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私は家で仕事をしているので、基本的に一日中家にいる。仕事しながらテレビ見ていることもあるくらい、テレビは好きだ。夕方も各局5時ごろから始まるニュースもたいてい見ているのだが、あのまじめなニュースの間にはさまれる、芸能ニュースとか、情報コーナー、あれ、なんとかならんもんかとおもう。はっきり言っていらないとおもう。新しいとこでいうと、二時間ドラマの帝王、船越英一郎が、風呂場でくしゃみしてぎっくり腰になったなんていうニュース、別に知らんでもええのである。そういうことはワイドショーにまかせといたらいいんじゃないのか。まあ最近はヨン様の話題もトップニュース扱いだから、よくわからんけどね。それと、情報コーナーというのは、だいたいが激安情報とかまる得情報とか、不動産のわけアリ物件情報だったりするのだが、毎日毎日、おんなじようなテーマでやっていて食傷ぎみである。たいていが、女性のリポーターが、かん高い声で、激安寿司とか、一流シェフによるランチがめちゃ安で、奥様方がご満足な様子とかを伝えている。昔は夕方のニュースはだいたい6時からだったとおもうが、それがいつからか5時から7時までの2時間枠になった。でものびたぶんだけ、そこにどうでもいい「情報」をつめこんでるだけのような気がするのは私だけだろうか?
2004/11/30
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私は絵の背景に、いろんな模様を描きこむことが多い。ある時は壁紙のように、また背景だけではなく、テーブルクロスや、椅子の座などに、けっこう細かい柄を描きこむ。それが私の作品の特徴とおもっている人も多い。特に理由はなく描いているのだが、たしかにテキスタイルには大変興味を持っている。自分で模様を考え出すこともあるが、実際にあるものを参考にすることも多い。その場合、あまりにモダンでスタイリッシュなものよりも、どっちかっていうと、古くさかったり、ドンくさかったりするくらいのほうが、絵にしたときに味わいが出るから不思議である。そんなわけだから、街へ出ると、女性の服の模様などじっくり観察することもしばしばである。とくにおばちゃんの服の模様ってのは、じっくり観察してみると、とんでもないセンスによって作られたものであることがわかって、非常に興味深い。昔電車の中で、座っている私の目の前に立ったおばちゃん(といってもそんなに年はいってなかったようにおもう)のブラウスは、なんと「セイウチ」柄であった!!セイウチだよ! あのトドとかの仲間の、すごい長いキバがついてる。オス1頭に対してメスが集まってハーレム作るっちゅう、精力絶倫の代名詞みたいに言われる海のケモノだよ。報告によると、マンモス柄も発見されている。マンモスもセイウチに勝るとも劣らないセレクトだ。こういう柄の服を身につけているおばちゃんらが、必ずしも超個性的っていうわけでもなく、逆にどっちかというと、ごく普通の市民であるところが私には不思議なのである。なぜにこのセイウチ柄、あるいはマンモス柄を、チョイスしたのかってところがである。買う前にじっくり模様を見ましたか?奥さん? と尋ねてみたい。いったいこれらのどこらへんが、「ええわ~」「気にいったわ~」と思わしめたのかインタビューしてみたいとおもうのだ。また、着る人がいれば、もちろん作った人もいるわけで、これらを作るにあたってのプレゼンテーションは、どんなふうなもんだったのか、探偵ナイトスクープにでも調査してほしいくらいである。おばちゃん服ではないのだが、つい最近、やっぱり電車で目の前に座った小学2年生くらいの無邪気な男の子。Tシャツの胸に書かれていたのは、" STREET GANG TRIED MY BEST "=(オイラは)街のチンピラ、やるとたぁやったぜ みたいな意味だろうか?ぶっそうなガキである。
2004/11/29
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きのうの焼肉はよかったのだが、風邪のせいでのどががらがらだったにもかかわらず、けっこういっぱい喋り続けたのが災いしたのか、朝からまともに声が出ない。もともとのどが弱いので、今までにもこういうことはあったが、今回はかなり重症。カスカスである。乾燥でお肌もカスカス。心もカスカスか~?今日は、マンションの管理組合の定期総会だったのだが、無言でうなずくのみに終始。役員の改選があり、抽選だったので、もし当たっても、いろいろと言い訳もできず、やっぱり無言で承認するしかないのか、とびくびくしていたのだが、幸い当たらず、ほっとする。午後は黙ってそうじをし、食料品の買い出しに行き、夕方から初台のオペラシティのアートギャラリーへ、ヴォルフガング ティルマンスの展覧会を見に行った。「白い巨塔」のタイトルバックにも使われていた野又穫の展覧会も併催していた。お茶でも飲んで休憩したいな、とおもったが、注文もまともにできない状態だったので、さっさと帰る。電話もできないし、声が使えないというのは、ほんとに不便。困ったもんである。
2004/11/28
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病み上がりではあるが、焼肉を食べに行った。近所に住んでいるともだち夫婦と、「かっぽーの会」というのをやっている。かっぽーというのは割烹のことである。最初は、近所の割烹料理屋みたいなところを一軒ずつ試していこうという主旨だったのだが、割烹料理にかぎらず、2、3ヶ月に一回は、いろんな店に食べに行く。会といっても、基本的に私とこの夫婦3人だけで、たまに一人増えるくらいである。本日は、焼肉であった。小さな一軒家の韓国料理屋さんで、肉も柔らかく、たれはやや甘口で、ひさしぶりの焼肉でたらふく食べてしまった。ところで、東京の人は何かというと、焼肉、焼肉!で、関西人よりも焼肉屋に行く頻度が高いようなイメージがある。この場合の「肉」は、もちろん牛肉なのであるが、単に「肉」というときは豚肉もふくんでいるのだ。牛肉は高いとか、近畿地方とちがっておいしい牛肉の産地が近くにない、とか理由はさだかではないが、東京ではカレーなんかも豚肉でやるのがオーソドックスらしい。私たち関西人が、単に「肉」というときは、すなわち「牛肉」を意味する。たとえば「肉うどん」といったら、牛肉が入ってないといけない。「豚」はあくまで「豚肉」なのである。牛肉こそ肉の王道ってとこなのだろうか。東京へきて間もないころ、まだこの違いをちゃんと理解できていなくて、定食屋で、「肉野菜炒め定食」をたのんだところ、豚肉と野菜の炒めものだったので、なんのことわりもなく、肉といいつつ豚を使うとは!!と、腹が立ったのであった。羊頭かかげて狗肉を売る、じゃあないけど、牛を信じてたのんだ関西人はものすごく裏切られた気分になるのであった。なんかしらんけど、ありがたみがちがうんである、牛は。
2004/11/27
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珍しく風邪をひいた。先日から、鼻がぐずぐずして不快だったのだが、それはアレルギー性の鼻炎で、それを診てもらいにいった耳鼻科で、風邪をもらってきたみたいだ。2日ほど、だるいし珍しく食欲がないし、熱っぽいのに計ると熱はない、という状況が続いていたのだが、昨晩やっぱり微熱が出た。家には風邪薬がなかったので、たまたま漢方薬局でもらったブレンドハーブティを飲んで寝たら、利尿効果があるのか、夜中に5回くらいトイレに起きた。おでこに熱さましのシート(あれは便利ですな)を貼ってしっかりふとんをかけて寝たら、今日はだいぶましになっていた。こういうときは、たいしたことなくても自分を甘やかしたい気分になるので、昼間っから寝たり、アイスクリーム食べたりして、だらだらと過ごした。土曜日は友だちと焼肉食べにいく予定なので、それまでには体力回復しとかないとなー。バリ島でなんどか飲んで気に入ったしょうが茶(紅茶にしょうがのスライスとはちみつをいれたもの)などを飲んだりしているが、医者にいかなくてもいいくらいだけど、なんとか自力でなおしたいってときの知恵、あったらおしえてください!
2004/11/25
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今日は、両国へ行った。両国には昔から仕事をさせてもらっている相手の事務所がある。 両国にはご存じ国技館があるので、相撲部屋もいっぱいある。しかしちょうど今は九州場所だからか、お相撲さんは歩いていなかった。江戸時代から続くという、とり鍋屋で、親子重をごちそうになり、おみやげに「あんこあられ」をいただいた。このあんこあられ、JR両国駅の近くにある、国技堂というお菓子屋さんのオリジナルで、ここでしか買えないのだが、私の大好物で、「あんこあられ好きなんですよ~」と言っていたら、社長がおみやげにくれたのである。あられはひとくちサイズの塩味で、樋のような形状で、樋状の溝にあんこが流してある。あんこは固まっていて、よくあるチーズおかきのチーズがあんこになってると想像してもらうとわかりやすい。これが甘いのとからいののミスマッチで、やめられなくなるおいしさなのである。それとなぜか北欧の革製のはえたたきをもらった。あんこあられ他を手に、帰りは蔵前まで歩いて帰った。このあたりは、江戸らしさの残る下町のはずなのだが、えてして最近の下町は、建物もビルにとってかわって、緑も少ないし、都会の様相を呈していて、風情を感じるのはなかなかむつかしいのが残念といえば残念だ。
2004/11/24
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関西に住んでいた頃、よくたこ梅というおでん屋へ行った。カウンターに座るやいなや、おばちゃんにまず、「たこど~お?」と聞かれるのである。このたこは、甘辛煮で、おでんとはまた別なのだが、店の名物のようになっていて、おでんが来る前の、前菜的な一品なのである。私は、あくまでおでんが目当てなので、ほとんどたのんだことはなかったが。おでんねたでいちばん好きなのが、なんといっても「たまご」まず最初にたまごをたのみ、そろそろ終了というときにも「たまご」でシメるのが常なのだが、たまに遅い時間に行ったりすると、シメのころにはたまごが売り切れになってることがあり、そんなときは、なんとなく仕事をやりのこしたような、不完全燃焼的な、後ろ髪引かれる思いでおでん屋を後にするのである。ずいぶん昔、何人かで食べ物の話で盛り上がっていたときに、「世界一好きな食べ物ってなに?」という話題になった。そこにいたのは、ほとんどが女性の美術作家や美大の同級生だったりしたのだが、みんななんの迷いもなく、「う~ん、バッテラ(バッテラは大阪風の言い方だとおもう。鯖寿司のこと。)やな、やっぱし」とか、「川魚の塩焼き!!」などというふうに、おっさんじみた渋めの答えが圧倒的だったのだが、そこにひとりキラキラした違和感を放つ美少女が黙って座っていたので、「あっ、○○さんは何?」と聞いたところ、ちょっと小首をかしげて一拍おいたのち、「ゼリー」と、かわいくつぶやいたのであった。う~ん、そういうふうに答えなくてはならんのだなー女の子は! と納得させられたのであった。
2004/11/23
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ここしばらくあまりに鼻やのどの調子が悪く、不快なので、おもいきって耳鼻科へ行った。診てもらったところ、結局アレルギー性鼻炎だったのだが、今、この時期にしてはあったかいせいなのか、もうスギ花粉が飛び始めているらしい。私の症状は、花粉症が出始めるまえの前段階ということであった。毎年、春は2月から5月いっぱいくらいまで、ローションティッシュが放せないような状態になるので、来年もまたおもいやられるのである。花粉症になったのは10年前東京に引っ越してきてからだ。毎年重症になっていくような気がする。あったかいのは楽でいいけど、花粉にやられるのもなあ~しかし一方では、季節感を楽しむべく、旬のものを食べたり、その季節らしいものを料理したりしたい。先日はおでんを作った。関西ではおでんのことを、関東だき(かんとだき、と発音)という。それだけ関西の食べものからすると、味が濃いめのものってことなんだろう。関西のおでんには入ってなくて、東京のには入ってるものに「ちくわぶ」というものがある。私はこのちくわぶというものを東京にくるまで見たことがなかった。ほんとは普通のちくわなのだが、江戸っ子的なべらんめえ調で、勢いづいて言うと「ぶ」がついてしまうのだろう、と勝手に解釈していた。なんとなく「こちとら」とか、ああいったイメージの、単なる接尾語だと思っていた。そしたらまったくちがう、ふというどんのような、もちのようなものだったので、驚いた。東京で初めて食べてみたが、期待したほどの感動はなかった。そしてこの季節のお菓子というと、焼きりんごである。国光などの酸味の強い小ぶりのりんごが出始めると、必ず作る。焼きりんごは、私にとっては「母の味」である。わりとハイカラな料理が得意な母が、昔からよく作ってくれたものである。作り方はいたって簡単。りんごをよく洗ったのち、芯の部分をぐりっとくりぬく。(底まで抜いて貫通させないこと)それをオーブントースターなどで10分くらい焼くと、汁が出てくるので、それを捨てて、その穴に、バター少々と、グラニュー糖、シナモンを適宜入れ、また5分かそこら焼いたらできあがり。さましてから、好みで練乳かけて食べるとおいしい。台風がたくさん来たり、異常に暑かったり寒かったり、このごろ季節のほうがめちゃくちゃなので、人間みずから季節感を意識していかないと、いろんなことやりそびれたり、食べそびれたり、着そびれたりしてしまいそうだ。
2004/11/22
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最近またお笑いブームみたいである。お笑いといっても漫才だけでなく、ほんとにシロートに毛がはえたくらいの一発屋みたいなのも多くて玉石混淆の感がある。個人的には、中川家とかフットボールアワーなどの正統派(?)の しゃべくり漫才が好きだ。なんといっても、いとしこいしやダイマルラケットの漫才で育った世代ですからね。余談だが、子供ごころにも、ダイマル(デパートの名前と認識していた)とラケットという名前は全然「対」になってへんやん、と不思議だったのだが。そのもうちょっと後は、Wけんじとか、巨人阪神なども人気があった。関西に住んでいる小学生は、土曜日の午後、学校から帰ると、チキンラーメンを食べながら、テレビで吉本新喜劇を見るのが標準的な週末の過ごし方だったのではないだろうか。その当時は岡八郎とか花紀京が「スター」で、子供も学校で彼らのギャグ(お尻に持ってった手を鼻に当てて「くっさ~」とか)をふつうに使っていたものであった。吉本新喜劇に対して、天才藤山寛美の松竹新喜劇がある。吉本にくらべると、松竹は子供がそのおもしろさを理解するには、やや深く、ちょっとおとなむけなかんじであった。でも今も、本来の関西というか大阪のおもしろさというのは、松竹的な笑いかな、とおもっている。ほんとのコテコテっていうのは、松竹系で生き残っているのではないか。うちの親戚で、商売やってるおっちゃんなんかもまさにそのタイプである。どっちにせよ、日常的にお笑い環境にさらされているので、関西の小学生のお笑いにかんする基礎体力は全国的に高い。ゆえに関西の子供のなかでの人気者は、絶対に「オモロイ」やつなのである。勉強ができるとか、男前とかスポーツがすごいというより、なんせオモロイやつがクラスの人気者である。中川家の弟のほうなんか、きっとそのタイプだったのでは、というのが容易に想像できる。ああいうちょっと肥満児系だったりするのだが、いつも人を笑かすことばかり考えているやつが、かならずクラスにひとりはいたものである。女子についても例外ではなく、関西人は黙っておれば、相当な美人でも、自分をおとしめたりするから、あなどれない。だから関西圏以外のところから、引っ越してきたりした人にとっては、なかなか過酷な環境かもしれない。
2004/11/21
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こないだ東京のたこやきだけはゆるせん! と糾弾したのだったが、ほんとにこの10年間で、ましなたこやきは食べたことがない。京風とか銘打ってても、どこをとって京風というのか経営者をつかまえて問いつめてみたい。私は京都には16年住んでたが、たこやきに京都スタイルなんてなかったぞ。ときどき見かけるのは、いちど焼いたものを、そのまま揚げ油でじわじわ揚げるという姑息な手段をとっている店である。これなどは、中はやわらかく、外はかりっと、という理想のたこやきをつくるべくひねりあげられた手段なのかもしれないが、ずるいよ。あくまで「焼き」いっぽんでいってほしいもんである。ずいぶん前に世田谷のほうに、これなら関西の「並み」クラスだな、と及第点をあげられる店があったのだが、つぶれてしまった。本格的関西風だと実はだめなのかもしれない。ところで、たこやきに関するなつかしいエピソードを思い出した。小学生の頃(兵庫県に住んでいた)、クラスの何人かの男子が、そのうちの一人の家の庭に、いわゆる「基地」を建設していた。ところがあるとき、そのうちの二人ほどが、たりない材料を買いにでかけたものの、お釣がえらく少なかったらしく、なにかおかしい、と他のメンバーが言い出して、帰りの学級会にかけられたのであった。訴えでた男子が言うには、「○○君らは、お釣でたこやきを勝手に買って食べたんです!!」しかし容疑をかけられた男子らは「そんなことしてない」と否定するのみ。先生が裁判官よろしく、「じゃあどうして○○君らがたこやき食べたってわかったん?」と尋ねたところ、「そ、それは、歯に青ノリがついてたからです!!」おお!!動かぬ証拠ではないか!!結局、○○君らは容疑を認め、みんなの前であやまったのであった。
2004/11/19
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東京に引っ越してしばらくは、意地でも東京のだしのまっ黒なうどんは食べるまいと心に決めていたのだが、年月がたってくると、東京の味にもだんだんと慣れてきて、やっぱりめん類が食べたい時もあるので、ときどき食べるようになってきた。もちろん満足しているわけではないのだが、そのことを関西人のともだちに話したら、「魂売ったな!!」とまで言われてしまった。それくらいうどんは関西人の心の友みたいな存在なのである。笑福亭鶴瓶氏の発言らしいが、うどん=おばはん、そば=おっさん、というたとえがある。なんとなく太めで白くて柔らかいという形状だけではなく、全体的なキリっとしてないようなイメージが、おばはんを想像させるという、一種のメタファーなのだが、そば=おっさんというのとあわせても、なかなかうまい言い方だなと感心する。続けていうなら、ラーメン=にいちゃん、スパゲティ=ねえちゃん、というのも成立するかもしれない。関西人が圧倒的にそばよりもうどん好きなのも、関西人のメンタリティが、女性的(おばはん)であることに根ざしたものであって、たまたまというわけではないのかもしれない。
2004/11/18
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先日、ハワイの日系ウクレレミュージシャン、ジェイク シマブクロのCDを買った。ウクレレというと、陽気でのんびりした気分を想像しがちだが、この人の超絶技工的ウクレレは、そういうイメージを見事にこわすものである。一般的なハワイのウクレレ音楽というより、ロックのイメージである。音楽の内容はさておき、ジェイク シマブクロといえば、数年前、ハワイのオアフ島沖で、四国の水産高校の練習船えひめ丸が、アメリカ海軍の潜水艦が浮上してきたことによって沈没させられたという信じられないような事件があったが、その事故で亡くなった練習生たちの家族の前で、鎮魂のウクレレ演奏をした、というニュースで初めて知った。たぶんこのことがきっかけで、広く知られるようになったのではないかとおもう。あの事故は、私にはあまり他人事にはおもえなかったので、よくおぼえている。実は私は、商船三井客船のにっぽん丸という客船にときどき乗船する。お客さんとしてではなく、航海日(海の上でずっと走っている日)に、船内でヒマを持て余しているお客さん相手に、水彩や版画などを指導する教室の講師という仕事をしているのである。それが「旅する絵描き」たるゆえんなのであるが。あの時も、ちょうど南太平洋クルーズで、最後の寄港地としてハワイのホノルルに入ったのだが、それがえひめ丸の事故の直後だった。そういう事故がおきたので、日本にいる家族やともだちも心配していたようだった。本来は、プランとして、ホノルル入港時に、ヘリから船にむかってたくさんのはなびらをまく、という歓迎セレモニーを考えていたらしいが、事故にかんがみて、とりやめになった。そこでまたジェイクなのだが、どんな曲を家族のまえで演奏したのか知らないが、そういうときはやはり音楽というのはいろんな意味で胸に迫るものがある。音楽というものは直接肉体に響くものであるが、絵というか美術というのは、もうちょっと知的で理性的なものなので、ぐっとくるのにちょっと間がある。...というふうなことをCD聴きながら思い出していたのである。
2004/11/17
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亡き親友の回顧展のあいだ、大阪に滞在した。私はもともと関西人で、実家も大阪にあるのだが、現在は東京に在住。大阪を離れてはや10年になる。先日、心斎橋でお昼になったので、うどんを食べようとおもい、たしかこのへんに「にし家」というおいしいうどん屋があったはず、とうろうろしたのだが、どこの筋だったか思い出せない。こういうときは、ハローダイヤルよろしく、大阪在住の妹に即電話だ。妹も即答できなかったが、すぐインターネットで調べてくれて、場所が判明。さっそく入って「玉丼セット」を注文。やっぱしうどんは大阪やな~だしがちゃうもんな~東京で「関西風うどん」なんぞと称しておるところは、ろくなところがない。ただただ薄味なら「関西風」だと解釈しておる。ただ薄いのではない。ちゃんとだしをとっているから、たくさん調味料を加えなくともうまいのである。それに玉丼も、ちゃんと味付けした玉子がかかったうえから、さらに生の玉子がぽとりと落としてあって、半熟状態がよい。ごはん全体にちゃんとからんでいる。東京で玉丼頼むと、ふっとい拍子木切りのかまぼこ(ひどいときにはカニかま)などが無神経なかんじで入っており、腹が立つ。それに、こういった小うどんと小丼のセットとか、普通サイズの丼ものに小サイズのうどん、あるいはその逆などといった気のきいたセットも大阪では当たり前。東京ではこういうセットがあまりない。その他、粉ものなどについても書き出すととまらないが、東京のたこ焼きはゆるせん!とだけ言っておこう。
2004/11/14
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11月14日から大阪のThe 14th. Moonで、亡き友人、田仲容子の回顧展がある。私も主催者のひとりなので、展示準備のため大阪へ。 田仲容子は、才能豊かな美術作家であったが、8年前に旅行先のグアテマラで、交通事故死した。友人でもあった嶽本野ばら氏が、彼女の作品をモチーフに、「カルプス・アルピス 」という本を昨年の秋に出版したので、そこではじめて彼女の作品にふれた人もいるかもしれない。■11月14日(日)-11月20日(土) ■期間中無休 ■13:00-19:00 最終日13:00~17:00
2004/11/12
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