の別れのあとも決して終わらない世界の約束いまは一人でも明日は限りないあなたが教えてくれた夜にひそむやさしさ思い出のうちにあなたはいないせせらぎの歌にこの空の色に花の香りにいつまでも生きて
January 23, 2008
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こんにちは、高校生の母です。天気予報で「今度こそ、雪が降ります」と告げていた通り、都心にもうっすらと雪が積もりましたね。ちょうど一年前は、娘が本命の高校入試(私立高校の推薦入試)受検でした。無事に合格し、今年は学校がお休みのため、クッキーを焼くなど、至って暢気に過ごしていますが昨年はかなり緊張していました。今年も同じ日程で入試が行われています。受験生の皆さんは、無事に会場へ到着することが出来たでしょうか。恭子さんに先を越されてしまったけど、「Bloom」、私も観に行きました。見終わったあと、恭子さんとお会いしたのでした。映画に限ったことではありませんが、人によって頭をよぎることは様々ですね。さすが恭子さん、母となった方々への慈愛に満ちた感想だな、と思いました。事前に、子育てコンビニの小林さんから「観たあとに、みんな何かを語りたくなるのよね」と言われていた通り、一人で観に来るんじゃなかった、とちょっぴり後悔。見終わったあとに、映画の感想も含めて自分自身の経験を誰かと語ってシェアしたくなる、そんな映画でした。インタビューの中でもいくつか出て来るのですが、妊娠もお産も、当事者にとっては命がけ。妊娠を継続出来なくなったり、お産が始まってからトラブルに見舞われたり、産後、ハプニングが生じてしまったり……。誰もがハッピーな結末を享受出来る訳ではない、命がけの現場なんだと感じています。別にお産を経験していなくても、あなた自身が、今ここに生きているということは、かつて、あなた自身もお産の当事者だった訳で。一人一人、この映画で語られているようなドラマを経て今があるんだ。命をありがとう。映画を観ながら、頭をよぎったのはそんな単純な思いだけではありませんが、改めて、今自分が生きていることに心から感謝したくなったのも事実です。そうね、娘が無事に産声を上げてくれて、元気に育っていることにもありがとうを言っておこうかな。「親になったら、一生子どものことが気がかりなのよ。 もう、親になんてなるんじゃなかった! 」わが子のことで何か心配事が起こるたびに、今でもこんな文句を言っている私の母にも、千の風になって見守ってくれているはずの父にも、もちろん、こう言います。ありがとう。
January 23, 2008
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子どもを育てることは、どうやら高校生になっても色々悩ましいのだな・・・と杉山さんの日記を読んで思いました。子どもから始まる生々しい日々。先日、三鷹の子育てコンビニさんが取り組まれた映画「bloom」の完成披露試写会に行ってきました。母となった女性たちが自身の「受胎」「妊娠」「出産」「育児」・・・を語ります。それぞれの経験とそれぞれの表現。いろんな個性が見えました。あ~、この人の肩も揉んであげたいなぁ。あ~、この人に温かいものつくって食べさせたいなぁ。この人は海に浮かぶと、きっと気持ちいいかもなぁ。と思いながら観ていた私は、マザリングベル(amigoの産後の家事支援)のシッターモードだったのでしょうか?出産という原始的、動物的ともいえる現象を振り返る。理屈じゃないんだけど、理解したい頭。でも思考だけで処理できないこと、それが妊娠・出産・育児。表現しようと一生懸命言葉を探し、その間に思わず出る笑い声や涙、遠くを見る表情こそが、その人の“それ”なんだろうな、と私は何人もの語る母たちを見て感じた。子どもをめぐることだけじゃなくて、人生は言葉だけでは片付けられないから悩ましく、そして面白いんだと思う。「それ正解!」って誰かに言って欲しいけど、正解なんてだれもわからない・・・で、不安。我々は正解の存在感というか支持率が強い世の中で育ってますからね。心をやわらかに、感じながら日々を営めれば幸せだな、と私は思う。みんなそうだといいな、と私は勝手に思ったりもしている。一人でも多くのひとが、そう“在れる”ために私も頭と身体をつかって、理屈の世界でささやかながらも何かをしていこうと思うのです。それが私の幸せのための「おせっかい」にならないように・・・。思ってるだけじゃ、幸せになれませんものね
January 22, 2008
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センター試験のあった、昨日と一昨日は出張で家をあけており、「いってらっしゃい。スリッパ忘れずにね」とは言って送り出せたが、ほかは何もできませんでした。でも、そのほうがよかったかもしれません。子どものことなのに、なんだかずっと胃が痛くて、出張先の岐阜県白川町で出された食べたいものが満足に食べられなくて、ちょっと悔しかったです。白川町でいろんなことを感じたので、それも書きたいのですが、また、落ち着いてからってことで。白川町のみなさん、いろいろお世話になりました。最近本当に思うのは、「子育て支援って何なんだ?」ということです。経済的に一番苦しいのは、高校、大学だ。だから、うちは、ひとりしか産めなかった。高校生になって、子どもとの接し方だって、どうしていいかわからないし、子どもの個性はまちまちで、解答なんかどこにもない。「わたしだってつらいわっ」って思うけど、さすがに高校生ハハが「つらい」と言っているのを聞いたことはない。彼は別に託児の必要もないし、おむつを替えるとか、授乳といったわかりやすいケアもいらない。ひとりで全部できる。(当たり前だ。そんなふうに育ててきた)だけど、彼らの育つ環境は、はたしてこれでいいのだろうか?それにしても、どこまで「社会」に助けてもらうものなんだろう?「社会」にできることってなんだろう?4人で一人のお年寄りを支える時代から、2人で一人のお年寄りを支える時代になるんでしょう?そんなときに、子どもたちに何を伝えるか、どういう環境で育てるかはむちゃ重要だと思うんだけどなあ。これまでと同じでいいはずないじゃんって思うんだけどなあ。その辺、あーもー。あわせて、親はどこまで子どもに手をかけるものなんだろう?大学受験にベタベタついていくなんて、逆にまずいと思うし。自己採点しようかしまいかとためらっている子どもにどんな「声がけ」をしたらいいんでしょうね。(ってそんなのマニュアルになる世の中になったら、終わり だとも思うし)最終的には、子どもの持つ力を信じるしかないし。親にできること社会にできることも、知れてるよ、ほんと。「子育て支援」ねえ。シンプルにいこうよ、と、つくづく思った今日でした。
January 21, 2008
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松田です。すっかり忘れていたのですが、私は小学校高学年くらいから、ラジオを聴いてました。坂崎幸之助さんのオールナイトニッポンとかみゆきさんの番組とか(歌とのギャップが大好きだった)大貫さんとか湯川れいこさんとか、洋楽系もかぶりつくように聴いた。(中学生にはそんなにレコードは買えなくって、ラジオからテープに録音して聞いていた)忘れられないのが、そのころ毎週聞いている番組(名前忘れました)で、ゲストの山下達郎さんが、初オンエアで、「クリスマスイブ」を紹介してくれた、その瞬間。思い出すだけでキュンとなるよ。TVのCMにもなりましたね。そのラジオ番組の司会の二人のやりとりがとても好きだった。なんていう番組だったんだろう。地元のラジオ番組のスタジオに2回ほどうかがって、お話ししたこともありましたが、ラジオって楽しいなぁと思いました。思えば小学校のとき、放送委員で、ちょこっとかっこいい先輩と一緒にお昼の放送をするのが楽しみだったな。給食あわてて食べて、放送室に向かうのよ。おぉ、今日は日曜日だ、4つ葉のブログを更新しよう!とおもって、気づいた。日曜日といえば、達郎さんやユーミンのラジオ番組があって、車を運転するようになってからは、カーラジオで聞く声で、あぁ、今日は日曜日だったなぁ明日からの仕事がんばろう!と、はげまされていました。感謝。どこかで、同じ番組をきいてがんばっている人がいる、そんなことも嬉しかったあのころ。ラジオで発信はできないけれど、インターネットを通じて私たちは誰かとつながることができる。すごい世の中になったな。ブログで始まる一週間。今週もお互いがんばりましょう!
January 20, 2008
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いま、寝ても覚めてもわたしの頭の中は、「やっくん」のことで、いっぱいだ。2月2日に、やっくんこと薬丸裕英さんとトークをすることになっている。詳細はhttp://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/joho/soshiki/syoushi/syoushi/oshirase/tokyokaigi/index.html まで。お時間のある方はぜひ、遊びに来てください。以前、双子ちゃんを産んだばかりのれんほうさんや森尾由美さん、YOUさんなどをお呼びしてのトークショーの裏方のほうをさせてもらったことがあって、トークのお相手をしてくださった元NHKアナウンサーの好本恵さんの仕事ぶりをずっと横で見させてもらっていたことや、浜尾さんのプロぶりを知っているだけに、この仕事は、本当に!!気が重い。この前石黒彩さんとご一緒した、「ネグレクト」のときのように、シンポジウムのパネラー同士というのなら、まだ、役割があるのでなんとかなるのだけど、毎日タレントさんをお呼びしてトークの相手をしているタレントさんの、トークの相手をするなんて!!(理不尽)先日、都庁で、薬丸さんの事務所の方との打ち合わせがあったのだけど、「薬丸さんのことは、たのきん時代から、知ってます」とか言ってしまい、何十年って「たのきん」なんて言ったことなかったのに、なんで四十路になって、「たのきん」なんて言ってしまうのだ、わし!?と、激しく動揺してしまいました。「薬丸は、そういうの、好きですから」と、事務所の人。(「たのきん」を知ってる人、いったいどれぐらいいる んだろうねー。野村義男は、「よっちゃん」なんだからね。 あゆのギタリストじゃないんだからね!とか言ってるし)にしても、フリーが長いと、キャリアプランを考えるとき、どうしても、「芸能人」の浮き沈みに目を向けることが多い。ハイリスク、ハイリターンなだけに、あの人たちのほうが絶対に大変なのは当然なんだけど、あの世界で生き残っているというのは、並大抵のことではない。そういう意味でも、やっくんは凄いと、素直に思う。周囲にちやほやされて、デビューでワーッって売れることよりは、その後、長く業界にいることのほうが大変だろうと思う。プロなんだよね、まさに。で、そんな人相手に話するのは・・・とほほ。・・・・・・・・・・・・・今日松田さんと話をしていて、いろんなところに呼ばれて事例報告をするのは、実は気が重いのだという話を聞いた。現場が全然十分じゃないのを、一番わかっている自分が人前でもっともらしく現場の話をすることが、苦手なんだそうだ。それは、正常なメンタリティだと思う。引っ張り出されて、「カンベンして」って思うの、わかる。そっちの神経の持ち主のほうが、個人的には、好きだ。わたしも昔は、「わたしはライターが本業で、人前で話をするのは、苦手で・・」と言いながら、話をしていたこともあった。が。壇上に引っ張り出されることで、学んだことがとっても多かったことを、近年、ものすごく、感じている。それは、わたしだけではなく、みんなそうなんだと思う。「成長してほしい」と願って、壇上に送り出す人の存在にも、気づくようになった。シンポジウムのコーディネーターをさせてもらうことも多くて、地域の子育て支援グループのリーダーさんや、地域のボランティアの方などが隣でマイクを握っているのをみると、「あの人に出てもらおう」と思って、周囲を説得し、本人を説得し、準備を進めてきた行政マンはじめ、いろいろな人たちのことを、想像したりする。壇上を降りると、「これからもがんばってくださいね」という気持ちで、「ご苦労様でした」と、ねぎらいあう。「柄じゃない」と百も承知で、でも、お役が回ってきたのだとハラを決めて、人前で話をすることで、それまで見えなかったものが、きっと見えてくるんじゃないかと思う。だいぶ慣れてきたわたしは、いわゆる、「子育て支援業界」の人同士で話をするほうが、ずっと楽だ。「子育て支援」らしい「落しどころ」に落とすことも慣れた。でも、たぶん、やっくんとはそんなことしないほうがきっといいんだろーなー。で、なんで、わたしなんだ?(ううう)と、思いつつ、図々しく、ご一緒させてもらおうと思っています。なんでだろうね。たぶん、人一倍強い好奇心、なんだろうと思います。というわけで、2月2日、ぜひ、「たのきん」と言ってしまいそうな、わたしをひやかしに来てください。おっと、4つ葉の勉強会のページもアップされました。詳細はこちら。トップのバナーからも行けます。こっちも「寝ても覚めても」考えてます(ほんとか?)。お申し込み、お待ちしています。
January 18, 2008
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自分の身の回りで「新しい命が生まれます!」というニュースを聞くよりも、「身内に不幸がありました」というニュースを聞くほうが多くなる。っていうことなんだよね。ってな話を、先週の土曜日、仕事先で年末におじいさまを亡くされたばかりの大学生女子としたのです。今日帰宅したら長女がいきなり「うえーーーん」と泣きついてきたのでどうしたのかと思ったら、同級生のお父さんが死んじゃったー、と。人相が変わるほどの大泣き。そんな娘を見て「オレはまだまだ死ねないな…」なんてしみじみ思う私。それにしても、この1年くらい本当によく訃報を聞きました。これからの時代、それは当たり前になっていくのだとしても。願わくば、嬉しいニュースも同じくらい聞きたいものです。* * *話変わって。ウチの事務所では「ワークライフバランスや子育て支援が進むためには 景気が後退したらまずいっすよね」とか、ボスがおもむろに中公新書を取り出しながら「日本社会にとってアメリカはねっ」とか、そういう会話が日常だったりするのですが。今日も昼ご飯を食べながら「景気はだいじょぶなんだろか~」なんて話をしていて。帰宅してみたらテレビは大田大臣の演説の話題。生出演もばっちり見てしまった。常ににこやかに、でも確信を持ってはっきりと力のある口調でお話される姿が小気味よかったです。
January 18, 2008
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大正大学での約半年にわたる講義が終わった。学生に希望をとって、少子化対策、子育て支援、ワークライフバランス、NPO、遊びの5つの班に分かれて、グループごとに調べる内容を話し合い、A4用紙4枚にわたるレポートを書いてきてもらった。それを1冊の冊子にまとめ、昨日全員に配布して、講義修了。先生には、成績付けの仕事が残っている。けれど、「成果はそれだけではなく、みんなでひとつのこと を成し遂げたってことで、こういうかたちを残す ことも大事」という話をした。社会人になると、年度末に報告書を書くことが多いのだよ、という話も含め。出来上がった分厚いレポート集をみて、しみじみと、「今の学生ってレベル高っ!」と、思う。だいたいワタシが学生だったときって、ワープロなかったし。手書きだったし。「データをメールで送って」って言うと、そういう環境がない学生も、なんとかして送ってきてくれた。考察も、かなりがんばって書いてきてくれた。最後に、新米の先生は、本当にみんなすごいと思うと正直に伝えた。わたしが学生のときに比べても、総体的にレベルが上がっていると思います。だから、みんな、自信を持っていいよ。そして、24歳で子どもを生んで仕事をしたいと思ってもどこにも雇ってもらえなくて、保育所代も払えないようなフリーの仕事から始めて、どうにかこうにか今に至り、42歳になったわたしは、こんな世の中やっぱりおかしいと思っているから、なんとかしたいと思って、がんばっていて、これから社会に出るみなさんは、みなさんの世代の抱える課題があって、それを解決するために、がんばるんだろうと思います。と、告げた。ほんとうに、わたしと同じ苦労をしなくていいと思う。ってゆーか、先を行く大人は、自分がした苦労を、彼らにさせてはならないと思う。彼らには彼らの解決すべき課題があって。そのための様々な能力を持って、生まれ、生きてきたんだと、つくづく思う。最後に「先生、ドーナツ食べませんか?」と、バイト先のドーナツをみんなに振舞ってくれる男子がいて、「今度飲みに行きましょうよ」と提案してもらい、「えー。誘ったらみんな来てくれるの?」と実はシャイな先生は聞いたんでした。救われたのは、わたしだった。本音と建前があるんでショ。こっちは建前で書くんでショ。でも、その境界線は昔に比べてずいぶんと曖昧で、先生も、ずいぶん本音であからさまに話しするようになったよね。無力感あらわだね。で、そんなとこ、子どもの僕らに見せてどうするの?僕らにどうしろっていうのよ。って感じかも。格好悪いくらいに、赤裸々に先に白旗あげちゃってるわたしらダメな大人(40代)に、「反抗もさせてくれないの?」ってため息顔の子どもたち。「情けねー」ってちょっと思う。見せる背中もないっす。今日も、ある行政の方から、「杉山さんたちが、がんばっているのはわかるけど、 子育て支援って、何なの? 次世代育成支援って、何なの?」と、まっすぐに目を見て問われた。平成元年生まれの息子たち世代のために、何ができたのか。これから生まれる世代のために、何ができるのか。やっぱり自分に聞くし、「失敗もあるさ」なんてうそぶきながらやりたくないし、できるだけ、後悔はしたくないな、と、思うのだ。
January 17, 2008
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こんにちは、高校生の母です。とうきょう子育てねっとのみなさんと一緒に東京都福祉保健局少子化対策部長の吉岡さん以下、担当職員の方々との意見交換会に参加させていただきました。とうきょう子育てねっとからは世田谷区、新宿区、品川区、豊島区、三鷹市、そして大田区で活動する子育て支援NPOのメンバーが参加。NPOメンバーの活動紹介などのあと、昨年6月に都庁内の関連局で構成、設置された「子育て応援戦略会議」が12月にまとめた「子育て応援都市東京・重点戦略~社会全体で子育てを応援する東京の実現に向けて~」」の説明を受け、NPOとの恊働で何が出来るのかについて意見交換がなされました。重点戦略の詳細をご覧いただくとお分かりのように課題として取り上げられる骨子に目新しいものはありません。・働き方の見直しの推進・子育て支援サービスの改革・子育てに優しい環境づくりただし、具体的な中身を読んでいくと、かなり環境は変化しているなあと感じます。「10年というスパンで振り返ると、 確実に変化は起きている」と吉岡部長がおっしゃったようにまだまだ道半ばとは言え、着実に前進している。何より、NPO関係者と都の担当職員とが同じテーブルに並んで意見交換を行っているという状況そのものが、少し前までは想像も出来なかったことです。実は12月に行われた次世代育成支援恊働フォーラムで分科会の事前打ち合わせの折りに出された意見が、早くも現場に反映されつつあることを今日の意見交換会での都の担当職員からの発言で実感。意見交換会で出された提案も、確実に形になっていくであろうことが期待出来ました。(期待するだけじゃなくて、実現のために、 私たちNPOも頑張るべきところは頑張らないとダメだけど)地元での活動でも、情報誌の取材を行いながら児童館職員や子育て関連部署の職員とお話ししていったことが後に具体的な施策となってスタートしたという経験をしています。なるほど、場を与えていただいて、きちんと提案を行うことができれば、行政にも伝わる。彼らは決して聞く耳を持っていない訳ではなく、必要とあらば、ちゃんと受け止め施策に反映させていってくれるんだ。少子化対策=子育て支援に対して、行政は本気で取り組もうとしているんだな。せっかく汗を流してくださっている行政職員の皆さんに申し訳ないような表現ですが、でも、ここ数年の行政とのやり取りの中で、彼らの本気に触れたという実感はあります。恊働というスタンスのもと、お互いを尊重し合いながら、物事を進めていこうとした努力の賜物かもしれません。が、たまに全く逆の場に居合わせてしまうことがあります。10年ほど前、地元の子育て関連団体で毎月行われている定例会に一度だけ参加したときのことです。恐らく現在も行われているであろうその定例会では、毎回その時々のテーマに合わせて区の担当者をお招きし、行政の取り組みについて直接お聞きしています。私が参加したときは教育長がゲストでした。教育行政について、ざっくばらんにお話が聞けるよい機会だったのにいつの間にやら、一方的な要望を突きつける吊るし上げのような場になっていました。労働組合の団体交渉だって、お互いの立場を尊重してもう少し普通に会話をしているでしょうに、なんだ、この人たちの態度は?いつも吊るし上げ大会とは限らないのでしょうが、あまりのことに、発言権のない飛び入り参加にも関わらず気がついたら手を挙げて教育長の援護射撃をしていました。相手に対して、意見提案を行うためには私たちもきちんと情報を集め、状況を把握、分析し戦略を持って望むことが必要でしょう。編集者時代に経験したクライアントへのプレゼンと何も変わることはないよなって、思います。相手を納得させるだけのものを準備しておかなくては。何より、お互いを尊重して“紳士的に”話し合える場をつくることが大事。最後に。今日の意見交換会には、12月に生まれたばかりの小原さんのお子さまも同席していました。午前中はすやすやタイムということもあり、とてもよい子でいてくれました。なごやかなムードで話し合いが進んだのは、赤ちゃん効果もあったかもしれませんね。
January 16, 2008
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国の行政担当者をお呼びしての行政説明会を初めて行ったのは、2001年、わたしが、厚生労働省の社会保障審議会年金部会の委員になったときだった。年金制度のこと、制度の考え方によっては少子化対策に何かできるかもしれない・・・といったことを、自分自身、学びたくて、また、みんなに伝えて共有したくて、初めての勉強会を行った。そのときは、4つ葉はまだなく、その前身の子ども関連予算について考える勉強会もスタートしておらず、「みんなで子育てを考えるネットワーク」通称“みんこそ”での初めての勉強会となった。会場を貸してくださったのは、おなじみ、ベビー用品メーカーのコンビさん。CSRなんて言葉もなかったけど、会議室を無料で提供してくださり、社長さんまで勉強会に来てくださり、最前列で男女共同参画についてのお話を聴いてらっしゃった姿を昨日のことのように覚えている。なぜ、行政説明の勉強会を行うのか。・政策担当者から直接話を聴く貴重な機会になるから。・その政策の目的、取り組みの手順など、プロセスを 知ることができるから。・「国」を少しでも身近なものとして感じることがで きるから。・自分たちの考えを直接伝える機会になるから。・自分たちの疑問を投げかける機会になるから。・全体を見渡して、自分のやっていることを確認する 機会になるから。そして、何より、子育て支援のNPOの人だったら、このやり方を応用して、自分たちの地域で、自分たちの日ごろの協働のパートナーである自治体の行政担当者をお呼びしての勉強会を開催することができるはずだ。「世田谷でやってみよう!」とか、「新宿でもやってみよう!」とか、場所も押さえられるし、人も集められるんだから、本当だったら、できるはずだ。機会を与えられると、(たいがいの)人だったら準備をする。行政言葉しか使えない人も、「普通のお母さん」にどんな言葉を使えば伝わるだろうか・・・と、考える。自分たちがやっている仕事をどう伝えようか・・と、考える。でも、いくなり、敵意に満ちあふれた視線にはさらされたくないと、普通の人間の感情として思う。行政批判ばかりされる場だったら、二度と行くもんかと、思うだろう。そうならないように、「対話」できる場にするのは場の主催者であるNPOのリーダーの配慮だろう。「これはこういうことですよね」と、間に入って「普通のお母さん」がわかるような言葉に翻訳しては伝えるぐらいは、普段、委員会とかでNPO代表で発言しているリーダーだったら、できるようになっておかなければ、委員会に参加する意味がない。そういう場をつくれるかつくれないか。行政批判を、行政担当者のいないところでぶつぶつ言うのは、一番簡単だ。でも、ウサははれても、何の役にもたたない。そんなのは、みのさんにお任せしておけばいい。思いをかたちに。って言っていれば、かたちになるんだったら、簡単すぎる。思いをかたちにする、その、プロセスが大変なんじゃないか。わたしが知っているやり方はそんなに多くはないけれど、知りたいんだったら、伝えるよ。「その面倒なプロセスを踏む気もないなら、 つべこべ文句言うな」って気分。「こうやればいいんだ!」と気づいて、「わたしのまちでも、行政担当者を呼んでやって みました」って話は、残念ながら、ほとんど聞かない。もちろん、「直接話を聴いてみたい」と楽しみに来てくださるのも大歓迎。だけど、国の施策を地方につなげれば、もっと身近に「子育て支援」や「次世代育成」を感じる人が増えるはずだ。そこまでは、正直言って、わたしひとりでは手が回らない。だから、ぜひ、やり方を見に来てください。そして、みなさんのまちでも、行政担当者と一緒に次年度事業を考える場をつくってほしいなと、思います。でも、それが、市民参画であり、協働の第一歩なんじゃないのかな?というわけで、お申し込み、お待ちしています
January 16, 2008
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こんばんは、amigoの石山です。ほっ、何とか今夜中に更新できますかしら・・・。2月5日の「子育て支援に関する次年度予算勉強会」会場が決まりました。東京駅八重洲口から徒歩5分にある「オフィス東京」の会議室Sです。地下鉄でもアクセスのいい場所なので、遠方からもご参加いただけるかと思います。地図はコチラです。参加費は1000円です(資料代を含む)。お申し込みはコチラまでどうぞ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さて「わたしものがたり」。私が始めて書いたのは19歳の時でした。大学の授業でautobiography(オウトバイオグラフィ、今では綴りも怪しいな・・・)を書く機会がありました。19ながらにたじろいだのは、何年にどこで生まれて、家族は、、、、と事実を書き始めたあと????書くこと見つかんないと止まった自分!誰にでも分かる情報以外に自分を表現するモノが見当たらなかった・・・。大学2年で自叙伝を書かせる意図はソコに気付かせるためじゃなかったのかと、今でも思います。受験勉強までは、ある程度スキルでできる場合もあるが、女子たちよ、自分のことを語れといわれたときに語れるものを持つものよ。こればっかりは誰も教えてくれない・・・。と、どこかから声が聞こえましたです。あー、それが自立というものか。好みとして女たちが語るストーリーとか好きでして(ジョイラッククラブとかキルトに綴る愛とかありましたね)今もウィメンズプラザなんかに行くと少し血が騒ぐ感が・・・・笑。21世紀的ストーリーテリングはどのように綴られることでしょうか。品のある言葉を遺したいな、と思います。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4歳になったムスコがこ~たえ~など~、どこ~にもない~。だれもお~しえてくれないと歌うのが、胸に染み入るこの頃です。(年末に「ブラックジャックによろしく」を観ました、遅ればせながら)
January 15, 2008
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いま、4つ葉プロジェクトの公式ページのリニューアルについて、つらつら考えていて、そういえば、新幹線のなかで、「子育て支援のNPOのリーダーさんたちに わたしのものがたりを書いてもらいたいな」と、思っていたことを思い出した。そうね、やるなら、だいたい2000年からかな。団体のことはいらない。あなたのこと。8年前、何してた?7年前、何してた?って順々に振り返ってもらって、そして、今、何してると、確認してもらう作業。8年前といえば、わたしは、夫の年収と同じぐらいは稼げるようになっていたし、『起業家教育で子供が変わる』という本を出したこともあって、そろそろ会社を創りたいなと思って、会社をつくったんでした。(仕事の内容自体はさほど変化はなかったけど、かまえ が変わったような気がします。が、よく覚えてません)息子は10歳だった。「子育て支援」も知らなかった(笑)。ま、わたしのことは、おいておいて。前しか向いていないリーダーさんたちに、たまには自分のやってきたことを、振り返るのも悪くないんじゃない?って感じかな。「よくやってきたよ」と、しみじみと自分のことをほめたほうがいいし。そのプロセスを知りたがっている人が、たぶん、たくさんいるような気もするもの。
January 14, 2008
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やっとやっと4つ葉ブログのログインまでたどりついた。今年もよろしくお願いいたします。月曜日がハッピーマンデーとかになってから、やたらと地獄の3連休が増えたと思っている人は少なくないと思います。なんか、3連休って、休めないんですよ。心も体も・・・(笑)やっと怒涛の冬休み(=飯炊きオンナ)が終わったと思ったのに・・・小学生男子2人は、体力がありあまって吼えている。末っ子女子4歳はくねくねと甘えまくっている。すぐにおなかが減ったなんかないの?と言う。もうすぐごはんだから我慢しなさいとお決まりのせりふがバシッと決まり、自分にうっとりする。すぐケンカがはじまり、すぐ仲直りし、気がもめる。声の音量がでかくて、とにかく耳が休まらない。思い出したように工作をはじめ、あちこちに木の削りかす(???)や切り刻んだ新聞広告などが落ち、床にセロテープがくっつく。長男が机の整理と称して、引き出しをひっくりかえし、ちょっと前のおもちゃをみつけては「なつかしい・・・」と感慨にふける。なぜか床が水浸しになり、たえず雑巾をだして拭いている。寒いからとはかせた靴下を、あっという間に脱いでしまい、あちこちに花が咲いている。一日中ご飯をつくってなべ洗ってお皿をあらって食器棚に戻すの繰り返し。めんどくさいからといって外食に連れ出そうものなら、下手すると大人の2倍食べるので、「いこう」などとうっかり言ってはいけない。なんだか寒いと思ったら、閉めたはずのドアがいつのまにか開いていて、「あけたらしめて!」といつも叫んでいる。体操着と給食着とランチョンマットを洗濯するから出せと叫び、給食着のアイロンかけはいつからやらせようかと思案し、うわばきを洗わせて汚いのはダメだしし、(自分でやったほうが早いが我慢)外に干し、保育園のシーツとバスタオルを洗って干し、着替えの補充をセットし、連絡帳をチェックし、3Bの鉛筆と足りない絵の具を買い足しにいき、風呂掃除をさせ、トイレ掃除を休みの日はなぜか一日2回ほどし、くさくて倒れそうな運動靴を風呂にはいったついでに洗い、娘のつめを切り、人形の服のリボンをむすんでやり、帽子の切れたゴムを縫い、絵本を読み、息子が読めない漢字を教え、ついでにいろいろ勉強させようとして逃げられ。風呂入れて、4歳の頭あらって、保湿クリームぬって、痛いの飛んでいけ、とタイツコウをぬり、絆創膏をはり、湯たんぽ沸かしていれて、布団にいれて豆電球にして・・・これらのことが混沌とやってきて、ただでさえ要領の悪い私は完全に振り回されております。・・・そんでもってちょっと、ワークライフバランス憲章トカ重点戦略会議トカは遠いものになっております。年頭にプリントアウトはしたものの、頭にはいっていかん。こんなことでは、先行きが怪しいので、もう、みんな、ちょっと先にいってて。という気分ですわ。できる人が、気づいた人が、やらなあかん。そう思うし、やりたいことだけやっている時代は終わったと思っている。国の動向なんかが中途半端にみえていて(まったくもって、みえるだけだけど)焦ったりもしている。対岸の火事ではない、少なくとも。しかし何よりその前に、やることあるジャン、あたし。子どもが小さいからとか3人いるからとか、言い訳して逃げるのはいやだ、と思ってたけど逃げるも何も、それがあたしのベースですってば。ひとさまとは分量が違うんだから自分でなんでもやりたいことを同じペースでやろうとするのはあきらめろっつーの。でもさ、保育士の試験だって、数年かかってダサいけど、何とか受かったじゃん。(と、小さな成功体験を積み上げつつ・・・自分を励ましがんばろー)なんのためにやっているのか。遠くで星が光っているから、見失わずにすむよ。それを確認できてさえいれば。そんな気持ちもあるのでした。
January 13, 2008
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今さっき仕事から帰ってきたところなのですが、そういえば、予算説明会のお知らせをするよう言われてたと先ほど思い出しました!会場の詳細は後日お知らせとさせてください。* * *4つ葉プロジェクト 新春恒例!子育て支援に関する次年度予算勉強会 2008年趣 旨 「みんなで子育てを支えよう」を合言葉に市民活動を進めている4つ葉プロジェクトでは、毎年次年度予算が決まるこの時期に行政施策の説明会を開催しています。市民活動においても、地域の子育て支援をより効果的に進めるためには、行政との協働は不可欠です。それには、行政の考えていることや具体的な取り組みを正確に、早く知ることが近道です。このような趣旨で、中長期的な方針、それを踏まえて直近の次年度事業の目的と具体的な取り組みについての説明を担当者から直接伺います。◆対 象子育て支援NPO関係者、企業、関心のある市民など 50名程度。◆日 時2008年2月5日(火) 16:00開場 16:30 スタート(予定) 16:30~17:10 ワークライフバランス施策の展開と次年度事業について 職業家庭両立課 定塚さま17:10~17:20 質疑17:20~18:00 社会的養護体制の充実を図るための方策について 家庭福祉課長 藤井さま18:00~18:10 質疑18:10~19:00 今後の少子化対策・次世代育成支援施策の取組について 少子化対策企画室長 朝川さま参加希望の方は事務局へお申し込みください。どうぞよろしくお願いいたします。
January 12, 2008
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11日、12日の出張を終えて、ヘトヘトになって帰ってきたら、「ひー。4つ葉の更新もできてないのか! これは、わたしのブログじゃないんだってば~。 だから、やるって言ったら、やってね」って気分なのですが、勉強会の詳細のアップ、よろしくねって指示だしして京都に行ったはずなんだけどね(笑)。で、できればここでアップしたいのだけど、自宅にはそういう仕事の文書ファイルはわざと送信していないので、いま手元にないのですワ。すみません、ご登壇者のみなさんの詳細など決定しているのですが、明日にでも事務所に行って仕事する予定なので、そこでアップしたいと思います。2003年にわたしが病気になったのは、この完璧主義ゆえの部分が多大であろうなあと、今となっては思います。(去年までに比べても、ゆるゆるがなくなり、完璧 主義全開モードになってきているので、 病気がだいぶ治って、元気になってきたってことなんだ と思う← うれしいんだか、どうなんだろう? なんか、 漫画みたいなオチでやんなっちゃう)「家が汚れているのは全然平気なのに、こと仕事に関して は、きっちりできてないと、我慢できないんです。 美と愛のうお座なのに、なんで?(涙)」と占い師のまついさんに聞いたら、「ほかの星がおとめ座にいっぱいきてるから。 みんな杉山さんみたいにはできないから。気をつける ように」と説明を受け、その後、おとめ座の星占いも見るようにしています。読んでみると、「たしかにわたし、うおじゃなくて、おとめだ」と思うことが多くて、星占い的にいうと、対極の特性を持っているので、釣り合いがとれず、自分のなかでバランスをとるのが、むちゃ大変のようです。って、星占いに関係なくても、事実、大変なんですけどね。「お給料もらって子育て支援をしている人は、NPOの 人と同じような動きして満足しないでくださいね」と、昨日も講演でもにこにこ笑いながら、何度も言っちゃいました(笑)。夜、せっかく集まってくれたKKPのみんなとか、働きたい女たちのネットワークの大先輩の吉田さんを相手に、「子育て支援のNPOって、本気で仕事にする気あんの?」とか、「年末出された、ワークライフバランス憲章と子どもと 家族を応援する日本の報告書ぐらいは、まさか、目を 通しているよね?」 とか、「子どもたちのためにとか、社会のためにとか、お説は ごもっともだけど、肝心の自分たちの足元のことも おぼつかない状態で、行政の批判してる場合?」とか、ずいぶんなことを言っています。(直接言われるのは、イタイだろーなー)言うと、言ってる本人もその毒気にあたってやられます(実は)。それぐらいは、「線が細い」です(実は)。「うわー。このままでは、また病気になってしまう! それだけは、ヤダ。絶対」と、思います。なんとかせねば・・・。今思いつく方法は3種類あって、ひとつは、みんなが言われないような人になってくれるか、わたし自身が期待するのをやめるか、「頼りにならないと思わせる」か(笑)。3番目の方策は、わたしでは思いもつかなかったのだけど、昨日のシンポジウムで、登壇してくださった21世紀淡海子ども未来会議のサポーターをされている藤井さんが、子どもたちと接しながら心がけていることの第一番目にそれをあげてらっしゃったのでした。三番目に「待つ」(沈黙を楽しむ)って。藤井くん、スバラシイ。子ども未来会議という場をつくり、そういう藤井くんを育てた滋賀県ってすごいなと思いましたよ。わたしの気性だと、それができれば、苦労はせんわ!!なんだけど(涙)。自分のやることは、新幹線のなかでちゃんと確認したので。いいんです。心の友の雲中も補給したし。行きの新幹線で、なぜか、「エースをねらえ」の漫画のことを思い出していました。あの漫画は、名場面はカット割まで思い出せるほどなんだけど、なかでも好きな登場人物はお蝶夫人です。ひろみに自分の技を伝えるために、ラインぎわ15センチのサーブを打つ。好きな人を全部ひろみにもってかれちゃっても、ひろみがかわいくてならない~。お蝶夫人・・・(うっとり)でも、相手が「ひろみ」だったら、そこまでやってアゲルけど(って言ってるうちは、未熟ダワ)。おっと、昨日の登壇者でもあった、比叡ゆば本舗ゆば八の八木さんに「未熟のみは、魅力のみ!」って言われました。女性経営者の真髄を見させてもらった気分でした。それぞれの人にひとりにひとつ、課題があるのでしょう。わたしの課題は、・・・秘密。課題解決のために、精進します。
January 12, 2008
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2003年といえば、平成15年。わたしも大変だったのですが、ちょうどそのとき、年金部会では、年金制度の大きな見直しの議論をしていて、文部科学省では家庭教育手帳の改訂をしていて、たまたま委員をさせてもらっていろいろ意見を言わせてもらっていたのだけど、いずれも病気がわかり、最後のところで倒れていた(ごめんなさい!)。ちょうど次世代育成支援推進対策法ができたところで、当時の少子化対策企画室長も同時期に過労で入院していたっけ。ご苦労様でした。同じ頃に、子育て支援NPO業界でも激震が走るような、ぐったりするようないさかいが起こっていて、わたしは当事者ではなかったので、あとからいろいろ聞いたのだけど、振り返るにつけ、みんな熱心で、いい人たちばかりなのに、どうしてこうなっちゃうんだろう??と、泣きたくなるような気分だった。渦中にいた人たちは、それぞれに深い深い傷を負い、それでも「もういやだ」と思う人はまれで、みんな、気を取り直し、それぞれの場所で、子育て支援の仕事を続けている。だから、後からきたわたしたちは、その両方の方々のことを敬愛しているし、仕事を認めているし、みんな最終的に目指す先は一緒だよねというつもりでいる。カネも絡まないぐらい、大事にしていたものだから、お互い譲れなかったんだろうな・・・・(って、そこにカネが絡んだ?ようわからん)ネットワークとか、つながりとか、絆とか、ことばにするほど、簡単なものでは実はないんだよなということを、たまには思い出したほうがいいと思う。「多様性」を認められない人に限って、「絆」とかなんかすぐ言い出しそう(って偏見?笑)ともかくも。あんなことは、もう二度とごめんだ、と、みんな思っていると、思う。わたしはごめんだ。かといって、今のままでなんとかなるとも思えない。「女性はレッスンが足りない」って言われたなあ。年金部会で女性部員の意見が割れたとき、「こんなことでどうする。これでは援護射撃もできないでしょう」とあとで男性部員の先生に叱られた。はうううう。意気地なしはどっちだ。肝心要に逃げるのはどっちだ。ア、アタマを使わないと。今朝は、これまで。
January 10, 2008
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なにげにネットニュースを読んでいて、ひさびさに「はっ」としたニュース。新しい太陽周期がはじまったようだというものです。http://swnews.nict.go.jp/kiji/special/080101_sun_24/080101_sun_24.htmlほぼ11年でワンクール。ピークになるにつれ、黒点の数が増え、活動が活発になっていたんだ、太陽って・・・。で、また減っていたのか。そんなことをきちんきちんと11年周期で繰り返していたのだね・・・(じーん)。過去11年のわたしの動きを振り返ってみると、「そうそう、こんな感じ」って感じでした。ピークに差し掛かる2000年に会社をつくり、2001年に事務所を出し、02年は大忙しでした。で、03年に大病を患い、そこからしごとの見直しをし、転換期を迎えたわけです。黒点の数も、03年にガクッと減っており(ううう)。占いとか、えととか、いろいろな周期の考え方があるだろうと思うのですが、わたしの場合、なんだかこの、太陽周期が一番しっくりくる感じがします。07年と08年は明らかに違うし。人の一生は、直線的に右肩上がりになるようなものではなくて、ぐるりとらせんを描きながら、徐々に上昇していくような、そんなイメージなのですが、その1周を周期とたとえるなら、これまでの11年は、まさに仕事の習得期であったような。これからの11年はたぶん、それを使って、本当にわたしがしなくてはいけないことをするんじゃないかな、それには、それなりの責任も伴ってくるように思う。11年経ったとき、「確かに、そうだった」としみじみ振り返ることができるような過ごし方がしたいなあ。これまでの11年は、もう、七転八倒、ぐるぐるのへとへとの、「いったいなにやってるんだろう?ワシ・・」みたいな日々だったから。 ところで、2月5日に都内の会場で、4つ葉プロジェクト恒例の国の少子化対策関連の次年度事業の予算説明会を開催する予定です。開始時間は午後4時開場、4時半開始の予定。登壇者および、会場については現在交渉中です。詳細が決まりましたら、おって告知いたします。ご興味のある方は、スケジュールにマルをつけておいてくださいね!
January 9, 2008
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こんにちは高校生の母です。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。年末年始は実家のある関西で過ごしました。どういうわけだか東京よりもずっと寒く、夫と私の母が元旦から熱を出してしまいました。どうも私もうつされたみたいで、東京に戻った2日後、あれよという間に38℃を超えてしまいました。家族はみんな食事くらいは作れるので、私が寝込んでいても誰一人困る訳じゃありません。起き上がるのにもいちいち覚悟を決めないとダメな状態の人が家の中でうろうろしていても迷惑なだけなので、安心して寝込んでおりましたが、10年前はこうはいかなかったよなあと、改めて、わが子との日々を思いました。たとえ仕事はお休みでも、小さな子どもの親は寝込んでなんていられない。育児に忙殺されているだけでも、かなり気が張っていたのか、わが子から風邪をうつされたりすることはあまりありませんでした。夫や私が病気になったら、子どもの面倒は誰が見るのよ。そんな感じで突っ走って来たような。ただ、私の場合は、どうやら一区切りごとに気が抜けて疲れが発熱という形で出るらしく、お正月休み明けなどに案外寝込んでいたりします。年末ぎりぎりまで突っ走って、いきなり急ブレーキをかけて休みに突入、休みモードに慣れた辺りでようやく体が「あ、休んでいいの? 」と反応してしまうというか。これは休み方にも原因がありそうですね。寝込むたびに、夫がいれば夫が、夫が出張中なら車で15分のところに住む夫の両親に娘を託していましたが、今ならファミリー・サポートも娘の預け先の一つになっていたかもしれません。せっかくの休暇を寝込んで過ごすのはもったいない。今回、先に寝込んだ夫は、休暇の最後をのんびりと犬の散歩や趣味(内緒)、たまに妻の看病で過ごしました。娘は、友人とショッピングや映画。元旦早々高熱を発して、家族全員に心配をかけた幼少時の面影や何処という感じ。それだけで、隔世の感あり。丈夫になってくれただけで、親としては充分。安心して寝込んでいたと書きましたが、久しぶりの高い熱で、かなり辛かった。寒さに向かって、みなさまもどうかご自愛ください。そうそう、蛇足ながらいざというときに助けていただく方々のリストアップや手順のシミュレーションもお忘れなく。
January 9, 2008
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amigoの石山です、新しい年もどうぞよろしくお願い申し上げます。更新が空いていた間単身赴任中の夫が暮らす国に行っておりました。いつもとは違う時間の流れと環境のなかで年末のシンポジウムで入手した杉山春さんの「ネグレクト」を私も一気に読みました。(久しぶりに会った妻が読む本のタイトルにしてはなかなかパンチが効いてたはず)葦沢美也子姉さんの感想はコチラ子育て支援業界3年目の私はこの分野に関しての知識はそれなりには持ち合わせていましたが、この本を読んだことで、隣の芝生が自分の髪の毛に変わったような(スゴイ違いだ・・・ほんとに)自分の人生がうねるような、なんともセンセーショナルな経験をしました。杉山春さんの綴る文字は杉山さんの語り口調のように静かだけどまっすぐであり、威圧的でないけど、確かな力がありました。体力のある本でした。しかしながら、本がいいなと思うのは「ここに置いておきますからご自身の必要な分だけおとり下さいね」と言うような、力を湛えながらもつつましくあったりするところ。受け取る環境の整った人のところにさりげなく行ったりしてるんだろうな、と思う。家族みんなで過ごすことは私の家族にとってはある意味特別なモードであったりして、そんな不思議さもひしひしと感じました。4歳になったばかりのムスコに「ねーねー、家族ってなに?」と子どもならではの無邪気で鋭い質問にドキッとしたりしました。昨年は公私ともに変化が多い一年で酸欠状態だった自分に気付いたのも休みに入って少ししてからでした。「あたし、あんま息してなかったかもな・・・。」って。ドタバタの中で出発し、荷物を解いて要らないものを整理することができたように感じる、派手さはないが心地よい年明けです。年末の自分は何をしているかホントに想像ができないスリリングさは、ある。今年もいろいろうねりそうだなぁ。凛として進みたい、な。
January 8, 2008
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すでに8日になっていて、今ごろですが、新年明けましておめでとうございます。皆様はどんなお正月をすごされましたか?私は、ほんとうにだらけきった正月を過ごしました。29日からおとといまでは、食事のほとんどは出前か外食、もちろん年末のそうじもせず、勉強もせず、かといって子どもと楽しく過ごすわけでもなく、子どもも学童に行って、夫が単身赴任先から帰ってきているので、映画など観たりしました。 でもホント私つかれてたんだなーって感じた。目の奥が痛くて、頭ががんがんしてたのも直ったし、体中がかゆくなっていたのも直った。感じなかったけど休んでみたら疲れてたのよね。 で、さすがの私も昨日はエンジンが入って、夫も帰り、足の踏み場のなくなった家の中をとにかく、床が見える状態にして、子どもにきちんとした食事を作り、勉強もさせて、今日は平常通り、朝、5時に起きて弁当作って、7時に家を出て、10時まで仕事、ホンノ2時間前に家に着きました。今日は上司とあいさつ回りに行って、途中でおみくじを引いて、大吉も引いたしいい気分!明日から子どもは学校です!!人間、休まないとだめですね。ついでに言うなら、遊びも少しなきゃね。子育ても、時々休んで、手を抜いて、息抜きすると、また力が湧いてくる気がする。そう思いませんか? え?それは言い訳だって?たまには言い訳もいいんじゃない・・
January 7, 2008
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ごぶさたしてます。なんかあっという間に1月ですね。年末、杉山さんと青山かいわいですれ違って、だいぶ体が丸くなったって言われてしまった。確かにそうかも。そういえば、杉山さんもちょっぴり疲れてた?杉山さん、一人だったからかな、そんなふうに見えたよ。年末はさぞ忙しかっただろうけど、あんまり無理しちゃだめだよ。自分、去年は仕事でも初めてのことが多く、とにかくおぼえて、慣れることばかりで。あまり好き勝手に出かけることもできなかったわ~。とても不自由な1年でした。今年はちょっと好きにやろうっと。それと、ここ数年で去年ほど、杉山さんに会わなかった年はなかったかも(笑)。杉山さんの1月4日の日記、「原点に還る」をなんだか懐かしく読みました。4つ葉、もう、3年になるんですね、早いや。その間というか、昨年末には重点戦略会議のとりまとめが出たり、社会保障審議会に少子化対策特別部会ができたり。どっちも杉山さんがメンバーに入ってるけど、こんなパブリックな場所でちゃんと話しあわれるなんて、3年前からはとても考えられなかったよね。そう考えると、もう風は吹いてるんだよね。あとは、杉山さんが言うように、「人」だよね。いろんな人たちが一つになって、自分たちや子どもたち生活のことを話し合って、みんなが願う方向に少しずつでも世の中が向かっていく。みんなが心健やかに暮らせるように。そんなあたりまえの国なったらいいな。みんなで願い続けたらきっといい国になるよ。今日、フジTVの「あんみつ姫」で、柳葉お殿様が「わが藩の宝は、人じゃ!」って言ってたけど、そうそう、人こそが国の宝!とTVに向かってうなずいてました。
January 6, 2008
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2日前の日記に、とびきり上等の、どこまでも高く揚がる凧をつくって!とびきり上等の、最高の揚げ手をたくさん用意して!わたしたちの、大切な未来たちのために。と書いたのだけど、そこだけ読んだ人は、「今の親たちは「おねだりナントカ」なんじゃないかと 誤解してしまうのではないか?」と、心配になり、補足することにしました。賢い親たちは、子ども達を甘やかすことが「いい子育て」だとは、ちっとも思っていません。自分でできることは、自分でやる、「自立心」だったり「自律心」を育てるにはどうしたらいいか?を常に考えながら、いつも七転八倒しています。と、同時に子育てがひと段落したあとの、自分自身の生き方についても、葛藤があったり、希望があったり。制度を考える際も「自助」「共助」「公助」の考え方があるね、と整理したのだけど、自分でできること、やるべきことは、自分でやります。ともに支え合ってできる部分は、お互い様でやろうよ。自分たちでも、コミュニティでも解決できない問題には公的支援を期待しようよ。というふうに、見極める必要があって、少子化が進んでいるからといって、全部を誰かに肩代わりしてもらうのが、「親の権利」とはまったく思っていません。時折、行政の人や子育て支援の人たちが、「やればやるほど、親たちが依存的になっていく。 果たして『子育て支援』がいいのかどうかわからない」とおっしゃるので、「それは、『子育て支援』が間違っているのではなくて、 あなたのやり方が間違っているのではないですか」と言ったりしています。 * * *ワークライフバランス憲章もでき、今年は今まで以上に「働き方の見直し」が進むでしょう。(これこそ、「公助」と「共助」の最たるもので、しっかり やってほしい)産み時の女性たちは、「働き続けること」と「子どもを産むこと」の両方を期待されています。 賢明な女性たちは、だから、両方やるって。ただし、社会がわたしたちをはじくことなく、産み育てられる環境と、働き続けることのできる環境が整えば。と、これまで何度も何度も裏切られてきたので、相手の「本気度」をうかがっています(だからわたしたちはいつだって「本気」なんだって)。 * * *虐待の話を聞くたびに、「あの虐待してしまったお母さんは、もしかすると わたしだったかもしれません」と、心のなかでつぶやいています。「鬼のような母親だ」と、訳知り顔の、子育てしたことのないような人が決め付けるのをみて、実はひどく傷ついているのだけど、「そんなふうに、無責任になれたらいいのにね・・・」と、黙ってしまうのが精一杯。孤独はさらに深まり、その声は声にならず、封印されたまま。そうやって、ひとつやふたつの「封印」があることぐらい、子育て中の母親は了解済。なんとかかろうじて正気でいられたのは、誰かの「あら、かわいい赤ちゃん」という声かけだったかもしれないし、背中をさすりながら、「大丈夫よ。あなたはすごくがんばっている」といってくれた人がいたからかもしれない。「一緒に子育てしていこうね」という仲間がいたからかもしれない。「ひとりじゃないという気持ちが、わたしの子育てを支えて くれた」という実感と自信なしに、子どもを育てることはできないんじゃないだろうか。それがわかっているから、「1人のしんどい思いをしている人を支えるための、 99人になろう」と、思えるのだと思います。
January 6, 2008
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sereno葦澤です。すっかり明けきっていますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。* * *年末はカナリいろいろサガっていて、普段の年末にやることはいっさいやらずに過ごす勢いだったのですが、気づいたら長女がお煮しめを作る用意やら栗きんとんを作る用意やら始めており。栗きんとんもさぁ、作るときは簡単だし楽しいんだけど、結局作りすぎて毎年残すんだよね。。。と思いながらもおせち作りを手伝ったりして。サツマイモの裏ごしとか、にんじんの型抜きとか、毎年やらせていたことは、確実に彼女たちの中で習慣になっているらしいです。カウントダウンは結局ジャニーズで。(決して好きではないのだけど 毎年ほかに見るものないんだよなぁ・笑)珍しく元旦に行った初詣では大吉を引き当てました。翌日は一人で実家方面に帰り、母や妹家族と父の墓参りに行ったり。(やっぱり富士山は神奈川県で見るものが一番よいと思う)バーゲンでブーツやアウターをゲットしたり、勢いあまって仕事用にPCを購入したり。その間、娘たちは父親と一緒に向こうの実家へ行き、たんまりとお年玉をもらって来たり、と。バラバラにしようとしても、いろんなものや時間が結局は良くも悪くも「つながっている」、「つながっていく」ことを実感するような正月休みとなりました。これまでのことも残しつつ、初めてのことはちょっとずつ、でも明らかに次へ向けてのステップになるような。そんな、光の射す方向が見える一年になると良いなと。それが私の2008年の抱負といったところでしょうか。杉山さんの凧の話を読んでフェアグラウンドアトラクションの「Allelujah」という曲を思い出しました。凧の上がる場所は、穏やかな日差し溢れる真っ青な空がよいですよねー。
January 5, 2008
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「気がついたら、もう3年目になるんだ・・・」と、4つ葉プロジェクトを始めたばかりのことを思い出したりした。わたしって、スッゲーがんばってブログ書いてるじゃん(悦入)。継続は、力になっているかしらん?まあ、それは、おいておいて。公式サイトを見直そうと思い、いろいろ昔の原稿などを読み返したりした。初めて行った勉強会は、やっぱり「4つ葉」の名付け親でもある、柏女先生にお願いしたのだった。先生もわたしたちのがんばりを意気に感じてくださって、すっごい熱い講座をしてくださったことを、昨日のことのように覚えてます(多謝)。今、「子育て支援」は風が吹きつつありますが、風が吹いたときに風になびく凧を用意しておくことが大事です。また凧を高く高く揚げるためには、風があることも大事です。もうひとつ風が吹いたときに、上手に凧を揚げる人が必要です。よい凧を作るためにも、よい揚げ手に揚げてもらうためにも、お金も必要になります。 神奈川県立保健福祉大学の山崎先生が、かつて私に「子どもの財源、子育ての財源を政策的に確保しておくことが大切である。私たちがそれを考えるから、中身(つまり凧ですね)は柏女、あなたたちが考えなさい」と、おっしゃっておりました。 そして、この凧を揚げるための風が必要です。これにはNPO、行政などいろんな人たちの力が必要です。もちろん揚げる場所も必要です。揚げ手の人材養成も必要です。。一番最初の勉強会の、一番最初に柏女先生がお話されたこと。凧は、「次世代育成支援の制度の内容」。凧を揚げる環境を整えるため、財源確保の仕組みが必要。それは、その道の玄人筋にお任せしたいところ。とびきり上等の、どこまでも高く揚がる凧をつくって!とびきり上等の、最高の揚げ手をたくさん用意して!わたしたちの、大切な未来たちのために。って言いながら、ノリのいい風を送るのが、4つ葉プロジェクト。凧は、できつつある感じ。かなり内容のよさそうな凧だところが、挙げ手が、足りない!!ぎゃぼーん人材養成、急がねば。で、風は?ノリのいい風、吹いてる?がんばろうね
January 4, 2008
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「お説ごもっともながら、できますか?」と聞かれれば、「いえ。言ってるだけです」というなら、(時間とエネルギーの無駄なので)言わないほうがいい(笑)。久々に「よのなか科」に遊びに行って、藤原さんのフィンランドの視察レポートを読んだ。結論を冒頭に記し、「共通点」、「圧倒的な違い」、「社会的背景への理解」、「日本の可能性」というように簡潔に(A4に3枚)まとめられている。こういう、わかりやすいことばで、輪郭をクリアにするまとめ方ができるようになりたいんだよね。。。とてもおもしろいので、ぜひ、読んでみていただきたいのですが、改めて確認したかったので、一部をご紹介します。フィンランド調査報告(07年9月末) 杉並区立和田中学校 校長 藤原和博 結論(総論) フィンランドの教育実践は、杉並区教委が大幅に校長に権限を下ろしているからこそできる「和田中方式」の正しさを裏付けている。 フィンランドでも世の中の動きと結びつけた[よのなか]科的な(総合学習的な)授業実践が多く見られる。教師は処理より編集、要素より関係性、「単純記憶暗記型」より「理解させること」を重視。「情報処理力(TIMSS的な学力)」より「情報編集力(PISA的な学力)」にシフトした指導法がとられている。放課後、(フィンランドの)子供たちは地域に帰り、地域活動としてのスポーツや芸術活動に参加する。教師が部活を指導するスタイルではない。また、土日も、2ヶ月半の長い夏休みも、子供たちの面倒はキャンプ主催者や地域活動の実践者がみる。フィンランドの「教育改革」は国の存亡を賭けた戦いだった。90年代前半、失業率は20%を超え、国はほとんど破綻状態にあった。 危機を脱するには「教育を成熟社会型、未来型に再設計し、人材に付加価値をつけるしかない」という全国民のコンセンサスがあり、29歳の教育相(ヘイノネン氏)が誕生。 教科書検定の廃止、指導要領の大幅削減(3分の1以下に)、自治体(日本でいう市区町村)に校長任用権限を降ろし(さらに校長が教師を任用)、カリキュラムを含めた決定権を大幅に現場に委譲。不況期に多くの人材を教員(公務員)として抱える政策を打ったことからも、優秀な教師の蓄積が可能になった。すべての授業で「クリティカル・シンキング」の力([よのなか]科的な複眼思考法でケースを批判的に読み込み、自分自身の意見を形成し発表する力)が試される。日本のように「正解主義」の授業だけを何遍繰り返しても、PISA型「読解リテラシー」の設問には応えられない。欧米で、国語の読解やコミュニケーション技術のことを言う場合、常に「クリティカル・シンキング」のことを指す。 ほとんどの親が5時には家に帰って家族で夕食を食べるのがフィンランドの習慣だ。 だから、夕食までとか夕食後に、ゆとりを持って地域のスポーツクラブに参加したり(部活動の替わり)、音楽の先生についてレッスンを受けたりできる。ヨーロッパはみなそうだが、テレビ(地上波)は2局くらいしかないし、あまり面白いものをやってはいない。したがって平均テレビ視聴時間も短い(日本の子供のおよそ半分くらいか)。藤原さんのすごいところは、「よのなか科」で「クリティカルシンキング」を育てる授業を実践し、あわせて、和田中という公立中学校で強い権限を教育委員会から譲り受け、その学校運営で、「フィンランドのようなこと」が、日本でもやろうと思えばできますぜ、と、実証しているところだ。和田中の校長先生になったときから、ちっともぶれてないなあ。すごいなあ。。。わたしも参加させてもらったことがあるけど、全国から学校の先生たちが和田中の授業を受けにくるし、文部科学省の人も経済産業省の人もマスコミの人も受けにきているようだけど、藤原さんの態度はたぶん、誰の前に立っても「和田中の校長先生」という態度なんだろうと思う。「あれはちょっとぉ・・・」とか、「あそこがね。。。」とか、重箱の隅を突っついたりして、いろいろ言うことは誰にでもできると思うけれど、じゃあ、あなたに藤原さんの対案が出せて、しかもできる?と聞かれたら、さてどう応えるだろうか。「よのなか」は実はとてつもなくおもしろいんだよということを、藤原さんはまさに体現してくれているんだと思う。
January 3, 2008
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ワークライフバランスを推進するには、仕事と家庭の両立をしている先輩の「ロールモデル」と、相談に乗ってくれる「メンター」が必要。というのは、どのワークライフバランスの指南書にも載っていることだ。「ロールモデル」ねえ。わたしは今42歳で、息子が高校三年生。周囲には、わたしと似たような価値観、生活スタイルで仕事をしているロールモデルは、残念ながら、いない。(メンターはいるけどね)「この先、どうするかなあ」と思うとき、何を灯台の燈にしていいのかわからない。特にいろいろやってくれる組織に属してないので、意識して「ひとり人事異動」や「ひとり研修」など行わないと、使いものにならなくなってしまう。「ロールモデルが必要」って紙に書いたら、適当なロールモデルが、まるで天から天使が現れるように突如現れるなんて、ありえない。世の中が今まで、今年43歳になる女に何をしてきたか、何を期待してきたかを冷静に分析して見てみれば、「いまさらロールモデルになれって言われても・・・」「ごめんね」と年下の女性たちに言うしかない。40代の男性達を見ると、明らかに30代とは違う位置にいるし、考え方も、動き方も変化している。ちょっとやそっとでは、壊れなさそうな、オトコ社会ってやつだ。よくも悪くも、「これが、日本の経済や組織を土台で支えてきたのね!」と舌を巻く。女性であっても、求められるものは違ってくるはずだし、そうなっていたいと、わたしも思う。そういう姿(悪あがきも努力も何もかも含め)を年下の女性たちには、惜しみなく伝えてもいいと思っている。これがいいのか、悪いのか、全然わからない。モデルと言えるのか、まったく自信がない。真似しないほうがいいこともたくさんある。それでもよければ、こっそり観ていてください。・・・・・みたいな気持ちだ。 ひとつわかることは、わたしはむちゃくちゃ仕事が好きだ、ということだ。セレーノのブログに書いた新年のごあいさつでも、「プロ道まい進」を誓った。何をして、「プロ」と言うのか?(セレーノのブログでは、 常に「プロ道」を極めようと鍛錬し続ける人のこと。 自分の持っているリソース(資源。あるいは能力)を熟知し、 100%、違いなく使い切る人のことじゃないかな? と書きましたが)「ぼくもみんなもがんばっていました。 ただ、がんばりかたを間違ったというか・・・」と、偽装のあとでぬけぬけと言い放つような「プロもどき」には、なりたくなくて。(いくら腕がよくても、ダメなんだ)まずは、「プロとは何者か?」を繰り返し自分自身に問い、じぶんのしごとを、ていねいに振り返るところから、始めていきたいなと、思っています。
January 2, 2008
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2008年になりました。あけましておめでとうございます。本年も4つ葉プロジェクトをよろしくお願いいたします。今年は4つ葉にとってもいろいろある年だろうなあ・・・と思うと、新年早々、バリバリ全開!って感じにはならず、静かに、なめらかに加速していきたいと思っているところです。個人的には受験生がおりますので。今年はどこにも行かず、静かに過ごしています。とはいえ初詣、どうする?という話になり、去年は大国魂神社に行ったのだけどとにかく混んでいて、今年は、世田谷の松陰神社におまいりに行くことにしました。わたしは結構大河ドラマ好きで、「風林火山」もガクトにくらくらだったのだけど(紅白もよかったわ~)、原点とも言うべき2本といえば、『花神』と『黄金の日々』なのです。吉田松陰=篠田三郎で、インプットですから。萩市の松下村塾も学生時代に行っており。杉山ゼミを始めたとき、山口から来てくださったオカモトさんが松下村塾とかぶせて言って下さっていたのを思い出したり(恐れおおいことです)、山口でフォーラムやったのを思い出したり、いろいろ感じる初詣でした。(あんなに行ったのに、中原中也記念館に行けなか ったのと、萩焼の湯のみを購入できなかったのが、 心残りですぅ)神社の裏側に、吉田松陰のお墓があって、それは伊藤博文や高杉晋作などがここに祀ったという話らしくて、桂小五郎が寄進したという鳥居がやけに美しく、あの頃の彼らは、たぶん、みんな必死で生きてたんだろうなあと思ったりしました。そしてここでも、松陰先生直筆の「勝」の文字がくっきりと刺繍されている「勝守り」を息子のためにゲット。箱根神社の「勝守り」も箱根神社らしかったですが、こちらのお守りも、強い気を感じて、かなり気に入っています。今回は、わたしのために買う気にはなれなくて、とにかくすべて息子に勝機が集中しますようにと、そんな気持ちでいます。みなさまも、よいお正月をお過ごしください。
January 1, 2008
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