あむ日よむ日あくる日

あむ日よむ日あくる日

PR

プロフィール

天然風

天然風

カレンダー

コメント新着

天然風 @ Re[1]:道に拾う(07/17) りぃー子さんへ なかなかスムーズにお返…
天然風 @ Re[1]:トライアングルモチーフバッグ完成(07/19) りぃー子さんへ お返事に気づかずすみま…
りぃー子 @ Re:トライアングルモチーフバッグ完成(07/19) わー!素敵なバッグです。 しかも、重みが…
りぃー子 @ Re:道に拾う(07/17) こんにちは、モグラの子、今まで二度ほど…
天然風 @ Re[1]:旧朝倉家住宅(02/20) 富久道義さんへ いつもありがとうございま…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2021.11.22
XML
テーマ: 紅葉の名所(308)
カテゴリ: 古刹
2021/11/21/日曜日/晴れ後曇り

白州正子さんの近江の随筆で読み、いつか訪ねたいと考えていた天台宗教林坊。
今回京都への用件の機会を捉え、偶々のライトアップ公開に当たり、当地夕方到着でも拝観が叶った。

西国三十二番観音正寺の元塔中で603年、聖徳太子開基伝の由緒ある寺院だという。ご本尊は太子自作の石仏という。

しかし太子のいた飛鳥からこの地までは馬の騎乗を得意とされた太子でもかなりの日数が掛かるものを何故ここで説法されたか?

同じ近江八幡市の西にある加茂神社は日本初の放牧地に736年創建された吉備真備ゆかりの神社、と案内パンフレットにあるのが目に入る。

当時ここらが牧の地であれば、太子は良い駒を求め来た折に地元の有力者や学者に大陸の進んだ仏典などを教え伝えたのでは無いだろうか、と想像する。

近江商人発祥の五箇荘の北、観音正寺の東には石馬寺があり、教林坊は別名、石の寺と言うのも何か繋がりを忍ばせる。

さて、その教林坊は昭和50年頃から無人となり庭は地元の人びとの手入れがされていたが建物は荒れて「お化け寺」と呼ばれていたという。

そこへ青年住職がやって来て大工並みに働き、復興されていく顛末をお寺に置いてあった「仏教タイムス」で知った。

今や壮年のご住職、アイデアは枯れず益々発展している様子。確か宗派に拘らず観音さま胎内への永代納骨、これ素晴らしいなぁ。新しいがもう少し近在なら志納して、多宝納骨塔再建の一助を担いたいと思った次第。


十一面観音さまはお寺ホームページより。拝観時、屋内撮影禁止の指定は無いけれど、殆どの方が外部以外での撮影するはされていなかった。
事情の分からない外国の方が盛んに撮影していたけれど、察することを期待するのは難しく思う。

公開は春は4〜5月の土、日、祝日のみ
秋は11/1〜12/10毎日の9:30〜16:30
11/15〜12/5の紅葉ライトアップ時のみ19:00まで





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.11.22 22:52:44
コメント(2) | コメントを書く
[古刹] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: