歩人のたわごと

歩人のたわごと

2026/09/23
XML
カテゴリ: エッセイ
田辺のおじさん


 親戚は道路を挟んで、眼科の真ん前にある。元は祖父の弟がここに養子に来たことが始まりであり、現在の当主、洋さんはその三番目の子どもである。最近はお互いに高齢のため年賀状の交換もやめて、冠婚葬祭の機会もなく、久しぶりの訪問になる。彼は数年前に奥さんに先立たれて以来、一人暮らしをしているはず。ひょっとすると施設にでも入所されているかもしれない、そんなことを想像しながら呼び鈴を押した。
 彼は元気な声と顔で玄関に現れた。その姿を見て、余計な心配だったかと思いなおすと同時に、〈ああよかった!〉と、肩の力が抜けた。今年九十二歳になる彼は、自分で買い物をして三度の食事を作っているという。しばらくお互いの近況を確認しあって別れた。六歳先輩がこんなに元気なんだ! ボクもまだまだいけるぞと、とても元気づけられてうれしかった。
 我が家から養子に出た彼の父は、ボクの祖父の十歳下の弟で、確か中学の校長をしていたと聞いている。我が家では家族全員が〈田辺のおじさん〉と呼んでいた。ボクがまだ中学生のころ、そのおじさんは時々、田辺と枚方の間にある河内峠を越えて、自転車で自分の生家である我が家にやってきた。当時はバスもなく交通手段は徒歩か自転車しかなかった。当然、帰るときも同じで、河内峠までの登り坂を、自転車を押して帰った。それも一升の酒を飲んだ後のことだ。
 祖父も酒好きだったが、弟であるこのおじさんも同様で、よく飲んだ。来るたびにひとりで一升瓶を空けていたことを覚えている。そして大きな声でよくしゃべり、笑った。言葉はまるっきりの河内弁である。後に〈呵呵大笑〉という熟語を知って、このおじさんの言動にピッタリだと思った。
 主におじさんの相手をしていたのは、姪に当たるボクの母である。ボクたち兄弟も家にいれば一緒に話を聞いていたが、多分おじさんの酒の肴にされていたのだと思う。自分の家族とはまたひと味違う人柄のおじさんの話が、子供心に面白くて好きだった。
 それは弟たちも同じだったらしく、すぐ下の弟はおじさんに仲人を頼んだ。その下の弟も、いまだにおじさんの思い出話になると熱が入る、という具合にボクたち兄弟はみなおじさんのファンであった。
 田辺のおじさんが我が家を訪ねていたのは、もう七十年も前のことになる。だから記憶は相当あいまいであるが、一つだけ、はっきり覚えていることがある。それは当時、〈バッチ〉と称していたズボンの下にはくタイツのことだ。「若いもんがそんなものをはいてどうする」と叱るように言われた。このひとことで、それ以来、八十歳になるまでボクは〈バッチ〉をはかなかった。あの一言は、叱っているのではなく愛情のこもった助言だったと、今でもありがたく思っている。
 おじさんは晩年、今でいう認知症になり徘徊の症状を発症、八十三歳で亡くなった。息子の洋さんの話によると、「父はとにかく河内の話を良くしていた。それも、とてもうれしそうに。それを聞くたびに、河内は一体何がそんなに良いのだろうかと、家族で話していた」と。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026/09/23 05:37:08 PM
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Profile

ビッグジョン7777

ビッグジョン7777

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

ビッグジョン7777 @ Re[1]:雲とツユクサ(09/26) New! ふろう閑人さんへ コムラサキシキブの実…
ビッグジョン7777 @ Re[1]:雲とツユクサ(09/26) New! ひろみちゃん8021さんへ 秋の色はいいで…
ビッグジョン7777 @ Re[1]:今週の朝日歌壇(09/25) New! ふろう閑人さんへ 世の中は広い 実にいろ…
ふろう閑人 @ Re:雲とツユクサ(09/26) New! 2枚の写真・・・絵になっていますね。 そ…
ふろう閑人 @ Re:今週の朝日歌壇(09/25) New! 「窓」の字を「ウ・ル・ム・心」と読む。…

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: