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5月22日、溝口あゆかさんの公開カウンセリングセミナーに参加するため、東京に出かけました。4月の頃から、私の周りには咳の風邪が流行っていて、平成20年に心因性の喘息を患った経験のある私は、この風邪を貰ったらやばいな、という予感がしていました。一人のスタッフがかかり、そこから2週間ほどしてもう一人のスタッフがかかり、いやだな、いやだな、と気をつけて、時々イソ○ンうがいをしていたのに~、5月22日の東京行きの日に37.2度。なんてタイミングなんだろう、行くなっていうこと?と戸惑いながらも、微熱だ、微熱…と思い、予定通り新幹線に乗りました。本当は、この日、一日の予定で参加を予約したのですが、午後から同じく東京で、仕事に必要な研修が入り、泣く泣くあゆかさんのセミナーは半日で切り上げることになったのでした。でも、その分、旅費は助かりましたけど。セミナーを受ける中でどんどん熱が上がってくるのがわかりました。午後からの研修の席でも。もちろん、体温計など携帯していませんので、実際何度まで記録したかはわかりませんでしたが、体感では39度近くまでいったのではないかなという感覚で。不思議なことに、熱でボーっとしているように思えても、頭は妙に冴え、せっかく体調を押してきたのだから、一言一句聞き漏らすものかという、底力が湧いてくるようで、午前のセミナーも、午後の研修も、ノートにサクサク要点を書き記すことができ、「すごい自分」を体感していました。あゆかさんのセミナーは渋谷、午後の研修は、九段下。地下鉄一本、数駅でたどり着ける距離にあったことも幸いしました。とはいえ、九段下から会場までは10分程度歩かなければならず、昼食時間を削り、カロリーメイトを食べ歩きながら(まぁ、はしたない!)、午後の研修には15分遅れでたどり着きました。最初には偉い方の挨拶やらがありますので、15分の遅れでも問題なし、という感じでした。帰りはどこにも寄らずに、職場と自宅の子どもたちと食べる最低限のお土産を東京駅の構内で買い、そのときにはもう、行き倒れになるかもと思うぐらい体調も悪く、乗れる新幹線に飛び乗って、途中2回ほどどこかの駅に止まったときに目が覚めましたが、それ以外は眠りコケテ帰宅しました。翌日の日曜日は寝て過ごし、熱は引きました。4月の頭に軽い風邪を引いたときに、医者に行き、一般的な風邪薬と抗生剤を貰っていたので残薬があり、22日東京に発つ前から、それを毎食後飲んでいました。月曜日は普通に仕事をして、土曜日の研修の復命書もしっかり書き、火曜日も喉の痛みは続いていたし、薬が切れたのでその補充に近医にかかり、抗生剤を変えてもらって、徐々によくなるものだと思っていたら…火曜日の夜から、水曜日、少しずつ咳が出て、夜も眠れない状況となり、木曜日の午前中は、職場で電話対応をしていて、咳が出て止まらなくなり、とうとう2時間休みを貰い、ほぼ一年ぶりに以前喘息を治してもらった少し遠くの医者に駆け込みました。今飲んでいる薬を喘息の名医に見せ、今の症状を伝え、診察をしてもらったところ、「この薬では良くなりませんよ」と一言。その日の昼から薬を変え、午後からほぼピタリと咳が止まりました。二晩ぐらい、夜、よく眠れなかったのですが、その日の晩はぐっすり。その薬も今日の晩で切れるので、少し不安はあるのですが、その後は、喘息の予防薬である吸入を来週の木曜日まで続けることになっています。まったく、何をしているのだろうという一週間でありました。(苦笑)幸い、ご利用者のところへの訪問の仕事は、前の週までにほとんど終わらせていたので、咳をゴホゴホしながらお年寄りのところへ出向かなければならないということも避けられ、業務上の支障は出ませんでした。いつもぎりぎりまで仕事に取り掛からない私が、虫の知らせか、このところ、早め早めに取り掛かっていたのですね。そんな自分を不思議だとも思っていましたが…こういうことだったのですね。半日しか出られなかったけど、あゆかさんのセミナーは行ってよかったです。なぜ、私はこれを引き寄せたか、なぜ行きたかったのか、行ったのか、よくわかりました。「人間関係のコツ」として、あゆかさんが語られたとてもエネルギーの強い言葉を聴いたとき。体感しました。人間関係は良くしようとすると泥沼化する。相手が望んでいることを考えて、自分のあり方を決めるのではなく、自分がどうしたいか、そこにエネルギーを集中させることだ、と。相手と自分の間の境界線をしっかり引くこと。相手に望まれて、それをすることが、自分のしたいことならいいけれど、本当に自分がそれをしたいかどうか、それは誰ができることなのか、誰がしなければならないことなのか、本当に自分のしたいことなのか、自分中心に考えていいのだ、と言われて、とてもすっきり気持ちが整理できました。私たちは時に、特に仕事上など、やる人がいないからとか、仕方がないから自分がするしかないから、みたいな感じで物事を引き受けてしまうことがあるけれども、それは組織のマネジメントの問題でもあること、自分の問題ではなく、マネジメントの問題として、あるべきところへ問題を返すことも必要なのだということ。それは、本当に私のしなければならないことか、問い返すこと。日本社会の中にある、それらに従順に従うのがよいという考え方が無意識の中に根付いているということも、なるほどな、と思いました。親子でも夫婦でも、境界線は引いたほうが良いということも、目からうろこでした。会社に雇われている身だから、母親だから、妻だから…でも私はそれをしたいのか???その問い返しの中で、自分のとりたい行動が出てきて、それに対して、どういう行動をとるのかは、相手の問題。境界線を越えたところでの問題であると。その先まで私が背負い込んで、あれこれ考えているから、ぐるぐる思考になったりするんだなぁと、よく仕組みがわかりました。その人の感情はその人に責任がある。どうしている自分だったら、自分が好きでいられるか、自分にベクトルが向くと、エネルギーが湧いてくると言われ、本当にその通り。人のことを慮ってあれこれ考えているときは、エネルギーが分散している状態であるとも…確かに自分という車のハンドルをしっかり握るどころか、人の車のハンドル操作までしようとしていたかも、と思い当たりました。しっかり、しなくちゃ、とも思いました。昨年、秋ぐらいから、いろんな出来事があり、自分の進む道について迷えることもあり、いろんなことを考えて、立ち往生しながら、少しずつ前に進み、その時々でよりよい方向を嗅ぎ分けながら進んでいるような日々が続いてきました。その中で、人を変え、いつも何度となく、聴こえてきたのは、「あなたのしたいように進みなさい」という言葉。4月、その迷いの中で受けたリーディングの言葉の中でも、私の人生に与えられたミッションについて聴いたのですが、「人生の全体像をつかみ、すでに知っていることをさらに信じて成功すること」これが、私に与えられた使命。どんな環境においても、自分を信じ、信じることを貫くこと。人のために求められてそれを提供する人生ではなく、自分がやりたいことをする、それがミッションであり、自分が本当にやりたいことは何か、深いところで問い返してごらん、と言われていたのでした。そのときは、誰にでも当てはまりそうなリーディング結果だなぁと、あまり信じる気持ちになれなかったのですが、そういえば、問い返されているのは常に「自分」なんだなぁということに、またもや気づかされました。私は私のしたいようにする。それが今の私のテーマのようで、人生のテーマでもあるようです。ふふふ、みんな誰しもに言えることではないかとも思いつつ…人の自己決定を支援する仕事をしている身でありながら、自分自身のことは、からっきし決定しきれていなかった自分を感じ、自分に問い返すことで湧いてくるエネルギーを心地よく感じながら、人生半ば、ぼちぼちいこう、という今は明るくさっぱりした気持ちです。今日は、子どもたちと、チーズケーキを焼きました♪5月のさわやかな晴れ渡った日に。生きとし生けるすべてのものが幸せです♪ありがとうございます
2010.05.30
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ゴールデンウィークあたりから、ずっと、お片づけ月間みたいに、自宅や職場に溜め込んできた資料やら書籍、いらないものを捨て、必要なものは綺麗にファイリングして… せっせとそんな作業に勤しんでいました。もちろん、ゴールデンウィークには、こうしたお片付けだけでなく、家族と一緒に小さな山に登りに行ったり、餃子を作ったり、ラザニアを作ったり、失敗しちゃったけど笹団子を作ったりもしました(笑)なぜこんなに片付けたいのかよくわからないのだけれど、普段からここを片付けたい、と思っていたところを一つ一つ手がけています。職場の方はようやく、昨日でやりたいと思っていたところはすべて終わりました。お家のほうは、もうちょっとです。4月上旬、次期も推薦を戴く予定だった全国規模のとある団体の役員を急遽交代することになり、2期務めさせていただいたけれど、歴史はあるけれど一定の役割は終わりつつあるこの団体の役員を続けていくことは、名誉に思う半分、そろそろ不要になりつつある組織の存続に、惰性で加担をしているかのような気持ちになることもあって、しかし、来た話は断らない主義にしている私としては次期も推薦いただけそうなお話を詰めたとき、それもいいだろう、と思ったのでした。そうしたら、思いがけず、推薦を戴く組織の上層部から、違った意見が出て、私ではなく別の方にその依頼がいきました。こちらに内諾を出しておきながら、今さら何と、少し、むっとしたけれど、今が潮時、これはもしかして「天の声」?プライドとか感情を脇において、それもいいだろう、とさらりと手放すことにしました。そして、その1週間後、別の全国規模の団体から、ある委員会の委員に、とのお話をいただきました。何か手放せば何かが手に入る、ってこういうことだな、と、実は、昨年も体験したようなことが、またまた起こったのでした。しかも、実践現場から、国に政策提言をできる人材を求めて来たお話。今回は名誉だけではなく実態も伴う活動の場が与えられることになりました。私にその器があるかどうか、他の委員の皆様のお顔ぶれからは、正直、気おくれするところもあるのですが、出来ない仕事はそもそも天は与えないだろう、とか、できるようにやればいい、とか、気持ちを楽に臨みたいと思っています。その分、勉強をしなければならないことは山ほど出て来そうなので、ゴールデンウィークを格好の勉強期間にしたいと思ってはいたのですが、なぜか、勉学の方には気持ちが集中せず、お片づけ、お片づけ、無心にお片づけ、の日々でした。さて、環境はほぼ整いました。そろそろ、アップを開始しましょう、という今はそんな気持ち。昨日、次女が朝、起きてきて、面白いことを言いました。「夢の中でママが言っていたんだけど、ママが富士山に登りたいと言っていた。 そのほかにも、やりたいことがたくさんあるって楽しそうに言っていた夢を見た」と。娘には私の思いが通じているようです(笑)生きとし生けるすべてのものが幸せです♪ありがとうございます
2010.05.18
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