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確かに、きょうだい仲良く、夫婦は仲むつまじく、といったくだりは今にも通じるという意見はよく聞く。だが、教育勅語は、天皇主権の社会像を示す一つの体系的なまとまりであり、 部分的に正しいからといって、国民主権の現行憲法下で、道徳などの教材とするのは適切ではない。
戦前の学校教育では、校長が教育勅語を読み上げる間、全員頭を下げ、不動で聞いたという。一方的に徳目を教え込む古い教育スタイルであり、 「主体的・対話的で深い学び」の実践が求められる現在の学校教育では、方法論的にも相いれない と考える。
教育勅語を教材として用いるとしても、それは歴史の授業の史料としてのみであり、道徳などの授業で教えることなどは考えづらい。 きょうだい仲良く、夫婦仲むつまじく、といったことは、他にいくらでも適切な教材がある はずだ。
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