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酷い事故でしたね。まる3日たとうという時刻になっても、まだ車両に残された方が いらっしゃるなんて、とんでもない大惨事です。 それにしても、JR西日本はこの事態をどう捕らえているのか。。。少なくとも、事故 当時の会見から「誠意」は全く感じませんでした。人様の命をあずかる仕事をする会 社の経営者の意識があの程度かと思うと、恐ろしくて電車に乗る気がしなくなりま す。TVのニュースでちらっと時刻表が映ったのですが、22分の次が23分となって いました。その差僅か1分!これを便利と思うのでしょうか?私はゾッとします。危 ないと思います。 JR西日本の社員教育についても色々と取りざたされています。OBによると、教育とい う名の下に心理的暴力もあったという事です。「次に遅れたら運転手を辞めます」と 書かされるなどという証言もありました。劣悪な労働環境です。社員教育の前に、経 営者を教育した方が良いのではないかと思います。劣悪な労働環境が及ぼす影響の大 きさを企業は知るべきです。この事故に限らず、様々な問題があるのです。企業は、 社会的責任をもっと自覚すべきではないかと思います。 主人と話していたのですが、JR西日本の経営者は刑事訴訟の対象になってもおかしく ないのではないでしょうか?反省より責任転嫁の姿勢が目立つ点も気になります。今 後の社会のあり方への影響を考慮しても、企業や経営者への対応の仕方も重要に思え ます。「経営者は何をしても許される」などと思われては困ります。100人を超え る死者を出した大惨事に対して、企業や経営者に責任がないわけないのです。2度と 繰り返されてはならない事です。特定の誰かを責めてばかりいても仕方ないという見 方もありますが、だからといって見過ごせない事もあります。今回の事故は度を越え ています。運転手に目に余る厳しい教育をするくらいですから、経営者はそれ相応の 決断を示すべきだと私は考えます。 遺族の方には、心よりお悔やみ申し上げます。
Apr 28, 2005
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学生時代は、政治、経済、法律に人間性を感じられなかったのですが、それは単なる不勉強故の事だったのだと痛感しました。実は、政治、経済、法律を勉強するという事は、哲学を学ぶという事ですから、人間性とは切っても切れない間柄なのです。会社で仕事や人間関係で挫折して、適応障害までひきおこした私は、回復したい一心で、とっつきやすそうな脳医学、心理学に関する書籍を中心に読んできました。しかし、どうしてもあと一歩のところで何か腑に落ちない感じがしてならなかったのです。これらは、社会のあり方についてはあまり触れられないからです。社会生活の中での躓きを解決するのに、個人の性格だけを考えていてはいけないのです。では、社会倫理を考える為に必要な学習は何か?それが、政治、経済、法律です。私の場合は、適応障害回復の為に勉強しようと思ったわけではなかったのですが(というより、適応障害自体は概ね良くなっていたので、今更回復の為に何かしようとも思っていなかった)、たまたま「民法」を読んでいたら、突然視野がパァーッと開けるような感覚に襲われたのです。「民法」を勉強するとはどういう作業化と言うと、身近なトラブルが生じた場合、どのような視点を持って問題を解決していくかを学ぶ事です。言い換えれば、日本の常識や良心がどのように定められているかを学ぶ訳です。現代の「法律」がパーフェクトという訳ではないにしても、そこに流れる倫理観の大まかな所を掴む事はできます。これが出来ると、会社において自分の身の上に起きた出来事も納得のいく形で理解できるようになってくるのです。企業のような集団に対して抱いた理不尽が、国でどう判断されるかがつかめてくるからです。これは、かなり画期的な事でした。当然の事ながら、経済活動の基本は個人の生産・消費行動であり、その根源にあるのが人の心理です。集団生活を上手く営む為の規律が法律なのですから、法律は倫理を示しているという事にもなります。国会に「立法権」「行政監督権」「財政議決権」がある事を考えると、生活の基盤のおおよそが政治によって決まってしまう事は言うまでもありません。選挙のたびに、候補者の具体的な思想がよくわからなくて困るのですが、そんな状態でいるという事はとても異様です。よくよく考えると寒気がします。一つの教科して勉強している時は、テキストにある言葉を追っていただけで、きちんと物事を理解していたとは言いがたい状態だったのですが、今改めて学習してみると、今まで自分がいかに社会性のない人間だったか思い知らされます。こんな調子で生きていたから、躓いたのだと考えざるをえません。深く反省しました。個人の性格や考え方を追求する事も必要な事ですが、社会を無視して自分が存在する事は出来ません。鬱と一言に言っても、原因や症状が様々なので、一概にこれが良いとは言えませんが、私のように社会と自分の認識のズレから適応障害を起こした場合は、社会のあり方を勉強して分析する事は絶対必要です。言い換えれば、これなしに立ち直る事は不可能でしょう。今回の事は、瓢箪からコマという感じでしたが、何事も勉強して損な事はないのですから、やってみるものですね。
Apr 26, 2005
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ここ暫く、漠然とこれからの生き方について考えてきたのですが、最近になってある方向性が見えてきました。と同時に、1年前の仕事の挫折の根底にある私自身が抱えてきた問題も見えてきました。休職を始めた頃は、自分の中にある抑えようもない鬱憤や不満を解消する為に、世にある道徳心を必死に自分にあてはめてごまかしていました。時間の経過と共に、記憶が薄れ、過去より未来を考えられるようになってきたお陰で、会社の事を考える事は殆どなくなっていました。恨み辛みも大分薄れてきました。それはそれでかなりの進歩だったのですが、これでは解決したとはいえません。「臭いものに蓋をする」ようにしただけでは、解決したとはいえないのです。きちんと問題に向き合って、自分自身が納得できる形で解決しなければいけないのです。自分の抱える問題の答えは、常に自分の中にあるのですから、見つけられないという事はないのです。本気になって問題に取り組むうちに、漸くある方向性を見出ス事ができました。意外かもしれませんが、法律に関する簡単な本を読んだり、高校の社会科の教科書を読みながら、心境が変化してきたのです。これまで、自分の身の上に起きた出来事は、「ある人達の自分に対する不当な冒涜」で発症したかのように感じていました。つまり、ある特定の相性の悪い複数の人物との間に起きた軋轢が元で起きた不幸な出来事とだ認識していたのです。それ故に、ひたすら、自分や相手の性格を分析する事で、納得しようとしてきました。確かに、それなりの成果が得られ、かなり前進したとは思います。しかし、それだけでは足りないのです。言い換えれば、この限界を超えられれば、過去の清算が済むという事にもなります。だから、私はもっと視野を広げて「社会と個人」という立場で問題を検証する事にしました。まず、ここ10年ほどの日本全体の社会の変化と、個人の考え方に着目してみました。昔の日本は、表向きは資本主義をうたいながらも、居心地の良い、ぬるま湯的な社会主義国家だったように思います。企業や国が個人を守ってくれている、そんな感じでした。だから、その思想は、「はじめに個人」ではなく「社会ありき」だったのです。個人思想より社会思想に従って、常に権力に追従していれば、そこそこ安定した生活ができるという思いを抱いて生活してきたように思います。しかし、ここ数年で様子が変わってきました。まず、意識の方向転換をしたのは企業です。企業にとって都合の良い一部の合理主義を持ち込んだのです。不況で見入りが減った為に、頭数を減らさないと分け前が極端に減ってしまうという考えがあったのではないかと私は考えています。それまで、皆で一緒に、他人の領分犯さず、助け合い、思いやりを持って、もちつもたれずという暗黙の了解の下に生活してきたのに、いきなり切り捨てられれば、どうしても裏切られたような気持ちになります。そして、何を信用して良いかわからなくなってしまうのです。「はじめに社会あり」という在り方の中で、自然に受身で生きてきた結果、集団から切り離され、個人になった瞬間、どうして良いかわからなくなってしまうという弊害が生じました。働いていた頃の自分を振り返ると、積極的に自分の立場を確立したり、仕事の内容を決めて、戦略的に動いてきたとは思えません。会社で必要だと思われる事、あるいは言われた事をこなす為にそれなりの努力をした自負はあるものの、そこに積極性があったかというと、答えは否です。そんな風だったから、個人の権利主張をするための戦略も十分に練っているはずもなく、会社で憂き目を見たときも、話を聞いてもらえるようなバックグランドが整っておらず、敗北してしまったのです。何かが起こってから慌てて準備したり、主張しようとしても遅いのでした。社会の変変化で、個人が常に戦略を練って、しっかり権利を主張しないと生き残れないようになっていたという現実をきちんと認識していなかった私の落ち度です。正当な方法で権利主張をしても話を聞いてもらえないような体制の会社なら、こちらから見切りをつけるくらいの潔さも必要です。こういった潔さも、それなりの能力を培っていてこそ身に付くものです。これまで集団に属する事でなりたっていた個人の生活も、これからは自ら権利主張して勝ち取っていかないといかなくなると思われます。つまり、本当の意味で資本主義思想が根付いてくるのではないかと、私は考えています。今は、その過渡期で、企業と労働者、あるいは株主の認識の間に大きなズレがあり、かなりバランスを欠いた状態ですが、労働者や株主の意識が変わる事で、今よりはバランスのとれた社会に変わっていくのではないかと思うのです。言い換えれば、これからの労働者は、もっと意識を高く持って、企業に対峙していかないと生き残れないという事ですし、経営者もその資質や責任をもっと問われていくという事です。私は、正当な権利主張の為に自分のかかわりのある「法律」や「経済情勢」、そしてそれらに大きな影響を与える「政治」に敏感にならなければならないと考えています。何の根拠も無い所で、個人の意見だけを叫んでも誰も聞いてくれません。根拠の無い主張は、単なる不平不満になってしまうのです。もし、自分の意見が正しい事や、仕事の成果や権利が労働者のものである事を企業に認識させる根拠が法律にあれば、それを無視する事はできないのです。その為に、経験を積み、知恵や知識を貯える努力を惜しんではいけないのだと思うのです。私が仕事で挫折した背景には、社会人として未熟で、認識が古かった事が大きな原因になっている事があったとつくづく反省しています。この失敗を省みる事で、挫折から立ち直っていこいう、と改めて決心しました。その為にやらなければならない事も、具体的に見えてきました。うまくいくかはわかりません。失敗しても、めげてばかりはいられません。常に前を見て進んでいくバイタリティーは必要です。会社のあり方も、これからどんどん変わっていくでしょう。その中で収まる所に収まれば良いのです。企業倫理も、社会が成熟に比例して変わっていくでしょう。これから企業の良し悪しを判断するのは、社会、つまり私たち一人一人です。その中で生き残れるものが、本物なのだと思います。属した企業に色々不満を持って来ましたが、審判を下すのは社会です。それに従って、自分の居場所を決定すれば良いというだけの話です。「評価すべき事は、何も言わずとも評価してくれて当たり前」という発想でいたために、自分に起きた事を理不尽と思ってしまいましたが、現在の企業の立場を考えれば「できるかぎり払いたくない」訳ですから、率先して評価しようとはしないのが普通と考えるのが妥当でしょう。そこでいかに自分を評価させるかも能力という事です。「やってくれて当たり前」ではなく「こちらから働きかけなければ、何も得られない」という事です。個人的には認められないような方法も、人によっては権利を守る為の当然の行為と認識している事も往々にしてあります。そこで、敢えて関わらずに済ませる事や、自分がいかに正しいかという事を第三者に証明する能力も必要なのでしょう。今までの私の認識が余りにも現実にそぐわない甘いものだったという事がつくづくわかりました。被害者意識を持っているうちは、永遠に被害者のままだという事も認識しなければなりません。これを脱却し、二度と同じ思いをしないようにする為には、自分の意識を変えるしかないのです。こうして自分にあった問題を認識して受け入れられると、怒りや不満で我を忘れる事もなくなり、自然に先に目を向けられるようになります。こういう見解には、反発もあるでしょうが、私の中ではこれが最も納得できる認識の仕方です。私はここで、過去の清算を終えて、将来にむけて、やるべき事を実行していく事にします。たった1年の事ですが、私の人生に与えた影響はかなりのものです。これからの生活が好転すれば、挫折が成功につながるでしょう。そうなるように、がんばっていきたいっものです。
Apr 25, 2005
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昨日は日ごろの鬱憤が爆発して、ついつい行き過ぎた日記を書いてしまいました。その後反省して、削除しようとしたら、日記の削除機能がどこにもない。。。空白埋めにもエラー設定してあり、どうにもならずアスタリスクで埋めたら、おかしな事になってしまいました。とっても異様な有様だけれど、仕方ないですね。「覆水盆に返らず」という諺を思い出してしまいました。今朝は6時に目が覚めたので、犬の散歩をして、洗濯をしてしまいました。風邪のせいか行動が鈍くて、子供の保育園までに掃除まで済ます事はできませんでした。そんな訳で。こちらは帰宅後の仕事に回し、今既に終わっています。早起きのお陰でざっと新聞に目を通す事が出来ました。家では朝日新聞をとっています。働いている時は、これに経済紙や専門紙を加えて読む事がありましたが、今は主婦なので一般紙だけ購読し、時間があればTVで各紙の見出し紹介を見るだけです。今朝の朝日の一面には、「家から社宅も『通勤』岐阜地裁 死亡事故は労災」という記事と「仕事にあぶれた少数 秩序乱した 破壊行為 中国で報道」という記事が並べられていました。一件無関係のようなこの2つの記事から、私は一つの言葉を思い浮かべました。それは「仕事」です。これらの記事に共通する事項は「仕事」の問題です。そこをもっと突っ込んでいくと、個々人の抱く「社会不安」につながっていくのではないかと思うのです。まず、「労災」の記事についてですが、単身赴任の男性が車で自宅から社宅に戻る途中で転落死したのは、「通勤災害」にあたると岐阜地裁が判決を下したそうです。この裁判の争点は、就業日の前日に社宅へ向かう行為が「通勤」になるか否かです。妻が「通勤の途中の事故」と主張し、給付金の支払いを求めていたのに対し、労災は「就業日に就業場所へ向かう途中の事故でなければ、通勤災害とは認められない」として、給付金を支給しなかったのです。今回の判決は「1.社宅へ向かったのは翌日の勤務に備えた事意外に目的がない」「2.自宅の社宅の間は、車で最短でも3時間半かかる遠距離だった」などを考慮して、就業日前日に自宅から社宅へ向かう行為を「通勤」と認めたのです。私には、この判決はとても妥当なものに思えます。それにしても気になるのは、岐阜労働局の対応とコメントです。朝日新聞によるとこの判決をうけて、岐阜労働局は「残念。控訴するかは今後、検討する」とコメントしているようです。本当にこの通りに発言したかは、実際の言葉を聞いていないのでわかりませんが、新聞記事が発言をそのまま載せているとしたら、この「残念」という言葉の意味するところが非常に気になります。労働局は何を「残念」と言っているのでしょうか?これについては、どこにも書かれていないので知る由もないのですが、受け取る側にしてみると「金銭の支払いが嫌」という意味なのか、「自分達の労働者災害補償保険法の認識が認めらず、裁判に敗訴したのが遺憾」と言いたいのか、或いは他の意図があるのか色々な憶測が生まれてしまいます。どんな意図であれ、私は無神経な印象を受けました。一家の大黒柱を失った遺族の気持ちを配慮すると、こんな発言はできません。労働局に勤める人間、しかも公の場で発言できる立場にある人間にしては軽はずみな発言に感じました。労災保険の主目的の一つに「労働者及びその遺族の援護」が挙げられ、「労働者の福祉の増進に寄与」するのが最終目的とされており、その実行行政機関である労働局の人間がこんな発言をしたとしたら、意識が低いといわざるを得ません。日本の労働環境にある問題が取りざたされる昨今ですが、行政機関に勤める人間の意識が低いようでは改善は見込めません。表面上だけ取り繕っても何の効果も生まれません。もっと意識改革を図ったほうが良いのではないかと思えてなりません。とはいえ、法に定める「通勤」の定義から、今回の件を「通勤」と判断しづらかったという労働局の立場は理解できます。だからこそ、今回の判例は非常に意味があったといえます。「仕事のため」にした行為によって起きた不幸に対し、遺族が補償を受ける権利を与えられた事は、働く側の意識にもそれなりの効果があると思うので、とても画期的な事だったと思いました。次に、中国の半日デモの記事です。日本の歴史認識や国連常任理事国入りに対する中国での抗議デモに於いて、一部で破壊行為があったのはここ数日の報道で誰もが知る所です。この破壊行為は「仕事にあぶれたごく少数の人間が、機会に乗じて」行った事であるという中国考案省の談話が発表されました。「談話」という所に政治的意図は感じるものの、この話は、数日前に、TVに出演していた或る中国人教授が語っていましたし、中国国内でも暴力に対する反発があるのは、ネット上でも日本在住の中国人の話でもあったので、少なくとも「破壊行為は中国全体の意志ではない」という事は理解できます。破壊行為を実行したのが、仕事にあぶれた人だったというのも納得できるものがあります。私自身何度か訪中しましたが、貧富の激しい国という印象があります。そして、貧困層が少々暴力的である事も感じました。これは中国に限った事ではないでしょう。将来への不安や、現状に対する不満が暴力という形で現れるというのは珍しい事ではありません。つまり、国内に何か不安定要素があると、平和は保てないという事です。ある程度生活が安定している時、大抵の人は暴力的にはなりません。「衣食足りて礼節を知る」という諺どおりではないでしょうか。さて、今回のデモの大きな争点は「日本の歴史認識」に有る事も周知の事実です。中国側は「日本が自分の非をきちんと認めていない」事に不満を持っています。彼らは、日本が過去にアジアを侵略して行った事実を正当化していると感じています。私もずっと日本で教育をうけ、奇しくも社会科の選択は「日本史」だったのですが、実は日本の歴史教育は諸外国が考えている以上に浅はかだと思っています。歴史のテストを受ける時、何をしていたか思い出してみてください。年号と事件の名称を覚える事に終始していませんでしたか?あるいは、教科書に書かれた事件の内容を丸暗記した記憶があるのではないでしょうか?そこに、自分で考えるという行為は殆どないのです。勿論、個人的に何かを感じる人はいたでしょうが、今の教科書の構成や記述で何かを考えろというほうが無理です。日中戦争の話がちょっと書かれた直後に、いきなり当時の日本庶民の暮らしについての記述があったりします。こんな脈略の無い書き方では、何が何だかわかりません。結果、テストの為だけに、無秩序に並べられた歴史的事象をひたすら暗記するだけになっていくのです。主人が高校生時代に歴史教師に対し「過去にあった出来事に適当に名前をつけて、それを覚えて何の役にたつんですか?」と楯突いて怒られたという話をしていたのですが、私もその通りだと思います。暗記一辺倒の教育の最たるものが「歴史」だと私は感じています。点数をとるのに、歴史を認識する必要がなかったのです。個人の意見などどこにも求められません。生徒はひたすら、教科書の内容を暗記し、テストが終わると忘れてしまうのです。そもそも、そんな歴史教育の有り方自体に問題があります。国際社会で恥をかかないように、歴史を自分なりに検証できるくらいの教育が必要でしょう。これが出来て初めて日本人として、きちんと物申す事が出来るようになるのではないかと私は思いました。ちょっと新聞を読んだだけでも色々と考えさせられます。私自身の勉強不足も感じさせられました。最近、高校の社会科の教科書も読んでいるのですが、いかに自分がきちんと勉強してこなかったのか思い知らされます。子供の頃は「何でこんな勉強するのかな?」なんて思った事もありましたが、大人としてきちんと自立するために必要な教養があるのです。より良い社会の為に、より良い国家を築く為に、まずは個人という単位で平和で幸せになっていかなくてはならないのです。目の前にある小さな事柄に向き合っていく、その積み重ねがやがて大きな流れになると信じて、今日も1日頑張りましょう。
Apr 22, 2005
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Apr 21, 2005
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数日前の事です。家の前に、どこかの犬(多分小型犬)のフンが放置されていました。朝はなかったのに、昼間外に出てみると、道が汚されていました。不思議な事に、我が家の犬が激しく吠えた記憶がありません。いつやられたのか。。。その前にも何度か、二軒ほど向うのお宅の前で毎日しつこくフンをされていました。道を通るたびに不快でたまりませんでした。近所の方も流石に嫌だと思ったらしく、区役所から「犬のフンは飼い主が持ち帰りましょう」という犬型の札をもらってきて、あちこちに置いていました。我が家に犬がいる事を配慮したのか、顔をあわせた時に「お宅のことじゃありませんから。気を悪くされたらいけないと思って、言わなくちゃと思っていたんです。このところ、どこかの犬が家の前に毎日フンをしていくのよね。。。植木鉢にやられた事もあったしね」と言っていました。恐らく同じ犬です。今度は我が家の前にやってくれました。どこの誰とも知らない者のフンを片付けるのは、誰だって嫌です。でも、私はすぐにホースをセットし、目的物めがけてジャーと噴射しました。このまま下水に押し流してやろうと思ったのです。ところが、生憎、天気が良かったせいですっかり固まってこびりついています。私はしつこく水をかけました。ちょっと時間はかかりましたが、ある程度はキレイになったので、最後にほうきでこすって仕上げました。正直、放っておくという手もあったのです。でも、ここで放っておいたら、この常習犯は「ここが僕のおトイレ」とばかりに毎日道を汚すようになるかもしれません。だから、道をキレイに保つ事はとても大事なのです。実は、二軒先のお宅が被害にあった時、彼らはフンをきちんと片付けていなかったのです。砂をかけたりはしていましたが、道が汚い感じなのは変わりません。家の前にガラクタが散らかっている印象もあるので、汚されやすい環境にあったとは思うのです。元々キレイな所を汚すのは抵抗があっても、薄汚れている所を汚すのは余り抵抗がないという人は案外多いと思います。今回の犯人に限って言えば、キレイな所も平気で汚すとんでもない輩である事が推測できます。薄汚れている所なら尚、と考えるべきです。連日被害にあったのはそのせいではないか。。。ちょっと意地悪で申し訳ありませんが、そんな風に思えてしまいました。だから、家が被害にあったときは、迷わずキレイに片付けました。もし、それでもしつこくやってくれるようなら、カメラをセットして、現場をおさえてやろうと思っていました。でも、幸いその後は被害にあっていません。やっぱり、キレイにしておくことで、嫌なものを撃退する効果はあるんだな、と思いました。実は家の前の道は私道なのです。土地を購入する際に、道の権利も購入させられました。この道に面しているお宅は全て、この道の権利を買っています。にも関わらず、この道が私道である事を主張していないのです。払うものだけ払わされて、挙句の果てに皆に好き勝手に通られて、フンまでされているのです。しかし、こちらにも落ち度はあるのです。「権利の上に眠るものは保護しない」のがわが国の法のあり方だからです。正直、家だけの持ち物なら、迷わず柵をして「私道」だという事を主張します。今だってそうしたいのですが、先住の方が敢えて何もしていないのに、最近引っ越してきた私がでしゃばるのも憚られます。「主張すべきは主張する」という精神も大切ですが、この国の慣習を考えると安易に行動できない部分もあるのです。今回の一件以外にも、この問題を考えさせることがありました。これも犬がらみです。近所にボクサー犬を飼っているお宅があります。私は妊娠中この犬に襲われました。たまたま、家の犬の散歩をしようしたら、家の斜め前あたりの電信柱に粗相をしてしまったのです。そこで、臭いがつかないうちに水をかけようとしたのです。その時、犬を家の中にいれていれば問題は起こらなかったのでしょうが、家の前辺りで私自身がすぐ近くにいるという油断から、柵に犬をつないで、バケツに水をくみに行く事にしました。すると、いきなりボクサー犬が物凄い勢いで家から飛び出してきて、家の犬に喰らいついたのです。あの時の恐怖感は今でも忘れられません。妊娠中で、犬の抗争に手を出す事にはためらいがありました。飼い主の家の奥さんが、慌てて出てきたものの、自分の家の犬を止められません。しかも、綱もしていないのです!家の犬の綱を変に持ち上げた為に、つるし上げ状態になってしまった哀れな家の犬は腹のやわらかい箇所まで3箇所も噛まれてしまいました。先方も飼い犬に2箇所ほど噛まれていました。それにしても驚いたのは、先方の第一声が「悪いですけれど、病院に行って下さるかしら?」という奇怪な言葉だった事です。態度からはオロオロして、その場から早く逃げたいと思っているのが見てとれました。あまりの事に怒り心頭の私は、「一体お宅はどういう躾をしているんですか!?」と、怒鳴りつけてしまったのです。最初に謝ってもらえればここまで腹を立てることは無かったのですが、悪びれない態度に腸が煮えくり返りました。今思えば、怒鳴るのは良くなかったのですが、妊娠中という事もあり取り乱してしまったのでした。勿論その後、犬を病院へつれても行きました。先方はお金すら持っておらず、獣医の方に「ツケにしてくださるかしら?」なんて言うのです。勿論獣医は断りました。初めてかかる患者なのに「ツケ」など許すはずありません。私は財布を持って出ていたので、しっかり支払いはできました。診察中も「このくらいなら大したことありませんよね」なんて、犬の傷口に手を出しながら先生に言うのです。さすがの先生も、怒ってしまいました。「私が診察しているのに、横から手や口を出すなんて失礼じゃないか!」と怒鳴っていました。きわめつけは「私も噛まれたんですけれど、大丈夫ですよね?」という言葉です。先生は「そんな事は私は知りませんよ」と答えていました。先生曰く「飼い主見れば、犬を見るまでもないよ。お宅のワンちゃんなんかこんなに怯えちゃって、喧嘩なんかできる犬じゃないよ。一方的に噛まれたのくらいわかるよ」とおっしゃっていました。数時間後、ボクサー犬の家の主人と息子が家を訪ねてきました。謝罪のつもりで来たようですが、事の次第を全く聞かずにやってきたようで、「道ばたで犬が喧嘩するのは仕方が無い事だ」くらいの言い方をするのです。それは承服しかねるので、私は「犬同士でけん制しあうのはよくある事ですが、お互い気を配るべきですよね。家もお宅の前を犬を連れて歩かないようにしているんですが、できればお宅もそうしていただけると良いと思うのですが」と言ったら、「皆の道なのに通るなというのか!!!」と怒鳴られました。先に書いたように、この道は私道です。本来なら彼らに通る権利はないのです。不快ですが、柵も立て札もしていないこちらにも落ち度があるので言えません。仕方なく黙っていると、「まあ、お宅も犬のいる場所から通る人が見えないようにするとかしてくれれば」なんてとんでもない事を言い出しました。家の犬は2階のベランダにいます。一方先方の犬は、家では放し飼いで、人が通ると窓から物凄い勢いで飛び出して吠え掛かります。柵はあるものの、通行人の目と鼻の先まで飛びかかれる状態で、恐怖感を煽ります。近所の人もその道を通るのを極力避けているそうです。またしても、頭に血が上りました。「安全に飼えないなら、始末するしかないですよ」と私は言いました。「家もそうですが、犬を飼うという事は、リスクもあるんです。それがわからないなら飼えませんよ」と言ったら、向うのご主人が怒り出しました。「謝りに来たのになんだその態度は!」というのです。その言葉をそっくりかえしてやりたいところでしたが、黙っていました。すると「あんたじゃ話にならないから、ご主人を出せ」と言うのです。そこで「主人は出張で留守です。私が女だから話にならないという事ですか?」と言うと絶句しました。図星だったのでしょう。「あなたのおっしゃっている事はセクハラですよ。」と言うと、今度は向うが黙りました。たまりかねて息子が父親を家に帰し、今度は一人で話し合いに出直してきました。流石に彼は冷静でした。状況をきちんと説明すると、綱をはなした自分の母親の落ち度だと認めました。「始末」の話も、すぐに殺せと言っているのではなく、飼えないなら始末しなければなくなるから、それが嫌ならきちんと飼うしかないのだという趣旨をきちんと理解してくれました。これで一件落着のように見えますが、実は違います。ボクサー犬の家の奥さんは私に怒鳴られた事を根に持って、数日後「今回のことはお互い様よ。あんな所に犬をつなぐなんて、放し飼いにしているのと同じだってTVかなにかで言っていたわよ」などと言いました。凶暴な大型犬の綱を離して妊婦を襲わせておいて何を言うのかと思いますが、何を言っても無駄なのです。つける薬がありません。再三言いますが、ここは公道ではなく、私道です。道に面したお宅の方から何か言われれば仕方ないと思いますが、マナーの悪い第三者に言われたくありません。時間をおうごとに、娘ほども年の離れた、しかも最近引っ越してきた私に叱りつけられた事に腹がたってきたのでしょう。「TVでみた」というのも怪しいものです。そんな番組をやっていた形跡はありませんでしたから。しかも、自分が噛んだのは私の犬かもしれないとまで言っていました。私は離れて見ていたので解るのですが、つるし上げになっている犬が、彼女の太ももに食い付くのは無理です。証明できないのが悔しい所ですが、彼女のような人には何を言っても無駄です。第三者には、私が柵につないで作業していた事だけ言って、自分が綱をはなした事実を言わなければ私が悪いように聞こえます。誰かにそう話せば、「それは放し飼いと同じだ」と入れ知恵する人が現れても不思議はありません。確証がないので口には出しませんでしたが、よからぬ噂をされている事だけは直感しました。本当にそう思うなら、事件のあったときにきちんと主張すべきだったのに、彼女はオロオロして、自分の責任回避の事しか頭にないようでした。挙句、尻拭いはご主人と息子に任せ、自分は出てきませんでした。大人の行動としては疑問です。しかも、家族にも状況説明をきちんとしていませんでした。事件当日の息子さんの言によると、「お母さんは今混乱していて、きちんと話せない状態だ」という事だったのです。そんな人が、事件をきちんと把握しているとは思えません。時間がたつと、何でもいえるようになるのです。近所という事で私もトラブルを避けたいと思って甘くなりましたが、こんな言われ方をするなら、容赦せずにきちんと警察を呼んで証拠をとるくらいの事をしておけば良かったのかもしれません。争い事は誰だって好みませんが、権利や身を守る為にある程度やらなければならない事もあるでしょう。良い勉強になりました。飼い方も相変わらずで、年中通行人めがけて飛び掛っています。家の前もしっかり犬を連れて通っています。奥さんは、私と顔を合わすたびにスゴイ形相で「フン」とやっています。治療代も、初めの一回分は持って来ましたが、その後の分は持って来ません。先方の息子さんの提案では、自分の犬のかかりつけのお医者に行って、家の名前でツケ(この家の人はツケが好きなようです)にしてくれと言うのですが、そんな事はできません。時間外治療を快く引き受けてくれた最初の獣医さんに対しても失礼です。その旨はきちんとお話しましたが、治療代を払おうという意志はまったくありませんでした。変わったのは、奥さんが散歩する事がなくなった事くらいです。ちなみに私はその後、犬をなるべく家に入れるように心がけています。この件があったとき、いつかは私道である事を主張した方が良いと思いました。引っ越して日が浅いので今は言えませんが、折を見て提案してみようかとは思っています。(3年も前の事なのに執念深いですね、私)
Apr 21, 2005
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私は国文科出身で、若い時分に法律について学ぶ事はなかったのですが、社会に出ると、どうしても無関係ではいられません。ところが、これまで触れてこなかったお陰で、いざと言う時に何をどう見て良いのか解らず途方に暮れてしまうのです。「これじゃいかんな!勉強しとかないと、後で泣きを見るのは自分だぞ」なんて年中思ったのですが、今の今まできちんと勉強した事がありませんでした。そもそも、何故私が私立の国文科へ進んだかというと、入試の採点の配分が、国語・英語・社会の3教科とも同じだったからです。これが法学部になると、大抵は英語が他の教科の倍の配点で、英語が苦手だった私にはあまりにも不利でした。「法律」にはちょっと興味があったのですが、入試の段階でめげてしまったのでした。大人になると、学生時代には考えられなかった事件が色々と起こります。若かりし頃の私はひたすら唖然としました。とにかく、右も左もわかりませんから、ただ呆然とするばかりです。自立すると、切り盛りする資産の大きさも学生時代とは違います。学生時代の勉強とは別の知識が必要になってくるのです。でも、何をどう手をつけて良いのか、よく解らなかったのです。そんな訳で、仕事に必要が生じるたびに何かを習得する、というスタイルで生きてきてしまいました。結果的に、自分の人生が豊かになったかはちょっと疑問です。無駄ではなかったと思うのですが、仕事から離れると、あまり役に立てられない事が多いように思うのです。なんだかがっかりです。どうせやるなら、プライベートでも活かせる事をやりたいものです。今になって、ふと「法治国家に生きている限り、法律から離れて生きていく事はできないな。でも、結構知らないんじゃない?」なんて考えるようになりました。それで、ちょっと本を読んだりし始めたわけです。そうすると結構面白いんですね。ついついのめり込んでしまって、子供がパズルをする横で、ずっと本を読んでしまいました。子供にしてみれば、災難です。かまって欲しいのに、親は本に夢中なのですから。今日はきちんと子供をかまってあげる事にします。会社を休み始めた頃は、とにかく自分の身に起こった事が理不尽な事なのか否かが気になりましたし、自分の能力に対する不信感を払拭したい気持ちもあって「労働法」を読んだりしました。そして、HPをたちあげたりしたのですが、実は勉強しながら、妙な充実感があったのでした。元来、調べ物をしてレポートをまとめるのが好きなので、かなり熱中しました。これがお金になれば言う事なしだな、なんて思ったりもしました。折角出来た時間なので、どうせなら自分が「面白い」と思うことに時間を割きたいものです。しかも、生きていくうえで役にたつならこれほど嬉しい事はありません。それなら「法律」、それも「自分にかかわりのある法律」を勉強してみるのも良いな、なんて思うようになりました。仕事をどうするかという問題は相変わらず横たわっていますが、今一番重要なのは、「自分がやっていて面白い、楽しい」事に触れる事です。楽しい事に時間を割く事は、呆けを防ぐのに一番良い方法とされています。一人で家にいるだけだと、どうしても呆けてくるので、休みが明けるまで、暫くこんな風に過ごしてみようかな?そんな風に思いました。自分が社会にあわせるのではなく、まずは自分のあり方を決めて、あう社会を模索していく、その方が良いのでゃないか、そんな風に思えるようになって来ました。
Apr 20, 2005
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久し振りの日記です。このところ、やる事があってPCすら立ち上げる事がありませんでした。そして、先週はとうとう風邪に倒れ、発熱ししました。今も鼻を中心に顔面全体にウイルスが回って顔の右半分が痛くて仕方ありません。鼻の粘膜が傷ついて、少し出血までしています。まりました。まだ調子は良くありませんが、今日になって少し時間ができたので、6時に起きて犬の散歩と掃除と洗濯をし、子供を保育園に送った後で、家計簿をつけ、「傷病休暇」に関するファイルを整理し、「エニアグラム」の講座のレポートを作成しました。こうして午前中が過ぎていきました。忙しかった日々に考えたのですが、これまでの私は、否定されたり、失敗したりすると躍起になって無理な事をしがちでした。そういう時は、決まって自信がなく、その割りに傲慢でした。結果、失敗を重ねてきたのです。限られた時間内でできる事など決まっていますし、得手不得手の問題もあります。そこをきちんと考慮しないで、無理に突っ走るのは、自分を傷つけるだけで、得るものがないとつくづくわかりました。何をするにも「謙虚に」「自信を持って」臨まないと上手くいきません。仕事にも勉強にも、そして人生全体の全てにも当てはまる事です。もっと堅実に生きなくてはいけません。実は、日をおうごとに、仕事のことが気にかかるようになってきました。傷病手当金の期限がきれたら、会社を去る決心は変わりませんが、その後の身の振り方は未定です。仕事をを続けたいという意志もありますが、子育てをしながら無理な仕事をする訳にはいきません。働いていた頃は正社員にこだわって、随分無理を重ねてしまいましたが、それはあまりにも無謀です。自分の適性にあった仕事ならまだしも、そうでないのに、あの生活を続けた事が本当に愚かだったと思うのです。先ほど言ったように、躍起になっていたのでした。仕事と育児と家事だけでもテンテコマイなのに、どうにか認めさせたいと通信講座まで受講していました。こんな状況で、得るものなどありません。ただひたすら疲弊しただけでした。今改めて将来を考えると、自分の出来る範囲内での生活をするのが一番良いと思うのです。仕事は何もフルタイムである必要はありません。正直、主人が昇格したことで、残業手当がなくなり、その割りに残業や休日出勤は多いので、ちょっと苦しい時期なのです。でも、だからこそ私は無理できないと思うのです。私まで余裕をなくしては、家庭が殺伐としてしまいます。子供と接するのに、常にイライラしていてはいけません。パートにして単価が下がるのも仕方の無い事です。その分、時間と気持ちに余裕ができるのだから良しとすべきでしょう。できない事を無理にするより余程良いのです。こんな単純な事を受け入れるのに随分時間がかかってしまいました。頭ではわかっていても、どうしても本心では割り切る事はできませんでした。それは自分の傲慢ゆえの事です。そして、自信のなさの表れでもありました。自分の評価をゆがめる事で、無理をしすぎたのです。適正に自己評価できれば、もっと手堅い生き方ができたと思います。いつから働くかは未定ですが、少しずつでも自分の出来る事を見つけて、伸ばしていけたら良いものです。
Apr 18, 2005
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漸く春めいてきて、桜も満開です。近所の桜の名所を自転車で走りながらウキウキしました。普段あまり外出をしない私ですが、昨日は日清製粉とスーパーのオオゼキが主催する料理教室に出る為に、自転車で渋谷まで行きました。どうやら、どこも入学式らしく、初々しい学生と親御さんの姿が目に付きました。思えば20年前、私もこの渋谷で新入生として入学式に出たのでした。その昔通った通学路を眺めながら懐かしい気持ちになりました。校風が自分にあわず、中学と高校の6年だけその学校に通い、大学は別の所に行きました。色々ありましたが、20年もたつと全てが単なる思い出になってしまいます。街の景色もすっかり変わり、学校の先生方も殆ど入れ替わっているのではないかと思われます。私が通った形跡など跡形もないでしょう。良いことは思い出となり、悪い事は記憶の彼方へ葬りさられるんですね。時の流れというのはありがたいものです。料理教室は、大したことはありませんでした。「お好み焼き、たこ焼き」がその日のテーマでした。材料は全て下準備されていて、あとは混ぜて焼くだけという状態だったので、たいしたことはありませんでした。最後のお土産は期待に反して、「そば」と「うどん」でした。頂いておいてこんな事を言うのは何ですが、ちょっとがっかりでした。それでも、たまに外出するのも悪くないようです。実はちょっと面倒くさいと思ったのですが、こんな事でもないと外出しないので、頑張って行って来ました。出席者は当然殆ど主婦の方で、働いていて出会う方々とはちょっと違う雰囲気でした。損得に関わり無く、周りを気遣う方が多く、なかなか良いムードでした。考えてみると、主婦は家族に対するサービス業ですから、そのくらいでないといけないのかもしれません。外に働きに出る場合、そこまでしていてはやっていけませんが、家族に対してはやってやりすぎる事はありません。真面目に主婦をやっている皆さんは本当に偉いと思います。私は、爪の垢を煎じて飲ませていただかないといけませんね。主婦としてしっかり働いているとは言いがたい私ですが、最近トイレと玄関掃除は頑張っています。クレンザーで磨いたり、サッシや換気扇をとりはずして汚れを落としたり、普段やらない所までしっかりやったら、トイレという空間がものすごく明るいものになりました。我ながらうっとりするくらいです。やっぱり掃除すると気持ちが良いです。折角暖かくなってきたので、もっと掃除したり運動したり、活発に動きたいものです。これで少しは冬太りが解消できると良いのですが。。。もう少し暖かくなると、屋外プールが解放になります。そうしたら、水泳を再開しようかと思っています。冬の間にすっかりたるみきって、少しくらいでは元にもどれなそうですが、夏に向けて頑張ろうと思います。桜の開花と共に私も復活してきたようです。
Apr 7, 2005
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4月から主人が昇格し、朝早出をしなければならなくなりました。「よーし、私も一緒に早起きしよう!」そう思って、今のところはなんとかやっています。週末に「昇進祝いしようか?」と提案すると「そんなもんかね。年齢で順番になるだけだよ」と言われてしまいました。昇格したら「わ~い」ではなく「気を引き締めなければ!」と思わなくてはならないのでしょうが、妻としては、主人に「いっそう頑張るぞ!」という気持ちになってもらうように気を使わなければなりません。外食しようかと思っていたのですが、結局言えで「鮭寿司」を作りました。一種の散らし寿司なのですが、紅白のいろどりで縁起が良いので、これを作ってみる事にしたのです。主人は餃子が食べたかったようでした。そこで、餃子は翌日のメニューにしました。本当は外食しようかと思ったのです。でも、昇進祝いは家でやった方が良いのかもしれません。責任を負うようになるのですから、うかれて騒ぐより、家で質素に「おめでとう、これから頑張ろうね」とやる方が適している気がします。先の主人の発言からわかるように、主人の会社は終身雇用制です。一時期、終身雇用より能力主義が流行った時代がありましたが、結局、日本では能力主義が根付かなかったようで、今度はどうすべきか、と頭を悩ませている企業が多くあるようです。そもそも、能力の基準値もはっきりしませんし、それを測る術もわからないところで、能力主義は難しいでしょう。能力主義とうたいながら、結局見当違いの事をして終わった企業も多かったと思います。終身雇用は、確かに若くて能力のある人が損するように見えますが、ある一定年齢に達すれば、それなりに肩書きも給与もついてきます。周りを見渡せば「あと何年くらいすれば、あちら側にいける」という予想ができるので、「とりあえず今は頑張ろう」と思えます。確かに、年齢だけで能力のない上司につくと「なんで!?」と思いますが、能力主義と言っている会社でこの現象がおこらなかったかというと、むしろ多発していたように見えます。日本社会での能力評価に、「人間性」という曖昧で主観的な評価基準があるため、仕事の内容をみないで昇格する人が多くでたり、あるいは派閥争いが激化したりなんていう現象も多々生じたのではないかと私は思うのです。結果的に、企業内が荒れて、質の低下を招いてしまう結果になった所もあるのではないでしょうか。若い時に、「これから自分がどうなってしまうのだろう?ここで頑張ってもこき使われてポイってことになるんじゃないのか?」とか「いつまでも、このままなのでは?」という思いが生じると、一気に無気力になります。「年齢が達すれば」でも「この能力があれば」でもかまいません。具体的に明るい展望がないと、モチベーションが下がってしまいます。今、終身雇用でも能力主義でもない、漠然とした訳のわからない状況の中で、方向性を見失っている人が少なくないのではないでしょうか。不況といわれて約10年、時代の流れは意識しながらも、従来の経営方針を貫いた会社がやはり強かった、というのが私の個人的な印象です。良いときに、うかれないで、しっかり経営方針を持ってやってきた所は、不況時も強かったという事でしょう。逆に、不況になって慌てて「どうしよう。。。」と我を見失って、日本に根付かない海外の経営思想で表面上だけ取り繕った所は、辛くなっているのではないでしょうか。私は、不況のまっただなかに就職活動をし、入ってからも「終身雇用の時代は終わった。能力の時代だ」なんていわれながら、事実は違っている歪んだ社会で生活した結果、社会への帰属間が異様に薄くなってしまいました。今になって「終身雇用」と言われても、自分の所属する社会を信用しきる事はできないでしょう。昔のように「社員が一丸となって」という発想を今適用しようとしても、無理な気がしています。そうはいっても、心のどこかで社会の役にたちたい、と言う気持ちもあります。これから、また新たな思想が出てきそうな気もします。捨て鉢にならず、時代に即すように、手堅くやっていきたいものです。その為には、まず、自分が周りに注意しながら、目の前にある事に努力しないといけないですね。何を言っても、結局いつの世も自分次第です。頑張ろう。
Apr 4, 2005
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今日から新学期です。子供の担任も変わりました。月曜日から部屋を移動していたので、新しい部屋や生活パターンには既に慣れてきているようです。新しいお友達も増えて、教室が一段とにぎやかになりました。今年も楽しく通園してくれると良いな、なんて思います。さて、私はこのところ生活に余裕がなく、油断をするとよからぬ事を考えてしまいます。まだまだ修行が足りません。あれだけ病気で嫌な思いをしても、ちょっと良くなると昔の癖が出てしまいます。深く反省です。Grain of Truthさんが、小林正観氏の講演を紹介しているのを拝見し、つくづく「心を入れ替えよう!」と思いました。何度こう思ってきたんですがね。。。なかなか成長できません。小林正観氏は、奥の深いお話をなさりながら、まずは「トイレ掃除」をするように諭していらっしゃるそうです。そういえば、アルバイト先や最初の会社の社長もしきりにそんな事をおっしゃっていました。「トイレ掃除」で何が変わるのか、不思議に思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、実はバカにできないんです。特に、他人様の汚れを落とす作業をすると、どうも何かが変わってくるようです。何が変わるか?それは気持ちのあり方です。「へりくだる事」「思いやる事」「感謝する事」などを学ぶんです。トイレを掃除する時には、必ずかがまなければなりません。綺麗にしたからといって、見返りになにかを期待できる訳でもありません。でも、汚い所が綺麗になって、皆が気持ちよく過ごせるようになります。こういう一つ一つの事に、とても意味があるように思えます。「まずは、トイレ掃除をしなさい」この言葉は案外深いです。ここ数年、すっかりそんな気持ちを失っていました。突き詰めて考えると、そういう姿勢をもってしっかり生きていれば、こんな形で休暇をとる事もなかったかもしれません。出来事を真摯に受け止められれば、誰かを悪く思う気持ちからも解き放たれるのではないか、そんな気がするのです。「誰かに何かをされた」こういう考えが間違っているのです。受け止める時は、出来事を把握して、自分をみつめないとよくならないのです。そこを履き違えて、とんでもない事を考えてしまうのが私の悪い癖です。我ながら頭の痛い問題です。性格が一瞬にして変わることはありませんから、地道にやっていくしかありません。地道に何をするかというと、先に言いました。「まずはトイレ掃除」です。我が家には、2つトイレがあります。風呂に入る前に下の階のトイレを、風呂から上がった後に上のトイレを掃除しました。もっと徹底的にやった方が良いのかもしれません。しかし、思い立ったのが夜だったので、気になる所だけを掃除しておきました。びっくりするほど汚い訳ではありませんでしたが、トイレの高さまでかがんで床を掃除していると、なんだか謙虚な気持ちが芽生えてきます。不思議です。随分長い間、他人様に頭を下げていなかった気がします。他人様の汚れおとしの発想は、白洋舎の創始者のエピソードも連想させます。手元に書籍がないので、はっきりした事は書けないのですが、故三浦綾子さん(「氷点」が有名ですね)の小説のあとがきで、そのエピソードを読んだと記憶しています。「人の嫌がる他人様の汚れおとしをさせていただく仕事」、敢えてこれを積極的に行い、喜んでもらえた結果、事業としてあそこまでに発展したそうです。その姿勢に頭が下がります。「喜んでもらいたい」という気持ちはとても大事です。この気持ちも随分長い間失っていました。若い頃は、人生の先輩方や書籍に触れて随分勉強させていただいたのに、まったく身に付いていなかったんですね。若い頃、さんざん意識してやっていたと思っていたのに、情けない話です。最近、昔のことを色々思い出します。何かの教訓でしょうか?しっかりしないといけませんね。
Apr 1, 2005
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