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以前からよく妻の母親に中山グループから誘いの手紙や電話がかかってきますが、この頃分派というものについてとても考えさせられることがあります。勿論、妻の母親は妻と同様にみ旨の鉄人なので中山グループからの心情を分別していますので何も問題はありませんが、彼らの熱心さにはとても驚かされます。神様はこのような分派をどのような気持ちで思われているでしょうか・・・といつも尋ねながら与えられることは神様は彼らも我々と同じく幼く、はぐれてしまった99匹の中の1匹の子羊で姿を姿を見かければ必死に走って迎えに行ってはぐれた子を抱きしめたい思いでいつもいっぱいな神様であると感じて来るのです。そして今度は彼らの心情がいかばかりか思わざる負えません。私も彼らへの思いは本当に申し訳ないという思いでいっぱいです。彼らを責める気持ちにも全くなれませんし、むしろ分派が発生せざる負えなかった状況を作り出してしまった私達に原因があると思いますので、これからは私達が本当に成長して分派が発生しない私達にならなければと本当に悔い改めるこの頃です。以前は分派が来れば本当に責めて批難する私でした。しかし人を責められるのは神様だけであることがわかってきました。例えある人がどのような悪事をしたとしても私には人を責める資格はありません。分派を責めたらいつまでも経っても分派が出来てしまう変らない私達が続ということ・・・人を責めればそれだけ私の成長は止まってしまい、むしろ後退している自分を発見するばかりです。ある時には論争もして来ました。しかし、それはまだまだ成長していない自分をさらけ出すようなものであることがわかりました。だから私達も分派へ目を向けるよりも私達に目を向けて、現実を受け入れ、その事に対して悔い改め、反省し、もう二度と分派が起きない私達にならなければと感じます。結論は『真の愛』ですね。本当に愛するしかありません。分派に理論で理解を求めても彼らの心は動かないでしょう。人は愛を求め、救われることを望む存在と思います。それは自然と愛が通い合うところを目指すようになると思います。愛で負けているのかも知れません。理解と愛があるところには理論とか関係なくなってしまい、分派の上部がいうことはどんな言葉でも善に感じてしまいます。本当に彼らに負けないくらい真の愛の人にならなければと必死に感じるこの頃です。本当に私達にみ言にあるように『為に生きる実践』を本格的にしながら成長を願われる神様の警告ではないかと感じることがあります。分派が変ることを望む前にまず私達が本当に変って成長して、神様の愛の実体して彼らを抱き包められるような心の器や袋にならなければと感じます。彼ら以上の愛ある私達になれば彼らはまた戻って来れると思います。しかし、私達が変らなければまだ出て行ってしまうでしょう。真の愛があればみ旨も摂理もKも勝利出来る心霊に高められるでしょう。もう彼らの間違いを正すような上から見るような方法は私には出来なくなってしまいました。霊的集団も彼らから見れば何と心の冷たい言葉でしょう。ますます、彼らは帰れなくなってしまうと思います。本当に私が・・・私達が変ればいい・・・それだけ・・・分派が生まれない私達に成長したい・・・神様はひたすら99匹の1匹を今日も今もこれからもいつも抱きしめたい思いで待つことしか出来ないでしょう。それ以外に私も人をどう思えば良いのでしょう。伝説の伝道師のKさんの家庭教会は誰でもすぐに来たくなる愛溢れる家で、分派の人にも紹介したいです。そして私達の成長は祝福家庭その全てが愛溢れる家庭であり、教会を作ることが出来れば良いのではと感じます。家庭教会・・・み言あるように本当に天国の真の愛の基地ですね。
2008.01.29

ここしばらくブログを開く事もなかなか出来ない日々が続き、久しぶりの日記になりました。先月は「妻から救われる為に生きて来た人生」という題目で書き込みましたが、今日はその続編ともいえるでしょうか。神様とご父母様と出合った多くの兄弟姉妹、そして妻にもっともっと感謝を捧げたい気持ちが溢れるばかりで止まらなくなってしまっている状況の毎日になっています。基本的な内容は前回のように今の解産までに至るKということになりますが、振り返れば私の人生の足跡であり、これからの足跡もこの重要性をいかに深く理解し、実感し、今が数千年、万年中の与えられた奇蹟の日々であり、恵みの期間を授かっているということをか身にしみるように感じている毎日です。中でも特に今までの人生を振り返りながら生死の境遇の否定を受けなければならず、約20回(身体の機能停止)ほどの願わざる三途の川を見なければならなかったことは私の数千年のご先祖様においてもきわどい、背筋も凍るような5%の可能性にかけられた道のりであったとも感じています。このマイナスからの復帰の出発地点を余儀なく受け入れなければならなかったことを悔い改め、またそうであったからこそ私は神様から多くの愛を受けながらかろうじて奇跡的な死の世界からの生還を与えられ、さらに多くの心情的な世界、霊界の動向の事実を感じることが出来るようになったことに・・・本当にいくら感謝の言葉を捧げても捧げきれないほど全生涯を通しても足らず、この感謝の気持ちは永遠に止まることは知らないでしょう。 そしてこの地上に生きれることが奇跡的な事実なので、生かされているということがあまりに貴重で、もったいなく、これからは無駄に過ごさないということを切なる思いとして、与えられるこれからの人生の中の数々の事実を心から深く謙虚に感謝を持って過ごして行かなければと新年を迎えて新たな決意に変って来ているところです。身体から見ればあまりにもマイナスからの出発でしたし、上記以外にも転落事故や、交通事故、誘拐された(幼児期)などいろいろな経験もあり、その影響からか、今も同様な事件、事故などがあると、過去の事実から霊界が繋がり、フィードアップされてしまい今も霊界の吹き荒れる嵐のようなものを感じてしまいます。こうして様々な迎え来る事実を通して三途の川から始まる霊界を通しての復帰の流れも非常によく感じるようになってしまい、霊界を身近に感じられるようになった反面、非常に苦しい思いも襲って来て、今でいう鬱病のような心霊状況の期間も続くようになってしまった青春時代というものが続き、この精神的な苦痛からの脱出も加えた歩みになり、必然的に再臨のメシアを求める人生になってしまいました。神様はこうした私を救うためのプログラムをいつも立てていて下さっていることがよくわかりました。 その為に祝福というものが人生最大のイベントであるが故に、神様は私が妻に出会う為にささやかながらの(両親の援助を受けながら)不足なKの条件を立てる為に独身個人路程を与えて下さいました。 独身食口の期間は永遠の伴侶に出会う為の神様が与えて下さった条件を立てさせて頂く期間と感じます。 (詳しくは先月の「妻から救われる為に生きて来た人生」で)そして妻に出会い、それまでの準備期間から家庭出発後の本当のみ旨が始まるという大きな歩みになりました。 その後の妻の精誠は非常に大きな恩恵をもたらしてくれて、私の鬱病のような心霊状況の期間を脱出できた事は永遠に感謝しても私のことは満たされることはないほど、妻に感謝し続けて行くことでしょう。 血統的に見ても神様はみ旨の鉄人(妻)と出会わせなければ、私の運命を救う為にそれ以外に成す術がなかったのでしょう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ●思いの世界 コメントを頂いたように「結局、地獄の沙汰も金次第か」などという思いになる方もおられる事と思いますが、この思いの世界というものは非常に間違えば大変な歯垢のような固い因縁を作ってしまうものではないかという本当に大変なものがあり、またそれがあまりにも自分や回りの運勢に非常に変化をもたらすものであるということを深く感じることがあります。 思いとは、あるいはマイナス発言も含めて思いはその場で消え去るものではなく、思ったらその思いを止めない限り本人が忘れていてもずっと続いて行ってしまうので、霊界に続く思いとして残って行ってしまいます。 人間堕落が淫行によって始まり、堕落世界が今に至っていますが、根本原因がそうなっている為、特に男女の思いが因縁のかなりの分野を占め、歯垢のように固まって霊界にも遺伝的にも続いていますので、これを解決する為には千年・万年の膨大な膨大な膨大な数の思いを止めなければなりません。 堕落人間ではこれは止めることは出来ないばかりか、さらに男女の思い(執着心)や金欲、家庭破壊などで悪い因縁が上積みされてしまってなおも堕落世界が続いているので、統一食口を中心に善なる思いを沢山増やして継続しながら良い因縁世界を限りなく広げて行き、さらにこれが歴史的な伝統して永遠に継続されて行くものにして行かなければならないと感じます。 摂理Kはこうした悪なる因縁の歯垢をことごとく破壊する力があり、私自ら体験者として私の中の悪なる因縁が破壊され、さらに因縁の再発をもシャットアウトしてしまうほどの力があることを身に染みる思いで体験する事が出来ました。 そして今、与えられている解産というものは今までの中で最大な悪い因縁の破壊力を秘めた計り知れない恩恵があることを実感しています。 解産は昨年の前半まで続いた特赦修で因縁を解消し切れずに、尚且つ、男女の思い(執着心)や金欲、家庭問題をはじめ、未解決な多くの問題を今までの以上の深い深い深い悔い改めを持って勝利し、完成させて行くもので、まずは解産が生まれてしまったことを本当に悔い改めから始まり、完璧に生まれ変わらなければならない意味がありますので、1年も経たない内に起きてしまう本当に生まれ変る為の悔い改めに出会う戦いであると切実に感じるものがあります。 特に私の中に以前、続いていた教会やアベル圏、食口に対して持っていたカイン的心情は男女の思い(執着心)の未整理、独占欲(異性、お金)をもろに出していることが解産により悪い因縁が破壊され、あまりにもはっきり見えて来て恥ずかしい限りで隠れたいほどの心情にかられ、このネットにも日記を書きながら恥をかいてしまうのではとなかなか書けない毎日が続いていました。 「教会やアベル圏、食口に対して持っていたカイン的心情」がどういうものなのか・・・本当にはっきりしました。 摂理Kを勝利して行くとさらに信じられない恩恵があり、地上においても永生においても悪い因縁が届かない世界へ保護圏内に入れることを実感しました。 例えば因縁を持ちたい異性が求めて来ても天のバリアは防御してくれてその思いが打ち消されてしまうのです。 これは家庭が守られる霊界に入ることが出来ることであると思います。 また異性を求める心を持つ人もいずれは、自らの問題を整理して「思い」にストップをかけ、摂理Kにより勝利しなければ霊格が成長しないことになります。 私も幼児期に誘拐されましたが、この恐怖は大変なもので、ここ数年も幼児誘拐殺人が多発しましたが、このように解産まで至る摂理Kの本当の意味は家庭が守られることから始まる本当の天国の第一歩ではないかと感じて来ました。 こうして男女(相対関係以外)の思い(執着心)の未整理、独占欲(異性、お金)がなくなったところから天国の香りが一人一人の心の中から生まれて来るのではと感じるこの頃です。 高いお金をかけなければ活動出来ない今までの心情文化世界でしたが、天国ではそれからを無償に与えられて唯一無二の個性真理体が生かされ活動出来る世界が本当の心情文化芸術世界ではないかとも感じるこの頃です。
2008.01.21

最近は仕事がとても忙しく朝4時半に起きて出発し、夕方までホテルの仕事をして、一息入れて、夜まで待って頂いた固定客へ本業の指圧をするなどしているのでなかなか日記を書けなくなってしまいましたが、仕事をしながらもいろいろと反省し悔い改める事が多く、この頃は妻への感謝の気持ちがひときわ大きくなり、日々妻から本当に救われている毎日を実感しています。 妻は日々公務者として天の摂理の為にみ旨に励む中、本当にみ旨の鉄人ともいえるほど敬服するものがあり、崩れない不動の強い精神力を持っていて私にはとても真似さえも出来ない素晴らしい心情圏を持っています。 摂理献金をほぼ勝利し、天聖経を3冊授かり子孫へつなげて、天運石なども授かるなど、とても私ひとりでは到底成し遂げられない遥か彼方の基準を持っていると感じるばかりです。 自分への一切の迷いもなく天に捧げられる姿勢はまさに神様そのものと感じるくらいです。 そして何故、このような妻を神様は私に与えられたかと振り返れば、それはあまりにも簡単にわかります。 私の人生・・・永遠の生命を救う為に神様は敢えて与えて下さったことに他なりません。 私の今までの人生はあまりにも大変なもので、自力では到底自分を救うことは難しく、内外の傷を負って来た人生でしたのでなおさらのことです。 10代は激しいいじめに遭遇する人生からか、難しい自閉症になり、対人恐怖と、閉鎖性環境障害、運命出来事恐怖症、人間・社会不信症候群など丁度今で言う”うつ病”というものであったと思います。 さらに霊現象によく遭うということから、見えない世界まで見るようになってしまい、人がめったに見ない世界へ閉じ込められ、抜け道のない暗黒の世界を彷徨い、恐怖の20代を生きて来たようです。 20歳前後にこの道に来てからは自分が救われる道はもうこの再臨のメシアへ繋がるしかないことは、あまりにもよく分かりました。 それまで、仏教、キリスト教へも行きましたが、自分の救いの道を求められるものではありませんでした。 復帰されてすぐに万物路程が待っていて、神様は何故与えられたのかは、自分にあまりにも必要であるので、どんなに苦しくても激しい自閉症、対人恐怖、閉鎖性環境障害、運命出来事恐怖症、人間・社会不信症候群を克服するにはこの路程を行くしかないと悟りました。 その必要性があまりにもわかる反面、訪問を通じて人に会うことが巨大な恐怖として抱える心情の苦しみがあまりも激しく感じてきて、逃げ出すこともよくありました。 しかし、それでも私には再びここに戻って来るしか道はありませんでした。 どんなに苦しくても神様は行くしかないことを教えて下さったのです。 そんな中神様は私を見かねてよく自然を動かして下さったり、動物を通して歩みながら励まして下さることが本当によく分かりました。 苦しくてたまらない時には、よく虹を見せてくれたり、暑くなれば突然風を起こして心癒してくれたり、歌を与えて下さったり、本当に助けて下さっていることがよくわかりました。 こうして神様と共に歩む中で、人への恐怖、不信感が少しずつ解けて来るようになって来ました。 何年か続く中にあって途中、反対派にあって捕囚時代も何年間かあり、また内臓の大手術もありこの路程はあまりにも長いのでカットしますが、結局私にはまた万物の復帰という見える形の条件を立てられる世界で救われる世界へ帰って来るしかなかったです。 独身の最後は祝福を授かり、国機から相対者がいる大阪へ移動するようになりましたが、それまでの路程は本当の救いの為の準備時代に過ぎませんでした。 以前の症状がまだ完治出来ないままの家庭出発でしたが、妻はあまりにも私にない私を救う全ての性相面を持つ人であると思いました。最初はジャガー横田さんみたいな感じに見えましたが、私の心の成長によって今は天宮のお姫様のようです。 結局、自分が変れば世界も人もまったく違う世界に見えて来るわけですね。 人が変わり理解してくれることを望む自分の中にある無責任さがよく見えるようになって来た事も相対者のお陰と感じて感謝に絶えなくなりました。 自分が180度変ればいいんですね。 仕事は妻の実家の指圧業を別の仕事をしながら6年かけて習得し、ひたすら症状の未解決のまま働くしかありませんでした。 しかし、妻は私の抱えている問題も言わずともよく理解して下さっているようで、相対者も苦しんでいる私の姿をしている神様を何としても救う為に自分が行くべき道を悟ったのでしょう。 そして、私に限らずこれが人類の神様の解放であることを悟ったかのように摂理に励むようになりました。 こうして上記に書いてあるようにK路程を勝利して行くように至りました。 このおかげで後天時代を迎えて昨年の6月13日天正宮記念式の勝利辺りから私の症状も完全に解放され、さらに特赦修によって過去を清算し、生まれ変わることが出来ました。 本当に今は苦しくないばかりか、希望と安らぎを感じてならないのです。 仕事や人間関係でも苦しいことがあれば、全て冷静に感謝して、現実に起こる全ての偶然でないことの意味がよくわかるのです。 振り返ればあまりにも大きな愛で私は相対者(神様)から救われるしか道がなかったんですね。 普段は普通の人も間違えば犯罪事件を起こす霊的現実を見ても堕落世界はまだまだ心が病んでいる世界と思います。 そして苦しんでいる多くの人たちもおられるでしょう。 私の救いから見ても間違いなくいえることは、今の復帰途上時代の精神的な重い苦痛を感じる現代病や霊障、また家族や人間関係の不和など根本を根こそぎ解決出来る道はKであるとしか答えることが出来なくなりました。 聞けることはすべて聞いて理解する事は出来ますが、その根本を根こそぎ解決するには人間にはKがすべてとしか根本を話すにはそれしかないのです。 堕落世界から人間が本然の人生の根本の悟るべき歩みとはKを始めとして人、万物の所有観念、欲望がある限り、これを完全に堕落世界は終わりがないのではとも感じてきました。 所有観念ではなく共有観念が本当に必要ですね。 すべては造られた方のものであり、自分だけのものはないと思います。 そしてKは最後の1円が神様に返却されるまで続くのでしょう。 お金に未練がなくなった人間は計り知れない真の愛の人になって真の愛の世界・天宙にかけての流通世界を築いて行くのでしょう。 摂理Kの霊的効力は計り知れない言葉を越えた世界で私の遥か想像を超えた大きな愛の世界と感じます。 それは”生命の誕生”にも似た神聖な世界にも感じて来ました。 受精卵になり、生命が誕生するにあたり、それまで精子は3種類に分担が分かれていると生物・人体学からもわかっており、1・先鋒隊、して2・本隊、そして3・ブロッカー隊に分けられますが、1・先鋒隊は迎え来る外敵や受精に邪魔する存在を排除して行くために命を犠牲にし、先鋒隊によって空けられた道を2・本隊(本精子)が通って卵巣へ向かい受精します。 そして最後にその後にすぐにブロッカー隊が後から来る外敵からの道を塞ぐ役割をします。さらに受精卵の固い殻が出来るまでまわりを守ります。(大母様のお話しによれば、さらにそこで善霊と悪霊の壮絶な戦いがあることは言うまでもありません) とくにKとはこのブロッカー隊の役割と非常に似ている役割をしているのではと感じました。 例えば清平で役事により悪霊が抜けた霊人体を穴をKによるブロッカーがその穴から二度と悪霊が入らないように守る計り知れない霊力を私の霊感と体感で感じることが出来ます。 悔い改めによって解怨された霊(同種霊)が戻らないので、その悔い改めがこれからの行動で持続的同じ堕落が発生しないのです。 これで大母様が180度変りなさいと言われた意味がようやくわかって来たのです。 突然に何かが起きて逆上してしまう心がもうそうでなく、偶然はありえないので神様の立場で必然性があってのことの意味がすぐにわかるのです。 振り返れば人生とはすべてが勉強であり、それ以外の何物ではないことを感じます。 反発やカイン的になる必要も恨む必要も何もなくなりました。 これからの歩みは感謝と謙虚さを生涯・・・そして永遠に感じられる歩みにして行きたいと最近感じています
2008.01.21
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