文豪のつぶやき

2008.07.17
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カテゴリ: 時代小説
「それがしは、御用人でさえ過分の職、まして江戸家老など」
 篠原は首すじの汗を拭いながら言った。
 青木は、
「いやいや、これは篠原殿がこちらに来る前にすでに皆の者と決めたこと、今は藩存亡の時、若くて才のあるお手前でなければこの危機は乗り切れぬ。われら、老爺の時代ではござらぬ。殿さまも幼少でござる。何卒おうけくだされ」
 と頭をさげた。
 篠原は皆を見回した。
 皆頷いている。
 篠原はその任をおうけできませぬ、と固辞した。
 が、田舎の純朴な人のいい老爺のかわるがわるの叩頭についに、うけた。

 青木はそういうと、
「篠原殿、お指図を」
 皆、篠原の言葉を待っている。
 篠原は腕を組んで暫く黙っていたが、
「では僭越ながら」
 と喋り始めた。
「矢口殿は明朝使者となって、本家の米沢上杉の意向を聞いて下さい。青木殿は越後の諸藩の動向を探って下さい。とくに新発田藩を。新発田は越後でも有数の大藩ですから。押見殿はこれからすぐ藩国境へ兵を出して下さい。あわせて官軍の動向も探って下さい。加藤殿は、藩主の葬儀の準備と、藩の蔵にある米を金に変えて下さい。もし戦さになると武器を仕入れるため金がいります」
 青木等は篠原の頭脳の明晰さに舌を巻いた。
そして、自分たちがこの若い藩官僚を大抜擢したことは間違っていなかったと思った。
 篠原は首脳に細々と指図すると、
「では、お願いします。私は、これからちょっと出かけてきます」

「篠原殿、少しお休みになられては如何ですか」
 青木は思わず云った。
 藩主急逝でここ数日、篠原はろくに眠っていまい。疲労は極致に達しているはずである。
「それにこんな夜半どちらへまいられるというのですか」
「あなた方のご子息たちの所へ」

「はい、彼らの力を借りぬとどうしようもありませんから」
「いかにも」
 皆が一同に笑った。





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最終更新日  2008.07.17 08:28:33
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