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友人の友人が主催した第一回「みんなで泣こう会」に参加してきました。MLでこのことを知って、笑いの場があるなら、泣きの場があっても良いじゃないか、と思い楽しみにして参加しました。第一回は中村獅童、竹内結子主演の映画「いま、会いにゆきます」をネタに泣こうという趣向。よい大人が10数名集まって、気持ちよく泣かせていただきました。当日は、フジテレビも取材に来ていて、取材協力ということで粗品もゲットしました。様子は7月29日(金)朝の番組「とくだね」の中で紹介される予定。
July 27, 2005
あるMLで「教育とは」というお題で、意見をシェアしたいとのメールが届いたので、思うところを書きました。せっかくですので、こちらにも書いときます。何かを教えるという観点で思うところを述べますと、 茶道にしろ外国語にしろ、学校での各教科にせよ、 基本的、基礎的な知識やテクニック(Aとします)はきっちり教える必要があると思います。 ですので、分かりやすい授業に向けた教える側の不断の努力は 職業(プロ)として当然求められることだと思います。 そしてもう一つ、各先生の存在や価値観や生き方、人生観に触れることにより生徒が得る何か。価値観や人生観を押し付けるのではなくて、それらに触れることにより、生徒が主体的に選択・会得する何か。(Bとします) これは、教える側の義務というよりも自然・自発的に起こるもののような気がします。 (A)はTeachの部分で、(B)はTeachというよりもCoachに近く、先生と生徒が共に学びあう部分。 ですので、教える側に求められることは (A)は担当教科の知識やテクニック、授業方法等の研鑽。 (B)は自分自身の人生に対する真摯な姿勢や、精神的自立、自己の確立に向けた取り組み、 そして、その中で得た体験や感動の積み重ね。 つまりは自己一致の状態、統合された状態に近づくこと。 この部分は、担当の教科や専門分野を通じて達成に近づく人と、別の分野で達成に近づく人があると思います。 また、生徒と関わるときの在り方として、「自分のため」「自分の能力を示すため」ではなく 「生徒のため」「生徒とともに学ぶ」との意図・姿勢が必要と思います。 ここの、部分はコーチの在り方と近いような気がします。 教 育そして、「教育」は(A)と(B)のバランス。(A)は基準のようなものが作りやすいし、学校教育では標準のようなものが欲しいですね。 (B)は基準のようなものがつくり難く、理想的には職場の伝統のような、先輩先生が後輩先生をコーチするような仕組みや雰囲気が出来上がっていれば、良いのでしょう。また、(B)の部分を学校教育に過度に期待もするのもどうかと思います。一番身近な親・家族が最も大きな影響力を持っていると思います。また(B)の部分を重視したのが、いわゆる習い事(茶道や武道、スポーツ等)なのかなと。(現状は必ずしもそうでない場合もあるでしょうが)別の見方をすると(A)が左脳的・意識的な部分、(B)が右脳的・潜在意識的な部分。やはり、バランスが大切ですね。MLでお題を出した人の質問。 「教育」>> 漢字で見ると>> 教え、育むだね。>>>> でも、何を教え、何を育むんでしょう? 上記に基いて言うと 担当教科、専門分野の知識やスキル、テクニックを「教え」 教える側、教えられる側が「とも」に自分で自己を「育む」教育現場のことを何も知らない者の戯言でした。失礼あればお許しください。
July 23, 2005
今日(21日)は満月なので、友人と満月を観賞するために京都郊外の例の山へ出かけました。汗だくになり石段を登ること約30分。ようやく、中腹のお寺に到着し暫く月がでるのを待ちましたが、あいにく雲が厚くて見れませんでした。蚊にたくさん噛まれながらも微かな風を感じつつ、目に見えない満月を感じると、普段は使わない感覚を使っているようで、自然豊かで静かな境内のお陰もあって、五感を研ぎ澄ます良い機会となりました。誰かの期待に応えようとしたり、他人と自分を比較して、ありもしない基準を自分で作り上げて、自分を自分以外のものに変えようと努力したり、他人をその人以外のものに変えようと努力したり、何かを成し遂げようとスキルやノウハウを追い求めるのではなく、ただ自分がが自分らしくあることに満足する。そういう自分の体験を積み重ねる。たったこれだけのことで、自分の周りに良い影響を与えることができる。自分が自分らしくある体験を積み重ねるお手伝いがコーチです。
July 21, 2005
いろんな種類の空間がありますね。初めてなのに、何故か馴染める空間。文句なしの設営でも、何故か居心地の悪い空間。その空間を創った人の意図が現れているのかもしれません。例えば、「来た人にくつろいで欲しい。楽しんで欲しい。」といった、『来る人』が主体の意図。一方、「私たちは頑張っているんだ。」「私たちが人に何かを与えてあげよう。」といった『創る人』が主体の意図。そして、同じ意図を理解できるときに、居心地がよい。だから、「私たちは頑張っている」を主張したい意図の空間には「頑張ることは素晴らしい」「私ももっと頑張らないと」との価値観を持っている人が集まるし、「人に何かを与えてあげよう」との意図の空間には、「何かを与えてほしい」との人が集まるのでしょう。コーチの基本的なスタンスである「人の可能性を引き出すサポート」との意図は微妙な位置にある。「サポートしたい」に重点があると、「サポートされたい」人が集まる。私は「来る人が本来備えている力で、自らの可能性を広げてほしい」との意図、『来る人』が主体の意図で空間を創っています。だから、『創る人』が主体の意図で創られた空間は、私には居心地が悪いし、居るだけで疲れる。
July 18, 2005
複合機の設置も終了し、快適なオフィス環境に喜んでいます。さて、その複合機を購入する前に、友人に「こんな機能が一体になっててな~云々・・・」と話すと。「それで、使い心地はどう?」との質問。「まだ、買ってない」と返答すると、「もう買って、使い出しているかと思った」との友人談。その翌日に最安値で購入となるのですが、イメージが伝わるとそのイメージは実現するようです。そして、イメージが伝わるか伝わらないかは、「こうあるべき」「こうなるべき」「こうならないと困る」などと頭と理屈で考えたか、理屈抜きにイメージを語れるのかによって違うようです。頭と理屈、「~するべき」、流行のノウハウなどで考えたものは、ビジョンとして語っても、イメージが伝わらないし、実現もしない。こころから湧き出る自分の声をそのまま語ると、イメージが伝わり実現する。ビジョンが伝わらないのは、受け取る側の問題ではなく、語る側の問題です。こころから湧き出る自分の声が、歪まずにクリアに聞けるような反響装置がコーチです。
July 17, 2005
きのう書いた複合機。プリンター、ファックス、スキャナー、コピー、留守電(子機付き)。きのうの帰りに近くの量販店をチェック。価格はまあまあだけど、納入が1週間後。1週間も待てないのでここはボツ。帰って先週末のチラシを確認すると、一つは売出期間が終わってた。もう一つは交通が不便。(自家用車をもってませんので、公共交通機関が必要)今日は、バスに乗っていける量販店を思いつき先ずそこに。行ってオドロキ。なななんと、今まで見た中で最低価格で持ち帰り可能。直ぐに購入して、ホクホクで帰りました。その後はセッションがあるため、設置はまだしてません。明日が楽しみ。(^o^)
July 13, 2005
数日前からプリンターの黒インク残量が少ない。私の機種はインク代が高いので擦れ擦れでなんとか凌ぎながら、早くインクを買おうと思ってましたが何故だか買ってませんでした。そうこうしている内に、きのうファックスの調子が変。インクカートリッジが動かなくなり、メーカーに問い合わせたら、表示のエラーメッセージでは修理が必要とのこと。先週末の新聞チラシで何気なく、「これいいな」と思っていたのがプリンター、スキャナー、コピー、ファックス、留守電が一体となった複合機。ピタッと符号したのに気を良くする私でした。インプロ的には社員:「社長大変です。ファックスが壊れました!」社長:「ほう~。それはちょうど良かった。 複合機に買い換えて、省スペースが実現だ。」
July 12, 2005
無添加コーチングを私の謳い文句にしています。コーチングで無添加とは?コーチは心理療法から成功哲学まで幅広く学んでいて、一人ひとりのクライアントに適した対応を行い、目標達成をサポートします。コーチが得意分野(スキル)や強く感銘を受けた分野(スキル)を持っていて、それに対する思い入れが強いと、その分野(スキル)でサポートする方向に誘導してしまう場合があります。その方向性が、たまたまクライアントに合えば効果的なのですが、そうでない場合は「何だか違う」とクライアントが感じるコーチングになってしまします。私もコーチになるために幅広く学び、それぞれの長所を取り入れてますが、強く思い入れるほどのものはなく(それぞれに素晴らしいものではあります)、クライアントに接するときは常に白紙の状態で対話します。一定のスキルや手法を最初から用意しないという意味で無添加コーチングと言っています。クライアントが素材だとすれば、スキルや手法で味付けをする(スキル・手法中心)のではなくて、素材本来の味を大切に引き出す「クライアント中心のコーチング」です。
July 11, 2005
きのうの日記では「やる気がない日々」と書きましたが、「やる気がない自分」を受け入れると少しやる気が出てきました。世間では「やる気を出せ!」「やる気があるんか!」などと、「やる気がない」状態を否定する傾向がありますが、評価をする必要はありませんね。「やる気がない」状態がどうのこうのではなくて、「どういう状態になりたいのか」が重要です。そして、なりたい状態に近づくためには、先ず「やる気がない」現状に抵抗している頭の中のシステムソフトをオフにすることが大切なのでしょう。受け入れるとは、望ましい状態になるために不要なシステムをオフにしてワーキングメモリーを拡げることとでも言えるでしょうか。
July 11, 2005
ここ数日は、やる気がない。やる気がない状態を分析すると、1つ目は「明確な目標がない」。2つ目は「やる気がなくても、なんとかなっている」。・・・・と本なんかには書いてある。一つ目をもう少し詳しく分析すると、「明確な目標があっても具体的な目前の行動に繋がっていない状態」。逆に、「明確な目標が無かっても、目前の行動が明確なら何か行動をして、一定の満足感、達成感はある」ような気がする。まあ、つまりは腑に落ちる目前の行動が明確になっていないということか。腑に落ちるといっても、大げさなものでなく、「その行動を行うことについて何も疑問や抵抗感がない状態」といったとこでしょう。だから、思いついたことを直ぐにすることが、いいのかも知れませんね。まあ、無理に何かすることもないので、思いつくことややる気が出てくるのを待ってましょう。
July 10, 2005
今日は月に一度の鞍馬ツアー。総勢5名の適当な人数。おっさん二人と美女三人の不思議なグループ。雨も収まり、道は予想外に歩き易かったです。朝早くからなので観光客も殆どなく、鞍馬を5人占め。自然が育てた活き活きとした木々の緑、少しひんやりと心地よい清浄な空気、静けさの中から伝わる微かな森の音、足元にある土や木の根、岩などなどを全身で感じ、そして、「気」も良いのでしょうか、仙骨がゆるむ感じがして深層筋(インナーマッスル)がほぐれて、立っていても心地よい。いつもながら、さわやかな気分になるハ・イ・クでした。『梅雨晴れや 仙骨ゆるむ鞍馬かな』
July 7, 2005
ふと思いついた行動。そして、誰かに期待しない何かを期待しないそして自分の周りの環境が変化することも期待しないそんなことはどうでも良くて、とにかく、私がしてみたいと思った行動。常に「私」が主体の意図を持った行動。「私が・・・・・してみたい」という行動が善きことを起こすのかもしれません。
July 6, 2005
善きことは楽しみに起こる。以前の日記で書きました。本日も出かけている間に善き知らせが留守電に入ってました。楽しんでいる時もそうですが、どうも善きことは行動に起こるのかもしれません。それも、意図のある行動。大儀名分的な意図でなく「この行動で楽しもう・・・」といった感じの意図。大儀名分的な意図になると左脳で理屈をこねくり回す感じになりなにも考えない行動が良いのではないかと思ってましたが、「何も考えない」にも2種類あって、一つは義務感や惰性・反応(感情)で行う行動。もう一つは、意図のある行動。義務感や惰性、反応(感情)ではなくふと思いついたことを、何も考えずに行動に移せば、意図を意識しなくても、潜在意識の中では意図がしっかり働いているのでしょう。
July 6, 2005
昨日はファイナンシャルプランナーの勉強会。楽しく?税金の勉強をしてきました。財務分析などもあり、久しぶりに国際金融マン時代を思い出す。勉強会の後は楽しい飲み会。楽しい時間を過ごしている間に、家の留守電には「おもろい話あり」とのメッセージ。前回も鞍馬でウエサクを楽しんでいる時に電話が入り、良いご縁が繋がっている。善きことは楽しんでいる時にやってくるような気がする。今日も楽しもう!
July 5, 2005
雨が降ったり止んだり。梅雨だから当然かもしれませんが、少し前の暑さが不思議な感じです。雨音、湿気、くらさもまた五感を刺激してくれますね。
July 4, 2005
昨日の日記では「思ったこと、気づいたこと、やりたいこと」を直ぐにメモると決めて実践したと書きました。これは前回の勉強会(約1ヶ月前)で決めたことですが、勉強会でコーチング的なワークを通して出てきた私なりの答えです。メモることは誰にでも役立つことかも知れませんが、やはりその時の私にベストな行動(答え)を自分で引き出したのだと思います。このあたりが、本などのノウハウ本などを読んで得る知識と、コーチングを通して得た自分だけの答えの違いでしょうか。だからこそ難なく自然に実践できたのでしょう。
July 3, 2005
「生き方のコーチング」(ローラ・バーマン・フォートガング著)をテキストにした勉強会に参加してきました。今日は第三回目。私は前回の勉強会から「思ったこと、気づいたこと、したいこと」を直ぐにメモることを実践。頭が軽くなったような気がします。ワーキングメモリーが広がったとでも言うのでしょうか。無駄なエネルギーを使わないで目標達成と、常日頃から謳い文句にしているのですが、無駄なエネルギーの元は頭脳なのかなあとふと思いました。思ったこと、考えたこと、閃いたことは、取り合えずアウトプットするのが良いのでしょう。第一レベルは声にすること。でも、声だとその内に消えてしまいます。次は書くこと。これが最も簡単な形に残す方法ですね。この、ブログも思いついたので作ってみました。何を書こうかなんて考えてません。でもこれだけ書けましたね。
July 2, 2005
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