文豪のつぶやき

2008.07.24
XML
カテゴリ: 時代小説
 今町を奪取した長岡軍は建て直しを図る官軍との間でしばらく小競り合いをしたが、大過なく六月を終えた。
 この頃、三田藩は篠原の命令一下密やかに息を殺していた。
 四方の藩境では砲声がいくたびも轟いていたが、
「三田藩は一切黙殺せよ」
 との篠原の厳命で、時折道をそれた砲弾が三田の田に爆裂するのを除けば平穏な日々が続いている。
 が、水面下では篠原は奔走している。
 今町が長岡藩により落とされたことにより危機感をもった官軍が三田藩に兵の要請を求めてきたのである。
 篠原はそのため長岡城にある官軍の本営まで六里の道をせわしなく往復している。
 三田藩にとって不利な事は本家である米沢藩が長岡軍に援兵を送った事である。

 官軍としてはそうであろう。本家である米沢藩が朝敵である奥羽越列藩同盟の主たる位置にあり、長岡藩に援兵を送っている。そして、分家の三田藩は物資の面では協力するが兵は出さないといっている。
 しかも、三田は北越戦争の激戦区の真っ只中にあり、地蔵峠を越えれば官軍のもう一つの本営の関原である。もし、三田藩が叛けば官軍は瓦解する。
 官軍としては三田藩に喉元に刃を突きつけられている思いであろう。
 しかし、篠原としては、藩の金蔵を引っぱたいて洗いざらい官軍に出している。
 もし、軍を出すとなれば負担は百姓にかかってくる。
 民は、ついには妻や娘を売りに出さねばならないであろう。
 天明の大飢饉にもなんとかしのいできたこの三田治世三百年の幕引きにそれだけはしたくない、という思いが篠原にはある。
 兵を強要する山県としてもこれほど北越戦争が長引くとは思っていなかった。
 理由がある。
 これより前、彰義隊は江戸上野において一日で壊滅している。
 江戸にいる官軍首脳部も長岡藩は二三日で降伏すると思っていた。

 しかも戦況は官軍にとって不利である。
(それもこれも岩村のせいだ)
 山県は歯噛みした。
(あの小僧が、河井と和しておればこういうことにはならなかったものを)
 山県は岩村の慈眼寺での河井に対する傲慢な態度を聞いている。

 山県は河井の高名は聞いている。山県ならばうまく河井を調略し、和議にもっていったであろう。しかしいまとなっては詮方ない。

 山県は篠原を呼び出すと事情が変わった、と云った。
 それにもう一つ、お手前の藩士が長岡藩に加担しているではないか、と山県は迫った。
 太子堂組の事が露顕した。
 篠原は絶句した。
 山県は巧い。
 恫喝しておいて、このとおりじゃ、助けてくだされ、兵をだしてくだされ、と頭を下げた。
 篠原は、今はやむなし、と承諾した。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.07.24 11:15:05
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: