PR
Free Space
Freepage List
Calendar
Category
Keyword Search
Comments
8カ月で生母と別れ、5歳で養子となった五十嵐健治は、一攫千金を夢見て16歳で家を出た。日清戦争の軍夫、北海道のタコ部屋暮らし、三越百貨店の宮中係と、波瀾万丈の道を歩んだ彼は、キリスト教信仰に目覚め、人の垢を洗うクリーニング業に辿り着く。日本初のドライ・クリーニングの開発、戦時中の宗教弾圧との闘い。熱烈な信仰に貫かれた、クリーニングの「白洋舎」創業者の生涯。
誰もが知っている 白洋舎 の創立者の一代記です。
そして
キリスト教の信者の話じゃなきゃ書く気がしないらしい
三浦綾子さんの著書です。
と、いうことで主人公は もれなく信者
なわけですが
もともとキリスト教の家に生まれたわけではなく
思い立ったらすぐ行動していた無鉄砲な若者時代に縁があって
洗礼を受けた人らしいです。
この無鉄砲さというか破天荒さは如何に明治という時代背景だったとしてもなかなかいなかったのではないかと思うほどすごい。
家の事情で実家から近い家に養子に出されたあたりは
本人のチョイスではなかったわけですがその後奉公先をしょっちゅう変え、大きすぎる大志を望んで
一文無しで東京へ向かったり。
文字通りの一文無しだから走って目的地まで行って、
飛込みで仕事を探してそこでしばらく働いて
お金ができたあたらりでまた移動するようなことをしたり。
長続きしなかったり大きすぎる願望を持ったりすることはあっても
働いている間はどこでも重宝されるほど良く働いたようですが
良く働いただけではなかなか辞めるときに引き止めてもらえるほどまで
いかないものでしょうからきっと頭の回転の速い気の利く、
人当たりの良い人だったのでしょう。
頭の回転が速すぎて無鉄砲という形で現れていたような。
その後いろいろあって白洋舎を創立しさらにいろいろあって
事業を発展させていくのですが
転機となることが次から次へと起こるような感じです。
全部実話としたら 本当に神様のお導きかと思っちゃうくらい
ですが無信心なワタシ的にはこの人の人柄そのものが
色々なことを呼び込むタイプだったのではと思います。
無鉄砲も裏を返せば実行力であり情熱でもあるわけですからそのエネルギーはきっと人を呼び寄せる魅力があったんじゃないかと。
別にそれを神様のおかげにしても本人がそう信じているなら
それでいいのですが、文中
"こんなことがあったが、それはおっ経続くための試練だった。
神様のお導きだった"
などという記載を見ると"思し召し"は すべて結果論
なんじゃないかなと思います。
もちろん上手くいかなくて一家離散するほどの悲惨が仮にあったとしても信者の人は"神様の思し召し"としてありがたがるのかもしれませんが。
あと、どうしても宗教関係で納得がいかないのが布教活動。
どうして同じ考えを広めなくてはいけないのでしょう?
しかも"自分のところの神様を信じないのは罪である"と決め付ける"原罪"。
どうしてその神様だけじゃなければいけないのか?
自分が何を信じようが崇めようが勝手ですし、
困っている人を助けたいなら助けたらいいと思いますが
自分と違う思想の人をすべて"罪人"あつかい
するその考え方
はっきり言って 失礼千万。
やたらと説教くさかったりキレイ事すぎるきらいはありますが
三浦綾子さんの作品の中では
説教度6くらいだと思います。(10段階評価)
慈悲海岸 曽野綾子 Oct 16, 2024
ピリカコタン 中井貴恵 Oct 2, 2024
七色の海 曽野綾子 Sep 27, 2024