3/31 〆日 間違えて間延びしましたので 先日の浅草七不思議
その二を載せます。お暇ありましたら覗いてください。
「下谷神社と稲荷町」
西暦730年(天平二年)奈良の法隆寺に阿弥陀(あみだ)三尊像が
できたころです。国内の諸国(しょこく)を平定し 知・勇・仁に優(すぐ)
れた神様として上野忍ヶ丘の地に大年神(おおとしのかみ)と日本武尊
(やまとたけるのみこと)の二神をお祀りして「正一位下谷稲荷神社」とし
この時からこの町を「稲荷町」というようになりそして明治五年に「下谷
神社」と改めたようです。その後大正十二年の大震災で焼失(しょうしつ)
したので これを機に昭和三年に現在のところに移したとあります。
昔の寛政十年(1798)江戸で初めての「寄席」(よせ)が ここに
できて寄席発祥の地でもあります。今も誇れる私達の「粋とイナセ」な
下町文化は200年も前に根づいて上野・浅草界隈から樋口一葉・
正岡子規が輩出(はいしゅつ)しています。境内には子規(1867~
1902)の句碑があります。
寄席はねて 上野の鐘の 夜長かな 子規
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kororin912さんコメント新着