箕島(和歌山)は18年ぶり9度目のセンバツ切符をつかんだ。1979年の
「地元のお年寄りファンの方からは『甲子園は死ぬまでもうないと思ってたよ』
と喜んでいただけました。新しい歴史を作りたい」
と決意も新たにした
。(日刊スポーツ)
箕島高
---、懐かしい名前だ![]()
ボクは箕島高の強かった時代(1970年代)、特に 島本講平
・ 啓次郎
の兄弟
がいた頃のことを思い出す。そして2人とも、後に 近鉄バファローズ
と深い関わり
をもつことになった。
70年センバツの決勝、箕島高は延長12回の末、北陽高をサヨナラで降し
優勝した。同時に端正なマスクの島本講平に女性ファンが殺到した。
記憶が定かではないけど、サヨナラ打はライト線に飛んだ当たりだったし、
打者はエースで4番打者の島本講平だったと思うが・・・。
島本講平
南海から1位指名を受け、 野村克也
監督(現・楽天監督)から
「チームに人気がないから、島本で人気アップを狙う。来てくれるかな?」
と誘われ南海ホークスに入団。だがほとんど出場機会がなく、5年後に
西本幸雄
監督が率いる近鉄バファローズに移籍した。結果このことが幸いし、
近鉄ではレギュラー獲りに成功した。wikipediaによると、近鉄時代の島本は
南海に対して「見返してやりたい」といった強い意地を持っていたらしい。
弟の 島本啓次郎
氏。
73年夏、箕島高は甲子園に出場したが、この時は初戦で丸子実高に敗退した。
大学は法政大に進学。 江川卓
氏や現・法政大監督の 金光興二
氏らととともに、
「花の(昭和)49年組」
と呼ばれた。77年秋、ドラフト6位で読売に入団したが、
80年金銭トレードで、兄・講平のいる近鉄バファローズに移籍した。
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