「チベット密教の神秘」
<2> 快楽の空・智慧の海
正木晃 /立川武蔵 1997/03 学習研究社 全集・双書 135p
★★★★★
「チベット<歴史>リスト」 の「サキャ派をよく知るために」には、二冊の本しかリストアップされていない。一冊は 「西蔵仏教宗義研究第一巻サキャ派の章」 であるが、もう一冊がこの本である。もともと4大流派と言われながら、チベット中世において一時代を築いたサキャ派についての日本語文献は相当にすくないと見てよい。
この本において、正木晃が1995年にツルティム・ケサンなどとチベットを訪れた際、チベット玄関口のコンカル空港の近くで偶然に発見した、サキャ派寺院の奥の院を写真に収めるという作業が行われて、ようやく白日のもとに出されたことがレポートされている。しかし、このコンカルドルジェデン寺についてのレポート以外は、かなずしもサキャ派に限ったことが書かれているわけではない。
東壁の母タントラ系のホトケたちと西壁の父タントラ系のホトケたちの描き分けは、すこぶる明瞭な意図のもとに行われている。 (中略)
父母の両タントラを対立させたうえで、北壁のヘーヴァジュラによって統合止揚するという意図である。
興味を引くのは、東壁・西壁ともに最も入口に近いところに、それぞれブータダーマラと大輪金剛手配した点だ。この調伏に向いた熾烈な霊力をもつホトケたちを駆使して、イダム堂という聖なる空間に、邪悪な存在が侵入してくることを防ごうとしたゆえの措置だったにちがいない。
(中略)
南壁の西壁寄りには、ニンマ派のイダムが二体描かれているが、カギュー派が主に母タントラ系のタントラを奉じたことを勘案すると、東壁にはカギュー派の派のイメージを投影することもできる。これで東・南・西の各壁に、カギュー派・ニンマ派・ゲルク派の三派すべてを象徴させたとみなし、そのうえでどれら三派をことごとく、北壁のヘーヴァジュラに象徴されるサキャ派の教えに帰属させるという構図がみえてくる。 p99
先日、ふと思いついて、私は こんなことを書きしるしていた 。
「チベット密教には、ニンマ派、サキャ派、ゲルク派、カギュー派と、大きな4つの流れがあるが、これらは、あくまでも、ひとつのチベット密教という大きな部屋(寺院)の、それぞれの東西南北の入口のようなものだ。一つの入口から入ったからと言って、他の入口から入った場合と、まったく別な世界が展開されるというわけでもなく、シームレスでどこかでつながりあっている。しかし、それでもやっぱり、東西南北のどこから入ったかで、少しづつ視角や視点が微妙に違うようだ。そして、これらは、ついには「統一」されることはないのだ。」 2008.10.05
この実感がまさにこのサキャ派の寺院の奥の院で展開されていたということになる。以前この本を読んだ時に、私の脳裏のどこかに書き込みされていたのだろうか。
サキャ派独自の教説である「道果説」では、密教の修行においては、解脱を求めて修行を重ねていく過程=「道」に、すでに悟り=「果」が実現していると説く。その典拠となったのは、あらゆる密教経典(タントラ)のなかでも最も性的なメタファーに富む「ヘーヴァジュラ・タントラ」で、「道果説」はインドの大成就者として名高いヴィルーパ(チベット語ではビルワパ)がその創始者とされている。 p30
サキャ派は、継承においても独自の方式を伝えてきた。サキャ派の継承は血統第一であった。すなわち、歴代の総帥はコン氏の嫡流が継承してきたのである。親子の相続、ときにはおじ甥の相続もあった。そして、原則的に歴代の総帥は妻をもち、その下に生涯にわたって童貞を保つ出家者の集団がいて、総帥の指導に従うという形態がとられてきた。その総帥を「サキャ・コンマ(サキャ統領)」という。 p31
サキャ派の全盛時代は、13世紀の中頃から百年近く続いた。しかし、14世紀の中頃になると、サキャ派は失政をくりかえすのみならず、内部の権力抗争が激化した結果、チベット高原の主導権ははカギュー派に属するパクモドゥ派に移り、元王朝の没落によってそれは決定的になった。
サキャ派が衰退した原因は血統第一の継承方法にもあり、人材が払底してしまった感があった。 p32
サキャ派を語るとき決して欠かせない最大の要素は、その政治上の地位であろう。 (中略)
パクパはモンゴル=元の皇帝となったフビライ汗の帰依を受け、彼にヘーヴァジュラの潅頂を授けることに及んで、サキャ派の総帥とモンゴル皇帝の間に授者と施主の関係が生まれ、施主からの布施として、サキャ派にチベット高原の支配権が捧げられたのである。
p31
p105以降の第三章においては、立川武蔵が「ヘーヴァジュラ・マンダラの観想法」を30ページにわたって書いている。この部分については、いずれ精読することとし、今回メモすることは割愛する。
チベット本は、きわめて絵画的に目を奪われる本が多いが、この本もまたその類にたがわず、本文そっちのけで、画像に映し出されたマンダラの世界に引きづり込まれていってしまう。
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