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天気も良かったし、サヤエンドウもツルナシインゲンももう終わりなので、ジャガイモ掘りと一緒に片づけた。ジャガイモは、まあまあの収穫量。種芋一袋でこれだけ収穫できたので、満足満足。さやえんどうも随分食べさせてもらったし、インゲンも何度も煮て妹にもおすそ分けした。実家てせ母が作っていた頃は、こんなに作ってどうするのという感じで、母から「取りにおいで」と声がかかるたびに少しうんざりするくらいで、あまりありがたいとも感じていなかったけれど、自分で育てた野菜は少しでも無駄にしないようにと食べるものだ。これからはミニトマトがどんどん赤くなりそう。食べるために買った菊芋を二個だけ植えたら、ビックリするほど巨大に育っている。調べたらやはり芋なので、茎が枯れてくる頃が収穫時期とのこと。どのくらいの芋が取れるのかと楽しみにしている。ヤーコンも同じように二株なのだが、これもいつも以上に育っているのだが、芋部分は大丈夫かと少し心配。実は、実家で育てた時は立派な葉と茎だったのに、芋の方はやせっぽちだったからだ。早々に終わってしまったが、サラダカブと小松菜も美味しく食べさせていただきました。ご馳走さまでした。とまあ、我が家の家庭菜園は今年も元気です。
2026年08月05日
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【熊本地震】避難所エアコン設置率20.9%…木原官房長官の地元で住民の怒り爆発「10年何やっとったん」7/31(金)最大震度7の「令和8年熊本地震」の発災から4日目の7月31日。熊本県の災害対策本部の発表によると、県内では災害との関連を調査中の人を含め34人の死亡が確認されたという(31日午前8時現在)。「熊本県によると、30日午前7時30分で、県内415カ所の避難所に、計1万467人が避難しているということです。避難所以外にも駐車場などで車中泊をしている人も多数いますが、気温は連日40度近くにもなり、熱中症予防など体調管理が喫緊の課題になっています」(社会部記者)もちろん、被災地の苦境を前に、周囲は手をこまねいているわけではない。「エアコン設置」の支援が広がり始めている。「防衛省は29日、県内の避難所などで使用するスポットクーラー約300台を家電量販店から調達、航空自衛隊のC2輸送機で熊本に運び、順次設置しました。また、ダイキン工業も29日、県内の避難所などに、台数は未定としていますが、業務用の移動式エアコンを提供すると明らかにしました」(経済部記者)ところが、政権を担う自民党への批判が地元では強まっているという。なかでも、木原稔内閣官房長官(56)への風当たりは強いようだ。「熊本県内の衆議院選挙区は4区あり、2026年2月の衆院選挙では、すべての選挙区で自民党議員が当選しました。まさに『自民党王国』です。木原さんは熊本市の中心部、熊本1区を地盤にしています。今回、避難場所に指定された公立小中学校の体育館などでのエアコン設置が注目されましたが、文部科学省によると、2026年5月1日時点の避難所エアコン設置率は、全国平均の33.1%に対して熊本県は20.9%にとどまっています。東京都の95.9%は突出していますが、熊本県は全国レベルでも低位と言っていいでしょう。そのため、『自民党は何をやってるんだよ』という県民の怒りが、高市政権の中枢を担う木原さんに向かっているのです」(政治担当記者)Xにも《10年間何やっとったん?10年前となんも変わらんじゃないか》《東日本大地震から15年、熊本地震から10年、能登半島地震から2年半経ってるからね。「今まさにエアコンを運んでいます!」がまずおかしい》など政治の不作為を非難する声が殺到している。政治アナリストの伊藤惇夫氏は「被災者は高市政権に対して期待が持てていないのでしょう」とし、その理由をこう語る。「高市首相はリーダーシップをとっているようにも見えますが、地震発生から4日になるのに、いまだに被災者は体育館で暑さを我慢し、車中泊を強いられている方も多くいらっしゃいます。被災者用のテントすら満足に準備ができていない。『高市政権は何もしていない』という批判が出るのも、仕方ないところです。それでいて高市首相は被災地に入るという。地元は首相の警備に人員が割かれ、復旧作業にも遅れがでます。私は常々、『災害が起きたとき、ダメな政治家ほど早く現地に入りたがる』と思っています。視察は迷惑だから、やめていただきたいですね」高市政権に求められているのは、「目に見える、実感できる成果」ではないだろうか。このニュースには本当に驚いた。北海道のエアコン設置率が低いのならまだわかるが、夏は猛暑が当たり前の熊本で、そのうえ10年前にも大地震災害で避難所開設の経験もあっただろうに、本当に何をやっているんだか。実は、避難所のニュースを見ていた時にちょっと疑問に感じたことがある。体育館のような場所にブルーシートを敷いた上で寝ているようだったのだ。さらに、仕切りも全くなくてプライバシーは無視。この避難所は、災害時の準備などはしていなかったのだろうか、それともここは急に避難所になったのか。それが率直な感想だった。福岡といい熊本といい、九州の国会議員は何をしているんだ。他の県はどうなのか検証が必要だと思う。
2026年08月01日
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けんぐゎい朝倉かすみ【内容紹介(「BOOK」データベースより)】利発だが酷い痘痕の姉ふゆ。逆上せ癖で縹緻よしの妹りよ。幼くして父を亡くし、ふゆは手習い師匠の手伝いに、りよは船宿の下女奉公に出された。師匠の養子で禍々しいほどに歪んだ性癖をもつ宗三郎から手籠めにされたふゆは懐妊するが、現人神と崇められる女医者と出逢い、彼女の人生は大きく変わっていく。自我に目覚めた主人公が、女の生と向き合う、時代小説の新しい扉。【著者情報(「BOOK」データベースより)】朝倉かすみ(アサクラカスミ)1960年、北海道小樽市生まれ。2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞を、2004年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。2009年『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。2019年『平場の月』で第32回山本周五郎賞受賞、第161回直木賞候補に。映画化もされ話題となる。2024年『よむよむかたる』が第172回直木賞候補に(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)朝倉かすみさんが直木賞を取って間もなくこの本を注文したのだが、注文が殺到していたようでちょっとだけ時間がかかった。朝倉さんのお話を地元の図書館で聞いたのは、何かの賞を取った時だっただろうか。とても気さくなお姉さんという印象だったので、ずいぶん以前のことになるのだろうか。小樽から札幌までの通勤時間に沢山読書をしたという話や、小説の書き方講座を受講してから小説を書き始めたなど、親近感を覚えた。それまで彼女の本を読んではいなかったと思うが、講演会を機に何冊か読んだ。今思い出すのは、「田村はまだか」「平場の月」くらいかな。どちらも、私達と等身大の物語だったような気がするし、さほど強い印象や感動を覚えた記憶がない。しかし、今回はそんな朝倉かすみの印象はひっくり返った。とにかく、色々な面で「けんぐゎい(圏外)」なのだ。圏外…つまり普通の人達の枠から外れているという意味では、登場人物みんながマイノリティーだ。また、そのマイノリティーも規格外れすぎて、ちょっとついていけない感じがすることすらある。さらに、文体も今までの小説から見たら圏外で、読みにくさを感じることもある。内容は、私は女性なので理解できることもあるが常識人の私には読むには辛いこともあり、感情は結構揺さぶられてしまう。しかし、読みながら、これは朝倉さんが書きたいことをぶつけているんだなという印象だ。平均的な人間なんているようでいないものだ。時々このブログでは書いているが、人間というものは善悪美醜がごちゃまぜで、ひとくくりにはできない存在。人間は誰かとつながりあわなくては生きていけないから、誰でも周囲に自分を合わせながら生きている。時に自分の中のどす黒いものを感じたら、何とかそれを抑え込みながら生きている。抑え込み続けたらそれが時には爆発して取り返しがつかないことになったり、抑え込んだ感情などを別の何にかの手段で昇華して美しいものに転化させたりもする。多様性が大事だといわれながらも、みんなが理解しやすい範囲なら受け入れるけれど、その範囲から外れたら敵視したり排除するのが人間社会でもある。そんなことをこれでもかこれでもかと書き暴いている感じがする小説だ。朝倉さんは今、圏外で認められて立派に圏内に入ったけど、それからどうする?という、いい加減な感想はさておき、また立派な道産子女性作家が誕生したのは実に嬉しい。
2026年08月01日
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久しぶりに内田樹の研究室を覗いてみた。最近の下記の文章に共感したので、載せておこう。内田氏の書いたものを読むと、私の中のモヤモヤが整理されるような気がする。「戦争を甘く見る空気」2026-07-29 戦史研究家の山崎雅弘さんが『戦争を甘く見る空気 1930年代と似た道を進む現代日本』(朝日新書)という新刊を出した。「戦争を甘く見る空気」というのは現代日本の薄っぺらで、上ずった気分をみごとに言い当てていると思う。 1990年代、戦中派の人たちが鬼籍に入って、戦争の実相を語る人が姿を消すと同時に「歴史修正主義者」たちが登場した。戦争の反省を「自虐史観」と罵り、「あれはアジア解放の戦争だった」とか「南京大虐殺はなかった」とか言い出した。 確かに客観的な歴史的事実を確定することは難しい。だが、「蓋然性の高い学問的推理」と「主観的妄想」の間には天地の差がある。その程度の差を「所詮は程度の差にすぎない」と軽んじるのがポスト歴史修正主義の風儀である。 今回の皇室典範をめぐる国会審議でも、「皇紀2686年」とか「2600年続く皇統」というような「主観的妄想」を平然と口にする国会議員たちがいた。 歴史学が示す学問的推論と自分の選んだ「物語」は彼らにおいては等価なのである。「私は私の物語を信じる。あなたはあなたの物語を信じればいい」というのが彼らの(一見すると)公平な構えである。なんと民主主義的な態度ではないか。後はどちらの物語の信者の数が多いかを競うだけである。信じる人間の頭数の多い物語が「支配的な物語」になる。国民の過半数が喜ぶ物語は「よい物語」である。国民に反省や自己点検を求めるのは「悪い物語」である。この「ファクトを甘く見る態度」が「戦争を甘く見る空気」を醸成している。山崎さんによると「戦争を甘く見る」ことの際立った特徴は「戦闘」と「戦争」の違いを無視することにある。 「戦闘」とは「数人から数百人の兵士や戦闘員が交戦する、短期的かつ局所の戦術的交戦」を意味し、「戦争」は無数の戦闘とそれ以外の要素(国力、経済力、外交関係)によって構成される「戦略的な概念」である。いわば、戦争とは戦闘を俯瞰する視座に立つことである。 今の日本で軍事について語る人のほとんどはミサイルとか潜水艦とかいう兵器の話以上のことを語らない。そういう兵器で「どう戦うか」については語るが「どうやって戦争目的を完遂するのか」については誰も語らない。俯瞰的視野は誰も持っていない。 東京裁判の戦犯たちは25人全員が戦争責任の引き受けを拒んだ。自分は戦争を始める気がなかったと口々に証言したのである。「他に択ぶべき途は開かれていなかった」と平然と主張したことに検察官キーナンは驚愕した。何と大日本帝国戦争指導部は意に反して戦争に追い込まれたのである。だから、戦争目的がなかった。達成すべき理念もヴィジョンもなかった。いかなる条件が整えば戦争を終えるのかも知らなかった。 この点については今日本を「戦争ができる国」にしようとしている人たちも変わらない。「我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応する」という以外の説明を私は聴いたことがない。そうやって戦争を始めた時、敗れたら何が失われ、勝てば何が得られるのか、それについての俯瞰的な見通しを私は一度も聴いたことがない。 今、戦争を甘く見る人たちが戦争を始めようとしている。そのことをもっと恐れるべきだ。「象徴天皇制の思想」2026-07-29 皇室典範の改定を急いだ理由は何かについていろいろな説明をなされている。自民党やその同調者が男系男子に固執するのは男尊女卑のイデオロギーに動機づけられているからだという説明もその通りだと思うけれども、それだけでは足りない。これは象徴天皇制に対する歴然たる挑戦なのだと思う。 天皇は「日本国民統合の象徴」である。だが、「国民の統合」はいかにして果たせるのかについての踏み込んだ解釈を下したのは2016年の上皇陛下の「おことば」が最初だった。 上皇陛下はこの中で「象徴」という言葉を8回使い、「象徴的行為」という、それまで日本の政治語彙に存在しなかった新しい概念を提示された。 天皇は日本国民統合の象徴的行為として「戦没者を慰霊すること」と「被災者に寄り添うこと」の二つの行為を果たさなければならない。さらに、それは死者たちが命を失った現場、被災者たちが悲しみと不安のうちに置かれている現場に足を運んでなされなければならない。二つの条件を上皇陛下は示された。 そのため上皇陛下は在位中に激戦地ペリリューを訪れた時には海上保安庁の巡視船に宿泊するという過酷な旅をされた。さすがに80歳を過ぎた身には無理がある。そういう理路で上皇陛下は生前退位を求められたのである。 ペリリューで陛下は戦闘で命を落とした「すべての人々」を追悼した。もちろん米兵も現地の人も慰霊の対象だった。マニラでの戦闘について言及した時には、陛下は「フィリピン人、米国人、日本人」の順で犠牲者を列挙された。この順序には周到な配慮があったと思う。 つまり、上皇陛下は「天皇が国民統合の象徴であるためには、選択的に『身内』だけを追悼するような狭隘な民族主義を掲げてはならない。『敵』をも霊的に包摂しうる道義的な高さを示すことで初めて天皇は国民統合の象徴たり得る」という全く新しい天皇制解釈を下したのである。 私はこの志の高さを多とするものであるが、皇室典範改定をめざす人たちはこのような「象徴天皇制」思想を決して受け容れないであろう。日本が「敵」を持たない道義性の高い国になってしまったら「もう戦争ができない」からである。どちらも、(なるほど !)である。
2026年07月31日
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熊本地震、被災地に酷暑が追い打ち 8月2日は40度超える可能性7/30(木) 5:307/30(木) 5:30 熊本地震の被災地周辺では、30日以降も厳しい暑さが続く見込みだ。熊本県では今後1週間、平年を上回る気温が続く予報で、8月2日は40度に迫る可能性があるという。気象庁は熱中症を防ぐよう呼びかけている。 同庁によると、29日は最大震度7の地震の震源に近い甲佐町で、36・8度の猛暑日となった。 30日は、震度7を観測した宇城市と氷川町で最高気温が35度に達する見込み。救助活動が続く「イオンモール熊本」のある嘉島町でも、35度の予報となっている。 被災地周辺は高気圧に覆われ、8月2日は熊本市で40度以上の酷暑日となる可能性があるという。熊本県内では夜間も気温が下がりにくく、最低気温が25度以上の熱帯夜が続く見込み。【森田采花】【熊本地震】「初めてこんな現場見た」分かってきた被害状況…12人死亡 6人心肺停止 被災地襲う“危険な暑さ”7月28日に熊本を中心として震度7という大地震が起きた。ニュースで前の熊本大地震が10年前と聞いて、もうそれほど経ったのだなと思うと同時にやっと復興が進んで落ち着いてきただろうこの時期に、またこんな地震になったら、心が折れてしまうのではないかと思っている。今確認したら、10年前は4月だったので、気候的にはさほど厳しくはない時期。それに比べて今回は、酷暑日が続くような暑さが厳しい季節。ただでさえ熱中症に気をつけなくてはならないのに、電気や水が止まってしまったならどうなるのか。以前に東北大震災の時の原発事故が起きた時のように、お年寄りや病気の人達だけでも近隣の県などの安全でエアコンがある場所に、移動するような措置をするべきではないのかと思う。全国からは勿論、看護師や保健師、介護士などの応援の人達を派遣してほしい。とにかく、関連死を増やさない措置対策を緊急に行ってほしいと思っている。それと、今は夏休み期間なので、縁故のある人たちは子ども達を安全な場所に疎開させるのも良いのではないか。あるいは、お母さんと子ども達だけでも、北海道などに一時避難はどうでしょう。地方の町の公営住宅などは、きっとゆとりがある地域もあるのではないだろうか。そんな情報網も構築してほしい。私は、せいぜいこんなことを呟きながら、多少ばかりの支援金くらいしかできませんが、心から皆さんが安全であることを祈っています。令和8年熊本地震 募金・寄付受付先一覧
2026年07月30日
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図書館で椋鳩十の絵本をみつけた。小学生の頃だったと思うが、椋鳩十の何かのお話を読んで、突然内部が突き動かされたように涙が溢れた。今、何のお話だっただろうかと思い出そうとするのだが、思い出せない。動物の話だったような気がするけれど。その後、何か読んだのかもしれないが、どういうわけか浮かんでこない。この絵本コーナーで椋鳩十の文字を見た時に、懐かしくなって借りてきた。蛇に卵を盗られたり巣を焼かれたり……。何度もかなしみがおとずれようと、絶望せずにすずめは前をむいて、ただ見まもるしかないわたしをおどろかせる。ひなを必死にまもる、母親のすずめの、強くやさしいすがたをえがいた話。編集者コメント蛇に卵を盗られようと巣が煙にまかれようと、決して絶望せずに前をむく母親雀の姿。昭和16年に書かれたこの作品は、戦争という死を賛美さえする世にあっても動物に託すことで屈っさずに、椋鳩十が「命の重み」をこどもたちに伝えたくて書いた作品です。そのため「生きること」への切実な想いがどこにもにじんでいます。本質を描いた椋作品を低学年からも味わってほしいと、気鋭の画家が全力で絵を描き絵本化したシリーズの第3弾。そうか、そんな思いでこのお話を書いたのか。もう少し彼の作品を見たいと思う。私が読んだのは絵本ではなかったような気がするが、絵本になったら子どもと一緒に味わえるからいいね。
2026年07月29日
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この日は涼しかったので、前日に親戚の農家で買ったトウモロコシを届けがてら、次男の畑の手伝いを半日だけしてきた。夫が運転を控えるようになったのと、暑い日には行きたくないので、本当に久しぶり。しばらく蒸し暑い日が続いていたので、病気や虫の対策に頭を悩ましていた。(できるだけ農薬は使いたくないけれど、手遅れになったら被害甚大になるから)前日は30℃を超えていたのに、この日は20℃を切るような気温。この落差にはビックリだ。しかし、本州の方は真夏日・猛暑日・酷暑日なんて場所も。みんな北海道に避暑に来て下さいな。作業は、言わずと知れた「除草作業」。特にこの日は、場所によって「葛畑」みたいな感じで、葡萄に葛の蔓がからまって大変なことになっている。蔓に絡まれた葡萄を助けるのがこの日のミッション。その場所は、畑にする以前から葛が密生していて、耕す時も本当に大変だった場所。あの時はまだ若かったし好奇心もあったので、「これが葛か! 葛粉を作ってみよう」なんて、掘り出した葛の根を切り刻んで水にさらし、葛粉にすることを試みたが、「労多くして功少なし」という感じで、本葛が高価なことがよくわかった。そんなことを思い出しながら、涼しい風が吹く中を作業したのだが、やはり作業しているとだんだん暑くなり、汗も噴き出てくる。それでも、久しぶりの労働に充実感を覚えた。葡萄の方は、場所や品種によって違いはあるが、結構元気に実をつけている場所もあり、これが収穫まで元気でいてほしいと願った。
2026年07月25日
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ヤマザキマリさんの本二冊。彼女、本当にたくさん本を書いている。本当にエネルギッシュな人だ。「扉の向う側」自分に見えてる世界なんてほんのちっぽけ地球の片隅で凛と生きる人たちーー「ku:nel」人気連載エッセイ、オールカラー画で待望の書籍化。時に歓喜し時に悲しみ時に途方に暮れて。生きることを諦めない。完全な偶然の中で知り合う他人というのもまた、見知らぬ土地への旅と同じく、自分の人生観や生き方を変えるかもしれない要素を持った、未知の壮大な世界そのものなのだということを、自分の人生を振り返ると痛感させられるのである。(本文より)『扉の向う側』著者、ヤマザキマリさんインタビュー。「愛すべき側面を持つ人の姿は絵になります」CARPE DIEM 今この瞬間を生きて【内容・概要】ヴィオラ母さん、猫、昆虫、そして老いの先人たち……私の生き方の原点がここにあった――コロナ禍、母の死を経て見えてきたヤマザキマリ流、老いと死との向き合い方。●寿命が何歳であろうと、その時までを思い切り生きていけばいい・なぜ人は、老いや死に対して大きな拒絶感を抱くのか?・なぜ人は、若さにばかり価値を置きたがるのか?・なぜイタリア人は、新車より中古車を好むのか?・なぜ、「何者か」にならないといけないのか?・なぜ、イタリアは老人を敬い、日本は老害扱いするのか?・なぜ、夕焼けは雲があるほど美しいのだろう?・人に備わる知性、感性、命の機能を十分に使いこなすには?幼少期から老人と触れ合い、親の介護、そして死を経験し、多種多様な「老いと死」に触れてきた真の国際人・ヤマザキマリが豊かな知見と考察をもとに語った、明るくて楽しい、前向きな人として生き方。若い頃からエネルギッシュに人の何倍も生きてきたような人だからなのか、私より若いのだけど同世代に感じてしまう。ますますヤマザキマリという人のファンなってしまうけれど、これで少しマリさんの本はお休みしようかな。
2026年07月21日
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先日手にした川端誠さんの絵本が面白かったので、また借りてきた。「お化けのおもてなし」【この絵本の内容紹介】お化け屋敷へ、座敷わらしと袖ひき小僧が遊びにくることになりました。みんなは大喜び。さっそく、日本各地のお化けたちが食材を送ってくれ、ごちそうの準備がはじまりました。ふたりは喜んでくれるでしょうか。おもてなしの気持ちが伝わってくる作品です。【みどころ】『じゅげむ』など落語絵本で人気の川端誠さん。川端誠さんの絵本で同じく人気なのがこちら、「お化けシリーズ」。お化け屋敷で、たくさんのお化けたちが一緒に暮らしているようすがおもしろいシリーズです。久しぶりに、お化け屋敷に、座敷わらしと袖ひき小僧が、はるばる遊びにくることになりました。はりきるお化けたち、おもてなしの準備で大忙し。日本全国、各地のお化けたちが食材を送ってくれて、ごちそう作りがはじまります。作るのはごちそうだけではなくて、竹を割ってつなげて、あの長ーい装置も……。夏のおもてなし、竹を割った長いもの、と言えばピンとくるでしょうか?流しそうめん!と言いたくなるかもしれませんが、本を読んでのお楽しみ。小麦粉をこねて、足で踏んで…。やっぱりそうめん? いやいや、ちょっとちがうんです。それにしても、朝から粉をこねて、鰹節を削って、ゆうべから水につけておいた煮干しのなべでだしをとって……。薬味はしょうがにみょうが、すだち、大根おろし、とろろ、青ねぎ。みんなお化け屋敷の畑でとれたもの。おいしくないわけがありません。三つ目の大入道に、ひょろけに、一つ目小僧。ろくろっ首に、小豆とぎに、小豆あらい。みんな働き者!働き者でないのはのっぺら坊だけ…? 用事もないのになぜちょこちょこ顔をだしているのか、最後のオチをお楽しみに。日本のお化けによる、日本の風土が伝わってくるおもてなし。楽しそうなお化けたちの一日に、じんわり、懐かしさとあたたかさを感じる絵本です。(大和田佳世 絵本ナビライター)「お化けシリーズ」があるのですね。子ども達は怖がりのくせにお化けが大好き。日本には大勢のお化けたちがいたんだなあと改めて思います。電灯のない昔は、子ども達に色々なお話をしながら、生活や生きてゆくための大切な知恵を一緒に伝えていたのでしょうね。下手な説教よりは、このような形の方が子どもの心に深く残るだろうななんて、あまり昔話を聞いた経験のない子ども時代を過ごした私は思ったものでした。子ども達が幼い頃には、寝る前に絵本を読んだりお話をしたりしましたが、あの頃こんな絵本があったら、子ども達は喜んだだろうな。「クマと少年」あべ 弘士【内容紹介】かあさんのおっぱいをいっしょに飲んで、本当の兄弟のように育てられた少年とクマのキムルン。いっしょに野の花で遊び、虫や魚をおいかけた。キムルンが大きくなった頃、アイヌの人々にとっての最高神であるクマを天に帰す儀式、イオマンテがやってきて……。山の神クマとアイヌの少年をめぐる壮大ないのちの物語。北海道に生まれ、長年旭山動物園の飼育係をしていたあべさんの絵本は、動物への愛情や生態を熟知して描いているので信頼できます。それに何よりも、北海道の自然やそこに生きている動物たちへの愛情に満ちているので大好きな作家さんです。あとがきに、飼育員として子熊を育てた体験や、アイヌのおばあさんに聞いたイオマンテの話などのエピソードが書かれています。アイヌの人たちの世界観や哲学を、一緒に味わってほしい絵本です。
2026年07月20日
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皇室典範改正の論議が続いている中、下記の本を読んだ。出版社内容情報血と家と藝が密接にむすびついている歌舞伎の世界。明治以後、現在にいたるまでの複雑怪奇な「巨大ファミリー」を読み解く。当代の役者はいかなる歴史を背負っているのか?明治から現在まで、歌舞伎の世界には、世襲と門閥が織りなす波瀾万丈のドラマがあった――。歌舞伎を観るのがもっと楽しくなる本。○市川團十郎家はなぜ特別なのか?○松本幸四郎家は劇界の毛利三兄弟?○中村勘三郎の死は何を意味するか?○偶数系片岡仁左衛門の悲劇とは?○栄華を極めた二人の中村歌右衛門の戦略とは?○尾上菊五郎家の歴史は繰り返す?○新しい歌舞伎座を担うのは誰か?「二〇一三年四月二日、歌舞伎座新開場柿葺落の初日に出かけた。この日、いちばん盛り上がったのは、人間国宝や藝術院会員たちの重厚な演技ではなく、中村勘九郎の息子・七緒八が花道を歩いて出てきた時だった。セリフを言うわけでもなければ見得を切るわけでもない。ただ歩いて出てきただけだ。……それなのに、「中村屋」との掛け声と万雷の拍手――こういう光景は歌舞伎ならではのものだろう。こういう世界は、たしかに入りにくい。だが、入ってしまえば、ひとりの幼児の背後にいる何世代にもわたる歴史が見えて、それだけで面白い。」(あとがきより)第一部 劇聖とその後継者たち 明治から大正 第一話 歌舞伎史との並走――市川團十郎家その一 第二話 養子と実子――尾上菊五郎家その一 第三話 東西分裂と襲名争い――中村歌右衛門家その一 第四話 兄弟の明暗――片岡仁左衛門家その一 第五話 フランス系アメリカ人の子――市村羽左衛門家第二部 新興と凋落 大正から昭和戦前 第六話 血統のない家――中村歌右衛門家その二 第七話 歴史は繰り返す――尾上菊五郎家その二 第八話 周縁からの出発――中村吉右衛門家その一 第九話 劇界の毛利三兄弟――松本幸四郎家その一 第十話 孤児たちの苦難――守田勘彌・坂東三津五郎家その一 第十一話 大空位時代――市川團十郎家その二第三部 神なき時代 昭和戦後から平成 第十二話 二度殺された役者―片岡仁左衛門家その二 第十三話 早過ぎる死――市川團十郎家その三 第十四話 第二の帝政――中村歌右衛門家その三 第十五話 王朝交代――尾上菊五郎家その三 第十六話 再び、帝劇へ――松本幸四郎家その二 第十七話 分裂した一族――中村吉右衛門家その二 第十八話 二組の三兄弟――片岡仁左衛門家その三 第十九話 復権――守田勘彌・坂東三津五郎家その二 第二十話 中村勘三郎の死第四部 新たなる希望歌舞伎役者の家系はゴチャゴチャで何が何だかという感じがするし、芝居さながらの刃傷事件やそれにまつわるドロドロの歴史もあるとは何となく知っていた。それに対しての興味もあってこの本を借りたのだが、読めば読むほど頭の中が混乱。こんな重い歴史を背負いながら芸を磨き続けているのかと思うと、伝統をつなぐべくその家に生まれた人たちの葛藤や責任の重さを想像してしまう。北海道に生まれ育った道産子の私が「縁やしがらみが鬱陶しい」と思ったところでたかが知れている。そんなことと現在の皇室典範改正問題でうんざりしているせいか、なんと今朝は愛子さまと会話している夢を見てしまった!目が覚めてあまりにもビックリしてしまっていたので、その前の夢がはっきりしないのだが、間違いなく私に何かの質問に答えるように、穏やかに微笑みながらこうおっしゃったのだ。「この家に生まれましたから…」ご自分の人生や夢への選択の余地のないような状況を気にもせず、この家に生まれた私はこの中で自分らしく生きるのだとおっしゃっているように感じた私は、ただただ感動して言葉もなかったようだ。愛子さまのほほえみは、いつも無理を感じさせない。かつての雅子さまは無理に無理を重ねている印象だったけれど、現在の天皇ご夫妻と愛子さまはいつも穏やかな笑顔を私達に見せてくださる。運命をしっかりと受け止めて、その中で自分の人生を豊かに愛情深く生きる。今後、象徴天皇制がどうなっていくのか、どのように天皇家が続いていくのかわからないが、天皇ご一家が今のような穏やかな姿を見せてくださる時代に生きていることをありがたいと思う。同時に、歌舞伎という面白い芸能世界を、劇場だけではなくテレビや映画でも触れることができることを感謝するばかりだ。
2026年07月19日
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昨年春に倒れて、意識がほとんどないままに入院していた中学時代の同期のF君が亡くなったという知らせが共通の友人から届いた。随分若い頃から手術や入退院を続けていたと聞いていたので、昨年の春に「倒れて意識不明が続いている」と聞いた時には、そうか…と重いものが心をよぎった。それから一年四か月、本人はもとよりご家族も苦しい日々だっただろうと思う。彼は、私と同じように中学時代のクラス会の万年幹事だった、同じクラスではなかったので接点はあまり多くはなかったが、小・中・高と同じ学校に通っていたので、病気のたびに心配はしていた。私は葬儀には参加しなかったのだが、きっと同級生たちが集まって見送ったことだろう。私は今のところ元気なので、もう少し幹事役を担えるだろう。私のクラスも、ずいぶんあちらの世界に旅立った人がいる。彼のクラスも同様だろう。きっとこれからは、あちらの世界のクラス会の幹事をするんだろうな。できれば、あちらの世界の同期会を開いて、そのうちに仲間入りする私達を待っていてね。ともあれ、こちらの世界でのお役目、本当にお疲れさまでした。もう、痛くも苦しくもないね。ご冥福をお祈りします。
2026年07月18日
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「思わず涙する感動秘話」というFacebookで見つけました。【永久保存版】 人生の大切な教え ①空っぽのバケツほど蹴るとうるさい② 置かれた場所で咲けない時は 環境を変えなさい。根っこが腐る前に ③道に迷う者が、 一番道を覚える ④難が無ければ無な人生。 難が有れば苦 難の人生 。難有ればこそ有り難し⑤楽しい時ほど短所を見直せ、 辛い時ほど長所を活かせ⑥ 出来ることからやる人が 出来ないことをやれる人 ⑦毎日の小さな努力のつみ重ねが歴史を作る思わず笑っちゃいますが、至言だと思います。
2026年07月16日
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7月12日は、友人のEさんに誘われてウォン ウィンツァンさんのピアノコンサートに行ってきた。会場は札幌の中島公園内にある豊平館。誘ってくれたEさんは先天性の障碍があるのだが、努力してピアノ教師をしていた音楽家なので、三十年も前からウォンさんのことは知っていてファンでもあるようなのだが、私は今回誘われて初めて彼を知った。だから、YouTubeなどで彼の演奏を聴いたりして予習(?)したのだが、NHKのいくつかの番組のテーマ曲や挿入曲などを作曲しているということで、何曲かは耳にしていた曲があった。とても優しい心に染み入るような曲なので、ひょっとすると会場で眠くなるかもとちょっと不安になっていた。演奏会の前に、キタラのレストランで彼女のお友達など私を含めて6人で、顔合わせを兼ねて早めのディナー。私が以前から知っている人は彼女を含めて二人だけだった。この会場でのコンサートは、友人のクラシックギターのコンサート以来で、もう30年も前のこと。なんだか懐かしい気がしたのは、私が年を取ったからだろう。さて、コンサートである。画像を回転させられない😢どれもとても優しい曲なのだが、やはり本物の音色はYouTubeで聞いたのとは全く違う。これはどんなコンサートでも感じることなのだが、会場に響く波動が直接体に伝わって、体と心に直接届くのだろうと思う。ウォンさんは、おしゃべりではないけれど口調は穏やかでウィットがあり、笑顔も優しい。演奏する曲の説明をしてくれると、音楽とイメージが重なるので、私にはとてもありがたい。Eさんは彼のピアノを聞くと指先が温かくなってくると言っていたが、私にはそんな変化はなかった。でも、途中からとても体が熱くなってきて汗が出てきてプログラムで扇いでいたら、隣の人に「暑いのですか」と聞かれて、その人は暑くないのだなと思い「自律神経が乱れたのかも」と言ったのだが、ひょっとするとあれは彼の演奏のせいか?ともあれ、とても良い時間を過ごすことができた。Eさんとお仲間たちの話では、ちょっとビックリするような話を聞いたのだが、それはそのうちに…。
2026年07月14日
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「国境のない生き方 -私をつくった本と旅-」ヤマザキマリ著〈 書籍の内容 〉ヤマザキマリの名言満載、体験的人生論!14歳で1か月間、欧州を一人旅。17歳でイタリアに留学し、どん底のビンボー生活も経験。様々な艱難辛苦を経験しながらも、明るく強く生きてこられたのは、本と旅、人との出会いのおかげでした!この新書に登場する本は、三島由紀夫に安部公房、『百年の孤独』のマルケスに、『蜘蛛女のキス』のブイグ、漫画界からは手塚治虫に藤子・F・不二雄、つげ義春に高野文子など。旅は、欧州一人旅に始まって、キューバ、ブラジル、ヴェトナム、沖縄、地獄谷のサルの温泉などが登場。膨大な読書経験と、旅の記憶、強烈な半生に支えられたヤマザキマリの人生論は強くて熱い! 本書に登場する、ヤマザキマリの名言をさわりだけ紹介します(一部、要約しています)。「ガンガン傷ついて、落ち込んで、転んでは立ち上がっていると、かさぶたは厚くなる。その分、たくましくなる」「他人の目に映る自分は、自分ではない」面白くて、勇気が湧き出る体験的人生論です!〈 編集者からのおすすめ情報 〉発売前の本書の原稿を読んだ人から、すごい反響が寄せられています。曰く、「『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリさんって、こんなに教養人だったの?」「ヤマザキマリさんの半生自体が、漫画みたい!」などなど。「漫画になりそうな劇的な半生」と、「驚くほどの教養人」「心を揺さぶるような言葉の持ち主」といったイメージは、どれも私の想像をはるかに超えていました。ぜひ、本書でご確認ください。ヤマザキマリさんの「ヴィオラ母さん」を読んで、もう少し彼女の本を読んでみようと図書館にあった本を借りた。いや、ヤマザキさんは凄い人だなと思ってはいたけれど、私の想像以上の読書家で、それも私のように「ああ面白かった」などの軽い読み方をする人ではないことを再認識。つまり、読書の幅広さと深さが半端ではない。このような読書ができていれば、私ももう少しひとかどの人間になっていたかも。いやいや、私と彼女の共通点は読書が好きなことくらいなのだから、そんな夢想はバカげている。内容のことは脇に置いておいて、この本を読んでみたいと思ったのは「国境のない生き方」という書名に惹かれたから。現実世界は国境のある世界であることによる争いや駆け引き、トップの人格によってその国の人々が被る様々な困難などなど、うんざりすることばかり。しかし、一人の個人の生き方は、そんなことにできるだけ振り回されたくない。せめて、精神だけは国境を取り払って、フラットに人や物事を見る目を持ちたいと思う。それを自分の生き方にすることは私には難しいかもしれないけれど、せめて方向だけは心の中心においておこう。彼女はずいぶんたくさん著書があるんだなとあらためて感心する。できるだけ最近の本を読んでみようと思う。
2026年07月09日
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7月6日は午後からの文化講座だったので、午前中は久しぶりに映画でも観ようと思い、シアターキノに行った。事前に、ちょうど良い時間に見ることのできる映画を探して、この映画を観ることにした。「ザ・コラール…希望を紡ぐ歌」【STORY】第一次世界大戦下のイギリス北部ヨークシャー。徴兵で多くの団員を失った合唱団は、存続の危機に瀕していた。若者や町の人々を迎え入れ、“歌うこと”を通して再び心を結び直そうとする。新たな指揮者に選ばれたのは、敵国ドイツで活動していたヘンリー・ガスリー。偏見と不信を背負いながら、彼は退役軍人、売春婦、敬虔なボランティア、徴兵を控えた少年たちなどの寄せ集めの団員たちと向き合い、熱心な指導のもとで、失われたつながりと希望を取り戻していく。やがて彼らは、前代未聞の“ある挑戦”へと踏み出す。しかし、再び徴兵通知が届き始め、ようやく芽生えた平穏は、戦争の影に呑み込まれていく。予備知識のないままに見たのだが、とても良かった。第一次世界大戦下のイギリス北部の町で、団員が次々と徴兵され、新たな指揮者となったドイツで活動していたガスリー。ただ、敵国で仕事をしていただけで冷たい視線やあらぬ噂にさらされる。これはどこの国でもあることなのだろうが、敵国のものではない合唱曲を探したら、みんなドイツの作曲家のものだったというのには少し笑ってしまった。音楽には国境はないと言われるが、戦時下になると音楽にも国境線が引かれるのか。ということで、彼らが選んだ曲はイギリスの作曲家エルガーの、「ゲロンティアスの夢」。団員は少なく寄せ集めだし、オーケストラなんてものは望めず数人の室内合奏。それで可能な合唱曲にするための演出や編曲に取り組み、やっと発表の日を迎えたその日、何と作曲家のエルガーが現れてその編成や編曲に怒り心頭。しかし、それがために団員の心は一つにまとまり、素晴らしいコラールとなる。団員はもとより家族も恋人も戦争に行き、あるものは命を失い、あるものは心身が傷つき、あるものは自分の限られた今の時間を意識する。やんちゃな若者たちの真実の一面が、何だか人間臭くて切なかったし、これが人間なのだろうと思った。その中で、共に歌い音楽に心を合わせる時、希望が生まれ未来を信じようとする。いつまでたっても戦争が途切れないことでも証明されるように、人間ってものはいつまでたっても愚かで悲しいけれど、何とか希望を見つけて生きようとするときに、人の美しい側面も現れてくる。そんなことを感じながらの心を一つにした合唱を聞くと、鳥肌が立つような気がした。
2026年07月08日
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昨日は、北海道文化塾で千住真理子さんのお話を聞いてきた。演題は「挫折がエネルギーにかわるとき」。ひょっとすると、講演だけではなくて演奏も聴けるかも…と、多くの人は期待していたと思う。その期待に応えるように、登壇してすぐにごあいさつ代わりにと、「タイスの瞑想曲」が演奏された。何とも透き通った柔らかな調べで、これを聴けただけでも来て良かったと思うくらい。そして講演が始まったのだが、彼女はお話もとても上手で、奏でる音楽のように心にスーッと入ってくるような気がする。やはり、一流の本物の人は違うな…、それが全体的な印象だった。さて、彼女は言わずと知れた「千住三兄弟(いや、三兄妹)」の末っ子。ご両親は芸術家でも音楽家でもなく、お父様は数学者、お母さまは結婚前は薬の研究者だったとか。以前、このお母様の子育てがこの三人を育てたというような話を聞いたことがあるが、今回のお話でさもありなんとも思った。千住真理子さんはお兄さんたちがバイオリンを習っていたので、ついていって「私もやりたい」と二歳三か月でバイオリンを始めたとか。なぜバイオリンかと言えば、当時テレビで流れていた「バイオリンのおけいこ」の講師が素晴らしいと思い、このような人に習わせたいと思われたとか。バイオリンではなく、その講師の人格に惹かれたということで、何を習うかではなかったらしい。その後の様々なエピソードでも、このご両親あっての兄妹なのだろうと感じた。詳しいことははしょるが、どのような人にも挫折はあり、深く傷つくことがある。あまりに深く傷ついた時には、立ち直るにも大変な時間がかかるものだと思うが、傷が少しずつ癒えてきたときには、本来の自分が持っていた力が沸き上がり、本当に自分がやりたいことや目指す方向も見えてくる。その時に、それまでの雌伏の時間でため込んだエネルギーが爆発するのかもしれない。何よりも、それから辛いことがあっても、「あの苦しい時間を乗り越えた」という思いが、きっと背中を押してくれるのだと思う。最後に弾いてくださったのは、アメイジング・グレイス。色々なお話を聞いた後だからだろうか、彼女の奏でる音楽は間違いなく辛い思いをしている人に寄り添えるものだと感じた。(千住さんが深く傷つき音楽から離れた数年後、再度バイオリンを手にしたのは、余命わずかの人の願いにこたえた時だったという)心と体に沁みこんでくるような音色だった。
2026年07月07日
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記録として残しておこう。日ハム2軍本拠地、恵庭市に移転決定 30年か31年開業 商業施設や住宅も2026年7月2日 北海道新聞 プロ野球北海道日本ハムと関連会社のファイターズスポーツ&エンターテイメント(FSE)は2日、千葉県鎌ケ谷市の2軍本拠地を恵庭市に移転すると発表した。40ヘクタール以上の土地を一体開発できる利点などを高く評価した。 建設予定地は西島松地区の46ヘクタール。JR千歳線沿いで、1軍本拠地のエスコンフィールド北海道(北広島)と約10キロの距離にある。現状では農地のため、市街化区域に編入した上で、2028年にも着工し、30年か31年の開業を目指す。 FSEの小林兼(とも)・執行役員コーポレート本部副本部長は同日にエスコンフィールド北海道で開いた記者会見で「用地に十分な広さがあり、ファーム施設の周辺に商業施設や住居などを段階的に整備できる大きなポテンシャルがある」と恵庭市を選んだ理由を説明。「子供やシニアが日常的に集う場所、地域資源とスポーツが結びついた魅力的なエリアを形成していきたい」と語った。恵庭市が日本ハム2軍の移転候補地としている西島松地区
2026年07月03日
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「風来坊の子守歌」 川端 誠 作【出版社からの内容紹介】戦火の中、 両親とはぐれた赤ん坊をたすけだした風来坊。その子を「風(ふう)」と名付け、親さがしの旅をつづける。ふたりはまるで親子のように心をかよわせるが、突然別れがやってきた…。1991年に 『風来坊の子守唄がきこえる』(教育画劇)として出版された作品。今回、 絵をすべてあらたに描き、テキストも加筆修正しました。人情厚い風来坊の物語。川端誠、渾身の感動作です。図書館の絵本コーナーに、落語絵本というのがあったのでそれを二冊ほど読んで、絵本から落語入門もいいなあと思いつつ、同じ作者のこの絵本を手に取った。時々であるが、不意打ちのように絵本で心が揺さぶられ、胸に熱いものがこみ上げてくることがある。久しぶりのグッとくる絵本だった。もう少し川端誠さんの絵本を読んでみたいと思った。風来坊シリーズもあるようです。
2026年06月29日
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私は現在の天皇ご一家がご健在である限り、天皇制はそのままで良いと思っている。しかし、この制度はあきらかに当事者無視であるし、もっと言えば人権無視で男尊女卑の面があるので、状況が変わったら皇族は残してもいいけれど、象徴天皇制はいかがなものかと思う。現在の皇室典範改正の論議には、正直なところうんざりしている。せめて、当事者である皇族たちの意見を少しは聞いたらどうかと思うのだが、それすらもしないらしい。憲法には、「第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とあるのに、現状では多くの日本国民の総意になるとは思えない。そんな状態で、こんな人権無視、男尊女卑、国民無視の天皇制が続いたとすると、それが日本の象徴なんて絶対に嫌だ。皇室典範、実質改正は初めて 皇族確保へ制度変容6/28(日) 時事通信 政府は皇族数の確保に向けた皇室典範改正案を30日にも閣議決定し、国会に提出する。婚姻後の女性皇族の身分保持や、旧宮家の男系男子を養子に迎え入れることを可能にする内容で、実質的な改正は初めて。皇室制度は大きく変容することになる。―皇室典範とは何か。 日本の皇室制度に関する基本法だ。1889(明治22)年制定の旧皇室典範に代わり、連合国軍総司令部(GHQ)の影響下でつくられ、1947年5月3日に現行憲法と同時に施行された。憲法第2条は「皇位は世襲のもので、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と定めている。 旧典範は大日本帝国憲法と並ぶ最高法規として扱われたが、現在の典範は他の法律と同様に国会の議決で改正できる。 ―何が書かれているのか。 全5章37条と付則で構成される。第1条は皇位継承資格を「皇統に属する男系男子が継承する」と定め、2条は継承順位、5条は皇族の範囲を規定している。このほか、継承順位の変更、摂政の設置、重要事項を協議する「皇室会議」の在り方などが記されている。 ―どうして改正するのか。 皇族数の減少に歯止めをかけるためだ。47年10月に旧11宮家の51人が離脱して以降、94年の26人をピークに減り続けている。現在は天皇、皇后両陛下を含めて16人(男性5人、女性11人)で高齢化も進む。皇族数確保は「喫緊の課題」との危機感が与野党に高まっていた。 ―議論の経緯は。 2005年に小泉純一郎首相(当時)の私的諮問機関が「女性・女系天皇」を容認する報告書を提出した。しかし、06年に秋篠宮妃紀子さまのご懐妊が判明し、改正案提出は見送られた。 その後も「男系で血筋をつないできた」ことを重視する保守派と、女性・女系天皇の容認派との溝は埋まらず議論は足踏みしていた。今月、「立法府の総意」がまとまり、政府が典範改正要綱を作成した。 ただ、女性皇族の夫や子が皇族の身分を持つかどうかなど与野党の対立点は先送りした。木原稔官房長官は26日、養子として皇室に入った男系男子に男の子が生まれた場合、皇位継承権を持つとの見解を表明した。
2026年06月28日
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今週は、必要があってパソコンメンテナンスで二日にわたって隣町のJさんに来てもらった。夫は随分前からN証券で多少の株の売買や投資をしていたのだが、新たにパスキー設定の必要があるということで、パソコンが苦手な私達ではどうも心配だったのだ。(変なところを触って変なことになるのが怖い)そのほかにも、色々と聞きたいこともあったので、数年ぶりにお願いをした。Jさんは個人でパソコンのメンテナンスなどの仕事をしているのだが、彼から現在使っているパソコンやノートパソコンを買って、設定その他もしていただいた。あれから何年も経っていたので、色々と更新しなくてはならないこともあったようで、私達が気になっていたことは全部解決することができた。最近うるさくて嫌になっていた広告や、詐欺誘導型広告も出なくなって、これが私には一番うれしいことだった。ついでで申し訳なかったのだが、スマホの使い方もあれこれ教えてもらい、その中でAIについても色々と話した。私は、なんでもAIに依存するようになっていることに抵抗感を抱いていたのだが、先日のテレビで高齢者がAIになんでも相談したり、話し相手にしている様子を見て、少しばかり考えが変化してきた。私だってスマホもパソコンも、今では手放せなくなっているのが現実だ。Jさんは、「AIは日々進化していますよ。最初の頃は話し方も違和感があったけれど、今では本当に自然な話し方になっています。さらに、以前聞いたこともちゃんと記憶していて対応するので、本当に便利です」という。確かに、パソコンプロでもよくわからないことがあるようで、スマホで聞いて「あー、なるほど」なんて言っている。そうか、これはこれから使わない手はないなと思った。私達はどんどん高齢化するので、できないことも増えていく。一人暮らしになって外にも出られず寂しくなった時は、AIに話し相手になってもらうのも悪くない。少し前に、AIが恋人になっている若者(?)の話を聞き、頭を抱えた。やっぱり恋人は人間だろうと思ったし、人間同士での様々なやりとりや葛藤や悩みを体験しなくては、考える力も試行錯誤の力も衰え、思い通りにならないとすぐパニックになったり昨今の事件のようにとんでもない暴力的なことが起きそうで、これからの人間社会は恐ろしいと思った。今でも基本的にはそう考えているのだが、私達のような高齢者や、様々な障碍で不自由さを抱えて生きる人たちには、とても良いツールになるのは確かだ。ということで、私もAIへの抵抗をやめて、もっと仲良くすることにしようかと考えている。
2026年06月26日
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図書館の分館の絵本コーナーで、久しぶりに何冊かの絵本を借りてきたのだが、これもその一冊。いもとようこさんの絵本が何冊か目についたので、借りてきた。彼女のことについてはあまりよく知らないままだったが、息子の子育て時代も孫の子守をしている頃も、いもとさんの温かく可愛い絵にひかれてよく手に取ったような気がする。さてこの絵本は…「かぜのでんわ」いもとようこ 作絵つたえて、あのひとに・・・・・・岩手県大槌町にある「風の電話」。線はつながっていない・・・・・・。電話にこめられた「想い」を絵本に。山の上に置かれた電話。だれもが自由に使えて、今はそばにいない人と話すことができます。でも実はそれは電話線のつながっていない電話でした。岩手県大槌町に東日本大震災のあと設置された風の電話ボックスをモデルにした絵本。昨日紹介した絵本は御巣鷹山の航空機事故でお子さんを亡くした母親の思いを絵本にしたもの。「かぜのでんわ」は、東日本大震災後に大槌町に設置された風の電話を絵本にしたものだそうだ。この電話ボックスについては、以前にテレビ番組で紹介されていた。突然のように大切な人を失った気持ちは、どれほどの悲しみや喪失感、あるいは後悔を伴うものなのか私には想像することしかできない。この世界からいなくなっても愛する人は心から消えるはずもないし、ひょっとすると失って初めて自分の思いに気付くこともあるだろう。それを電話を通して語りかけることで、お互いの思いは通じ合う。いもとさんの優しく暖かいイラストは、人の心が通じ合うことの大切さと、それが生きる力にもなることを伝えてくれる。ふと、あちらの世界に先に旅立った人たちのことを思い浮かべた。私が本ばかり読んでいることを肯定して、私が好きそうな本を示してくれたN先生。若くして旅立って、夢の中でニコニコと赤ちゃんになっていったMさん。いつも私の応援団になってくれて、なんでも協力してくれたTさん。私が生まれたことをとても喜んでくれたというおじいちゃん。書いていくときりがないほどたくさんの人たちがあちらの世界に行っているが、私はその人たちを時々ふっと思い出し、その瞬間に私を見守ってくれていることを感じる。そう、私は数えきれないほどの星々になった人たちに見守られて今を生きている。いつか私も、そんな星の一つの仲間入りをするのだろうが、まだもう少しは、この世界で出来るだけたくさんの人を応援したいと思っている。いもとさんの絵本、もう少し借りてこようかな。
2026年06月23日
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「けんちゃんのもみの木」作: 美谷島 邦子/絵: いせひでこ【出版社からの内容紹介】あの日 たくさんの星が山に降った。1985年8月12日、群馬県御巣鷹山に日航ジャンボ機が墜落、520人が亡くなる史上最大の航空機事故となった。事故で9歳の息子を亡くし、心が迷子になってしまったお母さんは、焼けただれた山の斜面にもみの木を植え、くる年もくる年も、息子に会いに山に登り続けた。もみの木は、悲しみを聞き、悲しみに寄りそい、35年で空にとどくような高さになった…。空の安全を願い、ひたむきにいのちと向き合いつづけた母の軌跡を、いせひでこが精魂込めて描く。【みどころ】「きみはどこにいるの? どこにきえたの?どの星なの? みつけたい さがしたいきみのところに いきたい」大切な人が目の前から突然いなくなって、その人を探し求めてやまない心を、もみの木の姿に託して描いた切なくも美しい絵本です。ひまわりを育てていた9歳の男の子は、花が咲いた一週間ののち、飛行機事故でこの世を去ります。「お母さんがやいたマドレーヌ、だいすき」「お母さんのにおい、だいすき」そう言って両手を広げて飛んできた男の子。名前はけんちゃん。同級生のみきちゃんも、けんちゃんのけしゴムをたいせつに持っていてくれている。けんちゃんが過ごした、消えない日々。けれども突然の事故でいなくなったけんちゃんを探して……お母さんとお父さんは山に登ります。その山の名は、御巣鷹山。そう、1985年8月12日の日航ジャンボ墜落事故で山に消えた520のいのちのひとつだったのです。焼けただれた山に、けんちゃんのお父さんが植えた小さなもみの木は、長い年月で空にとどくような高さになっていきます。涙を受け止め、枝をゆらす大きな木に……。いせひでこさんのすばらしい水彩画は、儚くも美しいこの世の色を描き尽くすかのよう。美谷島邦子さんがせつせつと綴る言葉は、悲しみをたたえつつも、いせさんの絵に寄りそわれ、いのちを受け止める真摯なまなざしに満ちています。けんちゃんに会いに、もみの木に会いに、御巣鷹山に登り続ける美谷島さん。美谷島さんはけんちゃんのお母さんです。そして美谷島さんと親交が深く、自らも御巣鷹山慰霊登山を続けてきたいせひでこさん。おふたりだからこそ作ることができた、大切ないのちの灯りへ、祈りをこめた絵本です。久しぶりに図書館で絵本を手に取った。いせひでこさんの絵の絵本は、つい手に取ってしまう。親交の深いお二人が祈りをこめて出来上がった絵本は、見ているだけで心を打つ。年を重ねるにつれ、この世に生まれたことはそれだけで奇跡だと思うようになったが、その命はとてもはかないものだとも思う。しかし人間は、その命をいつまでも愛おしむこともできる。いつまでも輝かせることもできる。きっと、どこの図書館にもあると思うので、ぜひ多くの人に手に取ってほしいと思う。
2026年06月22日
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昨日の北海道文化塾の三回目は、谷口真由美さんだった。彼女はニュースワイドショーなどでのコメンテーターとして顔をみているし、法学者というので少し期待して行った。演題は「おばちゃん目線で見る社会の問題」たしかに、大阪のおばちゃんであることと、北海道との縁などを前面に出したおばちゃんの話だった。つまり、法学者でありジェンダー問題や現在の憲法改正問題、人権問題について、もっと深い話を期待していた私にはちょっと物足りなかった。まあそれでも、話としては面白いのだろう。だけど、聴きに行った多くの人達は、面白い話ばかりを期待していたのではないと思う。そうなってしまったのは多分、主催者が説明した聴講者の対象を少し勘違いしたのではないだろうか。聞きに行く人の多くは私のような高齢者だ。ひょっとしたら、高齢者の関心や理解力を少し低レベルに見ているのではないかと勘ぐってしまった。久しぶりにちょっと残念な回だった。次回は千住真理子さんというので、期待しよう。
2026年06月20日
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今、管理画面をふと見たら…。開設日数 8401日(開設日:2003/06/19)日記記入率 44.6%我ながらよく続いている。さて、いつまで書き続けることができるでしょうか。記念すべき最初の記事は。「 これは簡単・・」2003年06月19日とにかく、私にとって簡単だったことが長続きの要因だろう。
2026年06月19日
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「ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ」 ヤマザキ マリ「生きることって結局は楽しいんだよ」 音楽と娘と自分の人生を真摯に愛する規格外な母リョウコの まるで朝ドラのような人生! ****** 「リョウコ」とは、漫画家・ヤマザキマリの今年で86歳になる「規格外」な母親のこと。昭和35年、リョウコが27歳の時、勝手に仕事を辞め、新設された札幌交響楽団で 音楽をやるため、半ば勘当状態で家を飛び出した。 新天地・北海道で理解者となる男性と出会い結婚するものの早逝され、 シングルマザーとしてふたりの幼い娘を抱えることとなる。 戦後、まだまだ女性が仕事を持つのが難しかった時代。 ヴィオラの演奏家という職業を選び、家族を守るために、大好きな音楽を演奏するために、 リョウコが選んだ道は平坦ではなかった。鼻息粗く自分の選んだ道を邁進し、 ボーダレスな家庭の中で子供を育てあげた破天荒・母リョウコの人生を、娘マリが語る。見本となるような「いい母親」ではなかったけれど、 音楽と家族を愛し、自分の人生を全うする、ぶれないリョウコから 娘マリが学んだ、人生において大切なこととは? 昭和を駆け抜けたリョウコの波瀾万丈な人生!出版社からのコメント「リョウコ」とは、漫画家・ヤマザキマリの今年で八十五歳になる「規格外」の母親のこと。 昭和三十五年、リョウコは二十七歳の時にそれまで務めていた会計事務所を辞め、オーケストラで音楽をやるため実家を飛び出した。新天地・北海道で理解者となる男性と出会い結婚するものの早逝され、シングルマザーとしてふたりの幼い娘を抱えることとなる。 戦後、まだまだ女性が仕事を持つのが難しかった時代。ヴィオラの演奏家という職業を選び、家族を守るために、大好きな音楽を演奏するために、リョウコが選んだ道は平坦ではなかった。鼻息粗く自分の選んだ道を邁進し、ボーダレスな家庭の中で子供を育てあげた破天荒母リョウコの人生を、娘マリが語る。決して、見本となるような「いい母親」ではなかったかもしれない。 音楽と家族を愛し、自分を貫きとおす、ぶれないリョウコの背中を見て、娘マリが学んだことは何か。 ヴィオラを手に、昭和を駆け抜けた一人の凄まじき女、リョウコ一代記。 第1章*リョウコが母になるまで 第2章*働く母・リョウコ 第3章*リョウコに教えてもらったこと第4章*リョウコと衣食住 第5章*リョウコと家族 第6章*リョウコという母親著者について1967年東京都出身。17歳の時、絵の勉強のためフィレンツェに留学。海外生活の中、マンガを描き始める。その後、中東、ポルトガル、シカゴへ移住。現 在は北イタリア在住。『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)でマンガ大賞2010、第14回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。著書に『スティーブ・ジョブズ』(講談社)、『プリニウス①~⑦』(新潮社)、『オリンピア・キュクロス①』(集英社)、『男性論 ECCE HOMO』(文春新書)、『国境のない生き方』『仕事にしばられない生き方』(小学館新書)など多数。ヤマザキマリさんは千歳市で育ったので、少し親近感を抱きながらその活躍を見つめている。先月、北海道文化塾でヤマザキさんのお話を聞いて、この本を図書館に予約して借りた。 北海道文化塾初回…ヤマザキマリさん 2026年05月07日いや、本当に面白かった。この母にしてこの子ありって本当だなと思った。それは、持って生まれた気質を受け継ぎながら、マリさんを育てたお母さんの生き方・育て方が、現在のヤマザキマリさんとなっているのだなということだ。本を読みながら、これは今の時代にとても大切な育児論・教育論でもあると思った。彼女が育った時代では、このような生き方を貫くのは大変なことだっただろうと思うし、今の時代ではさらに難しい生き方・育て方なのかもしれないが、価値観が大きく揺らいでいる時代にこそ、自分の好きなこと大切なことに向かって、まっしぐらに生きることができる人を育てることがとても大切だと思う。周囲の顔色をうかがいながら自分を押さえて、普通や常識という幻想に向かうばかりでは、せっかく与えられた命を大切にすることにはならない。と、この本を読み終わった次の日に、昔からの友人と会った。彼女は障碍を持って生まれたのだが、自分のやりたいことを道しるべとして充実した生き方をしている。彼女はピアノ教師として働いていたし、そのパートナーはヴァイオリンを弾く人なので、ひょっとしたら知っているかと聞いたら、ヤマザキさんのお母さんがお元気だった頃には親しくされていたとか。それから、当時のエピソードなどやそれに関する色々なことを話して驚いたこともいっぱい。やっぱりねとも思ったけれど、本当に縁のつながりって不思議だ。気付かないだけでつながっている人や物事の多さに、年を重ねるにつれて驚く。人間って、複雑なネットワーク(縁)の中にあって、それで生かされ合って生きているんだ。それは、人間だけではなくて動植物や地球環境のネットワークの中にあるということでもある。それは、今はやり(?)のITネットワークどころではないはずだ。人間が長く生き残ってきた大本であるネットワークの大切さを忘れてはいけない。ヤマザキマリさんのお母さんが北海道中に撒いた音楽の花の種は、こんなに近くでも咲いていましたよ。
2026年06月19日
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囁かれる「プーチン大統領のオワコン化」…暖房も電気も止まるロシアで始まった“国家崩壊”の現実「3か月で20万9000社倒産、体感インフレ16.4%」習近平はもはや「台湾統一」どころではない…中国共産党を自滅させる「日米包囲網」という"最強の切り札"トランプ氏、地方での支持率が過去最低の50%=ロイター/イプソス調査大国(領土が大きいという意味で)にかげりが見えているようだ。今後の推移が気になるので、今日時点でのメモとする。
2026年06月17日
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1人で「浄財」管理、15年 5回の監査でも不正見抜けず 「赤い羽根」使途不明1億8千万円北海道新聞 2026年6月15日 北海道共同募金会(札幌)の赤い羽根共同募金などの寄付金に生じた使途不明金は、6年にわたり約1億8千万円もの巨額に膨らんだ。同会は15年ほどにわたり会計管理を男性事務局長1人に任せていたほか、5回にわたる会計監査でも不正の実態を把握することはできなかった。市民の善意を集めながら、ずさんな管理があらわになった形で、早期の信頼回復が求められている。 「長期間1人で会計を任され、その地位を利用したのだと思う」。15日の記者会見で、同会から調査を請け負った弁護士はこう説明した。 事務局長は、事務局次長に就任した2010年ごろから経理業務をほぼ1人で担当するようになり、22年に事務局長に昇任した際に会計責任者に就いた。不自然な引き出しは20年ごろから確認されているという。 事務局長は23年度以降、理事会の承認のない議事録を作成した上で同会名義で金融機関から現金を借り入れ、寄付金を集める口座に入金させていたほか、年度末に取引業者から一時的に現金を借り入れ、決算後に返済するなどしていたとみられる。同会は事務局長がこれらの行為で、不足金を一時的に穴埋めし、決算や監査をすり抜けていたとみている。 同会の経理規定によると、本来、経理担当者が出入金を行った際には会計責任者の承認を得る流れとなっているが、事務局長の場合は、事実上これを1人で行っていた。同会は管理体制が甘かったとして体制の見直しを進める方針。 「着服と偽装」を繰り返した異例の不祥事に、市民が募金運動への不信感を抱くのは必至だ。瀬尾英生会長は記者会見で、「会の活動は福祉事業に欠かせない。改めて信頼される組織に生まれ変われるよう、再発防止を進めたい」と語り、辞意を示した。 瀬尾会長は、例年10月から3月の赤い羽根共同募金について「(今年も)実施、継続したい」と語った。善意の付託を再び受けられるかは、今後の取り組みにかかっている。このニュースには本当に驚き、かつ怒りがこみ上げてくる。かつて社会福祉協議会で多少なりとも共同募金の事務にかかわった経験があるので、赤い羽根共同募金がどのように集められ、それがどのように配分されているのかを少しは知っている。お金を集める苦労も、それを地元の福祉活動に活用されるように配分申請し、事業を実施して活動報告、決算報告をする一連の仕事をしていた。その経験で知ったことは、赤い羽根共同募金が本当に多くの善意の人達の寄付に支えられそれを配分してもらうことでどれほど多くの福祉法人や福祉団体、ボランティア団体の仕事や活動が支えられていることか。そのことは、募金活動や福祉活動、福祉系の仕事に関わったことのない人はよくわからないのではないか。このような不祥事があると、多くの人は「前から募金のお金の流れは疑問だった」とか、「そんな募金にはもう協力しない」と思うことだろう。私だって、以前深く関わっていなければそう思うはずだ。しかし、こうも思う。北海道共同募金会や中央共同募金会の運営体制についてはよくわからないのだが、市町村共同募金会の仕事についてはよく知っている。(もう30年も前の経験だが、体制はさほど変わっていないはずだ)共同募金の事務局は社会福祉協議会の職員が担うのがほとんどであり、社協の職員は社会福祉協議会、共同募金会、各種の関連福祉団体の事務を兼務することが多い。つまり、複数の通帳や帳簿や印鑑を管理していて、不正のストッパーは担当者のモラルだけだ。日々の入出金や印鑑管理の最終責任はほとんど事務局長か会計責任者で、この2つの役目が兼任されていたら不正は実にやりやすい。これは、そもそも社会福祉協議会が多くの事業を抱えているのに職員体制は常にぎりぎりなのが一番の要因。人間は間違いを犯しやすい。目の前に自由になるお金があれば、悪魔のささやきが聞こえ始めるものだ。だから、不正ができない仕組みをちゃんと整備しなければ、不正は必然になってしまう。こんなことがあっては、もう共同募金への市民の信頼は地に落ちたことだろう。信頼回復などできるのだろうかとも思う。しかし同時に、それを財源として計画を立てている福祉法人や団体はどうなる。残念なことに、現在の日本の福祉施策はまったく十分ではない。その足りない部分を募金配分金、寄付金、各種助成金で何とかやりくりしているのが現状だろう。考えれば考えるほど暗澹たる思いで気が滅入る。今回の不正を行った元事務局長は万死に値すると思う。それにしても、この人の実名を私はまだ目にしていない。こんな犯罪人に配慮なんか不要。家族には気の毒だけれど、早く実名報道してほしい。
2026年06月16日
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息子たちがエスコンでの交流戦のチケットを買ってくれたので、午後四時頃に迎えに来てくれてエスコンへ。エスコンで野球観戦するのは、オープンから間もない頃に行って以来二回目。お嫁さんがチケットを買ってくれたのだが、Fビレッジのアプリがあれば私のスマホに送ってくれるという。私は「持っていない」と言ったのだが、良く調べたら何故か持っていた。不思議だなとよく考えたら、昨年友人とエスコンに行った時、スタジアムツアーに思いがけず行けることになった時、予約券を分けてくれた人がスマホで何かやってくれた時にアプリを入れてくれたのだと思う。「エスコンフィールド北海道見学」2025年05月12日私は全く自覚していなかったのだが、そのせいか日ハム関係のメールが時々届いていて、普段はスルーしていたのだが先月末に、交流戦のチケットを買うことが条件でのユニフォームプレゼント抽選のお知らせが届き、ちょうど行く日だったので申し込んだら当たった!駐車場は遠い場所というので私たち夫婦と孫をエスコン近くで下ろしてもらい、まずはプレゼントの引き渡し場所へ。孫は高校生以来の日ハム野球観戦で、もちろんエスコンは初めて。その孫の希望で今回の観戦となったのだ。孫がエスコンを見上げた時の第一声は「デカイ! 思っていたよりデカイ!」でしょうね、丘の上にあるのでエスコンが遠くからでも山のように見えるのです。時間がないので詳細は後で書くかもしれないけど、かいつまんでいえばデカイエスコンの中を見学含めて食べ物探してウロウロ、グッズ売り場でウロウロ、座席探してウロウロして、並んでいないお弁当を見つけて手に入れ、やっと座席についてしばらくして息子夫婦も到着。外野席だったので全体を見渡せて、合間合間のお楽しみなどでも盛り上がり私達の応援のせいか孫君の初勝利。ヒーローインタビューが初勝利の孫投手は当然としても、犠打の野村選手にはちょっと笑ったが、貴重な先取点だからそれでいいのか。楽しい一日となりました。
2026年06月11日
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午後からの受付担当だったのだが、本州からの友人がご夫婦で来道し彫刻展にも寄るというので、お昼頃に会場に行った。そこで久しぶりのKさん夫婦の再会と、共通の幼馴染とも少し話をする。その後、以前仕事で知り合って以来友人のEさんとお母さんが来てくれたので、ランチしながらおしゃべり。彼女は先天性の身体の障碍を持って生まれ、四歳くらいまでの命と言われたというが、ご両親の懸命の育児や子育て、医療の進歩のおかげと彼女の生命力で、60代になる現在まで自分の能力全開で前向きに生きてきた人。彼女は私に対して「出会えて本当に良かった」と言ってくれるが、それはこっちの台詞である。彼女との出会いと活動で私が学んだことは数知れない。私は宗教を持ってはいないが、時折神仏を信じていいかなと思うことがある。彼女との出会いは、私にとってどれほど必要不可欠なものだったかと思う時、神仏に感謝するしかない。その後は、たまたまその日に来て下さった先生の奥様とたっぷりとお話ができた。先生が結婚してから、まだ高校生だった私達は新婚のご家庭にしょっちゅう遊びに行って、きっと奥さんのMさんは戸惑っていたことだろう。私は、遊びに行くたびに「結婚て女にとっては大変だなあ」と思っていた。以来50年以上のお付き合いになるが、このような時間を持つことができることに、先生との出会いと交流のありがたさを感じる日であった。
2026年06月10日
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富良野・美瑛ノロッコ号には一度乗ってみたいと思っていて、バスツアーを見つけて随分前に申し込んでいた。なのに、日にちを間違ってメモしていて、彫刻展の受付当番とダブルブッキングしてしまった。大慌てで友人や他の実行委員にお願いし、無事にツアーに行くことができた。この日の天気予報は雨模様。晴れ女であると確信している私も、さすがに「私が旅に出る時は晴れる」というジンクスもこれまでかと思ったが、結果的には雨に当たらず旅を終えることができた。富良野・美瑛ノロッコ号詳しいことは後日加筆予定とする。
2026年06月09日
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五月末から中学時代の恩師の彫刻展が開催されている。私も彫刻を見る会のメンバーの一人なので、同級生や先輩後輩たちと受付などの手伝いをしている。この日はギャラリーコンサートで、私は受付担当ではなかったが友人たちを誘っていたこともあり参加した。この日の演奏はヴァイオリニストの伊藤光湖さん。彼女とは先生を通じて知り合ってからもう随分経っている。知り合った当時はパリと日本を行き来しながら活動をされていたが、十年ほど前にご実家とご両親を火災で失い、ご本人も大変な時期を過ごされてきた。でも、いつもお会いする時は以前と変わらぬ元気なご様子と演奏に、本当に強い人だと感心している。今年は十年ぶりに本格的なコンサートを開催するというので、本当に良かったと安堵している。何人もの友人知人と言葉を交わしたりして、素敵な時間を過ごすことができた。
2026年06月07日
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昨年は色々あって、恒例になっていた寿都で牡蠣やホタテを買ってきての合同誕生会バーベキューができなかったのだが、今年は山形から戻ってきた孫が行きたいというので、一緒に後志方面へのドライブなどを兼ねて行ってきた。実は、孫は北海道に戻ってきてから、道の駅のステッカー集めと温泉巡りが趣味になっている。だから今回も、ニセコや真狩等の道の駅に立ち寄り、バーベキューで使う野菜などを買いながら寿都に向かうことにした。真狩道の駅、ニセコ道の駅でアスパラやパセリの根、カラー人参(赤・白・黒)やジャガイモなどを買い、黒松内へ。実は黒松内町には、夫が以前から気になっていたというお蕎麦屋さんがあるので、そこで昼食にすることにしていたのだ。そば屋この花とても人気のお店ということで、開店の11時半前に到着。民家を改装したような店構えが、私には懐かしい雰囲気。私達はしいたけせいろ、孫はとろろそば、それと3人で食べようと蕎麦がきを注文。待っている間にトイレに行ったら、玄関の待合室には人が待っている。ちょうど良い時間に行けて良かった!お蕎麦も美味しかったのだが、ここの蕎麦がきは予想以上に美味しかった。実は、以前に本州のそば処で蕎麦がきを食べて、蕎麦がきはこんなものかと思った記憶があり、私はあまり気が進まなかったのだが、ここのは美味しかった。蕎麦湯も蕎麦を飲んでいるような感じで美味しくて大満足。近くの道の駅黒松内にももちろん立ち寄り、人気だというパンを購入。次は、孫が自宅のワイナリーに来るお客さんがお勧めしていたという和菓子屋さんへ。和生菓子 すずやここは、ナビがなければ絶対に行けないような場所で、かつお店をやっているのかどうかもわからぬままに通り過ぎそうな風情。戸を開けて声をかけると奥さんが出てきて、鎌倉から移住してきてここで開店したのだという。この写真で表示されている「6月の詰め合わせ」は一つしかなく、鮎のお菓子は三本。こだわりのいちご大福も4個だけあったので購入。黒松内に移住に至ったお話や、ここの冬には驚いた話など、色々お話をした。紹介してもらって来たというととても喜んでくださり、ちょっとしたおまけまでいただいた。1個400円は決して安くはないので、ここでお店を続けて子育てをしたご苦労を想像した。いくら技術があり美味しいと言っても、庶民にとってはなかなか…だから。でも、もう来ることはないだろうと思い切って購入。この日のお菓子はほとんど買占めてしまったんじゃないかな。でも、帰宅してから食いただいたらとても美味しく、特にイチゴ大福は絶品だった。その後は目的地の寿都町の森越水産へ。2日前に牡蠣とホタテを買いに行くと電話をしてあったのに、着いたら「臨時休業」の張り紙が噓でしょ!と大慌てで電話をしたら、向かいの自宅から奥さんが出てきてくれた。聞くと、今年の牡蠣は実入りが悪くて特大があまりないので、土日営業に向けて休んでいるのだという。私は事前に注文していたのでちゃんと取ってあるということで、目的の牡蠣とホタテを購入できた。「こんな年は初めてだ」ということで、どうしてなのだろう。その後は寿都の道の駅→海沿いの蘭越道の駅→岩内道の駅とめぐり、その後は仁木から高速に入って息子の自宅に向かい、到着は午後5時頃。息子一家と私の妹、実習生夫婦の8人でのバーベキューが始まり、食べに食べて解散は午後8時。そうそう、道の駅で買ったパセリの根や、ゆり根、人参などの根菜がとても美味しかった。「美味しいねー、幸せだねー」と何度も言う私に妹が言う。「そんなこと、誰にでも言ったらだめだよ、幸せ自慢じゃない」私だって誰彼なく言うわけじゃありません。でも、家族内や仲間同士では幸せは共有しなくちゃと思っている。そして、その幸せの気持ちを何かでどこかにお返しをしていけば、幸せはつながっていくはずと思う。
2026年06月05日
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昨日は安岡先生の講座の最終回。今回は、前の三回までのお話のまとめと、現在安岡先生がこれから生きる人に伝えたいことだった。 札学コミュニティカレッジ…安岡誉先生の講座 2026年05月14日札学コミュニティカレッジ…安岡誉先生の講座② 2026年05月21日札学コミュニティカレッジ…安岡誉先生の講座③ 2026年05月28日日本人は単一民族どころか、縄文時代に現在の日本の土地に住んでいた人達を、中国大陸や朝鮮半島などからやってきた人たちに縄文人が押し出され、多様な民族がミックスして出来上がった国であり、それにより様々なく技術や思想などを輸入して形成された国なのだ。まず、そんな日本の成り立ちを押さえたうえで、現在へとつながる日本人の特性を考える必要がある。現在は、「日本独自の文化」なんて考えられたりしているが、もともとは輸入文明を自分たちに合った形で発展させたものばかり。知識や技術は外国のものであっても、それを本家本元よりより優れたものにしてきたのが日本人。確かにその傾向は今でもある。しかしそれは、常に外国に対するコンプレックスが原動力にもなっている。今回のお話で一番なるほどと思ったのは、様々なコンプレックスが個人や集団に与える影響についてだ。それは、常にアンビバレンツな感情を抱えた二面性となる。人間はどんな民族でも多かれ少なかれアンビバレンツな感情を抱えていると思うが、民族によって、あるいは形成された国家の成り立ちによって、その方向性も変わってくるだろう。今回のお話で、「アメリカ人にはインディアンコンプレックスがある」とは初めて知ったことだ。アメリカが建国に際して多くのインディアンを銃と知で殺害した。その時の罪悪感を否認し「建国神話」で美化し正当化しても、無意識的には彼らから復讐される不安と恐怖が生じ、びくびくしているというコンプレックスだそうだ。なるほどなあである。つまりは、理不尽に相手を殺害した歴史をもつ国は、相手に対して常に不安と恐怖を抱いてしまうという集団コンプレックスを持ちやすいということだ。これは、現在の世界の争いの無茶苦茶さを理解する手掛かりになりそうだ。先生は、レジメ最後にこう書いていらっしゃる。「日本人の精神は複雑である。野蛮人と文明人の心を持っている。その二面性をはっきりと自覚し、理性と知性を優位としつつも、情性も大切にする。そのバランス感覚を持ち、世界に先駆けて平和と人類愛を主張し、自らの努力によって真の文明人となって、世界の人々から尊敬される日本人の精神を、『中庸の精神』というかたちで形成していくことは、日本民族の崇高な課題と考えられる。それには、純朴な精神を取り戻し、自然と調和した謙虚な生活を送ることによってしかなりたたぬことであろう」そうそう、日本人の成り立ちの歴史の中で形成された集団的無意識が現代にまで精神の基層にあるようなことをお話になっていたと思うが、それは縄文時代から続くようにおっしゃっていたと思う。集団的無意識ということは心理学などで知ってはいたが、そんなにしつこく個人の意識に影響するのかと思うと、なんだか疲れるような気がしている。集団的無意識と、集団的(国家的)コンプレックスと、個人的・家族的な経験による様々なコンプレックスから、私達はとうてい逃れられない。しかし、それによる影響を少しでも回避するためには、その存在を強く強く意識して自覚することが第一歩なのだろうが、…疲れるなあ…。
2026年06月04日
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昨日は、もう30年以上もまえに仕事で出会った知人3人とランチをした。実は、今回会った二人とは、このようにプライベートで食事をするのは初めてである。仕事や地域活動で関わっている間は、私は個人的なつきあいはほとんどしない。必要な時には相談したり協力し合ったりするし、深い話もするが個人的な話はあまりしないようにしていた。年月を経て、それぞれ仕事も活動からも離れたので、共通の友人が声をかけてくれたのだ。彼女たちが結婚して子どもも育てているのは知ってはいたが、何人の子どもがいるかなど知らない私だった。きっと彼女たちも私が退職してからどのようなことをしていたのか、何となくはわかっていたとは思うが詳しくは知らなかっただろう。詳しいことはここには書かないが、みんな本当によく頑張ってきたのだなと思う。仕事と家庭との両立や子育てのあれこれは、同世代であるからこそちょっとの話でも想像できやすいことがある。私たち世代は、結構辛抱強く頑張り屋なんだなとあらためて思ったし、夫婦も様々な形と出会いがあり、それも運命で自分が選んだことと逃げ出さない。あらためて知ったそれぞれの人生の歩みであった。まだまだ人生は続く。色々あったけれど、このように再会しこのような話ができ、きっとまたおしゃべりができるのだろうと思うと、年を重ねるのは悪くないものだと思う。
2026年06月03日
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毎朝、カーテンを開くのが楽しみな季節だ。雪どけの時期のクロッカスから始まり、様々な植物が春を待ちかねていたように伸びてゆく。今は赤いツツジやシャクナゲ、ピンクや白の芝桜やたった数個の球根から信じられないほどに増えてしまった白い花が盛りだ。そうそう、実家から移植したスズランも咲いている。この白い花、スマホで検索したらオオアマナというらしい。嫌になるほど増えてしまい、毎年邪魔になった部分は雑草扱いしていたのだが、決して減ることはない。白い花が先に咲いて、その後に紫色の花が咲くのだけれど、どうも紫は白に駆逐されてしまうようだ。同じ種類の花なのに、生命力が違うのはどうしてだろう。ともあれ、今は花だけではなくて、小さな家庭菜園のイチゴも花盛り。ブルーベリーも昨年のピートモスの効果なのか、沢山花がついている。去年は随分鳥に食べられてしまったので、今年は実が付き始めたら網をかけようと思う。ジャガイモやエンドウ、インゲンなども育ち始めた。種をポットで育てて移植し、ちゃんと根付くかと心配していた小松菜やサラダカブも何とか育っている。そうそう、寒い日が続きなかなか伸びなかったミニトマトやキュウリも伸び始めた。そんなこんなで、朝一番の仕事は植物や野菜たちの見回り。もう少しで菖蒲の花も咲き始める。それが終わればアジサイかな。そろそろどこかに黄色いコスモスの種を蒔こう。
2026年06月01日
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「あずかりっ子」 クレア・キーガン赤ちゃんが生まれるまで、ひと夏の間、親戚の家に預けられた少女。怒らず優しく接してくれる親戚との生活は初めて知る愛に満ちていた。だがこの夏もやがて終わりの時が――映画「コット、はじまりの夏」原作。感情の深みを驚くほど静かに描き出す著者の代表作以前からの知人が、Facebookで紹介していた作品。彼が「とても良かった」と書いていたので、読んでみようと図書館で借りた本。ジャンルとしては児童書なのかもしれないが、これは子どもと関わる仕事や活動をしている人、あるいは子育てをしている人には心に刺さるかもしれない。主人公の少女の視点で簡潔な言葉で淡々と書かれているのだが、読者の想像力の幅や深さによって、きっと感想も随分違ってくるのではないだろうか。それぞれの子どもの家庭環境により、他から見たら可哀想だったり恵まれていたりするのだろうが、子ども自身にとってはそれは当たり前の日常だ。子ども達は、その日常の中で様々な思いを抱いたり消化したりしながら暮らし、そして育ってゆく。子ども達は大人がどんな形であれ衣食住を保障して育てるのだが、それに加えて絶対に必要なものがある。それは、子どもへの温かいまなざしや、優しく手をかけてもらうこと。それがなくては、子どもの心の成長はのびやかに育まれない。どんな過酷な環境であっても、子どもは育ってゆく存在だ。たとえ過酷な環境であっても、自分を守ろうとしてくれて、助けようとしてくれる人がいたら、きっとその手のぬくもりを命綱のように、あるいは道しるべのように、人は明るい方向に向かって育つのではないか。そんなことを考えさせられた作品だった。
2026年06月01日
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昨日はコミュニティカレッジ三回目。「日本人のこころ(精神)の歴史的変遷…明治・大正・昭和・平成・令和時代」ざっくりと言えば、江戸末期に開国してからは、帝国主義的欧米列強への仲間入りをめざし、そのために中央集権国家の強化を図り、近代的な軍隊や殖産興業へ邁進し、近代の日本社会への基礎作りをしたことになる。それが日本社会の産業革命(製糸業、紡績業、鉄鋼業、造船、鉄道)で一気に近代化が進んだのだが、同時に資本家階級と労働者階級の分断が強まり、田舎から都市への人口集中となり、田舎が衰退し、家族がばらばらになり、伝統的な日本社会が壊れてゆく。そんな話を聞いていると、それは時代の必然だと思うし、それは悪いことばかりではないけれど、そこで大切なものを失ってきたのだなとも思う。その後は戦争への時代となり、敗戦により米軍の占領政策によって平和主義と民主主義を軸にした国づくりが始まったのだが、人間の心は急には変わらない。結局は、いまだにアメリカの強い影響の元にある半独立国だ。それは理解できるとしても、ならばどうしたらよいのかということは私にはわからないままだ。多分、政治家をはじめとして多くの日本人がそうなのではないか。戦後、廃墟となった国で庶民は生き延びるために必死だったし、金儲けが得意な人はそれが国のためにもなると拝金主義に盲進したのかもしれない。同時に、開国の時代に生じた強い欧米コンプレックスが意識の低層にあるから、欧米の価値観に深い考えもなく従う傾向もある。戦争の時代に反抗を押さえられた結果、「強いものにつく、長いものにまかれろ、寄らば大樹の陰、勝てば官軍」などの感覚は、今でも私達の心のどこかにあると思う。そんな中で「面従腹背、本音と建て前」など心の二重性の肯定もある意味正しいこととしてきた。先生の講義の中に、フロイトの下記の言葉が紹介されていた。「産業社会の発展は、それに対する唯一の共同体であった家族もついにはその力に屈服して、解体、吸収され、産業社会に取り込まれてしまうのではなかろうか。最初は父親が、夫が、次に息子たちが、そしてやがては女性たちも…」(1932年)「科学の進歩による巨大な自然力の支配を手にした人類は、自然破壊、…最後の一人までお互いを絶滅させ合うことができるようになった。…、人類はそれに気付いているからこそ、現代の動揺や不安の気分の大部分が生じているのだ」(1930年)まさにフロイトの予言は当たっていると言える。現代はAIという産業革命によって、多くの日本人が取り込まれている。昨日のブログに書いたこともその一つだ。機械化によって機械に依存するだけではなく、私達もどこかで機械化された反応をしているのではないか。ロボットを使っているつもりが、今は人がロボット化してきているような気がする。私はそれはイヤだ。私もだが、子どもや孫やひ孫にも、人間らしい心や他者を大切にする倫理観を持って生きてほしい。
2026年05月28日
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スマホという便利な道具が出現し、以前は百科事典や国語辞典などで調べていたことが、簡単に調べられるようになった。電話もスマホに代わり、昔は友人に電話をしたりするときに、取り次いでくれる家の人にどのように挨拶をしたりしようかと悩むこともなくなった。さらに今では、AIとやらが質問をしたら簡単に答えてくれるようになり、目の前の人に相談するよりも機械の答えに頼るようになったらしい。というように、大変便利な時代になった。私などは持っているスマホの機能のほんの一部しか使えず、かつ機械を全面的には信頼できないので、AI機能は使っていない。なのに、スマホで検索したら、頼みもしないのに「AIによる概要」なんてものが一番トップに出てくる。最初はよくわからずにそれを読んでいたが、内容によってはそれを飛ばすようにしている。同世代の友人が、「AIは便利だしほぼ正しいよ」と言い、結構利用していることを知り、よくわからないが少し脱力した。いや、脱力する私がおかしいのかもしれないが、内容によっては複数の情報を合わせながら考えることが必要と思う私には合わない。私達のようなアナログ時代に生きたものはまだいい。しかし、これから育つ子ども達や若者たちが、機械に依存しながら生活したり仕事をすることはとても不安に思っていた。昨日の某監督の家庭での親子トラブルが大騒ぎになっていることは、上記に書いたことと無関係ではないと感じている。さらに、AIが「児童相談所へ相談」との答えで相談所に電話した時、丁寧に聞き取っていたら問題にはならなかったような気がする。警察だって同様だ。トクリュウ問題だって同様だ。人間が安易な方法に疑いもなく従ってゆく現代は、人間力の劣化の問題のような気がする。そのあたりの問題提起こそ、ニュース番組で深堀してほしい。
2026年05月27日
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人間の魅力描く2作品、恵庭で 劇作家の任さん作・演出 劇団「N910」23、24日公演 北海道新聞 2026年5月11日 【恵庭】市在住の劇作家、任泰峰さん(75)が作・演出を務める劇団「N910」の単独公演が23、24の両日、夢創館(島松仲町1)で開かれる。せりふがない劇「靴」と、コミカルな会話劇「空駆ける機関車」の2作品の上演に向け、出演者たちが稽古に励んでいる。 北海道内で稲作栽培の礎を築いた中山久蔵(1828~1919年)を描いた作品が2024年に北広島市で上演され、その時に集まった北広島近郊の有志が同劇団を旗揚げした。恵庭や東京で半世紀以上、演劇に携わる任さんの作品を上演している。 1作目の「靴」はせりふが一切なく、1930年代のドイツを舞台に、一組の男女が出会いや結婚、戦争を経験する半生を、題名の通り、靴の動きで紡ぐ。約30年前に任さんが構想し、2017年以来の再演。「せりふがなくても、観客それぞれの人生や出来事と重ねて想像してもらえれば」と話す。 2作目の「空駆ける機関車」は、とある事情で出会った小学生の男の子と頑固なおじいさんの間に、機関車を通じて絆が芽生えていく物語だ。 2作目の主役は、いずれも劇団員の小笠原愛さん(29)と岩田麻李さん(40)の2人が務める。小笠原さんは「主演は初めて。疾走感ある作品となるよう試行錯誤している」。岩田さんは「2人の関係の変化に注目して見てもらいたい」と語る。任さんは「どの作品にも、根底には人間ってすてきだなという思いを込めた」と話している。 このほか、24日午後1時半から、札幌を拠点に読み語り活動をしているヨミガタリストまっつ(本名・松本直人)さんの読み語りライブ(無料、事前予約不要)も行われる。 劇2作品の上演は、23日が午後2時と同6時、24日が午前11時と午後3時。チケットは前売り、当日ともに大人2千円、中学生以下500円、ひざの上で鑑賞可能な子どもは無料。恵庭市内の夢創館などで販売している。問い合わせは同劇団、メールplayproject910@gmail.comへ。N910市民劇公演2026「靴」「空駆ける機関車」~マイム&ストレートプレイオムニバス作品~上記の記事を見て、任さんが今も頑張っていることを知り嬉しくなってすぐにチケットを買った。任さんと出会ったのもまだ仕事をしている頃だと思うので、もう30年以上も前。東京でも演劇活動をしていたとのことで、当地に来てまもなく市民活動としての演劇を始めたのだと思う。最初に出会ったのは何がきっかけだったのか忘れたが、私の父が関わっていた「恵庭百年100話」に出会い、感動したという話を聞いた。任さんによれば、その中には芝居のネタになるものが満載なのだという。以来、何度かかれの脚本・演出による演劇を見たのだが、ここしばらくはご無沙汰していたので、任さんはお元気なのかなと思っていた。「靴」も「空駆ける機関車」も面白かった。開演前に任さんの姿を見かけたがお元気そうで嬉しかったし、お芝居には旧知の人も参加していた。しかし、深い付き合いの人ではなかったので、声をかけずに帰ってきたのだが、任さんが当市に来てくれたおかげで、このような演劇活動が今も続いていることがありがたい。若い人も出演していたので、まだまだ頑張ってほしいと願っている。
2026年05月23日
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数日前に、夫がネットで友人がやっているお店のランチの紹介記事を見つけた。何と、ワンコインでの天丼ランチだそうだ。Sさんとは、まだ二十代後半に仕事で出会ったので、もう半世紀も前だ。彼女は保育士、私は障害乳幼児の療育指導員だった。Sさんの方が少し年上で、子ども全般に対する認識や見方について学んだことはとても多い。何よりも、保育技術の多彩さや子どもの育ちに対する力に目を見張ることが多かった。彼女と仕事をする中で、どんな思い障害があったとしても、子どもが成長する過程は同じで、必要な関わり方も同じだということを学んだ。違うのは、その子の障害によって特に配慮が必要だったり、丁寧に根気強く続けたりなど、その子の様子を注意深く見ながら探らなくてはならないということだったと思う。ということで、私のSさんへの尊敬や感謝などはその後も続いている。そんな彼女が飲食店を開いたのは定年退職してから。その頃は私は子育て支援関係のボランティア活動をしていたので、彼女にも活動に参加してもらい、新たな交流が始まった。それからだってすでに15年以上は経ったと思う。開店してからは、何度かグループの懇親会などにも利用させてもらったけれど、最近はご無沙汰していたので、共通の友人を誘って行ってみたのだ。Sさんだってもう70代後半、誰かに手伝ってもらってやっているのかなと思ったが、一人で切り盛りしていた。ネット記事のせいなのか、お店には次々と来客があるのだが、彼女一人ではなかなか手が回らない様子。何と言ってもみんなのお目当てはワンコインランチなので、なかなか大変そうだ。手伝おうかと言っては見たが、狭い厨房では簡単に手伝えそうもない。ともあれ、天丼は揚げたての何種類もの天婦羅が乗っていて、これでワンコインでは全然もうからないだろうと心配になる。とても話しかけられる状況ではなかったので声をかけるだけで終わってしまったが、そのうちに落ち着いた頃に行って昔話やその後のあれこれをおしゃべりに行きたいと思う。それにしても、今もこのように前向きに仕事をしている姿に、本当に励まされた。
2026年05月22日
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昨日は、安岡先生の講座二回目2.日本人のこころの歴史的変遷 (2)飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・江戸時代日本が統一国家を形成し、そのうえでさまざまな文化を生みだしました。鎌倉時代は宗教を、室町は文化を江戸は商業経済を発展させたことで、日本人のこころに大きな影響を与えました。素朴な古神道の時代から、飛鳥・奈良時代になり仏教が日本に入ってきたのだが、それが日本人の精神にどのような影響を及ぼしていったのかが、今回のテーマ。今回のお話で初めて知ったのが、聖徳太子の実在に対して疑問を呈している学説があるということ。それは全く知らなかったので、複数の歴史学者の主張をお聞きして、複雑な気持ちになる。まだまだ日本の歴史については、わからないことが沢山あるようだ。しかし、江戸時代のように身分制度が固定して多少窮屈な部分はあっても、平和な時代が続いていたら多彩な人物や文化が花開き、それが現在の日本らしさに続いているとしたら、やはり平和は人間にとってとても大切なものなのだ。もう一つ、まだ未知の部分があるにせよ、日本人のほとんどは争いを好まず、本音と建前、権力と権威の二重構造のなかでなかなかうまく生き延びてきた国民性だと思う。また、江戸時代から庶民の識字率が高かったことも、独裁者になびかないしたたかさを育んだのではないか。さらに、歴史を少し知っていたら、独裁者の行く末には共通性があるのもわかる。それを知っている独裁者は、自分の命の延命のために手段を選ばなくなる。今の時代は、その巻き添えになるのが一番怖いことだ。そんなことを考えた講座だった。
2026年05月21日
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メモとして残しておこう。しばらくお会いしていなかった知人夫婦と、共通の友人と近くのガスとで会う。Tさん夫婦とは、不登校やひきこもりの親の会の世話人をしていた頃に出会った。もう、少なくても25年も前のことである。それから、本当に色々なことがあり、奥さんのSさんは心の病や体の病が次々とやってきて、心から安心した月日はないような気がするくらいだ。それでも、この数か月は心身ともに落ち着いているようで、このまま穏やかに過ごしてほしいと願うばかりだ。ラインなどではやりとりしているが、やはり顔を見て笑顔に触れると安心する。
2026年05月14日
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札幌学院大学では、毎年社会人向けのコミュニティカレッジを開講している。私も何度か興味のある講座を受講しているが、今年は数年ぶり。(新)やさしい人間理解学講座<講師>元・札幌学院大学大学院臨床心理学研究科教授 安岡 譽(やすおか ほまれ)<講座概要>人間理解学とは、人間の精神(こころ)と身体(からだ)について、深く研究する学問です。本講座では、「日本人のこころ」に焦点をあて、その歴史的変遷から私たちは何を学ぶべきかについて考えてまいります。今回は、ひとつの「日本人論」であります。安岡先生の講座は過去に何度も受講していて、とても興味深い内容なので今年も迷わず受講することにした。昨年も開講されていたと思うが、以前に受講した時と同じような内容に感じたのでパスしたと思う。前に受講したのはいつだったかなとブログを調べたら、もう随分前のことだった2019年06月14日 札幌学院大学コミュニティカレッジ「愛国心と道徳教育を考える」そんなに受講していなかったとはちょっと驚き。さて、四回講座の一回目の昨日は、1.日本人のこころの歴史的変遷 (1)日本人の起源と古代人の心日本列島に人類が渡ってきたのは4~3万年前のことです。その後、さまざまな人たちが原日本人を形成しました。そうした古代の日本人のこころについて述べます。先生は毎回、とても丁寧で詳細なレジメや資料を用意してくださる。だから、さほどメモを取る必要もなく、先生の穏やかで優しい表情や口調に耳を傾けることができる。もう何年も経っているのだが、先生は全くお変わりなくお元気のようで嬉しくなる。私より6歳年上のようだから、もう80歳を超えている!今回の講義は、先生が以前にもお話になっていた日本人の精神の根っこにある古神道のことや、最近の科学技術の進歩によるDNA解析でわかってきたことなどを踏まえた、日本人の成り立ちなどのお話が中心で、私にとっては復習のようなものであった。縄文時代の研究は実は戦後から始まったとかで、そこから今わかっていることは、縄文時代の一万年は争いがなく権力構造もなかったようだということは、日本人が基本的には平和主義者であろうという希望を持てる話のような気もする。権力の集中は無くて、それぞれの分野でのリーダーはいたはずで、動物の狩りの時にはそのリーダー、魚とりにはそのリーダー、森の恵みの採集にはそのリーダーと場面によってリーダーが音頭を取るという、緩やかなネットワークによる協力関係で暮らしていたのだろう。まさに、私が理想とする社会ではないか! なんてことを思いながらお話を聞いていた。次回もとても楽しみである。【参考】心理学と宗教(上)安岡譽さん(精神分析医)あとで読もう
2026年05月14日
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今年も、ささやかに家庭菜園の真似事とガーデニングを始めた。じゃがいもは一週間ほど前に植えていたが、苗は二日前に地元の花卉農家から購入しておいた。今日は天気も良いので、ヤーコン、ミニトマト、キュウリの苗を植える。庭は、現在はレンギョウ、水仙が終わりかけて、ムスカリやチューリップ、芝桜などが花盛り。花は、マリーゴールド、ペチュニア、パンジーやビオラを買って、以前から使っているプランターや鉢などに植え付け、残ったものは庭の空いている場所に植えた。これだけなのだけど、結構な時間がかかってしまった。やはり、花は気持ちを明るくしてくれる。以前、少し大きめの花壇を道路脇に作っていた頃は、花の手入れをしていると通りがかりの人が声をかけてくれたりした。亡くなった母は野菜作りと花壇づくりが生きがいのような人だった。そんな母に手伝うように言われて少しうんざりしていたこともあり、自分は土いじりは好きではないと思い込んでいたのだが、やはり春になると何か植えて楽しみたくなる。雑草が悩みの種ではあるが、最近は夫も草むしりをしていることがある。年を重ねると、自然と触れ合いたくなるものかもしれない。【追記】今のスマホはとても便利で、花の写真を撮ったら名前などを調べてくれる。ムラサキナズナイベリス
2026年05月12日
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5月7日(木) 恩師の彫刻展実行委員打ち合わせ 中学時代の担任が彫刻家で、沢山の彫刻を昨年当市に寄贈してくださった。 そのお披露目を兼ねた彫刻展を昨年に引き続き開催するので 教え子たちを中心にした実行委員の打ち合わせ。 ということで、5月末から6月半ばにかけて少し忙しくなるかな。5月8日(金) 知人に誘われ支笏湖方面から長沼にかけてドライブ せっかくのドライブなのに湿った天気。 それでも、彼女はドライブが好きで私を誘うのだからご同行。 安平町のレストラン宮本でランチ。 その後、2か所の道の駅に寄り、野菜などを購入して帰宅。 N道の駅では、お米が相変わらず高いのにビックリ。米どころの道の駅なのに5月9日~10日 孫とひ孫がお泊り 急に函館からひ孫を連れて孫が来ることになり、大慌てでお掃除。 何か食べたいものがあるかと聞いたら、「お稲荷さん…かな」。 そうか、孫にとっておばあちゃんの味の一つはお稲荷さんか。 とはいえ私の作るものは、近くのスーパーで買った味付けの揚げを買って作るもの。 まあ、孫たちが小さい頃は、お出かけや運動会等々ではいつも作っていたのでね。 もう一つ、小さい頃から好きだったのがポテトサラダ。 もうすぐ1歳になるひ孫のKちゃんは、ハイハイや伝い歩きで目を離せない。 3月にも会っているのだが、赤ちゃんの成長は本当に早い。 次の日は、前日に次男が持ってきてくれたタラの芽が沢山あるので、 ありあわせの野菜と一緒に天婦羅と夫の手打ちそば。 前日行った道の駅のタラの芽はビックリするほど高価で、 これを買う人いるのかなと思ったものだが、それを思うと高価な天ぷら蕎麦だ。 ということで、ひ孫と付き合いながらの2日間は、 楽しく幸せではあるが疲れました。
2026年05月11日
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「朝鮮漂流」 町田康朝鮮国に漂着した薩摩藩士のサバイバル×異文化交流を描破する巨編誕生!私たちはとんでもないところまできてしまったのではないか……。文政二年、薩摩藩士らを乗せた船は暴風雨に襲われ、漂着したのは朝鮮国だった。使者とのやりとりは漢文での筆談のみ。官僚との交渉は遅々として進まない。それでも「言葉は通じない。だが真心は通じる」のも真実だった。望郷の念がかなうのはいつの日なのか?リンクしているぼちぼちさんのブログで知った本。私は実話ものやノンフィクションが好きなので、この作品もそれに類するものと思って図書館で借りた。何となく予備知識があって読み始めたので予想に近い展開ではあったのだが、同じ漢字を使っている国とは言え、言葉も単語も違うことが多く、当然価値観や習慣、お互いの国に対する認識も随分違う。漂流難民に対しては助けなくちゃいけないのは前提だろうが、現代の難民に対しても様々な疑心案儀があるのだから、ましてや江戸時代のことなのでお互いの探り合いが続く様子は息苦しくなるばかり。これを漢文でやりとりして意思疎通を図ろうとしていた人達の苦労はいかばかりたっただろう。それでも、そこは人間同士、人によって好奇心優先、思いやり優先、敵愾心優位の人達が入れ代わり立ち代わりやってきて、何度も何度も同じ話を冷静に繰り返さなくてはならない。実は、読んでいる私もだんだんイライラしてきて、遅々として進まない展開にとうとう飛ばし読みになってしまった。(返却期限が迫ったこともある)それにしても、薩摩藩士の安田義方の一次資料を読み込みこの作品にした町田さんもすごいの一言。脱帽の一冊だった。町田康さん「朝鮮漂流」 行き違うもどかしさ、江戸の異文化交流
2026年05月09日
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今年も北海道文化塾に申し込んだ。昨日はその第一回目で講師はヤマザキマリさん。彼女のお母さんが札幌交響楽団がスタートした時に、ヴィオラ奏者として来道したため、彼女は北海道で生まれて少女時代を育っている。その縁なのだろうが、北海道のテレビ番組でも見る人なので、彼女の経歴はそれなのに知っていた。「テルマエロマエ」とヤマザキマリのどちらを先に知ったのか、今は定かではない。ひょっとしたら、映画化されて知ったのかもしれないが、あれは傑作だと思う。今回のお話は、札幌で結婚した夫を早く亡くし、札響でヴィオラを弾きながら一人で子ども二人を育てたお母さまの話がとてもユニークでたくましく、この母にしてこの子ありだなと思った。千歳での幼少期から高校生の時に単身イタリアに渡ってからの今日までの生き方のお話は、本当に波乱万丈で面白かった。彼女はお母さまのことを書いた「ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ」は近いうちに読んでみたいと思う。
2026年05月07日
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<社説>きょう憲法記念日 平和主義世界に訴える時だ 北海道新聞公布80年の憲法論議 主権者として向き合おう 毎日新聞憲法記念日 世界の激動踏まえ議論深めよ読売新聞[社説]憲法記念日に 改憲前のめりを危ぶむ 沖縄タイムス〈社説〉憲法記念日に 平和主義を拠り所として 信濃毎日(社説)戦後80年と憲法 この規範を改めて選び取る 朝日このような読み比べをするためには、ネットは本当に便利!昨日の報道特集の古賀さんの言葉にはとても共感した。このような考え方をする政治家がいなくなってきたのは怖い。「憲法9条守るべき」自民党・古賀誠元幹事長(85)が語る9条の改正と“強い国”の姿【報道特集】
2026年05月03日
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「哲学の女王たち――もうひとつの思想史入門」レベッカ・バクストン、リサ・ホワイティング 編/向井和美 訳/晶文社プラトン、アリストテレス、孔子、デカルト、ルソー、カント、サルトル……では、女性哲学者の名前を言えますか?明晰な思考、大胆な発想、透徹したまなざしで思想の世界に生きた、20の知られざる哲学の女王たち(フィロソファー・クイーンズ)。知の歴史をひっくり返す、新しい見取り図。男性の名前ばかりがずらりと並ぶ、古今東西の哲学の歴史。しかしその陰には、知的活動に一生をかけた数多くの有能な女性哲学者たちがいた。ハンナ・アーレントやボーヴォワールから、中国初の女性歴史家やイスラム法学者まで。知の歴史に大きなインパクトを与えながらも、見落とされてきた20名の思想家たち。もう知らないとは言わせない、新しい哲学史へのはじめの一書。「……人々は相変わらずこう思っている。プラトンの時代から思想の分野を担ってきたのはほとんどが男性だろうと。まるで、女性も偉大な哲学者になれるというプラトンの予言を、これまでだれも実現してこなかったかのように。」(本書「はじめに」より)【目次】◆ディオティマ Diotima(紀元前400年ごろ)◆班昭 Ban Zhao(西暦45~120年)◆ヒュパティア Hypatia(西暦350年ごろ~415年)◆ララ Lalla(1320~1392年)◆メアリー・アステル Mary Astell(1666~1731年)◆メアリ・ウルストンクラフト Mary Wollstonecraft(1759~1797年)◆ハリエット・テイラー・ミル Harriet Taylor Mill(1807~1858年)◆ジョージ・エリオット(メアリー・アン・エヴァンズ) George Eliot (Mary Anne Evans)(1819~1880年)◆エーディト・シュタイン Edith Stein(1891年~1942年)◆ハンナ・アーレント Hannah Arendt(1906~1975年)◆シモーヌ・ド・ボーヴォワール Simone de Beauvoir(1908~1986年)◆アイリス・マードック Iris Murdoch(1919~1999年)◆メアリー・ミッジリー Mary Midgley(1919~2018年)◆エリザベス・アンスコム Elizabeth Anscombe(1919~2001年)◆メアリー・ウォーノック Mary Warnock(1924~2019年)◆ソフィー・ボセデ・オルウォレ Sophie Bosede Oluwole(1935~2018年)◆アンジェラ・デイヴィス Angela Davis(1944年~)◆アイリス・マリオン・ヤング Iris Marion Young(1949~2006年)◆アニタ・L・アレン Anita L. Allen(1953年~)◆アジザ・イ・アル=ヒブリ Azizah Y. al-Hibri(1943年~)友人が読んで薦めてくれた本。私は43歳の時に通信教育で大学の勉強を始めた時、実は哲学を学びたいと思っていた。しかし、勉強が進むにつれて哲学というよりは社会学に興味を持つようになり、結局はそちらの方向で卒論を書いた。何人かの哲学者の思想について少しずつスクーリングで講義を聞いたり、本を読んだりもしたのだが、ほとんどが男性哲学者であり、私の心に響くものがあまりなかった。哲学の分野は男性が中心なのだなと感じたし、それも理論を突き詰めてゆくような感じで、あまり実生活に当てはめて考えられるものではないようにも感じることが多かった。私自身の知識や理解力・読解力が育っていなかったことが大きかったのだと思うが、何となく哲学は何かの現象などを理論的に筋道をたてる学問のように思ったはずだ。さて、そんな私がこの本を読んでまず思ったのは、女性にも哲学者と言われる人がこれほどいたのかという驚きだ。そして、それぞれの経歴や業績を知るにつれ、女性がこのような仕事をすることの困難さを思い、それでもなお自分の求める哲学を追求した人たちへの心からの尊敬が沸き上がる。女性はどの国であっても男性優位の社会で生きてきた。能力が高ければ高いほど、世の中の理不尽さや女性であるが故の不自由さを感じざるを得ない。どうしてこのような社会なのだと疑問を持たずにもいられない。そして、それを何とか解消する道はないのかと考え続けることになる。それが女性の哲学だと思う。どの人も、自分の取り巻く社会や女性たち、そして次の世代の人たちにとって役に立つ思想を求め続けている。心から凄いなあと思うばかりだ。強靭な精神力と体力のある人だけが、女性の哲学者となれるのだろう。それは、きっと現代においてもそうなのだろうと思う。この一人にでも会うことができて、直接話を聞いてみたいなと思うくらいだ。この本では、彼女たちの思想や業績の紹介程度なので、著作も読んでみたいと思う。
2026年05月02日
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鎌倉への旅や帰宅後の諸々で、この間に起きていた事件やニュースについて書いていなかったのでメモしておこう。まずは、(前略)養父の逮捕に衝撃が広がった京都府南丹市の男児遺棄事件/大阪・関西万博の開幕から1年/令和の「働き方」に迫る新企画スタート…4月のニュース振り返り 読売 5/1(金) 京都府南丹市立園部小の安達 結希ゆき 君(11)が行方不明になったのは3月23日だった。府警は、当日正午ごろに父親から110番通報を受け、25日に顔写真を公開した。その後、通学かばんや履いていたとみられる靴が山中で別々に見つかり、不明から3週間後の4月13日、同市内の山林で子どもとみられる遺体が発見された。14日に府警は、遺体の身元を結希君と特定。16日には、死体遺棄容疑で養父を逮捕した。養父は逮捕前の任意聴取に殺害を認める供述をしたという。(後略)この事件は、鎌倉に行く前に発生したので、ずっと気にしていたニュースだった。多くの人がそうだったと思うが、私も事件発生当時から義父が関わっているだろうと感じていたし、ひょっとしたら母親も何らかの関与をしているのではないかと想像していた。しかし、今までの発表では母親は関与していなかったらしい。どんなことがあったにせよ、亡くなった少年のことを思うと胸が痛む。旭山動物園で妻のものとみられるスマホ見つかる 鈴木達也容疑者(33)の供述に基づいて捜索 遺体損壊事件 2026年5月2日(土) 北海道放送 旭川市旭山動物園の職員・鈴木達也容疑者(33)は、3月31日ごろ、園内の焼却炉で妻の由衣さんの遺体を燃やして損壊した疑いで、おととい逮捕されました。 由衣さんは前の日に目撃されたのを最後に行方不明となっていて、捜査本部が容疑者の供述に基づいて園内を捜索したところ、由衣さんのものとみられるスマートフォンが見つかったということです。 また、捜査関係者によりますと、鈴木容疑者が31日午後9時ごろ、車で動物園を訪れ、大きな荷物をおろす様子が園内の防犯カメラに写っていたことも新たに分かりました。 捜査本部は鈴木容疑者が由衣さんの遺体を運び込んだとみて、慎重に裏付けを進めています。これも衝撃的なニュースだった。飼育員として一所懸命に働いていた人だということで、本当に何があったのか。動物用の焼却炉で遺体を焼いたと聞いた時、私は京都南丹市の事件を思い出した。あの時、遺体が発見する前に鳥獣用の焼却炉で遺体を処理したのではないかという憶測が出回った。今回の事件は、そのニュースに動物園内の焼却炉のことを思いついたのではないだろうか。動物を愛して仕事をしていた人が、すぐに人間を処理する場所と思いつかないのではないかと思ったからだ。それは私の勝手な想像だが、人間というものは心の中には常に善悪美醜が混在している。ほとんどの人は、嫌なことや悔しいこと、恨みや妬みを抱えながら生きる。それを上手に発散したり気持ちを切り変えることができる人はいいが、それが苦手な人は自分の内部に抑え込み続けることがある。それがどすぐろい塊となり、いつしか心の地雷となり、何かのきっかけで暴発する。私は、多くの事件がそれに類するものではないかと考えるようになった。上記の二つの事件も、そんなものなのではないだろうか。そして、次の事件も同様の構図に感じている。≪福生マッチョハンマー男・逮捕≫「騒音がうるさいと」とバイク少年を襲った無職男は庭に自力で“離れ”をつくった“子ども部屋おじさん”母は「優しくて頭がいい」と庇うが…5/1(金) 集英社4月29日早朝、東京都福生市の住宅街で起きた殺人未遂事件。高林輝行容疑者(44)は、逃走を続け、5月1日、千葉県習志野市内で逮捕された。高林容疑者は、路上にいた男女7人のグループにハンマーを持って襲いかかり、駆けつけた警察官に農薬とみられるスプレーを噴霧して、計5人に重軽傷を負わせたとされている。高林容疑者が生活していた「離れ」のなか…5月1日午後2時17分、千葉県習志野市の潜伏先アパートの一室で高林容疑者は逮捕された。盗難車を使い、埼玉、東京、千葉県内などで逃走を続けていた高林容疑者は「殺すつもりはなかった」と容疑を否認しているという。逮捕3時間前、取材班は母親のもとを訪れていた。母親は逃走を続ける息子の“自首”を願いながら「優しい子なんですけどね…」と肩を落としていた。「学歴でいえば中卒ですが、賢い子なんです。中学時代は喧嘩ばかりで、せっかく合格した高校からも、入学前にトラブルを起こして『入学を許可しない』と通告されてしまって。後に勉強して大検(現・高卒認定)には合格しましたが、結局、大学へは行きませんでした」父はプロ囲碁棋士で、「頭の回転も速かった」と母親は話すが、どんな仕事も続かなかった。「土木の仕事をしても、先輩に流れを教わった翌日には『先輩、これはこうした方がいいですよ』と口を滑らせてしまう。生意気だと目をつけられるのに、性懲りもなく口答えするから仕事が長続きせず……。でも、頭の中は緻密なんです。何でも自作してしまう人でしたから」一家が現在の家に引っ越してきたのは10年前。高林容疑者は約8年前、自宅の庭に自らの手で「離れ」を建て、そこを拠点に生活していた。(後略)頭も良くなんでも自分で作ってしまうような能力を持っているが、周囲の空気を読めずに人とトラブルになる。最近よく聞かれる「発達障害的な気質」を持っていたのだろうと想像する。幼少期から現在まで、本人にしたら理不尽なことが繰り返され、自分の努力ではどうしようもないトラブルが続き、心の中には重く暗いものが積み重なってきて、今回の事件に至ったのではないか。人に迷惑をかけないようにと頑張って来たのに自分はうまくいかずに苦しんでいるのに、人に迷惑を平気でかけるような若者たちに怒りが爆発したのだろう。これもやりきれない事件だ。それにしても、このような時にどうして一番不安で心配している母親にインタビューなんかできるのか。このようなメディアや、それを期待する社会に対して、私は怒りを覚える。
2026年05月02日
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