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てか、今日が始まりなのよね。研修での講義は、今日を含めて5回あるのでした。でも、受講生を換えて、同じ内容を5回なので、1回を終えて感触をつかめば、あとは大丈夫かな?と思うのです。案の定、今日は雪が降り積もり、大渋滞。普段は、20分ぐらいで車で着けるところを、1時間半前に家を出て、着いたのが15分前でした。間に合ってよかった~。ドキドキものでした。講義の途中から首筋がイヤに凝ってきて、おかしいな、とは思いましたが、午後、職場に着いて、ふらふらして、頭痛もあって、鎮痛剤を飲んで、なかなか効かなくて、それでも就業時刻まで何とか勤めて、家に帰り、熱を測ったら、37.4度でした。ふらふらしたわけだ…インフルエンザの予防接種をしたのに、うちの職場ではB型が流行りだした。うちの部署からも一人。ただいま出勤停止。この熱の上がり具合だと、私の場合は、単なる疲れかな、と思うのだけれど…今日は早く寝ます。おやすみなさい。
2005.01.31
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今日は、昨日とはうって変わった、雪空。寒い…朝起きたら、道路に雪がうっすらと積もっていた。明日までにまだやらなければならないことを少し残してはいるが、午前中、娘と二人、伸びた髪を切りに美容院へ。トリートメントの20%offチケットをもらっていたため、トリートメントも頼んで、ゆっくりリラックスタイムを過ごすことが出来た。あの美容院に行くと、私はいつも心地よく眠くなる。眠っては美容師さんに申し訳がないので、しょぼしょぼした目で眠気を押さえるのがたいへんだ。今日もそんなふうになった。嬉しいのは、「今日もお疲れですね」って言われないことだ。そう言われると、「私って疲れた顔してるのかな」って凹むから。今日も朝から、ジャンジャカ、ピアノを弾きどおしの娘にも気分転換になったかな。帰ってきてからも、やっぱり弾いていた。家族みんなの耳にあの曲はこびりついてしまった。けど、卒業式に弾かせてもらえるといいね、娘。美容院のとなりには、おしゃれな雑貨屋さんがある。いつも、美容院の帰りには、そこへ行って目の保養をしてくる。今日は、3歳の下の娘にちょうどいい、プラスチック製の黄色い踏み台を見つけて、買ってきた。399円也。デザインも色もポップでいい感じだ。パパと留守番をしていた下の娘に、お土産だよって渡したら、に~っとなんともいえない嬉しそうな笑顔を見せて、どこに行くにもそれを持って歩いている。プラスチック製で軽いし、両脇に指が入れられる穴が二つずつ開いていて、子どもにも持ちやすいのだろう。そんなに気に入るなんて、予想外のことで、子どもって面白い。お金じゃないんだね^^ほ、ほんとうは、トイレに常備しておくつもりだったのに…と、言いかけて止めた。ま、好きなように使ってもらおう。明日は多分、朝から雪だろう。渋滞に備えて、仕度を早くしなくちゃね。雪は、私の人生の転機に縁がある。大学4年の時、就職先を決める時に、初めてその山奥の役場に訪ねた時、帰りに雪に降られて、ノーマルタイヤで行ってしまった私は大きな坂の前で立ち往生したが、地元の方々のご配慮で、チェーンをつけてもらって帰ってきた。太平洋側の村だったのだけれど。その山奥の村で、初めて社会福祉協議会を立ち上げる仕事に、新卒の身で関わらせてもらい、私のキャリアのすべてはそこから始まっている。大学という場で初めて講義をさせてもらった日も雪に見舞われた。2回目も。そして明日も恐らく。今日、美容院で隣り合わせた年輩の女性が、とても明るい人で、美容師さんを相手に話していた。「昨日は、本当にこの季節には珍しく、青空の広がった一日でしたね。東京じゃ、それが当たり前かもしれないけれど、新潟は約半年、雲に覆われる。こんな毎日でも明るく生きてる私たちってすごくない?って友達と言ったのよ」って。確かに、新潟はうつ病の発症率が高い。これは曇天や雪空との関わりが大きいような気がする。実証されていないけれど、気分が滅入るのだ。うちの夫もこちらの育ちだから、この天候が嫌で東京へ逃げ出したんだと言ってはばからない。私はね、雪は嫌じゃないよ、私の人生の転機には、いつも雪があったからね。この季節、空色のセーターをよく着る私。強がっているかなぁ。
2005.01.30
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今日は、この季節には珍しく、すっきり晴れ渡った、青空が朝から夕方まで続いた日だった。気温も16時で11度と、あたたかな一日だった。まだ3合目までしか登っていない、31日用の原稿を今日明日で仕上げるべく、今日は気合を入れて、5時に起きようと目覚し時計をセット。目覚し時計は働いてくれたが、私は止めて惰眠。6時少し前に、はっっっと気づき、かろうじてまだ朝日が昇っていない!グラビトン運動開始。200回。それから、講義原稿の山を登り始める。今日は休日。お寝坊家族は、9時頃まで起きてこなかったので、集中できて3時間。ずいぶん片付いた。朝食前のエネルギー切れで、気分が悪くなり、そこでやめて、今7合目付近。朝食後、石たちの日光浴! 実に気持ちのいい日。娘は卒業式でお別れの歌を6年生全員で合唱するのだが、その伴奏のピアノを弾きたいといって、水曜日あたりから、連日連夜猛練習している。一応、オーディションのようなものがあるらしいのだ。我が家にピアノの先生が来るのが月曜日なので、最後の練習を先生に聴いてもらうんだと、学校の先生に自分で交渉して、オーディションの日を火曜日にずらしてもらったらしい。やるなぁ、娘。今日も、よく続くなぁと思うぐらい、外出も控えて朝から弾き続けていた。私は、午後1時過ぎに、仕事関係の講演会があり、外出をしたので、午後の様子はよくわからないが、夫の話では、根気よく練習を続けていたらしい。五年生の時も、また六年生になってからでも、音楽発表会のようなものが学校である際には、代表して毎回ではないが時々弾かせてもらっていた娘。今回はライバルは4人と言っていた。結構、これまでおいしい役回りで弾かせてもらっているので、今回は他の子を先生は選定するのではないかと親としては予想しているが、娘はどうしても弾きたいらしい。小学校最後の思い出として。この子の根気強さ、ひたむきさ、親として小さい頃から見ていて、舌を巻くところがある…山羊座だからだろうか。私のような怠け者の親から生まれてきて、親に口うるさく言われたことがあまりない娘(自慢ではなくて本当に)。どうか、神様、仏様、ここはひとつ娘の願いが叶いますように。午後の講演会は、久しぶりに懐かしい縁ある先生の講演で、感慨ひとしおだった。新潟を離れた先生ではあるが、ご自宅が新潟にあり、単身赴任をされているので、呼ばれればこうして講演をして下さる。出身大学の大先輩。私が新潟に来る時には、こちらの大学で教鞭をとっていて、大学時代の恩師から頼んでくださって、この先生に新潟の同窓生を紹介してもらったり、就職活動前に新潟を案内してくださった先生だった。この先生は、今、出身大学へ戻られて教授をなされている。先生も頑張っておられるんだな、と講演を聴きながら、嬉しかった。この講演会、質疑応答の時間帯が用意されていて、質問や意見が出ないようなら、あてるから協力してほしいとの話が前もってあった。私だけでなく、何人かの人に声をかけていたようだったので、気軽な気持ちで、「わかりましたー。感想でも何でも適当に言えばいいんですよねぇ」なんて返答をしておいたら、なんと、もうこれでお開きかな、と思う一番最後に、名前を呼ばれてマイクが来てしまった。なんてこった! 慌ててしまったが、最初に先生の講演の労に感謝の気持ちを述べているうちに落ち着いてきて、あとは日頃仕事を通して考えていること、これからの仕事上の課題など、先生の話の感想も交えて、なんとかその場を切り抜けることができた。私の発言の機会というより、今から思えば、先生の講演に対する感謝の気持ちを述べる機会を与えてもらってよかったなと、かつてお世話になった方だけにありがたく思う。帰りながら、先生にお礼のはがきを出そうと、桜のプリントされたはがきを購入した。はがきを書いたら、あともう少し、原稿書き。今日もいい一日でした。まず、31日を無事、乗り切れますように、明日は最善の準備が整いますように、頑張ります。
2005.01.29
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今日は、朝一番で、イングリッシュフロラさんと、セドナ産ホワイトセージが届いた!やるべき仕事があるときは、私はまず掃除から始める。仕事部屋の掃除をバタバタと始め、掃除を終えて、仕事に入る前に、仕事部屋でセドナ産ホワイトセージを炊いてみた。ん~、すっとする感じよくわかった。クラスターや嵯峨さん、毎日つけているラピスミニブレスの浄化とこれから活躍してもらおうという下心から、アマゾナイトミニブレスの浄化、最後にこのお部屋と私自身の浄化を行った。それから、仕事に入り、午前の部、無事終了。午前中は、こちらも締め切りが迫っている、大学へ出す、一年間の講義計画書(シラバス)の作成。なんとか、作り終えた。よかった、よかった。でも、作りながら、気づいてしまった当たり前のこと。これらを教えるということは、これらを一から学びなおすということかと、ふぅ~。この一年、学びながら教える。教えながら学ぶ。教えることと学ぶことは対だ、とは言われるが、なんだかそのたいへんさが身に沁みる…でも、いまの私には必要なこと。いい機会。この機会を与えてくれた人に感謝をしながら、やれるように頑張る。これから、午後の部に向かう。昨日の日記に書いた、県の講義の原稿。こちらも、いまの業務、on time の仕事を見直す、絶好の機会。立ち止まって考える、そういう営みの中から明日の進むべき方向性が見えてくる。いい機会を本当にありがとうございます。31日まであと3.5日。大きな山をこれから登り始める心境。休み休み行こうね。
2005.01.27
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今月は年明けから緊張の連続で、一日一日を無駄に過ごすことなく、on timeの仕事を着々と片付けてきた。それもこれも、31日からとびとびに始まる、5回にわたって引き受けた、講義が始まるからだ。早くやるべきことを片付けて、それに専念する時間を創ろうと、やってきた結果だ。明日は、有給休暇をとり、その原稿作りに専念する。同じ講義×5回。県主催で、新しく同じ資格を今年取得した人たちを対象にして、実務研修をやるのだ。私はその一コマを今年担当させてもらう。この講義を聴いて、独り立ちする人もいる。また先輩のいる事業所で教えてもらいながら仕事を始める人もいる。素敵な出会いがあるといいな☆お尻に火がつかないとやれない性質で、でも帳尻を合わせるのは割合得意。ぎりぎりでその時間が創れてよかった。等身大で、気負わず、ベストを尽くす。テクニックよりポリシーを、小手先の技術より心を、控えめに伝えたい。
2005.01.26
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今日も穏やかに晴れた一日だった。15時過ぎから曇り始めたけれど。そういえば、ここ3日、連続してこんな天気だ。1月ということを忘れてしまうような、春のような温かみのある風。そんな風を感じる日が続いている。こういう自然の恵みは、ただただありがたい。2月という激寒期を迎えるまえの、束の間の休息。今日は、午後から会議。1ヶ月に一回召集される、部門長が集まる会議。常務理事はじめ、おえらい方々を前に、順繰りに先月の業務報告をする会議。質問や意見を言ってもよいが、他部門に関することは「あなたも他からは言われたくないでしょ。だから言わないで」って雰囲気があり、報告だけして、コメントするのはえらい方々だけ許されて、時間の無駄のような、何を目的にやっているのかわからない会議。報告だけでよければ、書面を提出すればそれでいいのではと思ってしまうが、誰もが思ってても言えないんだな、これが。私は割りと思ったら我慢せず、躊躇せずに発言する。人はこれを勇気と理解する人もいるし、無鉄砲な馬鹿、と理解する人もいるのではないかと思う。でも、正しいことは正しい、間違っていることはおかしい、といえないような組織は腐っていくと思うから、私は私であるかぎり、言い続けようと思っている。けど、そんな役回りも疲れることがあるのも事実。そして、私はここで、何をしているのだろう、といつも思う。組織の中でうまく生きることの出来る人と出来ない人。組織の中で生きることの、いい面といやな面。こういうことを考える時、きまって私は、大好きな茨木のり子さんの詩「倚りかからず」をふっと思い出す。 もはや できあいの思想には倚りかかりたくない もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない もはや できあいの学問には倚りかかりたくない もはや いかなる権威にも倚りかかりたくない ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい じぶんの耳目 じぶんの二本足のみで立っていて なに不自由のことやある 倚りかかるとすれば それは 椅子の背もたれだけこんなふうに、凛として生きてみたいなぁと思うのだ。それをするには、まだまだひ弱な私。つっぱることもそれはそれでたいへんだ。どうしたら、もっと楽に生きられるだろうか。
2005.01.25
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希望的観測なのか、何らかのデータに裏打ちされた確信のあることなのかは定かではないが、最近、「未来はきっとよくなる」というような言葉を目にすることがあった。何の根拠があって言うのだろうか?私にはわからない。何でも肯定的に見ることは、涙がでるほど優しく、そのものが持ついろんな力を引き出していくように思える。いいものも引き出すが、悪いものも引き出し、変容させる力が、肯定する中にはある、と思う。でも、それは人を見るときのことだと思う。「未来はきっとよくなる」と信じるのは勝手だが、主体がだれなのか、問いたくなる。無責任なことを言ってくれるな、とも思うのだ。「未来は(未来も)きっとよくする」主体は私達一人一人なのだ。その自覚を持とう。
2005.01.24
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今日は、穏やかに晴れた一日だった。15時過ぎから曇ってきたけれど、薄日のさすお天気。どこに出かけるでもなく、ゆっくりビデオを見て過ごす。でも、3歳の娘がいると、集中して見せてはもらえない。ふぅ~という感じ。遊んで欲しいのだ、とにかく。最近、字にやけに興味がある娘。詰め込み式のいわゆる英才教育というのには抵抗がある私たち夫婦は、こんなに早く字を教えるつもりはなかった。でも見るにつけ聞かれる、「あれはなんて字?」って。子どもが欲している時に教えてやろうというというのが私たちの考え方。「かるたってどうかなぁ」と長女が5歳の頃に購入したかるたを出してきた。ここからの展開が実に面白かった。字を教えようという私たちに、教わっていない字を当てようとする娘。絵を見て、その絵が言わんとすることを文章にして自分で語り、自分が作り出した文章の中で象徴的な音を発し、それをその字だと言う。例えば「うがいの、う」だが、かばさんがうがいをしている絵がついている。その絵を見て、「歯磨き、歯磨き、ばい菌やっつけろの、ば」とか、一つの絵を解説しながら、自分が思い描く音を発してみるのだ。絵を見ただけで、これだけのことが考えられるのかと、いやはや驚いた。最近の、特に平成の教育を受けてきた新人を教えるとき、戸惑うことが多い。彼らの受けてきた教育は、なんでも答えを先に教えてもらうと言うものだそうだ。やり方ももちろん教えるのだそうだが、答えを教えるのが早いらしい。確かに自分の頭で考えるというよりも、先に答えを求めてくる。この人たちに答えを言わないで考えさせるということは悶々とさせるだけでよくないというのだ。決して優秀ではないと言うことではなく、教えたことは忠実にやってのける、優秀な人材らしい。と、以上は企業の人材育成のプロの受け売り。私は、何でも聞いてくるその人たちに、たまには自分の頭で考えてご覧と言ってやりたいと常日頃思っているので、3歳の自分の娘が3歳ながらにこれだけのことが考えられるということに、実に感動した。そして、娘の口から出てくる文章、物語は実に面白かった。げらげら笑いながら、全部、娘の言う字は外れていたが、面白かった。いいぞ、いいぞ、すくすく伸びろ、わが娘。
2005.01.23
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今日、朝起きたら粉雪が舞い、降り積もっていた。気温が低いほど、雪の粒が小さく、粉雪になる。パウダースノウ。こんな雪の中、スキー場で滑走したら素敵だろうと思う。今日は、土曜日だったけれど、月末に近づくと私たちの仕事は忙しくなり、休日返上で仕事に出なければならなくなることもある。午前中、どうしても土曜日しか会えない相談者の方と、面談予定を入れていたため、半日出勤。職場に行ってみたら、例の一人を除いて全員出勤していた。うちの部署だけ、平日みたいに人が揃っているって、みんなで笑いあった。土曜日は完全に事務所を閉めて、相談対応しない事業所もあるが、私たちは相談者の意向に合わせて、土曜も日曜も祝日も、その日しか会えない方ならば、できるだけ自分の予定を空ける。当たり前に、そんな相談者の立場に立ってものを考えて行動できるスタッフがそろっているんだなぁと、改めて感謝する。板前さんが商売道具とする包丁を大切に大切にするように、私たち相談職の商売道具は心だから、心のメンテナンスは欠かせない。休めない時にはしょうがないけど、できるだけ、休めるようにして、お休みの日にはできるかぎり、心の洗濯、心のお手入れ、メンテナンスが必要だ。今週は、週明けから心のエネルギーをかなり割く出来事が連日で、消耗したので、ゆっくりしたい。そんな私を気遣うように、スタッフが優しくしてくれた。幸せだなと思う。コミュニケーションは、ストロークだ。キャッチボールのように、プラスで投げかければ、プラスで返って来るし、マイナスを投げかければ、マイナスが返って来る。「今日は素敵ですね」って声をかければ、「いやいや、あなたこそ素敵ですよ」って返したくなる。「あなたのここが駄目ですよ」と言われれば「そういうあなたはここが駄目ね」と言ってやりたくなる。プラスは与えれば与えるほど減っていくとある研究者の言葉を聞いたことがある。ストロークとして返してくれれば、おあいこで、減ることはないのだが、援助職の仕事は時に与える一方で、帰ってこないことも多い。プラスが底をつけば、プラスを与えることが仕事の援助職としてはいい仕事も出来ないし、バーンアウトを起こす危険にさらされやすいのだそうだ。だから、私生活でもプラスをできるだけたくさん貯めておくのだ。そうすることが、いい仕事、プラスの循環を生んでいくからだ。私もみんなもいい仕事をするために、せめて職場はプラスのストロークであふれさせたいものだ。今日、スタッフの優しい気遣いに私がだいぶ元気になったように、いい仕事の基地のような職場にしたい、と思った。午後からは、中学に上がる娘の制服の注文に、何軒かのお店を回った。品質もデザインも、我が家ではhiromichi nakanoに軍配が上がった。お値段もさすがに良かったけれど…3年間毎日着る服だから、心地よくて気に入ったものを着せてやろうと決めていた。嬉しそうな娘の顔。この制服を着る三年間で、どのようなことがあるのだろう。このまま、順調に順調に大人になってくれるといい。
2005.01.22
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昨日、私の部下に組織が解雇を前提とした、戒告処分を行うことを決定した。そして、実行を命ぜられたのが、私だった。私の職責での戒告通知の発令と文書回答の要求、そして最後通告をするということ。あーあ、来るところまで来てしまったって感じ。昨日、それをし終えて、すっきりとするどころか、もやもやのし通しだ。私の指導が悪かったんだ、私のせい?そんなことが頭の中をぐるぐる回るけれど、周りは、「仕方ない」「妥当」と言う。悪くないのに反省する上司と悪い部分を反省できない、自己を振り返れない部下。なんとかできないだろうか、といまだに思うが、本人が何とかしたいとは思っていない。悪いと思っていないのだから。私はつくづくお節介なやつだ。人は死ぬまで成長を続けるのだ、というのが私の人間観。それを仕事では追究しているのに、部下の成長に見切りをつける、つけなきゃいけないことがある。自分がばらばらになりそうだ。組織の理事であり、先輩ワーカーに、その自己矛盾を吐露し、意見を求めた。そして返ってきた答え。「彼がこの先成長しないとは言わないが、彼が成長するまで利用者を待たせる気か。50まで生きて染み付いた考え方はおいそれとは変わるとは思わない。彼が求めるように成長するには、余りにも時間がかかりすぎる。利用者は彼が成長するために存在するのではない。それは、本末転倒だ」と。誰のための仕事か、見失っていたんだな、私。ちょっと考えればわかる、当たり前のことなのに、人を一人、切るということの痛みの中で飛んでいた、最も大事なこと。大切なものを守るために、心を鬼にしなければならないこともある。それが管理者の仕事。痛みを伴う仕事。痛みとともに、一つステップを上がるんだ。
2005.01.21
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2回にわたって担当させてもらった、春から非常勤でお世話になる大学の特別講義の、聴講した学生達からの感想レポートが届いた。この講義は単位外のものであり、今の私と同じ国家資格を卒業時に受験する学生に向けて、大学側が用意したカリキュラム。受験対策担当の先生達が、毎年奔走して現場で働くこの資格を持った人間を一サンプルとして学生の前で語ってもらう、という趣旨で、学生達に受験への動機付けを行っていくというもの。今年は、私がそこへ招かれ、「わたしがなぜその資格を取得したのか」ということについて、自分の歴史を振り返りながら伝えた。この仕事がライフワークであると思っているだけに、これを語ることは自分のこれまでの生き方を語ることでもあった。ここ2年余り、私は仕事上ではなく、仕事場である組織の中で苦しみもがいていた。その心理状態から、大切な相談援助の場面でも気持ちが充分切り替えられなかったり、相談援助の場面以外でふっとしたことで涙があふれてきたり、魂の躍る本業を、こうした苦悩が侵食しそうになることもしばしばで苦しんでいた。そんな最中、一昨年のことになるが、この資格を持って働き続けている30代女性のライフヒストリーの研究をしている大学のある助教授の求めに応じて、研究サンプルとして自己の半生を語ったことがある。(当時はかろうじて30代だった)この助教授は、大学の後輩にあたり、東京から新潟へ転居してくることになったときに、新潟で初めて就くある施設の相談員としての仕事の手ほどきをしてくれた人だった。当時、この女性は、東京で同じ種類の施設の相談員をしており、とても丁寧に、そして惜しみなく貴重な資料を提供してくださり、新しい施設の立ち上げに、右も左もわからない私に、行き届いた指導をしてくれた。彼女はこのとき、バーンアウト寸前だったと一昨年会った時、語ってくれた。そしてその数ヵ月後、彼女は大学の教員へと転向した。偶然にもその彼女と7年後の再会となり、そのときの感謝の気持ちを表したくて、求めに応じて研究へのサンプル協力をした。奇遇にもこのたびは、こちらがバーンアウト寸前だったのだ。彼女のインタヴューを受ける中で、自分の職業人としての原点、学生時代のこと、最初の就職先、次の就職先、そこで出会った人たち、出会った仕事、自分自身を振り返る貴重な機会を頂いた。そしてまた、今回、大学という場で、自分の半生を振り返り、語ると言う場面が用意された。講義の構成を考える段階で、彼女にメールでインタヴューの記録を提供願った。すぐに彼女から返信があり、初回の講義は12月22日だったため、「学生達にはきっと素敵なクリスマスプレゼントになりますね」とこれまた素敵な言葉が記されていた。私が聴講生と同じ年頃に大学で見聞きし、触れた、今でも心の支えになっている茨木のり子さんの2つの詩や、某サイトで知り合ったある方から教えていただいた、WEBサイトほぼ日刊イトイ新聞の大人の小論文の「資格と世界観」を取り上げた文章など、現在の仕事の紹介、そして私が歩んできた道と並行して、大切だと思うことがらを織り交ぜながら等身大の話をさせてもらった。「学生達に素敵なクリスマスプレゼントを」などと言う気持ちは、毛頭なかった。精一杯だった。そして今日、たくさんのラブレターのような感想レポートが届いた。単位外の講義に大雪の朝、受講してくれた学生達。義務ではないレポートを97%が提出したということ。通じたんだな、届いたんだな、と思った。取りまとめてくださった先生の言葉が、また嬉しかった。「3人だけはただ講義の内容を羅列しただけのものでしたが、あとは講義の内容から、心動かされたこと、自分なりに考えたことをきちんと自分の言葉で書いています。見てやってください」と。たくさんのレポートを時間をかけて見せてもらっている最中、熱いものがこみ上げてきて、涙で何度か字がぼやけて読めなくなった。ここ数日、50代の部下に、いくら心から働きかけても通じない、届かない思いの中で、こちらにはこんなに発信したものが届いたんだ、そして自分のものにして考えている…バーンアウト時に縁のある今は助教授となっている彼女との再会したこと。届かない思いのなかで苦悩している最中に、別のところから、きちんと届いているよ、ありがとう、のメッセージが届いたこと。抜け出せないでいる苦悩の中で、自分のこれまでを振り返る機会が巡ってきて、自分自身の過去に自分自身が勇気付けられる体験が出来たこと。目に見えない何かが、何かを総動員して、「頑張って!」って言ってくれているような不思議な巡り合わせ。しみじみ、ありがたいなぁと思う。
2005.01.20
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今日は管理者としての適性を考えさせられる出来事があった。うちの部署は、いわゆる専門職で構成された6人体制の一つの事業所であり、私はそこの管理者を勤めさせてもらっている。外部から、一人の職員の仕事に対するクレームが上がった。「上司としてのあなたに伝えておくね」と話を頂いた。かねてから、他の職員からもその人のやっている仕事はどこかおかしい、危なっかしい、大丈夫か、このままで、との指摘を頂いていた…。だから、ああ、やっぱり、というのが第一の感想。まず、本人に確認する必要があるが、多分確認しなくても予想できたことであり、概ねこちらが悪い。言いにくいことを言ってくれてありがとう、そして、本当にすみませんでした、とその場で謝罪した。で、本人に事実確認をしながら、クレームが上がったこと、相手の受け取り方、言い分を聴き取ったそのままストレートに伝えた。私がその人だったら、そうしてもらいたいと思うからだ。でもそうするまでには、数時間迷った。相手は男性、私より10年+αの年輩。どういう言い方をしたら素直に聞いていただけるだろうか。いろいろ考えたあげくに、やっぱり直球を投げようと思った。私は不器用な人間だから、ガラに似合わぬ小細工をすると、かえって不誠実で、本人も苦情を言ってくれた人も傷つけそうな気がしたから…私は、精一杯、私らしくぶつかったけど、全面的に自分の落ち度とは認めてもらえなかった。そして、責任転嫁…悲しかった、無性に悲しかった。自分の力が足りないことを痛感した。私は、この仕事の経験が部署の中では一番長く、この仕事に関する知識と技術は経験が長い分だけ、みんなが知らないことを知っている。ただそれだけだ。だけども、どういうわけか、二人を除いて他の職員は私より5歳から13歳の幅で年上で、人生経験が私より長いのだ。そんなこと関係ない。性別だとか、年齢だとかは関係ない。上司としての役割は、良いことは良い、悪いことは悪いと言えると言うことなのかもしれない。そう思って、役割に忠実にやってみたけれど。人の上に立つということは、ただ、その仕事に熟練しているというだけではなく、その人の感情をわかる、つまり痛みをわかったり、喜びをわかったり、そういう部分がないと、言いたいことは届かない。人間としての幅のようなもの…私って、管理者としての適性がないのかも、と思う自分。でもそういう適性って何? 誰が決める?私はその仕事をやりたいの?あなたには適性がある、適性がない。そんなことは他人には言われたくない。なりたい私になるだけだ。克服したい。
2005.01.17
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今月は、なにやら忙しい。一つずつ、一つずつ、形にして終えていく。月も半ば。ここらでホッとひと息つきたいところ。今日自分に課した宿題は、昨日思わぬ形で型ついたので、今日は思いっきりOFFにして、家族でショッピングに出かけた。娘達と夫の冬物衣料の買い足し、そしておまけに私の春色カシミアセーター。数年前と比べると、衣料品の値段、お安くなってるなぁと思う。育ち盛りの娘達、服には頓着のない夫には、ユ○クロは強い見方だ…。私はなぜか、そこでは買わなかったけど…。買い物を終えて1時過ぎ。お昼はむしょうにラーメンが食べたくなった。新潟はラーメン屋さんが多いらしい。「新潟ラーメン」と称して売り出したい人もいるらしいが、それぞれのラーメン屋さんで特徴が様々なので、一括りに出来ないらしく、なかなか話はまとまらないらしい。昨年、コンビニ「サークル○」と提携して、ご当地カップラーメンを売り出した「○相」というラーメン屋さんに行くことにした。雨の中の行列、待つこと30分、ようやく席に案内され、久々に堪能して来ました!「あっさり」と「こってり」が選べて、「こってり」に人気がある。ダシは鰹がベースで、「こってり」を選ぶと背脂がプラス。寒い地方、寒い季節なので、「こってり」に集中するのかな。このお店には4~5年前に食べにきたことがある。まだ次女は、影も形もなかった。そのときも、長いこと並んで食べたっけ。さらにおいしくなった気がする。長女は、あっさりで細麺のいわゆる東京ラーメン風のものが好み。ここの味は合わなかったようだが、餃子で埋め合わせた。こってりが好みの夫は、迷わず「こってり」を頼んでいたけれど、この人、過去に高脂血症指摘されていたんだった…食べた後のことが少し気になる。次女はパパ譲りのラーメン好き。黙々と平らげる。どこにでもある、一般的なファミリーの日曜日。幸せはそう、いまここにある。サービスのアイスキャンディを一人一本ずつ頬張りながら、帰宅する車の中で、「満足、満足」と言い合った。明日から、また仕事だ!!
2005.01.16
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長女の誕生日は12月30日だ。12歳になった。クリスマスと誕生日が近いので、何がほしいか、今回は二つ考えあぐねたようだった。親の財布も心配したのかな?クリスマスはビーズクッションのようなブタのピンクのぬいぐるみを希望。 誕生日は、正月中、考えて2005年のキャラクター物の手帳がほしいと言った。安上がりな娘…今日、先日届いた翡翠勾玉シルバーネックレスを私がしていたら、「あ、勾玉。私、勾玉ほしい」と言う。そういえば、前から勾玉、興味あると言っていたっけ。「じゃあさ、好きな勾玉ネックレス、遅くなったけどママからの誕生日プレゼントにするよ」と某サイトでお気に入りを選んでもらった。この娘がどれを選ぶのか…息を詰めて見守った。クリスタルとカーネリアンに最後は絞られ、あっさりクリスタルに決めた娘。なかなか、こいつは通かもしれない。いい出会いとなりますように。
2005.01.15
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明日は土曜日だけど、日直勤務で私は仕事。土曜日は出勤者が少ないので、サクサクとマイペースで仕事がはかどる。結構、いいものだ。人とのかかわりを求めているくせに、拒絶したい時もある。私と言う人は難しい人だとつくづく思う。要するに自分勝手な人間なのかもな、と思う。忙しい時はそっとして声をかけないで欲しい、ほっといて欲しい。だけれども寂しい時、嬉しい時、悲しい時、凹んだ時、そんなときばかり人を求める。土曜日勤務をホッとしたり、嬉しく思う自分って、やっぱり人と上手くやれない人なのかもな、と思ったりして…うちの職場、出るらしい。平成11年のオープン当初から、囁かれているうわさ。夜勤の職員は何度も見たことがある、とか。塩を撒きながら夜勤する職員もいたりする、笑えない本当の話。私は、霊感のようなものが全くないので、悪いけど感じたことがない。でももしかして、私を守ろうとする何者かが、私に水晶を身につけるように仕向けているのかもしれない、と最近感じたりしている。石に守られている感じがあるからだ。特に嵯峨さんをつけていると、ゆったりと安心していられるのだ。土曜出勤は、人が少ないのでこんなことに思いを巡らすと、ふっと怖くなることがある。でも、嵯峨さんがいれば大丈夫だ。明日もサクサク仕事をして、遅くならないうちにさっさとお家へ帰ろう!
2005.01.14
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昨日の夜から本格的に降った雪は、朝、どこもかしこも真っ白にしていた。昨日の夜から、被災地付近には大雪警報が出ていた…3メートル級の雪が被災地には降っている。ここ、新潟市内は、30センチ程度、屋根に積もっている。今日は朝5時に起きて、予定通りグラビトン運動をし、パッチリ目が覚めた。今日、大学で話す内容を最終チェックし、いつもより早めに家を出る仕度をした。大学は、職場の近くだし、いつもの出勤時刻とあまり違わなかったので、そんなに急ぐ必要もない、普通なら。でも雪が降り積もった日は違うのだ。大渋滞に見舞われるから…。東京での地下鉄出勤が当たり前の生活から、8年前の2月下旬に引っ越してきて、3月からの勤務。それでもその年は雪の多い年だったらしく、1~3回は大雪に見舞われた。通常なら15分の出勤時間だったのが、雪が降るとたちまち60分ぐらい掛かって職場まで辿り着くはめになってしまう。「地下鉄があったら、いまごろ職場に着いて、一つ二つ仕事が片付けられていただろうに…」と渋滞で缶詰になった車の中でよく思ったものだ。そして、新潟の人は我慢強いなぁ、と。さらに、不遜にも、生産性を度外視した人種だなぁ、だから発展しないのだ、と思った。もっと暮らしやすいようにインフラ整備すればいいのに…どうしてその辺の知恵を出さないのだろう、とも。8年暮らして、私もこちらの人たちのペースに慣れてきた。相変わらず、あーって思うことは多いけれど、表に出さないようにする知恵や、浮かんでしまったそうしたことを頭の中で消しゴムで消す訓練も少しずつ身についてもきた。今日は、渋滞の車の中で、「あぁ、どこもかしこも真っ白できれい。あの木もあの家の屋根も…」と肝心の路面を見るのを怠りそうになり、ちょっと怖い思いもしたけれど、それなりに楽しめるようになった。何はともあれ、大学には講義10分前に滑り込むことが出来た。学生もこんな日に1限目から来るのはたいへんだろうに、結構集まっている。嬉しかった。講義の中で学生に、ドキドキしながらマイクを向けてみた。結構、きちんと考えてるじゃん。って失礼か…訂正。曇りのない眼でこの子達をみると、無限の可能性がある子達。今日の出会いを大切にしよう。
2005.01.12
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明日は、大学へ行く。昨年の一度で終わるはずの講義の第2弾…下準備は三連休の中で、ちょっとだけ時間を割いて行った。今日は、もう寝る。ひたすら寝る。明日は、少し早く起きて、グラビトン運動から始めよう。あれをやると、身体に活力が湧いて来るからだ。「今日も一日、頑張るぞ~」という気持ちになるのだ。身体の奥からパワーが湧いてくるというか…。もちろん、水晶両手に。緊張の原因は…その場で学生さんから感想を述べてもらったり、質問を引き出したりしながら、それにコメントをつけるというオーダーが出ていること。私は、口八丁が効かないし、アドリブも苦手。あとから、「あのときああ言えば良かった」「こう言えばよかった」と振り返ってくよくよ反省するタイプだからだ。でも、でも、でも、そうやって勝手に自分で自分に押し着せている殻をいい機会だから破ってみようか、と思う。そういう意味では、せっかくの、またとないチャンスじゃないか。そういうタイプだと思っているのは自分だけであって、やってみたらまた違う自分が現れてくるのかもしれない。自分が、出来ると思えば出来るのだし、出来ないと思えば出来ないのだ。今の私は「できるんじゃないか」「出来るような気がする」そんなところだが、自分を信じて行こう。
2005.01.11
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某石屋さんのサイトで、年末年始10%off、その他特典等々の企画があり、年明け早々、お買い物をしていた。いよいよ、明日発送だと思う。今回も到着が楽しみだ。昨年、この日記を始めた頃になくした、ぺリドットと水晶を組み合わせた携帯ストラップが、とうとう出てこなくて、それに代わるものが欲しかったので、ミックスルチルのストラップと、ずっとずっと欲しかったのだけれど我慢していた、翡翠勾玉シルバーネックレス5番さんを思い切って購入することにしたのだ。携帯ストラップは、カーネリアンと少し迷ったが、嵯峨さんが来てくれて年始の仕事が好調だったので、ミックスルチルに決めた。翡翠勾玉さんは、本当にずっとずっと欲しかったが、見合わせていた。なんとなく。夢の実現に向けて、ソ○ィーママさんの言葉に乗ってみようと思った。それに、かねてから翡翠には特別の思い入れもあるのだ。それにしても、「石に頼る生活」はそろそろ終焉を迎えたい。迎えられるような予感がする。そうありたい、希望的観測+密やかな決意。物がなくても、いろいろな困難を超越できる自分になるのだ。それがここ数年つらくて出来なかった。弱虫がいたんだな。これからは、石そのものを純粋に楽しめる、新しいページを開けよう。今日は山羊座の新月。お願い事、ある、ある。他力本願ではなく、自分に向けて、書くのだ。願えよ、さらば開かれん。思いは、不可能を可能にする。自分に対する思いを形にするのだ。
2005.01.10
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年末、年始、そしてこの3連休の前半で、いくつかの本を読んだ。決して読書三昧というほど、浸れる環境ではなかったが、いつもよりは読む時間があった。まず、実家に帰る行きの新幹線の中で、子供たちがうたたねを始めたところで、読書タイムがやってきた。以前、某サイトである方からお薦めのあった、梨木香歩さんの『りかさん』。ちょっと読んだところで、越後湯沢から隣に金沢から来た東京にいる息子さんのところへ1ヶ月ぐらい行って来るという60歳前後の女性が座り、なにやらその女性、とても話したいオーラを出していたので、世間話や境遇についてお話を聞かせてもらった。一人暮らしをしていて喋る相手が普段少ないらしく、結構一方的にどんどんお話をされた。私の相槌もあまり聞いていない様子だったが、仕事柄、こうした方々のお相手は珍しくない。楽しくお話を聞かせてもらった。あ、いや、話が横道に…そうそう『りかさん』の話にもどる。この本で印象に残ったフレーズ、「自分を出そうとするとアクが出るのだ」という主人公ようこのおばあちゃんの年輪に裏打ちされた説得力ある言葉。ああ、私、周りにいっぱいアクを出して生きてきたんだな、と悟る。そして、実家から帰る新幹線の中で、やはり子供たちの昼寝が始まってから、斎藤一人さんの『人生が全部うまくいく話』これは、乗車中に読めてしまった。この本は、かねてから夫に「読むといいよ。あんたみたいなひとは」と薦められていた本。まあ、組織の中でうまくやっていくことに疲れていた昨年、そうした私の愚痴のもっぱらの聞き役だった夫の推薦してくれた本だ。すぐに読めたけど、著者はこの本を「7回読んで欲しい」と言っている。7回読むと何かがつかめるらしい。まずは1回目の感想。言っていることは、どれも間違いではない。でも言い方が過激すぎる。この人、なんてアクの強い人なんだ…。そして、心に残ったフレーズ「出来の悪い人間」という言葉。いたるところに出てくる「出来の悪い人間」。これに私がどう考えても当てはまってしまうのだ。端的だったのが、「本当にできがよい社員っていうのは、この人がいなかったら困るっていう仕事をしていても、社長、社長って立てていてね、低姿勢なものなの。俺がいなければ、この会社駄目なんだ、なんてふんぞり返っている社員に、ろくな奴いないの。出来が悪いんだよ、そいつ。本当だよ。本当にいい奴ってね、そういう態度見せないよ」っていう部分。ああ、私は「組織にとっては出来の悪い人間」として扱われてもしょうがないよなって思うことしてきたよな。「そんな人間、出来が悪くて表に出せねえよ」って何度となく出てくる。私、ふんぞり返ってはいなかったけど、これだけのことやってんだから…っていう態度はとっていたと思う。器が小さかったんだな、って思った。ああ、だから私、ここ数年、不当な扱い(これは自分自身で思ってきたこと)受けて来たんだ。正当な扱い(自分自身が納得いく扱い)を受けたければ、私の態度を変えるしかないんだ、って思った。そして、3冊目は、昨夜から今日の昼頃までかかり読んだ船井幸雄先生の『夢、実現!!』だ。斎藤一人さんも、船井先生も、同じようなことを言っている。でも、表現方法が違うのだ。船井先生のお話は素直にうんうんって読み進められ、私もそういう人になりたい、なろう、すぐ明日から実行! という気持ちにさせられた。読み終わってからも清清しさが残り、向上心の塊になっている自分がいる。斎藤一人さんの本からも向上心は生まれたが、それは自分のマイナス部分を否応なく見せ付けられての反発と言うか、どろどろした気持ちの中から出てくる苦しみの向上心であり、船井先生の本からは、自分のいいところを大切にしながら、人の役に立てる人間になるんだっていう清清しさからくる向上心。人に受け入れられるってことがどういうことか、両者の比較から、表現方法で損をしないことも、学ばせてもらった。夢を実現するには、「人材」から「人財」になること。「人財」とは、「人としてどう生きるか、という視点を持って、自然の理に従っていき、一所懸命勉強し働いた結果、夢を実現し、世の中をよい方向へ変えていく人のこと」。そして、その「人財」の条件とは、1 世の中で起こることは、すべて必然、必要、ベストであると知り、あらゆる物事を肯定して受け入れ、感謝して、プラス発想をし、目の前のことに全力投球する2 長所や好きなもの、得意なもの、ついているものを伸ばし、短所や嫌いなもの、不得意なもの、悪いもの、つきのないものにはなるべく触れないようにして生きる3 「良心」と「自然の理」に従う4 なるべくこだわらず、好き嫌いなく、「ありがとう」の気持ちを忘れない5 勉強好きである。そして働き好きでもある6 どのような物事も頭から否定せず、素直な気持ちで受け止めるby 船井幸雄先生「自然の理」とは、世の中のあらゆる現象は、何か大きな意志「サムシング・グレート」によって動かされており、私達が存在する世界はすべてサムシング・グレートの意志によって創られ、今も維持・発展させられているという、それを動かしている自然界の法則が「自然の理」であると。んー、どこかの石屋さんサイトで聞いた「宇宙の法則」と似ているみたい。「人として上手に生きる方法は、自然の理に則って生きることだ。これに反して生きると、たちまち運が落ち、ツキがなくなってしまう」とも書かれています。私、4だけは努力が必要。あとはいい線クリア出来てる気がする。こだわりの多い人なんです、私…。職人気質と言われるぐらい。でも専門職だから、譲れない部分は当然ある。こことどう向き合っていくか、が課題です。専門職のこだわりを一般の方々にもわかってもらう力が足らないのだと思う。難しいことをわかりやすく伝えられることが本物のプロ(専門職)だとかつてどこかで聞きかじったことを思い出す。どうでもいいことにはできるだけこだわらないこと、ということが本の中に書いてあって、自分の中の専門職としてのこだわり、どこが大事で、どこはどうでもよいのかがとどのつまりわかっていないのかも。それって、専門性が中途半端だってことだ。はい、勉強が足らないのだと思います。ああ、3連休も二日終わりつつある…。本当は、今日は、31日から5回にわたり講義することになっているテキストを読んでしまうのが自分に課した宿題だったのに(^^;)いまから、やる、やる、絶対やる。
2005.01.09
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朝起きると、うっすら雪が道路に積もっていた。寒いのが大きらいな私は、雪は嫌だけど、きれいだ。雪が舞ったかと思うと、晴れてみたり、今日の新潟地方、忙しい天気です。昨日のことだけれど、心に一晩寝ても引っかかりがあり、日記に書いて整理してみることにする。昨日、午後から、仕事で近くに新しく建った、特別養護老人ホームに視察に出かけた。1箇所のつもりが、連れの施設長の提案で、2箇所巡ることになった。どちらも、新型特養と言われる、全室個室、ユニットケアをするところで、定員は100名、うち、短期入所は20名となっていた。ユニットケアとは、10人弱を一つの単位として、エリアを定め、固定のスタッフで、その単位でご飯を食べたり、お風呂に入ったり、余暇を楽しんだりというように、生活するケアのこと。100名定員の施設だったら、中に入ると10のユニットに分かれていて、10の空間が用意されている。そしてその空間、一ユニット内には、リビングに当たる共有スペースが真中にあり、そこを囲むように各個室が10個並んでいる。各部屋は8畳から10畳ぐらいあり、各部屋には洗面所はどちらの施設にもついていたが、片方の施設には部屋ごとにトイレが完備されていた。トイレが完備されたところはまだ珍しい。だって、寝たきりで尿意もなくオムツの人も多いので、トイレも使えない方が多く生活される場所だから…。そちらの施設は建設費20億と伺った。目が回る。まだ、これから生活される方々が入居すると言うところで、スタッフもいない、ガランとした空間だけ見せていただいた。私の仕事は、在宅で暮らすお年よりの相談支援だが、特別養護老人ホームに併設されている。うちの特養は旧型。個室もあるが、4人部屋が主体。うちの施設には考えられない、贅をつくした造り、広々とした空間には圧倒されるものがあった。でも、ここで暮らすお年寄りが幸せかどうかは、ケアをする人の手、心が勝負なんじゃあないだろうかと、やっぱり思いながら、うちの施設長と帰ってきた。この新型特養に入るためには、月13万以上はかかる。私は、ケアマネジャーとして、相談の内容によっては、こうした施設を紹介することがある。でも、今ですら、この金額を聞くと、入れる人は限られている。私達が老人になったとき、年金は期待できないし、こうした施設に働いていても、私達は入居できないだろうという矛盾。建設費20億もかけて、この施設、定員埋まらなかったらどうするん? 国や県の費用も投入されてつぶれたなんて許されないじゃん。この20億には、私達の血税も入っているんだからね…私達の税金使って立てられた公的な施設に、私達が入れないなんておかしくないか。在宅でも、納得いくケアを受けようと思うと、お金がかかる。2000年公的措置から介護保険になって、すべては金・金・金。サービスを受ければ、1割負担だ。いずれはこれも医療費のように、2割、3割と負担率が上がっていくのではないかと思う。もっとサービスを入れたら、床ずれが治るとわかっていても、そのサービスが受けられない人がいる。私は、大学時代、福祉は公的責任の下、賄われるものと学んできた。憲法で言うところの、生活権の保障に守られていると思ってきた。でもいま、目の当たりにする現実は、なんということだろう。お金のない人はサービスも受けられず、のたれ死ぬしかない社会になりつつあるのだ。そしてそれに、誰もが異議を唱えない不思議な世の中がある。みんな、受けれているのだろうか。私はやっぱり北欧のように、税金それなりに取られても、老後の心配をしなくてもいい社会がいい。山羊座の新月、老後のお願いをするといいらしいけど、社会のためにお願いしてみようか。※最後まで読んでくださった皆さん、お疲れになったことでしょう。ごめんなさい。ここでお断りしておきたいことがあります。私は特定の政党に傾倒したり、政治活動を志すものではありませんので誤解なきよう…雑感でした。
2005.01.08
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4日の仕事始め以後、今日はもう7日だ。毎日毎日、実によく仕事がはかどった。一日一日が充実していた。集中できる環境が手に入ったのだ、きっと。うまくことが運ぶと、不思議とあらゆるものに感謝したくなる。にこにこと、ありがとうをたくさん言えた週でもあった。明日からの三連休は、やっぱりやらなければならないことが待っている。でも、今週体験したように、一つ一つ片付ける=形にすることが出来たから、明日からも大丈夫だ、きっと。新月も待っている。
2005.01.07
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年末、クロアイさんで最後に購入した、ミックスルチルブレス、嵯峨さんを初めて身に着けて仕事に出かけた。8ミリ球は、大きな球が苦手な私にはすんなり受け入れられた。3日午後から実は熱を出していて、薬で押さえて、昨日は初仕事へ出かけた。今日もまだ、本調子じゃなかったけど、新年早々、やるべきことが山積み状態だ。休むわけにもいかず、嵯峨さんにお供してもらうことにした。大きな仕事がほぼ4つ片付いた。よかった、よかった。同僚とメール交換。これとこれとこれをやって、その次はこれで、という話をしていたら、それにしてもハードすぎやしないかって。私もそう思う…。たまたま、命令された仕事と、求められて依頼された仕事が重なっただけ。前者はやらなければいけない仕事であり、後者はやりたい仕事なのだ。千里の道も一歩から。ひとつひとつを納得行くかたちにしていこう。おかげで風邪もどこかへ飛んでいってくれそうだ。
2005.01.05
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今日は、この季節には珍しく、暖かく、晴れ渡り、なんだか勿体無くて、ありがたくて、8時頃から10時頃まで、窓を開け放ち、おひさまの光を入れて、石たちに日光浴をしてもらった。 おかげで、春までお預けかと思っていた石たちの写真を一気に撮ってしまい、フリーページにやっとこさ、載せることができた。まだまだ腕前が未熟で、上手く写せていないけど、徐々に上達していけたらと思う。そのあと、バタバタと石たちを定位置に安置して、家族で初詣へ。後厄の夫の厄除け祈願もしてもらったが、これは多分、立春を過ぎてから行くべきだったか…ま、いいってことにしよう。そういえば、去年、一昨年と、2月に行っていたっけ。ご祈祷をあげてもらう人がたくさんいて、2時間もかかってしまった。でも例年のような吹きさらしの寒い中のご祈祷ではなく、今年は暖かくてよかった。一日晴れていてくれたし…。露天でいつものように娘達の大好きな「ポッポ焼き」を買って帰宅。いい初詣でした。明日から仕事だ。今年はちょっと(少しと言う意味ではなく)がんばろう。自分を見失うことなく、地に足を着けて…
2005.01.03
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遅ればせながら、今日、帰省先から戻りました。すっかり晴れ渡ったいい日でしたね。まさに、新幹線日和!! 東海地方から新潟地方への移動時、富士が拝めないと、この一年が上手くいかないような気がしてしまいますが、今日はこんなにいい天気。ばっちりです。絶好の富士が拝めました。年末には雪が降ったはずなのに、富士山の雪は少なかった気がする…。帰省時には、新潟市内は雪がなく、高崎や大宮、東京、横浜で雪が降っていた。こんなことも珍しいねぇ、なんて言いながら。東海地方も、名古屋は雪。私のふるさとは雨から曇りへ。本当に温暖な気候で育んでもらったことに改めて感謝した年末年始。ふるさとが妙に今年は愛しくなり、写真を撮り溜めてきた。フリーページにアップし、時々眺めて、今年一年もがんばろう。私のページに訪れてくださる皆様、本当にありがとうございます。そして、今年も、どうぞよろしくお願いします。
2005.01.02
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