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どういうわけから朝がつらかった。結局8時まで寝てしまった。今日は娘の誕生日。でも、普通の月曜日なのでいつもの生活をさせる。「起きて、今日は誕生日だよ、おめでとう!」と何度も言って子供を起こした。昨日、床に就くのが遅かったので起きるのが辛そうだった。お誕生日だと言っても、今ひとつ意味を理解していない様子。「今日から3歳だよ」と言っても「違うでしょ!2歳だよ!」と言い返していた。さて、私は「アサーティブに生活しよう」と思い立ったお陰で憂鬱からは大分解放された。常に「アサーティブであろう」とすると、周りに起こる様々な出来事に対して、自分がどのように感じているか意識し、どう表現しようか考えるようになる。そうすると、大分余裕が出てくる。余裕ができたおかげで、日常が帰ってきた。速読本に書いてあったように目のトレーニングをしながらジョギングをし、勉強もちょっとした。不覚にも昔の漫画(「みゆき」)を読んでしまったので、思ったほどは進まなかったが。。。(笑)久しぶりに、シメジご飯も作ってしまった。美味しかったな。炊き込みご飯は子供の頃からの好物だ。ついでに、黒練りゴマを使ってデザートも作ってしまった。食後にちょっと甘いものを食べれるのって、ちょっとした幸せだ。ところで、「アサーショントレーニング」を日本語に訳すと「自己主張訓練」らしいが、どうもピンと来ない。昨日も書いたが、自己主張するときには、状況を見て、表現方法に注意しなければならない。自己主張にも作法があるのだ。日本語で「自己主張」と言われると、私は単に「自分の意見を言う」という意味に受け取ってしまう。しかし「アサーショントレーニング」は、適切な自己主張の仕方、つまり「自己主張のマナー研修」みたいな感じだ。ちょっとニュアンスが違う気がする。これは、これまで私が受けたきた教育の影響に違いない。「自己主張」ときいて、自然に作法も念頭におく日本の方もいらっしゃるだろうから、一概に違うとも言い切れない。言葉のニュアンスはどうあれ、私は「自己主張の作法と、自己抑制すべき場面の判断訓練」を日常生活に取り入れようとしている訳だ。自分の頭をよぎる思考を意識して1日過ごすと、随分色々な思考が流れては消えて行く事を痛感する。特に意識したのは「わからない」とか「どうでも良い」という感情だ。日本人が最も表現しづらい感情に分類されるのではなかろうか。英語やフランス語を習っていた頃の事だ。時々日本にはない習慣や道具などがテーマになることがある。そういう時、大抵の日本人は「ポカン」となって黙りこくってしまうのだ。反応がないので、そのうちアメリカ人やフランス人はイライラしだし、しまいには怒り出す。「やる気がないのか。どうしても何も言わないのか!?」と言い出すのだ。日本人達にしてみれば「何だか良く解らないから仕方ない」といった感じで、途方に暮れるしかない。これは言葉の壁のせいばかりではないだろう。きっと、自分の気持ちを言葉で認識していないのだと思う。そういう事が何度かあると、さすがにきちんと説明しなければなら無い事を悟る。そして、その後は必死に「これは日本にはない概念だから、どういうものかを説明してもらわないと私たちは理解ができず、反応する事もできないのだ」と説明するようになった。そうすると、ようやく相手も納得して説明を始める。面白いのは、その説明をききながら、一緒にいた日本人の何人かが「そうそう」なんて、やっと納得していることだ。やはり、自己認識していなかったらしい。他にも日本人がうっかり使って怒りや軽蔑をかう表現がいくつかある。「どちらでも良い」とか「どうでも良い」という表現だ。私などは、そういわれても適当に聞き流してしまうが、あるアメリカ人は怒ってこう言っていた。「そんな年にもなって、自分の好みもはっきりしないのか!」と。言われてみれば「なるほど」という感じだが、本当に「どちらでも良い」事があるので困ってしまう。決していい加減な態度をとる気はないのに、そういう態度をとると誤解される事がある。そういう時は「私はどちらも同じくらい好きだから選ぶ事ができない。良ければあなたが先に選んでください。私は余った方を頂きます」ときちんと説明をしなければならないのかもしれない。そうする事で決しておざなりな態度をとっているわけでは無い事を示す事はできる。しかし、これが中々すんなりとはできないのだ。常日頃、受身でしかコミュニケーションをとっていないと、自分の気持ちまで見過ごしてしまい、挙句の果てに自分がわからなくなってしまう。実は私はこの年になるまで全く考えたこともなかった。お陰で随分損したなぁ、と思う。勿論、一概に欧米人のあり方が正しくて、日本人が間違っているとは思わない。欧米人だから自己主張がしっかりできて、日本人だから出来ないという事もない。人によるだろう。それぞれに自分らしい自己表現方法があるに違いない。私も私らしい表現方法を身に付けて、より自分らしく幸せに生きてみたいと思うのだ。そんな訳で、今日は、保育園の方や子供とのやりとりでも、しぐさ(声のトーンや視線の位置など)から、自分の気持ちにまで気を配るように心がけた。意識するだけで、こんなにも積極的な気持ちになれるのか!と驚いた。家で一人でいるときも、解らない事や気が付いた事を走り書きし、あとでまとめるようにした。こうすると随分思考が生理されるものだ。さらに、過去の様々な事象についても、自分の気持ちを適度に伝えながら、相手の意向も否定しない良い表現を作ってみたりした。そのうち、自然に上手な会話ができるようになったら良いなぁ、と未来の自分を想像して少し幸福な気分になれた。特に事件などもなく、平穏に過ぎた1日だったけれど、精神的にはとても充実した良い日だった。
Jan 31, 2005
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先ほど、近所の専門学校で「宅建」の無料ガイダンスをうけてきた。営業活動の一貫でやっている事なので、特に目立って為になる内容ではなかったが、無駄という訳でもなかった。学費が安ければ通っても良いと思ったが、今の私にはちょっと経済的負担が大きすぎる。今回通学をすることはないが、今後何かで利用する事はあるかもしれないので、一応どんなものか確認できて良かった。さて、私がガイダンスに言っている間に、主人と子供は主人の実家へ行ったらしい。だから、今は私一人だ。折角できんた時間なので、ここ数日考えていた「日本教育での自己主張と自己抑制のあり方」についてまとめてみようと思う。昨日の日記で、私がこれまで「我慢しすぎて最後に爆発し、攻撃的になっていた」という事を書いたが、それと同様の事が「イギリスのいい子日本のいい子」に書かれていた。これによると:「対人関係において言いたい事も言わず、自分に不利なことがあっても自分さえ我慢すれば済むという対人行動のあり方そのものが現代の日本人のライフスタオイルにそぐわなくなってきているのではないだろうか。抑圧が続いた結果、攻撃的な態度にでる『キレる』現象に結びついているのではないかと考えられる」とある。又、「自己主張した場合にその後人間関係が悪くなるのではと懸念している」という女子大生に行った調査結果もあった。日本人はそれほど自己主張に懐疑的なのだ。その結果、フラストレーションが爆発する事になるのだろうと言う訳である。子供の頃、親の言葉に反論しようとすると「言い訳するんじゃないっ!」と頭ごなしに怒鳴られたので、いつしか何も言わなくなっていた事が思い出された。時には、私にも言い分があったのだが、聞く耳などもつ気はないらしかった。子は親の言う事をきいていれば良い、という信念があったのだろう。こう書くと横暴な親だが、自分たちにしてみれば教育を施しているつもりだったのだと思う。大人になった今、彼らに腹を立てたり、恨んだりする気持ちはない。愛情も随分注いでくれたとも思う。単にそういう風土の国だったのだろうと思うだけだ。勿論、日本でも「言いたい事を言う」という教育をしていない訳ではない。しかし、適切に自己主張する教育であったかは甚だ疑問だ。私の小学生時代を振り返ると、どちらかというと「思い切り自分の意見や気持ちを表に出す」子供だった。それで一部の生徒に反感をかい、学級会の議題に投書された事がある。本来公の場である「学級会」という場所で、一人の人間の人格についてあれこれ言うのはいかがなものかと思うのだが、教師は何も言わなかった。「どんな風でも構わないから全員が自分の意見を言わければならない」という決まりがあった為、私は「学級会」の間中クラス全員から言われる悪口を聞いていなければならなかった。所詮は子供のすることである。ある事無い事でっちあげる子もいた。そりゃそうだろう。大して付き合いも無い子が、私について意見などあるわけがない。ここで私をかばうような発言をすれば分が悪くなるので全員悪口を言うのである。しかもその時、私は学級委員で、コの字に並べられた机の中心に座らされ、自分の悪口をひたすらノートし続けなければならないのだった。公然と集団リンチをうけているようなものだ。どういうわけか私には反論の余地はない。「訳がわからない」というのが実直な感想だった。後になって数人の子が「あの時はごめんね」などと言いに来て、呆れた事は今も印象に残っている。自分の立場を悪くしない為に敢えて私の悪口を言い、今度は私に悪く思われるのも嫌だから謝る訳だ。一体本心はどこにあるのだろうか。おそらく、これが私が初めて抱いた人間不信だろう。自分で言うのも何だが、勉強も運動もこの学校では秀でていたので、学校へ行きたくないとも思わず、その翌日も平然と登校し、何事も無く通い続け、卒業した。しかし、その一件をきっかけに私の目に映る風景が一変してしまった。「言いたい事を言うと痛い目にあうから、黙ってやりすごした方が無難なんだな」というのが、この一件で得た私の教訓だった。結局、私は私立の中学に進学したので、その時のクラスメートと関わる事はなかった。しかし、その後の人生は常に「我慢」だった。本来「言いたい事を開けっぴろげに言う性格」なのに、意に反して「我慢する」という矛盾はかなり辛いものだった。下手に我慢した分だけ、後になって最悪な形で本心をぶちまける結果になった事も随分あった。大事なのはバランスだ。小学生の頃、私が言いたい事を言った為に不快になる子も確かにいただろう。私は「自分の意見をもつのは良いことだが、表現には適切な方法がある。表現の仕方を誤ると人を傷つけたり、自分が傷ついたりする」という事を学ぶべきだった。又、不快になった子も「そういう言い方をされると不快になる」と言う事をその場で伝えるように訓練されるべきだったのだと思う。それを、おかしな学級会などという指導のお陰で、皆が狂ってしまった気がする。大事なのは、「自己主張」と「自己抑制」のバランスだ。言いたい事ばかり言っていては単なる我侭ととれるし、我慢を続ければフラストレーションがたまって攻撃性が高くなる。ここで紹介した本によると、複数国の管理職に対するアンケートの結果、日本人は「態度は集団に従順であるが、本心では従順ではない」という矛盾が生じている事がわかっている。結局「個人主義的傾向」が低いのと同時に「非同調的傾向」は最も高い国とされている。協調性を重んじるあまりに、こういう矛盾した結果をもたらしたのだろう。30すぎてやっと正しい「自己主張」と「自己抑制」教育に出会った私は、今更ながら学習している。勿論「遅すぎた」とは思わない。でも、同時に「もっと早く気が付いて身に付けたかった」とも思う。子育てをしながら、私は我が子にきちんと「自己主張」と「自己抑制」を会得してもらうように、一緒に学んでいきたいと考えている。「育児は育自」という言葉を、子供の保育園の配布物で見たが、まさにそれだろう。自我が芽生え、やっと自分の意見を言葉にしようとするようになった我が子が、きちんと「自己主張」する環境を整え、時には「自己抑制」しないと傷つけたり、傷ついたりする事を学んでくれれば良いなぁ、と思う。失敗した私が言うのも何だけれど、気が付く事はできたから、あとは意識してやっていこうかと考えている。最後に、「学級会の一件」について誤解がないように言っておくと、これに関して今更何のこだわりもない。教師にも生徒にも疑問はあるものの、怒りや憎しみは全くないし、こんな事があったことすら忘れていた。当時は自分にある程度の自信があったから、そんな事ではゆるがなかったのだろう。当時はテストや実技で結果が歴然としていた事も幸いした。単純な子供でよかったと思う。大人になってからの方が、自信が持てなくなったかもしれない。評価も子供の頃と違って、複雑な出方をするので、自分に自信が持ちづらい。それでも、あの頃のように自信をもって、しっかり歩んで行きたいものだと思う。--------------------------------------------最近ちょっと暗い感じね。明日からはもうちょっと明るい内容にしたいな。
Jan 30, 2005
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ゆっくり9時まで寝てしまった。主人は会社だというのに、毎日家にいる私が寝坊とは、面目ないです、はい。でも、大分疲れがとれた。このところ、精神的に疲れていたので、よく眠れてよかった。実は、ちょっと強めの睡眠薬を使ってしまった。お陰で朝までぐっすり眠れた。すごい効き目。遅めの朝食は、パンと牛乳。栄養のバランスが悪いけれど、これで御腹がいっぱいになってしまった。昨日、自分の気分をとらえる作業をしたが、実は大切な感情を見逃していた。「悲しみ」という感情だ。トラブルが起こると、「不快」「怒り」は意識し、どうにか「安心」しようと八方手を尽くすが、中々気分が晴れない。昨日の段階でも大分良くなっていたのだが、完璧ではないと思っていた。それは、「悲しみ」という感情を見逃していたからだ。考えてみると、「怒る」前には必ず「傷つき」や「ショック」があるわけだから「悲しみ」が同時に生じても当然なのだ。それを全く意識していなかったので、「憂鬱」感がとれなかったらしい。「なんだ、私は悲しかったんだ」と気付いて、憂鬱感がなくなった。悲しい原因を知っているからだ。そして、それは当然の事だともわかっている。状況に対する自分の感情をしっかりとらえるだけで、こうも違うのかと我ながら驚いた。さて、今日は、洗濯して布団を干して、食料の調達をした。途中小雨が降ったので、慌てて帰宅して布団をとりこんだが、再び日が出たので干しなおした。干した後はしっかり掃除機をかけておく。私は埃アレルギーがあるので、埃っぽいと鼻の調子がわるくなるのだ。しかも、今年は花粉がものすごく飛ぶと言われている。布団には気を使いたい。家事の合間に「セルフアサーショントレーニング」ざっと読んで、少しトライしてみた。ちょっと時間がかかったが、なかなか面白い。今日のところは「自己契約」を作成し、現在に自分を自己分析するチャートを作成した。「自己契約」の作成は、次の4項目を埋めることである。********************************************1. 自分が気になる事は何か2.自分はどうなりたいか3.自分とは何か4.自分が人生に期待している事は何か********************************************どれも漠然とは思っていても、言葉にすることの少なかった項目ばかりだ。私は大人になって初めてきちんと言葉にしてみた気がする。我ながら「なるほどー、私はこんな風に思っていたわけか」と実感し、感心してしまった。自分の事がなにもわかっていなかったのね。特に「自分とは何か」には戸惑ってしまった。「人間だよ」なんて書きたくなったけれど、それじゃ仕方ないから、自分の立場とか肩書きとか簡単な自己評価を加えて書き込んでみた。すると、なんとなく自分のことをどのように感じていたかがわかってくる。この作業をする事で、今の自分の姿と、これからなりたい自分の姿が明らかになってきた。ずばり「どうなりたいの?」と聞かれると、対面を気にして、本心とは別の「一般的に良いとされる人」を描きたくなるが、「気になること」とか「期待していること」と聞かれると、自分の気持ちがしっかりと現れる。これで、自分の目標とする姿が具体化されたわけだ。次に現在の自分の自己分析をした。最後のコマが空白の4コマ漫画を見て、最後のコマにどのような場面を入れるか3択で答える。20問あった。結果が出たらチャート表を作り分析する。※ 方法について興味のある方は、書籍をご覧下さい。ここでは説明しづらいので割愛します。結果を見て「へ~」とまたしても感心してしまった。3択の意味はそれぞれ「受身」「アサーション」「攻撃性」をあらわしているのだが、意外なことに「攻撃性」が1つも無かった。「受身」と「アサーション」が半半くらいだ。「受身」になっている項目をクリアして「アサーション」にすれば良いらしい。更に詳しく見ていくと、以下の2方向からの分析ができるようになっている。******************************************************1 CARDc:対人的葛藤への対処行動葛藤が生じた時の折り合いのつけ方 a:受容性 r:権利主張基本的人権について学び、それを実践できる d:自己開示必要に応じて自分をオープンにできる2 対人的コミュニケーション場面 1) 対自的コミュニケーション:自問自答 2)対他的コミュニケーション:対話 3)対集団的コミュニケーション:発言・発表 4)対家族内コミュニケーション:血縁の中でのコミュニケーション******************************************************この分析で、私にははっきりとした偏りがあることがわかった。私は「葛藤が生じた時の折り合いのつけ方」が殆ど「受身」で「集団」や「家族内」でのコミュニケーションも殆ど受身なのだ。なるほど、今まで集団の中で異様なストレスを感じ、トラブルが起きると弱かったのはこのせいだったらしい。学校や会社で我慢して、溜めに溜めたストレスがある日ドカーンと爆発するから、一見「攻撃性」があるようにうけとられる。でも、実はその前に「受身」の行動をとりすぎているからそういう事になったのだろう。トラブルについても、「我慢していればいつか通り過ぎる」と思ってきた気がする。無理に我慢するから、自己矛盾が生じ、傷つき、理不尽に感じて怒ったり、あるいは悲しんだりする派目に陥っていたようにも思う。これを克服して、適度に自分の気持ちを表現して理解しあおうとすれば、無駄に我慢せずに、良い関係を築けるようになるかもしれない。更に、自分で自分がわかっていない事や、他人への配慮や労りに対して消極的なこともわかった。確かに自分の事で頭が一杯になると、他人の状況も考えずに巻き込んできた節がある。アサーショントレーニングで余裕のある人生を送れれば、他人に対する配慮も生まれる気がするし、自分自身の認知も、今やっているトレーニングで培われそうだ。それなりに心を許せる友達がいて、家族とも仲良くやっているので気が付かなかったが、こうして見ると、これまで集団の中で自分では思いもよらぬ性格の人物として見られてきたのも理解が出来る。原因がわからないと、その誤解を理不尽に感じ、不満に思ってしまうが、こうして見ると納得ができてきる。これまでの人生をふりかえると、単に「性格が良い/悪い」とか「人間ができていない/できている」と単純に片付けられてきたことが多かった。でも、こうして見ると行動の仕方1つで随分変わってしまう。そもそも、性格の良し悪しなんて基準はないのだから、そんな評価をする方がおかしいのだ。(といいながら、私もよく言ってしまうけれど。。。)要はトレーニングでどうにかなると言うことかもしれない。今まで自分は怒りっぽく攻撃的な人間だから我慢しなくてはいけないのだと思っていたが、実は逆だったらしい。我慢しすぎて攻撃的で怒りっぽい人間になっていた訳だ。今日は現在自分が抱える問題点について理解ができて良かった。これから、一つ一つクリアしてけるように、じっくりとトレーニングに取り組んでいくとしよう。さて、夕飯を仕上げてしまおう。実は作りながら書き込みをしているのだ。今晩は、「白米(胚芽混ぜ)」「エビチリ」、「豚肉としょうがとザーサイのスープ(風邪によく効く!予防もできそう)」、「納豆」「切干大根」「ザーサイの漬物」。
Jan 29, 2005
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久しぶりに睡眠薬のお世話になった。布団に入って暫く目を閉じていたが、どうやらすんなり眠れそうに無いので、薬に頼る事にした。お陰でよく眠れた。疲れを残すのが一番いけないので、こういうときは薬に頼ってでも寝る方が良い。午前中は、子供を保育園へ送り、犬の散歩をして、その後はブログの書き込みをしたり、友人にメールをして終わってしまった。昼食は、焼きそばを食べる。その後ジョギング。目の運動をやりたいが、この所色々とあって、雑多な考えが頭をもたげてそれどころではなかった。折角雑念が生じているので、練習の為にその雑念を題材にして「気分スケール」を作成してみた。出来事と気分とそのレベルを書き込んでいるだけなのに、霧が晴れていくような気持ちだった。なるほど、無意識にこれだけ色々な感情が交錯していたのだなぁ、と実感する。気分を意識すると、行動が及ぼす心理的影響やそれぞれの出来事に対する見解も見えてきて、頭の中がまとまってくる。これは面白い。言葉にしてツラツラ書くのも良いけれど、自分の気持ちをしっかり自覚する事も合わせて行わないとだめなんだと言う事がわかった。気分スケールを作りながら、面白かったのが「怒り」という感情がおこるまでに間があり、徐々にピークに向かっていくという事実が分かった事だ。今回のケースの「怒り」までの推移は:ショック → パニック → 不快 → 自分なりの状況認識 → 理不尽認識 → 怒りといった感じだった。怒りを感じるまでにちょっと時間があることがわかる。「怒り」は、ショック(傷つく)ことと、自分のルールが破られる事によって起こるという書籍の内容が理解できた。ちなみに「怒り」に至るまでの私の身体的兆は「動機」だった。ショックをうけたり傷つくと、心臓がバクバクいってしまうようだ。これが怒りへの暗示なのかもしれない。もう少しこの作業を進めていけばはっきりするだろう。身体的兆候がわかれば、「怒」って、興奮状態に陥るのを未然に防げるかもしれない。これは有意義だ。できたらすごい。これからの人生、ばら色かもしれない。もっと詳しいワークシートも作ろうかと思ったが、気分スケールで力尽きてしまった。自分でできるかなぁ、なんて思っていたけれど、成せば成るものなのね。セミナーに出た方が、色々な人の意見やプロのアドバイスがきけて良いのだろうけれど、まずは自分でやってみることにした。続けられそうなら、セミナーに参加する事も検討してみよう。アサーショントレーニングの本も取り寄せましたセルフ・アサーション・トレーニング自己カウンセリングとアサーションのすすめ そうそう、そういえば昨日面白い事があった。31日にとうとう三歳になる娘は、最近自己主張が激しくなってきた。言葉も大分覚えてきたので、言いたい事もあるのだろう。思い返すと、日本の教育には自己主張訓練をする場がなかったような気がする。自己主張することは我侭ととられたり、言えば良いみたいな歪んだあり方で、ある程度大人になって、国をまたいで交流すると「あれ?」となるのだ。きっと家の子は、言葉による自己主張の初歩段階を踏んでいるのだろう。まだ言葉が達者でないので、泣いたり、ひっくり返ったり、「ママ、バカ」とか「キライ、あっち行けシッシ」といった対応が目立つ。その度に「あー。。。」と思うのだが、昨日根気良く目線を子供に合わせながら「どうしたいの?言葉にしてご覧。」とそくし、上手く表現できない時は「靴を自分で履きたいの?」とか「ママがやったから嫌だったの?」とか言ってちょっと助けてあげると、なんとか言葉を使って表現しようとする。上手く言えるとすっきりするのか、いっきに穏やかになった。やはり、自分の意見が上手く言えて伝わる事の効果は大きいらしい。今まで、根気良く言葉を引き出そうとしてあげていなかったので、深く反省した。そんな訳で、幼児のためのアサーショントレーニングの書籍も欲しくなった。探したけれど中々無い。それで結局こんなものを購入してしまった。イギリスのいい子日本のいい子 自己主張とがまんの教育学今日ここで紹介した本は、まだ中身を見ていないが評判は良さそうだった。さて、子供をお迎えに行こうかな?昨日までの憂鬱間は大分解消され、良い一日だった。
Jan 28, 2005
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お恥ずかしい話なのですが、頭の中が雑念でいっぱいになって、やるべき事がこなしきれない状態です。今は何とか落ち着いてきましたが、まったく困ったものです。気持ちの切り替えがパッとできるようになれば、もっとしっかりできるのでしょうが、鬱になるとこれが最も難しい作業になります。でもこれで、生活のリズムをくずしているようではいけません。スイッチを切り替える訓練が必要です。つくづくしっかり「認知療法」をやらなくてはいけないなと思いました。生きていれば色々な事が起こります。良いことも悪い事も、何が起こっても不思議はないのです。一々動揺していてはやっていけません。きちんと対処法を自分の中で確立しないと、今後が心配です。そんな訳で「うつと不安の認知療法練習帳」を取り出す。そして深く呼吸し、気持ちを沈め「自分の気分をつかまえる為のワークシート」と「思考記録表」の書き方を見る。気分をつかまえる為のワークシート:これは、最近気分が大きく変化した時に状況を書き出すものです。『状況』「いつ」「どこ」「誰」「何」で確認『気分』「憂鬱」「不安」「怒り」「罪悪感」「恥」「悲しい」「困惑」「興奮」「おびえ」「いらだち」「心配」「誇り」「無我夢中」「パニック」「不満」「神経質」「うんざり」「傷ついた」「快い」「失望」「激怒」「怖い」「楽しい」「愛情」「屈辱感」など、簡単な言葉で表現『気分のレベル』0~100%のスケールを用いるなどして、『状況』や『気分』と一緒にその気分のレベルも書き込みます。書籍では、「0~20:全く」「20~30:少し」「30~70:中くらい」「70~80:かなり」「80~100:最大」として、棒グラフのようなスケールが紹介されています。思考記録表:気分をつかまえる為のワークシートがかけるようになったら、思考記録表をつけるとあります。でも、私はこれをやらないと気持ちの整理ができそうにないので、一緒にやることにしました。状況いつ、どこで、誰が、何を気分a: どう感じたかb: それぞれの気分のレベル自動思考a. そのように感じた直前に頭に何が思い浮かんだか。そのほかの考え、イメージなど。b. 気分につながる「ホットな」思考を○で囲む根拠自動思考を裏付ける事実反証自動思考と矛盾する事実適応的思考別の新しい考え/視野を広げた考えa. まったく別の新しい考えか、視野を広げて見たバランスのとれた考えを書くb. それぞれの考えについて、どの程度確信できるか、数値で評価する(0~100%)今の気分レベル「気分」の欄に書いた気分について、あらためて評価する(0~100%)更に詳しい書き方について興味のある方は、書籍をご覧下さい。ここでは割愛させて頂きます。さて、ワークシートの書き方を見ていると、最後にとても興味深い記述がありました。それは「怒り、罪悪感、恥を知ろう」というものでした。私の鬱の症状の殆どを支配するのが、実は「怒り」です。思い返すとこれまでの人生、実に様々な事に「怒り」続けてきました。親兄弟をはじめ友人からも「ちょっと怒りすぎる」と注意され続けてきたのですが、こういう自動的な感情を無理に抑えようとするとパニックになります。他人は気楽に「それはいけない事だ」と言いますが、そう簡単にやめられれば病気になどなりません。「怒り」とは何か、それを知る事から始めないと、自分の「怒り」をコントロールする事は不可能です。この書籍で、私は初めて「怒り」の原点を見た気がしました。書籍にはこうありました。「怒りは、傷つけられたと言う自覚と、大切なルールが破られたという思考とに関係しています。」なるほど、その通りです。自らを振り返ると思い当たる節があります。「傷つけられた」までは理解できるのですが「ルールが破られた」ことを意識した事はありませんでした。自分の中で正当と思っている事は、自分の中では当然の事だから疑わないのです。しかし、それは違いました。自分のルール=他人のルールではないのです。他人の行動が自分のルールに反していても何の不思議もありません。今にして思うと、この自覚が薄かったのでしょう。回避策として幾つか挙がっていましたが、私が特に有効だと思ったのは、「怒りを感じそうな出来事を予め予想し、準備を整える」(ワークシートを役立てる)「怒りの兆候をつかむ」「タイムをとる」(気をそらす)「主張訓練法」(正しく主張することで、不当に扱われたり、人に利用されたりする事が少なくなり、腹を立てる状況を未然に防げる)です。特に「主張訓練法」は大事だと思いました。私はこれで失敗を繰り返してきました。今日読んでいる書籍には、「主張訓練法」についての記述が殆ど無いので、新たに書籍を入手してみようと思います。因みにこの本では「自己主張(アサーティブネス)トレーニング」を紹介していました。これから、色々とチェックして良さそうなものをGETしてみようと思います。「怒り」をコントロールできたら、私の人生も随分変わるのではないでしょうか。「怒り」によって、集中力を妨げられ失敗したり、幸せを逃したり、意図に反して敵を作ったり、人に利用されたり、そんな事がなくなるかもしれません。想像しただけで嬉しくなります。私の人生の失敗の大半は、「怒り」によるものな気がしてなりません。だから、「怒り」から解放されると言う事は人生全体が明るくなるように感じられるのです。今日は落ち込んでいて、何も書けないどころか、これからブログを続けようか否かまで悩んだのですが、気が付けばこんなに書いています。そして、どうやら気持ちの整理もできたようです。やはり、自己認識はとても重要な事のようです。さっき、近所の学校の「宅建」無料セミナーに申し込みました。上手く受け付けてもらえると嬉しいです。実は、随分前にメルマガを受信していたのに、見逃していました。お陰で申し込みが遅くなってしまい、私の希望する校舎での講習は、1月30日のみとなってしまいました。受け付けていただける事を願うばかりです。こうして少しずつでも、家や決まった友人以外の世界と関わっていければ良いな、と思います。
Jan 27, 2005
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今日知ったのですが、会社の先輩が楽天の仲間になりました。よろしければ、ここをクリックして皆さんもご覧になってください。この先輩にはいつもお世話になっています。今日もちょっとショックな事があったのですが、先輩の助言で切り抜ける事ができました。鬱になると、ちょっとした事でショックをうけて沈み込むので、こういう方が身近にいてくれるととても心強いです。さて、今日は午前中冷たい雨が降っていました。あまりの寒さに、湯たんぽを抱えて縮こまって生活してしまいました。でも、午後は雨もやみ、お日様もでてきたので洗濯をしました。今日中に乾かすのは無理ですが、昨日は通院で洗濯ができなかったので洗濯物が溜まってしまっていました。子供がいると、洗濯物が増えるのです。元気に遊んでいる証拠なので喜ばしい事なのですが、大変です。ジョギングもお休みして、読書などをして過ごしました。勉強をしなくてはいけないのですが、どういうわけか、こういう時間のあるときにはやる気になれないのです。自分の意志の弱さに呆れます。そんな訳で、家に閉じこもりきりだったので、特記することもありません。あとは、保育園にお迎えに行き、夕飯を作って、子供と少し遊んでから寝るだけです。明日はもっと活動的に生活したいものです。【追記】昨日の日記で、「オバサン」の事を書きましたが、「オバサンだからこうなんだ」と決め付けるのは良くないというお叱りをうけました。何も考えずに書いてしまったのですが、不快になった方がいらしたらすみません。以後は、もっと表現に配慮したいと思いました。(反省)
Jan 26, 2005
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今日は通院日。早めに出てビデオショップへ。子供に借り続けている「アンパンマン」を借り替える。今週は「日本昔話」もつけてみた。そのままクリニックへ行ったら、15分早く着いてしまった。エレベーターに先に乗っていた女性も患者さんだった。親切にドアを開いて先に降ろしてくれた。流石に私が先に受付をするのは気が引けたので、彼女を待ってから受付した。しかし、診療は私のほうが先だった。多分、彼女は初診療だったのだろう。団体保険の診断書をお願いして、薬を処方していただくだけなのであっという間に終わった。その後、母とランチの予定だが、1時間30分ほど時間があった。折角なので、昨日の昼寝分を取り返すべく、喫茶店に入って勉強することにした。どこに入ろうか迷った挙句、一番安い「シャノ○ール」に決めた。しかし、入ってから「しまった」と思った。この店は分煙ではないのだ。嫌だとは思ったが、出入り口辺りの比較的空気の良さそうな所に座った。そして、マスクをしてやり過ごす事にした。無いよりはマシなものの、マスクをしても煙草のに臭いを遮断しきれない。やはり、ちょっとお高くても、禁煙か分煙の店を選れぶべきだったか。。。いつも思うのだが、「煙草を吸う自由」は守られても「綺麗な空気を吸う自由」は守られない。一体この国はどうなっているのか。「欧米で煙草を売りづらくなっているので、その分アジアで売りまくろう、アジアの人間の健康問題は自分たちとは関係ない」そんな欧米人の言葉が聞こえてくる気がする。せめて分煙して、奥の席に喫煙席を設けて、空調を整えて欲しいと思うのは私だけだろうか?折角分煙していても、出入り口やレジ周りが煙くては分煙の意味がない。煙草を吸わない人がいるところを煙くしないで欲しいのだ。一時期より減ったけれど、くわえ煙草もどうにかしてもらいたい。危険なのだという事を理解できないのだろうか?私は一度焼きを入れられた事がある。妊娠中や子供が小さいときは特に辛かった。不平を言っても仕方がないのだけれど、やっぱりどうにかしてもらいたい。綺麗な空気を吸いたいと思うのは、特におかしなことではないはずだと思うのですが、どうなんでしょうね?(溜息)とりあえず、今度からこの店には入らないようにしよう!さて、いつまでも心の中で文句を言っていても時間の無駄なので集中して勉強する事にした。百ます計算で集中力を高めてから、テキストの問題に向かう。こんな環境でも集中すればそれなりの成果はある。結構進んだ。「よしよしこの調子!」と思っていると、そこへオバサン3人組がやってきた。店内が込み合ってきたので、空席においていた荷物をどけ、テーブルの上の荷物も極力広げないようにし、勉強道具は膝に乗せて勉強を続けた。すると、オバサン達は、何も言わずにその席をグイっと向う側に持って行きドサっとすわった。そして、大声で噂話を始めたのだ。「○○さんって悪い人じゃないんだけれど、匂いがきつくてぇ。私は絶対近づかないの」「あら、私○○さんの隣だったわ。頭がいたくなるのよね」なんて、聞きたくも無い話が耳に入ってくる。「何もそんなに大声で話さなくても聞こえるだろうに」と思うが、声の調節ができないらしい。若い頃、アルバイト先の店長が「家庭に入って外に出ない女の人って、外でどのくらいの大きさの声で話して良いかわからなくなる事があるのよね」といっていたのを思い出してしまった。そして、その舌の根も乾かぬうちに煙草をふかし始めた。「○○さんの香水より、あなた方の煙草の方が臭くて有毒なんですよ」と心の中で言わずにはいられなかった。しかし、「オバサンだから仕方ないか。。。(溜息)」と思い、極力気持ちの中から彼女達の存在を排除して、勉強に集中するようにした。ところが、とうとう「このジャンバー誰のかしら?」と私のジャンバーの話を始めたのだ。テーブルの下が棚になっていて、そこにジャンバーを入れていたのだが、仕切りがないので彼女達の席側にもジャンバーが押し寄せてしまっていたのだ。6人がけにするにはちょっと無理の有るテーブルの大きさなので、冬物のジャンバーを置くと、向かいに座っている人の荷物を置く幅が少なくなってしまうのだ。それが気に入らなかったのだろう。仕方が無いので「すみませ~ん、私のですがお邪魔でしたぁ?」と思いっきり笑顔を作って、大き目の声で返答した。すると、オバサンはしどろもどろになって「あら、さっきの男の人が忘れたのかと思って。。。この棚つきぬけていたのね。気が付かなかったわ。。。」と言い訳をしている。その男性が座っていたのは、オバサンの2つ向うの席。荷物を置くなら、ここではないはずだ。まったく、どうしてこういう言い方しかできないのか。。。こういう場合はめげた方が負けなで、しっかりオバサン達の顔を見て、思いっきり愛想良く「すみませ~ん」と言って、荷物をこちら側に寄せたのだが、オバサン達は棚を使いたい訳ではなかったようだ。自分たちの陣地に小娘の荷物があるのがきにいらなかったのだろう。思えば哀れなものだ。名前で呼ばれる事もなく、女性としても扱われない「オバサン」という集合に入れられた人たち。時代遅れや年不相応なお洒落に、異様に分厚い化粧。これなら、何もしない方がましなのではないかと思うのだが、それでもお洒落したいのだ。本人はまだまだ女性でいたいのだろう。年齢に関係なく、マナーが良く、年相応のお洒落をした方に「オバサン」なんて言い方はしない。知らない方なら「×代くらいの(素敵な)女性」と言うし、知り合いならきちんと名前で呼ぶだろう。今日の人たちはまさしく「オバサン」だ。これが男性なら「オヤジ」と言って済まされてしまうのだ。私も将来そうなるのだろうか。確かに、今日の私は負けていなかった。しかし、それは処世術と思いたい。「オバサン」カテゴリーには入りたくない。気をつけなくては。周囲を気にし過ぎて具合を悪くするのも良くないが、全く気にならなくなっても困るのだ。何事もホドホドが一番。私も気をつけなくては。実は、私の鬱の直接の原因となった上司はまさしく「オバサン」だ。社会に出ると必ずこういう人にでくわしてしまう。今日会った「オバサン」達とは二度と会う事もないだろうから良かったものの、会社で出くわしたら対処法を考えなければならない。クリニックの帰りに古本屋で購入した「頭がいい人、悪い人の話し方」は、参考になるようだ。ここに書かかれた実例の多くにこの上司があてはまる。当然私が省みなければならない事もある。「他人の権威を笠に着る」「自分を権威付けようとする」「自分の見解だけで全て判断する」「少ない情報で決め付ける」「矛盾に気が付かない」「知ったかぶりをする」など色々な例を挙げ、周囲にそういう人がいる場合の対処法と自分がそうだったらどうするかなどが書かれている。勿論、鵜呑みにばかりはできないが、それでも共感できるものがあり、ついつい読んでしまった。復帰に向けて、私ももっと社会適応できるように成長しなくてはならない。暫くは、自分磨きをしなくてはな、とつくづく考えてしまった。
Jan 25, 2005
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昼間では順調だった。ジョギングまでしっかりやった。ところが、その後、勉強していたら睡魔が襲ってきた。勉強に対する拒否反応か!?とにかく眠い。このまま続けても仕方ないので、少し寝る事にした。うっかり目覚ましをかけ忘れたのが致命傷になった。気が付いたら外は暗くなり始めていた。げっ。一体何時間寝てしまったんだ。。。こんなに寝て夜は大丈夫なのか?それより、犬の散歩と子供のお迎えに行かなくちゃいけないじゃない!慌てて犬の散歩をし、ご飯のスイッチを入れてお迎えに行く。帰りに八百屋で野菜を調達して帰ってきた。(夕方で値下げされていたからなんだけれどね)今日は奮発してイチゴも買った。牛乳とヨーグルトと豆乳と一緒にミキサーにかけてジュースにして飲むのだ。想像しただけで美味しい気分。家に返って早速夕食の支度、と思って冷蔵庫を開けて絶句。冷凍しておいたつもりの鶏肉が冷蔵庫にあるではないか。まずい。調理してしまわないと痛んでしまう。中身をチェックしたら大丈夫そうなので、慌てて調理。ジャージャー麺のタレを作った。タッパで保存して、明日の朝食べることにする。その間に、鮭を焼き、味噌汁と切干大根の煮物とほうれん草ナムルを作った。当然納豆も準備してある。そして、イチゴジュースを添えた。なんか、とても質素なんだけれど、予定外のものを作ったので、いつもより時間がかかってしまった。鮭とナムルは実は相性が良い。どんぶりにご飯をよそって、ナムルと鮭を和えて食べると中々なお味だ。友人達に勧めたら好評だった。ここで、気をつけなくてはいけないのは、ナムルの塩加減。塩鮭の塩分だけでも相当しょっぱいので、ナムルは薄味に作らなくてはならない。市販のものだと味が濃いので、自分で作った方が良い。今日は一体なんだったんだろう。。。あの昼寝のお陰で殆どなにもしないで終わってしまった。明日は通院日だから、大して自分のことはできない。今日やってしまうのが良かったのに。あーあ。でも、まあ過ぎたことは仕方ないや。気を取り直して、明日から頑張ろう。
Jan 24, 2005
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朝からお天道様の出ない日曜日。テンションが下がる。お陰で9時まで寝てしまった。「仮面ライダー ブレイド」の最終回を無逃してしまった。がっかり。仮面ライダーは、何気に面白い。子供が見ても面白いらしいが、大人もそれなりに楽しめる内容なのだ。最終回を見逃すとは。。。がっかりだ。気になるから後でレンタルビデオで借りる事にしよう。その後、気を取り直してジョギングをした。しっかり防寒していつもの公園へ行く。走りながら、勿論目の訓練。視野を広げ、周辺視野のものを捕らえるトレーニングをした。他人が見たら怖い姿だとは思うが、どうせ誰も走っている私の顔など見ないに違いないから気にしない。目を八の字動かして柔軟。一点を見つめて、ピントの合っていない所を意識して見るようにする。これが結構疲れる。看板を見つけたら、出来るだけ広い視野でばっと見て内容を把握する訓練もする。暫く続けていると、いつも見ない光景が気になり始める。挙句の果てには、死角になる場所まで気になりだす。後ろにある光景を思い浮かべようとしたりするのだ。これは、もしやイメージトレーニングってやつか?勿論、後ろなど見えるはずはないのだが、走る過程で一度は視野に入った光景である。走りすぎた後の背後の光景が想像できたとしても不思議はない。実は、このイメージトレーニングがとても重要なのだ。これができないと、速読はマスターできない。速読とは、字を読むのではなく、一度に大量の文字を見て、組み立て、イメージし、理解する事なのだ(と思う。できないから断言できない)イメージできれば、物事を記憶にとどめる事ができる。丸暗記との差は、イメージが出来るか否かにかかっていると言っても良いのだろう。そんな事をやりながら走っていると、一人の老婆が後ろ向きに歩いていた。後ろになにがあるか想像できないらしく、数歩歩くとヨレヨレしてしまう。仕方なく進行方向を確認する老婆。そして又、後ろ歩きにトライする。こんな事をずっと繰り返している。実は、この公園ではそういう老人が珍しくない。今までは「老化防止の運動なんだろうな」と漠然と思っていたが、今日はその意味を理解できた。あれもイメージトレーニングの1つに違いない。現代人の生活で、イメージを記憶する事は殆どないのではないだろうか。絵を描くのが趣味の人などはイメージしたり風景などを記憶することがあるだろうが、一般的には殆ど使われない能力だろう。だから、どんどん衰退していくのだ。単語1つ覚えるにしても、イメージ力のある人と無い人とでは、大きな差がある。イメージできない事は覚えられない。痴呆を防ぐのに、意識しないと使わない脳の部分を敢えて使うようにする運動があったとしても不思議はない。これまでの人生で、数人ではあるが「本当に頭の良い人」に出会った。彼らは、同時に数人の話す会話の内容を理解したり、視界に入った大量の情報を一瞬といっても良いくらいの短時間で理解する事ができる。視野もとても広い。色々な視点で物事を捉えられる人の事を「視野が広い」と言うが、本当に見えているらしい。「聖徳太子が一度に10人の言う事を理解した」とか、フィクションではあるが、「シャーロック・ホームズが一瞬にして、その場にある些細な情報に気が付いて推理して行く」という話がある。流石にそこまではできないにしても、そういう能力がある人が本当にいるのだ。アインシュタインですら脳の4%しか使っておらず、一般人に至っては3%にも満たない範囲でしか脳を使っていないといわれる。要するに、脳の殆どの部分が空き領域という事になる。その空き領域を使う事ができれば、もっと密度の濃い人生を歩めるのではなかろうか?イメージトレーニングは、脳の空き領域を鍛える一貫といえるのだと思う。私も最近呆けてきて「マズイ」と思っていた。折角の機会なので、脳の空き領域を鍛える訓練をしてみるのも悪くない。これで、世界が違って見えるようになったら、鬱で長期休暇をとったことも、まんざら無駄ではなかったと思えそうだ。人生前向きに充実して過ごしたい私は、今日も速読トレーニングに励むのであった。
Jan 23, 2005
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以前古本屋で購入した「速聴が10分でわかる本」を読んでみた。体験版CDがついて\300だった。いさんで聴いてみたのだが、どうしても聞いていられなかった。内容がつまらないのだ。自己啓発の為の文章なのだろうが、どうにも面白くない。2回聴いて挫折してしまった。それ以来、本を開く事も無かった。しかし、最近「速読・速聴」がマイブームなので読んでみる気になったのだ。大して面白い内容ではないが、CDを聴くよりずっと良かった。少し読み進めると、ちょっと興味深いことが書いてあった。「やる気は脳から生まれる」と言うのだ。自分がダメだと思うと無気力になり、脳の働きが鈍くなるという。「速聴」で脳を刺激して活性化させることでやる気が出る、というような事が書いてあった。鬱は無気力になる病気である。もしかすると、本当に「速聴」は良いのか?真偽の程はわからないが、せっかく時間があるのだから暫く続けてみよう。芥川龍之介の作品なら何度聴いても嫌にならないから良いだろう。大した労力も気力いらないから気軽に出来る。これで、脳が活発に動いてくれて、元気になるのなら嬉しい。そう考えると無性に楽しくなってきた。早速効果が出てきたのか?なんてね。------------------------------------------------------土曜日だと言うのに主人は出勤している。子供と2人きり。久しぶりに赤ちゃん○舗へ行って、散財してしまった。子供の教育のためだから仕方ないと思おう。今月3歳になるので、そろそろお勉強も必要だろうと思い、ひらがな学習用の教材と、幼児用算盤を購入した。(算盤はかなり気に入ったらしい。玉が大きく、3桁だけで出来ている。色も原色でわかりやすい。計算なんてことはできないだろうが、暫く指の運動にでも使おうと思う。実際にやってくれるかどうかはわからないけれど、「遊び」という概念で頭を使ってくれる年頃だから、やり方次第でどうにでもなりそうだ。
Jan 22, 2005
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久しぶりに7時前に起きられた。主人も早めに出勤して行った。このところ、主人が仕事で色々あるせいか、疲れて機嫌も今ひとつだった。ここ3日ほどは、私にもイライラしているのがわかり、私も疲れた。とはいえ、私も10年近くサラリーマンをやったので、あの疲労感は理解できる。一緒になってイライラするとドツボにはまると思って、極力気を使ってあげる事にした。食事の用意をし、湯たんぽを寝床に入れて待っていた。ちょっとウトウトしたけれど、起きてはいられた。結局、主人の帰りは12時近くだった。可哀想に。ちょっと前までの機嫌の悪さはなくなっていた。起きて待っていた甲斐があった。「先に寝ていて良いよ」とは言っても、起きて待っていてもらえれば嬉しいのだろう。「お疲れ様。大丈夫?」とねぎらってあげると、ボソボソと会社の事を話し出した。慰安旅行で会社の方を見ているので、ある程度の察しはついたが、やはりと言う感じだった。唯一救われるのは、主人の会社の人達の多くに悪意はないと言う事だ。ある程度の損得関係によるズルさはあっても、基本的に悪い人たちではないというのは見てわかった。主人がイライラするのは、能力の問題らしい。それもよくわかる。サラリーマンにはよくあることだ。可哀想だがどうにもならい。ちょっとだけギクシャクしていた夫婦の関係が良くなって安心したのか、夜はよく眠れた。朝の出だしが良かったのは、このせいかもしれない。しかし、その後ちょっと不安に襲われ始めてしまった。カレンダーを見るたびにそういう感覚はあったのだが、今日はちょっと不安が大きい。原因は「これからの仕事のこと」だ。そろそろ、「自分にとって仕事とは何か。どのように働く事が幸せなのか。仕事に求めるものは何なのか」こういった事を具体的に考えなければならなくなってきたのだろう。そして、それにあうように自分の能力を高める必要もある。焦って事を仕損じないように、気をひきしめていかなくてはならない。-----------------------------------------------------速聴ソフトの試用版をダウンロードして、速聴を試してみた。理解力が高まるとか、集中力がつくなどというからだ。速読とあわせて速聴もやれば、それなりの効果が上がりそうだ。素材は芥川龍之介の短編だ。英会話も良さそうだが、慣れるまでは日本語が良いだろう。3倍速までは何とか聴けるが、4倍速になると所々聞き取れない。そのソフトは12倍速まである。12倍なんて聞き取れる人がいるのだろうか?不思議だ。暫く試して良さそうなら購入も検討しようと思う。3,200円ならまあ良いか、といった感じだ。とはいえ、即決はしない。飽きてしまうかもしれないからだ。速読も速聴も今のところ楽しい。これで能力が上がれば更に嬉しい。私の人生も何倍もの密度になるかな?なんて都合が良すぎるかな?-------------------------------------------------------大雑把だが速読訓練を始めて3日目。速聴した作品を速読してみた。すると、なんだか目がおかしい。文字に焦点が合わない。始めの何ページかは一度に2行ずつ目に入ってくる。内容の理解度はまだまだ低いが、6割くらいの内容がつかめる。読み進めるごとに3行、4行と視野が広がった。それ以上にはなれなかったが、ものすごい不思議体験だった。こういうことなんだー、と速読がちょっと解った感じ。速読って、字面を追うのではなくて、ページ全体をばっと見て、素早くその情報を処理(組み立てる)と言う事なのね。なるほど、それなら速く読めるわ。暫くたつと段々もとの視野に戻ってきてしまったけれど、暫くは、どの本を読んでも、一度に多くの情報がばーっと入ってきて面白かった。トレーニングを続ければ、これが自然にできるようになるのだろうか。。。すごい!何でもできそうな気がしてきた。速読をすると、視界が変わるというのはまんざら嘘ではないらしい。思考がポジティブになるのも解る気がする。朝はちょびっと不安がよぎったけれど、夕方すぎてすっかり気分が良くなってしまった。そごいぞ速読・速聴。
Jan 21, 2005
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昨日読んだ速読の本(「本がいままでの10倍速く読める法」)の感化された私は、今日も色々やってみた。まずは、私の回復の目安の1つであるジョギング。これまでジョギングの最中に色々な思考をまとめて来た。会社不適合の問題や性格分析や回復の過程などをジョギングをしながら漠然と考え、後で日記やHPなどにまとめた訳だ。しかし、今日からは走りながら頭を使ってみる事にした。視野をなるべく広くするように意識し、あちこちで目に入ったものを文章にしたり、そこにいる人の数をパッと認識する練習をしたり、掛け算九九を猛スピードで言ってみたり、色々やった。なんだかいつもと脳の感覚が違う感じがした。そして、いい加減に勉強もしなくてはいけない。テキストを読まなくてはいけないのだけれど、いつも集中できずにダラダラしてきた。「今日こそは!」と、テキストを読む前に「百ます計算」と「能力を鍛える音読練習帳」をやった。このせいか、物凄い集中できた。読まなくてはいけないテキストの大半を読み終わった。あとは演習問題を解くのみとなった。スピードを心がけたので、読み方は雑かもしれないが、ゆっくりじっくり読むより、スピードをつけて何度も読み、慣れた所でじっくり読むの方が効率が良い気がする。わかってはいたが、ここのところ全く実行できなかったのだ。これも全て私の思い込みのなせる業か?目の運動と指の運動も勿論やった。昼には10分ほど仮眠をとり、脳を休ませたりもした。人生に与えられた時間は限られている。時間内で多くの事をやろうとする場合、スピードと適度な休息が大事なのではないか、と思った。鬱で休み始めてから7ヶ月が過ぎようとしている。そろそろ働きたいと思い始めている。近所で「パート募集」の貼り紙があると、ついつい目が行ってしまう。しかし、ここで焦ってはいけない。じっくり準備して、より良いコンディションで、より良い仕事をGETすべきだ。急いては事を仕損じる。これでいつも失敗してきたのだから、今度は失敗しないようにしなくては!さて、子供を迎えに行こう。夕食も作らなくてはいけない。ここのところ主人が疲れ気味。気をつけてあげねば。サラリーマンが理不尽に疲れるのは良く解っているのだから、出来るだけのことはしてあげなくては。こういうときに無神経な行動をとって喧嘩になってもつまらないから、気をつけよう。明日もこの調子で頑張ろう。
Jan 20, 2005
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久しぶりにジョギングして気持ちよかった。日中少し太陽も出たし、良かったな。今日早速、「速読トレーニング」「単純計算」と「簡単な文章の音読(スピードをつけて)」を試してみた。ついでに「モーツアルト」なんかもかけた。思い込みの激しい私は、効果がある感じがしてしまう。なんか、脳が熱い感じがする。気のせいかな?でも、集中力は確実に上がっている。読書や勉強の前に、5分くらい計算と音読をやると良いみたい。どうやら、呼吸法も大事らしい。いわゆる腹式呼吸をするのだ。目の運動も大事だ。どういうわけか、呼吸と目の運動は日ごろからやっていた。私はとても目が悪い。最近視野が狭くなったのが自分でわかり、自転車に乗っているときなどに危ないと思うようになっていた。又、視野が狭まると、頭痛がして意識が散漫になる事にも気が付いた。そんな訳で目の運動をするようになったのだ。呼吸法は、子供からの習慣がものを言った。柔軟体操をするときに、呼吸が非常に大事なのだ。太極拳やヨガを想像すればわかるだろう。水泳をやっていると、どうしても肺呼吸しかできなくなるのだが、ラッキーな事に歌うときには腹式呼吸ができないといけなかった。私は歌う為に腹式呼吸をマスターしていたのだ。男性にはわからないだろうが、腹式呼吸が出来ない女性は非常に多い。出産の時にも役立つから、日ごろから腹式呼吸をしてリラックスする術を見につけておいた方が良い。それから、指の運動も脳に効く。これもどういうわけか子供の頃からの習慣で、風呂などで手足の指の運動をやっていた。最近は子供と一緒に「むすんで ひらいて」を手足同時にやって遊んでいる。昔から、指の運動はボケ防止になると言われるのでやっていたのだが、もっと頻繁にやってみることにしよう。脳を訓練することが本当に鬱に効果があるかはわからないが、回復期にある今、社会復帰のために頭のリハビリも必要と思える。やってみたけれど、問題は何もない。むしろ、良い感じだ。暫く(飽きるまで)続けてみようと思う。-----------------------------------------------------そういえば、今週は銀行からやたらと通知がくる。どうやらドル定期と投信の現状のお知らせだ。やはり、金利は外貨の方が圧倒的に良い。日本円は最低限だけもっておいて、皆外貨にした方が良いかな?なんて思い始めてしまう今日この頃。。。とりあえず、今ある分はそのまま置いておこう。早く自分で稼げるようになりたいな。そのためにも、脳の訓練をしっかりしておくことにしよう。"I can do it!"アメリカ映画の成功物語で主人公がよく言う。言葉にすると気分も代わる。私も言ってみよう。「できる、できる、絶対に上手くいく」-----------------------------------------------------さて、子供を迎えにいって夕食を作ろう。ビタミンB12やナイアシンは精神疾患に良いらしい。少し気をつけようかな?でも、とりあえず旬のものをバランス良く美味しく頂ければ、それだけで健康でいられると思うのよね。健康にきをつけるって、何も精神疾患ばかりを意識する事ではないし。。。全体のバランスが大事。やっぱり「食品成分表」は入手してよかったな。とても為になる。今日ももうすぐ終わり。明日も良い日だと良いな。
Jan 19, 2005
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鬱は脳の機能低下だ、とさんざんまくしたてた私は、「脳を鍛えればよくなるのでは?」と思い始めた。根拠はない。でも、やってみる価値はあるぞ。今日は通院日なので本屋に行くと、脳を鍛える為の本が平積みされていた。ブームなのね。視線をずらすと「人間関係を良くする」とか「幸せになる」とか「好かれるために」というようなものから占いの本までが山積みされている。現代人って病んでいるんだなぁ、と思わずにいられない。たまたま私は通院して治療しているけれど、病気と思わずにひたすら悩んでいる人もいるのだろう。きっと、自分を見失っているのね。可哀想。脳を鍛えるコーナーには、トレーニング本や日記帳などが並んでいた。脳を活性化するには、やはり生活習慣から管理しなくてはならないのね。タイムテーブルにその日の行動を記述し、印象に残った事や3度の食事がかけるようになっている。子供の頃はこういう事をよくやらされたけれど、実は大事なのね。大人になると、仕事に追われたり、ボンヤリして時間が過ぎて行くから、呆けやすいんだろう。鬱になってつくづく生活のリズムや、印象に残った事を書き留める大事さがわかったので、こういうノートが売られているのは良くわかる。アルツハイマーや痴呆、或いは成長期の子供に良いとされている事は、きっと鬱にも良いと思う。本日は「計算ドリル」3冊、「音読ドリル」1冊、「速読ドリル」1冊、NHKラジオ講座テキストとCD、それから「かるた」を購入した。計算ドリルは買いすぎたと思うが、自分を抑えられなかった。これだから、本屋は怖い。「かるた」は子供とやるつもり。「かるた」って、根拠はないけれど、脳を鍛えるにはとても有効そうに思える。本屋でちょっと立ち読みしたところ、人間の脳を鍛えるのに一番良いのは「音読」、次いで「単純計算」だそうだ。どちらも無心にやれるから、雑念を取り去るのに有効だ。「ばかくさい」とお思いの方もいらっしゃるだろう。確かに大人になってこういうことをするのには抵抗がある。私は子持ちの主婦なので割と抵抗なくやれるが、でもお陰でとても救われたのだ。これで、少しは頭が良くなるかしら?良くなったら良いな。ついでに病気もどこかへ飛んで行って欲しいものだわ。早速、今日の夜は子供と「かるた」をしよう。ついでに子供がひらがなをおぼえてくれれば、一石二鳥だ。※ 先ほど知ったのですが、この方法を止められた方もいらっしゃるそうです。逆に、率先してやっている方もいらっしゃるようですが、どうやらそれは回復期にある方のようです。興味があって、試してみたいという方は一応主治医に相談した方が良いかもしれません。
Jan 18, 2005
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この所、今ひとつ集中力がない。左目のコンタクトがあわなくなっているのが関係している気がする。昨日の「あるある」で集中力を高める方法について特集していたけれど、本当に効くのかな?「緑茶を飲む」「顔をたたく」「黄色を見る」「マーチを聴く」など簡単なことばかりだから、とりあえず試してみよう。今日は天気が良いのにジョギングをさぼってしまった。これからでも遅くはないので走ろうかとも思ったけれど、やる事があるから止める事にした。かわりに、後でウォーキングマシーンでもやろうかな?気が向いたらやろう。この所、「鬱の回復に効果があったことは何だったのか」とか「将来鬱にならない為の予防に何が有効か。同じ様な事が起こった時、どのように回避すれば良いか」などを考える。大分余裕が出てきたのだろうか?折角なので、今思いつくものをここに書き出してみようと思う。-------------------------------------------------------人から「鬱ではないか」と指摘されて、すぐに病院へ行ったこれが良かったと思う。早く自分の病気に気が付いて、治療に専念するのが回復の一番の早道だ。「会社と上司から逃げられるなら何でもしよう!」という気持ちが強かったのと、「傷病手当金」をもらえるので、収入が激減してもすぐに無給になる事はないという事がわかっていたので、受け入れやすかったのだろう。後になって、「助かった~」とつくづく思ったストレッサーが何か理解し、すぐに取り除けた会社の環境と上司がストレッサーで、それが原因で鬱になったのは明らかだった。病気を認識して、すぐに休職したのが良かった。気持ちを整理するには4ヶ月から半年ほど必要だったが、物理的にストレッサーから離れられた事で嫌な出来事が起こらなくなり、徐々に記憶が薄らぎ、自分自身の問題点についても見つめられるようになった。もし、会社で働き続けていたら、会社や上司への反発から自分を省みる事も無かっただろう。他人や環境を悪者にして、自分の考え方や行動のゆがみを矯正しないと、鬱は決してよくならない。すぐに会社から離れた事で私は救われた。愛情を注ぐ相手(子供)がいた鬱になるとセロトニンの分泌が悪くなるそうだ。その結果「楽しい」「快い」などの感覚がなくなってしまうと言われる。子供に愛情を注ぐ事は、セロトニンの分泌を促すのに役立ったと思われる。愛情に理屈はいらない。たまたま無償の愛情を注ぐ相手がいたのが幸いしたといえる。家庭があったお陰で生活のリズムが極度に狂う事がなかった子供を保育園に連れて行かなければならないので、朝きちんと起きない訳にいかなかった。家族の為に食事をも作らなければならない。子供一人で食事をさせるのは良くないので、ちょっとでも自分の皿に食事を盛り付けて一緒に食べるようにした。味覚も食欲もない時期は、あまり食べる事はできなかったが、真似事でもやったお陰で食べる事を意識し、徐々に食べられるようになってきた。又、子供の教育環境を考えるとある程度の掃除はしなければならない、という意識もあった。常に完璧にできる訳ではないが、動けるときには掃除して気持ちをすっきりさせることができた。片付くと頭の整理ができて、脳の状態も良くなる。案外大事なようだ。家族(特に成長期の子供)のために食事をつくらなければならなかったこの広場でも食事や料理について取りざたされているが、とても大事だ。料理は脳を刺激するので、とても良いようです。段取りや栄養を常に考えるので、脳のリハビリには最適といえる。食材の調達も、栄養や価格を気遣う事で頭を使う事になる。こんな日常的で些細な事が、鬱に効果があったと思えるのだ。栄養のバランスの良い食生活ができた完璧ではないにしても、家族の健康を担っているという意識があったので、栄養価について考慮しない訳にはいかない。面倒くさいと思うこともしばしばだが、それでも自炊し続けた事で、栄養のバランスがあまりにも崩れることはない。体だけでなく心の健康の為にも食事は大事だ。食生活を整えるだけでも、脳に良い影響があるのは間違いない。脳が正常に働けば、鬱から回復したと実感できる。適度な運動とストレッチ休職して1ヶ月ほどするとやる事がなくて苦痛になってきた。そこで、水泳とジョギングを始めた。体を動かすと血流が良くなり、ストレスがとれる。特に水泳は良かった。夏だった事もあり、屋外の50メートルプールで朝から泳いだ。日光を浴びながら体をストレッチもできて、とても良かった。背中が伸びると、自律神経の調節機能が復活してくるようである。大分楽になった。足にうっ血した血液も心臓に戻すことができ、体全体が軽くなった。呼吸が深くなることで、リラックス効果も得られた。継続的に運動することで、いっきに回復にむかっていった感じがした。犬の散歩で日光を浴びる運動が面倒で出来なくても、犬の散歩はしない訳にはいかない。天気の良い日に散歩をすると、視界が広がり目も楽になる。又、日光に当たるとメラトニンの生産が遮断されて、脳が覚醒するという。朝、犬の散歩をすることで、脳の状態が良くなりすっきりできた。天気の良い日はなるべく日光を浴びる事が大切だと思う。話し相手がいたり、子供に絵本を読む習慣があったあまりとりあげられないが、口を動かす事は大事だ。口を動かす行為は物凄く脳を刺激する。アルツハイマーを予防に「よく噛むように」と指導されるのは、噛むという行為が脳を鍛えるとされているからだ。食べ物をよく噛む事と同様に、言葉を発する事も脳を刺激する。又、朗読の際に感情を込めて演技をするように読んでいたのも、精神に良い影響を与えた。演技でも声を出して他人を演じる事で自分を変えられるような気がする。色々な登場人物になって、子供に朗読していたのが案外良かったのかもしれない。日記を書くなど、自分の考えを文章にまとめて頭の整理をした認知療法についてはまだ不勉強なので語れないが、自分の感情や言動を意識すると言う事ではなかろうか。鬱になりやすい思考や行動パターンがある。自分の感情や言動について省みる事で、問題が明確になり、むやみに悩む事はなくなる。又、将来の対策もたてられる。もし、同じような事が起こっても、「次はこうしよう」と具体的に対策をたてることで社会復帰と病気の再発を防ぐ事ができる。これについては、まだやらなければならない事があるのだが、ここまででも大分効果があったと思う。どうでしょう?私の感じた事をツラツラ書いただけですが、おかしいですかね?
Jan 17, 2005
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1月も半ばを過ぎたというのに、年明けの抱負はどこへやら。毎日ダラダラやっている私。家計簿もたまってしまった。あまりためると嫌になるので、ここでまとめてつけることにした。領収書をチェックしていると、水道料金についてのお知らせが出てきた。電気、ガス、水道、どれも料金が下がったようで「良かったな」くらいにおもっていたのだけれど、よく見てみたら水道については、新たに口座割引と17年1月1日から19年3月31日までの減免措置が適用されたそうだ。「おお!」家で適用になるのは「口座割引」だけだ。減免の対象にはなっていないや。「児童扶養手当」「特別児童扶養手当」「生活扶助」「教育扶助」「住宅扶助」「医療扶助」「介護扶助」の受給者などが減免の対象になっている。ところで、こういった情報は、どこから水道局にもたらされるのだろう。例によって自己申告かしら?疑問に思って、水道局のHPにアクセスしてみた。詳しいことはあまり書いていないが、やはり担当の営業所に申請しないとダメそうだ。気をつけていないと色々なことを見落としてしまう。日本ほど政治や法律が民間人に身近でない国はないだろうと思う。大人になってからの方が余程勉強しないといけないと感じる。もっとも、子供の頃は生活に困る事はないので、必死に勉強するなんて事はなかったけれど。そういえば、明日は投信の決算だ。チェックしなくちゃ。本当にあっという間に時間が過ぎる。いい加減に気を引き締めなくては!思うだけじゃなくて、実行が伴わないと何にもならない。わかってはいるけれど、これが中々大変だ。明日から又一週間が始まる。良い一週間にしたいな。
Jan 16, 2005
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掲示板で脳の働きが鈍るのは防衛本能ではないか、という事をやりとりしました。確かにその通りだと思います。大事なものを失うなどの辛い事があった時、脳が活発に活動していたら返って辛いに違いありません。時の経過と共に、色々な事を忘れていくのも必要な事なのです。いつまでも辛い事を鮮明に記憶していては、一生がとても辛い出来事で満ち溢れてしまうと思います。この広場で悩んでいる皆さんも、何かしらのきっかけがあって病気になってしまったはずです。それはきっと「休め」という脳の合図だったに違いありません。私の場合も、もし病気にならなければ辛い生活をずっと続け、心身共に疲弊して危ない状態におちいっていたかもしれないと思います。鬱になるのは、おかしなことではなく、あの状況下では自然なことだったように感じます。脳が上手く働かず、「ダメなんだ」と落ち込んだり、「一刻も早く昔の日常に戻りたい」と焦ってしまった時、ちょっと立ち止まって考えてみたら良いと思うのです。できなくなったのは、自分がダメ人間だからではないのです。人間が本来持つ防衛本能が働いて、危険から身を守る為に敢えて脳が働きを鈍らせてくれているだけなのです。お陰で助かったのですから、無能ではなく生物としてむしろ有能なのです。動けなくて復帰できないのは、今は休まなければいけないという脳からのサインなのです。だから、ここは本能に従って焦らずに休むべきなのです。休む事が必要なら、休まなくてはいけません。時には動くことよりも休む事の方が大事なのです。眠れなくて辛いかたも大勢いらっしゃるでしょう。そういう時は、恐らく自分の中で「やらなくては」とか「納得いかない」という理性と「休まなくてはいけない」という本能が葛藤しているのではないでしょうか?ここは、割り切って理性を捨てて本能に身をゆだねてしまった方が良いのかもしれません。そして、時のたつのをじっと待つのです。割り切るのが難しい方は、少しずつ割り切る為のトレーニングをすると良いかもしれません。私は、ジョギングしながら考え、文章にしてまとめる事で大分整理ができました。そして、時の経過とともに辛い出来事は忘れられていきました。私の場合はたまたま一人で上手くやって来れましたが、一人でこういうトレーニングをやることはありません。専門家の指導の下に「認知療法」をうけるのも良いようです。考え方一つで、幸せにも不幸にもなってしまうのです。これを機に、幸せを掴む為の物の見方や考え方を習得するのは良いと思います。私も「認知療法」について興味がわいてきたので早速書籍を入手しました。今後社会復帰した時に、病気になる以前異常に良い環境を作り出す為に、自分や過去の環境を分析してみようと思います。焦る事はありません。これを1つのチャンスと思って、ゆっくりでも自分らしい生き方を手に入れましょう。*******************************************************注)単なる殴り書きした感想文です。大した根拠もないので、あまり気にしないで下さい。書いて自分がすっきりしたかっただけです。失礼しました。
Jan 15, 2005
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一昨日「鬱は一時的な脳の機能低下ではないか」と書き、大した根拠も無く「上手い事言うな」なんて満足していました。今も間違っているとは思わないのですが、専門家で無いので証明ができません。とはいえ、薬を処方してもらっているだけでは埒が明かない、という気持ちは抑えられません。そこで、脳に関する書籍を少し読んでみる事にしました。昨日読んだ本には、これという話題がありませんでした。一冊で決め付けては、いけませんが、どうしても日本の学術本はダメだと思えてなりません。でも、今日読んでいる本は中々面白いです。「脳をすこし良くする本」というものですが、運動、食餌療法、質の良い睡眠をとるための手段、そして楽観的になるためのイメージトレーニングなどについて触れられています。素晴らしい!私が求めていたのはこれです。筆者の本業は経営コンサルタントだそうです。日本の医師の発言より、こっちに共感してしまうなんて、どうなっているのでしょう。。。大体「心の風邪」なんて意味不明な事を公然と言い放ってしまう日本の医師達には疑問を感じます。そもそも、風邪なんていう病名はありません。ウィルスによって引きおこされる呼吸器系の急性炎症の総称でしかないのです。「誰でもがかかる」と言いたいのは解りますが、ピンと来ませんよ。さて、この本は、学生時代に頭の悪いのをどうにかしたいと思って購入したのです。私もかなり浅はかですよねぇ。こんな事で頭がよくなるわけがないのですが、「もしかして」というスケベ根性を抑える事が出来ずに購入したのでした。記憶に関する記述だけ必死に読んで、その後は書棚の肥やしとなっていました。その後私の頭がよくなったか否かは言うまでもありませんね。まさか、こんなところで役に立とうとは夢にも思いませんでした。軽く目を通しただけなのではっきりとは言えませんが、鬱に効く食事がある感じです。もっとしっかり勉強して実践してみようと思います。良さそうな方法があったら、ご紹介したいです。(できると良いな)悲観的にならないようにするトレーニングもあるようです。これについて詳しく書かれた書籍があるようです。日本語で出版されているのでしょうか?調べてみたいと思います。英語でも入手できれば良いな、と思います。日本語と同等の速度で読むのは難しいですが(不慣れな語彙も多そうだし。。。)、是非読んでみたいですね。他にも、専門家の執筆した本をもっと読みたいものです。今現在、「治るのだろうか?」と悲観的になっている方が沢山いらっしゃると思います。幸運にして、私は自分が治癒する事を少しも疑っていないのですが、不安になる気持ちもわかります。それは、病気の正体が掴みづらいところに原因がるのだと思います。目に見えないですし、具体的で有効なアドバイスも少ないですから仕方ありません。私は単なる患者の一人にすぎませんが、「絶対完治する!」と楽観的に考えられる根拠は持っています。それは「今はストレスによって脳の機能が低下しているが、物理的に損傷している訳ではないので、元の状態に戻す事は可能である」と考えているからです。どうやって元の状態に戻すのかというのが一番重要ですが、これについては「ストレスの原因を理解し取り除く」としか言えません。私の場合は、会社が直接の原因でした。社会との接し方の見直しも必要です。これらの分析は、まだ途上にあります。必要だと思ったときに、分析内容をメモにしたり、HPでコラムや日記といった形にしています。。日々の生活にも気を配っています。一般的に健康に必要だと思われる事はなるべく実践しています。自分ではかなりの効果があったと思います。「なるほど」と共感できるような、きちんとした内容を書ければ良いのですが、今の時点では勉強不足で書けません。でも、せっかく(と言ってはなんですが)鬱になったので、自らの体験から克服方法のひとつを紹介したいとは思っています。もっと勉強が必要です。皆さん、希望を持って、一緒に回復していきましょう!
Jan 14, 2005
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ここ2日よりは、朝の目覚めは良かった。でも、やはりちょっと辛かった。昨晩も子供がゴロゴロ転げまわって、何度も私に蹴りをいれてくれたのでじっくり眠れなかった。それでも、7時にはきちんと目が覚めた。毎晩なかなか寝ないので、その度に叱っていたのが仇になっている気がする。今日からちょっと作戦を変えないと、子供に無駄なストレスを与えてしまいそうだ。午前中は、例によって子供を保育園に連れて行ってから、犬の散歩とジョギングをした。天気が良いから気持ちよかった。シャワーを浴びたら、身も心もとてもすっきりした。昼ごはんのついでに夕食の下ごしらえもしておいた。風呂も洗ってある。これで今晩の仕事は楽だ。ちょっと余裕があったので、実家からもらった小豆を煮ている。うまく煮えると良いな。夕食は、ご飯、豆乳鍋、ナムル、大根の皮のきんぴら、納豆の予定。納豆は欠かせない食材だ。頭が良くなるといわれているけれど本当だろうか?昨日、鬱は「一時的な脳の機能低下」だなんて書いたけれど、脳に良い食材をどんどん取り入れれば、少しは調子が良くなるだろうか?少なくとも健康になるのだから良いに違いない。家族も皆好きだし、毎日食べよう。大豆って本当に便利。安い豆腐を凍らせておいて、買い物に行けない非常時なんかに肉の代用に使えるのが良い。冬は、体を温める根菜をしっかり取ることも大事。大根なんかは、捨てる所が殆ど無い。煮たり、サラダにしたり、漬物にしたり、1本使うのが大変。昔TVで皮をきんぴらにしているのを観たので、先日まねしたら中々美味だった。初めて調理したときは、水っぽくなって失敗したけれど、乾煎りしてから調理したら上手く行った。今日もその手で行こう。ちょっとした前菜くらいにはなる。正月で疲れた胃も、鍋料理で癒してあげよう。今週は知るものの代わりに小さな土鍋で鍋料理を作っている。野菜も沢山とれて、ヘルシー。お陰で体重も元に戻った。毎日味を変えながら、暫く続けよう。生活のリズムを整え、バランスのとれた食生活をし、体を動かす。健康的な生活が脳にも上手く刺激を与えてくれるに違いない。こういう何気ない一日を積み重ねていく事で、だんだん元気を取り戻してきた。まだ全快とまではいかないけれど、こういう日々に随分癒されてきた事は実感できる。当たり前の事が当たり前のように出来る。これが一番幸せなことだなぁ~、と思えてしまうのだった。
Jan 13, 2005
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今日も朝が辛くてたまりませんでした。結局7:30過ぎにやっとの思いで起き上がりました。子供が嫌な夢をみたのか、「ヤダヤダ」と言って何度も寝言で騒ぎながら、ゴロゴロ転げまわっているところに、主人が面白がって声をかけて拍車をかけたお陰でよく眠れませんでした。冬で寒いせいか、何故か子供が私の布団に入り込んできます。私は一人用の布団で寝ているので、3歳の子供と一緒に寝るにはとても狭い感じです。寝返りするにも子供が気になるので、熟睡できない事があります。そんな訳で、体の節々が痛くなって来た今日この頃です。家族のお陰で、規則正しい生活ができる、とさんざん書いてきましたが、この点に関してだけは恵まれていないと思います。あるスポーツ選手が「結婚しても一人部屋でしっかり休息をとっている」という話をしていたのを思い出します。ゆっくり寝るには、やはり一人が良いです。結婚する前に、何が一番心配だったかというと、個人の空間がなくなる事でした。今は大分慣れましたが、それでも「一人でゆっくり休みたい」と思う事があります。これを口にすると、「昼寝すればいいじゃん。日中は一人で暇なんだから」と主人が言います。それではダメなのです。夜きちんと睡眠をとらないと疲れはとれません。この環境でよくも睡眠薬をやめられたものだと、我ながら感心します。昨日は、頭がボーっとするので休息日なんて言って、漫画を読んでダラダラしていましたが、連日そんな生活をする訳にはいきません。そんな訳で、犬の散歩の後、頑張ってジョギングし、その後熱めのシャワーを浴びました。日光を浴びた事と血行が良くなったのが良かったのか、頭がスッキリしてきました。やっと脳が起きてくれた感じでした。お陰で今日はしっかり動けそうです。鬱というのは「心の病」ではなく「ストレスによる脳の機能低下」ではないかと思うのです。「心」などと抽象的な表現をせず、脳にストレスを与えるとどれくらい機能が低下するのか、公にしてもらいたいと思うのです。よく鬱を知らない人が「気持ちの問題だ!」なんて言いますが、「心の病気」などという曖昧な表現をしているのもいけないのではないかと思います。具体的に体にどのような影響があるのか伝えないと、病気と認識してもらえないのではないでしょうか。睡眠不足も免疫力の低下も自律神経失調症も、結局の所脳が上手く機能しなくなっているからに違いありません。どこかの博士が「心は脳でつくられる」と発表したそうですが、その通りだと思います。32条の改悪について騒がれているようですが、鬱が「一時的な脳の機能障害」だと認知されれば、少しは対応が変わるのではないでしょうか。脳が上手く機能していない状態では、働くのはおろか日常生活にも支障があります。その辺りの認識をはっきりしてさえくれれば、社会の対応も変わるような気がします。私は医者ではないのではっきり明言する事もできなければ、言葉に説得力もないのですが、鬱から回復する過程ではっきりしたのは「頭が軽くなる」という事です。すっきりすると言っても良いのですが、とにかく脳が正常に働いてきたのが実感できるのです。皆さんはいかがでしょうか?------------------------------------------------------やっと損害保険会社から連絡がありました。電話すると言ってから何日たったでしょうか。医師でもないのに、随分わかったような口調であれやこれや言っていました。毎日、病人に電話をかけて、病状のパターンは掴めているんでしょうが、対応の仕方は疑問です。またしても、医師の診断書が欲しいという事で、今月は予定より出費が多くなる事が決定しました。やれやれです。頂くお金の方が多いので仕方ありませんが、(異常な働き方ではなく)普通に働いてお金を稼ぐ方が余程気が楽です。やはり、社会復帰に向けて頑張らねば!と思ってしまいました。
Jan 12, 2005
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寒いし眠いし、たまらない。。。昨晩久しぶりに夜更かししたのがいけなかったのか。。。朝も起きられなくて、目が覚めてから30分くらい、ゴロゴロしてしまった。結局、7:30まで起きられなかった。密かに、そろそろ6時代起床を目論んでいたのに、やっぱり寒いときは布団が恋しいな。いつものように、子供を保育園に連れて行って、犬の散歩をしてから、クリニックへ行った。あまりにも眠いので、母のパート先には寄らなかった。電話で「今日は用事があるから寄らない」と伝えた。考えてみると、これまで自分の事で頭がいっぱいで、母を振り回していたような気がする。やはり、通院日に寄るか寄らないかはきちんと連絡しなくちゃいけない。無駄に心配させてもいけないし、来るか来ないか解らないものを待つイライラを味あわせてはいけない。とにかく眠い。今日は勉強できない。(こういう時の諦めはとても良い私)本を読んでもちっとも頭に入らない。下手に昼寝をすると、夜眠れなくなるからできないし。。。こういうときはボンヤリしているのが一番。少し体を動かして温めてみるのも良いな。という事で、今日は休息日とし、家族が帰るまでの時間をゆっくりさせて頂こう!
Jan 11, 2005
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気が付けばもう10日。あっという間に一週間がたっていた。。。休職し始めた頃は、一日が長く感じられてどうしようもなかったけれど、最近はあっという間に時間がすぎてしまう。やる事があって、それらの作業が出来る状態にまで回復したという事なのだろう。あとは、ダラダラしないように気をつければ、有意義な1年になるかもしれない。回復してきたとはいえ、折角あと1年位は手当てをもらいながら休めるのだから、しっかり休んで、英気を養おう。病気にならなければ、こんな生活はできなかったのだろうな。もし、会社を去る決心ができなかったら、今もあそこに通って不本意な仕事をし続けていたんだ。考えただけで、ぞっとする。休み始めた当時は辛かったけれど、今となってはこの環境がとてもありがたい。休職を勧めてくれた、先輩や同僚には感謝しなければならない。やっと先の事を考えられるようになり、その準備が出来る状態にまでなった。これからはゆっくりでも前進していけそうだ。病気のお陰で少しは人間的に成長できたのだろうか?成長していれば良いな、と思う。そうすれば、この経験も無駄ではなかったと思えるに違いない。明日は通院日。忘れ物をしないようにしっかり準備しておこう。
Jan 10, 2005
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気が付けば、明日も休みで3連休じゃないですか!どうりで主人がのんびり構えていると思った。。。母がどこかへ遊びに行った帰りに色々持ってきた。食材とか、親戚から預かった子供のお年玉とかそりゃもう色々。すぐ帰ると言っているが、疲れているようなのでお茶くらいは飲んで行ってもらうことにした。何かにつけて孫の顔が見たいのだろう。私が子供の頃の母からは考えられないくらいの甘やかしぶり!同一人物とは思えない。孫とはかくも可愛いものなのか。。。そういえば、今日は弟の誕生日だった。とうとう30になったんだなぁ。嘘みたい。母に話すと「あんただってそうじゃない」と言われてしまった。しかし、弟が30とはねぇ~。彼は母と2人で暮している。といっても面倒見ているのは母という感じがする。私も結婚するまで一度も実家を出た事は無かったが、弟も未だに一人で生活の切り盛りをしたことがない。母もちょっと弟が心配になってきたらしく「この先どうするんだろう?」と言っていた。「きっと結婚はしないだろうし、一人でやっていけるのかしら?」と言うが、私はなるようになるんじゃないのかと思っている。今考えてみると、母と弟は昔から馬が合っていた感じだ。身内ながら「気持ち悪ぅ~」と思う事すらあった。私はかなりのマイペースちゃんだったので、家の中でも浮き上がっていたが、この2人はいつもべったりくっついていた記憶がある。会社の先輩に言わせると、息子というものは、自分の言う事をなんでも聞いてくれる異性だから、可愛いんだそうだ。なるほど。私は次の子も女の子が良いと思っているので、息子を溺愛する気持ちはよくわからない。鬱で休暇をとることになって、時間ができたせいか、たまに子供時代の事を思い出す事がある。そういう時、いつも母と弟はセットで出てくる。私の中であの2人を切り離して考えることはできない。私が結婚したとき、意外にも母には喪失感があったようだが、あれが弟だったらものすごい寂しかったんじゃないかと思う。結婚するもしないも本人の自由だからとやかく言うつもりはないが、何だか弟に家庭は似合わない気がする。面倒くさいと自分でも言っている。おかしな話かもしれないが、あの2人は、ああやっているのが一番ぴったりな感じだ。私と3人で暮していた頃より余程しっくり来ている。私と彼らとの関係も、結婚してからの方がずっと良い。母は色々言っても、やはり弟と一緒が良いのではなかろうか。血のつながった家族でも、相性がある。私には既に家庭があるし、実家で2人が仲良くやってくれていると、非情に安心だ。夫の実家と私の実家の中間地点くらいに我が家があり、適当にどちらにも孫を見せてあげられて、円満なのではないかと思っている。細かい事はどうあれ、やはり今の生活がとても幸せに感じられる。このまま暫く専業主婦になったとしても、それはそれで仕方ない。先の事を憂うより、こうして今を幸せに感じる事が大事だなぁ~、と思う今日この頃だった。
Jan 9, 2005
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主人は会社で留守。子供と2人きり。暇なので母とランチでもしようかと、昼休みに合わせて子供と母のパート先に出向いた。母はクリーニング屋で働いている。子供の着物をクリーニングに出すついでにランチでもするか、と簡単に考えただけだった。この時私は、正月明け間もないと言う事をすっかり忘れていた。結局、お店の方からお年玉を頂いてしまった。母からは「こんな日に来たら、出さない訳にはいかないでしょ?解っていると思ったから言わなかったのに。。。」と随分叱られた。確かに、長い休暇でボケたなぁ、と反省したのだが、反面、こういう気遣いをし過ぎて、会社で潰れた部分もあるなぁ、なんて手前勝手な事も考えてしまった。社会に出ると十人十色で色々な考え方の人がいる。繊細な人もいれば、図々しい人もいる。どっちが強いかと言うと、図々しい人だ。自分のポリシーで気遣いをするだけなら良いが、「こうあるべき」と頑なな行動をとっていると、他人にもそれを強要したくなる。それで、他人に全く気遣いがないと、「なんであの人はああいう行動をとるのだろう」とイライラする事になるのだ。向うからすれば、「そんなに気を使われると疲れる」なんて思っているかもしれないし、実は全く何も考えていないかもしれない。私が親からうけてきた教育は、自分で商売するには有効だが、サラリーマンには適さない気がする。自分の常識と会社の常識がずれた時、私は上手く対応できなかった。状況判断力に乏しく、見極めが下手だったのだと思う。とりあえず、頂いたものはありがたく頂戴し、半返しで何か菓子折りでも買って返す事にしよう。母には、改めて謝っておこう。随分苛立たせてしまったようだから。。。もっと機転がきくように、そして柔軟な対応ができるようにしていかないといけないなぁ、と思わせる出来事だった。
Jan 8, 2005
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天気が良いのでジョギング!と思いましたが、風邪なのでやめました。その分の時間があいたので、目黒まで自転車をとばしました。久しぶりに本屋へ行きました。やはり本屋は楽しいです。私の無駄遣いの殆どは書籍です。非常に危険な場所なので足を踏み入れないようにしていましたが、今日は特別に行ってみました。小一時間ほど遊んで帰ってきました。帰り際に、神戸屋でパンを買いました。これもかなり久しぶり。独身時代は、会社に行く前に広尾の神戸屋でパンを買って行ったものです。あんな高いパンを年中買っていたとは。。。さすがお一人様!今はそんな恐ろしい事できません。最近は、近所のパン屋さんで手ごろなパンを買っています。目黒区共通商品券が大活躍です。年末に、1割引で購入したものです。要するに、1割引で買い物ができるということになります。こういう地元のお得情報は絶対に逃しません。地元に還元すれば、その分区の財政が潤って私達の生活も豊かになるはず、と信じてなるべく地元で買い物します。--------------------------------------------------犬を散歩しながら昨晩の夢を思い出しました。どうやら会社の夢を見たようです。しかも一番嫌な時代の夢だったようです。なぜか忘れていました。思い出してもどうと言う事もないのですが、会社のことなどあまり考えなくなっていたので、ちょっと意外でした。まだ潜在意識には、記憶がしっかり残っているようです。睡眠薬をやめて2週間以上たちますが、何とか眠れているようです。正月は、やたらと夢をみましたが、ここ何日かはあまり覚えていません。よく眠っているのでしょう。ワイパックスとトレドミンは夜だけ服用しています。日中に飲むと、眠気で何もできなくなるからです。夜眠れているのは、実はこの薬のせいかもしれません。どうやら、このペースが良いようです。折角、安定剤を減らしたのに、風邪薬を飲まなくてはならないとは、皮肉なものです。できれば、早く薬とはおさらばしたいんですがね。。。--------------------------------------------------そういえば、損害保険会社から連絡がありません。一昨日「明日連絡します」なんて言っていたのに、結構いい加減ですね。サラリーマンはこの程度の心構えでかからないと身がもたないのかもしれません。どうやら、担当者は時間きっかりで帰宅しているようです。派遣社員という感じもしました。割り切っているのでしょうね。こういう人達に生活をひっかきまわされないように、私も適当に対処することにしました。まじめにやっていたら身がもちません。そもそも、サラリーマンをまじめにやって、病気になったのですから、気をつけなくてはいけません。多分、そのうち連絡してくるでしょう。こちらから連絡する筋合いではないので、放っておくことにします。いつまでもお金がもらえなかったら、クレームをつければ良いでしょう。--------------------------------------------------保育園の掲示板に「風邪予防策」が出ていたので、しっかり読んできました。「手洗い」「うがい」は勿論のこと、「湿気を保つ」とか「3食バランス良く食べて、しっかり睡眠をとる」など、昔からよく言われることが書いてありました。しかし、「部屋の中が過ごしやすくなりすぎて、自律神経の調節ができない人が増えている。その為風邪をひきやすい」というのは知りませんでした。「体を甘やかしてはいけません。寒くても厚着をしすぎず、外で元気良く遊びましょう(子供向けだからこんな事が書いてあります)」とありました。鬱で風邪をひきやすいのは、自律神経の調節が上手くできないからかもしれません。なるほど。ケチな私は、寒くてもできるだけ燃料を使いませんが、それでも自律神経は鍛えられていないのでしょうか。。。悲しいです。思い返せば、元気な頃は風邪をひいたと言いながら、ジムに通っていました。「汗をかけば治る」などとバカな事を言って動きまくっていました。今はちょっとできませんね。以前が元気すぎたから、今くらいで普通なのかもしれません。でも、やっぱり前みたいに元気になりたいものです。体と心の健康状態は比例しますから、しっかり体を鍛えよう!と改めて思いました。とにかく今は風邪撃退です。昨日よりは調子が良いみたいだから、きっと明日はもっと良くなるでしょう。
Jan 7, 2005
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風邪のようです。喉と頭が痛くてたまらなかった。子供がいると、「今月の風邪」みたいな感じで色々な風邪菌を運び込まれてしまいます。主人は子供と接触する機会がすくないので、滅多にうつされませんが、私はことごとく菌にやられます。鬱のピーク時は、免疫力が低下していたお陰で物凄い体調不良が続きました。あまりに不調が続き、それが普通になってしまったくらいです。こうなると、つらい原因が鬱なのか、他の病気なのか全くわからなくなるのです。病気の百貨店状態です。今も完全復帰はしていないようで、鬱になる以前のような免疫力はありません。ちょっと疲れると、途端に目の周りがかぶれたりします。(これは、ストレスが私の体に与える第一の影響です)あんなに丈夫だった私がよくもこんなに弱くなったものだ、と感心してしまいます。医師によると、風邪は鬱を進行させる事がるそうですが、私の場合、鬱のせいで風邪をひいたのか、風邪のせいで鬱が進行したのかわかりません。卵と鶏みたいなものです。気力の問題もあるかもしれません。働いていると、無意識に健康だと思い込もうとして頑張りますが、休暇をとっていると「辛い~」とすぐにへこたれる事ができます。気合を入れれば、ちょっとは良くなるかもしれません。気は心です。とりあえず、ゆっくり寝て風邪菌を撃退します。幸い、風邪で鬱々とすることはないくらいに回復しているので、風邪菌に嫌がらせをしてやれば、きっと良くなるでしょう。皆さんも体にお気をつけ下さい。
Jan 6, 2005
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正月休みが明け、主人は6:50に出社した。私はどうしても起きられなくて、7:10にやっと起き上がった。子供を保育園に送ってから、犬の散歩とジョギングをした。その後、予定通り勉強にとりかかった。久しぶりに頭を使うと非常に気持ちが良い。こういうところで、今までいかに頭を使っていなかったかがわかる。夕方、保育園にお迎えに行こうとしたら、電話が鳴った。思った通り損害保険会社からだった。いつも思う事だが、いくら仕事とはいえ、こちらの都合も考えず、いきなり電話をかけてきて、病状についてあれやこれや聞かれるのは嫌な感じだ。確かに多少のお金はいただけるが、嫌な感じである事には変わらない。そんなものに付き合っている気分でもないし、子供のお迎えもあったので、都合が悪いと言って電話を切ってもらった。多分、明日電話をかけてくるだろう。保育園にお迎えに行くと、「今日は病院でしたっけ?」と保育士につっこまれた。行くのがちょっと遅れたからだ。遅れたと言っても、延長保育の時間ではない。規定の料金で保育してくれる枠内での事だ。こうして、たまに病院へ行っている頻度などを聞かれることがあるのは、「家で保育できるのではないか」と疑われているからだ。一人やめれば、その枠に一人入れられるという訳だ。いざとなったら、ドクターの証明をもらって提出すれば良いと思っているが、何か言われるたびに嫌な気持ちになる。隣の品川区では、幼保一環教育を始めているというのに、目黒は相変わらず頭が固い。区長が変わっても、何一つ改革されていない。区なんて、区長次第で物凄く変わるものなはずなのに!下手をすると改悪もあり得る。次の選挙では支持できないな。小学校は、品川区に行かせるつもりだが、あと3年は目黒区の保育園に通わせたい。社会復帰を予定していても、保育園をやめてしまっては外に働きに出る事はできない。やっと苦労して入れたのだから、暫くは適当にやりすごしておこう。外に出ると、色々な人がそれぞれの思惑で関わって来る。それは仕方の無い事だ。一々気にしていられない。それなりに対策のしようもある。本気で社会復帰を考えるからには、こういうストレスを上手く切り抜ける気力と術が必要だ。たまにこういうストレスにもまれる事も必要なのかも知れないな。「回復=気にしないこと」ともいえるからね。人生のスパイスと思っておこう。気をとりなおして、明日も頑張ろうっと。
Jan 5, 2005
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そろそろ社会復帰に向けて勉強をしなければならない。と言っても、何をするかが問題だ。「社会復帰のために資格をとろう!」と言っても、資格をとれば良いというものではない。年齢を考えると、資格なんて経験の裏づけくらいの意味しかない。それに、資格もピンからキリまで色々で、確実に食っていけるものなんていうものはそうそう無い。結局、傷病明けにどのように仕事をするかという将来のビジョンが無いと、準備もできないという事なのよね。あとは、「仕事はともかく、興味があるから勉強する」という発想で頑張るなんていうのもありかな?さて、私がやって意味がありそうな事は:経理関係の勉強 これはやっておくべきだ。 とりあえず、日商簿記は持っているので、これから資格を取ることを考える必要はないだろう。税理士や会計士をこらから勉強するのは得策じゃないからね。 但し、現場を離れて随分たつから、最新の1級の「商業簿記」の教科書くらいは目を通した方が良さそうね。法律が変わると処理も変わっちゃうから、この辺りはやらない訳にはいかないな。「工業簿記」や「原価計算」は、忘れていそうなところをみなおしておけばいいだろう。情報処理 確かに、傷病休暇直前の3年くらいはコンピュータに関係する仕事をしていた。しかし、資格をとる意味があるだろうか? まず、この手の仕事は、資格が無ければ仕事ができないという訳ではない。さらに、今後、こういった仕事を続けていけるかという疑問もある。子供がいて残業ができない私に、コンピュータ関係の求人が有る訳がない。そうなると、将来的にあまり意味がない気がする。 だが、「けじめ」と考えてやるのなら意味がある。「自己破綻に至るまで ~鬱のはじまり~」に書いたとおり、仕事の成果を無視された事が病気の原因の1つになってしまった。今更、会社で認められたいとも思わないし、無理な事も承知している。とはいえ、自分の中で、納得できない部分も確かにある。ここで、この資格を取ることで、今までやって来た事の成果を形にする事ができる。そういう意味では、勉強する価値はある。FP(ファイナンシャルプランナー) これまでの経験や、これからの仕事と無関係ではない。さらに、興味もある。やっておいて損はない。だが、急いでやるほどのことでは無い感じがする。社会保険労務士 これまでの経験から考えると、確かにとって無意味ではないが、とらなければならないものではない。情報処理と同じで、資格が無ければできない仕事ではない。年中法改正があり、勉強に手間がかかる事を考えると、敢えて今やる必要があるだろうか?と思える。宅地建物取引主任者 これまでの経験とマッチするとは思えないが、かなり興味がある。子どもの頃から不動産は大好きだ。「いつか勉強しよう!」と思いながら、今日に至ってしまった。折角時間ができたのだったら、ここで勉強するのは悪くない 今後の投資計画を考慮すると、かなり意味があるし、主人の手助けにもなる。不動産業をするからには、この資格を有する者を雇わない訳にはいかない。パートで働くとしても、このような資格を有しているか否かは大事と思える。登録の際、健康面に問題が無く、正常な判断力がある事をお医者様に証明して頂く必要はあるが、今の自分の状況から察するに大丈夫だろう。英語 はっきり言って、勉強しても通訳や翻訳で食べていけるほどの力を今から身につけるのは無理だ。世間で騒ぐほど重要ではない。世界で通用する為に必要な語学力と基礎学力がどの程度のものかはさんざん見せ付けられている。他にやる事があるなら、敢えて優先して勉強する事ではないだろう。こういった事を考慮して、「情報処理」と「宅地建物取引主任者」にはトライすることにした。「情報処理」は、4月にダメなら諦めよう。経理関連の勉強は、秋以降でも遅くはない。上手く全て合格できれば、「経済」「法律」「技術」の資格を有したことになるな。若い頃の予定通りじゃないか!なんて、いきなり合格する事を考えるとは、なんて図々しい私。とりあえず、今年1年は勉強にあてよう。少しは気がまぎれるから良いだろう。やっぱり、目標を持つ事が大事。
Jan 4, 2005
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今日は後楽園で「スーパーヒーローショー」を観た。かねてより子供と約束していたので、親としてはその約束を破る訳にはいかない。女の子なのにヒーローものが好きとは、血は争えないな。まずは。「デカレンジャーショー」の整理券を貰ってからチケットを買う。チケットは、お得な「デカレンジャーショー」と「スーパーヒーロー&ふたりはプリキュアワールド」のダブルチケットにした。正月ということで、どのアトラクションも大賑わい。去年はショーのタダ券をGATしたのだが、今年は乗り物券しか手に入らなかった。どの乗り物も、子供が小さすぎて乗せてもらえない。結局、メリーゴーランドに子供と2人で乗っただけだった。(主人は写真係なので乗らない)ジェットコースターに一人で乗ってもつまらないので、乗り物券が異様に余ってしまった。3月まで有効だから、それまでにどうするか検討しよう。ショーは、どれも面白かった。TV出演しているタレントさんの舞台挨拶なんかもあって、楽しかった。子供も大喜び。写真も随分とった。良い思い出になるだろう。去年も3日を後楽園で過ごした。恒例行事になりつつある。鬱にしては、精力的に正月を過ごしたな~。復帰へのリハビリって訳ではないけれど、みっちりスケジュールをこなした感じ。でも、物凄く疲れた。明日は、私は通院で、主人と子供はゆっくり休養の予定。いよいよ、2005年の活動が始まるんだな、という実感がわいて来る。頑張ろう。
Jan 3, 2005
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今朝一番で体重を測ったら、0.5kg減っていました。結局1kg増だった訳ですね。まあ、そんなもんでしょう。今日は、予定通り主人の母と墓参りをしました。墓は鎌倉にあります。太陽の光をもろに受けながらのドライブで、頭痛になりました。乱視なので光がつらいのです。いつも、「次はちゃんとサングラスを持とう!」と思うのに、朝のドタバタで忘れてしまいます。しかも、(こんな事を言ってはいけないのですが)義母の香水だかクリームの香りが強すぎて、頭がクラクラしました。まさか、そんな事はいえないので我慢し続けましたが、車という狭い空間で、あれはちょっと堪えました。。。「い、一刻も早くここから逃れたい。。。」そんな気分でしたが、例のごとく、昼食後に義母の家に立ち寄りる事になりました。共通の話題などそうそうありませんから、結局TVをつける訳です。私に選局権が与えられたものの、正月にやっている番組といったら、再放送かお笑い番組くらいです。仕方なく、お笑い番組をつけておきました。適当に皆で笑って、やっと主人が帰ると言い出してくれてホッと胸をなでおろしたその時、画面にヒロシが登場してきました。私は帰りたいのも忘れて見入ってしまいました。「ヒロシです。。。」と言った後、自虐ネタを次々に披露するヒロシ。私は「この人ってスゴイよ」と思ってしまいました。自分に不運がふりかかると、つい文句を言ってしまうし、挙句私など鬱にまでなってしまいました。でも、彼は自分の愚痴をネタにブレイクしています。これですよ、これ!!!この精神が大事なんです。鬱になった当初、会社への恨み辛みで頭がいっぱいだった私は、会社と社員のトラブルに関するニュース記事や書籍が目に付くと、読まずにいられませんでした。そんな時、一冊の書籍と出会ったのです。購入しなかったのでタイトルまでは覚えていませんが、その書籍を本屋でパラパラと流し読みしたその時、私は何か答えを見つけた感じがしたのです。内容は、会社で理不尽な待遇をされた方々がおこした裁判の顛末等です。その作者もリストラにあった方の一人でした。ここで注目したいのは、その作者が、リストラにあう事を事前に予想し、自分の不利にならないようにしっかり準備をして待っていたと言う事と、更には、それをネタに本まで出版して飯の種にしてしまった事です。それまで私は、自分の事を不運で哀れな人間と思っていたのですが、そもそもその発想が間違っていたのです。何事も経験です。一見不利に見えることも、ネタと考えればかっこうの材料なのです。自分を哀れむより、そうやって考えたほうが余程建設的だ、と私は思いました。自分に力があれば、それを元に稼げるのです。要は自分次第という当たり前の事に気が付いたのです。それから数ヶ月、理屈では理解できても心がついてこないので、ひたすら精神状態が落ち着くのを待ちました。そして、「そろそろ大丈夫だろう」と思ったときにホームページをたちあげました。私には、その本の作者ほどの力はありませんから、稼ぐ事までは考えられませんでした。でも、自分の出来る範囲で、不幸な出来事によって知り得た知識をまとめてみようと思った訳です。出来る事といって思い当たったのは、ホームページ作り位なものでした。それが、このサイトのトップページにリンクしてある「うつ病お役立ち情報」です。できばえがどうかは解りませんが、やって良かったと思います。お陰で、大分自信を回復できたし、頭の中を整理する事もできました。こうして楽天に参加する事も、このホームページを作っていなければ考えつきませんでした。こういった作業をする事で、ここまで回復する事ができ、将来のことも考えられるようになりました。鬱になった当初、私に欠けていた精神はまさにあの「ヒロシです。。。」という発想だったのです。嫌な事や、不満を持ったとき、「ヒロシです。。。」という一言を思い出して、「これも1つのチャンスなんだ」と考えられるようになれば、私も鬱とおさらばできるのではないか、そんな風に思うのでした。
Jan 2, 2005
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あけましておめでとうございます。ああ、とうとう年が明けてしまいました。。。天気が良いので、とりあえず洗濯をしました。「新年早々こんな事して。。。」なんて思って周りを見渡したら、結構皆洗濯していました。やはり、太陽を見るとやりたくなるんでしょうね。洗濯をしている間に「お雑煮」を作りました。野菜と餅を白だしで煮ただけですが、非常に美味でした。やはり正月一番の食事は「お雑煮」です。その後、コンビニでお金をおろしました。勿論、お年玉の為ですよ。病気とはいえ、祖母と母にお年玉のひとつもあげたいじゃないですか。大人相手だとあんまりケチれませんから、結構な額です。でも、今まで受けた恩を考えれば小さなものです。このくらいはさせて頂かないといけないでしょう。お年玉の準備をしていたら、主人も一緒になってお年玉セットを作り出し、私にも1セットくれました。有難いことです。今日はとりあえず、私の実家へ挨拶へ行きました。やはり親戚から子供にお年玉がありました。金額を確認して、主人と2人で、「お年玉、用意しておいて良かったねぇ」とちょっと胸をなでおろしてしまいました。私の方では、子供はうちの子だけなので、単価が高いのでした。食事も随分食べました。昨日から食べすぎで胃もたれしていたにも拘らず、沢山食べてしまいました。いつものことながら、あの家には食べ物があり過ぎです。揚げ物や肉や菓子類など、ありとあらゆる肥満の原因が陳列されています。思春期に私が太ったのは、この家のこんな食生活にあったのだと今も思っています。弟は今でも太っています。医者から注意が出て、今は少し痩せましたが、それでも太っていると私は思います。そう言う私も今日は怖くて今日は体重計に乗れません。ちなみに、昨日の時点で1.5kg太っていました。。。でも、正月明けたら又痩せれば良いんです!!!正月から小さなことを気に病んでも仕方ありません。ちょっと走れば大丈夫でしょう。明日は、主人の実家と墓参りです。寝坊できません。半年前までは、寝坊どころか眠る事すら出来なかったんですね。それが、「寝坊できません」なんて言える様になって、本当に良かったと思います。家族が休みに入って、「もうちょっと寝ていよう」なんて考えられる自分が嬉しくて仕方ありません。単なるダラケなんですが、そんなことすら出来ない時期があったんです。こうしていられる今この瞬間が本当に幸せです。今年は、社会復帰の準備に費やします。結果はどうあれ、今出来る事をしておきたい、と思う今日この頃です。皆様にも、今年が良い年でありますように、心からお祈り致します。
Jan 1, 2005
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