文豪のつぶやき

2005.09.20
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カテゴリ: 新撰組
明治二年(1869年)4月14日、明治政府軍はひとまず稲倉石まで撤退し、兵を600人から800人に増強した。
一方、土方率いる北海道政府軍は多少兵を増強したものの200人に過ぎない。
その数三倍である。
土方の戦法は、胸壁を楯にただひたすら敵が撤退するのを待つしかない。
強靭な意志で、はねのける精神力だけが武器である。
充分な準備を整えた明治政府軍は、4月23日夕、再び台場山へ兵を進める。
明治政府軍はこの戦闘でなんとか台場山を攻略したい。
そのため前よりも増して猛攻を加えた。
その銃撃戦の苛烈さは、土方隊の兵の旧式の銃が加熱して手に持てないぐらいになり、桶に水を汲んで、そこに銃身をつけて冷やすといった具合のものであった。

この頃から、土方歳三は兵士から軍神のように思われている。
軍神の指揮下においては、負けはない、と兵士たちはほとんど信仰に近い形で土方を思っていた。
土方の京での活躍はこのころの若い兵士には伝説になっており、宇都宮城攻略をはじめ東日本転戦の常勝、松前城陥落も土方に厚みをつけた。
明治政府軍を撤退させた土方はこの直後、兵士たちに酒を振舞った。
よほど嬉しかったのであろう。





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最終更新日  2005.09.20 09:14:28
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