「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

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2024.04.26
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750万アクセス達成!ありがとうございます〜池上本門寺の「春まつり」満開の桜とお釈迦様のお誕生日「花まつり」が華やか

 ​ いけがみほんもんじ​
​『池上本門寺』​桜広場

2024年4月6日(土)午前訪問

池上本門寺は、日蓮宗の大本山です。

弘安5年(1282年)日蓮聖人は、

病気療養のため身延山を下山し

常陸の湯に向かいましたが、

途中の武蔵国・池上宗仲公の館

(現在の大坊本行寺)にて10月13日

(午前8時頃)61歳でお亡くなりになりました。



五重塔は桜広場で周囲は、墓地です。

有名人の墓地が多々あるのだそうで・・

力道山の墓所はあちらです

​『力道山の碑』力道山の墓所​

​『力道山』・・・とは?​

本名:百田光浩

1924年11月14日〜1963年12月15日

大相撲の力士から、プロレスラーに転向し

当時の日本は街頭テレビに庶民が熱狂し

群衆は力道山の空手チョップに熱中。

本門寺には、

多くの有名人のお墓がある



11代目:片岡仁左衛門 児玉誉士夫

初代:松本白鸚 川上彦斎・・・ほか。

いよいよ『大堂』へ大きい
​池上本門寺『大堂』祖師堂​

「祖師」すなわち、

「祖師堂」 ともいう。

旧大堂は、本門寺14世:日詔の時代

1606年(慶長11年)加藤清正が母の

七回忌追善供養のため健立したが、

1619年(元和5年)に焼失

1628年(宝永7年)再び焼失

1723年(享保8年)本門寺24世:日等時代の

8代将軍:徳川吉宗の用材寄進により

規模を縮小の上再建された。

1945年(昭和20年)4月の空襲で焼失

1948年(昭和23年)仮祖師堂と宗祖奉安塔を建設

1964年(昭和39年)現在の大堂を再建した。

現在の大堂は、鉄筋コンクリート造、高さ:27m

「大堂」の文字は本門寺80世:金子日威の書

それでは、中に入りましょう〜

4月8日は、お釈迦様のお誕生日

お釈迦様が生まれた時に天より

甘露が降り注いだとの言い伝えから

甘茶をかけてお祝いします。

その時「天井天下唯我独尊」唱え

と右手を挙げ左手で地を示した。

順番に甘茶をかけましょう〜手書きハート

堂内中央の厨子には、日蓮聖人坐像、

右には、日輪聖人坐像、

左には、日朗聖人坐像


1966年(昭和41年)川端龍子による

天上画「未完の龍」が描かれている。


この日は、お宮参り?お寺の初参り?の方が

さすが本門寺は、煌びやかですね〜

健やかに育ちますように手書きハート

写真撮影&訪問:ほしのきらり。

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最終更新日  2024.04.26 15:53:05
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