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ホテル日航成田に優雅に前泊したきらり。2017年1月18日(水)午前8時半頃に成田第2ターミナル南ウィングに到着しました(^0^)Vいやいや~久々羽田を2回連続で使った後の成田空港は、遠く感じます!!それでも、ここに立つ時の気持ちは、いつも初めて海外旅行に行った時と同じ♪今回の両替は、イースター島は・・・「チリペソ」南米だと大体が「米ドル」が通用するようにチリの自治区である絶海の孤島イースター島も「米ドル」が、普通に使えるそうですが、おつりは、「チリペソ」になることが多いのでなるべく1ドル札や小さな5ドルや10ドルを持っていると良いです。と言う事で今回の両替は、2万円最近、ニューヨークへ2度ほど行って1ドル札を23枚も所持しているのでイースター島は、これで大丈夫。カードも使えるので、ここでは、買うものも少ないので充分だと思われます。観光地のトイレは、1ドルもトイレ・チップがかかるので・・・必ず1ドル札を持っている事です。それにしても、この時・・・1ドル=117円117円のトイレは、高いですね!78円の円高が懐かしいです。タヒチは、フランス領ポリネシアですから、どうしても、ポリネシア・フランが必要になります。成田空港第2ターミナルの両替所は、少ないのですが、私は、南ウイング・ユニクロの近くで両替しましたが結構~並んだので、時間に余裕を持って両替所に行かれたらと思います。タヒチは、近代化が進んでいるので、大きなお買いものは、カードが使えます。マルシェ(市場)では、ポリネシア・フランと米ドルが、使えました。米ドルは、余っても困らないから・・・2万円ポリネシア・フランは・・・1万円合計3万円の両替をしました。お買物が、無い方だったら5000円で大丈夫かもです!?いよいよ「エア タイチ ヌイ」カウンターへおや~何番なの?ちょっと分からないので人に聞きました!南ウイング・ユニクロの先を曲がって・・・あ~っこんな所に!チェックイン・カウンターがあるのですね~それが、何だか並んでおります・・・まだ受付が始まって無いらしい?30人位・・・並んで居るでしょうか?かなり高齢者が、多いのでびっくり!!世界最果ての地へ行くのは、若者だとばかり思って居たのにどこの国へ行くよりも平均年齢が高いと思われます~そんな事を観察しながら、カウンターが開きそのままズズッと進みましたがチャーター機なので、座席の並びは、2-4-2座席は、すでに決まっていて私、みたいなひとり旅の人は、中央の通路席です。窓からの2席は、ご夫婦って感じです♪エア タイチ ヌイ新婚さん・・・お勧めです(^-^)Vまぁ~ひとり旅も慣れたもの羨ましい~かと言われれば(ちょっぴり)おにぎりと大福を買って・・・出国審査へピンポン!って鳴って身体検査されたけど、異常なし(^0^)bそうそう、マニュキアと口紅を免税店でカード購入(6300円)ウキウキ♪出発ゲートへ来てますね~♪タヒチっぽい・・・飛行機(^-^)ウキウキ♪約300人乗りの飛行機カワイイですね~その前に作業があります!成田から、タヒチで乗り換えチリ・イースター島の入国書類です。スペイン語の書類を見るだけで・・・パニック!調べて来たし書けると思ったけど・・・あら~書類が、最近変わったみたい?私たちのグループは、書き込むのに必死です。高齢者が、多いグループは、旅行社にかいてもらっているらしく?最後に名前を書くだけで良いのだとか?私は、2か所、怪しい箇所があったので飛行機の中で、外人搭乗員に聞き何とかクリアー♪ほっ。何しろ定員が、約300人の飛行機は、チャーター機で、ほぼ全員がタヒチ経由=イースター島2泊=タヒチ2泊6日間の日程なのだそうです。全員が日本人(^O^)/ 最高齢は、92歳なななんと~92歳とな!88歳のおばあちゃまなどゾロゾロ凄いですね~家のおばあちゃんなんて、 絶対にイヤがりますよ! 後期高齢者は、本当に尊敬しますね~素敵だけど、ほぼ命がけです。なんて、思いながらも・・・いよいよ搭乗ウキウキ旅にぽち
2017.01.31
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『世界の最果ての地イースター島&タヒチ6日間』久しぶりのツアーに申し込んだのは、昨年の7月27日の事。何と~申し込みは、1番でありました!広告が入って、まだネットにも掲載されていなかったので電話で、旅行社に申し込んだのですが・・・ネットで掲載された時は、すでに満員でキャンセル待ちは、16名もあったとか!?それほどの人気のツアーでありました。目的のイースター島は、アメリカ経由で、南米を経由して最低でも2回の乗り換えを要する正しく世界最果ての地でありますが・・・このツアーは、タヒチ経由で、イースター島と言う比較的楽なコースでありますが、成田から約12時間+タヒチから約6時間結構~遠いのであります。1月18日(水)の出発と言う事で、この時期は、大雪とかに当たるとタクシーも、お断りされる事も多く最近のJRは、事故が多くそんな事で、ドキドキしたくない私。昨年のアイスランド旅行も成田で前泊して優雅な旅となりましたので・・・今年も、成田で前泊する事を思い立ち12月11日に「ホテル日航成田」スタンダード・シングルお部屋をGET!!!ご飯が、付かないから6300円です♪昨年は、雪が降りそうと言うので・・・前日、申し込みなので12000円でした!早いと約半額なのですね~これもご飯が付いていないしお部屋は、今年の方が広い感じでした。そんな感じで、案の定チャーター便の出発が早くなり成田空港集合が9時15分に変更あ、あ~やはり前泊は、正解でしたね!と言う事で、4泊6日『世界の最果ての地イースター島&タヒチ6日間』は、5泊7日となったのですが・・・この時、この旅が9日間になるとは、夢にも思わなかったのであります。2017年1月17日(火)昼過ぎに家を出発吉祥寺で、今夜のお弁当と明日の朝ご飯(サンドイッチ)を軽く買って吉祥寺発成田空港第二ターミナル行きのリムジンに乗りました。(3100円)前日は、各地に大雪が降ったのですが・・・ここ東京は、降らなかったけど前泊の予約が、あったのでここ数日は、ドキドキしないで幸せな日々でしたが、タヒチの天気予報が、毎日、雨・・・!おや~?調べてみると、12月と1月は「雨季」らしい?イースター島は、乾季ですがえええ~~~っタヒチ!何だか一気にやる気失せました~でも、目的は、イースター島タヒチは、付けたしだしホテル自慢のプライベートビーチとプールそして優雅にオイルマッサージ予定なのでお天気は、さほど気に掛ける事も無いと・・・しかし、タヒチの大雨を、なめておりました!2日間も空港閉鎖になり音信不通で、お仕事も無断欠勤になるとは!本当に申し訳ない事であります。成田空港第2ターミナル到着15:00成田空港から、ホテルまでは無料バスは、33番です~。時刻表を見ると・・・15:10おおっ!ぴったしナイス・タイムング♪大型バスが・・・来ました!賑やかな中国のご家族と一緒に・・・ホテルへチェックイン13:20(^0^)bお部屋は、1012号室~10階の12号室です♪「ホテル日航成田」6300円のお部屋~どんなでしょう?1012号室の窓ひとりシングルのベッドストライプで、お気に入りのパジャマは、昨年と同じ♪昨年は、エァーウィーブのベッドで12000円でしたが今年は、普通のベッドですが・・・アスリートでも無い私にとっては、このベッドの方が快適です!除菌スプレーは、昨年は無かったかな?デスクには、テレビと鏡、湯沸しポットにティーバッグのお茶(これは、昨年、良くなかったので持参した方が良いです!)今回は、会員になったので「空水」ミネラルウォーターのサービス♪ウェルカム・ドリンク・サービスもあります♪もう~すっかり着替えてしまったので↑これは、朝に使いましょう♪10階からの景色冬景色にプールは・・・寒そう!洗面所+トイレ+お風呂お風呂も快適です~嬉しいスリッパこれは、薄いから海外でも重宝♪ちょっと早いけど吉祥寺で買った2割引き「チキン南蛮おこわ弁当」いただきます~♪美味しいですね~やはり日本食は最高です!ふと外を見ると・・・お庭には、イルミネーションがっ!ああ~っ!やはり、1階でウェルカム・ドリンクの方が良かったかな?少し、後悔。でも、スッピンなので・・・断念。自宅から持って来た「聘珍樓」のマーラーカオ(^0^)デザートにしては、ヘビーです!2017年1月18日(水)朝希望の新聞が届く・・・昨日、買って来た「サンドウィッチ」食べて1階のラウンジで、ゆっくり食後の・・・独り紅茶♪家族連れが、朝食を楽しんで居ます♪私は、出発が早いので・・・朝食は、無し(お部屋で食べたけど)遠慮がちに・・・オレンジジュースもいただきました(^0^)b朝から、まったりできて~ルンルン♪貴方の年齢を当てますね~えっ!?両手をつないで、目を見て~~~アイボ君=貴方は、見た目と年齢が違うと言われますか?きらり=えっ!?アイボ君=う~ん!今日は、調子が悪いな!?と、年齢不詳の私、アイボ君にも年齢は分からなかったらしい?そろそろ第二ターミナルへ行く無料バスが出るころ・・・おっと~大型バスが満員です!スペイン語・中国語・英語が飛び交う車内それでは、いよいよ世界最果ての地へ出発です(^-^)V優雅にぽち
2017.01.30
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イースター島に行って来ました(^0^)V2017年1月19日(木曜日)モアイ(^O^)/ 15体・・・素晴らしいでしょ?おっと~きらりも(^-^)♪【世界遺産】にぽち
2017.01.29
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ポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 【伝説】その5 不思議なティアレの物語ポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 【伝説】その5 不思議なティアレの物語ライアテア島の北側には、テメハニと呼ばれる緑濃い高原が広がっているがそこには5枚の花弁からなる珍しいティアレが咲くといわれている。手のひらのように小さくて真っ白い子の花は、夫を愛するゆえに命を絶ったアペタヒを偲び名づけられたものだ。昔、ライテア島の人里離れた山奥に夫婦が住んでいた。ある日夫の横暴な態度に傷ついた妻アペタヒは、失望の余り家を飛び出すと自分の左腕を一思いに切り落とし命を絶った。釣りから戻った夫は、妻がいないのに気づき必死になって探すが姿が見えない。「あれほど行きたいといっていたのだから一緒に連れて行けばよかった」と後悔するが、もう~遅い。愛する妻は、いなくなってしまったのだ。ある日旅に一行がテントを張り一夜を過ごすこととなった。そして、翌朝花のつぼみが開く音で目が覚めた。近づいてみるとそこには、小さなティアレの花が咲いていた。今もティハニ高原に行くと朝日がさすその瞬間つぼみが開くかすかな音が聞こえると言う。伝説にぽち
2017.01.28
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ポリネシアの伝説 Legends of Polynesia その3 英雄マウイにまつわる話昔、日の出から日の入りまでは今ほど長く無かった。太陽が昇ったかと思えばすぐに沈んでしまうので夜の長さが大変長く昼間は、あっという間であった。これには、皆大変に困っていた。母ヒナは、衣服を作るために樹皮を洗って乾かそうとしてもまったく乾かぬうちに日が暮れてしまう。そこで末っ子マウイが、立ちあがった。彼は、太陽を捕まえるために山に登ると木のふもとに大きな穴を掘って隠れていた。やがて山の緑に一筋の光が見えてきた。太陽には、16筋(本)の足があったのだがマウイは、次々とそれらを捕まえると丈夫なロープで、木に縛りつけていった。とうとう~身動きのできなくなった太陽は、困って助けを求めてきた。「何でも言うことを聞きますから助けてください。」そこで、マウイはもっとゆっくり動くことを命じそれ以来昼間の時間が、ずっと長くなったのだという。伝説にぽち
2017.01.27
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昨日、何とか命を保った状態で帰国いたしました(^-^)ほっ。それがですね~もう前代未聞であります!これは、大きなニュースになるはずの事件でありますが~帰国してみると・・・誰も知らないと言うことに不思議は、ありませんがっ!おいおいお話をしたいのですが・・・もう~疲労困憊の帰国午後から、お仕事に行きましたがシャキッ!!としているつもりが・・・あくびが連発何とか仕事を熟す私「きらり」でありました。まぁ~長く語ると非常に長い話では、ありますが・・・イースター島&タヒチ6日間ひとり旅55万円をポン。と支払っただけのスリリングの旅であります。ザッと、語りますと・・・成田空港からタイチヌイのチャーター便飛行機に乗りタヒチ経由でイースター島で、目的のモアイに沢山あって・・・イースター島を2泊してからタヒチに2泊して帰る旅であります。一番の事件は・・・タヒチが前代未聞の大雨により街は、膝まで水に浸かり・・・空港も膝まで水に浸かった!そして、恐ろしいのは・・・私たちの飛行機の扉が風で飛んでタヒチでは、修理不能である事。・・・それを知ったのは、後の事で私「きらり」は、優雅なスイートにひとり宿泊し海で波と戯れ・・・ホテルのプールで泳ぎまくりしておりました。フランス領であるタヒチは、フランス語ですから人に聞いても事情は、つかめず分かった事は・・・ただ当分、日本に帰れない事だけそれでも私たちのホテルは、少しだけ高台にあった為に水没する事が無かったのですが・・・時々の停電に電話が使えなかったりエレベーターも使えなかったりでのんびりしながらも大変な事態であることを徐々に悟り良く見れば・・・ホテル内も土嚢があるし、裏山も一部、崩れ落ちているしホテルのスタッフは、帰宅できなくて、そのまま2日間仕事を続けているとのお話。少ないスタッフで、ホテルを維持する事は大変だと我慢する所は、我慢して・・・ですね結局、タヒチ2泊は、3泊となり昼には、ホテルの部屋を引き払いホテル内の「避難所生活」が夜の8時までそれでも、ひとり優雅にホテルのサンセットディナーを楽しみ♪思い出づくり・・・夜になり空港へ空港は、凄い人で!何しろ2日間の空港閉鎖で、ごった返し私たちの飛行機は、扉が飛び修理不能なんでロスアンゼルスからの救援飛行機に乗り帰国致しました。まだまだ、これまでにはアクシデントの続発でありました。そんな詳しいお話は、お写真と共に・・・おいおいですね~。それにしても飛行機の扉が空の上で飛ばなかったラッキーに感謝であります。また生き延びてしまいました。命に~ぽち。
2017.01.26
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ポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 【伝説】その4 ウツボに変えられたプヒリポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 【伝説】その4 ウツボに変えられたプヒリポリネシアでは、産後に胎盤を木に吊るし乾燥させたから屈葬するという習慣があった。というのも昔は出産する度にふたりの子ども(赤ん坊と胎盤)が生まれると考えられていたからである。だが、ふたつめの命は常に出産とともに尽きてしまうという運命にあった。これは、マニヒ島に伝わる物語である。プヒリは、村で一番大きく美しい木に吊るされていた。そう~プヒリは、ふたり目の子どもであった。3日目になりあたりには、暗雲が立ち込め始めた。そして、風が吹き荒れとうとうプヒリは、ラグーンへと、たたきつけれられてしまった。それを見た先祖たちは、プヒリをかわいそうに思いプヒ(ウツボ)に変え彼が大きくなるまで大事に育てた。ウツボたちと一緒に海で過ごしたプヒリは、成長するとマニヒ島へと戻り名高い勇士として、村を守ったと言う。伝説にぽち
2017.01.26
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ポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 【伝説】その2 ヒナとウナギの愛【伝説】その2 ヒナとウナギの愛昔、クック諸島のマンガイア島にヒナという名の少女が、住んで居た。ある日彼女が、川で水を浴びていると・・・大きなウナギが、体をすり寄せてきた。最初は、気味悪く思ったがそのうち慣れてそのまま好きなようにさせていた。ある日いつものように水を浴びていると・・・ウナギが、若い男に変身した「私は、ウナギの守護神トゥナである。あなたの美しさに惚れてしまいました。」以来、ふたりは仲良く暮らした。ところが、ある日ウナギは、言った「お別れの時が来ました。でも、悲しまないでこれから大雨が降って洪水が起きるが心配は、いらない。私が助けに行くのであなたは、私の首を切り落として埋めてください。そして毎日そこを訪れてほしいのです。」夜になると大雨が降り始め家の入口まで水がせまってきた。だが、ヒナはトゥナの言ったとおりに待っていた。するとウナギの姿でトゥナが現れたので彼の首を大きな斧で切り落とすと裏庭に埋めた。ヒナは、毎日恋人の墓のもとへ通い続けた。しばらくすると1本の緑の芽が出てきてどんどん成長するとやがて実をつけた。それが、ココナッツの起源である。人々は、木や枝から家を造り実からは、果実やオイルを採ることができた。これは、トゥナの頭から生えてきた証拠に二つの目と、ひとつの口のような穴が開いているのに気づくだろう。白い果肉は“トゥナの脳みそ”とも呼ばれている。伝説にぽち
2017.01.25
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ポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 【伝説】その1 世界のはじまり ポリネシアの伝説 ”Legends of Polynesia” 世界のはじまりは闇であった。 そこに微かな光が現れ 神が生まれた。 そして・・・ 次々と大地や空 人間や動物を創造していく。 どこまでも続く海と 原生林で覆われたポリネシアで、 今も あちらこちらで語り継がれて物語。 そんな先祖たちの 創世神話や英雄伝説 恋愛秘話に・・・ ちょっとだけ触れてみましょう~。 そこから 新しいポリネシアの姿が 見えてくるかもしれない♪ ☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~ 【伝説】その1 世界のはじまり 太陽も月も 空も海もない時代 この世には、 タンガロアと 彼が住む大きな貝殻だけが存在していた。 ある日 長い眠りから覚めたタンガロアは、 貝殻から這い出て外に出た。 「誰かいるか?」 と呼んだが・・・ 答えは、無い。 怒った彼は、 貝殻を持ち上げると それは大きな空となり・・・ 頭上を覆った。 続いて、もうひとつの貝殻を砕くと 岩と砂になって地面ができた。 しかし まだ誰も自分の命令を聞くものが いないのにいらだった彼は、 今後は、 自分の背骨を取り出し 壮大な山脈を作った。 次に内臓を引っ張り出し 天に投げると・・・ それは、雲となった。 そして 肉から肥沃な大地を 手足の爪から 魚の鱗をもつ海の生き物を 腸からエビやウナギを 次々と作り出していった。 そうして 流れ出た血は、 空を赤く染め・・・ 虹となった。 次に タンガロアは、 4人の神を造ると、 最後に人間を造った。 このように世界の始まりは、 貝殻であった。 貝殻のなか 暗い闇のなかに命があり そこからあらゆる生命が誕生していったのである。 伝説その1=世界のはじまりでした。おわり~☆伝説にぽち
2017.01.24
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【世界遺産】イースター島「イースター島博物館」には、現存する唯一のモアイの「目」があると言う♪Museo Antropologico Sebastian Engilert「イースター島博物館」・・・とは?海辺にモアイ像があるタハイの遺跡から坂を登ったところにある!島の立体模型や・・・島の歴史、モアイの製作運搬に関する学説の紹介小さいモアイの頭や女性のモアイなどが展示なかでも必見は・・・ほぼ完全な完全な形で現存する唯一の目1978年にアフ・ナウナウのモアイ像の修復作業中に見つかったもので高さ=19cm左右=36cm中央の部分は、赤色凝灰岩白めの部分は、白珊瑚が使われている。ほかに伝説精霊カバカバの木彫り像ロンゴ・ロンゴの文字が刻まれた板が展示されている。展示の説明は、全てスペイン語ありますが、入口の受付で「日本語の解説ファイル」を貸してくれる。館内は、フラッシュ・OFFなら撮影可能(^-^)bイースター島博物館火曜日~金曜日 9:30~17:30土・日 9:30~12:30大人=US$=2子ども=US$=1【世界遺産】にぽち
2017.01.23
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【世界遺産】イースター島の「モアイ像」をいっぱい見る為には、どうしたら良いのでしょうか?そして、民芸品やお土産も・・・買いたいのです(^-^)b島全体に点在する・・・「モアイ像」レンターカーで、回るか?(レンタカー会社 INSULAR)イースター島のレンターカーは、ほとんどマニュアル車レンタバイク・レンタルバギー・レンタル馬・レンタサイクルもある!☆ただし、イースター島では、保険が効かないので「注意」と言う事で・・・ツアーに参加するのが普通~♪ハンガロア村から歩いて行けるのは、タハイ遺跡 Tahai くらいしかありません!まずは、ハンガロア村の港に立ってみましょう~♪海を背にすると・・・坂の上の教会が見える。なんと素敵~憧れます!!右方向に真っ直ぐ歩くと・・・タハイのモアイ像「イースター島博物館」 Museo Antropolgico Sebastian Englert港から、教会に向かってテ・ピト・オ・テヘ・ハヌア通りAv.Tepito O Te Henuaを上がって行くと・・・最初に交差するのは、アタム・テケナ通りAtamu Tekena土産物や、レストランゲストハウスなどが並ぶ一番賑やかな街突き当りを左に行くと民芸品市場Mercado Artesanalがあります。【世界遺産】にぽち
2017.01.22
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イースター島には「ロンゴロンゴ」と言う不思議な文字がありました(^-^)b謎の文字「ロンゴ・ロンゴ」・・・とは?1770年、スペインからフェリーペ・ゴンザレスが、イースター島にやって来ました。そのとき島民は、奇妙な文字でサインしたと言う・・・それが「ロンゴ・ロンゴ」です。しかし、1862年ペルーの奴隷狩りによって・・・最後の読み手である「タンガタ・ロンゴ・ロンゴ」たちも、さらわれ死んでしまった。1864年宣教師ユージン・エイラウドは、島の民家から、いくつかの文字が彫られた木片を発見したと言うがその後島民のキリスト教改宗とともにほとんどの「コハウ・ロンゴ・ロンゴ」もの言う木は、「悪魔の文字」として焼き捨てられてしまった。謎の文字となった「ロンゴ・ロンゴ」ですが根気強い研究によって・・・文字の読み方は、解明されました。まず右上から左へ読み・・・180度回転させて板の上下を逆にして・・・下から2行目を右から左へと読むこれを、繰り返すという奇妙な読み方でした。文字のルーツは・・・インダス流域の「古代インド文字」「アンデス文字」「エジプト文字」と、諸説入り乱れています。内容にしても、神への祈り神官への支持鳥に伝わる伝説死者の名簿など様々です。ロンゴ・ロンゴの文字が刻まれている木片で現存しているのは・・・世界で、たった28点。世界各国の博物館などにあるが・・・イースター島の博物館には、本物は、1枚しかありません!チリ本土の「サンチアゴ国立自然史博物館」にあるものの複製が、2枚展示されています。この文字が解明されれば・・・島に残された多くの謎が解明されるかも知れませんね♪世界遺産にぽち
2017.01.21
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イースター島は、モアイ像を信仰する部族間の争いが続きモアイ倒しで争いが耐えなくなります。その後【世界遺産】イースター島 オロンゴの鳥人儀式・・・とは?17世紀~18世紀部族間の争いで・・・次々と「モアイ像」は、倒されました。モアイ信仰は、衰退していった。そして、生まれたのが・・・「鳥人崇拝」島の宗教指導者たちは、ラノ・カウ山の南西側の「オロンゴ」に儀式のための集落を造った。そして毎年7月~8月になると・・・伝説の神「マケマケ」が、新しい季節の到来を告げるための使者である渡り鳥たちの来訪を待った。鳥人儀式は、「マケマケ神」の化身である鳥人「タンガタ・マヌ」を選ぶための儀式のため各部族から選ばれた族長の代理人である「ホプ・マヌ」たちは・・・まずラノカウ山の麓で、崖登りや水泳の訓練を重ねた。そして、一番鳥が、渡って来ると・・・儀式が始まります。「ホブ・マヌ」たちは・・・儀式のための特別な食事をとり全身を土でペイントする。それから、オロンゴの300mの断崖絶壁を下り2km先の沖合に浮かぶ「モトゥ・ヌイ島」へと海流を横切って泳いでゆく・・・島に着いたらグンカン鳥が巣を作る洞窟で鳥が、卵を産むのを待つ・・・やがて卵を持って泳ぎ帰る崖をよじ登ってきたホプ・マヌから最初に卵を渡された族長がその年のタンガタ・マヌとして島の宗教、政治の実権を握ります。この制度は、部族間の争いに終止符をうち・・・平和をもたらした。しかし、やがて西洋人たちが続々と島にやって来ると同時に島の文化は、急速に失われていく鳥人儀式は、1866年を最後に行われなくなった。世界遺産にぽち
2017.01.20
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イースター島 アフ・アキビ Ahu Akivi 海を向いているモアイ像イースター島のモアイ像の中で唯一「海」を向いて立って居るモアイ像だそうです~♪アフ・アキビ Ahu Akivi ・・・とは?数あるモアイ像の中で唯一、海に向って立てられたモアイ像アフ・アキビ Ahu Akivi島の中央近くの草原に横に長く延びたアフの上に7体のモアイ像が水平線を見つめながら立って居る。1960年にウィリアム・ムロイ博士によって復元モアイ像は、ホトゥ・マトゥア王の伝説に出て来る7人の使者とも、7人の王子とも・・・言われる初期に製作されたモアイ像のためプカオを載せていないそれぞれ4m余り重さは、10トンもある重厚なお姿。世界遺産にぽち
2017.01.19
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【世界遺産】イースター島 アフ・ナウナウと白砂のアナケナ・ビーチで・・・風化を免れたモアイ像に会いたい(^-^)bAhu Naunau & Playa de Anakena・・・とは?約1500年前伝統の王さまホトウ・マトゥアが、上陸した場所と言われているアナケナ海岸。白砂のビーチが美しい♪世界遺産にぽち
2017.01.18
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【世界遺産】イースター島 アフ・ビナプ(アフ・タヒラ)Afu Vinapu(Afu Tahira)隙間なく組まれた精巧な石組は、もしかして「インカ文明」と関係が?イースター島にも、マチュピチュの様な精巧な石組が・・・?アフ・ビナプ(アフ・タヒラ)Afu Vinapu(Afu Tahira)・・・とは?ラノ・カウ山の東側No.1とNo.2のふたつのアフがあり・・・アフNo.1の石組は、ぴたりと隙間が無くイースター島で、最も精巧に作られている。その石組の技術の高さから南米ペルーの「インカ文明」とのつながりを唱える考古学者もいるほどだ!6体のモアイ像は、顔を下のままにして倒れている。近くに赤色疑灰岩で作られた女性と見られる細身のモアイ像があるのも見逃せない♪
2017.01.17
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【世界遺産】イースター島「ラノ・ララク」Rano Raraku では、さまざまなモアイ像を見る事ができるらしい?ラノ・ララク Rano Raraku ・・・とは?山の中腹に無数のモアイ像が散乱している。良く見ると岩肌には、制作途中のモアイ像の姿が・・・ラノ・ラナク山は、島内にあるほとんどのモアイ像が削り出された!モアイ製作工場だった場所であります。半身のみの形にになっているものや土に埋まってしまって頭だけ見えているものすそ野には、運搬の途中で打ち捨てられたような倒れたモアイ像もある。なかでもモアイ・テ・トンカンガは、全長21.6mという特大サイズ!山の内側にある火山湖の近くにもモアイ像が、数体残されていてそこから、どのように海岸まで運んだのか?謎のままである。山の右側に回り込んだ場所にあるのは・・・ノルウェーの探検家トール・ヘイエルダールが発掘した。島内唯一の座ったモアイ像モアイ・トゥク・トゥリ。山全体で、400体近いモアイ像が残っている。ハンガロア村の入園料を払っていない場合は、入場を断られるので【注意】世界遺産にぽち
2017.01.16
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【世界遺産】イースター島の「アフ・トンガリキ」Ahu Tongarikiに会いたい(^-^)♪アフ・トンガリキ Ahu Tongariki・・・とは?イースター島最大の「アフ」海を背に15体のモアイ像が建ち並ぶ♪1991年~1995年に日本のクレーン会社建設会社の協力もあり修復、復元された。修復前のアフ・トンガリキは、モアイ倒し戦争だけでなく1960年のチリ地震による津波で壊滅的なダメージを受けた。石の一つひとつを拾い集め時間をかけて丁寧に修復、復元されました。アフの前の広場の岩には、マケマケ神や魚カメなど・・・多数の岩絵が残されている。また少し離れた丘の上に立つ1体のモアイ像は、1982年の大阪エキスポ開催の際に日本で展示されたものであり来日経験のある唯一のモアイ像である。島の東岸にあるので、朝日が昇る時には、筆舌に尽くしがたい美しさをたたえるのであります♪世界遺産にぽち
2017.01.15
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【世界遺産】イースター島 「アフ」・・・とは?イースター島のモアイ像には、ほとんど「アフ」の名前が、入った居ますね!アフ Ahu・・・とは?アフとは、モアイが乗っている石を積み上げた「祭壇」の事。モアイ像は、それぞれの個体ではなく(特別な物をのぞき)アフごとに名前が付けられた。なかには、石の隙間から大量の人骨が見つかったアフもある。墓として使われたとも言われている。アフ内は、立ち入り禁止!!10万円程度の罰金が科せられるので「注意」世界遺産にぽち
2017.01.14
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タヒチ French Polynesia フランス領ポリネシア 基本情報タヒチは、 French Polynesia フランス領ポリネシア・・・南太平洋に浮かぶひょうたん型の島【両替】フレンチポリネシアの通貨=CFP(フレンチ・パシィフィッック・フラン)日本円→1.19CFP日本で両替しても、タヒチで両替しても・・・それ程違わない!タヒチは、カードが使えるので、現金は、あまり必要が無い!・・・(5000円で良いかな?)【電気&電圧&プラグ】電圧=220V60HZプラグタイプ=Aもしくは、C【郵便】日本までのハガキ=140CFPペパーテ郵便局の営業時間 月~木7:15~15:15 金 7:15~14:15【日本からタヒチまでのフライト所要時間】エアタヒチヌイの直行便で11時間【時差】日本より・・・19時間遅れタヒチは・・・「タヒチ・ヌイ」Tahiti Nuiヌイは、タヒチ語で「大きい」「タヒチ・イティ」Tahiti Itiイティは、タヒチ語で「小さい」この2つの島からなっている(^-^)v全週囲=180kmタヒチ・ヌイだけで・・・117kmタヒチは、火山島なので、標高=1400~1700m級の峰が連なっている。最高峰=オロヘナ山 Mt.Orohena 2241mきらり。にぽち
2017.01.13
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お正月に西京味噌を買ったのですがっ! 使ったのは、少しで〜 味噌汁にもイマイチだし〜腐る前に お魚の味噌漬けにしました(^O^)/ 魚の臭みを抜いてから、 西京味噌、酒、味醂、砂糖を混ぜて ブリ、シャケ、たら、赤魚、 みんな大好きです〜。 美味しく浸かりますように(^O^) じっくりぽち
2017.01.12
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イースター島には、鳥人儀式の為に造られた村の跡があると言う♪ オロンゴ鳥人儀式村跡 Orongo・・・とは?島を造った3つの火山のうち今から約250万円前に島で2番目に噴火したのが・・・島の南西端のラノ・カウ山 Mt.Rano Kau現在は、直径約1100mの巨大な火口湖を持つ休火山ラノ・カウ山の南西側にあるのが・・・オロンゴの鳥人間儀式村跡。1960年代に複眼された53棟の石積みの住居がある。中は、かなり狭くひざを抱えて座った状態で寝ていたと考えられる。入口が極端に小さいのも特徴のひとつ。周辺の岩には、鳥の頭をもつ鳥人創造の神マケマケなど約500もの岩絵が残っている。また眼下の海には、手前からモトゥ・カオ・カオ Motu Kao Kaoモトゥ・イティ Motu Itiモトウ・ヌイ Motou Nuiという3つの島を望むことができる。【世界遺産】にぽち
2017.01.12
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イースター島 「アナ・カイ・タンガタ」 Ana Kai TangataAna Kai Tangata・・・とは?波打ち際に大きく口を開けた横穴ラパヌイ語で、アナは、洞窟カイは、食べるタンガタは、人間を意味する。えええ・・・っ!これは、もしかして?食糧危機による食人の事でしょうか~怖いですね・・・この洞窟に入ると出会ってしまうしかし、実際に洞窟の中で人骨を見つける事は、できなかったためにオロゴンの鳥人伝説の儀式のための人選を洞窟の中でおこなったと考えられている。岩の天井には、500年前の物と思われる鳥の壁画が残っている為である。
2017.01.11
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青山COYOのELLE CAFEから買ってきたヨーグルト大きいです ココナッツたっぷりです〜🎵 乳製品が入ってないとは、思えない! ドライフルーツたっぷりなので、 お砂糖が入っていないとは思えない甘さ! ヨーグルト菌まで植物性だと言うので そこまで、やるの?と、驚く! プレーンもあります(^O^)/ 長いスプーンで、すくっていただきます〜 カフェの味にぽち
2017.01.10
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イースター島 タハイ遺跡 Tahai 7体のモアイ像がハンガロア村から見える!タハイ遺跡 Tahai・・・とは?ハンガロア村から歩いて見に行ける「モアイ像」村の中心から・・・歩いて10分程1968年と、1972年にアメリカ人考古学者ウイリアム・ムロイ博士によって修復、復元された。海に向かって右側には、眼(複製)が復元されている。アフ・コテリクのモアイ像が1体。中央には、アフ・タハイのモアイ像が1体。そして海へと続くスロープを挟んで左側には、5体のモアイ像が並ぶアフ・パイ・ウリが立つ。アフ・パイ・ウリの前の斜面には、住居跡、鶏小屋、炉、儀式のための広場壊れたままのモアイ像がある。モアイ像越しに海に夕日が沈むので夕方に訪れる事をお勧め(^-^)V世界遺産にぽち
2017.01.10
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イースター島の言葉「ラパヌイ語」を挨拶位は、喋れたらね~♪おはよう・こんにちは・こんばんわ・・・全部イオラナ Ioranaありがとう~マウルル Maururuどういたしまして~オテアハノ O te aha no元気ですか?ペヘコエ Pehekoe元気です!リバリバ Riva Riva乾杯~マヌイーア Manuiaはい!エエ Eeeいいえ~イナ Ina大きい~ヌイヌイ Nui Nui小さい~イチイチ Iti Itiははっ(^0^)簡単ですね~♪スペイン語と混ぜて何とかなるかもですね!!きらり。にぽち
2017.01.09
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イースター島には、永住権を持つ日本人が住んで居る。イースター島在住16年の「最上賢二」氏は、ガイドさんホテル「タハタイ」で奥様は、働いておられるそうな♪共にイースター島の魅力に取りつかれ・・・イースター島で初めて 永住権を取得した 日本人夫婦であります。太平洋の絶海の孤島に暮らすご夫婦〜 そんな人生は、素敵ですね(^-^)v世界遺産にぽち
2017.01.09
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イースター島の巨大石像「モアイ像」は、石切り場から・・・どうやって運んだのでしょうか?重さ10トンもある石像をどのような方法で数十kmも離れたアフまで運ぶことができたのでしょうか?謎は、ますます深まります。それを知る人も・・・記録も失われている現在すべては、推測の域を出ない!島の伝統では、「モアイ像は、ひとりで歩いた」と、言われるほどである。島に伝わるマナと呼ばれる不思議な力で運んだとか・・・宇宙人が運んだと言う説まであったが、考古学者は、いくつかの方法を推測している。現在では、以下の3説に絞られている。1.たくさんの木を横に並べて、その上を転がした(大量の木材が必要)2.島の伝説にヒントを得た方法=モアイ像の腰のあたりにロープを渡し 左右交互に引いて、まるで歩くかのように全身させた。3.モアイ像のお腹のでっぱりがロッキングチェアーのような 形をしている事からヒントを得た方法 木のソリにモアイ像を腹這いにしてのせ 4本の木とロープで公園のブランコの様に支え ブランコを揺らすようにしてモアイ像を前進させる。 支柱をずらし、さらにモアイ像を前進させ、それを繰り返す。 アフの上までは、 小石を積み揚げてスロープにして運び 立たせるときには、 プカオを、頭に固定してから、 モアイ像の下に少しずつ小石を積み上げてスロープにして運び 立たせる時には、プカオを頭に固定してから モアイ像の下に少しずつ石を積み上げて持ち上げていった。 (現在では、3説目が有力)それも推測でしかありません!島民は「モアイ像は、ひとりで歩いた」それにしても「宇宙人が運んだ」と言う説は、素敵ですね♪世界遺産にぽち
2017.01.08
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イースター島の巨大石像「モアイ像」何の為に?どうやって作ったのでしょう?何の為に作られたのか?イースター島で見つかった人骨のDNA鑑定により・・・紀元500年頃島に最初にやって来たのは、ポリネシア人だとわかった。ポリネシアでは、酋長中心の部族社会を形成しマラエと呼ばれる祭壇を持っていた。イースター島でも、最初はアフと呼ばれる祭壇を作っていたが・・・やげて権力を顕著に示す為に人間の形の像が作られるようになった。ポリネシアでは、木造が一般的だが風が強いイースター島では、石像が適していた。モアイ像は、部族の祖先、神王をかたどったと言われるが祖先の像と考えるのが主流となっている。海を背にして村に向けてたてられたのは村を守る為という。各部族は、争いにより巨大により大くのモアイ像を作るようになっていった。どうやって作られた?現在のような金属製の工具も重機も無かった時代に高さ数m重さ10トンもある石像を作るのは、簡単な事では無い!ラノ・ラックの石切り場に多数放置されている製作途中のモアイ像から製作の手順を推測できる。まずは、岩場の斜面にモアイ像の大きさのアウトラインにそって人が入れる程度のアウトラインに沿って溝を掘る。それから全面側面を削り仕上げてゆく。背中は、何本かの支柱を残して削り出し全面と側面が完成したら、支柱を折って、側面を滑らせあらかじめ掘っておいた穴へ入れて立たせる。そして背中に彫刻を入れて仕上げる!ラノ・ラックでは・・・黒曜石や玄武岩といった硬い石で作られた道具が見つかった居るがこれらの道具で高さ10mのモアイ像を30人がかりで1年以上かかって作ったと言われる。世界遺産にぽち
2017.01.07
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イースター島・・・とは?他に類を見ない希少な島「イースター島」そこは・・・南米大陸から 約3800kmタヒチからは、約4000kmも離れた絶海にある。大海原によって外界とさえぎられた島には、かつて特異な去勢文化があった。それを今に伝えるのは、島のあちこちに立つ巨大な「モアイ」像や謎の文字「ロンゴ・ロンゴ」といった断片のみ。いったいどんな文化が栄えていたのか・・・?ここには、時空を超え今もなお人々を惹きつける「謎」が秘められている。【イースター島の基本情報】正式名称=チリ共和国自治区パスクワ島面積=166平方キロ(小豆島とほぼ同じ)人口=5761人(2012年)首都=チリの首都は、サンチアゴイースター島の中心は、ハンガロア村Hangaroa民族構成=70%は、ラパヌイ人外国人30%残りの大部分は、本土チリから来たチリ人宗教=ローマカトリック言語=公用語は、スペイン語島の言葉は、ラパヌイ語ホテルやレストランでは、英語も通じる通貨=チリ・ペソ Chilean PesoUSドルと間違えやすいので注意!!USドルもチリ・ペソと同様に使えるがおつりは、チリ・ペソ1USドル=日本円117円1チリ・ペソ=0.18円紙幣2万チリ・ペソ札=3600円1万チリ・ペソ札=1800円5千チリ・ペソ札=900円2千チリ・ペソ札=360円千チリ・ペソ札=180円硬貨500チリ・ペソ玉=90円100チリ・ペソ玉(2種類ある)=18円50チリ・ペソ玉=9円10チリ・ペソ玉=1.8円両替USドルから、チリ・ペソへの両替には、手数料がかからない。日本円は、両替できないのでチリ・ペソかUSドルを準備する!!銀行月曜日~金曜日 8:00~13:00土曜日・日曜日・祝日は、休みレストラン11:00~24:00昼食と夕食の間に店を閉める事も多い!電気・電圧・プラグ電圧=220V 50HZプラグは、ピン2本・・・Cタイプチップ枕銭=US1ドル荷物を運んでもらった時=1個につきUS1ドル世界遺産にぽち
2017.01.06
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韓国のホットクの素で、作りました(^O^) 韓国語が、分からないので 裏の説明書きが理解不能(≧∇≦) 色々と調べてみれば、簡単! 3種類の袋が、入っていて 粉に250ccのぬるま湯を入れて 力強く根気良くこねて 手にサラダ油を付けて丸めて 中に飴色の粉を入れて丸めて しっかり閉じて、閉じた部分を下にして 10秒焼いて、焦げ目が付いたら ひっくり返して ギューっと押して潰して 2〜3分焼いたら出来上がり(^O^) 飴色の粉がトロリと溶けて 本場韓国の味と同じ! でも大きさが〜メッチャ小さくて(≧∇≦) 少し残念です・・・ 新大久保でも、売っていますから 試してみてね(^O^)/ ホットクに〜ぽち
2017.01.05
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とっても美味しい黒豆が煮えた今年のお正月 黒豆を浸していた黒豆の汁 捨てるのは、勿体無い(≧∇≦) と、思い・・・肉じゃがにしてみました! セロリもあったので、加えました(^O^) 合挽き肉に洋風ブイヨンで煮て 黒豆の汁と醤油で、調味〜🎵 少し黒っぽいけど、 黒豆の栄養も感じながら〜🎵 肉じゃがにぽち
2017.01.05
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イースター島 Isla de Pascua・・・とは?資料=ウィキペディア様より拝借♪ イースター島 ・・・・Isla de Pascua イースター島(イースターとう)は、 チリ領の太平洋上に位置する火山島。 現地語名は ラパ・ヌイ ラパ・ヌイ語: Rapa Nui また正式名は パスクア島 パスクアとう スペイン語: Isla de Pascuaと言い "Pascua"はスペイン語で復活祭(イースター)を意味する。 日本では英称由来の「イースター島」と呼ばれることが多い。 モアイの建つ島として有名である。 ポリネシア・トライアングルの東端に当たる。 最も近い有人島まで直線距離2000km余と、 周囲には殆ど島らしい島が存在しない絶海の孤島となっている。 「ラパ・ヌイ」とは・・・ ポリネシア系の先住民の言葉で 「広い大地」(大きな端とも)を意味する。 かつては、テ・ピト・オ・ヘヌア(世界のへそ)、 マタ・キ・テ・ランギ(天を見る眼)などと呼ばれた。 これらの名前は、 19世紀の後半に実際に島に辿り着けた ポリネシア人が付けたものである。 【歴史】 ポリネシア人の移住 海底火山の噴火によって形成された島に、 最初の移民が辿り着いた時期については諸説ある。 文字記録が無いため 発掘調査における炭素年代測定が 有力な調査手段とされ、 従来は4世紀~5世紀頃とする説や 西暦800年頃とする説が有力だったが、 近年の研究では 西暦1200年頃ともいう。 この移民は、 遥か昔に中国大陸からの人類集団 (漢民族の祖先集団)の南下に伴って 台湾から玉突き的に押し出された人びと (→オーストロネシア語族を参照)の一派、 いわゆるポリネシア人である。 ポリネシア人の社会は、 酋長を中心とする部族社会であり、 酋長の権力は絶対で、 厳然たる階級制度によって成り立っている。 部族社会を営むポリネシア人にとって、 偉大なる祖先は崇拝の対象であり、 神格化された王や 勇者達の霊を部族の守り神として 祀る習慣があった。 タヒチでは、 マラエと呼ばれる祭壇が作られ、 木あるいは石を素材とするシンボルが置かれた。 イースター島でも 同様に行われていたと想像できる。 化石や花粉の研究から、当時のラパ・ヌイは、 世界でも有数の巨大椰子 =チリサケヤシの同種もしくは 近縁種(Paschalococos)が生い茂る、 亜熱帯性雨林の島であったと考えられている。 初期のヨーロッパ人来航者は、 「ホトゥ・マトゥア」という首長が、 一族とともに2艘の大きなカヌーで ラパ・ヌイに入植したという 伝説を採取している。 上陸したポリネシア人は 鶏とネズミを 共に持ち込んで食用とした。 モアイの時代 ジャレド・ダイアモンドらによれば、 7世紀~8世紀頃に、 アフ(プラットホーム状に作られた 石の祭壇)作りが始まり、 遅くとも10世紀頃には モアイも作られるようになったとされる。 他のポリネシアの地域と違っていたのは、 島が完全に孤立していたため 外敵の脅威が全くなく、 加工し易い軟らかな凝灰岩が 大量に存在していたことである。 採石の中心は 「ラノ・ララク」と呼ばれる 直径約550mの噴火口跡で、 現在でも完成前のあらゆる段階の石像が散乱する 彫る道具とともに残されている。 最初は1人の酋長の下、 1つの部族として結束していたが、 代を重ねるごとに有力者が分家し 部族の数は増えて行った。 島の至る所に、 それぞれの部族の集落ができ、 アフもモアイも作られていった。 モアイは 比較的加工し易い素材である凝灰岩を、 玄武岩や黒曜石で作った石斧を用い 製作されていったと考えられており、 デザインも時代につれ変化していった。 第1期は 人の姿に近いもので下半身も作られており、 第2期は 下半身がなく細長い手をお腹の辺りで組んでいる。 第3期は、 頭上に赤色凝灰石で作られた、 プカオ(ラパヌイ語で 髭あるいは髪飾り)と呼ばれる飾りものが乗せてある。 第4期になって、 いわゆる一般にモアイといって想像する形態 (全体的に長い顔、 狭い額、長い鼻、くぼんだ眼窩、伸びた耳、 尖った顎、一文字の口など)を備えるようになった。 18世紀になって西欧人が訪れるまで、 島には銅器や鉄器の存在は確認されていない。 当時作られたモアイや墳墓、石碑といった、 考古学的に極めて重要な遺跡が数多く残されているが、 この時期までが先史社会と考えてよく、 ラパヌイ社会はこのあと転換期をむかえる。 よく、モアイは 「海を背に立っている」と言われているが、 海沿いのものは海を背に、 内陸部にのものは海を向いているものもあり、 正確には集落を守るように立てられている。 祭壇の上に建てられたものの中で最大のものは、 高さ7.8m、重さ80tにもなる。 現在、アフに立っている全ての像は、 近年になって倒れていたものを立て直したものであるが、 島の東端にある、島最大の遺跡 「アフ・トンガリキ」(アフの長さ100m)の上には、 高さ5mを超える15体のモアイが立ち並んでいるが、 これも1994年に周辺に倒れていた15体の像を、 考古学者のクラウディオ・クリスティーノが 55tの重量に耐えるクレーンを使って立て直したものである。 文明の崩壊 島民の入植から 17世紀までの間モアイは作られ続けたが、 18世紀以降は作られなくなり、 その後は破壊されていった。 平和の中でのモアイ作りは 突然終息する。 モアイを作り、運び、 建てる為には大量の木材が必要で、 伐採によって森が失われた。 ジャレド・ダイアモンドらは、 こうした人為的な自然破壊が究極的に イースター島文明の崩壊を 呼んだとする説を述べている。 それによれば、 人口爆発 僅か数10年の間に4~5倍に膨れ上がり、 1~2万人に達したという と共に森林破壊が進んだ結果、 肥えた土が海に流出し、 土地が痩せ衰えて深刻な食糧不足に陥り、 耕作地域や漁場を巡って 部族間に武力闘争が生じた。 モアイは 目に霊力(マナ)が宿ると考えられていたため、 相手の部族を攻撃する場合、 守り神であるモアイをうつ伏せに倒し、 目の部分を粉々に破壊した。 その後もこの「モアイ倒し戦争」は 50年ほど続き、 森林伐採は 結果として家屋やカヌーなどの インフラストラクチャー整備を不可能にし、 ヨーロッパ人が到達したときは 島民の生活は 石器時代と殆ど変わらないものになっていた。 但し異説もあり、 テリー・ハントは、 まず、森を破壊した主因は ネズミによる食害だとしている。 天敵が居ない環境にネズミが持ち込まれると、 その急激な繁殖に伴って森林が破壊され、 これを駆除すると森林が再生する様子は 太平洋の他の島々の歴史上でも見られて来た。 イースター島でも 発掘された植物の種子の多くに ネズミに齧られた跡が見られた。 文明の崩壊についても、 そもそもイースター島の人口が 1万5千人以上などに達した証拠はなく、 森林破壊が進んだ状態でも 人口は安定的に推移しており、 最終的に崩壊を齎したのは 自然破壊ではなく 西洋人との接触(後述)だと唱えている。 ヨーロッパ人到達後 1722年の復活祭(イースター)の夜、 オランダ海軍提督のヤーコプ・ロッヘフェーンが、 南太平洋上に浮かぶ小さな島を発見する。 発見した日がイースターであったため、 「イースター島」と呼ばれるようになったと言われている。 この島に上陸したロッヘフェーンは、 1000体を超えるモアイと、 その前で火を焚き 地に頭を着けて祈りを捧げる 島人の姿を目の当たりにする。 1774年には、 イギリス人探検家の ジェームズ・クックも上陸している。 クックは 倒れ壊されたモアイ像の数々を目にしたが、 島のモアイの半数ほどがまだ直立していたと云う。 そして山肌には 作りかけのモアイ像が、 まるで作業を急に止めてしまったかのように放置されていた。 伝承では1840年頃に最後のモアイが倒されたとされる。 18世紀~19世紀にかけて ペルー副王領政府の依頼を受けた アイルランド人のジョセフ・バーンや、 タヒチのフランス人の手によって、 住民らが奴隷として連れ出された。 1862年に襲ったペルー人による奴隷狩りでは、 数ヶ月間の内に当時の住民の半数に当たる 約1,500人が島外に拉致された。 また外部から持ち込まれた天然痘や 結核が猛威を振るった結果、 人口は更に激減し 先住民は絶滅寸前まで追い込まれ、 1872年当時の島民数はわずか111人であった。 この過程で ロンゴロンゴ文字を初めとする 文化伝承は断絶した。 1888年にチリ領になり現在に至るが、 1937年に軍艦建造の財源捻出目的で、 サラ・イ・ゴメス島とともに売却が検討され、 アメリカ合衆国、イギリス、日本に対して打診があった。 日本は主に漁業基地としての有用性を認めたが、 在チリ国公使三宅哲一郎から アメリカ合衆国との関係に配慮して 静観すべきとの意見が出されている。 地理 チリの首都であるサンティアゴから西へ3,700km、 タヒチから東へ4,000kmほどの太平洋上に位置し、 ペルー海流が周辺海域は渦巻き、 近海は海産資源豊富な漁場であり、 とくにカタクチイワシが多く捕れる。 全周は60km、 面積は180km2ほどであり、 北海道利尻島とほぼ同じ大きさである。 島全体が、 ラパ・ヌイ国立公園として チリ政府により国立公園に登録されている。 また1995年に世界遺産に登録されている。 最も近いサラ・イ・ゴメス島でも 東北東に415km離れている絶海の孤島であり、 人の住む最も近い島である ピトケアン島までは約2,000kmの距離がある。 やや乾燥した気候で年間降雨量は 1,250mmと少ないものの、 バナナ、サトウキビなどの栽培には十分である。 一方、河川がないため灌漑用水の確保はしにくく、 タロイモ栽培などには適していない。 地質 マグマの噴出によって造られた小さな火山島であり、 上空から見ると三角形をした島の各頂点には、 カウ山、カティキ山、テレバカ山の3つの休火山がある。 テレバカ山=海抜507m、 海底からは約2,000mの高さがあるが 島の大部分を占め、 他の2つの他に多数の噴火口や火口湖がある。 ガラパゴス諸島や ハワイ諸島と同じ玄武岩で鉄分が多く75万年前に形成され、 最新の噴火は約10万年前とされるが、 20世紀前半に水蒸気の噴出が記録されている。 アナケナ・ビーチのパノラマ写真。 砂浜の中にモアイがそびえている。 世界遺産にぽち
2017.01.04
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2017年 箱根駅伝 チーム 結果(^-^)v1位 青山学院大学2位 東洋大学3位 早稲田大学4位 順天堂大学5位 神奈川大学6位 中央学院大学7位 日本体育大学8位 法政大学9位 駒沢大学10位 東海大学11位 帝京大学12位 創価大学13位 大東文化大学14位 拓殖大学15位 上武大学16位 國學院大学17位 山梨学院大学18位 明治大学19位 日本大学20位 関東学生連合21位 国士舘大学・・・こんな感じ(^-^)v母校。かろうじて~今年もシードキープ!きらり。にぽち
2017.01.03
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やっと黒豆が、2日の朝に出来ました(^O^)/ 遅〜っ(≧∇≦) 今朝のお雑煮は、西京味噌で美味しかった〜 黒豆は、保存可能です〜今日は、 奥多摩のおばあちゃんの家まで 行きますぽち
2017.01.02
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新年明けましておめでとうございます 2017年1月元旦 ほしのきらり。ネットの年賀状で失礼いたします。またまた昨年は、楽しい1年でした~♪4月=3度目の・・・「ニューヨーク」マンハッタンにてはははっ~駄目でしょ~新年早々この顔出しは!!!8月=4回目の韓国・・・ソウルにて10月=2回目のスペイン・・・マドリッド「プラド美術館」にて1月=2回目のフィンランド・ヘルシンキ1月=初めての「アイスランド」旅行♪昨年、初めての国は「アイスランド」↓のみ小さな1歩です。今まで、訪問した国を赤く塗りました(^0^)Vまだまだの世界制覇皆様のお幸せをお祈りいたします。新年ハオお年玉
2017.01.01
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