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2025.11.25
カテゴリ： ショートショート
一丁目の角の一人住まいの爺さん、普段は水の流れていない尻無川の土手にそっと桜の苗を植えて花を咲かせて悦に入ってるんだ。
「あらっ、綺麗ねえ」などと足を止める人もいるものだから爺さん、図に乗って毎年桜の苗木を植えている。
何時しか、成長の早い桜はどんどん大きくなり、枝が道路を塞ぐようになって「迷惑だな！誰が、こんなところに桜を植えたんだ！」市役所の道路課も困惑していた。
「きっとあの爺さんですよ、毎日川縁を散歩して桜を愛でていますから、苗を植えたり、肥料をあげてるのを見た人もいますよ、、」
「はて？困ったもんですなあ、、」
二丁目の高台に住む小学校の教頭を退職した爺さん。
青春時代からの夢だった小説<桜と少女と饅頭＞という小説を書いて自費出版したそうだ。なんだかんだと500万円もかかったそうだよ。
奥さんはね、「主人の退職金ですから、お金のことは構わないんですけど、そんな本、売れるわけもなく、押し付けられた友達や親戚兄弟も閉口しながらも渋々貰ってくれてるんですが、それでも残った本が六畳の部屋を埋めてしまってびくともしませんので、何とか片付けて下さいと主人に言ったのがいけませんでしたかねえ、それからは、主人は毎朝早くから風呂敷に本を包んで本屋や図書館廻りをしてるんですよ。図書館や本屋さんに自分の本を並べてはにやりと笑ってるんでしょうかねえ、本屋さんの書棚ではベストセラーの本の横にそっと置くらしいんですが、ささやかな老後の楽しみですから許してやってくださいませ、、」
元教頭のにわか作家は近隣市内の本屋、図書館の書棚、病院の待合室、銀行の雑誌ラック、風呂屋の棚、駅の本棚、喫茶店のマガジンラック、公民館の便所と処かまわず、そっと自費出版の小説本<桜と少女と饅頭＞を置いてくるのが嬉しくてしょうがないのだった。
「奥さん、万引きじゃありませんし、どんな罪になるのか思い当たりませんね、犯罪でもなく、被害は些少ですが、確かに困っている本屋さんもあるでしょうね、かといって、不法投棄罪じゃあまりにご主人が可哀そうですしねえ。」
「ちょいと、散歩してくるからねと、」店を開けることが多いそうで、ふらっと店を出てご機嫌な顔でニコニコして帰ってくるのだそうだ。
雨の日には駅の待合室にそっとビニール傘を三本黙って置いてくる。泌尿科の待合室には尿漏れパンツを置いてくる、公園のトイレにはトイレットペーパーを置いてくる、猫や鳥に餌をあげるのは叱られそうですが＜どうぞご自由に！＞と書いた張り紙を付けて児童や年寄りの集まる公園には饅頭や煎餅、お菓子を置いてくるんだそうだ。
惚けちゃいないんでしょうが、生きた証を少しでも残しておきたいなんぞとのたまわっていますがねえ、おまわりさん、どんな罪になるんでしょうか？
四丁目の悲暮神社に悲捨石という奇妙な石があって、夕暮れになると置き爺がやってきて、悲捨石の脇に自分の悲しみをそっと置きにくるんだそうだ。そうすると、身が軽くなるようで、鴉が鳴いて、置き爺の背中を赤い夕陽が暖かそうに包むそうだ。
作：朽木一空
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