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朝青龍のことです。ひどすぎると思いませんか。報道を信ずるとすれば、まるでプロボクサーが民間人を殴ったと言う事と同じです。それは、即傷害罪で逮捕でしょう!相撲取りの張り手はプロボクサーのパンチと同じ凶器です。いかなる理由があったにせよ許される話しではありません。即角界追放ということで論を待たないと思います。いくら人気力士でも、いくらすばらしい人でも、ましてやそれが人々の尊敬を集める横綱という立場の人が最もやってはいけないことをやってしまったことは非常に重い。強いから、人気者だから許されるなんて事は絶対あってはいけません。立派な立場の人が襟を正さないから今日のこのような状況を生んでいます。この国の首相からしてそうなんです!子供たちはどう思うでしょう?えらいひとは法律違反をしようが何をしようが何でも許させるのでしょうか。この国が壊れていくのはその立場にある人がものすごい影響力のある人がしてはいけないことをし、しかも責任を取らないことです。だから国が乱れるのです。話を元に戻します。大相撲は日本の国技でしょう。格式と伝統を重んじる角界にあって、しかも人の模範となるべき横綱朝青龍が角界にとどまる事は許されません。断固として襟を正すべきです。あまりにも日本のそれなりの立場の人々が子供たちに悪影響を与えているのを我慢できなくてコメントしました。
2010年01月31日
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自分の記録として、意見として、無記名ではじめたブログでしたが、つまんなくなって投げっぱなしにしてました。書いたものは見てほしいと思う反面、人のものもチェックしなければならないわずらわしさからずいぶん遠ざかっておりました。まあ、無記名というのが身勝手な言いぱなしということなのですが、久しぶりに自分のページを見てみたら、この「トラックバック」と言うのはいったいなんなのでしょうか。ごみためのように人のブログに毒を撒き散らしているようですね。このブログの管理者はこんなことは一切関知しないんでしょうか。「トラックバック」というのは何なのか教えてほしくて投げ出したブログにコメントを書き込みました。楽天さん、もっと安心できるブログサイトを構築できませんか?
2009年06月19日
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今春はほんとに忙しかった。3月初旬、山梨県甲府市に出かけた。息子の大学卒業、最後の機会なので卒業式に参列した。自分の卒業式、好きだった女性との別離が悲しかったことを思い出し、青い空を囲む白い山々を見ながら、しばし時の流れの感慨と息子の成長の喜びに浸った。アパートの片付けを済ませ、河口湖をはじめ甲府の周辺を観光し帰途についた。中下旬は仕事の関係で西日本各地に出かけ、いささかくたびれた頃ついにその日が来た。25年の銀婚式記念てなことで、家内と北海道函館3日間の旅に出た。これがまた同じ年代の仲良し夫婦3組6人でにぎやかな旅を計画したものだから、ロマンチックとは程遠いさながらチンドン道中の様相だった。先日、反省会と称し写真やビデオを肴に、また性懲りもなく騒いでしまった。金は使ったけど家内の機嫌を取った事にはならなかったようです。
2007年04月10日
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ディープインパクトが有終の美を飾って引退した。うちでは12月、永年肥育牛を生んできた親牛1頭が引退した。幸いにも同じ町内の肥育牛農家にもらわれていった。永年うちの大事な収入源のひとつで、私が東京の私立大学に行けたのは、この牛に負うところが大きい。両親も年を取り手放す事を決意した。田舎の事とて昔ながらの厩で、うちの両親が愛情込めて飼ってきた牛で分かれのときはさぞ思うところがあっただろう。いなくなってみると厩はひっそりと静まり、差し込む冬日に引退した牛の巨体を思い、長い間ありがとうと思わず口に出た。余生を静かに過ごしてほしいと思う。
2007年02月13日
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仲良し友達夫婦4組で紀伊半島の旅をしてきました。足はボクのポンコツワゴン8人乗り、大人8人だから少々窮屈だけど取り合えず自由が利いて安上がり。日程はというと、なかなか皆のスケジュールが合わないのでこれまた少々強行軍。木曜日の夜に出発し夜間走行で翌朝目的地「那智勝浦」へ着く、その日金曜日は紀伊半島を時計回りに回って鯨の太地町・南端串本町・南紀白浜に立ち寄り「奈良」泊り、町の居酒屋でたら腹食べて翌日土曜日は奈良から宇治・京都に寄って帰途に着きました。その日は帰ってから友達の家でお疲れさんの大宴会。つまり、車中泊(ほとんど寝た気がしない)を含め2泊2日で走行距離1,000キロを超えるきついけれど友達との濃厚な時を過ごした旅でした。普段は仕事に追っかけられてたまに集まって飲み会をする程度だったけど、今年から始めて今回2回目のこの旅行で一段と気持ちが近づいたように思います。単調な夫婦生活のアクセントといったところでしょうか。
2006年11月16日
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あれから1年が経とうとしている。その知らせを聞いたのは出張先のホテルだった。たった一人の妹が逝った。まだ47才。子供も就職しこれからが自分のための人生だったのに。彼岸花が咲く今日この頃、庭の金木犀の小さな花々から甘いにおいが漂ってくる。妹が二十歳の頃だっただろうか、彼女は堀内孝雄の「君の瞳は10000ボルト」が好きでよく聞いていた。その歌詞に金木犀の一節があり、嫁に行ってからも毎年庭の金木犀の花が咲くとこの歌と当時の妹の姿が重なり合うように頭に浮かんでいた。亡くなる一週間前から危ないと言われていたが、私には到底「死」など連想に無く、悪いながらも養生を続けていくものと思っていたし、彼女自身「死」の思いは最後まで無かったと私は思っている。折も折、再び庭の金木犀の香りが漂う季節となり、やっと文章を書く気持ちになった。一人っ子ではかわいそうと医者の反対を押し切って、多くの皆さんの暖かい血液をいただき二人目の子を産み、社会人にまで育て上げた。妹だから言うわけではないが、長いこと血の病気と闘ってきたけど、それを感じさせない生き様だったし、意志の人だった。兄が軽い分だけ重荷を背負って生まれてきたと思えてならない。お墓に行ってもいまだに亡くなった気がしないけど、秋の夜長はこの歳になって妹を失い一人になった寂しさがつのってくる。どうしようもないが、妹の分身二人を見守っていくばかりだ。
2006年09月29日
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今週、台風が絡んだ梅雨末期の大雨が日本各地を蹂躙しています。土砂崩れに伴うライフラインの分断や農地家屋等の浸水、被害にあわれた方は本当にお気の毒です。当地も豪雨による深刻な被害がありました。まだまだ前線が停滞し多量の雨が降るとの予報です。天に祈るしかないのでしょうか。私も豪雨についての鮮烈な記憶があります。小学校2年ごろ台風による大雨で地区内を流れる川が決壊し平地すべてが川と化しました。小学校から川を挟んだ対岸?に帰るのに、道を削って流れる濁流の中を、地元消防団が張ってくれたロープにつかまりながら渡ったものでした。また、昭和47年当時私は高校生で松江に下宿をしていました。その時の豪雨といったらとんでもないものでした。下宿の1階天井まで水位が上がり、松江市全域が甚大な被害を蒙りました。無くてはならない水ですがもうちょっと加減してよと言いたくなります。地球的規模の異変なのでしょうか、自分ひとりではどうなるものでもありませんが、微力ながらごみの分別や省エネ等々自分でできる範囲で意識した生活を心がけようと思っています。これ以上被害が広がりませんように。
2006年07月22日
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いろんなポイントカードを持ってる中で、地元商店街の加盟店で使うとポイントがたまり、100円で1ポイント、カード一杯になると500円の商品券に換えてくれる○×カードがある。たかが500円でかわいいもんだが、金額よりも地元で買い物してしてきたプロセスに達成感があるんです。もうすぐ一杯!一杯になったら家内にあげようと思ってたら、つい先日買い物した時になんと紛失してしまったんです。地元商店街の利用促進をしてきたのにがっかりでした。みなさん、ポイントカードだからといい加減な管理をするとこうなります。気をつけましょう。
2006年07月03日
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快晴、多少風が吹く春の最も心地よい日の一日となりました。連休中盤、自治会の役目のため家を離れられず、わんこと留守番!近所の野球場でのんびり散歩、花が終わって萌え出るような黄緑の葉葉、ウグイス・ひばりの鳴き声、穏やかな春を満喫する瞬間です。この頃はこの快適な時間はあっという間に過ぎ去り夏が来ます。活動の時期が始まったなと思う日和です。さて、我が家の娘が今春短大を卒業し、地元に勤め始めて1ヶ月が経ちました。静かな我が家も娘が帰り1人増えただけでとっても華やかになりました。勤め始めて何かと苦労しているようですが、娘が家から職場に通うのは嬉しいものですね。皆さんの家庭もいろいろな新年度があったかと思いますが若人がんばれといった感じでしょうか!
2006年05月03日
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末っ子の娘が成人し、今春就職予定です。”いなか”なので何をするにも車は必需品です。貧乏お父さんが奮発して新車を注文したまではよかったのですが、お母さんの車が動かなくなってしまった。一挙に2台の車は厳しい!!けど・けど・どうしようもなかんべー!てなことで好むとこの好まざるるとにかかわらず、結果太っ腹!で新車2台を購入することになったんですです。くー涙涙涙・・・!なぜか2台とも納車は大安吉日の同じ日の日曜日でござんした。しかししかし、お母あと娘の女二人は、私の胸中を知ってか知らずか新車にはしゃぎっぱなし。ああ、ああ、ああ、ため息ばかりのお父さんでした。
2006年03月11日
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たまの東京出張、出張前日に探したネットのホテルは上野駅前、仕事を終え一杯元気で向かったホテルは、大人のおもちゃ屋さん近くのこじんまりしたお宿でした。古めの設備でしたが、ホテルの思いの伝わる気遣いがありました。眠りについたのは12時。翌朝はトリノオリンピック、スケートフィギュアフリーの予定、6時ごろから見るつもりが午前4時に目覚めてしまい、ずっと皆さんの演技を見ることになりました。ミキティ(私は彼女の応援団です)は後半力つきましたがいい経験になったと思います。すぐりさんや海外のメダリスト候補はもちろん、すべての競技者の演技を見てしまいました。荒川さんの演技を見て感動してしまった。それまでの選手の演技はもちろん、結果的にそれ以降の演技もはらはらしながら見ていましたが、結果がわかってもそして素人目に見ても全競技者の通しでもっとも神の領域に近い演技を見せてもらったと思いました。その日の私が寝不足にも係らずハイテンションで仕事をしたのは言うまでもありません。
2006年03月08日
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2月3日の節分を過ぎ、4日の立春から一週間たち、またまた白銀の世界になりました。私の好きな詩人「三好達治」は冬の深夜しんしんと降り積もる雪の情景をこう詩に残しました。「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」今年の雪は東北北陸地方を中心として荒れ狂いましたが、雪に埋もれる静かな生活は私たちの内面に静かに深く自分の人生を問いかけます。我が家の犬も猫もひっそりと静かな時間を過ごします。決してテレビは見てはいけません。私たちはテレビの垂れ流す毒に犯されています。こういうときこそテレビをつけずに静かにいろんなことに思いを致しましょう。
2006年02月12日
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明け方うつらうつらしている頃、隣のいびきにふと薄目を開けると、「かあちゃん」ならぬ「ももちゃん」が舟をこいでいる。三本川の真ん中で熟睡中。耳について眠れないので鼻口まわりをやわ握りすると静かになる。しばらくすると「ももちゃん」をはさんだ向こうの「かあちゃん」からいびきが聞こえてくる。さすがに「ももちゃん」のようなわけにもいかず鳴り止むのを待たねばならぬ。それにしてもと思う、子供が成長し夫婦だけで寝るようになってから15年が経ち、就寝中にふと気がつけば「ももちゃん」がいる。さあここまでのお話で「ももちゃん」は何んでしょうと問えば、たぶん回答のトップは「猫」と思うのですが、「奥様は魔女」風に言うと隣でいびきをかいて寝ているのは、実は奥様ならぬ「犬」だったのです。「ももちゃん」は3歳半のめすで、まだ独身です。8匹兄弟で一番甘えっ子だった子で犬種はコーギーです。そうです、胴長短足なのですが耳がぴんと立っていて顔はなかなか精悍です。たまにテレビでフリスビーのロングラン・フライングキャッチをする姿を見ますが「ももちゃん」は一応小さい頃練習はしましたがコーチが悪かったせいかできません。それはさておき、うちの「ももちゃん」は眉毛もあり総じて愛嬌のある顔立ちです。今日は朝食時の「ももちゃん」を紹介します。朝散歩を終え足を洗って上がると、真っ先にダッシュして居間で新聞を見ている「おじいちゃん」にあいさつに行きます。家内が仏壇に朝の膳を持っていく時に「ももちゃん、のんのんさん(仏さんのこと)行くよ」と声をかけると、これまたダッシュして追いかけ座卓を周回し「わん」と礼拝?します(これは気の向いたときだけ)。私も居間で「おじいちゃん」と共に新聞を見ているのですが、朝食の準備が整った頃、盛んに「おじいちゃん」と私に鼻先で「動け」と促がします。切のいいところまで新聞を読みたいのですがそんなことはお構いなしでこちらが腰を上げるまでアタックします。そうです、コーギーはイギリス生まれの牧羊犬なのです。私たちはどうも言うことをきかない羊のようです。何のことはない「ももちゃん」も私たちが食卓につかないと食事にありつけないので必死です。かくして「ももちゃん」が朝食をきれいにたいらげたのを見届けると一日が始まったなと実感する毎日です。さて、「ももちゃん」はほんとに犬なのでしょうか。
2005年12月18日
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この時期は1年で1回、普段の不摂生と運動不足を後悔する「人間ドック」がやってきます。もちろん面倒なので、今まで1回も積極的に行こうと思ったことはありません。本来であればとてもありがたいことなのですが、社命なので億劫な思いを胸にブルーな気持ちで出かけます。さて毎年苦手の胃カメラの番が回ってきた。先生は最初は「力を入れず楽にして」「ゲップをちょっと我慢して」と何度もやさしく声を掛けてくれる、ここまでは多分どの先生もそうだと思うけど、私の場合生理的にこの異物に全く慣れないようで何回も飲んでいるけど学習効果がなく、中盤あたりから先生の優しい言葉もだんだん低い声になり、「どうしてそんなに力を入れるの」などと明らかに怒った声に変わる。終わりには、前の人には掛けていたねぎらいの言葉もなく、看護婦さんの「1時間ぐらい飲食しないで」という注意の言葉もない。そりゃ私だって、痛いのを我慢しろと言われればいくらでもするけど、もともと喉が異物を出そうとする生理現象をどうして私が制御できるんだ、できたらとっくにやってるよ。と毎年の憤りの思いをまたまた致しながらドックを終えました。しかし、今年は結果がいいんです昨年あった潰瘍痕もなく正常とのこと。まあ許してあげようか、などと思いながら病院を後にしました。
2002年12月06日
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バレーボールをやってる高校生の我が子は足を痛め、ジャンプできずに悶々と不本意な練習の日々を続けてきた。多くの成長期の子たちが無理な練習から故障を抱える。そりゃやめれば直るけど、目標に向かって突き進む思いは誰しも同じ。何とか限られた時間の中でうまくなりたい、勝利したいと懸命に頑張る姿を見て「やめたら」なんてとても言えない。何とか間に合うように直してやりたい。痛みを我慢しての練習をこなしながら、西へ東へ南へ北へ病院はもちろん整体・マッサージ・気功等々「いい」と聞けば連れて行く。費用と時間は仕方ないとしても調子がいいのは施術後の一時だけ、思い切りプレーをさせてやりたいと思う気持ちばかりで、なかなか治らないのは辛いなあ。でも先生にも気持ちが通じるのか、深夜にもかかわらず一生懸命に施術いていただく「治してやりたい」という気持ちが伝わってくる。ありがたいと思いながらも歯がゆい思いの日々です。
2002年12月05日
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出張続きでご無沙汰しました。猛暑ですね。若いときはなんともなかったのに年々疲れが残るようになりました。まだ夏は始まったばかりしっかりしなくちゃ。私は「おかゆ」が好きです。出張先のホテルの朝食のメニューにおかゆがあるとうれしくなります。そうおかゆは朝食でいただくのがいいんです。朝起きぬけの気の向かない時に胃に負担なく食事ができるし、何より暑いときの麺類と同じで喉の通りの感覚がいいですね。日本の各地にはいろんなおかゆがあるそうで「紀州の茶粥」のうわさは聞くのですが、残念ながら行く機会がなく想像しつばを飲み込むだけです。とにかく夏場は食が大事ですね。しっかり食べて乗り切りましょう。
2002年07月30日
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先日出張で上京した。台風通過の1日前で暑かった。田舎者で都会の暑さに慣れていないせいか、街を歩くと汗が全身から出るような感じでいささかまいりました。飛行機のおかげでそれこそ近隣の都市に行くより東京の方が時間的に近いので、日帰りで十分仕事になります。便利な世の中だと思うのと物理的な距離をあまり感じなくなり、田舎に暮らす意味が増してきたように思います。東京は相変わらず賑やかで刺激の多いまちです、単調な田舎の暮らしにアクセントといった感じでしょうか。
2002年07月17日
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私は焼酎が好きです。新聞に焼酎に関する記述があったので残しておきます。焼酎の飲み方の王道といえばお湯割り。最もいいのは、あらかじめ水(できれば軟水)で割って数日常温で寝かせた後、遠火でゆっくり温めるのがいい。飲み頃の温度は43-48度。その場で割るなら、70度ほどのお湯をついだグラスに後から同量の焼酎を注ぐのが作法だ。「電子レンジを使うのは焼酎の風味を壊してしまうので最悪」という。焼酎好きなら一度飲んで見たいのが、「初垂れ」(はなたれ)。樽から最初に出てくる焼酎のことで、濃厚な味わいがする。蔵元の見学会などで飲める可能性がある。イモ焼酎なら秋がチャンスだ。まあ「はなたれ」を飲む機会はないだろうけど、水を寝かせゆっくり温めたお湯割を飲むぐらいのことならできそうです。皆さん、一献どうですか?でもビールの季節か!
2002年07月11日
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昨日は地域の仲間と飲み会、今日は高校生の子供の部活の保護者会で飲み会、明日は子供の小学校時代の仲良し保護者と焼肉の会、とまあこの時期の週末は飲み会ばっかりです。都合がつく限り夫婦同伴です。私は会社以外で親しくしてくれる人たちを大事にしています。家族のこと、仕事のこと、地域のこと、あの人この人の近況、話す内容はばらばらですが利害関係がないので長続きするんです。ただ、ついつい飲みすぎるので休日モードから仕事モードに切り替えるのに体がなかなかついてきません。今度の土日はちょっとセーブしよう。
2002年07月09日
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子供の頃、遊んだ近所の神社。うっそうと茂る木々やヤブの中の空間。かくれんぼ、缶けり、メンコ、ビー球、野球等々当時日本中の子供達がしていたであろうありとあらゆる遊びを暗くなるまでした。思い出すと甘酸っぱい気持ちになる。時は流れおじさんとなった今、ほとんど近寄らなくなったそこは、うっそうと茂っていた木々やヤブが整地され子供用の遊具も配置され公園のようになった。そしてつい数週間前から「もも」と毎朝散歩に行く場所となった。今日境内で「もも」を遊ばせていたら日記に書こうという気持ちになってボーとしていたら、ついさっきまで視界の中にいた「もも」がいない。あわてて近所を探したが気配がない。もしやと思い一旦家に帰ることにした、帰ると家人が一人で帰ってきてどうしたのかと思っていたとのこと。ひと安心したけど、勝手に一人で遠くに行くことを憶えさせてしまったな。明日の朝の作戦はどうしよう。
2002年07月04日
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友の見舞いに行った。検査と抗がん剤投与によって疲れている。顔をまともに見れない。ある程度察していると思うが、話をするのがほんとに辛い。脳腫瘍と肺がん、脳の手術が先と決まった。早く元気になって酒を飲もうと言うのがやっとだ。希望を捨てず子供のためにも死ぬな友よ。
2002年07月01日
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コーギー「もも」は生後3ヶ月になりました。お散歩という言葉がわかるようになってきて、「もも散歩に行こうか」というとキツネみたいに垂直に飛んで歓びを表現します。一方私の生活もこの散歩により激変しました。散歩といっても近所の神社の境内まで行ってそこで30分程度遊ばせるだけなのですが、なにせ朝5時(ももに合わせるとこの時間になる)の出発は厳しいのです。ウンチの回収はなれましたが、朝早いのには閉口します。よって私は、家に帰ってからまた布団にもぐりこみます。横着な話ですが、まあ私なりにやっています。
2002年06月28日
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今日は献血の日でした。いつも400CCするのに今日は看護婦さんに200CCにしましょうと言われました。比重の数値が悪かったのでしょうが、体調も普通だしこんなこと言われるのは初めてだったので、「少しは役にたったかな」といういつもの気持ちにはならなかったな。私は献血すると数日間体が軽くなったような気になります。私は変でしょうか、皆さんはどうですか?
2002年06月25日
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ツバメの巣立ちの時期をむかえた我が家では、頼りなげな姿で飛翔というより必死で空を移動しているツバメの姿があります。親鳥は電線の上から見て危険を知らせるだけ、道端に這いつくばった子達は車が近づくと、それこそ必死で飛び立ち電線につかまろうとしますが、なかなかうまくいきません。毎年繰り返される感動の独り立ちの風景です。去年はカラスに巣を襲われ3羽やられ、今年は巣の一部が崩れ2羽が落下しまたまたカラスに1羽やられましたが、1羽は納屋の床下に入って鳴いており助けてやることができました。自然界の中でほんとに無事に成長するのは大変な事です。巣立った子達がたくましく成長するのを祈るのみです。
2002年06月24日
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私の友の奥さんがガンでこの冬逝った。40台のあまりに悲しい別れだった。一粒種の子供は中学1年生の男の子、友は自営の会社を切り盛りし、主婦をしなければならなくなった。朝晩の食事はもちろんのこと息子の弁当を作らなければならない。気丈に男二人で生きていこうと心に決めて奥さんの死を懸命に乗り越えようとがんばっていた。それなのに何たることか、このごろ友の携帯に連絡を入れても返事がなくおかしいなと思っていた矢先、他に気にしている人から入院しているとの話を聞いた。肺がんで手術できないと聞いた。絶句。こんなことがあるのか、やりきれない思いで日記に載せます。神様、友と息子を助けてください。
2002年06月21日
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近所の友人は子供の成長に合わせ増築を決意しました。うちも修理が必要なのですが、来年の大学受験を考えるとなかなか踏ん切りがつきません。私は特段不便を感じていないのですが、家内や子供にとってはみてくれが大事です。そのことは十分に分るのですが、何せこのご時世一寸先は闇、子供が大学を卒業するまでは無理は止めといた方がいいのかなと思ってしまいます。皆さんはどうですか?
2002年06月18日
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毎日「もも」のことが話題になります。子供も大きくなり会話が少なくなっていたのですが、新しく家族の一員としてやって来た「もも」に感謝したい気持ちです。私はだいたい9時前ごろに帰宅するのですが、廊下を滑りながらかけ寄ってくる姿はかわいいものです。うちに来てから2週間が経ちもう一回り大きくなりました。歩く姿はまるで子ブタです。ねこの「まる」との距離も少しづつ縮まってきました。楽しいですよ。
2002年06月14日
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「もも」は子犬のワクチンをもう一回しないとお散歩デビューができないので、今日は自転車の前カゴに乗っけて外に連れ出しました。道々近所のおばさん連中に頭をなでてもらいながら風を切って回りました。家にきて1週間経ち、吠え立てることもなくなり落ち着いてきました。少しずつ「待て」と「お手」を習わせながらトイレの成功率を徐々に上げたいなと話をしています。先住者のネコ(「まる」といいます)は警戒心を解いていません。「もも」は害意は全くなく興味深々で「まる」に近づこうとしますが、「まる」は一定の距離を保って目を離しません。2匹でじゃれあう姿を想像しながら、その内慣れてくるだろうと思っています。
2002年06月10日
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先日ウェルッシュコーギーの赤ちゃんがやって来ました。とにかくかわいい!!親から離れたのに寂しいそぶりも見せず愛嬌を振りまいています。家では代々ネコの家系でイヌはご法度だったのですが、この度、たまたま出張先で飼い主を探していたことと、受け入れ側もまあ仕方ないかといった雰囲気もあり、正に絶妙のタイミングで即決したという感じです。シッコとウンチは成功失敗の繰り返しです。人がいると絶好調なのですが、いなくなるとクウクウなきながらとたんに寂しそうな表情をします。夜は布団にもぐりこんできます。夜中にシッコに起きるタイミングに子供が赤ん坊だった頃を思い出します。当分騒動が続きそうです。
2002年06月05日
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仕事が忙しくてほったらかしでした。我が家ではすでに「ぼたん」の大輪(二輪ほどですが)が咲きました。例年になく早いのは勿論ですが、とても派手に咲いたので喜んでいます。全国各地で早い花のたよりがテレビで伝えられていますね。花々の咲き誇る春は本当にうきうきする季節です。また新緑の山々も素敵ですね。連休には「ひばり」のチチチと鳴く声を聞きながら野良仕事をする予定です。皆さんは春を楽しんでいますか!
2002年04月23日
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阪神電車の中で朝若いOLがすし詰めに近い車内に入ってきてドア-に寄りかかり、やおら開いた文庫本、近くにいた私は見るとも無く文面を追っていた。どんな本を読んでいるのだろうという興味からだが、「鄭森(テイシン)」!あれ?なんか見た名前だな。そうだ、「鄭成功」だ。ちょっと前読んだんだ。そしてちょっと感激、目前で見知らぬ若い女性が、私の好きな歴史ものを読んでいる姿は、うれしいものです。皆さんそういう事ってあります?文庫本上下2巻の大作です。しかも、私の認識不足かも知れませんが若い女性が読むとは!という驚きから出たうれしさです。
2002年04月08日
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私の住まいは田舎です。過疎化対策の切り札?の一つとして「下水設備」が全町に完備されました。私の家では下水設備が出来てから1年経ちます。皆さんにとっては当たり前かもしれませんが、下水設備ってとっても快適ですね。水洗トイレは勿論ですが、私が特にいいと思うのは川がきれいになったことです。台所等から出る生活廃水がいかに川を汚していたかがわかりました。匂いがなくなり、ヘドロ化もせず、雨水のみが流れる子供の頃の川に戻りました。また、ゴミを出さないリサイクル型社会の実現に向けて、いろんな意味で負担は増えますが、自然の中で生きる私たちがしていかなくてはならない事が多いなと思っています。
2002年03月27日
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この歳になって初めて甲子園球場に母校の応援をしに行くことになりました。まさかの正夢で今からわくわくしています。声をからしてストレス発散する予定です。どうか心に残る試合をと念じています。
2002年03月25日
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彼岸の中日は、春の嵐が吹き荒れる一日でした。彼岸になるとなぜか特別な感情が湧いてきます。というより自然と昔の自分やその生活が湧き出して来るんです。普段自分を振り返る事などあまりない生活の中で、めぐる季節に立ち止まるということでしょうか。私たちは、木の股から(表現が下世話ですみません)生まれたわけではありません。営々とした先祖の血のつながりの現在形として、今を生きています。善し悪しは別にして有形無形の財産を受け継いでおり、先祖に思いをはせること、感謝することは当たり前なことだろうとおもいます。忙しさに埋もれる生活の中で、立ち止まり早咲きの桜でも見ませんか。
2002年03月22日
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某紙・・・「他人と自分を常に相対的に比較し評価する生き方」には大きな問題がある。①他人との比較の中に生きるということは、自分の指針が常に動くということになる。世の中が変わり人が変わっていけば自分の価値観も浮き草の如く変化していくことになる。②他人との比較の中に生きると嫉妬心が生まれやすくなる。しかし、自省する心があれば嫉妬心を前向きなエネルギーに変換することが可能となる。一方その心がなければ、嫉妬は人を地獄に導く暗いエネルギーになる。自省する者にとって大切なことは「何が正しく、何が不正か」を問い掛けること、つまりそれが倫理であり道徳である。そしてその裏に宗教の存在がある。自ら反省することすなわち自省する心を持ち、今日から人の所為・世の中の所為にせず自分を見つめよう。・・・そして幸せになろう。
2002年03月19日
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私は子供に部屋を与えただけで良しとしていたから、某新聞にあったこの文章は意外だったなあ!・・・壁のない開放的な「傘の家」に育ったわたし達日本人は、急激に西洋化され「壁の家」になった時、ドアは壁のように閉めるものだと思った。プライバシーを重んずる西洋人は、個々をきっちりとドアで閉め切って暮らすものと思い込んでいた。ところが実はアメリカの家はどの部屋のドアも空いている。子供部屋は当然のこと、寝室もトイレも開けっ放しだそうだ。ドアは閉めるものではなく開けておくものだそうだ。着替えや就寝する時だけ閉める。それがドアなのだそうである。ドアを閉めているときはそれなりの意味がある時だという。大陸で国と国がせまっている欧米では侵略や略奪に備えいざとなったら分厚いしっかりしたドアを閉める。したがってドアは全部内向きだそうだ。侵略者に対して内側からカンヌキも掛けられるし、家具などで塞ぐこともできる。ドアは家族関係にまで影響する。それだけにドアの扱いは慎重でなければならない。小さな子供達に部屋を与えると彼らは最初にドアを閉めるがすぐ開けてしまうそして2度と閉めようとはしない。寝るときも開け放したままだ。部屋をもらうのはうれしいが、本当は家族と一緒にいたいのだ。日本では勘違いから親の方から「しつけ」や勉強のために閉めさせているわけだが、当の子供は家族から締め出されたと感じてしまう。こうしてドアを閉めていることに慣れてしまうと、いずれ家族が入ることも嫌がるようになってしまう。たかがドアと言うなかれ、作り方・使い方によって家族のふれあいに大きな差が生じてくるということか。・・・
2002年03月18日
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目標を定め、それを達成するために全力を尽くす。自らの欲望を実現すべく最善を尽くす。どんなに障害があろうともそれを乗り越える。人間の欲望や努力を肯定し、諦めないところに人間の尊厳をおく西洋の思想に比し、東洋的諦念は人知、人力を超えた運命を受け入れ、そこに歓びを発見するようすすめる。過大な欲望を抱いて自分をかりたてるのではなく、足るを知るのが一番幸せな生き方だとする。人間が変えられるものについては努力をして良いが、変えられないもの、変えるべきでないものは受け入れる。そのバランスと神の領域に踏み込まないあきらめが必要だという考え方がある。・・・記載された雑誌名は忘れました。私には非常に共感できる文章です。「足るを知る」ことは人を、大きくは地球を救う唯一の方法だと思っています。
2002年03月15日
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私たちの世代は学校卒業後、希望職種に入れたかどうかは別にして深く考えることも無く(私のことです)終身雇用という列車に乗り込むことが出来た。これまた額の多少は別にして、少なくとも現在までは安定収入があり今の家庭を築くことが出来た。ところが経済情勢が悪化し、就職先も限られ、経済基盤が弱い現代の若者は結婚は出来るが、子供は無理で少子化に拍車がかかり、ますます子供が大事にされ、ますます若者の自立(精神的にも経済的にも)が遅れる。しかしこのことをもって、現代の若者はかわいそうだなどと嘆いているひまは無い。日本は早急なる若者の自立を即す社会基盤の整備が必要だ。また、私たちは若者の将来にまた日本の将来にもっと思いを致さねばならないと思う。自分さえ良ければでは無く、人として思いやりをもって正しく生きようと努力したい。これは自戒の言葉です。
2002年03月14日
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日経新聞の記事から・・・私たち個々人が持っている「個人空間」は一定でなく、人と人のかかわりの場面によって伸び縮みする。個人差も非常におおきい。男女差や年齢差もあり非常に面白い。大学生対象のある調査では、男子学生の空間の方が女子学生より2.5倍から3倍大きいという。これは女子学生たちが男子学生よりはるかに体をくっつけるようにしていたがる見慣れた情景を思い出すとよく納得できる。また個人空間は年齢とともに大きくなり40歳前後で最大になり、それ以降再び小さくなるというデータがある。実際私たちは記憶をめぐらせてみると、中・高生時代までは親しい友達と体をひっつけるようにしていても平気だったが、だんだん友達とも距離が必要になってきた。就職して30代40代と年齢を重ねるにつれ、いつも大勢で集まって楽しかった部屋がたまらなく窮屈に感じられるという経験はないだろうか。そしてまた老年に達した人たちが身をくっつけるようにして話している姿を見ることはないだろうか。確かに私たちは誰もが加齢とともに場所をとるようになり、ある年齢に達した頃からまた場所をあまり取らなくなるように思われる。・・・面白いと思いませんか?学者と言うのはいろいろなことをけんきゅうしているのですね。
2002年03月13日
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皆さんはモンパチなるものを知っていますか?私は、通勤途中の車の中で子供がつくってくれたカッセトを聞くのですが、趣味で聞いているわけではないので、今はやりの女性歌手やグループが歌う音楽も遠くで聞こえるBGM状態です。さて、そんな中で冒頭のモンパチですが、最近作ってくれたテープの中で、出色の出来です。なぜか力が湧いてくる歌です。歌詞と歌に生命力があるような感じです。ぜひ一度聞いてみて下さい。
2002年03月12日
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いつもの帰り道夜間峠越えの道を下っていくと、たまに道路わきの山すそから出てきた「たぬき」くん?さん?に出くわす。道路上で止まっているのか移動しているのか定かでない緩慢な動きなので、強くブレーキを踏むこともある。「おまえ道路はすばやく気をつけて渡れよ」と一人ごちながら通り過ぎる。多分同じたぬきと思うが、今まで片手ぐらいはお目にかかっている。今朝出勤時、くだんの場所を通りかかると山すその道路わきに轢かれたたぬきがいるではないか。「ああ!ついに」との思いと哀れさがこみ上げた。突然走り出たのなら避け様もないが、そんなにスピードが出ていなっかったらあるいは避けられたかも知れない。自戒しなければと冥福を祈った。
2002年03月11日
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同じく日本家屋について「縁側」の存在を思わずにいられない。自然と厳しく対峙してきた欧米人の建物は外界を拒む思想から生まれる。日本家屋は自然と一体になる思想に満ちている。人間界と自然界の融合場所としての「縁側」を感じる。この日本の伝統文化は、日本人の心を支えてきたものではなかったか。自国の文化は自国の先祖の知恵に満ちている。忘れてはならないルーツと未来だと考える。
2002年03月10日
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日本の伝統文化の奥深さのひとつに「包む」という技術がある。「ふろしき」という正方形の布に実にみごとに収納する技術は、合理性に富んでいる。欧米のカバンに代表される一定の形の入れ物に物を収納する発想からは決して創造できない、収納する物を主として考える自由な発想がある。長短・太細・丸方形状関係なく包み込む「ふろしき」の発想は自然と生きる日本人の発想そのものと思う。一定のものに押し込める、厳しい自然と闘ってきた欧米人の対決姿勢とは相容れない、まったく違う発想だ。みなさん、一升瓶2本を包み込む技を見たことありますか。すばらしいですよ。
2002年03月09日
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米国の政治学者アンドルー・ハッカーによると、現代では全ての人が「自分は何がしかの意味のある存在であり、他の人とは違った価値をもつ個性だ」と信じ込まされている。だが巨大な現代社会では、全員何がしかの人物になれるわけではない、ほとんどの人は「だれでもいい者」として扱わざるをえない。にもかかわらず「何者かであれ」と推奨されるのなら、多くの人が不満を持つようになるという。現代は「何者か」であるために個性とかアイデンティティとか、差異や新しさにこだわることが脅迫観念となり過剰な自意識が蔓延した。これはとっても疲れるのだ。時に「がんばらないこと」は非常に大切なことであり、教養なのだ。自分のすべきことを「結果をだそうなどと考えず」無理をせず無駄なエネルギーを使わず、余計なストレスを除いて気持ちを楽にしよう。それは小さな幸せのための一つの技術だ。等身大の自分を見つめ楽に楽しく生きていこう。
2002年03月08日
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