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戦死者を「英霊」として祀(まつ)る靖国神社は、戦死を美化し、貴いものとすることで、国民を戦争に駆り出すことを容易にするために創出された国家的装置だった。 「九段の母」という戦時歌謡には「こんな立派なお社に神と祀られ勿体(もったい)なさよ。母は泣けます嬉(うれ)しさに」という歌詞があるが、子を亡くした悲しみを無理やり「嬉しさ」に変換する装置でもあった。
実際には、兵隊を消耗品のように使い捨てにしたのが旧日本軍だった。
牟田口廉也中将が指揮したインパール作戦では約3万人が死んだが、餓死が多かったという。参謀将校は「(自軍の兵隊を)何千人殺せばどこが取れる」という言葉づかいをしていたそうだ。
特攻隊では約4千人が命を落としたが、その首謀者とされる大西瀧治郎海軍軍令部次長は、ポツダム宣言をめぐる御前会議の前に東郷茂徳外相の前に現れ「2千万人の特攻を出せば勝てる」と主張したという。
こんな戦争指導者によって無駄死にさせられたのが日本の兵隊だった。 彼らは痛ましい犠牲者だ。英霊と呼んで賛美してはいけない。
(現代教育行政研究会代表)
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