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7月27日(月)会社倒産(7)こうした題材がわたしの傾向で、この殻をなんとか破りたいと思っています。そのまえに、こうした歌をまとめることによって自分の歌の問題点を探そうとしています。金繰り表(6)虐待死する幼子の記事を見る零細企業の倒産のごと資産価値五割を割れる土地の上(へ)に六階建てのわれらのホテル自殺せしはた夜逃げせし同業者われはいかなる道を選ばん古時計の修理に時を費やせり金繰りのことしばし忘れて道端に捨てられている扇風機寒風に向き激しく回る風化する巌になおも生える苔添い生きゆくを疑いもせず (つづく)
2026.07.27
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7月27日(月)駒田善治朗歌集「天遊」(13)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(13)早春(1)春風にふさふをみなの道をゆく髪のやうに犬の綱引き男らの口は開けど球弾く音のみつづく朝明けゴルフ場川の辺に咲く薺なづなぼろ菊犬ふぐりタンポポ呆けわれ立つごとし数百の首を切られし大根立つ遅霜降りて凍結せしとぞ (つづく)
2026.07.27
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7月27日(月) 武士はなぜ歌を詠むか(抜粋:後藤)(2)~鎌倉将軍から戦国大名まで~(注)子供の時見た忠臣蔵で、大石内蔵助の片岡千恵蔵がグワーと泣き崩れた姿が忘れられませんでした。主君浅野内匠頭の辞世「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」を読んだときでした。そんな記憶からこの本を手にしました。少し、読んでみたく思ったのです。発行:平成二十年七月十日著者:小川剛生発行所:角川学芸出版序章 源氏将軍と和歌(2)歌人であるということ(1)ほんとうの武士には、武芸(騎射など)を伝えることが大事なことは前回書きました。そのなかに歌道が入っていて、ほんとうの武士には歌道も必要な教養でした。 和歌を創作し鑑賞する行為は、個人では完結しませんでした。政治的信条や立場を同じくするグループに所属して詠歌しました。一定の作法があり、グループでのルールがありそれにのっとって和歌を作りました。歌会、歌合は、共同体の構成員である自覚の下になされる、厳格な儀礼です。そして、すべて題詠歌でありました。古今、後撰、拾遺の三代集によって選び取られた素材と詠法を基盤としています。あえて言えば、決まった筋書きのもとに演じられる神事や芸能に近いでしょう。 歌壇と無縁の場所で秀歌作ったところで、すくなくとも社会的評価とは結びつきませんでした。古典和歌の世界では、歌壇とまったく縁をもたない、もぐりの歌人は存在しませんでした。西行は常に都の歌壇と交渉を持っていました。 (つづく)
2026.07.27
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7月27(月)歌集「瀧のこゑ」(33)発行所:ながらみ書房著書:村松秀代発行:平成十一年一月十七日作者とは、長いこと静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。隣町(河津町)の出身といいますか、もともとわたしも河津で生まれましたので…。一つ違いの姉さんということでお世話になりました。県や東部の歌会の行きや帰りの電車でよくお互いに歌評をし合ったこともなつかしい思い出です。Ⅱ宗旦木槿(5)縄文の甕(1)館橋越ゆればここは館跡曽我五郎・十郎の住みゐしところ河津三郎が手玉にとりし力石二七〇瓩といふその丸石は大相撲の決まり手に残る河津掛身を捨ててこそ浮ぶ瀬がある潮の香をいづこに運びてゐる風か館の内の松ヶ枝さわぐふるさとの神は質素に在します小暗き社をうかがひ見れば (つづく)
2026.07.27
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7月27日(月)NHK「俳句入門」―鑑賞編―(抜粋:後藤)(9)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第二章 夏の俳句を読む(2) 三村純也二、夏の俳句を読む(4)【天文】 青嵐もつとも朴ほおを吹き白め 富安風生『愛日抄』緑を吹き抜けてゆく、やや強い風が「青嵐」です。俳句では夏風とはいわず、青嵐などといいます。朴は大木になり、葉も大きい。葉の裏が白っぽい色をしています。青嵐が吹くと、朴の葉も翻って、その白さが、ことに目立ったのでしょう。豪快な感じがします。(つづく)
2026.07.27
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7月27日(月) 昭和萬葉集(巻十四)(441)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)Ⅵ(4) くさぐさの歌(4)青春の歌(1)村木道彦水風呂にみずみちたればとっぷりとくれてうたえるただ麦畑かなひばし 赤銅色にもゆるときバラ園のなかぼくはきている塩こそなめんか 炎暑に汗まみれのけものたるべし耳のみがふき遺されているわれにきれぎれやなんの鐘ぞきこゆる (つづく)追記(後藤):ある機会で、村木道彦氏が私と同じ大学の同期であることを知りました。彼は文学部国文科、わたしは商学部でした。わたしは妻の影響で40歳過ぎてから歌を作るようになりましたが、もし学生時代に作っておったなら、知己を得ていたかもしれません。残念です。
2026.07.27
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7月27日(月) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(163) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)二月十六日(1) 神への信仰を持たないで、ただ自分の不確かな力や人びとの当てにならない助けを頼りにする。または、世間で人生の楽しみとされていることだけを楽しみと心得て、その結果生活が半ば恐怖から、半ば気晴らしと自己欺瞞から成り立つというような人は、どんな恵まれた境遇にあっても、年老いて、体力も衰えはじめたならば、一体どうやって生きることができるか分からなくなるでしょう。 私ならば、全く神を信じないよりは、せめて偶像でもおがみたいと思います。(よりつづく)二月十六日(2) 現代のある改革派のユダヤ教徒が、戒律派のユダヤ教徒に、ユダヤ教の戒律の多さについて、重すぎないか、もっと軽くしたらどうだろうかと尋ねました。すると、次のような答えが返ってきました。戒律は重荷であるが、戦場の兵士の銃や弾薬にひとしいもので、なんとしても失いたくないとのことでした。(つづく)
2026.07.27
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7月27日(月)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(15)(注)わたし(後藤)が、自分のために意訳等をしています。参考:矢内原忠雄氏元東大総長第二コリントへの手紙第4章16,17節わたしは、落胆しません。私の外なる人は亡びても、内なる人は日々新たにされていきます。今しばらくの患難(かんなん)は私たちに永遠のあふれるばかりの栄光を得させるのです。日々の新生 私たちの生まれながらの肉体はやぶれ、生まれつきの性格は改まらず、心身共に みじめなあり様であっても、神の恩恵により信仰によって与えられた霊的生命は 日々に新たに、信仰より信仰へと進んで行きます。外なる私は壊れ朽ちて行きます が、新たな私はキリストに連なる生命であり、これが墓にある人にとっては復活の生命となり、地にある人にとっては栄光の生命となります。この生命がすなわち「永遠 の生命」なのです。 肉の私を支えるものは肉のかてであり、霊の私を支えるものは霊のかてです。人 生の目的は「生きる」ことにあって、「死」が人生の終局ではありません。イエスが、ヨハネ伝第六章26節 「朽ちるかてのためではなく、永遠の生命にまで至るかてのために働きなさい。これ は人の子(イエス)があなたたちに与えるものです」と言われたように、永遠の生命を養うかてのために働くことが人生の目的でなければなりません。
2026.07.27
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7月26日(日)駒田善治朗歌集「天遊」(12)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(12)男あり(2)隠口こもりくの怯へがたきを言ひさして正眼に見ればただの男ぞしづかなる廻りの中に沸沸と我はかなしく怒り激らす世に出でぬ我と友との自慢話互に好み時に嗾けしかく首を伸べ男ホームにて何待たむ列車のほかに来るものなきに (つづく)
2026.07.26
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7月26日(日)会社倒産(6)こうした題材がわたしの傾向で、この殻をなんとか破りたいと思っています。そのまえに、こうした歌をまとめることによって自分の歌の問題点を探そうとしています。金繰り表(5)消費税社会保険に光熱費未払額が増えゆくばかり四ヶ月五ヶ月溜まり六ヶ月となる未払の動かしがたし店仕舞い清算倒産あるけれどわれら日銭で自転車操業給与遅配社長五ケ月われ三ケ月一般社員はひと月とせん給料の遅配続ける地下事務所妻の作れる弁当を食(は)む (つづく)
2026.07.26
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7月26日(日)歌集「瀧のこゑ」(37)発行所:ながらみ書房著書:村松秀代発行:平成十一年一月十七日作者とは、長いこと静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。隣町(河津町)の出身といいますか、もともとわたしも河津で生まれましたので…。一つ違いの姉さんということでお世話になりました。県や東部の歌会の行きや帰りの電車でよくお互いに歌評をし合ったこともなつかしい思い出です。Ⅱ宗旦木槿(4)風のやうなり(2)わが裡に棲むおろかさを持て余し夕焼け空にひとり対へり去るものは追はぬといへり陽の没りを何をか呼びて山鳩の鳴く叛心のおもひつのりてくるゆふべ達磨がかつと目を剥きてゐる重ねたるパンをナイフで切るやうにやさしく一気に決着せむか正すべきはわが心根とおもひくる今宵せつせつとこほろぎのこゑ (つづく)
2026.07.26
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7月26日(日)NHK「俳句入門」―鑑賞編―(抜粋:後藤)(8)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第二章 夏の俳句を読む(1) 三村純也二、夏の俳句を読む(1)【時候】子の髪に少女の匂ひ夏来たる 三村純也『常行』娘三歳の時の句です。抱きあげた途端、風に吹かれた娘の髪の匂い、シャンプーと汗とがほどよく混じった、少女の香りがしました。立夏、子どもの日は、前日でした。 (つづく)
2026.07.26
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7月26日(日) 昭和萬葉集(巻十四)(432)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(3) くさぐさの歌(3)歌会始(3) 御製わが船をにとびあがりこし飛魚をさきはひとしき海を航ゆきつつ秩父宮妃凍らせてマダガスカルの海ゆ来し鮪の山に目をみはりけり東 長二 浜納屋の三和土に朝の日は射して積まれし鯷魚ひしこかがやき始む 佐藤 清氷下魚こまい釣る小屋は燈ともりて氷鳴る根室の港まだ明けきらず (つづく)
2026.07.26
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7月26日(日) 武士はなぜ歌を詠むか(抜粋:後藤)(1)~鎌倉将軍から戦国大名まで~(注)子供の時見た忠臣蔵で、大石内蔵助の片岡千恵蔵がグワーと泣き崩れた姿が忘れられませんでした。主君浅野内匠頭の辞世「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」を読んだときでした。そんな記憶からこの本を手にしました。少し、読んでみたく思ったのです。発行:平成二十年七月十日著者:小川剛生発行所:角川学芸出版序章 源氏将軍と和歌(1)文治二年(1186)8月15日、頼朝は西行に会っています。鎌倉幕府の歴史書吾妻鏡(省略)が伝えています。 西行は頼朝の熱意に負けて、「歌道」と「弓馬の事」を語りました。武芸と歌道「歌道」の具体的な内容については、西行は答えていません。ただ、「詠歌は、花月に対して動感の折節、僅かに丗一字を作るばかり」とのみ答えました。 ほんとうの武士というのは、ただ殺人や戦闘の術をもっぱらにした武装集団ではなく、騎射(流鏑馬行事に奉仕する重要な職務)に代表される「武芸」を伝える者だということです。「武芸」は宮廷文化に属する芸能のひとつでもありました。 頼朝は、粗暴な東国の領主たちを教育し本当の武士にさせたいと思っていました。西行は、自分の出自である藤原秀郷流の秘伝を語ったようです。これを知ることは、秀郷を祖と仰ぐ北関東の領主を帰服させる効果もあったようです。 (つづく)
2026.07.26
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7月26日(日) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(162) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)二月十五日(2) 信仰によって歩む場合、そうした場合もいくらか「想像」があずかることもあるでしょう。目に見える事物は、ほんとうにそれが見えているとおりのものでしょうか。「現実の」世界に関しても、わたしたちは実は謎と仮定の前に立っているのではないでしょうか。(よりつづく)二月十六日(1) 神への信仰を持たないで、ただ自分の不確かな力や人びとの当てにならない助けを頼りにする。または、世間で人生の楽しみとされていることだけを楽しみと心得て、その結果生活が半ば恐怖から、半ば気晴らしと自己欺瞞から成り立つというような人は、どんな恵まれた境遇にあっても、年老いて、体力も衰えはじめたならば、一体どうやって生きることができるか分からなくなるでしょう。 私ならば、全く神を信じないよりは、せめて偶像でもおがみたいと思います。(つづく)
2026.07.26
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7月26日(日)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(14)(注)わたし(後藤)が、自分のために意訳等をしています。参考:矢内原忠雄氏元東大総長日本国の柱 日本がかつて歴史上に経験した最大非常時のひとつは、鎌倉時代における元の侵略でした。その時日本は上も下も不安動揺の中に混乱しましたが、ただ一人動かなかった人は日蓮(にちれん)上人(じょうにん)でした。『法華経(ほっけきょう)の行 者(きょうじゃ)日蓮は日本国の柱です』とは彼の信念でした。彼は邪宗(じゃしゅう)を折伏(しゃぷく)して国民の罪の悔い改めを促し、法華経の信受を国民に訴えました。法難は彼の運命でした。しかし日本国は彼の信仰によって支えられたのです。 現代の非常時に当たって、日本を救うものはこの一巻の聖書の外にはありません。『私は聖書の行者、日本国の柱です』とは、キリスト者の信念でなければなりま せん。私たちは見るべきものを見、言うべき事を言わなければなりません。たとえ法難(ほうなん)が私たちの運命となっても、国民が罪を悔い改めて聖書の真理を受ける時、私たちの愛する日本は救われて、義の国として輝き出るでしょう。
2026.07.26
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7月25日(土)会社倒産(5)こうした題材がわたしの傾向で、この殻をなんとか破りたいと思っています。そのまえに、こうした歌をまとめることによって自分の歌の問題点を探そうとしています。金繰り(4)止めるなら止めてみろよと思えども水道料も五ヶ月未納人件費設備維持費や光熱費経費かさむも客足は減る保証人、担保、黒字を必須とす中小企業救済融資もリーマンの子会社のまた孫会社その子会社が倒産をする商品の撤去されたる店舗には三輪車押す幼子(おさなご)がいる (つづく)
2026.07.25
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7月25日(土)駒田善治朗歌集「天遊」(11)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(11)男あり(1)男あり本質論をぶち上げて眼高手低遠く敬さる激論に心揺れつつ危ふくも立てんとしたりわが妄説を駁ばくすれば連結音のよみがへり単線複線危ふく歩む愚かなる男と言はれ一徹の妄信居士はただ嗤ふのみ (つづく)
2026.07.25
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7月25日(土) 与謝野晶子の歌(427)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。白華抄――(18)『冬柏』十一巻五号・昭和十五年四月昭和十五年四月五日、三津と大瀬崎を観光して帰京。これが、晶子が伊豆に足跡を残した最後の旅です。海の遠をち御前おまえの崎の長きより浜名の橋も思はるるかな彼の浦よ江梨の海人は七とせの昔のままにたちゐしなまし相模路の山なだらかに霞引く草萌えたらん盗人ぬすつと厩まやも内浦の三津の落花に送られて車に入りぬ伊豆より立つ日わかめ売る磯屋対ひてはるかにもさくら散りくる五松荘より (これで、完結といたします。有難うございました。)
2026.07.25
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7月日25日(土)歌集「瀧のこゑ」(36)発行所:ながらみ書房著書:村松秀代発行:平成十一年一月十七日作者とは、長いこと静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。隣町(河津町)の出身といいますか、もともとわたしも河津で生まれましたので…。一つ違いの姉さんということでお世話になりました。県や東部の歌会の行きや帰りの電車でよくお互いに歌評をし合ったこともなつかしい思い出です。Ⅱ宗旦木槿(3)風のやうなり(1)束縛はしないかはりにされるのも嫌といふ君風のやうなり秋の陽に紅万作の花咲くと告げたき人は今あるやなし聞き役と心に決めて枯葉色の帯に萌黄の帯締め結ぶひと休みするに恰好の電柱ならむ鴉が止まる鵯来て止まるぽつかりと浮かびたる雲過ぐる風いつもむなしきものばかり恋ふ (つづく)
2026.07.25
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7月25日(土)NHK「俳句入門」―鑑賞編―(抜粋:後藤)(7)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第一章 春の俳句を読む(7) 正木ゆう子 一、春の俳句を読む(7)【植物】日輪の燃ゆる音ある蕨かな 大峯あきら『牡丹』太陽は燃えているわけではありませんし、音もありません。そういった科学的な事実を一切無視したところに、原初的な力の横溢する句です。また、太陽の球形と蕨の曲線の取り合わせの妙があります。巨大な太陽と小さな蕨との対比も、映像を浮かべて味わいたいものです。(つづく)
2026.07.25
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7月25日(土)昭和萬葉集(巻十四)(431)和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(2)くさぐさの歌(2)歌会始(2)三笠宮妃をさなごの小ちさき手先に折られゆく紙のかたちの鶴になりゆく三笠宮餌を送るベルトコンベア廻転し数千のひなどりむらがりついばむ小林みどり 盲生ら山の小鳥を聞きわけて名を言ひ競ひ登りゆくなり信太千恵子野火の音ま近に迫り牧のなか声をからして吾が馬を呼ぶ (つづく)
2026.07.25
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7月25日(土) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(165) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)二月十五日(1) 見えない世界を「信じる」ことによって歩くか、それとも日常の世界を「見る」ことによって歩くかによって、人生は違った様相を呈することになります。わたしたちは、同一の外的状況のもとで、絶望することもあれば、実に平安に、それどころか幸福でいることもできるのです。(よりつづく)二月十五日(2) 信仰によって歩む場合、そうした場合もいくらか「想像」があずかることもあるでしょう。目に見える事物は、ほんとうにそれが見えているとおりのものでしょうか。「現実の」世界に関しても、わたしたちは実は謎と仮定の前に立っているのではないでしょうか。(つづく)
2026.07.25
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7月25日(土)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(13)(注)わたし(後藤)が、自分のために意訳等をしています。参考:矢内原忠雄氏元東大総長割り切れない問題 信仰に徹底するとは文字通り信仰に徹底することです。割り切れなくとも信じることです。この世の問題は信仰によって割り切る事の出来ないものがあります。信仰で 割る時に、割り切れないのがこの世の姿です。きちんと割り切ったと思うときは、かえって大抵、間違いにおちいっています。自分の信仰が一人よがりのものであるか、この世の認識が足りないか、どちらかです。ローマ法王はすべての実際問題を割り切って、常に一つの整数を与えようとします。これは間違いです。信仰には徹底しなければなりませんが、自分の信仰的の知恵をたのんで、すべての問題を割り切 ろうというのは信仰ではありません。それは高慢であり、不信仰です。信仰とは信仰 であって、割り切れなくとも、割り切れると信じること、これが信仰です。私のソロバンでは割り切れませんが、しかし神様は割り切られます。これは割り切れませんと先生に答案を出せば、先生は百点をつけて下さいます。それは割り切れなくとも割り切れているのです。それを下手に割り切れた答えを出せば、かえって間違いです。私共がこの世の事を自分の知恵で割り切れなくとも、信仰が不徹底なのではありませ ん。神様にはすべて統一があり、愛も力もあるから、たとえ自分で割り切れなくとも、 私は神様に委ねます。これが信仰の態度として正しいのです。
2026.07.25
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7月24日(金)会社倒産(4)こうした題材がわたしの傾向で、この殻をなんとか破りたいと思っています。そのまえに、こうした歌をまとめることによって自分の歌の問題点を探そうとしています。金繰り(3)あてのない金繰りに夜は更けゆけりカナブンひとつ飛ぶを眺める繰り返し玻璃戸に体打ち止めず光もとめるカナブンひとつ段ボールなども机に積まれたり物置兼用となりし事務室 仮眠する夜警を四時に起したり金繰りに夜を明かしつついて光熱費業者の支払い延ばしのばしまずは給料を払わんとする (つづく)
2026.07.24
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7月24日(金)駒田善治朗歌集「天遊」(10)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(10)奔放軌条(2)人に疲れ人声に疲れ暫くは老いになりきり身放り出す頤おとがひの外れんばかりの大欠伸骨を真似また大欠伸終りなき時計の針は刻みゆく心萎ゆるに臓器動きて夕暮るる歩廊プラットフォームに佇めばわが歌残し列車過ぎゆく (つづく)
2026.07.24
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7月24日(金) 与謝野晶子の歌(426)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。白華抄――(17)『冬柏』十一巻五号・昭和十五年四月昭和十五年四月五日、三津と大瀬崎を観光して帰京。これが、晶子が伊豆に足跡を残した最後の旅です。紫の霞を愛すふつつかに牛臥崎のうづくまれども内浦を戸田へ越え行く道ならんいくつの山の弓型の筋落花舞ふ釣舟に乗り大瀬おせの崎引ひく手力たぢからの浜にいたれば千年の大瀬おせの柏はく樹じゆをもて云へば君と訪ひしも近きいにしへ岬なる彼方の海の広き見て俄かに思ふ仏説流転 (つづく)
2026.07.24
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7月24日(金)歌集「瀧のこゑ」(35)発行所:ながらみ書房著書:村松秀代発行:平成十一年一月十七日作者とは、長いこと静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。隣町(河津町)の出身といいますか、もともとわたしも河津で生まれましたので…。一つ違いの姉さんということでお世話になりました。県や東部の歌会の行きや帰りの電車でよくお互いに歌評をし合ったこともなつかしい思い出です。Ⅱ宗旦木槿(2)弔問の列(2)安らけき眠りあれかし須崎御用邸の弔問の列にわれもつらなる昭和とふ文字に訂正印を押し事務を処理するけふより平成雑草といふ名は無しと宣へりメシバ・クサフジ・カラスムギ知る百万本の薔薇をあげると唄ふ声身のめぐり急に春めく朝 (つづく)
2026.07.24
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7月24日(金)NHK「俳句入門」―鑑賞編―(抜粋:後藤)(6)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第一章 春の俳句を読む 正木ゆう子 一、春の俳句を読む(6)【動物】囀さえずりをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子『続 立子句集第一』大きな木にたくさんの小鳥が集まっています。樹木は枝を腕のように広げて、囀りをこぼさないようにと抱いているようだというのです。「こぼさじ」の意志的な表現が、擬人的でありながら、枝の冷たさを感じさせず、樹木に全身で感情移入する作者の無垢なまなざしを思わせます。(つづく)
2026.07.24
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7月24日(金) 昭和萬葉集(巻十四)(443)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発行(昭和55年) Ⅵ(1) くさぐさの歌(1)歌会始(1) 皇后御歌 みそのふの楮の木もてすかせたる紙にいくとせ描ききにけり東宮妃まがなしく日を照りかへす点字紙の文字打たれつつ影をなしゆく少年の声にものいふ子となりてほのかに土の香ももちかへる常陸宮細胞の分裂しゆくさま追ひてこまかく写すケント紙の上に埋立のいまは進みてせばまれる千潟にあそぶはましぎの群 (つづく)
2026.07.24
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7月24日(金) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(160) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)二月十四日(3)この証しがほんとうにひとを十分満足する真理であるかどうかを、ひとは自らためしてみることもできます。そうすれば、自己の実感において、この証しが真理であることが十分に、かつ確実に証明されるでしょう。 しかし、このことを一度も真剣にためしたこともなく、ためそうとしない人は、これを否定する権利はもちません。なぜなら、彼は自分が知りもしないことについて発言するわけだからです。(よりつづく)二月十五日(4) 見えない世界を「信じる」ことによって歩くか、それとも日常の世界を「見る」ことによって歩くかによって、人生は違った様相を呈することになります。わたしたちは、同一の外的状況のもとで、絶望することもあれば、実に平安に、それどころか幸福でいることもできるのです。(つづく)
2026.07.24
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7月24日(金)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(12)(注)わたし(後藤)が、自分のために意訳等をしています。参考:矢内原忠雄氏元東大総長救いの岩 救いの信仰は剛健(ごうけん)に、生き生きとして居なければなりません。そのため には罪悪観が本質的、絶対的、剛健的でなければなりません。罪に泣く人は神に対 し、ただ神に対して天地も溶けるほどに泣くべきです。そうすれば、天地が溶けても 動かない救いの岩の上に立つことを得るでしょう。その岩とは神の子イエス・キリスト その人です。
2026.07.24
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7月23日(木)駒田善治朗歌集「天遊」(9)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(9)奔放軌条(1)逝きし人を知らにこの世に在らへば月齢といふ輪廻の齢若き日の真直な軌条やや外れ奔放軌条の余生のつづく逆剃りの刃に抗へる剛毛の堅き利心を 幾度も抜く身が萎えて心が萎えて暫くは眼を閉ぢて外界より離る (つづく)
2026.07.23
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7月23日(木) 与謝野晶子の歌(425)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。白華抄――(16)『冬柏』十一巻五号・昭和十五年四月昭和十五年四月五日、三津と大瀬崎を観光して帰京。これが、晶子が伊豆に足跡を残した最後の旅です。山荘へ凧吹かれぬと取りに来ぬ天城なりせば子等いかにせん船つたふ伊豆の西岸さいがん水に見ん四し川せんの奥の道もかからん富士に添ふ愛鷹山に若草の色ほのめける海の上かな波の上網の張られて山の見ん云ひがひもなく迷へる船と (つづく)
2026.07.23
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7月23日(木)歌集「瀧のこゑ」(34)発行所:ながらみ書房著書:村松秀代発行:平成十一年一月十七日作者とは、長いこと静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。隣町(河津町)の出身といいますか、もともとわたしも河津で生まれましたので…。一つ違いの姉さんということでお世話になりました。県や東部の歌会の行きや帰りの電車でよくお互いに歌評をし合ったこともなつかしい思い出です。Ⅱ宗旦木槿(1)弔問の列(1)開山の昔より涸るるなき岩清水汲みて新年の仏陀に供ふ常のごと電線に鴉は来てをりき昭和天皇崩御の朝も激動の昭和を生きこし共感の湧きて静かな悲しみにゐる (つづく)
2026.07.23
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7月23日(木)NHK「俳句入門」―鑑賞編―(抜粋:後藤)(5)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第一章 春の俳句を読む(5) 正木ゆう子一、春の俳句を読む(5)【行事】 仕つかまつる手に笛もなし古雛 松本たかし『松本たかし句集』五人囃子の笛方の手にあるべき笛が、年月を経る間に失われてしまった。「仕る」は、「笛を吹く」意味です。この句は、「仕る」という丁寧な言葉のもたらす格調にあります。ときにこのような古めかしい言葉が生きるのも俳句の面白さです。(つづく)
2026.07.23
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7月23日(木)昭和萬葉集(巻十四)(439)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)V(105)天地自然(77)機上にて(2)片岡恒信 照りかげる機翼の面にたえまなく流れて雲の影はすぎゆく井上健太郎太平洋の波浪に片寄りたる如き列島日本雲の下にあり岩崎芳秋吾が翔(か)ける空の境を地図にひきソ連領空浸すを恐るとほく見たる流氷群は白にして直下に見れば蒼みてただよふ河合きよ子ベトナムの戦火の上空を過(よ)ぎりしと機上より夫の便り届きぬ (つづく)
2026.07.23
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7月23日(木) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(159) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)二月十四日(2)あの教養あるローマ人(ローマの総督)の懐疑的な叫び(「真理とは何か。」:ヨハネ伝第18章38節)は、そっくりそのまま現代の教養ある階級の人たちの意向です。彼らは、歴史あってこの方、この世のあらゆる科学も哲学も真に確実な、誤りのない真理を伝えたことのないのを、十分知っているのです。 ただ個々の、その時どきの真理を求めるのではなく、真理そのものを得たいと思うのです。そのためには、その人自身が真理の証しであること、この世での歴史的な、唯一の使命とされたお方に(後藤:たとえばキリストのようなお方に)従うよりほかに、選ぶべき道はないでありましょう。(よりつづく)二月十四日(3) この証しがほんとうにひとを十分満足する真理であるかどうかを、ひとは自らためしてみることもできます。そうすれば、自己の実感において、この証しが真理であることが十分に、かつ確実に証明されるでしょう。 しかし、このことを一度も真剣にためしたこともなく、ためそうとしない人は、これを否定する権利はもちません。なぜなら、彼は自分が知りもしないことについて発言するわけだからです。(つづく)
2026.07.23
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7月23日(木)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(11)(注)わたし(後藤)が、自分のために意訳等をしています。参考:矢内原忠雄氏元東大総長信仰の追試 科学者が一つの実験の結果を出した時、それが真であるか否かを確かめるた め、多くの科学者が実験を繰り返します。これを「追試」といいます。信仰的真理も一 度の啓示だけでは確かめられず、私たちの生活の実験を通して「追試」され、その真であることが実験的に証明されます。祈りによってある行為をしたとき、それが果 たして神の御意にかなっていたか否かを、私たちはどうして確かめることができるで しょうか。それを確かめるものは、私たちのその後の生活です。私たちのその後の 生活が信仰的に行われるならば、神の御意がどこにあったかが明らかに知られてくるのです。 私たちの欲しなかったことを神がなされたとき、例えば私たちの愛する人の生命を にわかに神が召されたとき、私たちはどうして神の御意を善であると信じることがで きるでしょうか。神は愛ですから、そのなされたところはすべて善であると、一般的に 信じることはできます。しかし自分自身について起こった具体的事件において、神の なされたところは真に善であった、真に愛であったと確かに知るのは、私たち自身の その後の生活を通してです。私たちがその後一層信仰的に生きて行くならば、神の なされた事はすべて善であったことがわかります。
2026.07.23
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短歌鑑賞(石川啄木)歌集「悲しき玩具」(百五十九)下書き 後藤瑞義 (注)歌の順序は歌集の順序によります。 何思ひけむ―― 玩具おもちやを捨てておとなしく、 わが側に来て子の坐りたる。 一行目「何思ひけむ」と、なんとなく謎めいた出だしです。ダッシュに強い感情を感じます。二行目「玩具をすてて」、いままで遊んでいたのをやめたのでしょうか。「おとなしく」は、あるいは声を出して玩具(おもちゃ)と遊んでいたのかもしれません。そのうえでの、「おとなしく」、おとなしくなってということでしょうか。三行目、二行目からつづいて三行目を読みますと、いつもはきゃっきゃと言ってオモチャで遊んでいる子が、今日はおとなしくしている。あまり自分の側に来ない子が、今日はそばに来て坐っている。そこで、一行目に戻って、何を思っているのだろうかと気にかけている啄木の姿が浮かびます。子供は何の考えもなくしていることでも、大人はどうしてだろうと考えるものです。自分の病気の具合が悪いのが分かってしまったのだろうか、とか色々気にかかるのです。子供に心配をかけるのは啄木としてはもっとも避けたいことではなかったでしょうか。そうした、親の気持ちがよく出ている歌だと思います。
2026.07.22
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7月23日(木)会社倒産(3)こうした題材がわたしの傾向で、この殻をなんとか破りたいと思っています。そのまえに、こうした歌をまとめることによって自分の歌の問題点を探そうとしています。金繰り(2)集金に手土産持ちて常行くも経費節減と今日持たず行く遥々と集金に来ぬ受付の女子事務員の言葉なまれり倒産の恐れ抱けば集金のわれの眼(まなこ)は鋭くあらん煌煌と灯ともす地下の事務室に金繰り表を作り夜更けぬ正確に金繰り表を作れども未払業者の増え行くばかり (つづく)
2026.07.22
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7月22日(水)会社倒産(2)こうした題材がわたしの傾向で、この殻をなんとか破りたいと思っています。そのまえに、こうした歌をまとめることによって自分の歌の問題点を探そうとしています。金繰り(1)混み合える電車のなかに吊革を一人二人と握り引き合う地下室の事務所の壁に貼られたるみ仏の写真つねにほほえむ地下室の事務所に飾るドライフラワー蕾のままのものも混じれり 徹夜せる朝の社員食堂に茶柱立つをしばし見詰むるあまたなる魚の割かれて干されあり浜風に髪乱しつつ行く金繰りに疲れしこころ遊ばする限りなき空かぎりなき海金繰りに悩めるわれは砂浜の蟻を踏まんとしてためらひぬ (つづく)
2026.07.22
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7月22日(水)駒田善治朗歌集「天遊」(8)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(8)政争の秋(2)刺客放ち放たれ目刺しのごと顔写真並ぶ選挙公報街頭に獅子吼せる鎮魂宰相ユーセイ通れば靖国の神主かむぬし米・中・韓の狭間にありて漂流す日米同盟大東亜共栄圏夕陽西壁に傾き既にわが寄方よるべとならぬか西方浄土 (つづく)
2026.07.22
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7月22日(水) 与謝野晶子の歌(424)(注)歌友である渡辺つぎさんは、平成二十九年九月六日、百六歳六か月にて永眠されました。「伊豆遊草」には、伊豆におけるおける与謝野晶子の膨大な数の歌が収録されています。その中から出来る限り抜き書きしたいと思います。白華抄――(15)『冬柏』十一巻五号・昭和十五年四月昭和十五年四月五日、三津と大瀬崎を観光して帰京。これが、晶子が伊豆に足跡を残した最後の旅です。雪白き富士に向ひて薬飲む延寿の術を知るやうにわれ磯さくら海を敷きつつ散る時は浅き夕の流星に似る志良須魚入江に入ると山荘へ報のつたはり花散りて行く三津の崎五松の荘の五つ松人にあらねど変る世なかれ広重が東海道のたそがれを教へし色のひろがれる空 (つづく)
2026.07.22
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7月22日(水)歌集「瀧のこゑ」(33)発行所:ながらみ書房著書:村松秀代発行:平成十一年一月十七日作者とは、長いこと静岡県歌人協会の常任委員をともにいたしました。隣町(河津町)の出身といいますか、もともとわたしも河津で生まれましたので…。一つ違いの姉さんということでお世話になりました。県や東部の歌会の行きや帰りの電車でよくお互いに歌評をし合ったこともなつかしい思い出です。Ⅰ夢を点して(33)脚絆はすべて(3)臘八接心の石も凍れる八日八夜座禅して何を悟れといふや幾万遍も経となへしか渋く声に雪の安居を乗り切りしとぞ繕ひてくれよと吾子の送り来し作務衣の裂れし膝を撫でゐる時代には勝てぬものらし修行僧に休暇のありて子の帰り来る三時間を乗りつぎて来て二時間を眠りしのみに戻りゆきたり (つづく)
2026.07.22
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7月22日(水) 昭和萬葉集(巻十四)(436)(昭和三十五年~三十八年の作品)講談社発20行(昭和55年)V(107) 天地自然(83)古社寺(3)向井宗直雪柳咲き垂るる株を点景に枯芝ひろき堂塔の址小菅 章張り充てる仁王の脚に日中射す陽の淡々あはあはとうす埃浮く機上にて(1)丸木政臣わが母の一生ひとよ働きたまひたる 阿蘇谷を眼下に飛行機はとぶ寺門一郎冷びえと換気孔よりそそぎくる高空の気にふれをり吾はさかしまに空見つるごと海原の上空にして機の下の雲 (つづく)
2026.07.22
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7月22日(水)NHK「俳句入門」―鑑賞編―(抜粋:後藤)(4)発行所:日本放送出版協会(俳句入門)第一章 春の俳句を読む(4) 正木ゆう子一、春の俳句を読む(4)【生活】 紙風船息吹き入れてかへしやる 西村和子『心音』紙風船の句は結構ありますが、「息吹き入て」というところが他より優れております。返って来る紙風船を待っている子の姿もありありと見えて来ます。遊んでいるうちに、まぎれて母のところに飛んできたのでしょう。空気の抜けた紙風船は、長く遊んでいる時間の経過まで想像させます。(つづく)
2026.07.22
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7月22日(水) 「眠れぬ夜のために」(ヒルティ)(第一部)(158) 発行所 岩波書店(1973年5月16日)(注)あくまでも、訳に忠実にしていますが、簡略化や意訳や表現の変更(例えば、「…である」を「…です」に変えたり)をしました。 ☆ ☆ ☆ ☆ (前日)二月十四日(1)つねに真実を語ることは、真剣にそうしようとしても、なまやさしいことではありません。嘘はわたしたちの生活に深くからみついているからです。たいていの人は、なんの目的もききめもないような、独り言や祈りのときでさえ、ひと知れずいつわりがちなのです。 ところが、人間は他人の嘘にはたやすく気づくものです。ただその嘘が自分に都合のよいときは、それを信じるのです。(よりつづく)二月十四日(2) あの教養あるローマ人(ローマの総督)の懐疑的な叫び(「真理とは何か。」:ヨハネ伝第18章38節)は、そっくりそのまま現代の教養ある階級の人たちの意向です。彼らは、歴史あってこの方、この世のあらゆる科学も哲学も真に確実な、誤りのない真理を伝えたことのないのを、十分知っているのです。 ただ個々の、その時どきの真理を求めるのではなく、真理そのものを得たいと思うのです。そのためには、その人自身が真理の証しであること、この世での歴史的な、唯一の使命とされたお方に(後藤:たとえばキリストのようなお方に)従うよりほかに、選ぶべき道はないでありましょう。(つづく)
2026.07.22
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7月22日(水)「矢内原忠雄(内村鑑三の弟子)の今日の言葉」(11)(注)わたし(後藤)が、自分のために意訳等をしています。参考:矢内原忠雄氏元東大総長存在の永遠性 およそ不変を前提としなければ、変化ということも考え得られず、変化する事物が 一つの存在としてもつ統一性・連続性を説明することも出来ません。事物の本質が 不変であればこそ、その様相の変化にかかわらず、それは一つの存在としての統 一性をもち得るのです。例えば幼年時代より少年期、青年期を経て老年期に入るま で、私の外観も思想も生活も何度も変転を経過して来ましたが、それにもかかわら ず私は私です。もしも変化の相を追うだけなら、私は一刻も同じ私ではなく、私の統 一的自覚は成立し得ないのです。 私の霊(たましい)は永遠なるものを慕います。それは私の不変の憧憬(あこがれ) です。永遠思慕(しぼ)がなければ、私の霊は生命を感じないのです。
2026.07.22
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7月21日(火)駒田善治朗歌集「天遊」(7)発行:平成25年7月10日 発行所:株式会社 角川書店静岡県歌人協会の役員をご一緒することがありました。わたしの歌をよく読んでいただき、お会いすると「元気、たいへんだね…」などと気をつかっていただきました。大先輩です。平成十七年~十九年(7)政争の秋(1)在る在らぬは何故に engagementアンガージュマン サルトル甦る書棚後楽園球場の青天井を突き抜け消えしradical dream我よりも若者の未来思ふとき後世ごせを願ひ果つべき命か改・創・論憲と喧しかれど守憲一途の素手の九条派 (つづく)
2026.07.21
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