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昼前にアトリエへ行った。今だ、小雨の降る日、なんとしても今日こそは掃除をするのだ。一面の菜の花、ならず。一面のカメムシ。雨漏りの染み。散乱した額、絵具、木材、スケッチブック。少しづつ在るべき所に整理していく。絵具は100円ショップの薄いプラケースに整理。大型イーゼル2台、小品用イーゼル1台、デッサンイーゼル1台。所定の場所へ。小品用のイーゼルの場所を大作用の場所に、これで広い無駄な空間が出来た。実はこれが本当に気持ちいい。生活空間には絶対無駄な空間が必要だと感じた。どうだ、僕にもお方付けが出来るんだぞ!10号の風景を描き始めた。古い日本の家、数寄屋造りの家、注文制作。下塗りだけで4時間掛けている。注文だから、しっかり描き込んで渡したいからだ。やっと絵描きの生活に戻った気分だ。来年の春以降、神戸での個展がなくなったせいで、気持ちも楽に絵が描けそうだ。そう、絵を描く事だけに専念したいんだよ。やっぱり絵描きだから。
2003/11/30
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昨日からうち降りて止まぬ 晩秋雨。今日もひねもす 我をとどめぬ。グループ展の案内状も500枚も越えれば一日では終わりません。30枚づつ葉書を挿し込み、挿し込み。予定していたアトリエ掃除も、車の選択も結局出来ずに日はとっぷりと暮れ。予定は予定と言い聞かせ、明日がある差明日がある。計画を立てて実行できないのって、昔から。小学校の夏休みの計画表も出来たためしが無かったのだから致し方なし。大人になってもこれでは自己嫌悪でござる。
2003/11/29
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グループ展の案内状を今印刷している。500枚ほど刷る予定。展覧会の案内状なのに絵が何処にも無い。これもまたいい。個展だと、やはり絵を入れないといけないけれど複数の人間でやるグループ展の場合は、これも良いものだ。一人一人の作品や顔が見えないことで作品への興味も湧く、その反面何の展覧会か判らない事もある。顔を見せる事の良し悪し。作家は作品だけ見せて、顔は出さないほうが良いのか。イメージ壊れるときもある。僕は出来るだけ顔出さないように奥のほうへ引っ込んでいる。作品とのギャップでイメージを壊さないように、只恥ずかしいだけかもしれない。
2003/11/28
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先日、神戸で画家の先輩夫婦と話す機会があったのだけれど、その時の話の中によく出てきたのが画廊〔画商〕と画家の関係と言う事だった。画家は絵を描く者。画商は其れを売る者。一般的にはそう考えられる。本当にそれだけなのだろうか。画商に育てられる画家、画商を育てる画家。そんな関係もあるのではないか、ということが話題に上った。僕は今までそんな事は考えもしなかった。只画家は自分の求めるものを描いていけばいい、それだけでいいのだと考えていた。だから敢えて画商に近づく事もしなかったし、画商に関しての知識も無かった。だが、この世界に居ると嫌がうえにも其の事にぶつかってしまう。避けられない事がある。どうせ避けられないのなら、自分の絵を解かって貰える人に託したいと考えるようになってきた。売れる売れない、其れも確かに大事な事なのだけれど、僕にとって一番大切なのは人間同士の信頼や理解。其れが無いと居心地が悪くなる、逃げ出したくなってくる。絵描きは自分の描いた絵で食べていかなければならない。商才のある絵描きは難なく生きていく。あいにく僕には其れが無い、個展会場でも知らない人が来ると逃げ隠れしてしまうほどの臆病者だから、始末に終えない。画家って何なのだろうね。判らない事が多いのだけれど、一つだけは確実に言える。臆病な躁鬱の道化者。又訳のわからないことを書いてしまった。反省。
2003/11/27
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三田の皆さん有難うございました。来ていただいた皆さん有難うございました。kouichi君最終日有難うございました。昨日最終日でした。朝から体調が悪く、来ていただいた方にも声をかけることも出来ないほどでした。今日はゆっくり休ませて頂きます。ゆっくりゆっくりUPします。スケッチ旅行、個展、武蔵美のパーティなど。この1ヶ月で体力使い果たしてしまいましたが、逐次充電しつつ。何しろ楽天のHPは僕の唯一の癒しですから。
2003/11/26
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新世紀美術教会の恒例スケッチ旅行です。腰痛は今だ完治に至らずとも、かなり楽になったので。皆さんを乗せて3時間半の道程を走っていきます。車でポイントを廻るので、腰の負担も軽くすみそう。何十枚描けるかギネスに挑戦します?明日5時起床。6時アトリエで準備して、7時出発します。いいのが出来たらUPしますぞ。
2003/11/21
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歩くのが精一杯の状態。重いものを持った訳でも、無理な姿勢でいた訳でもなく。 だったのですが、幾人かのご好意に寄って、搬入が終わりました.ありがとうございます.ご心配をお掛けしましたが、何とか.明日から宜しくお願いします.
2003/11/19
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中々先に進まない。デッサン1枚に、4日もかかって結局大失敗。なんだかんだで、少し腑抜けになっているかもしれない。明日があるから。出来なくても良いよ。頑張って何か見つかれば、明日に繋がるから。全て出し切って何も残らないより、出し切れない不甲斐なさがいいのかもしれないし。ずっと続いていくんだよなぁ、コレが僕の仕事。僕には結局、これしかないのだから仕方が無い。明日はいい日記が書ければいいな、良い絵が描ければ日記も良くなる。そう信じていい夢見ましょう。
2003/11/18
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昨日、新世紀神戸秋季展が終わった。新人3人が受賞した。僕が新世紀展に初めて作品を出したのが14年前。その時の僕の作品から比べると新人の作品のどれもが群を抜いて素晴らしい。具象も抽象も関係なく、絵画とは経験とセンスと思いの深さだと考えている。喜び、悲しみ、苦しみ。それらの一切の事が作品の糧になるのだと考えている。「負けない事」 自分に。
2003/11/17
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幾日ぶりかの日記。何を書いていいか判らないままに、キーボードを叩いています。僕の中の時間の流れが、回りの時間の速さに付いて行けない。そんな気持ちがずっと続いていました。やまぬかぬさま白い霧の中わだの身を包んでくらせ明日から。又明日から。始めましょう。明日もヨロシク。
2003/11/14
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民主躍進、2大政党時代到来か?テレビと新聞が連呼している。政治自体に興味は無いが、自分の乗っている船の船頭は気になるもので。やはり毎回投票所には行く。行ったら投票するが、自民であろうが民主であろうが関係ない。地方区が民主、比例区が自民。又その逆もありうる。共産党。社民党。保守新党。公明党。特に共産党と社民党は政権に参加する可能性は無い、無ければ意味がないし、与党の政治的暴走の歯止めになれる党ではない。特に社民党は土井さんがだめにしてしまった。国民の側に立つべき党が国民から離れ、拉致疑惑の問題では北朝鮮に荷担していた。今の日本には左の政党は共産党だけで良い。保守4党、革新1党の構成が望ましい。今回の選挙結果は政治家にはかなりキツイ国民の制裁だったといえる。うかれるな!まちがいない!〔永い秀和)牛君も気をつけて(パペットマペット)
2003/11/09
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僕は23年前と17年前死に掛けました。両方とも負の選択をしてしまった訳です。ところが運良く?生き延びてしまいました。今でも色んな十字架を背負い続けながら、それでもやはり。生きている。生きているからこそドラマが生まれ、様々な未来が見えてきます。この地上の不幸な人たちに比べたら、自分が痛いとか苦しいとか、そんな事とても言えないほど幸せです。悲しみや苦しみや痛み。喜びや夢や愛。生きているから。感じられる。そう今は思っています。だから僕は生きている事に感謝しています。だから、精一杯生きて死んだ人を心から愛しています。I died almost ago (23 years and 17 years). Both have carried out negative selection. However, it is lucky and has survived. It is a mist beam, continuing being charged with amany cross even now. It is alive. A drama is produced just because it is alive, and various future can be seen. It is so fortunate that it cannot say with such a thing that it is painful with he being painful if compared with the unhappy persons of this ground. Sadness, pain, and an ache. Joy, a dream, and love. Since it is alive 。It is felt. I think so now. Therefore, I appreciate that it is alive. Therefore, it lives as hard as possible and the dead man is loved from the bottom of his heart.
2003/11/07
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アトリエで制作していたら、携帯が鳴った。神戸の知人からだった。「昨日○○さんが亡くなられたのよ、昨日お通夜で今日がお葬式だったの」余りに突然だった。その方とは3年のお付き合いになる。僕の絵を気に入ってくれてその方のギャラリーで毎年企画展をやらせて頂いている。その方の病気は知っていた。来年はもう個展は出来ないだろうと考えていたが、余りに早い死の知らせだった。「○○さんね、今度の貴方の個展の事を最後まで気にしていらっしゃった。土日の会場のお当番出来なくなった、絵が見れない事なんか、最後まで・・・」言葉が出ない。何で早く言ってくれなかったんだ!そんな思いだけが頭の中を駆け巡っていた。○○さんは、先月のあじさいギャラリーの個展会場にご夫婦で来られた。「来月のうちでの個展、楽しみにしていますから、土日は私がお当番しますから、安心して頂戴」やつれた○○さんは、明るい笑顔だった。その笑顔が頭から離れない。僕は、追悼の為の絵を描く決心をした。ミレニアムギャラリーの壁に掛けよう。きっと喜んでくれる。
2003/11/05
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ぼんやりと、唯 無為に一日を送る。朝露にひしがれる露草に気付かず。青く澄んだ空に流れて行く羊雲を観る事もせず。今、西の山に蔭って行く松露の色さえ感じぬままに。今日僕は果たして昨日のままに夜を迎えてしまった。
2003/11/04
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もしも100人の村だったら?そんなはず無いよ。日本だけでも1億軽く越えてるんだよ。単純な統計学的人間分析なんて、屁だね。僕と誰を一緒にする気だい?何万人もの個をひとくくりにするなよ。社会だってそうだ、100人の村じゃない。1000人死んだら一つの町はなくなっちゃうんだよ。それでも100人の村には何の変化も無いはずだ。100人の村にとって1000人なんて住人の1人にも当らないんだから。100人の村で僕たちを納得させちゃいけないよ。下らない反論をしている僕は100人の村の住人にはなれないな。
2003/11/03
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学生の頃。吉田拓郎の歌に「ペニーレーンでバーボンを」と言うのがあった。東京の大学に入ったものだから、早速原宿へ行った。ペニーレーンは実存しているのだ。行く筋かの路地を巡ってガラスの壁に囲まれたペニーレーンを見つけた。そこでバーボンを飲むのが目的だ。高校時代からの夢がやっとかなう、その瞬間がきたわけだ。ガラスの壁越しに中の様子をうかがってみる。まるで片思いの女を見張るストーカーである。イカにも拓郎が飲みに来そうな洒落た店だ。早速入って、バーボンを注文した。確か300円ぐらいの値段だったと思う。その頃、トリスバーと言うのがあってハイボール(ウイスキーの炭酸割)が170円だった。一杯のバーボンを1時間掛けて飲んだ。僕の積年の思いは達せられた。付きだしの分とバーボンの代金500円を払ってペニーレーンを出た。向かい側にある養老の滝に入り、焼き鳥を食べながらチュウハイを飲んだ。飲みながら、ペニーレーンで飲んでいた自分をじっとかみ締めていた。田舎者とはこんなものなのだろう。あれ以来、ペニーレーンに行っていないが、まだ原宿にあるのだろうか。いつの間にか、原宿よりも東十条が似合うようになってしまった。
2003/11/02
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