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外出時には杖が必要になってしまった夫雨に合うかも知れない日は、杖と折りたたみ傘を持参しなければなりませんでした「何か探してよ」と頼まれ検索して『エイト銘品館』でステッキ兼用傘を見つけました。 お値段に見合ったしっかりした作りで満足ですがひろげたときこの部分が少し長すぎて、多少カッコワルイ気がしないでもない夫には言わないでおこうッとレディスの普通の傘もオシャレな物がありました。何か買おうかと思っていましたが、今朝、燃えないゴミに3本ビニール傘を出したとき何本か使ってしまわなければと思える傘を見つけました。残り少ない?人生。オシャレか整理かどちらを選ぶ
2011.09.24
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ひととき涼しくなっていたのにまた熱帯夜が戻っています。が日本列島を直撃するかも・・・前回の大雨のあとなのに、紀伊半島はまた大雨になるのでしょうか先日炊飯器のプッシュボタンが壊れて、気がついたら、蓋が開いたままの炊飯になって生煮えご飯になってしまいましたもう寿命だと買い換えました。我が家では、どうしても私のほうが外出の回数が多く、その時は、夫に「ご飯をしかけて置いて」と頼みますが、夫はお米をとぐのを面倒がって「無洗米を買ってくれ」といわれています朝はパン食。お昼は麺類が多いので、お米は1日1食です。1合のご飯は、茶碗1杯分残ってしまいます。寒いときなら、鍋のときおじやにすることもできますが、こう暑くてはチャーハン面倒になって、捨ててしまうことも新しい炊飯器の無洗米用の計量カップには3/4合の目盛りが付いていました。今までの物は底が細くなっているだけだったので目分量に自信がなく1合炊いていたのですがこれで、ホッとしました。我が家の炊飯器がいかに永く使われたいたかご苦労様でした。来週燃えないゴミになります634メートルになったスカイツリーに赤い灯りが点滅しています。我が家からの距離。私のカメラの性能・腕からはここまでです。
2011.09.19
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懐石膳が用意されていました。甥の結納のとき以来、ずっと利用したことがなかったとのこと。「わたし、6年間どうやって暮らしてきたのだろうって全然思い出せないのよ」話の口火をきったのは、やはり義妹のYちゃん。末弟がなくなった当初は、「お父さん(末弟)の思い出の品を見ているのがつらい」と郊外の戸建の家から、市内のマンションに移ったのですが、3年後「住み慣れた家がいい」と自宅に戻り、一人暮らしをしています。俳句やヨガに通いながら読書も大好き。「一人暮らしの自由は、淋しさと引き換え」と語り、末弟が逝ってしまった今でも、時折で長話をしています。余命を宣告されてからの1年で、甥に「経営のノウハウを徹底的に教え込む」と言っていた末弟。実りがあったようで、この不況も乗り切っているようでした姪夫婦も同じ会社で協力しているので、甥がコケタラ家族みなコケルで、一番の心配の種でしたが一安心です。姪も2児の母となり、いいオバサンになりました。末弟に溺愛され、結婚式のとき、末弟は席にいられないほど泣いていました。連れ合いが、甥を助け末弟の仕事を継いでいます。昔、父の七回忌のとき、住職さんが「七回忌になると、ご遺族はお元気になられます」と話してくださいましたが、言葉通り、末弟の思い出話より、私や弟の孫、姪の子ども達の話で盛り上がってしまいましたが、末弟のことです。『みんな、無事で元気が一番。死んだものより生きている者』と聞いていてくれるでしょう甥の車。外車嫌いのお父さんが生きていたら大目玉だったよ~
2011.09.08
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観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空、度一切苦厄、舎利子と読経が始まったので、般若心経かと思ったら、そうではないらしい耳を澄ませて聴いてみても意味は全然理解できません表意文字は、文字を見て意味が理解できます。両親の法要はお寺でするので、住職さんが、その日に読まれる経典を用意してくださっていました読経をたどることが出来たのですが・・・『光陰空しゅうするなかれ・・・』の一節だけが聞きとれそれ以外は雑念が頭をかすめていきました法要が終わって墓参に向かいました。前の組のご遺族が斎場から出られたときは、突然大粒の雨が斜めに吹きつけ、墓参に出かけられるのを躊躇しておられましたが、私たちのときは、読経の間に雨も上がってくれました。丘陵地を切り開いて作られた広大な霊園は、クルマ無しでは登れません。余命1年と宣告された末弟が、自ら選んだ墓地です。眼下に市街地を見下ろせて、気持ちが穏やかになる位置にあります。お花とお線香を供え、一人ずつ手を合わせて遺族の安泰を報告しました。最後に私の墓参が終わったとき、待っていたようにポツリポツリと精進落としの午餐にホテルに向かいました
2011.09.06
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関東地方は台風の直撃は免れたもののその分、西方の地域に被害がとは言っても、台風の東側の広い雨の区域内にスッポリ包まれていつ降りだすか分らない空弟が立ち寄って車に同乗させてくれるとがありありがたく甘えさせてもらいました「雨が強いと早く走れないし、早めに出かけよう」と8:00に豊洲を出発銀座を抜け首都高→厚木道路へ時折雨粒がフロントガラスを濡らします不安定な天候で行楽を控えているのか道路はガラスキで9:00近くには海老名サービスエリアに着いてしまいました。「墓参りが済むまで降らないでくれるといいけど」「Y(義妹)ちゃんも、それだけが心配だって」車窓から見る相模川は、土色の水が濁流となって流れ所々河川敷にまで溢れています。「これからもっと増水するね」なのに河川敷には数台のクルマが放置されていて他人事ながら「はやく移動した方がいいのに」降ったりやんだりを繰返す中、10:00には霊園に着きました11:00からの法要には少し早すぎました10:30 義妹のYちゃん。甥夫婦・姪夫婦と子どもたちが相次いで到着。みんな三回忌以来の再会です。姪の子ども達の成長には 何処かで見かけても気づかないと・・・とにかく、無事を喜びあい「亡くなって、もう6年経つんだね」と感無量
2011.09.04
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顔も見たくなかった菅首相がようやく野田新首相が就任されました。政治が少しでも良い方向に前進しますように・・・にわかに浮上してきたのが『どじょう』泥臭く底辺を見直していこうと言う気持ちでしょうか私の中で『どじょう』は『どぜう』です。3代目金馬師匠の『居酒屋』をレコードで何回聞き笑ったでしょうか。しわがれ声が懐かしい~(You Tubeでも聞けます)戦後、国語が『現代仮名づかい』になり『どぜう』も『どじょう』と表記するようになり、この部分は通用しなくなってしまいましたがとせうけてえのは何だと聞くから、小僧が「あれは『どぜう汁』と読むので、濁点が打ってあります。イロハは、濁点を打つとみな音が違います」と言うと、それじゃあ、イに濁点が付けば何と読む、ロはどうだ、マは? と、点が打てない字ばかりを選ってからかう。歴史的(旧)仮名づかいでは『蝶々』は『てふてふ』と書きました。助詞はそのまま残されましたが、点字では『ワタシワ(わたしは)』『エキエ イキマス(駅へ行きます)』と発音通りに書きます。
2011.09.02
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