フリーページ

2026年08月31日
XML
テーマ: ニュース(97016)
カテゴリ: ニュース
高市首相が靖国神社参拝を見送ったことに関連して、「戦死者を英霊と呼ぶな」とのタイトルで元文科官僚の前川喜平氏は、16日付東京新聞コラムに次のように書いている;




戦死者を「英霊」として祀(まつ)る靖国神社は、戦死を美化し、貴いものとすることで、国民を戦争に駆り出すことを容易にするために創出された国家的装置だった。 「九段の母」という戦時歌謡には「こんな立派なお社に神と祀られ勿体(もったい)なさよ。母は泣けます嬉(うれ)しさに」という歌詞があるが、子を亡くした悲しみを無理やり「嬉しさ」に変換する装置でもあった。

 実際には、兵隊を消耗品のように使い捨てにしたのが旧日本軍だった。

 牟田口廉也中将が指揮したインパール作戦では約3万人が死んだが、餓死が多かったという。参謀将校は「(自軍の兵隊を)何千人殺せばどこが取れる」という言葉づかいをしていたそうだ。

 特攻隊では約4千人が命を落としたが、その首謀者とされる大西瀧治郎海軍軍令部次長は、ポツダム宣言をめぐる御前会議の前に東郷茂徳外相の前に現れ「2千万人の特攻を出せば勝てる」と主張したという。

こんな戦争指導者によって無駄死にさせられたのが日本の兵隊だった。 彼らは痛ましい犠牲者だ。英霊と呼んで賛美してはいけない。
(現代教育行政研究会代表)


2026年8月16日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-戦死者を英霊と呼ぶな」から引用

 この記事が主張するように、私たちは先の戦争で亡くなった人たちを「英霊」などと呼んではならないと思います。戦死した人たちは当時の愚かな政府と威張り散らすだけが取柄の軍上層部の愚劣な戦争指導による犠牲者であることは、史実が証明していると言えます。当時の日本政府は軍隊を国外に出動させるのに、十分な食料を持たせるという「計画」は最初から無かったため、中国大陸に上陸した日本軍は、現地の民家に押し入り食料を強奪するほかはないという状況で、それも都市部にいる間はそのようにして生きていることは出来ても、インパール作戦のように熱帯雨林のジャングルを進軍するときには、そう簡単に食料にありつけるものではなかったため、大量の餓死者がでたのは当然だったと言えます。そのような無謀な戦争で犠牲になった人々の悲惨な過去を「英霊」などという虚構で誤魔化すのは、死者に対する二重の冒涜というものです。私たちはかつての愚行を二度と繰り返さないためにも、客観的な立場から史実を学びなおし、外交問題を武力で解決するという考えは間違いであることを学ぶべきだと思います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026年08月31日 01時00分03秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

佐原

佐原

コメント新着

捨てハン @ 潰れそうな新聞なら東京、朝日、毎日が挙がるかなぁ >全国紙は世論のありかを明らかにし、国…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: