ゲミュートリッヒな暮らし~Seit 2005

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記念艦三笠~補修工事中なのは仕方が無いことと割り切る

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記念艦三笠


★爽やかなる碧空のもと
横浜市 に移り住んで半年、約14年ぶりに横須賀入りした。市営地下鉄上大岡から京急乗り換えで向かうルートは非常に便利である。今回訪問するのは記念艦三笠。日本が真に海洋国家となった基礎が此処にあると云えようか。申し分ない碧空のもと、先人達の偉功に敬意を表しながらの充実した一日となりました。


東郷平八郎像が美しい


「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ」 の石碑が像の脇に飾られている。連合艦隊の旗艦となった三笠艦上で日本海海戦の指揮を執った東郷平八郎大将の有名な号令でああります。


連合艦隊の旗艦 と云えども、明治時代の戦艦だけにびっくりするほど小さい。こんな小さな船が日本の命運を握っていたことに改めて驚く。是で外洋へ出て荒波を乗り越えて戦うなどと想像もつかない。


 いよいよ乗艦であります。海に浮かんでいないので、船に乗ると云う感覚は全く無い感じ。陸地に引き揚げられたようにも見えるが、本艦は喫水(水面から一番下までの距離)もかなりあるので、実際は艦を 海底に固定させて周囲を砂やコンクリで固めている のであります。


 艦内に入ると、砲を操作する水兵さんの人形が。三笠は、日本海海戦時の激戦で乗員113名が死傷する被害を受けている。更に不幸なことに、終戦直後に不慮の爆発事故が起き、海戦よりも多い死傷者を出してしまった。此の事故でせっかくの凱旋式に出られなくなることに。なかなか苦労の多い艦歴だった訳であります。


甲板から艦橋へ上がると



 上甲板から 艦橋 へ上がる。階段はお城の天守閣よりも急で、バリアフリー度ゼロなのは当たり前の世界。艦橋もあまり高くないが、其れでも結構な眺めであります。遠くに見えるのは房総半島か。


 いよいよ 最上艦橋 へ上がるとする。東郷平八郎大将以下、幕僚達が指揮を執った有名な場所。当時の様子を示すレリーフも飾られている。


 東郷司令長官の右に立って何やら書類を読んでいる(=唯一仕事らしいことしてゐる)のが、我らが秋山真之参謀(通称淳さん)。坂の上の雲でおなじみです。



 日本放送協會のドラマ見ましたよ。正岡子規の妹「律」が、淳さんのことが好きで好きでたまらないのに、淳さんは全然女心を察しようとしない。幾らなんでも普通分かるだろ!と突っ込みたくなるやうな演出はウケました。淳さんの不器用さはそれだけぢゃない。豆を食い過ぎて入院した淳さんを、後に奥さんになる人(石原さとみ)が訪ねて来るのだが、女に入院先へ踏み込まれたら大概の男は「もうお仕舞い」なのだなあ。案の定、淳さんは俎板の鯉状態。しかしまぁあれだけ全艦隊を緻密に御する男が、女一人御することが出来ないとは、是ぞ日本男児の良い見本であります。


 操舵室はピカピカに整備されている。イギリス ヴィッカース社 建造のためか、雰囲気は欧米である。




 煙突などは、全部取り替えたように真新しい。古い艦なので常にあちこち修理を行っているらしく、艦の海側は大規模な補修工事中であった。煙突の向こうのマストに 「Z旗」 も見える。Z旗はこんなに小さいの?甲板に居たら旗の種類ぐらい視認できるが、他の僚艦から確認するのは大変!双眼鏡が無いと商売にならない。


内甲板は博物館となっている


 艦内は様々な資料が詰め込まれた博物館のようになっていて、往時の雰囲気を残す部分は限られている。長官室や長官公室、士官用のキッチンなど、出来得る限りの復元もされているが、多くの部分は建物の部屋のような雰囲気で、船の中と云う感じがしない。大東亜戦争終結後の混乱によって荒廃した影響と思われる。ソ連の解体要求は撥ね付けたものの、連合国に接収されてダンスホールになったり、同じ日本人によって艦の金属部品や木材が盗難される有様であった。三笠の荒廃は、日本人の心の荒廃を其のまま表していた。


 三笠の復元に尽力した人々のなかに、かつて敵として戦った米海軍太平洋艦隊司令長官 ニミッツ提督 がいた。彼の代表作「太平洋海戦史」は拙者も読んだことがある。特に、日本海軍が潜水艦を通商破壊と云う正当作戦に用いなかったことに対する鋭い指摘は、読んでいてなかなか唸らせるものだった。彼は東郷元帥の葬儀にも参列したことがあり、元帥を心から敬愛していた。シーマンシップを重んじていた彼は、三笠の荒廃ぶりを当の日本人よりも嘆いていたのである。実際、本の売上の一部を東郷神社へ寄贈したり、三笠の保存のために個人的な寄付も行っている。是ほどまで立派な人物を司令長官に据える米海軍は、なるほど強い訳である。



 もう大変!日本海軍創設より今日の海上自衛隊の護衛艦まで、数え切れないほどの模型が並んでいる!此処では代表して「三笠」「信濃」をじっくり観察。 「信濃」 は仮装巡洋艦で、バルチック艦隊発見の報を打電したことで有名。元は日本郵船の貨客船で、其の数奇な生涯もまた興味深いものがある。


最後はやっぱりカレーを味わう



 横須賀海軍カレー本舗様にていただきました。店内は長官公室を模した意匠で、シャンデリアに煌々と照らされながら皇帝円舞曲ほかウインナーワルツが流れる拙者にとって理想的な空間。ちなみに拙者がいただいたのは 竜田揚げ が付いたカレー。二等巡洋艦「龍田」の料理長が、小麦粉が無いなかで片栗粉で揚げたら大好評だった、と云うエピソードから、竜田揚げの由来となった説がある。諸説入り乱れている話だが、何かと多彩だった海軍料理は、日本人の食卓に少なからず影響を与えたことは確かであろう。

→悲願の空母誕生となるか~護衛艦「いずも」

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管理者は大阪生まれの相模原育ち~地域リポート・旅日記の数々です。

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