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このストーカー騒動が大きくなる前、12月の頭 今の彼と知り合いました。 同僚が、私と元彼の中がこじれているのを気にかけて紹介をしてくれたの だ。 第一印象は、 。。。特になし! 普通の人だ~~ と、思った(^_^.) でも、よくメールをくれ食事に誘ってくれ 話の面白さにすぐに惹かれてしまった(*^_^*) 週末も会うようになり、自然に一緒にいるようになったんだけど…。 クリスマスも年越しも一緒にした。 しかし。。。 果たして彼は 彼氏か男友達か。。。 いまだに今ひとつ分からない。 付き合おう!の一言が大切とは思わない。 自然の流れで付き合いが始まる事もあると思うし。 でも、、、 何も相手から気持ちを聞いてない。 私が、『好きになっちゃった』 『彼氏になってほしい』 等 具体的に言っても、曖昧な返事しか返ってこずに今に至ってる…。 今年の目標は彼女を作ることー と、隣で言われたときには眩暈がした。 じゃあ、私はあなたの何… 彼氏か男友達か?! 聞きたくても怖くて聞けない。 このストーカー騒動も、冷静にいつもアドバイスをくれた。 でも、いつうちまで来て待ち伏せされるか分からないって時 一度も 『僕の家にしばらく住みなよ』 とは言ってくれなかった。 ただただ、『しばらくホテル住みなよ』『早く引っ越しなよ』 と言うだけ…。 私の何人かの友達は、私の話を聞くや否やすぐに『今日から家住みなよ~』 と、申し出てくれたのに。 実際引っ越し先見つけてくれたのも同僚だし。 一番私が頼りにしてて、助けてほしかったのは 彼氏(?)なのに。 この一件以来、本当に相手の気持ちが分からなくなってしまった…。 彼が私が中国に永住できるのかを気にかけているのは私も知っている。 今回帰国時に、両親とよく話してきなね ともよく言っている。 私がいつまで中国にいるか分からないから彼の態度は曖昧なのか…。 決して遊びで一緒にいるわけじゃないのも私は分かっている。 ただただ 安心できる一言を、気持ちを表す一言を言ってほしい。。。
2006年01月22日
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上海人の元彼と仲がこじれて、別れ話をして、早2ヶ月たちました。 …彼は、執拗に私を追い込む いわゆるストーカーになった! 別れの原因は色々ある。 一緒にいた時間はほんの2,3ヶ月。そんなわずかの時間の中で、楽しい と思える思い出はない。事あるごとにキレ、暴言を吐く、束縛は厳しく私は 自由がなかった。 すぐに悟った。 この人といると、何も良いことがない。。。 別れてまた復縁 を2,3度繰り返した。 仲裁に入るのはいつも彼の母親だった。 もうだめだ。。。 強く別れを再度告げたそのときから、彼の態度が豹変。突如優しくなり、メ ールと電話の嵐。 夜家の玄関で待っていたり。 ドアを開けるまでチャイムが鳴り止まない。 電話も鳴りやまない。 会社の近くまで迎えに来たり。 すべてを無視していると、次第に、メールは脅迫文に変わっていった。 お前を殺してやる 仕事ができないようにしてやる 中国で死を見ることは決まりだ 早く国へ帰れこの鬼畜野郎 そのほか、ここには到底かけないことを毎日のように言われ続けた。 明らかな中傷・脅し文には本当に胃が痛くなった。脅し、中傷、執拗な相 手の行動にほとほと参った。 上海の日本領事館にも相談した。 個人の感情のもつれにはなんとも手助けができかねるといわれすごく悔しい 思いをした。 ここ2日間。 急に相手の行動がやんだ。 なぜだろう? でも、いつ復活するか分からないから 怖いから 引越し先を見つけた。昨日部屋を見てその場で頭金払って契約結んだ。 もうすぐ中国は正月に入る。 会社も休み。 そんなわけで、私は一時帰国だ~~~ 楽しみです。 さて、このストーカー騒動。 果たしてもう終わったのだろうか?? 今後何も起きないといいのだけど。。。
2006年01月21日
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昔から、すごく甘えん坊だった。 私には姉がいて、過保護な両親がいて。 周囲にはいつもちやほやしてくれる人がいた。 小さいころは体調崩しがちで、幼稚園はしょっちゅう休んでたな。 風邪引くたびに、母親が懸命に介抱してくれてたな。 家にいるのが大好きな子だった。 成長するにつれ、集団行動がだめな子になっていった。 小学校は大好き。たくさんの友達といっぱい遊んだ。 中学校もまあましだった。 ひどかったのは高校時代・・・。 集団 この一文字がいやでいやでたまらなかった。 同じ服、同じ考え、少しでもはみ出るともう仲間には入れない。 人を裏切り裏切られたのもこの時期。 だんだんひねくれていった。 しょっちゅう授業もサボった。 私は私だ。 集団にすがってしかやっていけないようなクラスメートたちにはうんざり だ。 そんな高校時代でも、いまでも最高の付き合いが続いている大親友が2 人。かれこれ10年間近く。本当に大切な存在。私のすべてを知ってい る。 今上海にいる私は、どんなに2人を恋しく思っても、すぐに会うことがで きない。今までの人生の中で本当にかけがえがない存在なのに。 年明け、親戚に不幸があった。 私は上海にいる。 何もできない自分にいらつきが募る。 今後、日本で暮らす予定はない。 この上海の地でかけがえのない物を得た。 ひねた私の、いつでも支えになってくれる恋人。 彼のおかげで毎日が楽しい。 過去の嫌な思いでも、彼と一緒だとすべて清算されていくようだ。 でも、何か起きたときに真っ先に頭に浮かぶのは日本での生活が恋しいと いう感覚・・・。 海外で生きるって難しい・・・
2006年01月10日
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2006年。 早いもので、年を越しちゃいました。 去年は比較的とほほな一年だったなあ~。 仕事運はよかったけど。 健康運・恋愛運が駄目だった。。。 上海人の彼とはもうドロドロ関係。向こうの親まで巻き込むオオゴトニなっ た…。最終的には彼がストーカーっぽくなっちゃって。怖かった。 私が悪いではなく 彼が悪いでもなく 誰が悪いのではなく ただただ 相性が悪かった それだけ それだけで 一緒にすごした3ヶ月 とても苦しかった 運は自分で切り開くもの。自分自身でどうにでも変えられるって。 信じているから。 2006年はきっとハッピー♪♪♪ でしょう(*^_^*) 2005年12月、同僚の紹介でニュー彼氏ができましたー。 四川出身の1こ年上の彼。 穏やかで~ ユーモアがあって~ いつも和ませてくれるイイ人( ^)o(^ ) 年越しも彼と一緒に♪ 元旦にはバラの花 11本 プレゼントしてくれましたー(●^o^●) 11の意味は・・・ 一心一意 → 一途な心 キャー♪♪♪ 嬉しいけど。 過去のいろいろな経験から 安易に人を好きになれないというか、 心にブレーキがかかってしまう。 今回の彼のことはすごく信頼してるし、大好き!!って思えるけど。 好きだからこそ怖い。信じた末、悪い結末が来たらどうしようとか・・・ 幸せになれるといいな 。。。 日記を読んでくださっている皆様も 2006年 ハッピーで ありますように~~ (*^^)v
2006年01月02日
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