浅きを去って深きに就く

被災時の姿残し、平和願う象徴

旅行ライター　　小林　克己

原爆ドーム

広島中信鵜の高層ビル街の中に一つだけ、まるで配所のような異質の建造物が川岸に立っています。それが原爆ドームです。

廃墟と化す前はチェコのヤン・レツルが設計した、 1915 年完成の広島県物産陳列館（ 33 年に広島県産業奨励館に改称）です。鉄筋を使用したれん造り 3 階建てのモダンな欧風建築で、高さ 25 ㍍の楕円形ドームになっています。

それが一瞬にして残骸と化したのは 45 年 8 月 6 日の朝 8 時 15 分のことでした。世界初の原子爆弾が広島市の中心部に投下され、爆心地から半径 2 ㌔以内の建物の大半は一瞬にして倒壊しました。

爆心地から北西 160 ㍍の至近距離に立っていた広島県産業奨励館も熱線と爆風を浴びて全焼しました。しかし、爆風波真上から垂直方向に吹きつけたため奇跡的に倒壊は免れました。

ドームの鉄骨の残骸が傘のように見えることから、「原爆ドーム」の呼び名がつけられました。やがて、市民の間から悪夢のようなつらい記憶を思い出す、また、東海の危機があるうえ、美観も損なうといった理由でドームを撤去すべきという話もありました。

しかし、被爆当時から唯一残る貴重な建物として被災時の姿のまま保存すべしという声が市民の間で高まり、 66 年、市議会が満場一致で永久保存を決めました。広く募金も集められ、保存工事が行われました。

原爆の恐ろしさ、悲惨さ、愚かさを未来永劫に伝え、平和を願う象徴としてアウシュビッツ強制収容所などに続いて、「人類の負の遺産」として 96 年、世界遺産に登録されました。

原爆ドームの対岸にある平和記念公園には折り鶴をささげ持つ少女の「原爆の子の像」があります。また、中心施設の「広島平和記念資料館」にはケロイドの肉片など原爆の想像を絶する悲劇と悲惨さを物語る被爆資料と遺品が多数展示されています。

【日本の世界遺産—３—】公明新聞 2025.4.24