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人 生 日 録 悪
2023年07月21日
「 私個人として 」自註( じちゅう )する人は厭( いや )だ。公の眼を掠( かす )めて非事を働く時の卑しい用語だ。
2023年07月20日
悪事を為し得ざる善人よりも、辣腕(らつわん)を持ちながら悪事を働かざるものを尊ぶ。
2023年07月19日
指に光る指輪一個からでも、その人の心の秘密が察せられる。衣服の好みや色彩、さては携帯しているものでもその人の性格一班が知られるものだ。まれにはこの人心推知の寸法を逆用して、故意に粗衣粗食で髭蓬々( ひげぼうぼう )とモッサリした風体を装うて淫蕩生活を晦( くら )ましたり、手に珠数をつまぐり口に常に念仏を絶たぬ化粧法で詐欺蓄財を蔽( おお )うたりするものがあるから油断がならない。
2023年07月17日
悪徒の悪徒らしきは尚愛すべく、その看板に免じて罪の三割を減ずべし。温良忠直らしく装うた腹黒の徒はむしろ極刑に処すべし。大きな声一ツ出して笑いもせず、蟲(むし)も殺さぬような小才子によって大事は常に過られる。
2023年07月16日
善かれ悪かれ徹底には自ら妙味がある。悪党になり切った人間には悪いながらに一種の「 力 」がある。ただ慢性的に悪化しつつあるものは頗( すこぶ )る無味殺風景だ。更に「 善 」の装飾に隠れた悪党と来ては所詮助からない。
2023年07月15日
吐くべき泥を吐かないから何時までも胸が痛むのだ。その息の臭いことったら。泥を吐け、泥を吐け。そしてスッパリとした「 男 」を見せろ。
2023年07月14日
最初の犯罪そのものは多くはあまり大したものでもない。その犯罪を覆い隠さんととする犯罪が初めて重大化する。法は法を無視するが如く、罪は罪を無視する。而して罪は太る。
2023年07月13日
人間は要するに罪悪で食っている。生活それ自体がすなわち罪悪なのだ。中には悔い改めた人と云うものがあって過去の罪悪で食っている。若い時分に人を殺した男だ、あの老体の皺に包まれた倶利伽羅( くりから )紋々を見よ。その醜い黒点がすなわち綾となり飾となって巧みに今日の紳士生活を培っている。
2023年07月12日
相手の人を心で軽蔑しながらその人に近づくことは自他を害する恐ろしい罪業だ。多くの人は心に尊敬する人には近づこうとしないで、常に賤( さげす )み侮( あなど )るものに親しく交るの性癖を持っている。光に憧れながら暗に走り、暗を卑( いやし )めながら光に背( そむ )くのを喜んでいるものだ。
2023年07月11日
伝習〈 でんしゅう )の鉄壁に隠れて古い家持が新しい借家人に君臨する処を「 ご町内 」と言い、邪推をもって他人の家庭を判じ巧みにそれを事実化して吹聴( ふいちょう )し廻るおせっかいの親切階級を「 ご近所 」というのだ。死亡失火でもあればお気に毒だと喝采して一夕( いっせき )の酒飯茶に談笑し合って賑やかなものだ。
2023年07月10日
悪い事を出来る間は十分働いて、もう余地が無くなると今度は改めて「 懺悔告白 」を売って最後の利を占めんとする。窮状は憐れむべきだが悪事の二重売なんかは買手の方が少々当惑する。
2023年07月09日
他人の前において故( ことさ )らに悪口するものはその人の意中の主なり。悪口するは秘密の関係を覚( さと )られてはの用意なり。堂々として人の表門を攻撃するもの、往々深夜私( ひそ )かに裏門より伺候するの人なり。しかるに一層交際の術に長じたるものは、大衆の面前公けに意中の人を賞揚( しょうよう )す。これ人の心の裏の裏を掻( か )きたる業なり。鉄面皮憎むべきも自衛の強きに驚かざるを得ず。裏を掻くものあり、混沌複雑なる現社会に処して、左右の人より左右の人の褒貶( ほうへん )の声を聴く、興味あるが如くにして毒味(どくみ)あり。
2023年07月08日
個人同士相対すれば首を垂れ眼を細くして恩義に泣く男でも、三人以上の前ではたちまち大きく言語態度が変るものなり。少し皮肉なのになると寧ろ公衆の前で人目憚らず泣いて見せて「 一人前の男 」を売っても、個人に接すれば冷々淡々としているのもある。
2023年07月07日
巧みに人の犬たり得るものは生活安し、米を食わず糞を喰えばなり。
2023年07月06日
小人輩に「 かげぐち 」、利己者に「 忘 恩 」は 必ずつきものだ。朝に恩に感じて泣いた舌をもって、夕に暗殺的に中傷の言を弄( ろう )する。自己に便なれば大人物であり、自己に不利なれば「 つまらぬ男 」である。雨のふる日には傘下に集って悦に入り、晴るれば逃げて同臭集って恨みの石を投げる。人の向背、人の冷熱、人の表裏、その微妙なる変転滑脱は籠の中の風車を廻す小鼠にも似たるかな。
2023年07月05日
舌に出して表現したよりも幾層倍有力に他人の秘事について「 黙語 」する人がある。第三者の前にある一人を弁護するが如くして、その実、暗示的に、悟れよがしに巧みにその人を傷ける。あたかも薪に油を注ぎ火を点じて置いて、自ら声を大きくして消止めに努める風を装うのと同じだ。
2023年07月04日
一度二三圓(えん)の小使銭を着服して味を覚えたものは必ず二度三度これをやる。すぐ常習性となって盗まねば損だとなる。露骨に罪状が知られていても公けに孔明( こうめい )せられざれば知られざるものと安心して更に呵責も何も感じない。斯(か)くて一生涯を無事に送り得ればこの世限りは幸福者で終るのだろうか。
2023年07月03日
殺人放火の大罪すら「 時効 」によって刑罰を免ぜられる。清算されたる前科者ほど美しい人間はいないのだ。況(いわん)や人情味豊かな犯罪者は必ず時効抹殺されるものだ。でなきゃ世に更生の人間が存し得ないはずだ。この意味において「 前科者 」を許すことだ。そして「 更生 」の実を示さすべきだ。どやしつける方法は他にいくらでもある。
2023年07月02日
世に「 刑余( けいよ )の人 」というのがある。それは正( まさ )しく躓( つまず )いた人だ。「 刑余 」はすなわち納税完済の領収証だ。最も正しい尊い人格だ。世間的に躓かぬ人でも精神的に腰の抜けて起(た)ち得ない人も多くある。ある意味に於いて世は「 納 税 踏 み 倒 し 」の極罪人ばかりだ。
2023年07月01日
山科( やましな )あたりの街頭には時に代議士のような風采の柿衣人が見られる。何だい堂々たる男だてらにと反感が湧く。しばらく立ち停って彼の顔を凝視すると忽ち燃ゆるような愛を覚える。実は私自身も、その仲間なのだ。寧ろ彼は正直に鞭を受けた尊い人だ。常に犯罪者と共にいることは心の浄化作用だ。
2023年06月30日
無名にして世に認められんとせば逆の処世法を操ることだ。十人が笑い騒ぐ時に一人静かに苦蟲( にがむし )を噛む。十人が眠りに沈む時に一人起きて大いに働く。十人が東に向かって前進する時に自分は西に向かって背進する。十人が口を揃えて罵( ののし )り嘲( あざ )ける時、自分は舌の続く限り、褒め称( たた )えるのだ。
2023年06月29日
不良の爺が不良の子を不良として叱る。不良の役人が不良の罪人を不良として罰する。おぞましや鞭を握る手の裏には汚い黒斑々たる瘡痕( そうこん )が見られる。
2023年06月28日
悪事を犯したものにして終生その秘密を包んで死ぬることは出来得ないものだ。人の良心というものはそれほどに寂しくて弱いものだ。何らかの機会に自ら信ずる人を得て必ず一度は告白というよりも寧ろ口外する。その時すでに秘密の幕は破れているのだ。すなわち小さい孔( あな )を求めて自ら鬱屈( うっくつ )せる雲( くもり )を流そうとするのだ。 そして制裁が来る。そこで初めて冷静に帰って落着くのだ。
2023年06月27日
強盗殺人の大罪を犯して逃げていたものが捕縛(ほばく)された晩に初めて熟睡するそうだ。罪の嬰児を殺した女は鬼のような検事の諭告を聴いて鉄窓に帰った夜、初めて平安の床に眠るという。罰せられる救済、刑せられる慰安、罪と罰を知る罪人のみに味識される歓楽境だろう。
2023年06月26日
他人の身の上穿鑿( せんさく )には誰でも血道を挙げて焦慮( しょうりょ )する。知って何にするかと問わるれば完全に答へ得るものがない。ただ知ることが面白いのだ。他人の内悪( ないあく )は知ることだけが面白いのだ。ことほど左様に人間下等の好奇心は常に暗黒面に向かって発達する。他人の上に輝く光明、すなわち善事美行に対しては口に讃して心に妬( ねた )む。善行家の蹉跌 ( さてつ )した時、通常の人よりも百倍の悪罵( あくば )来る所以だ。電話などで人の名を尋ねた時、善良の良ですと言うよりも不良の良ですと言った方が早く判る。
2023年06月25日
もし夫(そ)れ地上に悪徒(あくと)の跡を絶たんとならば五十歳以上の老人をことごとく抹殺することだ。人間五十、その半ばは必ず悪徒だ。頭の硬化と共に自尊他損病患者だ。はにかみを失った荒頽、自省の鈍い脱線、その自責自嘲(じちょう)すら実は一の虚栄だ。
2023年06月24日
暗い罪の持主には暗い間が刑罰期なのだ。一たび秘密の幕が切って落された時は、彼は早や精神的に放免されている。鞭は下さるる前が苦痛なのだ、ハタと一つしばかれて皮膚から血の滲み出る時には清風すでに良心の上に薫(かお)っている。
2023年06月23日
他人の暗い心が余りに解り過ぎる。それは自分を通じて直感するからだ。賊を知るものは賊だ。魔を知るものは魔だ。
2023年06月22日
「 悪 」の自覚なくして無条件に悪かったと謝罪するのは一の詐欺だ。 而して人間界の和楽はこの詐欺より来ることが多い。
2023年06月21日
混雑した世の中に処するには時として「 必要な悪事 」が入用なことがある。悪事と知りつつ敢えてこれを犯さねばならぬことが寧ろ日常生活の大部分だ。
2023年06月20日
人 生 日 録 修 養
2023年06月20日
自然に他人の上を語らない人と、自ら制して他人の上を語らない人との二種がある。自然は何となく床しく、自制は何となく尊い。
2023年06月20日
汽車中で求めた茶の土瓶を新聞紙に包んで持ち帰る人、それは趣味としても、節約としても、物質尊重として床しいことだ。駅弁を買って最後の一粒まで美しく拾って食う人を見ると拝みたくなる。
2023年06月19日
尊敬する人と対座して自分の着衣装身の少しでも勝( すぐ )れているのに気付くと何とも知れぬ慚愧( ざんぎ )の感に襲われる。そして自ら生活内容を説明してみたいような焦燥に胸の焦々( いらいら )するのを覚える。案山子に錦を着せたような、沐猴( もくこう )にして冠( かん )せしめられるような自分の姿を凝視せずにはいられない。
2023年06月18日
人は「 持てる 」時に腐( くさ )る。一生を通じて「 持てる 」時代が最も危険なのだ。持てる時に退一歩して静かに自己を培うものを「 先見の明 」と称する。
2023年06月17日
人の最も危険なる年齢は青春時代にあらずして、漸(ようや)く成功の獄に投ぜられんとする壮年期にあるのだ。成功の名は人を無理想化する。
2023年06月16日
負けて平気なる人は即ち勝った人だ。勝負を見ないものに勝負はない。
2023年06月15日
「 け れ ど も 」と起き直るのは居直強盗だ。陳謝は無条件をもって初めて意味があるのだ。
2023年06月14日
「 人 が 笑 う ぞ 」人の笑わない内に早く自分で気付きなさい。笑われたら直ぐ世間の噂が生まれる。噂となったら事実の半ば以上は暴露されたのだ。暴露のメスを加えられるのも痛快だが、未然に防ぐのは、より以上に賢明だ。
2023年06月13日
人間は倫理を造り、その造った倫理を乱すの罪に自ら呵責され、而して人間は殺されて行くものだ。毒の放射器、その名を人間と称する。自ら毒を分泌して自ら毒殺される動物だ。
2023年06月12日
「 誠 意 」というものを欲しがる人がある。いわゆる誠意は求むるものには興えられない。むしろ「 誠 意 」を忘れて自己を空しうするものに恵まれる。
2023年06月11日
人の陰口くらいを気にしていては、とても現代に処せられない。とはいうものの陰で賞( ほ )められた時には嬉しくてたまらない。他人の上の利害などを考慮していたらとても現代に生活して行けない。とはいうものの人知れず恵まれた時には飛上がるように嬉しい。畢竟、人間は自分を外( ほか )にしては善悪毀誉のないものだ。
2023年06月10日
心に尊敬する人から、我が乱雑に脱ぎ捨てた下駄などを揃えられた時、たちまち全身に電気を感ずる。そして再びその上に身を乗せることが大きな罪でも犯すかのように恐怖せしめられる。げに人の謙譲( けんじょう )ほど清らかな崇高な美徳はないであろう。
2023年06月09日
「 汝の現生活はそのままでよいか 」と問われたら誰か言下に「 然 り」と即答し得るか。トルストイの書を読んで、「 そのままでよいか 」の大痛棒を素直に受け得るもの幾人ありや。
2023年06月08日
人に会って語り尽して別れた後は底知れぬ寂しみを覚えるものだ。そして独り沈黙して我が舌から流れ去った声の跡を静かに再読して見る。そこには何人も忸怩( じくじ )として恥しい幾多の幻滅を感ずるであろう。
2023年06月07日
思い寄らざる誤解を受けた時には人間の心は妙に試練される。エエ儘よ、ヤケ糞だ、かくまで無理解の世に正しく歩む必要があろうか、横道でも邪路でも無遠慮に踏み入ることだ、と、こう考える一方、世の毀誉( きよ )などに累( るい )せられず何者にも縛( しば )られないで清廉真純の一路に生きて行きたいと思う。
2023年06月06日
すぐ第三者を拉( らっ )し来って裁こうとするのが無意識に動く老人心理だ。今は、その裁こうとする人を更に裁かねばならぬ時だ。裁かれる者にして初めて他を裁き得るのだ。イヤむしろ自分の裁かれることが即ち他を裁くと同一義なのだ。
2023年06月05日
意思の弱いものは常に強い言葉を藉(か)りて自己を文( かざ )らんとする。他に向かって「 今に見よ 」と空威張りするものは常に自己の膓( はらわた )まで見透( す )かされている人だ。
2023年06月04日
生活が深められるほど言語が寡(すくな )くなる。底知れぬ苦悩に泣く時に人は「 無 口 」となる。沈痛なる無説明の端座( たんざ )、そこに断腸の黙殺境がある。すべての責を一身に負うて泣きながらに笑い、笑いながらに死にゆく一人でありたい。
2023年06月03日
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