全9件 (9件中 1-9件目)
1
一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描③ 保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。 今回は端的に言いますと「排泄の自律」のお話です。日中の大半を「オムツ」で過ごしていた子供さんが、やがて「パンツ」での生活へと替わっていきます。おむつからパンツへの過渡的な日々、それはささやかですが実にドラマに満ちた日々です。排泄の自律を獲得していくお子さんたちにじっくり付き合っていくと、精神面での自律も併せ持って読み取っていけます。いろいろなお子さんがいます。個々の生理的な条件や、その日の気分や体調や何やかやが絡んで来ますから、たいていの場合「オムツからパンツへの移行」はそうそう簡単には移行はしません。遊びに夢中になっていて「おもらし」する場合や、トイレに行こうとしていたのにその手前で間に合わずに漏れちゃう場合もあります。けれどもたとえおもらししちゃってもそれを「失敗」というスケールで見ないように心がけています。もれちゃった場合は『失敗という評価や叱責』を持ち込まずに、その事実は事実として等身大のありのままを共有します。それ以上でもそれ以下でもないありのままの受け止めが大事です。次への励みや希望や憧れとなるような対応を大切にしています。ドンマイ、ドンマイ。 肝心なのは「尿意」を感じ取れること、尿意を感じつつも漏らさないよう自分の身体を調整できるようになることです。その時の『 自分の身体のありようを感じ取れ調整できること』が何よりもそのお子さんの自負という心映えの礎の一つになっていくのです。子どもさんの生活とあそびの丸ごと全体の処で付き合っていくとそのささやかな変化や波及効果の過程を感じ取れるものです。 「排泄の自律の獲得」はそのお子さんとそのお子さんに付き合う大人とが『信頼』をベースに二人三脚で取り組んでいく素敵なドラマなのです。「漏れちゃったね、そんじゃあ 新しいパンツととっかえようか こん次はどうかな」 排泄の自律の過程につき合えることの喜びは保育という仕事を通じて味わえる醍醐味の一つです。
2016.11.30
コメント(0)
一時保育室から 子どものあそびと生活の風景 寸描②保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。 最近のことです。喧嘩の仕方に成長を感じ、ちょっと感動してしまいました。 大概は仲よく遊んでいますが、時として喧嘩もします。喧嘩といっても大人から見ればたわいのないものですが、彼らにしてみれば真剣そのもので本気むき出しの喧嘩です。その分ややこしいといえばややこしいし、単純といえば単純です。その場の『やきもち』はあっても、『心に深く根に持った感情がしこっている』だとか、『相手へのさかのぼった怨念』だとかはありません。2~3歳の子どもの喧嘩は大人の喧嘩とはこの辺りが全く性格の異なる喧嘩です。物の取り合いで、とった、とられたで『今泣いたカラスがもう笑う』のはその瞬間その瞬間を精一杯に生ききっているからです。 主な喧嘩はモノ(おもちゃなど)の取り合い、場所の取り合いなどに関連した出来事です。手にしたもの目に入ったものは自分のもの、さっき使っていたものの印象や記憶は全部自分のもの。自分という小さな自我が全宇宙のまん中にあって、世界(天は)は自分の周りをまわっている、コペルニクスもびっくりの『超天動説時代』まだまだ自己中の時代です。世界の見え方が違います。 子どもさんにもいろいろの気性がありますから、穏やかでおっとりしたお子さんたちの登園が多い日は比較的平和でのどかなのですが、似たような傾向(好みの色、こだわりやこだわり方、独占欲求)をはっきり主張する子どもがかち合う曜日は喧嘩の頻度も増します。○○ちゃんと△△ちゃんが二人同日登園する日は、なかなか穏やかな一日にはなりません。二人の月齢差は約一年ほど離れていますが、一旦物の取り合いとなると時には過激な事態にもなりかねませんので普段以上に事の成り行きや経緯を把握しなくてはなりません。二人は約週一ペースで遭遇しますので担当職員として二人の様子や駆け引きや言葉や言葉のやり取りなどはいわば「定点観測」することができます。複数担任ですからたとえば喧嘩にしてもその全体状況を複眼で捉えることができます。担任同士先週、先々週の喧嘩の印象などを報告し合ってみたら、今日の喧嘩の様子は二人ともそれなりに『手加減』したり『強引さが緩くなって』いたりしていることが見て取れました。喧嘩しながらも経験智が増えお互いに関わりの中で学び合っている、心が育ちつつあると読み取れたら妙に感動してしましました。
2016.11.27
コメント(0)
第12回ワンコイン朗読会&朗読広場無事終わる 今年最後の朗読会も無事終了しました。ありがとうございました。心からお礼申し上げます。 今回のラインナップは◆朗読広場の部では・ごんぎつね(新美南吉・作)・いやいやえん(中川りえ子・作)・宮城県の民話の語り・あめだま(新美南吉・作)~休憩~アカペラの歌唱◆ワンコイン朗読会の部・高瀬舟(森鴎外・作)」 聴いてくださる方がご来場して初めて成り立つ朗読会です。11月という月はいろいろな団体やサークルで行事や催し物が集中する月のようでご常連の数名が残念ながらそれらとバッティングしてご参加いただけませんでした。一つのことを継続し続けられることの有難さ難しさを実感できた12回でした。 ちなみに第13回は来年1月の28日(土)に同じ会場の稲城市の『押立カフェ』(稲城市押立945-9)でにて13時30分開場 14時00分時開演で行います。
2016.11.26
コメント(0)
保育園の行事(バザール)に参加して かつて関わりのあった保育園のお祭りというかバザーというかそうした類の行事に業者の一人として『木のおもちゃのお店 / 工房ばぶ』という立場で参加させてもらっています。今年もありがたいことに園から出店のお誘いのお声をかけていただき本日参加しました。 元よりお金儲けの営業という意識を前面に押し出しての参加ではありません。お店の場所として用意していただいたスペースで自分の作っている作品(木のおもちゃ)を展示即売しています。すると、訪れてくださる現役の在園児親子だけでなく、在職当時関わっていたお子さんが卒園して今では小学校2年生だとか4年生になったとかの報告を聴き留めつつ、再会してその彼らに…日頃は乳幼児を対象に想定して制作している品物…私の作品群(例えば木のパズル)などあそんでもらうと、改めて作品が備えている難易度が幼児でなく学童だったらどの程度通用するのかしないのかなどのいわばマーケティング(市場調査)をリアルに点検できるのも醍醐味です。かつて担任していたお子さんの親御さん(在職中は朝夕の挨拶程度しか言葉を交わせなかった方)と再会でき、子育てのこと・職場の仕事のこと・または人生のあれこれなどよもやま話やらお互いの近況を語り合ったりできるのも何よりの喜びのひとときです。人として出会った縁や絆を深められた一日でもありました。
2016.11.20
コメント(0)
ドアに挟まれました 私にしてみれば通勤のためにバス電車を乗り継ぐというのは42年ぶりのことです。月曜から金曜まで週5日のアルバイトなのですが、要する時間は片道約2時間弱です。道中、小田急線・井の頭線・京王線と3系統も乗り継ぎ乗り換えがあります。「駆け込み乗車は危ないのでおやめください」とアナウンスされていても、何といっても片道2時間弱の通勤事情ですから、その車両に乗れそうであれば満員の車両に割り込むのは人情です。階段を小走りに降りて10両編成の電車の4両目に、「失礼」と小声で挨拶しつつ乗り込んだ直後、ほとんど同時にもう一人の方が私の後に続きました。とりあえず2人ともセーフ。ドアが閉まりかけました。がドアは閉まりません。とっさにその方のショルダーバックがドアに挟まったのだと理解しバックを引き抜く手伝いをし、バックは車内に引き込めました。「ありがと・・・う」と感謝の言葉が途中で途切れます。ドアは閉まりません。「?」と思っていると、「足が…」とつぶやかれます。確かに右足の先端が挟まっていて全く引き抜けません。「なんと大変!」とドアの外の駅員さんに目をやると、駅員さんは10両編成の先頭車両方面と後方方面の車両の安全確認に気を取られていて、まさに目の真ん前のこのドアの事態に全く気が付きません。私はドアに手をかけドアを開こうとしました。自動ドアを閉める機械の力は強いものですね。そしてドアを開けようとする私の腕力は悲しいほど非力で自分でもショックでした。それでも火事場の糞力、閉まろうとするドアに多少は力が及んだものかその方の靴は車内に引き抜けました。ほっと一安心も束の間。こんどは私の右手の4本の指が第3関節の処でしっかり挟まってさっきよりも狭く閉まりかけたドアの隙間から引き抜けません。なりふり構わず引き抜こうとする私、それを見てさっき靴を引き抜けた方が手助けでドアに手をかけます。私の手は引き抜けたものの、今度はその方の右手御指先が第一関節の処で3本引っかかりましたがどうにか外せました。今年の4月から8か月目ですが、今朝はこの8カ月間の中で最も痛い目にあいました。
2016.11.17
コメント(1)
一時保育室から 子どもの遊びと生活の風景 寸描① 保育園の中にある一時保育室です。保育園の1歳児クラスの子どもと2歳児クラスの子どもに該当する子供たちが混在しています。1~2歳児の縦割り仲間です。 一日当たりの保育室の定員は10名が上限です。 給食の時のことです。その日給食室から出された献立を完食するお子さんは殊更に問題ありませんが、なかには「これきらい」「たべたくない」「いらない」と主張するお子さんがいる場面があります。家庭での食習慣や食事の傾向や考え方もいろいろですから,保育室に来た時だけみんなと足並みそろえるというのは土台無理があります。ですから「嫌だ」というその子のその時の気持ちそのものをまず尊重します。その子の口から嫌だと言えること、言い出せる人間関係が成り立ってこそ始めてその先に信頼関係が育つものだと考えます。自分の嫌だの気持ちがこの大人に受け止められている・判ってもらえていると子どもさん自身が実感できることこそが全ての始まりです。 保育者としてできれば『一口でも食べてほしい』という願いは当然あります。その思いを内に秘めつつ、食べることへの関心が少しでも向かうような働きかけにはいろいろ工夫を凝らしています。 同じテーブルで一緒に食事をしているお友達の様子を伝えたり、おいしそうに食べている子から『おいしいよ』の言葉が出るように嫌がっている子の周囲に働きかけます。食事をしている子どもたちの全体に対して「おい・しー・かい?」とか「たべ・てる・かーい?」などの言葉を添えて楽しい食事・美味しい食事の雰囲気を盛り上げます。 食事は文化です。「たのしくたべる」「おいしくたべる」ことこそを最大限大切にしています。嫌がる子に対して安易に『がんばって(食べてみよう)』の類の言葉は極力使わぬように心がけています。食事は本来頑張る対象ではないと考えます。 ある日のことです、うんとかまってほしい男の子と、お友達のお世話を焼きたい女の子とが隣り合わせで食事していました。「たべたくない」という彼。隣の彼女はその時たまたま完食の直前でした。一計を案じて「○ちゃん、△くんのスプーンでひとくちたべさせてあげてくれる?」「うん、いいよ。○ちゃんほらたべな」すると魔法がかかったかのように彼は素直に口を開け、食べました。あんなに頑固に嫌だを連発していたのに、その日の彼はこれが小さなきっかけとなってお隣さん同様の完食でした。
2016.11.14
コメント(0)
11月3日このブログのアクセス数が10000回を超していました。自分でも信じられないアクセス数で驚いています。今後ともよろしくお願いいたします。
2016.11.14
コメント(0)
昨日(2016./11/12)ひねもす祭りという朗読会に参加しました。企画としては今回が第1回になるのでしょう。参加を予定していた方で体調を崩した為参加できなかった方がお一人ありましたが、朗読者は12人。12の作品が12の個性という彩と表現を得てきらびやかでした。会場は亀戸梅屋敷のホール(?)。今回の朗読祭りの土台はSNSで広がった『ひねもす朗読会』というコミュです。年4回勉強会を兼ねた例会を深川資料館通り商店街事務局2F(最寄り駅清澄白河駅)で開催していますが、今回のお祭りには福岡県の北九州市と四国徳島からも参加された方があり、私としてはこれまでSNSでしか御目文字できないでいた御両人とも初の顔合わせもでき大変貴重でした。お二人からはそれぞれの地元での朗読会の現状やら苦労話なども聴くことができました。そのお話を伺うにつけ、朗読は自由表現の世界なのだということと、その自由を謳歌できる環境(朗読会の在り方)に改めて有難さを感じました。
2016.11.13
コメント(0)
まるで寿辞のように「ていねいに(丁寧に)…」と唱えながら 9月で63歳になりました。そして約二か月が経ちふっと気づいてみるとおでこ(額)の生え際がかなり後退しているじゃありませんか。禿げつつあるのでしょうが、ここはひとまず、おでこが広がりつつあると申しておきましょう。今まで生きてきた年数とこれから先、生きていけるかもしれない年数とでは圧倒的にこっから先のほうが短いのです。だったら一回一回を貪欲に味わわないともったいないです。このような意識が芽生えた数年前からの事ではありますけれども、気にかけているキーワードの一つに「丁寧に暮らす」というのがあります。ここ数日「丁寧に(ていねいに)」という言葉を唱えながら諸動作をし始めています。例えばこんな風にです。ていねいにとつぶやきながら丁寧に水道栓を開きていねいにとつぶやきながら顔を洗い、ていねいにとつぶやきながら水道栓を閉め、ていねいにとつぶやきながら栓がしまっているか確かめ・・・。すると不思議なことが起こり始めました。動作のガサツさやそそっかしさが減りました。コーヒー豆を丁寧にミルで挽き、沸騰したお湯をすぐ注がずに、今までのやり方よりもひと手間増やして白湯をサーバーに移しまたヤカンに戻し、そしてていねいにコーヒーの粉にお湯をわずかずつ垂らしたらしゆっくりコーヒー豆の粉を蒸らす、といった具合です。お湯を吸い込んで膨らむコーヒー豆の粉のお饅頭の形の美しさ。細くゆっくりお湯を注ぎ珈琲を抽出する。柔らかな味に入ったコーヒー。ああ、今まで何と無造作にガサツに珈琲をドリップしていたのだろう。
2016.11.05
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1