
「サキャ派をよく知るために」 <総括>
サキャ派の研究は、残念ながら、まだあまりすすんでいない。一般向けの書物としては、「チベット密教の神秘 快楽の空・智恵の海」がほとんど唯一で、同書は、サキャ派全盛時代の基礎を築いたサキャ・パンディタがのこした教訓詩集で、チベット人全体にとってかけがえのない精神的な糧とされてきたものである。
「西蔵仏教宗義研究 第一巻 サキャ派の章」はゲルク派の学僧トゥカンが、インド・チベット・中国などに誕生した仏教諸宗教の歴史と教義を総括した書物「一切宗義」のうち、サキャ派を論じた部分の邦訳・注訳・解説であり、第一究の史料として定評がある。
「裸形のチベット」
p274
となっているが、一部原稿の脱落があるようで、意味が通じないところがある。ほぼ同じ内容だが、 「増補チベット密教」 の「サキャ派」のほうが、より正確なようだ。
サキャ派の研究は、残念ながら、まだあまりすすんでいない。一般向けの書物としては、「チベット密教の神秘 快楽の空・智恵の海」がほとんど唯一で、同書は、サキャ派に属するコンカルドジェデン寺の密教図像群を紹介するとともに、ヘーヴァジュラの観想法を論じている。「智恵の言葉 サキャ・レクシェーの教え」、同じく「サキャ挌言集」は、サキャ派全盛時代の基礎を築いたサキャ・オパンディタが残した教訓詩集で、チベット全体にとって、かけがえのない精神的な糧とされてきたものである。
「西蔵仏教宗義研究 第一巻 サキャ派の章」はゲルク派の学僧トゥカンが、インド・チベット・中国などに誕生した仏教諸宗教の歴史と教義を総括した書物「一切宗義」のうち、サキャ派を論じた部分の邦訳・注訳・解説であり、第一究の史料として定評がある。
「増補チベット密教」
p248
ほとんど同じ内容であるはずなのに、「裸形のチベット」では、かなりの原稿が脱落してしまったようだ。意味が通じないばかりか、 「智恵の言葉 サキャ・レクシュー」 と 「サキャ格言集」 が抜けていたのは、誠に残念である。当ブログは、まず「裸形のチベット」の 「チベット<歴史>深読みリスト」 を中心に読書を進めてきたので、この二書が抜けていたことを今になって初めて気がついた。
「増補チベット密教」の「チベット<密教>深読みリスト」はいずれ、全体を読むつもりでいるので、その時までにこの二冊を読むことにしよう。
「チベット密教の神秘」 の表紙のコピー「快楽の空・智恵の海」のことがすこし気になる。この文章は単なるコピーなのだろうか、それとも何か意味があるのか。父タントラは空を求める方便として語られ、母タントラは快楽を通じて俗なるものへと帰還する智恵としてかたられることがある。このコピーはむしろ私には「智恵の空・快楽の海」と読むことのほうがふさわしいような気がするのだが。
「西蔵仏教宗義研究1 サキャ派の章」 は上のカラー印刷のグラフィック誌とは、実に好対称的な存在感をを示している。おごそかな落ち着いたヴァイブレーションだ。すこしづつ、方便と知恵の、空と海へと、魂の解放がはじまるのだ、という金剛杵と金剛鈴のシンボルさえ連想させる。この二書、実に好対称だ。
ここで「サキャ派」をソーカツしてしまうのはあまりに早すぎるが、なにはともあれ、すこしづつサキャ派が見えてきた。文献の存在だけでなく、その系譜が存在した理由がすこしづつ紐とかれてきたようだ。
2008/10/16 追記
「知恵の言葉」 サキャ・レクシェーの教え
ツルティム・ケサンと正木晃の、互いが認める「前世の因縁」コンビがサキャ・パンディタと取り組む。解説も面白いし、挟まれているカラー写真も美しい。チベット仏教歴史の、あらたなる側面を見る思いがする。
「サキャ格言集」
ある意味毒々しいチベット密教の本を読んだあとにこの本に触れると、拍子抜けさえしてしまうほどの、あっけらかんさを味わうことになる。もともとチベットの人々が持っている淡々としたおおらかさは、むしろこの本に書いてあるような、ごくごくありふれた日常の中から生まれてきているのではないだろうか。
これら4冊を読んでみて、初めて立体的に見えてくるサキャ派というものも確かにある。あまりに難渋になりすぎる教義は、果たして、本当の仏道であるだろうか。ごくごくシンプルにわかりやすく、あまりに技を弄するような道は、私は本当のところ好きではない。the top seacret is the open seacret。密教の密教たる部分は、ごくごくありのまま生きることの中にあるはずなのである。
仏教が好き! 2008.10.23
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