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障害のある人を表す言葉として、「めくら」や「おし」といった呼称が使われなくなって久しい。現在では、それぞれ「視覚障害者」「聴覚障害者」と呼ばれることが一般的である。 語源に詳しいわけではない私には、これらの言葉に特別な差別の意図が込められているようには感じられない。むしろ、短くて分かりやすい表現ではないかと思うこともある。 しかし、言葉の価値は話し手だけが決めるものではない。たとえ悪意なく使ったとしても、多くの当事者が「かつて見下されたり、からかわれたりしたときに使われた言葉だ」と受け止めるのであれば、社会は少しずつ別の表現を選ぶようになる。 もちろん、「めくら」や「おし」が法律で禁止されたわけではない。長い年月の中で、当事者や社会の合意が積み重ねられ、公的機関や報道機関が使用を避けるようになったというのが実情なのだろう。 似たような変化は病名にも見られる。かつて脳卒中のことを「中気」と呼び、ハンセン病を「らい病」、認知症を「痴呆」と呼んでいた時代があった。しかし、医学の進歩や社会的な配慮によって、より正確で中立的な呼称へと置き換えられていったのである。 とはいえ、こうした古い言葉が完全に消え去ったわけではない。昔の小説や映画を開けば、当時の空気をまとったまま自然に登場する。歴史的・文学的な文脈における引用までが一律に否定されているわけではないのだろう。 さて、こうした事情とは別に、差別への配慮とは関係なく、時代の流れの中で自然に使われなくなった言葉も少なくない。 活動写真は映画となり、電気蓄音機はレコードプレーヤーになった。女中は家政婦や家事代行へ、看護婦は看護師へ、保母は保育士へと言い換えられた。産婆は助産師となり、メリヤスはニット、背広はスーツと呼ばれることが多くなった。 また、未亡人という言葉も耳にする機会が減り、「夫を亡くした女性」と表現されることが増えた。写真屋はフォトスタジオとなり、アベックはカップルへと姿を変えた。 こうしたものを挙げ始めればきりがない。言葉は生き物だと言われるが、確かに時代とともに生まれ変わっていくものらしい。 それでも、今の言葉と昔の言葉の両方を知っている世代がいる。その人たちが何気なく口にする古い言葉には、昭和という時代の空気がまだ少しだけ残っているように思えるのである。作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.10.02
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母の手を ぎゅっと握って ありがとと 言えなかったな 彼岸花清秋に 心澄みゆき 母思い 松ぼっくりを 墓に供えて山里の 枝で熟した 柿の赤 蜻蛉どこいく 秋澄む空に作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.29
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運動会がんばった顔の立ち寄り湯紅葉の一枝だけの見つけもの作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.26
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製作:1949年 日本 上映時間:108分 監督:小津安二郎 本作は『麦秋』『東京物語』と並び、原節子が“紀子”を演じたことから「紀子三部作」と呼ばれる。いずれも笠智衆、杉村春子、三宅邦子らが顔を揃える家族劇だが、三作はそれぞれ独立した物語として、異なる季節の光を宿している。 大学教授の周吉(笠智衆)は妻に先立たれ、娘の紀子と鎌倉で静かに暮らしている。独身のままの紀子を案じる周吉は、妹のまさが持ち込んだ縁談を勧めるが、紀子は頑なに首を振らない。愛する父を一人にしてしまうことへの痛ましいほどの思いやりが、彼女の胸を縛っていたのである。その気持ちを悟った周吉は、紀子を送り出すために「自分も再婚を考えている」と嘘をつく。小津作品らしい、静かな嘘が物語をそっと動かしていく。 小津監督の代表作としては『東京物語』が広く知られるが、物語の芯に宿る熱や、父娘の情がほとばしる瞬間においては、本作のほうがより強く胸を揺さぶる。とりわけ父娘の最後の旅行、そして紀子の結婚式の後、周吉がひとり台所でリンゴの皮を剝きながらうなだれる場面は、観る者の心を深く沈め、静かな涙を誘う。 この場面について、小津監督は当初、笠智衆に“慟哭”を求めたという。しかし笠は派手な感情表現を好まず、現在の抑えた演技に落ち着いた。後日、笠は「できるできないは別として、役者なら監督の要求に応えるべきだった」と語ったという。そうした裏話を知ると、あの沈黙の重みがいっそう深く胸に沁みる。声を上げぬ悲しみほど、時に人の心を揺らすものはない。 現代では、若い女性が父親や中年男性を軽んじる風潮も見られるが、当時の娘たちが自然体で父親や知り合いのオジサンと酒を酌み交わす姿には、どこか失われた風景のような温かさがある。本作は娘の結婚をめぐる父娘の葛藤を描いた名作であると同時に、鎌倉の静謐な佇まい、能楽の幽玄、京都の寺社の気配といった日本文化が、物語の背景に淡く溶け込み、観る者の心を洗う。 当時の価値観では、一定の年齢に達した女性は結婚しなければ不幸だと見なされがちで、紀子のように自分の意思を貫けない状況は気の毒にも映る。しかし、それもまた本人の生き方や選択によって変わり得るもので、一概に断じることはできないだろう。 それにしても、能楽の場面で紀子が見せる嫉妬の炎を宿した一瞬の表情は凄まじく、原節子という女優の底知れぬ深さに思わず息を呑んでしまった。あの一瞬に、彼女の心の揺らぎと、別れの予感が凝縮されていたのだろう。評:蔵研人 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.22
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ランニング 半ズボン履き 裸足でも 空き地探して どろんこ野球 ちゃぶ台を 囲んだ飯は 早食いよ 親爺の教訓 聞きたかねえよ算盤を 得意がってた 爺だぞ AIなんぞに 負けちゃなんねえ街灯の 下で泣いてた 美代ちゃんは 公衆電話で 彼氏にふられ作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.19
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道の駅 ナスの青さが 目を誘うそれぞれの 好みのわかる 良夜かな作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.16
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その日はかならずやって来る時間のない世界光と暗闇だけがある世界記憶のない世界想念だけが漂う世界それは平行世界への旅立ちなのかそれとも大宇宙が静かに消滅する日なのかその日が訪れればきっと分かるだろう時間さえも失われたその世界の中で作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.13
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銭湯の 富士山眺め 夢見る児 湯気の中では 浪曲親爺駄菓子屋の くじ引き箱と いざ勝負 泣く泣く帰る 十円博徒汗みどろ 昭和の便所 夏暑し 痛い尻拭き 新聞紙待つ あんなことあったかな、貧しかったけど元気があったな、子供も、爺さんもまっ直ぐだったような気がするねえ作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.08
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園児皆 はずんで走る 運動会年齢の きざまれし手の 巨峰かな作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.05
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囲碁仲間に誘われ、久しぶりにカラオケ店へ足を運んだ。といっても、夜はスナック、昼はママが一人で切り盛りする小さなカラオケ喫茶である。午後一時、重々しい木のドアを押し開けると、すでにカウンターには四名、テーブル席の一つも埋まっていた。 店内には大音響が響き渡り、年配の女性が演歌を熱唱している。ざっと見回すと、あとは八十代と思しき白髪や禿頭の爺さんばかり。席に着くと、ママが挨拶とともにメニューを差し出した。ここでは飲み物を一つ頼めば、あとは一曲百円という、なんとも分かりやすいシステムらしい。 車で来たのでアイスコーヒーを注文すると、「かけつけに、さっそく一曲入れてくださいね」と促される。初めての店なので、オハコではなく歌いやすい吉幾三の『雪国』を選んだ。 女性の歌が終わると、割り込みで入れた私の『雪国』の前奏が流れ出す。慌ててマイクを手に取り、大画面の前へ。なんとか無事に歌い終えると、パラパラとお愛想程度の拍手が聞こえた。 続いて、同じく割り込みで入れた囲碁仲間二人の歌が続く。忘年会などで聴き慣れた歌声なので「いつもながら巧いな」と思っただけだったが、我々より先に陣取っていた常連たちの歌声には、思わず度肝を抜かれた。 村田英雄の『無法松の一生』をはじめ、春日八郎、大川栄策、鳥羽一郎など、古い演歌が中心なのだが、そのどれもが腹の底から絞り出すような迫力に満ちている。よく見ると、ヨタヨタ歩きの人や杖をついた老人ばかりなのに、歌い始めると突如として「別人28号」の世界へと変貌するのだ。 いつもの私なら得意の演歌をリクエストするところだが、ここではとても太刀打ちできない。そこで次に選んだのが『ブルー・シャトー』。すると突然手拍子が起こり、なんと一番を歌い終えると大拍手。「ブルー、ブルー、ブルー……シャトー」と歌い切ると、店内は歓声と拍手拍手の大嵐となった。「なるほど、演歌漬けのこの店では、こういう曲のほうが受けるのか」 そう悟った私は、橋幸夫の『恋のメキシカン・ロック』、植木等の『スーダラ節』、吉幾三の『俺ら東京さ行ぐだ』などを立て続けに歌い、大喝采の雨あられを浴びたのだった。 ただ、もうネタ切れである。当分この店に顔を出すのはやめておこう──そんな思いを胸に、店を後にした。作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.09.01
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編隊だぁ 原っぱのうえ 赤とんぼ とまれとまれと 棒持つ児らが川底の やご一期(いちご)の 殻捨てて 秋空を舞う 引きずらぬ過去赤蜻蛉 夕焼け染めて 赤化粧 ごはんできたと 母の呼ぶ声作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.28
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若者の雨にも似合うサングラスいさかいは小さな事よ日々草作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.25
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マンドリン クシコスポスト 奏でれば カラスも歌う 夕暮れの空公園を 走る走るよ 幼子は 何を発見 かがやく瞳作:成風 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.22
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★★★★製作:1949年 日本 上映時間:177分 監督:今井正 石坂洋次郎の同名小説を原作とする『青い山脈』は、戦後の青春文学として国民的な人気を博した作品である。主題歌『青い山脈』は昭和生まれなら誰もが口ずさめる名曲であり、映画化も1949年・1957年・1963年・1975年・1988年と計5回に及ぶ。本作はその初作で、正編・続編を合併したため上映時間が長いのである。 主演は高校教師・島崎雪子を演じた原節子。さらに池部良、小暮実千代、伊豆肇、龍崎一郎、若山セツ子、杉葉子らが脇を固め、戦後の日本映画黄金期らしい豪華な顔ぶれが並ぶ。 物語の舞台は片田舎の女学校。転校生の寺沢新子(杉葉子)が、偶然金物屋の店番をしていた大学生・金谷六助(池部良)と町を歩いていたところを同級生に見られ、悪意あるラブレターを送りつけられる。 当時は若い男女が一緒に歩くだけで噂になる時代。本作は、そうした古い価値観を否定し、新しい男女観を提示する青春ドラマでもある。 そのラブレターを見せられた新任教師・島崎雪子は、度を越した悪意を感じ取り、送り主の同級生を厳しく糾弾する。そして生徒たちの古い男女交際観を正そうと奮闘するが、それは逆に反感を招き、教員仲間からも「民主主義のはき違え」などと批判され、問題は次第に大きくなって理事会での討議にまで発展する。 この理事会のシーンこそ本作の白眉である。個性的な俳優たちが信念をぶつけ合い、戦後日本の価値観の揺れを見事に描き出す。長尺にもかかわらず退屈することなく、観客は一気にラストへと引き込まれてゆく。 そして藤山一郎の『青い山脈』が流れ、自転車に乗った教師と生徒たちが爽やかな風景の中を駆け抜ける──あまりにも有名なラストシーンが、戦後青春映画の象徴として胸に刻まれる。評:蔵研人 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.19
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とけていく とけていくソフトクリームとけていくとけていく とけていく 脳みそとけていくとけていく とけていく怒ること 泣くこと 後悔もとけていく とけていくとけていく とけていくいらいらかりかり やなことも みんな笊耳 とけていく とけていくとけていく とけていく北極の雪も愛も平和もとけていき とけていき なくなりそうとけていく とけていくなあんだ、いいもわるいもとけてながれりゃみなおなじとけていく とけていくソフトクリームとけていくそんなひともいたのかとくたくたくたくた とけてなくなる作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.16
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眠る子の背中に送る団扇風児の背丈柱にきざむ夏休み作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.13
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気になる電話が静寂を裂くように鳴り続けるやはり……そういうことだった──ドキドキと胸の鼓動は落ち着かず苛立ちばかりが募っていく悲しみの理由は分かっているけれど……どうか、もう少しだけ静かにしてくれないか──もう少しだけ互いに耐えてくれないか残された十年ほどの人生をせめて穏やかに 終わらせてほしい──ただ、それだけなのだから作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.09
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~励ましを 受けて部品が 損壊し~ 耳、目,歯、肩、腰、膝、指、内臓、年毎に身体の部品が壊れていくさみしさよ、なさけなさよ、ふがいなさよ。頑張ればできると励まさないで、歳のせいですから、修理もままらない、昨日できたこと今日できなくなっている……。~昨日でき 今日できなくて 明日あるの?~ やらなくちゃ 前向きでなくちゃ、希望を捨てないで、積極的が大切よ、わかってますけど、身体と頭がついてこないのよ。~ 前向きに? ついておいでと 子犬鳴く~ 負けないで もうすこし 駆け抜けて、そう、もうすこしなんだわ、老嬢のゴールは見えてるの、なんとかやっとこさ、ここまできたけれど、でも、どこへ辿り着いたのかしら。よかったんだか、よくなかったんだか溜息がでるだけだわ。~ここゴール? 溜息橋で 訝しむ~作:深田みつこ 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.06
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バッタリと出会いし友とかき氷海の日のボート眺むる湖畔かな作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.08.03
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製作:1951年 日本 上映時間:92分 監督:溝口健二 大岡昇平の同名小説を原作とする本作の舞台は「武蔵野」。小説では、宮地家の実家が「はけ」と呼ばれる土地にあると記されている。その「はけ」とは、中央線の国分寺駅と武蔵小金井駅の中間に位置し、古代に多摩川の浸食によって形成された最大高低差約20メートルの段丘崖地形である。実際には武蔵小金井からさらに東側まで広がる地域も含むようだ。 映画のロケ地も、当時の武蔵野の面影を色濃く残していた国分寺周辺をはじめ、玉川上水沿いの雑木林、狭山湖、野川沿いの武蔵野公園、お鷹の道、殿ヶ谷戸庭園、井の頭恩賜公園など多岐にわたる。場所によっては現在でも「武蔵野」の空気を確かに感じることができるだろう。 物語は、復員した青年・勉を宮地家が引き取ることから始まる。主人公の道子は当初、従弟である勉を弟のように可愛がっていたが、やがて彼を一人の男性として意識し始める。一方で夫の秋山は、親戚の富子との関係に溺れてゆく。愛情と嫉妬が複雑に絡み合い、静かな武蔵野の風景の中で愛憎劇が展開していく。 原作では、この複雑な心理の綾を大岡昇平が巧みに描き出している。しかし映画は時間的制約もあり、心理描写を十分に掘り下げることが難しかったように思える。またあっけないラストも含め、どこか物足りなさが残った。 キャストは道子役の田中絹代をはじめ、森雅之、山村聰、轟夕起子、進藤英太郎と充実した顔ぶれが揃うものの、巨匠・溝口健二作品としてはやや不完全燃焼の印象が否めなかった……。──── お鷹の道で文学散歩 ──── 映画『武蔵野夫人』に心を揺さぶられ、高校時代の友人四人とロケ地のひとつである「お鷹の道」を歩くことになった。西国分寺駅から十五分ほど歩くと、都市のざわめきがふっと途切れ、景色は昭和以前の静謐な時間へと滑り込む。まるで、足元の土がそのまま過去へ続いているかのようだった。 そこにひっそりと佇むのが武蔵国分寺。奈良時代、聖武天皇の勅願によって建立された古刹である。境内の万葉庭園には、万葉集に詠まれた植物が百六十種も咲き競い、それぞれに万葉名、和名、例歌、作者を記した小さな説明板が寄り添うように立っている。風がそよぐたび、古代の歌人たちの息遣いがかすかに蘇るようであった。 寺を後にすると、境内の横を沿うように細い小径が続く。このあたりは「はけ」と呼ばれた崖下の湧水地で、澄みきった水が静かに湧き出している。夏の夜には蛍が集まり、淡い光を水面に落とすという。やがてこの清流は野川へと注ぎ、さらに遠くへと旅を続ける。 江戸時代、この一帯は尾張徳川家の御鷹場に指定されていた。だから「お鷹の道」と呼ばれるのだ。 それにしても、東京という巨大な都市のただ中に、いまなおこのような別天地が息づいていることは、奇跡と呼んでもよいのではないか。湧水の音、木々の影、古刹の静けさ────それらは、失われたはずの武蔵野の原風景が、まるで細い糸のように現在へつながっている証なのだろう。文:蔵研人 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.30
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やっとたどり着いた老境の地、安息の地と信じていたけど諦観の雨が止むことはありませんでした。勝つとか負けるとか、得するとか損するとか、他人と比べるとか、他人を妬まないとか、そんな邪悪は捨てたはずなのに、まだまだ渦巻いていたのです。 地球上には独裁者、(ストロングマン)が蔓延っていて、弾圧し、殺戮し、侵略を繰り返している。国連も、人民も止められず、諦めの雨が頬を伝うだけです。 気候変動、地球温暖化で地球が危ないといわれてるけど CO2対策はまず、戦争を止めることだと思うんだけど、軍事行動で排出される二酸化炭素の量は世界の総排出量の約5.5%、中国、アメリカ、インドに次ぐ世界第4位の排出規模なんですよ。 軍事行動や戦争で膨大な二酸化炭素を排出してしておいて、エココバッグを使い、節電をし、挙句、焚火も駄目、牛のゲップや屁のメタンも悪影響、車を控えろ、ソーラーシステムにしろ、といってるの、ちゃんちゃらおかしいくないですか?────絶念の地で、嘔吐しながら短歌詠む────勝ち負けも 損得も捨て 生きし身に 嘘をつくなと 渦巻く卑しさ安息の老境に地に 戦火はやまず 諦観の雨 地球を叩け戦(いくさ)火で CO2吐き エコを説く 温暖化阻止 ちゃんちゃらおかし平和なぞ 常ならむ夢 争いは 人の質だと やけくその雨作:深田みつこ 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.27
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突然の 悲しみの夜の緑雨かな夕立や ひと息つける 庭仕事作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.24
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炎天の梅園に咲く木槿のみ ひとりはしゃげるごとく咲きをり露天にて 笛や太鼓の音聞けば 熱海の夜は長くありけり作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.21
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ああ、暑いわねえ、、ぱあっと 花火でもあげましょうか。手筒花火?吹き出し花火?線香花火?ねずみ花火?蛇花火?あたいの尻花火なんかどう?勢いよく噴出しますよ!ああ痒い! 熟女悶える 熱き夜よ カーテン越しに 蚊の一匹と死闘してるかったるいね 焼酎飲んで テレビ見て 今日もいちにち なんだったのよ恋の傷 そんなものあったのかと 箪笥のなかの 浴衣撫でている作:深田みつこ 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.18
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子供らの 声に目覚める 夏の朝いつになく 多弁な夫 麦焼酎作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.14
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中庭に返りしままの玉虫を 起こしてやりぬ梅雨の朝かな風に舞ふなんじゃもんぢやを横に見て 次は吾なり山法師かな作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.09
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灼熱下、縦横無尽に庭翔ぶ黒揚羽に警告す 花が女か 男が蝶か 男が花で 女が蝶か 花が咲くとき 蝶が舞い 花が散る時 蝶も死ぬ 後始末たのみますよ、庭中毛虫が這いまわってます花と蝶 歌謡曲では じゃれつくも 畑じゃ邪魔者 死罪に処され揚羽蝶 華麗に庭の 花愛(め)でり 愛の不始末 毛虫うじゃうじゃ嵌められて 萎んだ花に 黒揚羽 饐えた蜜嗅ぎ 踵を返し 作:深田みつこ 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.05
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バラの名は ビターチョコなり おやつ時夏茱萸を 頬張りし日の 遠くなり作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.07.01
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★★★★☆製作:1953年 日本 上映時間:135分 監督:小津安二郎 邦画の三大巨匠の一人、小津安二郎の代表作であり、戦後日本における家族関係の変貌を、穏やかな筆致でありながら深い余韻とともに描き出した、静かな不朽の名作である。 尾道で末娘と三人、慎ましく暮らす老夫婦・周吉ととみは、東京で暮らす子どもたちを訪ねるため久しぶりに上京する。はじめこそ歓迎されるものの、医者の長男・幸一も、美容院を営む長女・志げも、それぞれの生活に追われ、両親に十分な時間を割くことができない。そんな中、戦死した次男の妻・紀子だけが、仕事を休んでまで義理の両親を東京見物に連れ出し、変わらぬ優しさを示すのだった。 十分な相手をできない長男と長女の勧めで、熱海の安宿に泊まった老夫婦は、深夜まで続く団体客の騒ぎに眠れず、一泊で引き返すことになる。しかし忙しい子どもたちは、それを迷惑そうに受け止める。とみは紀子の狭いアパートに身を寄せ、周吉は旧友たちと夜通し酒を酌み交わすのだった。 やがて東京に居づらくなった二人は尾道へ戻る決心をするが、帰路の車中でとみが突然倒れてしまう。大阪に住む三男・敬三の家で一時回復したものの、実家に戻って間もなく危篤に陥る。 本作は、地方に暮らす老夫婦が東京を訪れ、変貌した都市とそこに生きる子どもたちの姿を目の当たりにし、数日の旅の中で人生の機微をしみじみと噛みしめる物語である。 特筆すべきは、米国映画『明日は来らず』に着想を得たとされながらも、原作小説を持たず、小津安二郎と野田高梧が共同で脚本を練り上げたオリジナル作品である点だ。また、とみの死後、通学路から“夫婦瓶”が消えていたり、石灯籠や鉄道風景がわずかに陰りを帯びたりと、映像による繊細な心理描写が随所に潜んでいる。こうした細部の積み重ねこそが、小津が巨匠と称される所以であろう。 葬儀の後、早々に東京へ戻る兄姉たちに不満を漏らす末娘・京子に対し、紀子は「子供って大きくなると、だんだん親から離れてゆくものではないかしら」と静かに諭す。京子が「私はそんなふうになりたくない、いやね世の中って」と返すと、紀子は「そう、嫌なことばかり……」とつぶやく。この短いやり取りに、家族という存在の普遍的な哀しみが凝縮されている。 それにしても、70年前の作品でありながら、家族の在り方や心の揺らぎが現代とほとんど変わらないことに驚かされる。戦争がその分岐点だったのかもしれない。また、日本文化に馴染みにくいとされる欧州で高く評価されている事実を思えば、家族の物語は国境を越えて響く普遍性を持つのだろう。 2012年には山田洋次監督が本作を現代に置き換えたオマージュ作品『東京家族』を発表している。物語としての面白さはあるものの、胸の奥に静かに沁みわたる感動は、やはり本作に軍配が上がる。とりわけ老夫婦を演じた笠智衆と東山千栄子に匹敵する俳優は、今なお見当たらない。評:蔵研人 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.28
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あの人とは高校時代の文通が始まりでした。太陽が眩しすぎると暗がりを好むようなひとで、いつもおどおどびくびくしていて人生に自信のもてないひとでした。野良犬がくれば、私の影に隠れて歩くようなひとでした。小説家になるんだと、弱弱しく宣言するや、仕事を止めて部屋に閉じこもってしまいました。 正直言えば、あたいはあなたの文才には疑問符だらけで、金銭的な問題もあって、すごい不安だったけど、淡い期待もすこしあって、<がんばってね!>などと煽てたりしたんです。 古本屋から、分厚い本を買ってきては、狭い部屋の隅に山積み、部屋の四隅に棚をつけて本棚にし、便所にも棚をつけて本を積んでいる。原稿用紙を束で、千枚以上も買ってきて、部屋いっぱいに、ちり紙で鼻をかんだように、散らかしていた。きっと、あなたはそんな風景が好きだったのね。 久濃 深也 (苦悩が深い、)なんて筆名のときもあったわね、どうしてなのかわからないけど、あたいはそんなあのひとが嫌いじゃなかった。 面白がっていたのかしら、青春の浅薄(あさはか)だったんだわ。でも、あたいにとってはかえがえのない消すことのできない歳月だった。幸せも不幸もなかったけどあたいの青春のすべてだったような気がする。 ……あなたは 突然あたいの前から消えた。何にも言わずにいなくなりました、思い切り泣きました、体を震わせて、えんえん死にたくなるほど泣きました。あなたがいなくなってから、もう40年も経つんです。みつこの青春の時はあの日で止まったままなんです。 あれから あたいも恋らしき経験もしたけど、それはあの人との恋とはまるで違う。打算、欲、明日、夢 、いろんなものが混ざっていて純白の恋とは縁遠いものだった。 笑わないで下さい、あたいは今でもあの時の真っ白な恋を心の隅っこに大切にしまったままなんです。今更、純白の恋を追いかけたってしょうがない、捨てられた青春に縋ってもしょうがないことだと諦めていました。 奇跡かしら、あの人と会えた夕暮れの時が降ってきました。夕焼けが、錆びたブランコを青春の血のような赤に染めていたました。 40年前、ふたりが同じ時間を過ごした思い出の校舎の前でした。あたいは廃墟と化した旧校舎の前に立つあの人の影に気づいたとき、時間が止まったような感覚に襲われた。 歳をとるのはお互いだけど、あのひとはあまりにも変わり果てていた。ボロボロのシャツを羽織り、ズボンはボロ切れのように垂れ下がり、破れかかった草履を引きずっていて、 頭髪は薄くなり、顔は老いと苦痛の皴にに歪んでいました。 でも、弱弱しくて、怯えたような歩き方はあの頃とおんなじ、暗い光を宿しているままのあの影は間違いなく40年前の面影を引きずったあの人だった。 あの人は佇んであたいをじっと見つめていた。その手には、色褪せた『人間失格』の文庫本が、彼の一部であるかのように握られていた。あたいだって変わっていた、短く切りそろえられた髪は白髪混じりで、喪失感だけがあたいを支えているように見えでしょう。 あたいもまた、胸に一冊の本を抱えていた。色褪せて黄ばんだ坂口安吾の「堕落論」でした。どちらからともも話しかけようとはしませんでした。内向的で、言葉下手のふたりは心の中身ををうまく伝えられずに喋り出せば傷つけてしまうだけだということを学んでいましたから。 夕日が刻一刻と沈んでいく中で、2人の影が、荒れ果てた地面に長く伸びていくのだけが見えました。 廃校になった図書室の隅で、ふたりは誰にも邪魔されず、黙々と本を読んでいました。それがふたりの付き合いでした。同じ空間に、自分と同じように社会の仕組みに馴染めない人間がいるという、その安らぎだけで十分でした。 あの人が重い口を開いた。彼の声は、長年使われていない古びた楽器のように掠れていました。「、、、、下駄できたんだね、みつこさん」 それは、なぜ今ここにいるのかとか、なぜあの時消えたのかという問いでも答えでもなかった。ただ、目の前にある、あのひとが知っているあたいへのぎこちない言及でした。 あたい、あのひとの草と土で汚れた足元を見つめました。「……あなたは草履ね、」 それだけの会話。しかし、その短い言葉の中に、40年間の孤独と、互いへの深い、しかし言葉にできない複雑な感情が凝縮されていたのです。 あの人は手に持った『人間失格』を強く握り直して、「……おれは、ずっと、逃げてばかりいた」 あのひとはそう言いました。それは、40年前の失踪に対する謝罪のようでもあり、その後の人生に対する独白のようでもありました。あたいは何も言えなかった。 ただ、少しだけ、彼の方へ近づいた。 あたいはあのひとは逃げていたけれど、あたいもあの日から一歩も前に進めず、ずっとこの廃校の記憶の中へ逃げ続けていたのです。 夕日が地平線に沈み、空は深い紫色に変わり、廃校の窓は、暗黒の口を開いています。ふたりはそれ以上何も話しませんでした。再会の約束も、別れの言葉も。 暗闇がふたりを包み込み景色の一部のようになるまで立ち尽くしていました。40年間の断絶も、廃校の前で、ぼろぼろ姿のふたりの沈黙によって、静かに許されたような気がしてきました。 ふたりの表情は相変わらず暗かったが、その奥底に、夕日の残像のような、静かな安らぎが灯り始めていたような気がします。~ピリピリピり、、、スマホが鳴った、ああっ、目が覚めた~「もしもし、、あたい、、、いい夢なんだか、悪夢なんだか,正夢なんかじゃないの、勝手夢だったんのよ、、、」邂逅は 虚しいものと 夕雲が 崩れ流れて 青春沈むあの頃に 確かにあった 純情を 校舎の影で ほじくり返しよみがえる はずもない おもいでの 瘡蓋(かさぶた)剥がし 夕陽が赤く作:深田みつこ&じぇみに君 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.25
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預かりし子の片濡るる走り梅雨アカシアの満開となるバス通り作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.21
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AIの真似できぬものひとの業新宿で熊が吠える日あと僅か平日の露天ではしゃぐ爺の群れ諸葛でも閉鎖するはずホルムズを作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.16
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死ぬ死ぬとのたまわってた爺さん、なにがめでたいのか、もろ手をあげて恍惚万歳、おけらになったか、お手上げなのか、それとも脳が痺れて法悦か、藻掻いたってしょうがねえか、諦め肝心なのか、爺さん万歳!千秋万々歳!!雲ながれ どこを彷徨う悔恨が これでいいんだと万歳万歳!得をした損したとかに 縛られて銭を捨てたか千秋万歳 !ほんとうか?嘘暴かれて痛罵され 棘刺さったまま万歳するか若葉萌え大きく育てと励まして いつか死ぬぞと万歳爺さん作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.12
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窓開ける朝日の中をバス走る 皆の人生乗せてゆらゆら親友の病を知って胸痛む 明るく語る友の強さよ作:成風 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.07
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ゆるゆると目覚める朝の桜しべ白鵬がまたも連敗五月作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.06.03
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★★★★製作:1955年 日本 上映時間:128分 監督:久松静児 どこかで聞いた覚えのある題名だと思っていたが、丘の上の家から小田急線が走るのを見下ろすあの風景……よくよく調べてみれば、やはり記憶の底に沈んでいた映画だった。 子供の頃、僕は小田急線の梅ヶ丘に住んでいた。近所では時折映画のロケが行われ、ある日、駅裏の根津山(現・羽根木公園)で大掛かりな撮影が始まった。小高い丘一帯に野外セットの家々が建ち並び、まるで別世界のようだった。その作品こそ本作『月夜の傘』だったのである。 後日、家族揃って下北沢のグリーン座(二番館)へ観に行った記憶はあるが、さすがに七十年も昔のことなので、物語の内容はほとんど覚えていない。ただ、スクリーンの向こうをガタゴトと走り抜ける小田急線の姿だけは、今も胸の奥に懐かしく灯っている。ただ駅はセットで、梅ヶ丘駅そのものではなかったのが少し残念だが、それもまた映画の魔法だろう。 物語の中心となるのは、井戸端会議に集う四人の主婦たち。田中絹代、轟夕起子、新珠三千代、坪内美詠子と、今では懐かしい名が並ぶ。さらに宇野重吉、三島雅夫、伊藤雄之助、飯田蝶子といった芸達者が脇を固め、作品に確かな厚みを与えている。 監督の久松静児は、森繁久彌や伴淳三郎、フランキー堺が主演した 駅前シリーズ で知られるが、女性映画の秀作も多く、戦後日本の家庭劇・人情劇を数多く手がけた。小津安二郎ほど形式化された美学ではないものの、庶民の暮らしを温かく見つめる視線には通じるものがある。 本作に描かれる主婦たちは、洋裁で生計を立てる戦争未亡人を除けば皆専業主婦であり、子供は二、三人。戦後日本の典型的な家族像がそのまま息づいている。ただし、戦前のように父親の威光が絶対ではなくなり、子供たちにもプライバシーの感覚が芽生え、論理的な説明を求める新しい気風が漂い始めている。 大きな事件は起こらず、悪人も登場しない。平和でのんびりした日常が淡々と綴られるだけのように見える。だが、飯田蝶子演じる住み込みの婆やが、東山千栄子の孤独な老女に寄せる静かな同情には、作品の奥底に潜むもう一つのテーマが感じられる。 そして、宇野重吉の頑固な夫にそっと寄り添う田中絹代の妻……あのラストシーンの柔らかな余韻は、久松監督の力量を物語っている。 二時間を超える長編ながら、退屈することなく、しみじみと心に染み入る作品だった。それもそのはず、原作が『二十四の瞳』の壺井栄であると知り、深く納得してしまった。評:蔵研人 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.31
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小便よ 己の意思に逆らうて 限界突破 流れいでけり切迫の 大悲放尿 湯気登り 仏の慈悲か 石仏黙座小便を 放てど虚し 石仏(いしぼとけ)少欲多尿 下載清風 作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.28
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母の日の宅配便は隣家にも大富士の活断層の五月かな作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.24
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ラーメンの いつしか千円超ゆる世に 牛丼もまたかくやあらむか御殿場に旧岸邸を尋ぬれば 昭和の匂ひなほぞ漂ふ作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.21
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図書館で待ち合わせした夏休み 漱石小脇 胸膨らませ利いた風 意味わからずにサルトルを 黒板の字 愚意語る君古き書を ひらけば薫る 懐かしき おぼつかぬ手に 盟友の顔 作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.17
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春夕べおさな子よりの投げキッスベソかいてもっと遊ぶと春休み幼な子は未だ傘のなか春の虹作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.14
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いちめん うすみどり──うすみどりに抱かれた小径メタセコイアの並木道長く離れていた恋人のように静かに私を迎え入れるどれほどこの日を待ち焦がれていたことだろううすみどりの真ん中をうすみどりの風がそっと吹き抜けうすみどりの調べが流れるときおり降りそそぐ木洩れ日が私のこころを静かに射抜いてゆくいちめん うすみどり──あとどれほどこの光景に逢えるのだろうか作:湯川和泉 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.10
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だんだんと さみしくなりし まわりかな 来し方(こしかた)知るは友の酒だけ来し方(こしかた)が 酒に溺れて穢れ水 いいことあったか ぽかんと空を病葉(わくらば)に 己重ねて しみじみと いい味でてると 媚びる老耄(ろうもう)作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.07
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すべり台 込み合いており 子供の日母の目や 賑わいの膳に 招かりし旧友を 訪ねやさしき 緑雨かな作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.05.04
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春の朝 ひっそり咲きし木蓮の 紫やさし涙こぼるる二年にて 住みし家には売り旗の 風にゆられて影さびしけり作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.04.30
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胸いっぱい 若草色を吸い込んで 若葉後押し老爺に気炎チョキチョキと 日向ぼっこの縁側で 爪きる爺の皴笑いけりよもぎ摘み 春縁側で草餅を 爺ひと口で孫はらはらと 作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.04.27
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新緑の 奥の本殿 新しきナスの苗 元気のなきが 売れ残り作:風香 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.04.23
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漫画家のつげ義春が逝った。2026年3月3日、誤嚥性肺炎のため、享年八十八。とうとうこの日が来てしまった。 つげ義春といえば、『沼』『紅い花』『ねじ式』など、雑誌「ガロ」時代の純文学的な香りを放つ短編群が広く知られている。だが私自身は、貸本漫画の末期に描かれた『おばけ煙突』『古本と少女』、あるいは白土三平を模した忍者ものや時代劇に、より強く惹かれてきた。 つげは怠け者だったのか、それとも欲がなかったのか。五十歳を迎える前に筆を置き、その後は過去作の再刊による印税で暮らしていたようである。ただ、もしかすると「ラーメン屋の屋根の上で見た夢を、締め切りに追われてヤケクソで描いた」と、つげ自身が語った『ねじ式』が、思いがけず“芸術漫画”として祭り上げられたことが、純真でシャイな彼には重荷となり、過大な期待に耐えきれず筆を折ったのではないだろうか……。そんな想像さえしてしまう。 すでに四十年近く漫画から遠ざかっていた以上、今さら「偉大な漫画家を失い残念だ」と取り繕ってみても、どこか空々しいだろう。 それでも、私が愛読してきた手塚治虫、白土三平、横山光輝、藤子不二雄、水木しげる、楳図かずお、さいとう・たかを、ジョージ秋山、辰巳ヨシヒロ————その誰もがすでに鬼籍に入り、つげ義春だけが最後の砦として残っていた。 だからこそ、彼の死は「昭和漫画の終焉」を告げる鐘のように響き、どうしようもなく寂しいのである……。作:五林寺隆 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.04.20
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迷い来て 何処彷徨う70路 春ゆらゆらと 雲路にまかせ友もまた 悩んできたか春巡り 毀れ桜の 追憶の道春巡り 花びらの中鬱消えて あったかいなあ うきうきするなあ作:朽木一空 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.04.17
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シッダールタ 苦悩かかえて旅に出る 自分を探し愛を探してシッダールタとゴーヴインダ 胸刺さる地響きのよな二人の叫び作:成風 下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。 にほんブログ村
2026.04.14
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