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GWはジム三昧のはずが昼寝三昧となった。あかんわー。最終日に慌ててやりました。まずはホットヨガで体を柔軟にしてからピックルボール…のはずでしたがあれ?足がもつれる?「ももんがさん、ホットヨガで疲れたんじゃない?」と言われてしもた。リラックス系のに出たんだけど、ホットヨガは久しぶりだったし、大量発汗でやはり疲れた?あー、こんなところでも年を感じる。2つプログラムやっただけで、空腹でも食べる気が失せた。てことは、やはり疲れたんだね。連日昼寝をしていたせいでリズム狂いまくり、仕事に復帰したら睡魔が押し寄せるのには参った。眠眠打破で乗りきった。本も読んでいました、エッセイばかり。今は小説読む元気ないのです。上野千鶴子さんのは「悩みのるつぼ」という人生相談は面白かったんだけどフェミニズムになると、ちと難しい。よくわかってなかったもんで。上野千鶴子さんは2019年の東大入学式のスピーチが話題になって私もあれには感動していたのです。自分の努力だけで入れたと思ったらそれは違う、あなたたちは勉強のできる環境を与えられた恵まれた人達なのです。どうか恵まれない環境にいる人達のためにその能力は使ってください、と。そうだそうだー、拍手喝采!と、思っていたら東大生にだけ向けられた言葉ではなかった。エッセイを読んでいたら、ロスジェネ世代が就職氷河期で思うように働けなかったことについてもかなり触れられていた。無事、定年まで勤めあげた人、自分の努力だけじゃありませんよ!と…わっ、来た!定年まで続けられるような教育を受けて環境にも恵まれていたのですよ、と。そんな、東大生とは大違いなはず…だって私は勉強しやすい環境でなど、育ってないし、親は教育に投資する気はなかったと思う。まあ、私が不出来だから投資のしがいがなかったと言われればそれまでだが。それでも短大に行かせてもらって資格を取れたから就職できたことは事実だ。働きやすい環境だったことも事実だ。私の努力なんかじゃない。私も恵まれていたのだと退職した今頃、気付くな!ですよね。でもさー、もう社会貢献するといってもボランティア活動する元気もなきゃ、能力もないんだけどな。迷惑かけないように元気でいなくちゃ。楽しいこと書けるようにならなきゃ。このエッセイ、最終章は老後のことになるんだけど、ちょっとパワーのあるときでないと読めないかも?まだまだ人生気楽にとはならないのです。とにかく、この不規則な生活リズムは治さないと。若いときのように一晩寝たら元気になるなんてあり得ないですから。さーて、フェミニズムにも興味はあるけど、今夜は面白そうでかつ、眠くなるような科学番組を見て寝よう。
May 11, 2026
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今月のエッセイのお題が「冒険」である。冒険というと、こども時代にはとにかくあれこれ禁止されていたので、強い思い出がない。自転車乗りを禁止されていたので、友達の自転車で少し遠出をしたくらい?友達は私に自転車を乗っ取られてしまい、走っていたので後ろめたい思い出でもあり、エッセイの題材にはしにくいな。冒険物語も先生が読んでくれたのをきっかけに自分でもよく読んだが、それをネタにするとなると読み返さなくちゃ…ハックルベリーにしよう、と思いつつまだ読み返していないうちに期限がきた。いつものギリギリス。というわけで、うちの犬を題材に下書きしてみました。以下、下書き文小犬の冒険十月に母が体調を崩し、飼い犬の面倒を見切れなくなった。見かねてその老犬を引き取る決心をする。老犬だが小型犬なので見た目は子犬のようだ。自分でも若いつもりでいるらしい。そんなところは私とそっくりだ。人からどう見えようと。生活は激変した。犬は朝晩の散歩が必要なのである。朝寝坊が大好きなので辛いところだ。しかし年を取ってから飼い主が変わった犬はどれだけ不安だろう。大切に思っていることは感じてほしい。だから必死で起きる。夜のお出かけも諦めざるを得ない。家の近くにある運動場の周囲には遊歩道があり、そこを散歩のコースに決めた。母の調子が悪くなってから散歩の回数を減らされていた犬は、俄然張り切った。グングンとリードを引っ張って走り、まるで私が散歩させられているかのようだ。犬は自分がオオカミの群れのリーダーだと言わんばかりに先頭に立ち、下僕の私を引き連れてスピードを出す。冬の木枯らしが吹く中でも向かい風をものともせず、顔いっぱいに風を受けて走っていた。最近は少しずつ暖かくなってきた。すると犬の興味や関心が春の野草に移り、走るより立ち止まって野草の匂いをかぎ、食いちぎって遊んだりするようになっている。以前、保育園に勤めているとき、セキセイインコやモルモットを飼育していたことがある。セキセイインコやモルモットも野草が好きだった。こどもたちと様々な野草を摘んできては与えていたが、好むのはハコベだった。タンポポの葉も好きである。ホトケノザはお気に召さず、食べようとしなかった。早春になるとこどもたちに「インコやモルちゃんの葉っぱを採りにいこうか」と声をかけ、探しに行くのが春の風物詩。花より団子ならぬ、花より野草だった。今、犬が野草に夢中になっているのを見ると思い出すのである。もっとも犬はハコベでなく、ホトケノザを好んで食べている。インコやモルモットと好みが違う。調べたらホトケノザはシソ科の仲間なので、犬はその匂いに惹かれるらしい。上を見上げれば梅が咲き、モクレンのつぼみが卵のように膨らんでいる。しかし、犬を追っているので上を見上げている余裕はなく、下を向いて野草探しに付き合っている。またしても花より野草だ。この犬は母の家で飼われているときはアスファルトの上しか歩いていなかったと思う。近くに公園や遊歩道がなかったからだ。だから老犬になって初めて体験する土や野草で、まるでこどものように冒険気分なのだろう。保育園勤務時代にこどもたちと野草を摘んだり遊んだりすることが新鮮だったのが昨日のことのように鮮やかに脳裏に蘇る。今、犬が再体験させてくれているから。 以上でした。今日のグッドニュース全国高校生ビブリオバトルの優勝で、作品は土屋賢二先生のエッセイ「記憶にありません。記憶力もありません。」がチャンプ本に選ばれたそうだ。ビブリオバトルとは本の甲子園みたいなものでお薦め本を五分間トークして、どの本を聴衆が読みたいと思ったか、投票で競うものだ。私の若いときにはなかったスタイルで大変面白く興味深い大会だ。最近土屋先生の本ばかり読んでいた私としてはまるで自分の作品が選ばれたかのように嬉しい。それが高校生とは!高校生も読むんだ、土屋先生のエッセイ。とても励まされたという内容だったそうだが、そのトーク、私も聞きたい。土屋先生曰く、自分でも買ってしまおうかと思うほどのトーク力だったそうだ(笑)土屋先生の本は本当に励まされる。笑いながら励まされる。自分の悩みがちっぽけに思える。大変博学で、哲学者だから哲学的に科学的に書かれるのだが信じて読んでいると、かなりデタラメを書いているのが可笑しい。土屋先生のことはまた書きたい。
March 17, 2026
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疲労感が強く、寝ても寝ても疲れていて何もできない。洗濯すらサボる。風呂も面倒になってきた。このままではまずい。一縷の望みをかけて、月曜日は久しぶりのビタミン注射を受けた。うわーポパイみたい生きる気力が甦る。やっぱり疲れていたんだ→栄養不足だった?ジャンクフードばかり食べていたな。とにかく、呼吸が楽になった。今までマラソンをしているかのように息切れしていたのだ。その元気を家事や手続きに使わず…あ、でも役所で印鑑登録証明書はもらってきた!その後、私はピックルボールをしていた。やること、他にあるだろっ!ビタミン注射は効くのだが、病院が少々遠く、閉めるのも早い。通い続けられるか?病院に到着するまでにエネルギーがいる。しかも、引っ越したらここには通えないだろうな。ビタミン注射は即効性があるが持続期間はどのくらいだろう。今までの経験から言うと翌日くらいまでだな。火曜日。通いやすい病院の皮膚科でプラセンタ注射を受けた。とにかく、今のままでは困るのだ。プラセンタは1アンプルだと私には実感が薄いので2アンプル打った。あら、これも効くわー呼吸が一段と楽になる。で、何をしていたかというとやっぱりピックルボール…違うだろっ!自分に突っ込みを入れる。でも、チェリーをシャワーしてシャンプーもできた。今日は出勤。元気一杯と書きたいが、今朝は冷えすぎてお腹がピーヒャラになってしまった。薬を持っていたので、何とか仕事終了。昨夜からの雨が続いてチェリーの散歩は五分程度で可哀想だった。帰宅後はドライヤーしなくてはいけないし、チェリーは文句は言わないがドライヤーが好きなわけでもない。今夜は25分散歩できた!喜んだチェリーが駆け出していくのを見ると私の頬も緩む。良かったね、チェリー。洗濯物も干し終えました。仕事の日にこれができるというのは最近の私の状態から言うとすごいことなのである。ビタミン注射の方が安いので続けたいが、通うのに挫折しそう。プラセンタも1アンプルならそんなに高くないのだけれど、太っているわりに栄養の足りない私には2アンプル必要だ。肝臓のことを考えるとプラセンタ注射の方が私にはいいだろう。週に2回は打ちたいので1回は1アンプル、2回目は2アンプルという組み合わせで行くかな。ビタミン注射も捨てがたいので引っ越すまでは時々行きたい。そうだ、月曜日は心療内科も行ったのだ。私は目に見えて元気そうになっていると言われたが、ビタミン注射効果だったかも知れない。私のプチうつと不安感は医師から見ると、母親からの呪縛が解けないところから来ているのだそうだ。でもそれが終った。抗不安薬はもう要らないだろうということになった。睡眠障害だけは残っていて、多分一生治らないだろうが、睡眠薬だけでよくなりそうだ。ありがたい。そうだ備忘録今日はこども向けの作文の書き方の本を読んだ。こども向けだけど、大人にも十分通じる内容だった。「嬉しい」「悲しい」「楽しい」と書くのではなく、その光景をエピソードを加えて表現すること。「まるで○○のような」という表現に変えてみること。ラストに自分の今の考えを述べる。勉強になりました。今日のブログでそれが実践できたかというと❓️である。書く前に簡単なメモを取っておくこと本で読んで良いと思った表現はメモしておいて生かしてみること、推考すること…等を実践せずに書きました。ごめんなさい、読み苦しいですね。エッセイに生かしたいのです。ブログは思ったままに書いてしまいます。明日も元気に仕事へ行けますように。
March 4, 2026
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ドタバタしていたら、エッセイサークルの課題を全くこなしておらず、今日慌てて書いてみた。推敲なし。お題は「まわる」です。以下、エッセイやる気は自分から小学校ではずっと逆上がりができなかった。毎年テストがあるが、私はダランと腕を伸ばし、上がらない足を見せ、先生が渋い顔をしてメモを取って終わりだ。体育の成績はもちろん悪い。そんな私が入学した中学校は運悪く、器械体操が盛んな学校だった。体操部でもない男子が、鉄棒で蹴上がり、大車輪を休み時間にやってのける。それはもう圧巻で、素直に憧れのまなざしを向けたものの、自分が鉄棒に向き合うとは思いもよらなかった。しかし、逆上がりのできないのは許されなかった。できて当たり前なのだ。中学生になると小学生の時より、成績は気になる。内申点に響くからだ。私は休み時間に仕方なく、大車輪をやっている同級生の隣で情けなく逆上がりの練習をする羽目になった。腕力のなかった私はどんなに頑張っても足が鉄棒の上に来るまで、持ち堪えることができない。見かねた友達がアドバイスしてくれた。「逆上がりのやり方って二つあるんだよ。腕の力で足を持ち上げるのが一つ、もう一つは地面を思い切り蹴って、その勢いで回るんだよ」そうか。腕力は無理だと悟ったので、勢いで回る方に賭けることにした。すぐにはできなかったが、手ごたえがある。一か月後に、中三にして、初めて逆上がりで回ることができるようになった。嬉しかったが、中学生で逆上がりの練習をしている人はあまりいなかったので、隣の大車輪と比べて恰好が悪いなとも思った。逆上がりは体の軽いうちにマスターした方が絶対にいい。そう信じた。我が子にも同じように考え、幼児期に特訓した。娘はできるようになったものの、特に嬉しそうでないのが少し気になった。そして、娘が小学校に入学した平成の時代。小学校は指導方針が変わったのか、鉄棒に重きを置いていない。逆上がりも評価の対象になっていない。拍子抜けした。調べると、器械体操は怪我が多いため、時代的に慎重になったのだ。やりたい子がやるのはかまわないが、あまり積極的ではない。私があんなに指導したり、特訓したりしたのは何だったのだろう。六十四歳になった今ならこう思う。本人がやる気になった時が適齢期だ。私が中三でやる気を出したのは別に恥ではなかったのだ。やる気は強制するものではないと反省する。そして私のやる気というのはいつもズレていて、フラダンスやピックルボールが上手くなりたいとこんな年になっても思う。中三の逆上がりのような奇跡が起きないだろうか。
February 17, 2026
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お久しぶりです。母が亡くなり、今は遺産整理に追われています。朝晩の犬の散歩も欠かせず、ぐったり疲れていることもありますが、やっと母の除籍謄本が取れたので、今度は相続の手続きに入らねばなりません。遺産整理をしていたら父の手帳とか覚え書き、昔の手紙などが出てきて、父はこんなにも私を案じてくれていたのか、と改めて感じ、ジーンと来ています。母はやたらに写真を飾ったり張ったりしていて、意外と自分の写真が多いのはナルシスト?わかいときのですけどね。次に兄、父、孫、姪っ子、歴代の犬の写真も。見事なまでに私の写真はありませんでした。母にとって私は煙たい存在だったのでしょう。やはり私の心の支えは父なのでした。亡くなったのは母なのに、最後まで和解できませんでした。でも、父にだけでも、愛されていたことが手紙からもわかり、今でも父の愛が心の支えです。いくら呼んでも返事はありませんが。娘がまたもや転職するときいて、ガビーンです。三社目になります。4月から変わるようです。今までいたところは人間関係もお給料も良かったし、どんどん昇進させてもらえていたのですが、若い会社なので勢いがあり、「働いて働いて働いて」の系統でして、娘はこどもが生まれたらここでは続けられないと悩んだようです。というわけで、大手のIT会社に決まりました。大手なので福利厚生、育児休業や子育て支援も充実しています。ただし、成果主義なので、仕事はハードそうです。ここで1.2年働いてからこどもを生みたいそうです。妊娠ってそう思い通りにいかないものなんですけどね。そういう自分もこどもを生むのが遅かったので人のことは言えないかな。まずは新しい会社で適応して欲しいです。中途採用ですから即戦力を求められるでしょう。それに応えられるかどうか、母は口出しはしませんが内心ハラハラしております。私の仕事もラスト一年になりました。最後まで走りきろう!
February 13, 2026
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新年二日目、チェリーとの散歩はコースを変えて近隣の神社へ。ここに参拝するのは最後になるかな。預かっている命を大切にできますように。自分も含め、健康で長生きできますように。娘夫婦が幸せでありますように。引っ越しがうまくいきますように。と、たくさんお願いしてきました。おみくじを引いたら「吉」でした。お金がザックザクの金運だそうで小さな小判がついていたので、がま口に入れました。これからお金がたくさんかかります。引っ越しもプチリォームも。動物病院も高いですからね。しかし、神頼みの願い事もいいけれど、自分で努力するものはしないと。まずは、動物たちを大切にしていくこと。そしてラスト一年3ヶ月となった再雇用の仕事を精一杯頑張ること。健康は大事なのでジム通いを続けること。これは好きなピックルボール、フラダンス中心になるかな。ホットヨガもやりたいです。特に冬は風邪知らずになります。私は低体温なのでヨガで体温を上げると免疫力が上がるようです。文化的にはエッセイを頑張りたいです。今年はパソコンの買い換えを考えています。川柳も復活できるといいな。ゴスペルもやりたいのですが、夜のものは難しいかな。仕事を引退したらゴスペルの前に犬を散歩させて、参加もありなんですけど、そうなると一年3ヶ月先ですね。ただ、その頃は年金生活ですからそんなに余裕が出るかどうか。ジムとエッセイは続けられると思いますけど。そう、昨日はチェリーの誕生日でした。12才になりました。残された時間を思うと胸が締め付けられる思いですが、幸せな老後にしてやらないと!読書も図書館を、利用してたくさんしたいです。今は土屋賢二さんばかりですがね。面白いし励まされるのです。引っ越し先にも良い図書館が見つかるといいなあ。今年はエッセイも賞を目指して頑張ります。まあ、でも行き先の多くはジムになりそうです。幸い、引っ越し先の家からもジムは今までと同じくらい近いです。今年はとにかく、手続きに追われそうです。墓じまいもしないといけません。私の代でしないと、娘に迷惑がかかります。母の納骨は、今までのお墓でなく、合同墓地になると思います。仕方ないです。墓じまいはお金がかかるので、娘に引き継がせられません。他家の人間なのですから。やることいっぱいの一年になりそうですが、一つ一つゆっくり進めて、5月くらいの引っ越しになりそうです。職場は今までより五分くらいよけきに、かかるかなという程度なので通勤に支障はありません。もちろん、自転車です。これも、買い換えないといけないんだなあ。娘が今の私の家に引っ越してきたら、断然今より近くなります。やはり娘の近くに住みたいので、これは嬉しいかな。自転車で30分くらいの距離になります。何より健康です。ジムを最優先。最近は認知症患者が減っているそうですが、高齢者が運動するようになったことも影響しているようです。認知症になったら娘の迷惑なので…何より、ピックルボールやフラダンスは楽しいので長く続けたいです。話があちこちとびましたが、以上、抱負と願望でした。
January 2, 2026
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10月以降から激動になってしまいましたが、10月までは比較的平和だったと思います、私的には。仕事も二年めに入り、エクセル苦手病の私は相変わらず苦戦。優しい同僚、先輩、上司にたくさん助けていただいたことに感謝です。エクセルと苦戦していると、自分のキャリアが情けなく思えたりしますが、エクセルでは得られないアナログなたくさんの体験を積み重ねて今があるのですから。私生活も秋までは充実していました。夜もジム活していましたし。今年のヒットはピックルボールに出会えたことでしょう。下手ですが球を打つときのスカッと感はなにものにも変えられません。秋まではラテンダンス夜のクラスに出られたことも良い思い出です。もうラテンダンスをやることはないと思います。夜は犬の散歩がありますから。だけど数年に渡って挑戦できたことは良い思い出です。昼間のジム活しかできなくなりましたので、ラテンダンスは無理でもズンバに復帰しようかな、来年は。ズンバは昼間やっていますので。ゴスペルは一年続けました。歌うときに脳内モルヒネが出るようで、最高のストレス解消でしたがこれも夜なので止めざるを得ませんでした。川柳も一年続けました。大変社会勉強になりました。参加者の方々は時事川柳を詠むことが多かったのと、愚痴っぽい私には短文で表現できる世界はありがたかったです。これも落ち着くまで無理かな。昼間ですけど遠いですから。エッセイサークルは続けているものの、幽霊会員状態です。10月以降書けていません。でも続けるつもりです。そして10月以降はドタバタで趣味どころではありませんでした。でも、悪いことばかりではありません。老犬だけどチェリーは引き取って良かったです。やはり可愛いですから。新年開けたら怒涛の事務手続きが待っています。多分、引っ越しもしないといけません。無力な私を神様、助けてください。一人ではやはり辛いのです。社会一般を見渡すと、やはり物価高騰が痛いです。ウクライナも気になりますし、パレスチナも気になります。仕事柄、そういう書物をよく読むので。高市政権になって楽になったもの、ないんだけどな。石破さんの方が良かったです。農林大臣は断然、小泉さんの方が良かったです。しかし、時事に弱いので、来年こそ、ネットニュースに頼らず、新聞購読を!母の遺骨をそばに、そんなことを考えた年末でした。皆様、良いお年をお迎えください。
December 31, 2025
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母が27日に息を引き取りました。施設に入れて3週間経過したときでした。まさか、退院して3週間で亡くなるとは誰も思っていませんでした。みとりまでやってくれる施設でしたが、みとり段階に入ったら、新たに宣誓書を書くことになっていました。つまり、誰もみとり段階だとは思っていなかったのです。これなら病院の緩和ケア病棟の方が良かったのかと今更ながらに思ったりしますが、どうせ満杯でしたので無理でした。父は病院で亡くなりました。酸素マスク、点滴と延命治療になってしまい、最後は苦しそうでした。それを思うと、寝たまま、誰も見ていないところで呼吸の止まった母の方が穏やかな死だったのではないかと思います。持病があるのに引き受けてくださった施設には感謝しかありません。母はクリスマス行事にも参加していたそうです。施設の職員さんも、せめて楽しい行事に参加できた後だったことが救いだったと言っていただきました。救急搬送された病院に私が到着したときにはもう、なんの反応もなく…死後数時間経過したところでしたからね。明け方に母の呼吸が止まっていると電話があって、駆けつけたのです。私が到着するまで、ベッドに寝かせてくださっていました。しかし、遺体となった母をいつまでもベッドに置いていただくわけにはいきません。業者に連絡して、その後は葬儀に向けての打ち合わせとなりました。年末で役所はもうやっていませんでしたが、火葬するために役所に届けは業者がやってくれました。その他の雑多な事務手続きは年が明けて役所の仕事始まりを待つしかない状態です。火葬の立ち会いは私一人でもいいと覚悟していましたが娘が来てくれました。叔母はどうしても、呼びたくありませんでした。叔母は父のときまででしゃばってきたので、母のときには来てほしくなかったのです。父を苦しめましたし。叔母は来たかったに違いありません。自分の姉ですから。でも、私の実家に何をしたか、よく考えてほしいと思いました。叔母はシラを切っていますが、母から多額のお金をもらっていたはずです。母は認知症だったのでわけがわからず、自分よりお金を持っている自分の妹に、お金がないのだと信じ込まされて毎月多額のお小遣いをあげていたのです。母の方がお金がなかったのに。そのお金は父が稼いだお金の貯金なのです。お陰で母の貯金は無惨なほど減っていました。お金このとだけでなく、父を無理やりグループホームに入れたのも叔母なのです。父からもお金をもらっていました。父の悪口を散々言っておきながら。だから私は善人面をした叔母に来てほしくなかったのです。私の最後の意地でした。叔母は賢い人なので、馬鹿な姪っ子など、父母同様、言いくるめられると思っていたのです。私は馬鹿かもしれませんが、悪意だけはわかります。葬儀のときって、お金絡みでもめ勝ちなのは知っていますので、叔母とは縁を切らせてもらいました。無用な揉め事は勘弁です。電話もラインもブロックしました。母の遺骨を持ち帰るとき、やっと、叔母の支配は免れたとある意味ほっとしました。年が開けたらやること、山積みでしょう。今は役所が休みなのをいいことに私も休ませてもらっています。正月祝いはできせんが、一日に海鮮料理の美味しい居酒屋のランチを娘が予約してくれました。5日までのんびりさせてもらいます。母の死で、衝撃は受けていますがクールに受け止めています。いつの日だか、数年前に母の愚痴を書いたエッセイを提出してしまったことがありました。そのとき、6歳上のご婦人から、「お母さんのことをそんなふうに言うなんて。きっと、あなたは、お母さんが、生きてるからそう言うことが言えるのよ。お母さんが亡くなったらきっと、わかるわ」と言われました。母は亡くなりましたが、私の気持ちに変わりはありません。冷たいようですが毒母で、あったことに違いはありません。虐待された、事実も変わりありません。母の、最後の会話は、施設の職員さんに向かって、母が私の悪口を言い続けたことです。かすれて弱々しくなった声で、私を指差しながら「あれは×」」とジェスチャー入りで伝えていました。最後の言葉は「あれは×」しかし。病院の手続きから施設の手続きも×の娘がやりました。準備も全て、×の娘がやりました。母は私の世話になるなんて嫌で呼吸をとめたんでしょうかね。まあ、偶然だと思いたいですが。年末年始だった、お陰で私も休めます。テレビが壊れているので紅白歌合戦は見られないのが残念です。聖子ちゃんの青い珊瑚礁を、聞きたかった。最後の出場になる、郷ひろみのパフォーマンスも見たかったな。
December 30, 2025
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ちょっと疲れ気味です。気付けば食べているものはカップヌードル、ポテチばかり。母のことがかなりメンタルに来ていた上に、朝晩欠かさずに犬の散歩、猫がやきもちやかいように猫ファーストで美味しそうなウェットタイプのご飯をあげて、次に犬。ヨーキーは食べむらがあるので、食べないときは手の上から食べさせる。こんなことしてると自分の食欲失せる。おまけに母のことはまだまだやらなきゃいけないこと、役所関係のことも多い。今日は固定資産税を滞納している恐れがあるので、母の自治体の都税事務所に問い合わせ。最初は都税事務所に行って支払いをすることになったのですが、何度も確認しているうちに、母の生年月日など本人確認をしているうちに、なんと、母は固定資産税を引き落としにしていると判明。とりあえず延滞はなかったけれど、母に万が一のことがあったら口座は凍結させれてしまうため、そのときは私に払い込み用紙を送ってもらうことになりました。電話で済んだので助かりました。もちろん、後日郵送しますけどね。次は母の、携帯の解約に行かないといけないのですが、来れも、延滞料金が、発生しているのでお金を用意しないと。しかし、これは後日に。今日は気分転換にジムへ久しぶりに行きました。疲れてるようだと周囲からは言われてしまいましたが、私は自分を取り戻す時間も大切なのです。本当は実家の片付けにいかないといけないのですが、認知症が、しらない間に進んでいただけあって、ごみ屋敷状態。娘が業者を探してくれるというので、頼もうかと思います。全部棄てたい。母のところにも、行かないといけないのですが、かなり、不便なところにあります。その上、母は、認知症であっても私の悪口、嫌がらせは止まりません。もともと、こども時代に散々虐待されて育ちましたので、母と愛着関係は結べていません。それでも、行くと黙って母の悪口を聞かないといけないのです。要するに私は母に、会いたくないのです。かといってお世話になっている施設のことを思うと顔を出さないのはどうかと思いますし。母の悪口を聞くたびにいじめられていた過去がフラッシュバックしてメンタルがやられます。私の場合、これに、叔母が加わりますのでかなり辛いです。叔母とは縁を切りましたがこれで良かったのか迷いもあります。法律的に直径家族は扶養の義務があります。虐待されていたからといって免除されるものではないのです。でも、母を入院させ、施設を探して入居させて。様々な手続きで役所にも何回も行きました。母の面会に行くのが辛いと娘にこぼしたら、今度一緒に行ってくれることになりました。でも、娘は仕事もハードだし、自分の家庭もありますから、甘えるのは一年に一回くらいだな。今日はジムで大きいお風呂に入ったら血管が解けていくように、感じました。冷えきっていたのですね。暖まって、帰ったら犬の散歩でまたまた冷え冷えでございます。ヨーキーはお腹を壊しやすいので気を付けないと。一生懸命歩いている姿に癒されます。昨日はレインコート着せて散歩させたけど冷えちゃったみたい。雨の日はどうしたらいいんでしもうか。
December 16, 2025
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ぐちゃぐちゃな気持ちです。秋まではジム活、川柳、エッセイ、ゴスペルと2度めの青春していましたが終わりました、青春それどころじゃない何もかも追い付かないです。一人っ子ってやっぱりこんなとき、辛い。でも私の娘も一人っ子だわ。迷惑かけないようにしないと。母も私への愛情ではなく、意地で迷惑かけないと豪語しておりましたが迷惑千万です。大切にする人を間違えていたよね、母。しかし、血縁はどうにもならないので友達のアドバイスに従っていっぺんにやろうとするから混乱するし、不安になるのだから、まずは母の落ち着き先を決めないと…ということで、優秀なソーシャルワーカーさんにも助けられ、何とか特養ホームが決まりました。でも入所するのにすごい手続き。役所にも行かなくてはならず、それが私の住んでいる自治体ではないから、ちょっと時間がかかりました。ホームも決まってありがたいのですが、ちょっと不便な立地。車があれば、なんてことないんですけどね。通うのに大変かなと危惧していましたが、友達が最短ルートを考えてくれて、バスを使わず、別の駅からレンタルサイクルを使えば便利なのではないかと。方向音痴な私のために一度付き合ってくれると言われ、ありがたくて涙が出そうでした。道さえ覚えれば、本数の少ないバスより、レンタルサイクルで行く方がずっといいです。時間も短縮できます。愚痴もたくさん聞いてくれました。まさに遠くの親戚より近くの友達。まだまだやること、山積みですが、9日に退院してその足で、というか介護タクシーでホームに向かう予定です。明日は母の肌着、靴下、靴などを新調しに買い物に出かけます。明後日ですからね、入所は。介護用の靴が要ります。よく大手の薬局とかで売っているマジックテープ付きの靴。介護者にも履かせやすい靴なのです。要介護4といきなり重い判定の出た母ですが今回、冷静に考えると、援助があれば要介護3くらいまでは、一人暮らしできないことはないのですね。備忘録ですから。将来のために覚えておきます。でも行政のヘルプは積極的に利用した方が、本人にも家族にもいいと思いました。友達のお母さんはちゃんとデイサービスに通っています。運動もさせてくれるし、コミュニケーションも取れるから、認知症の進みをゆっくりにする効果があるんだなと改めて思いました。脳と体は繋がっています。母もよく歩く方で、10月までは犬の散歩もしていたのです…でも、見きれなかったから犬が逃走してしまい、母がようやく介護認定を受けることを納得したのです。で、何が言いたいかというと、歩くだけではダメなんだなと。母は「ボケは足から!お父さんは歩かなかったからボケた」が口癖でした。一理ありますが、結果的に母は認知症になりました。犬の散歩ができるなら、と甘く見たのも間違いでした。人との交流が大事なのです。母は難しい性格なので、友達もいなくて…というか、母は高齢ですから、僅かにいた友達もみんなあの世に行ってしまいまして。だから素直にデイセンターに行けば良かったものを、「私にはまだ早い」と嫌がりまして、まだ早いどころか、手遅れです。自分も年を取っていきますので、素直にデイセンターに通えるおばあちゃんにならないと。90才過ぎてもジムに通ってらっしゃる方、いらっしゃいますけどね。元々の体力が違うのでしょう。若いときからジム通いしていたそうですし。まあ、いくらなんでも、今の私がデイセンターに通うわけにはいきませんので、落ち着いたらジム活をしたいです。頭を使うことも大事です。川柳教室を辞めたのは本当に残念でしたが、遠かったので、犬猫を抱え、仕事もして、母のことも考えると仕方なかったです。エッセイだけは!と思いますが今月は無理かな。来月からは再開したいです。犬猫も幸せにしてやらないと。みんなの命が私一人にかかっている…と思うと正直重たくなりますが、決して犬猫を不幸になどしません。ここちゃんはテリトリーを荒らされて、チェリーに怒っていますし、チェリーはここちゃんを怖がっています。ここちゃんの気持ちもわかるので決して怒るまいと思っていましたが、通せんぼしたり、威嚇して怖がらせたりするのを見ると悲しくなります。ここちゃんを赤ちゃんのときから育てたのは私です。ここちゃんが意地悪をするようになるなんて思ってもみなかったので泣けてきます。結局、チェリーをかばうしかなく、ここちゃんには申し訳なくて。チェリーとの散歩も見直し中。出勤前は時間がないので朝散歩は15分のショートコース、お休みの日や夜は30分コースにしていました。しかし、あれ?チェリー、息切れしてる?あまり歩かない私もぐったり。ネットで調べたら小型の老犬に30分の散歩は長すぎるそうです。10分から15分の短い散歩を一日に2.3回がいいそうで…一日に三回も散歩はできませんが、二回をショートコースに変えました。チェリーは老犬、私も足の弱い老人なので、この方がお互いに良さそうです。本当に試行錯誤だなあ。子犬の時から育てているわけではないので、わからないことだらけです。保護犬を育てていらっしゃる方々の苦労がやっとわかりました。私も老犬を飼うとは思っていなかった…まあ、母が高齢だったので、いざとなったら引き取るつもりはありましたが、やってみるとなかなか大変です。でも苦労しているなんてチェリーに思わせたくないので、可愛い、可愛いと育てていますが、やり過ぎるとここちゃんが…加減が難しいです。チェリーもここちゃんも比べられないほど両方大事です。犬だけでも大変だったのに、母のことまで…でも親の老化は誰しも経験することなのですよね。私は苦労知らずでした。年を取ってから経験するには体力が無さすぎ。母との関係が悪かっただけにメンタルもキツいです。あ、愚痴が一周しちゃった。明日は私のメンタルクリニックです。
December 7, 2025
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一応、風邪も膀胱炎も完治しました。この2週間、キツかったな。今日は駅でやや高めのお弁当を買ってプチ贅沢。犬の散歩は病み中も頑張りました!チェリーは家では寝てばかり…そして猫を怖がってビクビクしています。ラグドールのここちゃん。ネットで調べると、比較的、他の動物でも受け入れてくれるおおらかな性格だとか。ヨークシャーテリアのチェリー。こちらは意外に神経質で他の動物を受け入れにくいって…小型犬はこうなのかもしれません。ラグドールみたいなデカ猫はわりとおおらか。犬でもゴールデンレトリバーみたいな大型犬の方がおおらからしい。ところで犬の散歩をしていると、他のワンちゃんたちにもたくさん出会います。チェリーは吠えられることが多くてビビっています。唯一、ブルテリアが優しく鼻チューしてくれて友好的です。先日見かけたヨークシャーテリア。いかにもお高そうな洋服を着て、トリミングもされていて、前髪にはリボン。格差を感じました。チェリーは家庭内シャワーだし、カットも母がしていたので、ちょっとダサいかも。母から犬ようの洋服をたくさんもらいましたが、サイズが合ってなくてピチピチ。脱がせたら、楽になったらしく、以来、洋服を着せると散歩拒否に。ピチピチの洋服にリードを付けると苦しいのでしょう。でもヨーキーは冷えるとすぐにお腹を壊すので、仕方なく、通販で腹巻きを買いました。これならリードを付けても苦しくないようです。でも見た感じ、貧相かなあ。飼い主の私もダサダサだし。首回りが寒そうなので、前空きになっていた服だけ、散歩のときは着せています。お腹が冷えるから腹巻きは外せません。猫に怯えているチェリーは散歩のときは張り切っています。団地の周囲に三段ほどの階段があってそこをピョンピョンはね上がって登ります。「よし、チェリー、ジャンプだ!」のかけ声に張り切って飛んでいます。「ジャンプ、できた!カッコいいなあ!」と褒めると得意そうにその後はダッシュしています。しかし、帰宅するとビクビク。お出迎えのここちゃんが怖いのです。ここちゃんにも言い分はあります。縄張りの一つと思っていたママと、ラブラブ出かけやがって!ですね。それに、チェリーはビクビクしている割にはここちゃんの目を盗んではここちゃんの水を飲み、ここちゃんのドライフードを食べちゃうので、ちゃっかりしています。ここちゃんとしては、手を出してるわけでもないし、隣に座っただけでビクビク逃げ出すチェリーを見て、なんでかな?という感じです。最初は逆だったのですが。手は出しませんが、通せんぼなどのプチ意地悪はしております。というわけなので、チェリーは散歩のときが一番嬉しそうです…でも他のワンちゃんに吠えられると、またビクビクが始まるので、近づいてきたときは仕方ないので、抱っこをしてすれちがうようにしています。チワワにもトイプーにも吠えられていて、情けないチェリーです。一応、君もオオカミの子孫だろ!ここちゃんとのふれあいタイムが足りないのは申し訳なく思っています。ここちゃんはチェリーがいると、私のベッドには来てくれません。仲良くなれるのかなあ。老犬と老猫の組み合わせは良くないと知っていますが、チェリーは私が引き取らなかったら保健所行きだったんだから、ここちゃんも理解してーと説得もしていますが。しかし、動物たちのことばかり悩んでいられません。明日は母がロングショートステイをするかもしれない施設に下見と相談に行ってきます。受け入れてくれるところは限られているので藁にもすがる思いです。なんだかんだ言ってくる叔母のことはウザくなってきました。その施設の人と母は面会しているのか、母は納得しているのか…等。要介護4の人に判断できるわけないでしょっ!叔母と話すと落ち込むので連絡したくないのですが、安心したいから聞かせて欲しいと言われます。そして叔母は今弱っていて面会に行けないから母によろしくよろしくって…母は叔母が死んだと思い込んでいるので、もう混乱させないで欲しいです。母については複雑な感情を捨てきれません。しかし、昨日、佐藤愛子さんのお孫さんの書いたコラムを読んで、ちょっとハッとしました。佐藤愛子さんは「90才 何がめでたい」で注目の作家さんですが、孫から見ると複雑な思いのようです。佐藤愛子さんはシングルマザーとして一家の大黒柱として、活躍されてきました。娘さんは、性格が全然違っておっとり型。愛子さんが夫で娘さんが妻、みたいな状態でずっと一緒に暮らして来ましたが、活火山のように怒りを娘さんにぶつけ、娘さんが結婚後も良かれと思って、娘さん一家の幸せを思って支配し続けた、とお孫さんは見ています。愛子さんは認知症で現在101才で施設に入られています。愛子さんの立場から、娘さんの立場から、お孫さんの立場からそれぞれの視点があります。愛子さんも精一杯生きて来られたわけだし、あくまでも愛情からやっていたことが必ずしも相手を幸せにはしていなかったという事実は重たいことだと思います。愛子さんのエッセイや小説が大好きだったので、家庭が必ずしもうまくいっていたわけではない、という側面はファンとしては悲しい気持ちです。でも、夏目漱石の息子さんも父親を相当怖がっていたと読みましたし、芸術家は気難しいところもあるから家庭人としては向かない部分はあるのでしょう。私の母も、鬼のように感じていましたが、母は生きるために必死だったんだろうと思います。コンプレックスだらけだったから、余計にプライドを高く持っていたかったのでしょう。論理性は全くない人なので、弱い立場の人に怒りをぶちまけていたのでしょう。子育てに理性と知性はやはり必要です。理性も知性もない私だから、そこはよくわかります。ただ、苛められていた側だからこそ、そして、私よりもっと苛められていた兄を見ていたからこそ、ある意味、私は弱いものには感情移入し過ぎるんだと思います。自分の幼いころや泣いていた兄を連想してしまうので。だから、保健所行きになりそうだったチェリーを見棄てるなんて、絶対にできない。心療内科の先生に「身近に可哀想な人を見て苦労してきたからこそ、共感力が強くなったんだね」と前向きな言葉をいただきました。先のことを考えると不安でいっぱいになりますが、あれもこれもと先走らず、一つ一つ取り組んでいきたいと思います。でも大丈夫。心配した先輩が昨夜、話を聞いてくれてアタマを整理できました。優先順位を付けるしかない。まずは母の落ち着き先を見つけないと。明日の施設が受け入れてくれますように。
November 30, 2025
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犬も猫もお腹壊していて、餌に配慮したりくふうしてきたせいか、普通便が出るようになってホッとしています。しかし、私がダウンしました。日曜日母の病院へ自転車で片道30分かけて行っていましたが、月曜日に頭痛と発熱。インフルエンザかと思い、病院に行きましたが、違いました。熱は37.7度、呼吸器症状はまったくなかったのです。症状としては頭痛のみ。葛根湯と頭痛薬をもらって帰宅。火曜日も微熱と頭痛は抜けず、水曜日から仕事に行けるのか心配でしたが熱は下がったので、頭痛薬飲みながら仕事してきました。この数日前に叔母が道で倒れ、救急搬送されました。叔母は無理して片道二時間かけて母のぉお見舞いに通っていましたがこの人も要支援2の85才です。無理が祟ったのでしょう。二泊にゅういんしましたが、インフルエンザにかかっていたのです。来ないと怒る母ですが、これはもう諦めてもらうしかありません。しかし、認知症の母は叔母がお見舞いにきたことは一度もないと言い張っています。「あんたは小学生のときはきたなあ」認知症の人は短期記憶ができませんが昔のことは覚えているのです。海馬が縮むせいですが、昔のことは大脳皮質の記憶に残っているのです。私もこう頭痛が続くと苦しいです。疲れもあるでしょうがめちゃくちゃ肩が凝っているせいもあるかもしれません。ソーシャルワーカーさんも来なくても大丈夫と言ってくださるので明日はマッサージに超久しぶりに行こうかと思っています。熱が出ても頭痛でもチェリーの散歩は朝晩行っています。家の中で猫のようにねているチェリーは散歩をとても楽しみにしてくれています。嘘のように走りますので私もヘトヘトになりますがチェリーの老後は幸せにすると決めたのです。朝の散歩では紅葉をたのしめます。夜は光るライトを付けています。ここちゃんは、相変わらずチェリーの餌を狙っています。ここちゃんは私のベッドに挨拶程度に来て甘えてくれるようになり、嬉しいです。何とかこの頭痛を治したいです。
November 21, 2025
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この一ヶ月は怒涛のように過ぎていきました。母がフラフラと歩いているところをご近所の方に保護され、私に連絡が来たのです。母は逃走した犬を探して歩いていたようです。犬は奇跡的にお巡りさんに保護され、パトカーでご帰宅。そうでなければ保健所行きになるところでした。もう、犬を飼うのは無理だと説得し、私が犬の新しいママになりました。しかし、老犬だし、うちには猫もいるのでてんやわんや…そこだけでも大変なのですが長くなるので割愛します。犬を手放した母は、気力も落ちたか、家の中を歩くのもやっと。介護認定を受けました。しかし、認定は下りるまで一ヶ月以上かかります。お弁当屋の宅配を頼みましたが母が受け取らないので、これは却下。まともに食べられないので片道2時間かけて85才の叔母が食べ物を運んでくれたりしていましたが、限界です。かかりつけ医の所まで歩いて行くこともできない状態になり、私は慌てて車椅子を購入。しかし、その車椅子に乗ることはありませんでした。かかりつけ医にお願いして意見書を書いてもらい、一時入院が認められました。検査結果は進行がん。しかし、高齢なのでガンの進行は遅い可能性があります。事情が変わったので、介護認定は病院で受け直し、結果待ちです。一時入院ですが40日間は置いてもらえるので、安全は保証されました。そして、私の思っていた以上に認知症の結果が悪そうです。検査を受けるよう、夏から働きかけていましたが母は私の言うことなど聞かないので、全て手遅れ。応援に来てくれていた叔母も、自分の姉を見て「お母ちゃん」と呼ぶ姿を見ると、こちらの認知も怪しい。病院のソーシャルワーカーさんが相談に乗ってくださって退院後の母の行き先を相談しながら決めようとしています。これも介護認定が下りないと決められないのです。でも多分重い判定が出る見込みです。ガンの進行が遅いようなら特養ホームが候補に上がりますがどこも満杯で。ショートステイを繰り返す形になるかもしれません。私は仕事前に犬を散歩させ、夕方というか夜にも散歩に連れていきます。猫はもちろん、気を悪くしています。犬と猫、交代でお腹を壊しています。猫はお腹を壊してもトイレでするからいいのですが、犬は環境が変わり、トイレをなかなか覚えられないので家の中、悲惨です。母のことも、認知症でありながら私を見ると「こんなところに入れて!大嫌い!帰って!」と悪態をついています。認知症でも人を傷付ける語彙は豊富です。ふと、母はずっと軽度の…認知症ではなく、知的障がいがあったのかなと思い始めました。だから、若いときから言っていいことと悪いことの区別がつかず、というか、言ってはいけない悪いことばかり言っていました。認知力が下がったというより、もともとの障がいなのかなと感じ始めています。それでも親だから、手続きなど最低限のことはしないと…犬だって、79才で飼ったのです。母のわがままのために私も犬も振り回されています。ソーシャルワーカーさんはありがたいなと思いました。今後のことを相談にのってくださったことで暗闇に光が差したように思います。犬も猫も我慢して暮らしていますが、こちらには私は同情するばかり。犬の世話は猫の10倍くらい手がかかります。保護犬を保護した、と思って私なりに一生懸命お世話をしています。せっかく始めたゴスペルや川柳は、夜出かけられないし、遠方にいくのも現状では無理なので泣く泣く退会しました。第二の青春は母によって打ち切られました。でも仕事には行っています。仕事がいい気分転換になっています。という悲惨なご報告でした。
November 13, 2025
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ネットで面白い記事を読みました。子育てについて、です。こどもが親と遊んでくれるのは10才まで。その後は友達の方が良くなっちゃう。そして、小さいうちはとにかく手がかかる。やっと少し手がかからなくなると、金がかかる。思春期以降の学費、部活費、確かにお金かかったなあ。成人式のイベント準備もあるしね。そして、手がかからなくなり、お金がかからなくなると…こどもは出ていきます(笑)なんや、うちのことか。というか、みんなそうなのか。嵐のような子育て時代だったなあ。嵐を巻き起こして、落ちつくと自立して出ていくのだ。取り残された親は…自立して出ていった方は自分の意思だからいいけれど、こちとら、あれあれ、なんでー?でも、仕方ない。動物なのだ、人間も。クジラは授乳期関中、暖かい地方の海にいる。そこではエサは取れないかわりに、我が子をエサにされるリスクも少ない。そして少し大きくなると寒い地方へ向かって親子で泳ぎ出す。授乳しながら。めでたくエサの豊富な寒い海に到着すると、母子はここでお別れなのだ。母クジラもずっと食べていなかったわけだし、子クジラはもう自分でエサを探せるから。もう一緒に泳ぐことはない。なんとも潔い別れではないか。私は正直言うと寂しい気持ちに時々なるけれど、でもこれでいいと思う。私も年を取った。衣食住の世話をし、学費を稼ぐ、もうあんなパワーは残っていない。人によっては孫育てに追われるようだが、私にその機会は今のところ未知数というか、もう、娘に使い果たした。もう稼げないし、パワーも落ちた。残りの人生は私が主人公。母親はどうしても脇役だし、脇役だって結構面白いのだが。仕事もずっと続けさせてもらえたし、というか働かなきゃ娘に教育を施すことはできなかったから必要に迫られた上での仕事だったが私の人生の大半は仕事だった。私の子育て時代はまだまだ専業主婦優位の時代。「あんなに小さい子を預けて」などなど、一通り言われたっけ。こどもが、病気のときは辛かったな。どこかのブログで読んだような気がするが「こどもが高熱を出しているのに、父親が見ているなんて。こどもは病気のときは母親に見てもらいたいはず。そんなにまでして仕事したいですか?」と書いてあって、令和でもこんなことを言う人、まだいるんだと驚いた。夫婦交代で看病できるのはまだありがたい方なのに。どちらも親なんだから。こどもはお母さんの方が好き、というのも偏見です。私は父の方が好きでしたもん。それに仕事したいですか?って…働かなきゃやっていけない人たちのこと、わからないんだな。当然専業主婦だろうから、仕事で求められることもわからないのだろう。でも、そんな言葉も今の私には無縁ですね。今は主役。老化してきているけれど、やりたいこと、やれなかったことがいっぱいあるんだもん。まだまだ、これから!と思いつつ、思いきり疲れて寝ています。睡眠不足なのです。最近寝付きが悪くて。運動しても眠れない。お休みのときは朝寝坊できるけれど、仕事の日は起きなきゃいけない。睡眠不足でも起き上がります。明日休んで、明後日また仕事です。寝溜めしておこうっと。
October 3, 2025
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AI娘が欲しい。たまに娘に愚痴りたくなることはあるが、忙しいだろうし、年寄りの愚痴など聞くのも面倒だろうし、結構我慢している。こんなとき、娘AIがあったらなあ。娘のことを学習したAIと対話するのだ。AIなら下らない悩みでも夜中でも朝でも遠慮はなかろう…と書いていて気付いたが、朝は愚痴をいう気にならないことが多い。ギリギリまで寝ているせいか。悩みはあるのだ。サボりたいとか。娘にラインをして娘AIが欲しいと書いてみた。娘は❓️マークである。つまり、下らない悩みでも合理的な娘に判断してもらえたら気楽になりそうなのだ、と書いた。「直接相談してくれたらいいのに」そうはいかないからAIが欲しいのだ。「で、何を悩んでるの?」それがまた母や叔母のことなのだ。でも詳しくは書けない。暗すぎるし、娘は長文ラインが嫌いだし…ユーモアを交えて短文で書いたらこうなった。「ばあばや叔母さんのことで、もうアタマにきてアタマ沸騰しそうなの。でもママが沸騰したって作れるのはインスタントラーメンくらいだからさ」娘はまたしても❓️マーク。私のユーモアが全く理解不能だったようだ。「chatGPTでも入れたら?」はあ…でもさ、あれは誰かの知能を入れてるわけだ。先日タモリと山中伸弥先生の番組でAIについてテレビでやっていた。たとえばタモリを学習したAIタモリとソクラテスを学習したAIでは返事が異なるのだ。だから私は娘AIが欲しかったのだ。AIは、諦めて土屋賢二先生のエッセイを読みまくっている。私にあのユーモア精神が学習できないだろうか。無理だった。土屋先生はかなりふざけたエッセイを書いておられるが、何しろ東大で哲学を学び、お茶大の名誉教授なのだ。同じ頭を私にインストールすることは無理だ。でも少しはインストールできるかもしれない。部分的には。還暦をとっくに、過ぎた私には遠い道のりだ。ゴールにたどり着く前にあの世行きだろう。今日もピックルボールをやったが、テニス歴の長い皆さんにお相手していただくためにはかなりの、努力が必要だ。技術というより脚力の問題だと痛感する。歩いていると私はヨタヨタしていて、お年寄りにも抜かれてしまう遅さだ。先日はヨボヨボと、駐輪場へ行ったらシルバーのおじさまに、心配されてしまった。「足が悪いのですか?」と聞かれ、悪いと言えば悪い。膝関節症だし股関節は奇形だ。「ええ、膝が悪くて…」弱々しく答えたら高齢者用の入り口近くの駐輪場に停めさせてくれた。ふーむ、高齢者の定義は65才からなので64才の私は申し訳ないが甘えさせてもらった。歩くのが遅いのに走るのが速くなるわけはない。これが、ピックルボールでの悩みだ。球に追い付かないことしばしばなので。ウォーキングでも、やれたらいいが、股関節はともかく膝に悪いし。個人プレイのダンスではまだいい。ノロマでもチームブレイじゃないから自分のペースでやれる。ただ、下手なのがめだつところにいては迷惑なので、なるべく、端っこで気配を消す努力は怠らない。しかし、毎週通っているので、顔馴染みが増えて「今日もどこで踊っているか見えたよー」と声をかけられ、気配を消す作戦は失敗していると痛感している。どうしたら気配を消して運動できるだろうか。土屋先生のエッセイを読んでみよう。解決策はもちろん、書いていない。
September 20, 2025
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タモリと山中伸弥さんの番組をオンデマンドで観た。認知症がテーマである。詳しいことはもう一回か二回か三回か…観ないとわからないのだが、認知症は脳内にゴミがたまって脳が圧迫されて縮んでいく、みたいな感じかな。このゴミと呼ばれる物質は害ばかりではない。免疫力として体を守ってくれている。この遺伝子を持っている人は人類の繁栄に寄与してきた。多産系なのである。おまけに、若いうちはアタマもいいらしい。45才くらいから衰えていくのだけれど。昔は人生50年だったからこれで良かったのかもしれない。しかし、人生80年、100年と予想外に長生きするようになったので認知症の問題が出てきたわけだ。それにしても、認知症の遺伝子を持つ人はアタマがいい、という説には驚いた。我が母が「賢い人ほどボケる。私は賢くないから大丈夫」というのは一理あったのだ。私は単純にもともとアタマがよろしくないとされる人はボケても違いがよくわからないだけだと思っていたのだが。その論理でいくと私もボケないはずだ。しかし、そんなに単純な話ではなさそうである。難しい話はともかく、認知症予防の話をもっと聞きたかったが意外にさらっと終わったので残念。よく言われる栄養、睡眠、運動のことにはそれほど触れられていなかった。予防の一つに「ワンちゃん」が出てきたのには驚いた。犬がいると家族に会話が増え、散歩に出かけるので自然に体もアタマも動かすし、同じく犬連れの仲間もできて会話が弾む。母が「犬がいるから散歩に行くの。この子は私の足になってくれる」と犬をほめそやしていたが、認知症予防にも役に立っていたとは!猫じゃダメなのかな。ま、確かに散歩には行けないが、生き甲斐になってくれているんだけどな。運動は別途するからいいや…と思うがよくサボる。犬の散歩はサボりにくいことは認める。あとはひきこもり、孤立化がダメなんだとー。私はすぐにひきこもるからなあ…犬じゃなくて猫飼いだし、今は多少なりとも仕事をしているけれど65才までの契約だ。仕事をやめたらひきこもりまっしぐらになりそうな自分が怖い。あまり、触れていなかったけれど、睡眠と運動で頑張ろうかな。犬がいいのはわかったが、私はここちゃんが好きすぎて、変えるつもりはない。趣味はこれといって得意なものもないし、極めているものもない。何にでも首を突っ込んでいるだけ。これは無意識のなかに、こども時代、あれもこれもやりたいのに、禁止ばかりされていたので埋め合わせようとしているのではなかろうか。それに、趣味は趣味。極められず劣等感をさらに増やしてるとは認めるが、そのときはそのときで没頭しているのだから仕方ない。こんなことをして何の役に立つのかと自分でも呆れるが、やっているときは上手くなりたいと一応向上心を持っているのだ。何の役にも立たないことほど面白い。役に立つなんて思ったら遊びじゃなくなる。人生は遊ぶためにある、と最近は開き直っている。本音はちょっとは社会貢献したいんだけどね…若いときは体力があったからボランティア活動もしていたけれど、かなり大昔の話だ。料理が出来ないからこども食堂でも邪魔になるだろうし…今は働いているからほんのすこーし寄付もできるけど、働けなくなったら…かといって衰える一方の体で前期高齢者になっても働けるとはちょっと思いにくい。働けばいいじゃん、と言われてももう肉体労働できるほど体力がないのだ。こんなに体力が落ち、足腰ガタガタになるとは3年前には思ってもみなかった。ということは3年後には…私は認知症の心配より体力の衰えを心配した方が良さそうだ。賢くないのでボケてもあまり違いがないような気がする。老後のことは先輩に聞こう。土屋賢二さんの最新エッセイ「記憶にありません 記憶力もありません」を図書館で予約した。買おうか借りるか迷っていたが、本はなるべく増やしたくない。片付けられないから。と言いつつ、時々買う。でも、予約すれば他のの図書館から取り寄せてもらえる。近隣の図書館には残念ながらなかったのだが、この、取り寄せは、ありがたい。老境を面白おかしく土屋節で書いておられるそうなので楽しみにしている。番組では触れていなかったが、読書は認知症予防にはいいんじゃないかと勝手に妄想している。
September 13, 2025
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今日は楽しみにしていた娘たちとのランチでした。お寿司屋さんで久しぶりにヒラメを食べたり、カニ味噌の冷製茶碗蒸しをいただいたりして、かなり贅沢なランチとなりました。一時に予約していたら、閉店は2時だと言われ、ちょっと慌ただしかったのが残念です。娘夫婦はそのまま、買い物に出かけました。デートにまででしゃばってはいけないので、私は帰りました。昨夜のホットヨガでちょっと疲れていたのもあり、お昼寝ならぬ夕方寝。昨夜も熱中症を、起こしかけました。前回は水分が足りないせいと思いましたが、ちょっと違うみたいです。この先生のヨガは下向きポーズが多いので、水分を採っても、逆流してしまうのです。下向き犬のポーズなんか吐きそうでした。常温ヨガでは犬のポーズ、まったく問題なしなのでホットヨガの環境のせいかな。先生によってポーズが違うし、止まる時間も違うので、ホットヨガは別の先生にしよう。この先生のは常温のピラティスだけにしようと思いました。でも起きたら腰痛は消えているし、足のむくみも改善されていたので効果はあったと思います。でもレッスン中に気持ち悪くなるのは辛いです。明日は朝からピックルボールです。早起きしなくちゃ!
August 23, 2025
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昨夜は、一ヶ月半ぶりに遠征してダンスをやってきた。なぜかというと、7月に入って猛烈な暑さに体が適応できず、電車に乗るのが嫌になったのである。何しろ通勤も自転車なので、この夏は行動範囲が狭まった。しかし、これ以上サボると、復帰できなくなるし、昨日は本当に珍しく水曜日が休みだった。昼寝して体力を温存して、夜に暴れる私。もともと夜行性なのである。スタジオで見る顔ぶれは一ヶ月半前と全く同じで休んでいたのがうそのように感じた。しかし、うそでなかった証拠にステップはめちゃめちゃ、なかなか覚えられない。みんなはこの暑い夏にも頑張っていたんだなあ。サボらなきゃ良かった。来週からちゃんと通おう。水曜日は基本的に仕事なので、終わると用意してあっても直前に嫌になる。前は缶コーヒーを飲んで気分を上げたりしていたが、どうも胃の弱い私にコーヒーはダメみたいだ。好きなのだが、刺激が強くて結局不調に陥る。今度から栄養ドリンクにしよう。これもカフェインが入っているのだが。急にやったから翌日の筋肉痛が怖かった。しかし、驚いたことに今朝、筋肉痛を起こしていないことに気付いた。これは一年ぶりか。まあ、ダンスはサボっていたが、自転車で行けるホーム店でピックルボールやホットヨガをやっていたのが良かったのかもしれない。本当に色々手を出し、すべて下手過ぎて趣味とは言いがたい。でも欲が出てきた。ピックルボールはミニテニスみたいな感じなのだが、脚力が無さすぎてボールに追い付かず、レシーブミスばかりしている。サーブしかできないのは悔しすぎる。ピックルボールもコートの確保がなかなかできないし、日程が合わなかったりして週に一回やれるかどうかというところだ。仲間ができてきて、それならば自治体の体育館を借りてやろうと盛り上がった…はいいけれど、土日は満杯なのである。そりゃ、バスケット、バレーボール、卓球、バドミントンと体育館を使いたい人達はいっぱいいるわけで。それでも遠征すれば祝日ならやれることもあるし、しばらくコート難民になりながらも週に一回は確保したい。目下の悩みはこのノロい足。これを64才の私が鍛えようと言うのである。チームリーダーの男性は70才くらいだがマシンでガンガン鍛えているからコート内を走れる。私は膝が変形しているので、マシンは下手に使うと怪我につながるため、諦めている→経験ありそれで私の鍛え方は今まで通りダンスやホットヨガを続け、できたらプールも…と思うがなかなか、プールにまでたどり着かない。でもやらなきゃ!コート内をかろやかに走れるように…無理かなあー。でも目標がないと頑張れない。ただ、健康のためにと思っているとサボるばかりだ。今の目標はピックルボールなのである。ラケットというかピックルボールの場合はパドルと言うが、本日マイパドルが届いた。ちょっと勇気のいる値段だったが最後の青春なのだ。ダンスももちろん、上手くなりたいし楽しい。でも発表会があるわけではないので、目標が定まらないのである。ピックルボールは試合形式の練習なので、盛り上がる。ちょっと、私、ゴスペル練習もあるし、エッセイも川柳もあって大忙し。仕事ももちろんちゃんとやっている。休憩時間の読書も続けている。家族がいないとこんな、ハチャメチャなスケジュールになってしまう。でも明後日は娘夫婦とランチだ。私に合わせて和食のレストラン個室を予約してくれた。家族との時間は月に一回あるかないかだけど、やはり私は娘ラブなので、そういう日はジムもなし。運動は健康のために軽く始めたはずだった。ミイラ取りがミイラになってしまった?でもボールをラケットでパシッと打つあの瞬間、ストレスなんかどっか行っちゃうんです!快感です。ストレスだらけなので今の私には必要なのだ。
August 21, 2025
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読み終わりました。後半はドキドキして結末が気になって仕方ありませんでした。ほんわかしたタイムファンタジーです。ただ、後書きを読んで驚きました。斎藤敦夫先生の息子さんが37才の若さで昇天され、その二年後に息子を主人公にして書いたのです。そんな…講演会でも、息子さんへの読み聞かせ体験などをしてくださり、息子愛に溢れた先生でした。どんなにかお辛かったでしょう。救いはお孫さんがいたことです。私は両親ともに長寿の家系ですが、そんなものは関係ないですね。最近、いつまでこうやって働いたり運動したり書いたり歌ったりできるのかなあと思います。衰えを感じていますから。母の主治医に面会に行ったら認知症の初期の初期くらい、と言われました。私としては精神病を疑っていたのですが89才ともなると、認知症と言われてしまいますね。それで済んでしまうのです。そういう自分も物忘れが増えていますし、体もガタガタになってきています。もう50代からそうなのですが、毎週の鍼治療で乗りきってきました。今や鍼灸院に通うお金も厳しいので、湿布でしのいでいます。だから良くならないのでしょうけれど、あれもこれもとフルタイムのときのようには大盤振る舞いできません。年金生活になったらもっと苦しいわけですから。しかし、体がガタガタというのもありますが冷房でコチコチになっているのもあります。腰が痛いのも腹筋が衰えているせいです。というわけで腰痛予防に、今日はピラティスやりました。ネーミングがハードなプログラムだったのでびくびくしての初参加でしたが、思ったほどハードではなく、ホッとしました。続けてヨガ、ズンバとやってきました。こう書くと元気そうですが、ヨガでは体が硬くて参りました。魚のポーズは前に首を痛めたので今日はパス。ズンバでは、鏡を見ると、ダルマがよたよた踊っていました…また太っちゃったからねえ。ヨガのとき、膝サポーターをしていましたが、これのお陰で赤ちゃんのポーズができない。膝がうっ血していたようです。なので、思いきってしばらく膝サポーターをやめます。体が硬くちゃ、何もできません。だいぶヨガをサボっていましたが、見事にカチンコチン。サボらずに続けようと思いました。これだけ運動したらメンタルは快復、体は疲労💦気持ち良く眠れたらいいなと思います。明日は日曜日ですが仕事です。
August 2, 2025
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私は基本的に寒がりだ。昨年まで、オフィスでも冷房が苦手でアームカバーをしていたほどだ。その私が暑くてうだっているのだからやはり異常だ。アームカバーなど、付ける気がしない…て、もともとあれは紫外線対策ようなので私の使い方が間違ってたんだけどね。昨日、今日とせっかくのお休みでしたがひきこもりました。暑いというのもあるけど、疲れきっていたように思います。むろん、この疲れには暑さが拍車をかけているけど。暑いんだからプールへ行こう!と、思うだけ。最近色々手を出しすぎて、優先順位がわからなくなっています。皆さん、その道で趣味とはいえ、極めようとしているのを見ると、気軽に参加しているだけなのも気が引ける…上達も、熱心度と比例しますからね。仕事が減ったんだから、今のうちにやらなきゃ!と、焦った?運動に関しては、健康面から考えてもやらないとまずいっていうのもあるし、どうせやるなら楽しく、とも思いますね。寝転がって本を読んでいました。「川べにこがらし」ふーむ、老舗の「楽しい川べ」には敵わないのは当然です。作者も違うんだから。ちょっと、物語が静かすぎて哲学的だったかな。でも真夏に冬の本を読むとちょっぴり涼しく感じたりもします。相変わらず、食べ物の描写が好きです。ライスプディング、ジュージュー焼けてるソーセージ、ハーブティー、スコーン、バター付きトースト。シンプルだけど美味しそう。バターつきトーストって贅沢。だって私のこども時代の給食は食パンにマーガリンだもん。でも今はマーガリンいけないってのもあるけど、塩分取りすぎないように、ただの食パンみたいですね。塩分を取りすぎる習慣が付いてしまうと、腎臓にも悪いし、わからないことはないけど。ただ、食欲をそそらないと結局フードロスが増えちゃいますよね。昔は残したパンは持って帰って良かったんです。いろんな意味で重宝しました。お腹を空かせて待っている妹にあげると大喜びしたり…ま、腹違いの妹なので複雑だったのです。亡くなってしまいましたが、小さい子は可愛いって身をもって教えてくれました。姉ちゃん、その経験、無駄にしなかったよ!妹よ、君は役に立ったのだ!母が何も悪いことをしていなくても機嫌が悪いと夕飯を食べさせてくれなかったので、学校持ち帰りのパンでしのいだっけ。私って今なら児童相談所行きの案件だったな。誰も助けてくれなかったけど、兄と分かち合えたから生きていられた。でも、パンは少しだったのでお兄ちゃんに分けてあげられなかったのが痛恨の極み。でも、私たちが悪いんじゃないよね。過去に戻って、私たち三きょうだいを助けてあげたいなあ。でも歴史は書き替えられないんだよね。劇団四季で「バックトゥーザフューチャー」をやっているそうです。出不精な私の心が動いています。さーて、明日は仕事だ!
July 27, 2025
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鏡と脳裏こども時代に日本の昔話を読んでいた。十歳の時に、母親が病に伏してしまったので娘はとても悲しんでいた。母親は死の間際にある道具を渡し、娘に言い聞かせた。「私が死んだ後、会いたくなったらそれを見なさい。そこにお母さんはいます」母亡き後、娘はその道具を覗き込んだ。すると、本当に母親がそこにいて娘を見つめている。娘は道具に夢中になった。何年も、暇さえあれば、それを覗いて母親に会った。他のことが手につかないこともあったが、母親に会いたいのである。それを見ていた祖母が娘を諭した。「それは鏡というものです。おまえが見ているのはお母さんではなく、おまえ自身なの。おまえは本当にお母さんにそっくりだから」いつの時代の伝承話なのかわからなかったが、昔は鏡というのは貴重品でふだんから使うものではなかったのだということが、その話からわかった。母親に会いたくて鏡を覗き込んでいた娘の心情は切なく伝わる。幼かったり若かったりすれば母親というのは何よりも好きで大事な心の拠り所だろう。年齢というのは不思議だ。私の娘も小さい時から保育園に預けたため、泣いて追ってくるのを見るとまさに後ろ髪を引かれる思いで出勤しなければならなかった。それがだんだんに泣かなくなり、たまに早く迎えに行けば「今、せっかく遊んでたのに」文句を言うほどになった。泣かれるよりはずっといいし、成長だとわかるが、少し寂しかった。それでも保育士さんによるといたずらをして怒られた時には「ワーン、ママ~」と救いを求めて泣くのだそうだ。鏡は持っていなかったけれど、心の中に母親がいて、脳裏に私が浮かんだのだろう。昔話の鏡を覗き込んでいた少女のことが思い出され、拠り所にしてもらえるのは母としてありがたいと思った。しかし、どんどん成長して親と遊ぶより、友達と遊ぶ方が楽しくなっていった。さらに親より好きな人ができ、彼と暮らしたくなって家を出て行った。本当に子育ては走馬灯のようだ。いつまでもしがみついていては自立できなくなるのでありがたいと思いつつ、感傷的になる自分がいる。しかし、そのままでは逆にこどもに心配されてしまう。年とともに出かけるのが億劫になり、孤独に埋没しそうになるのを感じることもある。でも娘に心配をかけてはいけない。私も覗き込みたくなるような鏡が欲しい。脳裏に浮かぶ私の母はいつも怖いから。そんなことを言っても仕方がない。恐怖を連鎖させなかっただけ、自分は世代として成長しているのだ、と理性で自分に言い聞かせてみる。過去は辛くても未来は変えられる。そうやって生きてきたが、時々頑張り切れない自分を見つめて暗たんとする。そんな時、夢に出てきてくれた父に、私はしがみついて泣いた。「お父さん、私は大変なんだよ」これでは亡くなったおばあさんに抱きついて天国へ登って行ったマッチ売りの少女みたいではないか。父は今回、私を連れて行かなかった。でもその時が来たら、きっと父に迎えに来てもらえる。それまでにやりたいことを数えて書き上げてみようかと思っている。たくさんありすぎて父に会えるのは当分先になりそうだ。
July 22, 2025
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昨夜は一応娘の昇格?昇給祝いで私がレストランにてご馳走しました。人を育てるのが苦手な娘はマネジメント業務ではなく、営業やアイデアを出す係?よくわからなかったけど(笑)若い会社なので、年功序列にもならないし、個性を尊重してくれるようで娘は張り切っています。でも仕事の内容、聞いてもチンプンカンでございました。どっちかというと前半は私の愚痴になってしまった。そして娘にズバズバ本当のことを切り込まれて、ありがたいのだけど、胸に刺さりました。「ママはどうしたいの?」「何を目的にしてるの?到着点は?」う、うーん。そんなに合理的に考えられず、感情で動く私は返答に困る。私の悩みは色々あるが、目下、やはり母のことで困っているのだ。「ばあばに認知症のテストを受けさせたい理由は?ばあばはそんなことやりたがってないでしょ。89才にもなったら色々わからなくなって忘れるのは当たり前。ママは年寄りの扱いがわかってない」と、かなり手厳しい。「ばあばとどうなりたいの?」もう、詰問状態。私としては、上手く行かなかった親子関係だけど、母も年寄りだし、最後くらいは穏やかにいきたいと答えた。「絶対、無理!ママ、わかってないね。ばあばはママのこと、嫌ってるんだよ。だから何をしても感謝されないし、カチンと来てるの。ママが穏やかにやりたいって言っても相手はそう思ってないんだから」う、そう来たか。客観的に見てやはりそうか。「ばあばはママのこと良く思ってないの、見ててわかるよ。悪口も言うし。ママだってこう言っちゃ悪いけど、ばあばに対してはキツいよね。そりゃ、こども時代からのことが積み重なってるんだろうけど、客観的に見てたらママだってばあばのこと、嫌ってるのわかる。あのね、二人は合わないの!最後は仲良くなんて、あり得ないから。嫌いな人にどうして近付いて余計なおせっかいしてるの?」だ、だって相手は年寄りだからあまり放っておくのは…社会的にも、人に迷惑がかかるではないか。母はやっぱり私の悪口を娘に吹き込んでいたんだな、と再認識した。私達の親子関係がどうなろうとあの人は知ったこっちゃないというか、娘にも私を嫌わせたいのだ。被害妄想じゃなくて、やっぱりそうなんだな。「ばあばの連絡はこれからは私がする!叔母さんが何か言うのなら私に言って!間に立つから。ママには無理なの!その叔母さんって人の連絡先教えて。もうママには関わらないでって私が言うから。安否確認も私がする」そ、そんな。孫がそんなことをしなくてはいけないなんて可哀想過ぎる。「私はばあばが好きだよ。ママがばあばのことを悪く言うと私も嫌な気持ちになる」そうだよね…あなたは育てられてないからわからないだろうし、わかれというのは酷すぎる。まだ20代なんだもの。娘に連絡くらい頼んでもいいけれど、私って何のために存在してるんだろうか。かつて、元夫と夫婦喧嘩したとき、言われて堪えた言葉があった。「お前なんか、親にも愛されてなかったような人間じゃないか!」本当のことだったから、私は返す言葉がなかった。私は野良犬、野良猫以下なのだ。彼らはネグレクトされているかもしれないが少しは自由がある。しかし、私は苛められた上にがんじがらめにされていて、自由もなかった。逆らったところで結局母の言いなりになるしかなかった。私が逆らったのは結婚したことくらいで、激怒した母は何とか離婚させようと何度も何度も…最終的には従ったのだからどうにもならない。母はこどもを生むことにも反対していたが、妊娠してしまったので「二人目は絶対にダメだから!」としつこく言ってきた。状況的に、ワーキングマザーの私が親の援助もないのに二人目を生むことは事実上、無理だった。諦めた。しかし、そんなことは娘に言う必要がないのだ。私が墓場まで持っていけばいい。娘に心配をかけたり、自分の肉親はそんなに酷い人なのかと思わせることは自己肯定感を低くするだろう。娘は言い過ぎたとおもったようだ。「でも、私とママは仲良しだよね。それで良かったでしょ?」はい、その通りです。私は自分の暗闇を娘に連鎖させてはいけない。辛くても、別の場所で発散しよう。親に愛されてなかった…私はなんでこんな簡単なことを認められなかったのだろう。親子でも相性はあるだろう。しかし、母は兄とも相性が悪く、「早く死んでくれて良かった」という人なのだ。私が死んでも悲しまないに違いない。つまり、誰も愛せないのだろう。可哀想な人、というほど私は優しくない。母に対しての感情は打ち切ろう。連鎖しなかっただけでいいのだ。私は娘と仲良しなんだから。連鎖しない、これだけが私の使命だったのかな。暗い話ばかりではお祝いにならないので、娘がこれから沖縄旅行をしようとしていること、スカッシュをやりたいと思っていることなどを楽しく話してもらった。神様私はもう仕方がありません。娘だけは幸せに生きていけますように。私は重荷になってはいけない、と気付かされた夜だった。暗くなってしまったけど私は大丈夫。家の中に私を脅かす人はいません。こんな私でも慕ってくれるここちゃんがいます。そして、娘がスカッシュを始めるように私もピックルボールでラケットを振り回します!楽しみです!
July 21, 2025
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お久しぶりです。最後に書いたときは寒かったのに、異様な熱波に包まれている休日です。夕方まで外出、やめよう。私は相変わらずです。週に3日か4日働いて、後の休日はひきこもりそうになるのを必死で防いでいます。いつ行ってもいいジムはサボりがちになるので、他に習い事を入れて、その日その時間じゃないと月謝が無駄になる…というふうに追い込まないと動けません。自主性や自律心が弱いのです。娘は元気な様子。昇格したと喜びのラインをもらいましたが、どういうポジションになるのか?部下はいないそうです。外資系なので、日本の会社とかなりシステムが違い、よくわかりません。でも褒めて伸ばす方針なのかな。昇格と言えば、遠い昔の兄のことを思い出しました。兄はもともと、駅で弁当を販売する予定で採用されましたが、全く客とコミュニケーションが取れないらしく、すぐ配置転換になりました。リヤカーにお弁当をたくさん乗せて、販売所まで届けるのです。体は丈夫で、力もあったし、こちらの方が合っていたようです。何年か続けるうちに、苛めは先輩からだけでなく、後輩からも起きていたようです。仕事を辞めたいとめげていた兄でしたが、ある日、母に言ったそうです。「俺、昇給したんだ。だからまだ頑張る」と。なんと健気な。でも昇給や昇格というのは、そうやって本人のモチベーションを上げるものなのでしょう。私は40年間、定年退職まで仕事を続けましたが、昇給するとやはり嬉しかった。リーマンショック以降、昇給どころか給料が下がったのには参りましたけどね。後輩にまで苛められていた兄のことを思うと胸が痛みますが、よく考えたら同じことは我が身にも起きていました。自分ができないから悪いのだとうつうつするばかりでした。しかし、仕事事態には遣り甲斐が大変ありました。自分は社会の役に少しは立てているのかなと思えることも多く、例え、苛めがあっても、自分を信用してくれている人達のために、と思えたものです。ありがたいことでしたね。昇給や昇格といった形でなくても、信頼されているという感覚のみで、頑張れた気がします。ただ、凹凸の激しい私は全般的に見て、優秀とは言いがたかったとは客観的に思います。今は畑違いの職場なので、62才からの新人生活を送り、ただいま2年目です。62才からの新人って、すごくないですか?必死でしたよ。若い20代の同期?とも楽しく会話をして過ごしています。相手は困ったおばあさんと思っているかもしれませんが、それでも気楽に話をできる相手と認識してくれているようで、こども時代の話をしてくれたりして楽しいです。伊能忠敬は50才にして、弟子入りして、測量を学び、地図を完成させました。まあ、50才と60才じゃかなり違いますけどね、心意気は学びたいものです。でも伊能忠敬にはなれません…残念ながら。だけど今の仕事も楽しいと思えることは結構あります。仕事は大成はしませんので、趣味は何とか。これも家庭がないからこそできるんですね。自由ですから。先日誕生日を迎えて64才になりました。63才から始めたゴスペル、川柳、どちらも楽しいです。60才を過ぎてから始めたラテンダンスも楽しいし、結構60代は楽しめますね?もちろんガタはあちこち出ており、膝や股関節が痛むなど年齢なりの症状はありますので、これはプールでリハビリできないかなと試行錯誤しています。プールはやり過ぎると大抵、疲れて風邪をひいてしまいますので…でも、夏はプールがいいです!気持ちいい!だって外は熱波なんだもの。母との確執は続いていて、もう、何もかも嫌になったりしますが、とにかくあちらも89才と思えないパワーで攻撃してきますので、逃げるしかないかな。これでも10年前よりましなんです。あの頃は追いかけてきて攻撃してきましたからね。つまり、電話攻勢。「今、お父さんを追い出してやった。駅をうろついてるわ」と勝ち誇ったように電話してくるのです。夜中に駅に父を探しに行ったりしました。現役フルタイムで働いていた私の事情など、母は知ったこっちゃなかった。老いていく父を苛め、それに振り回される私を見て満足そうでした。今は長年の着信拒否攻勢が功を奏して、母から電話攻撃をしてくることはなくなりました。私は義務として連絡をしますがそのたびに寝込むほど落ち込みます。娘にもう、連絡しなくていいんだよと言われていますが…久しぶりなのであれこれ書きすぎました。暑いので皆さま、熱中症にはくれぐれもご注意を!
June 29, 2025
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ネットニュースで気付いた。曽野綾子さんが2月28日に逝去されていた。もう、まさにガーン。私はこの世代の作家さんが好きなのである。最近、曽野綾子さんのエッセイを見かけないなあ、どこかの週刊誌に載っていないかしらと思ったばかりだった。93才で、骨折をきっかけに入院され、そのまま老衰で亡くなられたそうだ。曽野綾子さんも、佐藤愛子さんのように100才過ぎてもお元気だろうと勝手に思い込んでいたのが迂闊だった。お元気なイメージしかなかったのである。最初に曽野綾子さんの本を読んだのはなんと小学校4年生の時だった。「誰のために愛するか」が超ベストセラーになり、何故か我が家にもあった。母は読書をしないし、父の好みでもなかったから、何故そんな本があるのか不思議だった。母が誰かにもらったのだろうか。「あんたが読んだら?」と言うので、手に取ってみた。初めて読んだエッセイがこの本だった。表現は硬くないし、読みにくいわけでもなかったが、内容は深すぎて、4年生の私には無理だった。確か、愛するというのはその人のために死ねるかどうかだと書かれていた気がする。そして、母親はそれが本能だとしても、こどものために死ねるのだと。びっくりして、その時は信じてしまった。大人になってから、そういう母親ばかりではないと知ったが、当時は信じたのである。それから、曽野綾子さんが不眠症になり、精神的に病まれてしまったという辺りも驚いた。こんな本を書ける人が精神的に病むことがあるのかと。覚えているのはその2つくらいで、あとは理解するのが難しかった。ただ、曽野綾子さんという作家名は覚えたので、思春期以降、次々に読むようになった。遠藤周作さんとお友達という点も面白かった。お互いにエッセイのネタにしていたからだ。これは佐藤愛子さんも同じですね。息子さんの育て方もユニークで、親しみを覚えた。母親はこどもに愚痴をこぼしていいと言うのである。こどもなりに大人の事情を考えてくれるからというのだ。まあ、愚痴の内容にもよると思いますが曽野綾子さんは下品に人の悪口など言わないからこそできたことだろう。夫婦喧嘩もこどもに見せていいと書いていらしたが、もともとご主人の三浦朱門さんとはおしどり夫婦で、仲良しだから、こどもを傷付けなかったのだろう。そこを理解せずに盛大に夫婦喧嘩していた自分の浅さがとことん嫌になる。でもこどものために死ねるとまで言って愛していた息子さんをさっさと自立させ、親離れしたことも潔くて、これは多少真似ができて良かったと思う。息子さんには本はいくらでも買って良い、漫画でも構わないと言って育てたことは多少真似させていただいた。曽野綾子さんのように裕福ではない私は、漫画でも良いという勇気はなかったが、結果的に漫画に執着するようになった娘を見て、失敗したなと思った。漫画でも良いと言えばあんなに執着しなかったのかも知れない。本はいくらでも良いと言ったせいか、思ったほどたくさんの本を買うことはなかったからだ。後日、知ったが遠藤周作さんも息子さんに、本でも漫画でもいくらでも買って良いと言って育てていた。本屋さんに前もって話しておいて、こどもが欲しいと言ったらいくらでも売ってやってほしい、後で親がお金を払うから、ということになっていたのも共通点だ。遠藤周作さんと三浦朱門さんは親友だから、そんなことを情報交換していたのかなあなどと勝手に妄想している。遠藤周作さんの息子さんも曽野綾子さんの息子さんもそんなに読書環境に恵まれていながらも文学の道には進まなかった。もともと、そういうことを強制する気がなかったのだろう。読書をするということは様々な経験や考え方を擬似体験するものであり、それを職業にしようがしまいがこどもの自由なのである。私の話など出すのは恐縮だが、我が娘も文学を深めようなどという気はさらさらなかったようだ。文学部に落ちちゃったというのもあるけれど、文学部になんか進んだら、あの娘は単位を取れずに留年したことだろう。曽野綾子さんが保守的な思想を持ち、それが嫌だという人もいるが、私はそういうことはあまり気にしない。そんなことを言ったら佐藤愛子さんだって林真理子さんだって、かなり保守的な考えをお持ちだと思うが、本は読んでもらってなんぼである。そういう考え方もあるなあ、それにしても面白くお書きになるなあと思うだけ。のめりこむようにして読めると言うのが本選びの基本だと思っている。似た名前で三浦綾子さんもベストセラー作家だったが、この方は保守とは正反対。でも面白く、心を打たれながら読んだものだ。曽野綾子さんがカトリックで、三浦綾子さんがプロテスタントなのでその違いもある?いや、遠藤周作さんはカトリックだけど保守的とは思えないから、そう単純な問題ではないだろう。85才のとき、三浦朱門さんの介護人になると決めて、立派にこなした曽野綾子さん。そして「夫の後始末」などというエッセイも書きながら、どんなにご主人を愛していたか伝わってきた。ご主人が亡くなられたあと、決めたことは「決して周囲に甘えない。未亡人だとわかっていたら電話も断れないだろうから、友人への電話も自分に禁じた」という辺りにも感動した。私も電話を一生懸命控えている。ラインも長くなりがちなので、私なりに控えている…が、ブログを見ておわかりの通り、私の文章は長いから、気を付けなければと新たに…ラインに関しては思っている。曽野綾子さんには亡くなってもらいたくなかった。100才まで生きていて欲しかった。もし、骨折をしなければ、まだまだエッセイもお書きになれたのではないか。ただ、ご本人はあまり長生きするのは良くないとおっしゃっていたけれど。いつ亡くなってもいいように、断捨離をかなりなさっていた。遺族に迷惑をかけないためである。もともと、几帳面な方だからできたのであろうけれど、私も見習わなくてはいけないのではないか。「老いの才覚」を読み直さないといけない。でも、新刊を読みたかったですよ。10才の時から読んでいるのだから。飼っていらしたスコティッシュフォールドたちは…曽野綾子さんのことだから、きっとそういうことは前もって準備されていたことだろう。最後まで自立していた曽野綾子さん、その読者としては、かなり情けない、似てもにつかぬ私であるが、私の人生に大きな影響を与えてくださってありがとうございました。本当に悲しい。
March 4, 2025
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次のエッセイのお題が「色」なので、文字通り色彩感覚のない私には難しいお題である。色、というと困ったことばかり思い出される。以下図工の時間に色鉛筆で絵を描かなくてはならなかった。私は兄のお下がりの色鉛筆セットを持たされ、それは何色も欠けていた。「ごめん、ピンクを貸してくれる?」「緑を借りていい?」隣の席の子に頼まなければならなかった。その子はとうとう言った。「貸してあげるから、緑のところは全部緑に塗って、何度も借りないで」それは難しかった。風景を描いていると、地面の草も緑だし、木葉も緑だし、それらをすべて想定して色別に描いていくのは困難だった。ここにも木を増やそう、あ、でも葉っぱは緑だからやっぱり描いちゃいけないか…なんで緑やピンク、黄色もない色鉛筆セットなんか持たされるのか悲しかった。確か、これは母に報告したと思う。何色も欠けている色鉛筆セットで、隣の席の友達に借りたら嫌がられたと。「文房具は自分のお小遣いで買う約束だよ」そう言われてしまえばどうにもならない。私は月に一冊は本を買ってしまうので、文房具を買う余裕がなかった。色鉛筆で絵を描く機会はそんなになかったので、結局、その色鉛筆不足のセットを使い続けた。クレヨンや絵の具のときはホッとした。これも兄のお下がりだが、色が欠けているということはなかったからだ。その後「フランダースの犬」という児童文学を読み、炭だけで絵を描く少年の姿に感動した。黒だけで表現し、それが評価されるのだ。調子に乗った私は、図工の時間、草をクレヨンで全て同じように緑で表現した。いかにも雑な絵で、先生は呆れた。「この緑はなんなの?」「草…のつもり」「草のつもりねえ」先生はスタンプを押した。みんな「たいへんよくできました」のゾウサンスタンプなのに、私のだけとらマークの「よくできました」スタンプだった。私はフランダースの犬の少年とは大違いだと現実を知った。人前で絵を描くことが嫌いになった。家庭でも「下手な絵を描くな」と怒られていたので、先生のせいだけではない。どうせ、下手と言われるのだから開き直ってしまい、ますます雑に描いて早く終わらせようとするようになった。短大でも美術の時間があった。端っこで目立たないように描いていると、逆に目立って先生がそばにつくようになった。版画など、色々手伝ってもらったが、私のは実にセンスがない。それを先生が付き添いながら「よく出来てるよ。いいじゃないか。きみはコンプレックスを持っているんだね。でもそれは君が悪いんじゃない。君を教えた先生の責任だよ。きみはできるんだよ」ずっと励まし続けてもらった。私は再びペンをとり、友達の似顔絵や姿を四コマ漫画で表現するようになり、友達からは受けた。絵がいいのでなく、ストーリーが面白かったようだが「あんたの漫画面白い。もっと描いて」と言われ、調子に乗った。いつも節約家の友達を描きながらアイスを買う場面で「おばちゃん、一番安くて美味しいのちょうだい」と言わせたりして、ずいぶん失礼な漫画だった。友達は大笑いしていた。つまらない授業のときは端に人が走る場面をかき、ペラペラめくると走り続ける人が登場し続けるのでこれも受けた。そう言えば全部黒鉛筆で描いていた。やがて、私は母親になり、こどもが小学生になると張り切って16色の色鉛筆セットを用意した。でも娘がよく描くのはやはり黒なのだった。ストーリーを付けるのも好きだったようだ。色がなくても表現はできる。短大の美術の先生には今でも感謝している。
February 16, 2025
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ちょっと疲れた。月曜日は川柳教室へ。片道一時間くらいかかるところだが、月曜日にやっているところがここしかなかったのである。月曜日休みだからと話したら、会員の方に第三週月曜日にも川柳サークルをやっているから参加しませんかと言われて返事を保留した。更に遠かったのと、他の月曜日はフラダンスを再開するつもりだったからだ。フラダンスと川柳、どっちがいいんだろう。多分、向いているのは川柳の方だろう。フラダンスはいくらやってもそう上手くはなるまい。ただ、体を動かす趣味も捨てがたいので迷っている。火曜日もお休みだったので(祝日)高校の友達とランチした。本当は映画くらい設定してあげたかったがチケットを用意する余裕がなかった。高校の友達で連絡を取っているのは部活時代の友達ばかりで、この友達は私のような嘱託的な働き方なので予定を合わせやすい。孫のいる友達だとちょうど手のかかる時期なので予定を合わせにくい。なので話も合いやすく、ありがたい存在だ。私をよくランチに誘ってくれるのはこの友達と、元職場の先輩、あとは娘くらいなので、昔の友達ってどんどん減るなあ。ママ友は一人も残っていない。職場も退職してしまえばこんなもんである。親戚付き合いは全くしない。ろくな親戚がいない。父方の親戚には会ってみたいが、母に断絶されてしまっている。水曜日は仕事をして、帰りにホットヨガをやってきた。超寒かったので生き返った気がした。いつも冬に言う言葉だが「凍ってた血管が溶けていく」感じである。木曜日には二度めのゴスペルに参加。予習をしていかなかったのでぶっつけ本番になり、音を取ったり歌詞を読んだり先生の指揮に合わせるのにアタマをフル回転させ、声を張り上げるもんだから酸欠になるかと思った。でもやはり歌うとスッキリする。ネガティブな感情が消えていく。私の生活に歌は不可欠だ。もともと中高生のときは合唱コンクールが大好きだったし、音楽の授業で歌うのも好きだった。前職では毎日歌う機会があった。それが嘱託になってから、生活に歌が消えて寂しかった。金曜日、ホットヨガヨガとフラダンスをやる。どちらもハードではなかったが、この辺でくたびれてきた。今日はお休みでやはりヨガとフラダンスの予定だったが起き上がれなくなった。よって、サボってしまった。週に一度くらい、なにもしない日があってもいいだろう。明日は娘夫婦とランチの予定だ。しかし、そろそろ次回のエッセイに取りかからないとまた推敲不足の作品になってしまう。今週は立て続けに三冊、遠藤周作の小説を読んだ。戦国時代が舞台だったので、私は改めて織田信長を怖いと思った。彼は天才だが、サイコパスである。人の命などなんとも思わず、罪のない子供たちまで惨殺しまくっている。ちょっと、しばらく明るめの作品にしなくちゃ。さて、私は何をやりたいんでしょうか。よくわからなくなってきた。始めたものは続けている。今しかできないんだから。60代は貴重なのである。
February 15, 2025
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あれ、私、これ買ったっけ?と忘れた頃になって山中恒氏の「頭の先と足の先」という児童書の古本が届いた。なぜ古本がというと、これはもう絶版なので、古本として手に入れるしかなかったからだ。これを読んだのは小学校六年生の時だから、41年も前である。山中恒は「ぼくがぼくであること」が児童書として売れ、有名になっていた。山中恒氏は今でいう「毒母」のようなものをたくさん書いていて、ストーリーはテンポがよく、それこそハラハラドキドキして読んだものだ。「頭の先」は片足が不自由な少年が主人公で、今なら差別用語として、絶対使ってはいけない言葉が連発されており、ストーリーとしては面白いのだが、多分、それで絶版なのだろう。戦後のまだ多くの国民が豊かとは言いがたい生活を送っていた頃、この少年は生まれた。ここにも「毒母」登場なのだが、他の作品と違って、この少年の母は息子を溺愛するあまり、過干渉となっていた。足が不自由なのが不憫で、助けてやろうという母心なのだが、少年は高学年になって自立しようとしている。足のことでからかわれてもいいから、自分で解決したいのに母親がしゃしゃり出てくるから、友達ができそうになってもぶち壊されてばかりいる。何しろ、この母、高学年になっても息子の遠足に付き添うと言って聞かない。少年は何とか母親を撒こうとし、すったもんだしている。当時、6年生だった私はこの少年の気持ちに共感しすぎて、何とかならないものかと気を揉みながら読んでいた。なんて嫌な母親!過干渉な母親というのは本当にこどもにとって迷惑なのである。幼稚園のころと思春期のころとの区別ができないのだ。41年ぶりに読んでみた感想としては、やはり6年生のときと違う。この母親を哀れに思う気持ちが湧いた。当時は全然そんな気持ちになれなかったから、私もそれなりに人生経験を積んだということか。この母親は多分、知的にもグレーゾーン。だから小さいときと大きくなってからの区別がつかず、自分が嫌がられていることにも気付けない。盲目的に息子を愛している。こんなふうな読後感を持つとは意外だった。少年の自立したい気持ちは今でもよくわかるのだが。私は二十歳の時に引っ越しをしたのだが、ある日帰宅すると愛読書だった児童文学がすべてなくなっていた。「図書館に寄附してきたから。あんたは二十歳なんだから、こども時代の本なんて必要ない」ちょ、ちょっと、私には思い出のつまった愛蔵書だったんだぞー。山中恒もそうだし、赤毛のアンもムーミンもメアリー・ポピンズも、二十歳になったって捨てられるもんじゃない。そんなことを言ったって読書習慣のない母には理解できなかったし、必要ないの一点張り。買い直すのにその後どれだけ金を使ったか。諦めた児童書も多かったけれど。そんな中で絶版の憂き目に合う本も多かったからこうして還暦過ぎても時々、アマゾン中古で買い直してしまうのだ。今は図書館が身近なので、昔読んだ本を借りては感激しているけれど、本というのはいつでも手に取れる位置にある方が本当は楽しいのである。積ん読にもつながるが。この小説はもちろんフィクションだからその後の少年の成長は読むことができない。きっと立派に自立しただろうと読者は想像を膨らませるだけだ。障害を扱った児童文学はそんなに多くはなかったので、私の心にかなり響いた。20代、飲み歩きの遊び人と化していた私はやたらにいろんな人と知り合い、なぜかめったに恋愛に発展することなく、友達がどんどん増えていった。その中で印象的だった青年がいる。彼は大工さんで、顔はなかなかのイケメンだった。彼は当初、私の友人を目当てにナンパしてきたわけだが、友人が相手にしなかったので、仕方なく私と悪友関係を続けていた。数人でボーリングに行ったことがある。仲間はその人の地元の同級生たちがメインで、野郎共ばかりではつまらないからと私も誘われた。その時、足の不自由な人も参加していた。やはりボーリングはバランスが取れないとうまく投げられないから、その人はガーターを連発した。驚いたことに、その人がガーターを出すたびに、大工さんもその友達も笑顔で大拍手する。私は呆気に取られた。ちっともばかにしている風情ではなく、足の不自由なこともひっくるめて、彼らはこども時代から善き友人であり、ありのままを受け止めて冗談を言い合っていた。私はちょっと軽いやつだと思っていたその大工さんを改めて見直した。私はいい友達を持ったのだ。それは「頭の先と足の先」で、描かれていた、たとえハンディがあっても遠巻きに見るのでなく、本気でありのままを受け止めた友達付き合いを始めたあの少年の未来形だったのである。が、しかし、男と女の友情は続けるのが難しい。相手に恋人ができたり、こちらも結婚したりなどしているうちに付き合いにくくなっていった。自分達は友達だと思っていても、若い恋人はやはりいい気持ちがしないものなのである。お互いに遠慮しているうちに切れてしまった男友達は多かったなあ。あまりそういうことを気にしない外国人の方が、それこそ、ジェンダーフリーで今でも連絡を取り合うくらいだ。残念ながら、各国に散らばってしまったため、SNSでしか連絡は取れませんけどね。そんなことを、いろいろ考えさせられた児童文学でした。今の時代はジェンダーフリーも進んできたし、娘は一応、結婚後も男友達とたまに飲みに行ったりしている。いいことだ。まあ、婿さんがどう思うのか、ばか親の私はちょっと気にしてますけれどね。児童文学からジェンダーフリーまで話がいってしまい…え?ジェンダーフリーの視点が違う?まあ、いいじゃん。私は20代の頃が人生で一番楽しかったので、60代も楽しもうと必死になっている。年は取っても好奇心は止まらない。
February 6, 2025
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今日は寒くて一歩も外に出なかった。雪予報や雨予報が出ていて、昼間から空がどんより。本当に何が降ったのかさえわからないまま、ひきこもっていた。本を読む気力もなく、TVerとオンデマンドにしがみつく。テレビは受け身でいられるからいい。主体的に動かなくていい。こういうのが続くとボケると思いますが、仕事があるおなげで、毎日こういうことにはならない。つくづく専業主婦に向かないタイプだと思うが、仕事ができるわけでもないので、何をしても情けない状態が続いている。TVerでは御上先生を観ることにした。その前にやっていた「海に眠るダイヤモンド」があまりに好きだったため、次作は観ないと決めていたが、他に観るものがなかったのだ。教師ものなんて、久しぶりだなあ。金八先生以来かも。あ、宙わたる教室も観てたか。御上先生はミステリーっぽいような、なかなかの秀逸作品である。官僚が天下りというか左遷のような形で私立の進学高校の教員に派遣されるというびっくりなスタートだった。それにしても、東大にバンバン入ってしまうような高校なんて我が人生に全くもって縁がない人生だったので描き方が面白い。学習指導要領の話まで出てきて、生徒がディベートしていく。そう言われてみると、中学までは義務教育だから、検定を通っていない教科書を使った授業というのはなかったな。高校に入ると、先生たちがかなり自由に、教科書と関係ない話をする人が増えたのは覚えている。特に社会科系。教科書を使う先生の授業はつまらなかった。しかし、教科書を一ページも使わないのに、試験問題は教科書から出されるので、自学で覚えないといけないのには参ったけれど。高校は義務教育ではないから、あんなことができたんだなあと今さらながらに思った。このドラマは、超進学高校なので、生徒のレベルの高いこと。精神年齢と知性はやはり比例するのか。なかなか闇の深いドラマなので観ていて明るくはならないのだが、問題提起としてはいいのではないかと思う。「べらぼう」も面白くなってきた。最初は吉原を出されると花魁たちが気の毒で辛い気持ちになったが、まあ、べらぼうのテーマが花魁ではない。江戸文化なのである。それにしても、どの、時代でも女性たちが同じような顔をした、絵巻ばかりなので、不思議に思っていた。日本美人の基準がうりざね顔で目細なのだろつけれど、本当にみんなこういう顔ばかりだったのか。いつから変わったのかと不思議に思っていたのである。昔から弥生系と縄文系の顔があったわけだが、絵巻になる方が弥生系なわけですね。縄文系の顔は品がないとされていたらしい。明治くらいから評価が変わったわけですな。開国したからですね。これから、日本人の顔はまたどんどん変わっていくでしょう。少子化なので、移民の子供の方が多くなり…今でも東京はかなりそうなのですが、全国的になるでしょう。どんどんミックスされていくことと思います。今から100年後くらいになると、東南アジア系のハーフ顔がすごく増えていきそうです。優秀な人達というのも、日本人がメインではなくなりそう。そうやって変わっていくんだろうな。江戸文化は面白いから、もう少し勉強したいですね。顔は変わっても文化は受け継がれていきますように。私も江戸文化の川柳教室に入ったことだし、ぼーっとしていないで勉強しなくちゃ、ですね。
February 2, 2025
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一昨日、母から絶賛悪口大会の電話攻撃を受け、その夜は眠れないし、翌日も落ち込んだりイライラしたり。私の一生はこうして母に苛められて終わるのかと思うと夢も希望もなくなりそうだった。歌もダンスも創作もどうせ大したことはないのだ。仕事も。今日も不安定な状態で出勤したものの、作業が異様に多い上、相変わらずミスはするし、作業中に後ろにひっくり返る始末だった。これは膝が悪いため、しゃがむ動作が苦手になっていて、おまけに太ったのでバランスがますます取れなくなったせいである。先週はヨガを二回くらいしかやっていないのに筋肉痛まで起こしていた。それで、しゃがむ→立ち上がるという動作すら繰り返しているうちにクラクラし、バランスを崩してひっくりかえったというわけだ。誰も見ていなかったのが不幸中の幸いである。帰路、寒くて震え上がりそうだった。痩せた白い野良猫が植え込みに隠れこむ姿を見たらよけいに切なくなった。あんなに痩せていてこの冬を越せるのか。野良猫の多くが冬に命を落とす。痩せてもいないくせに我が末路のように思えた。連れて帰れなくて本当にごめんね。私のことなど見向きもしていなかったけれど。すると今度はシベリアンハスキーの散歩に出会った。背筋をピンと伸ばし、早足で本当にカッコいい。連れて歩いている男性も速足で、どちらも幸せそうだった。ここから、連想して実家の老犬が脳裏に浮かぶ。母は頭の方は怪しいことになっているが、元来足腰丈夫で手先も器用だ。ルーティンになっているので、朝と夕方はこの老犬と散歩し、犬のシャワーからトリミングまで一人でこなす。この犬は元々、父に懐いていた。しかし、父は老人ホーム、病院となり、お墓に入ってしまったのだが、亡くなってからは家の中に入っていないため、犬は父の死がわかっていない。もう6年も経つのに。毎晩、父を待って、父のベッドで眠っているという。そして朝になると諦めて、母を起こしに行き、散歩に誘う。母も昼夜逆転しがちな体質だが、犬のお陰で生活リズムが保たれている。犬も母しか頼れないのは理解している。それを思い出したとき、実家の犬にとっては多少母がボケようと、悪口三昧であろうと、犬は母に元気に生きていてほしいのだと改めて気付いた。多分、この世で一番、母の元気を願っているのはこの犬だろう。実の娘より、孫より、犬の方がずっと母を慕っている。こんなことを書くなんて、なんと薄情な娘だと(婆さんだが)思われる方も多いだろう。しかし、私とて同じ状況なのである。多分、この世で私の生を一番願っているのはやはり飼い猫なのだ。人見知りが強く、環境の変化に弱いここちゃんは静かに私と暮らせることだけが楽しみなのである。もちろん、娘は私を気遣って毎月のように外食に誘い出したり、私の着ているものがみすぼらしいという理由で服を買ってくれたりしている。でもあの娘は私が死んでもすぐに立ち直り、元気に生きていける逞しさがある。友人も減りつつあるし、私がいないと生きづらくなるのはここちゃんだけだろう。そのために私は生きているというか、生かされている。母と同じなのだ。人は誰かのために生きているということが支えになる。人間でなくても、動物でも同じ地球の仲間ではないか。だから、例え、母の毒舌に苦しめられようと、母は犬が生きている限り、頑張ってもらいたい。犬のために。そう思ったらなんだか、スッキリした。落ち込まなくなった。シベリアンハスキーの散歩に元気をもらった。
January 17, 2025
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インフルエンザが報道通り、職場でも出てきて免疫力の低い、私はビクビクものです。なにしろなん十年ぶりかで、インフルエンザワクチンをやめたものですから。理由は昨年、ワクチン接種後に顔がお岩さんのように腫れ上がり、結局そんな顔で出勤するわけに行かず、インフルエンザでもないのに数日休む羽目になったならです。もともと腕は腫れるほうでしたが、顔が腫れ上がるなんて初めてでした。というわけでワクチン打ってないと怖いもんですね、こう流行ると。ちょっと調子が悪いとインフルかとビビりますが今は医療も逼迫していて、薬も検査薬も足りないので、熱もないのに来るなという感じです。そんななか、ゴスペルの体験に。まあ、飛沫飛びまくりかもしれませんが、ストレス発散にはすごくいいのです。免疫力低下の原因の一つにはストレスがありますから。初めてなので音程もリズムもはずしっぱなし、英語は間違いだらけ(これは結構誤魔化せる)そして恐れ多くもダミ声のくせしてソプラノに挑戦。中高生のころはソプラノ担当でしたし…なん十年前の話じゃ!「喉の筋肉の問題ですから昔ソプラノならできますよ」と励まされて。で、裏声になっちゃいましたが私なりに声は出たので自分で感激しちゃいました。歌うって楽しい!ダンスより好きかも。もう、大きな声で歌っていると嫌なことゆううつなこと、ぶっ飛んでいくんですよ。それにしてもアルトやテノールのひとたちも上手だったなあ。私なんかソプラノの場所にいたというだけで。で、ソプラノ、少ないんですよ。やはり皆さん、高い声を出すのは自信ないのかな。でもソプラノって主旋律だから、音を覚えやすいというメリットがあります。アルトはかなり難しいとみました。もう、終わる頃には脳内酸素が全部抜けたようにクラクラになっていましたが、楽しかった!続けてみようと思います。やはりヒトカラよりみんなで歌う方が絶対に楽しい。しかし、趣味に手を出しすぎ。あ、川柳送らなきゃ。エッセイ書かなきゃ。ジムも行かなきゃ…なんだけど、フラをやめてから全然行く気にならない。2月からはフラも再開しよう。なんでもほそくながく、ですよね。そして今日は寒すぎて外に出られず、超適当ななんでもぶっこみ炊き込みご飯を炊いて、それでしのいでます。ぶっこんだものはミックスベジタブル、ひき肉、キノコ。油揚げは切らしちゃった。買いに行く元気なし。今日はひきこもって、安静に…寝ています。
January 10, 2025
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昨日は疲れてしまい、抱負も書けませんでした。というか、やりたいことだらけでいつも威勢よく書く割に達成していないので、今年はどうしようかな。「健康」昨年は右足の故障が続き、未だに足底腹膜炎が治っていませんので、なんとか治したいです。いい方法、ないのかな。膝はプールで治ったのですが、足底は決め手が見つかりません。その他、胃腸炎を繰り返したくないので、漢方薬で乗りきります。ダイエット…足の故障をきっかけに運動量が減ったらみるみるうちに太りました。しかし、年寄りはちょっと太めの方が長生きするとも言いますから…でも、足に負担かかるんだな。とりあえず年間で三キロは落としたい。「仕事」2年続きの新人で、還暦越えの私にはキツかったです。今年は二年めになりますので、ケアレスミスを減らして、もう少しテキパキ働けますように。今年も人が入れ替わり、仕事量は増えそうですから、着実にやっていきたいです。「趣味」 趣味まで、苦手なことを頑張る必要はないと開き直りました。得意というわけではありませんが、エッセイは今年こそ何かしらコンクールに挑戦できるようなものを書きたいです。最終的な目標は「出版」ですが、今の段階では…出版はお金がかかると諦めていましたが、Kindleならそんなにかからないと聞きました。ゼロ円価格設定で良いから、出版できるよう、準備を進めたいです。川柳もせっかく始めたので、ゆくゆくは投句を目指します。週刊文春の「川柳のらりくらり」が好きなので、そこを目指していきたい。読書は恵まれた環境にあるのだから、大人、こどものジャンルを問わずに今年もガンガンいきます!昨年の経験から「積ん読」は本が増えるだけなので、図書館から借りるのを中心にします。返却期限があった方が効率よく読めます。つい、スマホに手が伸びますので、読む時間は決めようと思います。そして、私の好きなことの一つに「歌」があります。音楽が好きなんですよね。最近は街角ピアノを目指して練習する人もいれば還暦過ぎて「やり直しピアノ」をやる友人たちもいます。私はピアノを毎日練習する根性はないので、そこまでできません。そこで目を付けた「ゴスペル」。もともと合唱団に入りたかった私です。体験してみないとわかりませんが、月に二回だというので続けられるといいなあ。そして運動音痴の私ですが、このままだと寝たきり老人まっしぐらですので、足は痛くても工夫して再開します。最初はヨガか、かかとサポーターを付けながらダンスかな。膝のためにプールもやらないと。苦手なことは頑張らなくていいと思っていますが、運動をはずすのは将来、人の迷惑になりますし、下手でもダンスは楽しいんです。「断捨離」これはどうしても今のうちにやっておかないと。どこから手を付けていいのかわかりませんが少しずつ捨てていきます。「ボランティア」料理が得意ならこども食堂とかやりたいですが、自分のご飯作りも怪しいので、諦めています。地道に寄付を続けていきます。そして、関心を持ち続けることが大事かなと思います。結局、抱負だらけ。実現を妨げているのは私の休日の昼寝です。出かけたくなくなるのです。何もしたくなくなるんです。なので、習い事で曜日を決めたのです。ジムも好きでないと続かないとよくわかったので、フラダンス中心にしたいと思います。フラに行けばついでにヨガやプールもやりますので、勢いが大事なんですね。ギャバを飲み始めてから寝起きは良くなってきました。あとはやる気の問題。やる気を出すための曜日設定です。そう言いながら今日もゴロゴロして終わりました。アマゾンプライムで「インサイドヘッド2」を観たくらいかなあ。しかし、スマホ画面だとやはり面白さ半減。できれば映画に行く機会も増やしたいです。テレビは壊れていますがTVerやNHkオンデマンドでスマホ視聴です。昨年の大河ドラマ「光る君へ」は面白かったので、今年も大河ドラマは歴史の勉強にもなるので観たいです。最も戦国時代とかは殺人ばかりなので苦手ですけど。この年になるとNHkが意外に面白いんです。もう恋愛ドラマはたくさんなのですが、歴史や自然科学のドキュメンタリーは面白いです。これは寝る前のお楽しみ、かな。忙しそうに聞こえるかも知れませんが週に3日くらいしか働いてませんからね。それなのに家事は全然はかどりません。
January 2, 2025
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皆様、今年もお世話になりました。お目汚しのようなブログを読んでいただき、感謝です。今年を一言で言うなら「老」ですかね。いろいろな面で老化を感じた一年でした。右足は膝関節症から始まり、足底腹膜炎にもかかって思うように運動できませんでした。気持ち的にもダダ下がりで、休みの日は起き上がることができず、本当に疲れているのか、気持ちの問題なのか自分でもわかりませんでした。家電もいろいろ壊れましたが、とにかくなにもしたくないので極力見えぬふりをしたため、テレビはつかないし、お風呂はシャワーのみ、ガス台も一つしか使えません。仕事は2年連続畑違いの新人をやり、これが疲れに拍車をかけたかもしれません。60才過ぎて、畑違いのことを覚えようとすると、脳が異様に疲れます。趣味はお教室があるものは細々と続けられました。エッセイは締め切りギリギリに書き、どこかに応募するなんてとんでもない、という感じです。でも川柳教室も始めたし(まだ二回)来年はゴスペルサークルの体験に行ってきます。今やっていることがちゃんとできていないのに、とも思いますが、私の場合、ひきこもってしまうので、サークルやお教室で日程が決まっていないとお昼寝まっしぐらになってしまうのです。定年退職したら合唱をやりたいとずっと思っていました。土日が休みでないため、近くても参加できないなと思っていましたが、やっと平日夜に練習しているところを見つけたのです。地元ではありませんが、これは川柳もそうですから。読書だけはよくしていたと思います。ひきこもりでしたから。正直いって大晦日だなんて、ピンと来ません。私なりに精一杯働いていたら、年末になったという感じです。母のこともさんざんありましたし、これからもあるでしょう。来年90才になる母は自分では絶対に認めませんが、初期の認知症かなと思います。検査を受けてくれませんから、診断のしようがありません。被害妄想に拍車がかかっているのは初期の認知症によくあることのようです。認知症になっても優しく明るかった父とは全然違います。でも、娘が元気で、猫もとりあえず元気、私も大病はしていませんし、今年はコロナにもインフルエンザにもかからず…当たり前です、ひきこもっていたのですから。胃腸炎だけはやりましたが、合う漢方薬にも巡り合えました。老化を感じたのは友達と会う機会がぐっと減ったからかもしれません。信頼していた先輩たちを次々に亡くし、寂しい限りです。先輩たちは私がゴスペルをやるといったら喜んでくれそうです。歌が大好きな人たちで、一人は実際にゴスペルをやっていましたし、一人はアマチュア合唱団に入っていました。二人とも退職してからのことですから、私も別のところで引き継げたらいいなあ。まだ始めていないけれど、予約だけはしたので年内に準備だけはしたといったところです。大晦日がピンと来ていなかったので今更ながら、最低限のものだけ、近隣に買い出しに行きます。ふだんと同じものを食べるつもりですけど。こんな情けない一年で、愚痴めいた内容ばかりで申し訳なかったですが、書くことで整理することができました。来年もよろしくお願いいたします。皆様、良いお年をお迎えください。
December 31, 2024
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最初はよくわからないし、読みにくいと思って数年放置。しかし、これは最初の数ページだけ、ということに気付いて、最近一気読みしました。これは「コンビニ人間」を読んだときの読後感と似ている。発達障がいや心身症の一歩手前で、推しと一体化するからこそ生きていける、そんな脆さとある意味での若い力強さも感じました。劣等感や愛着障がいがあるからこそ、見つけた光が「推し」なのですね。単に追いかけるというより、「推し」の拍手の一つでありたい、声援の一つでありたいという部分に、見返りを求めるのでなく純粋に「推し」ているのだなと感じました。読みやすい表現はわざと心がけられたようで、すごい作家さんだと思いました。「アルジャーノンに花束を」を思い出しました。私は還暦も過ぎていますが、劣等感が強く、愛着障がいも発達障がいも多分持っています。違うのは「推し」を持つエネルギーすら、若い頃からなかったことだけ。主人公はこの先、希望を持って生きていけるようになることを望みます。結論は出ていませんが。以上、感想文でした。実際の私はボーっと生きており、「推し」どころではありません。そういう意味では若いときと変わりませんが、ボケ方が加速しています。どうしたらいいのかわかりません。今日もジムはキャンセルしました。動けないのです。最近始めた川柳も暗いのばっかり。文字を並べているだけで、ひねりなんか入れられません。「足がつり 叫ぶ私に寄り添う猫」「悲しみは 布団で解消 極楽へ」極めつけファザコン川柳「お父さん 今夜の夢に出てきてね」いやー、落ち込む日々ですが、小説はいろいろ擬似体験させてくれるからありがたいです。作者は娘よりも年下。「老いては若きに従え」だからこれでいいのだ!明日も仕事です。もう一日、まともなふりをして生きていかなくては。本当はエネルギー切れかかっていますけど。あと2年半も働けるのかな。そうそう、そろそろ大丈夫かなと思い、寒いからブーツを履きました。そしたらまた、かかとが痛い。もう、一生、スニーカーしか履けないのかな。
December 27, 2024
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昨日も今日も仕事でドタバタ。帰りにジムは予約していたものの、疲労感が強くてキャンセル。先日、ホットヨガのあと、疲れたので慎重になっている。ついこの間まではホットヨガのあとはスッキリするし翌日元気になっていたのに。衰えたのか、今は怪しげな風邪が流行っているので免疫力が落ちたところで運動するとどうなるか、など嫌な想定をしてしまって。数年前だったか、やはり体調を崩すのが怖くて運動できないとカウンセラーに訴えたら、「体調崩してもいいからやってください!」と言われてその気になったんだっけ。数年前といっても今よりは若かったせいか、運動したからといって体調を崩すことは確かになかった。でも、今の年齢だとどうなるんだろう。職場ではインフルエンザも出ている。私は昨年インフルエンザワクチンでどえらいアレルギーを起こし、インフルエンザでもないのに出勤できなくなるという失態を起こした。顔が別人のように、お岩さんのように腫れ上がり、数日かけないとその腫れは引かなかったのだ。熱も何もないのに休むのは悔しかった。それに懲りて今年からはワクチンは受けていない。コロナワクチンも怖いし、インフルエンザワクチンも怖い。つまり無防備に出歩いているのだ。マスクは未だにしていますけどね。気休めかな。それで気付けばクリスマス。職場では優しい人達がお菓子を配ってくださり、感謝感謝。でもクリスマス、それだけ。チキンのことも忘れてコンビニのおでんを食べてしまった。誰かに「メリークリスマス」とラインしようかなと思ったけど、パーティ中だったら悪いのかなあ。先一昨年だったか、元旦にグループラインで盛んにあけおめラインを送った。まあ、みんな優しいから相手してくれるんだけど、娘はこれを見て驚いていた。「ママ、元旦はみんな忙しいの!このライン、みんなママに気を遣って付き合ってくれてるじゃない。忙しい元旦に迷惑!暇なのはママだけだよ」そーか。独り暮らしの私にみんな気を遣って話を合わせてくれたのか。翌年から、元旦からグループラインにあけおめLINEするのをやめました。もちろん、スタンプくらいいいと思うけど、私の場合は会話を求めるような書き方しちゃうもんなあ。おせちもお雑煮もない暇なのは私だけよね、みんな主婦だし。それを思うとクリスマスも…でもラインくれた友達、ありがとー。嬉しかったです。クリスマスとはいっても年の瀬で、忙しいときに限ってまだ慣れない私はミスを連発でひんしゅくもの。ちょっとショックで今日はお昼ごはん食べられなかった…でもお菓子を配っていただいたから、何も食べなかったって訳じゃありません。忙しいとみんなイラつくのかな。そんなにクレームのくる部署ではないのだが、今日は違う係だけどクレームの報告があり、殺気だった雰囲気になった。こういうの、Z世代の若者はめげちゃうし、年輩者は怒りをあらわにする方もいて、ヒヤヒヤした。私も若い頃はよく怒って上司に言い返したりしてたよなあ。年を取りすぎて、今はそんな元気ないです。怒ってもいい気持ちになることはないと何十年もかかってよくわかりました。相手の機嫌が悪けりゃ、うなだれているだけ。言い返す元気がないんです。ギャバを飲んでいると副交感神経優位だからよけいに黙っちゃいますね。ま、失敗は繰り返さないようにすること、それしか方法はない。なんか、とんだクリスマスだったかも。抗うつ剤飲もうかな。最近はギャバの効果の方が良くて飲んでなかったんです。もともと、うつ対策というより、胃の薬として飲んでいたものだし。明日のお休み、どうしよう。金曜日、土曜日と出勤なので疲れたら大変だし。というわけで話が振り出しに戻ったところでおしまい!皆様は楽しいクリスマスをお過ごしくださいね。
December 25, 2024
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母の安否確認のために電話をするたび、いつも落ち込む。人の悪口しかいわないし、私の悪口も言うし…事実ならともかく、最近はエスカレートしてきた。「あんたは同居していたおばあちゃんの椅子を汚ないって言って座らなかったよね?」はー?自慢じゃないが、年寄りやこどもをいじめる程あたしゃ、腐ってなかったぞ。ばあちゃんをいじめてたのはオカンやんか。なんで私になるん?その他エトセトラ、孫はとてもいい子で可愛いけどあんたが育てたんじゃない、あの子は一人で育った、あんな可哀想な子は見たことがないなどなど。「可哀想だったのは私やお兄ちゃんでしょ。娘は少なくとも親にいじめられたりしてないし」言い返すとむっと黙り込むが、次の電話でも同じことを言うのだろう。敵はどんどん増えて、頻繁に電話してくる姪っ子に絶縁を言い渡した。つまり、私の関西に住む従姉だ。彼女は彼女で問題はあるけれど、そこまでみそくそに言うこともなかろう。挙げ句に亡くなった兄には彼女がいて、お線香を上げにくるので、「お腹に赤ちゃんはいないわね?」と確認したのだととうとうと喋り出す。私はその場に居合わせたから、その子達がお線香を上げにきてくれているのはありがたかったが彼女たちはひたすら兄に同情していたのである。そして、あまり考えない性格なのか、兄が会社の人にどんなにいじめられたりばかにされていたりしたか、なんでお兄さんは無言で何も言い返さないのか悔しくてたまらなかったのだそうだ。それがあんな亡くなり方をして、同情が込み上げたのだろう。「お兄さんは年下の人たちにまでばかにされちゃって、もう、聞いてて辛くて辛くて」ふーむ、遺族には話さなくていい内容だとは思うし、深く考えない子達なのだろう。悪気はないのがわかるだけに返事に困った。なので母の話はデタラメもいいところ。日に日にエスカレートしていく作り話、それも自分はいつも悲劇の女王。とても聞いていられたものじゃない。だいたい、兄を最初にいじめたのは母であり、兄はいじめられっこ体質に育ってしまったというだけなのだ。家でも学校でも会社でもいじめられ、ノイローゼになり、亡くなった兄。母がたった一つ私を認めているのは私だけが兄をかばっていたということだけなのである。それを彼女がいたんだと妄想にかられ、否定する元気もない。あり得ないのに。私は落ち込んでしまい、心療内科の先生に話した。「ああ、それはね、認知症が始まっているんだよ。被害妄想入ってるんだよ」「気にしたって仕方ないよ、相手は病気なんだから」確かに母の被害妄想はどんどん膨らんでいく。私なんか、敵としかみなさない。それでも体は元気で、一応最低限の家事…食べ物を買ってきたり洗濯したりはする。そして何より犬を溺愛している。犬の散歩があるから母は足腰達者だし、ボケようとボケまいと犬が生きている限り、世話をするのが勤めだと信じている。犬に感謝なのである。よけいな口をきかず、母に散歩をねだりにくる犬。今度12才になる。ボケていて、まわりじゅうを敵にまわしてもかまわない。犬が慰めてくれるのだし、犬にとってはあんな母でも最後の砦なのだ。犬の最期まではしっかりみとりたいというのが母のたった一つの願望なのだ。それならそれだけでも叶えてやりたい。本来なら認知症グループホームの方が合っていると思うが、母の意地だ。まだまだ犬と散歩できるというのが母の支えだ。あと何年続くかわからないが、犬も自分の役割を全うしてほしい。本当は父に懐いていた犬だった。父がいなくなってしまい、あんな母でも懐かざるを得なかったのであろう。父を見ると飛び上がって喜んでいた犬。今でも寝るときは父の枕だそうだ。帰ってくると信じていると思うと切ないなあ。立派な介護犬である。娘の私は母と話すだけでボロボロになるため、医者からはあまり連絡をとらなくてよい、あなたが壊れるからと言われている。毎日の電話は叔母がしてくれているし、しばらくはお任せだ。それにしても認知症ってなんだろう。父も認知症になったが、優しいことに変わりはなかった。母は被害妄想をふくらませるばかりのたちの悪い認知症だ。ボケたくはないが、父のように人に笑顔を向けられる年の取り方をしないものである。これは遺伝らしい。私はどっちになるんだろう。母のような被害妄想認知症にだけはなりたくない。
December 24, 2024
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ギャバの効果は副交感神経を優位にして気持ちを落ち着かせるもので、ガンガンやる気にさせて24時間闘える人を作るものではなかった。確かに寝起きは良くなったし、何より悪夢を見なくなった。夢は見ているけど、それがハッピーな夢ばかり。昔、ときめいていた人に会えたりとかね。ま、現実にはそんなこと、起きませんが(笑)ちょっと残念だったのは、これでお休みの日にも昼寝をせず、ジムに通える!と思ったのですがやはりベッドに向かってしまうのでした。脳って不思議です。多分私は二年連続畑違いの仕事をして慣れないことばかりで、さすがに今年は脳疲労を起こしているのかなと思うんです。その証拠にエッセイを書いていると、脳の別の分野が働きだして元気になるんだもの。前回山中恒さんの「くたばれかあちゃん」の感想を書きましたが、今回は原点?の「ぼくがぼくであること」を再読しました。51年ぶりですからね。もともと推理的なことは得意でないため、初めて読むような気持ちにさせられました。「ぼく」こと秀一の母ちゃんもすごいですが「くたばれかあちゃん」ほど言葉遣いは悪くありません。昭和あるあるで、出世できない夫がもどかしくて、こどもたちには出世してほしくて勉強しろしろとうるさいこと。友達も追い返してしまいます。今回再読してやっとメッセージを受け取れました。確かに私も主人公と同じ六年生だったのですが、秀一ほど、客観的に自分の家庭を省みることができていませんでした。だから、わからなかったのです。「おれはおれ、母ちゃんは母ちゃん」というのは、「もう支配されないよ」と六年生にして言えたのです。自立したのです。母ちゃんはあまり成長できなかったけれど、秀一は成長した。自分をしっかり主張できるようになったから。この辺が私のような感情だけで生きていた六年生との違いなのですね。秀一は賢いのです。ボンクラな私は母に支配されて生きてきたことに気付いたときには50才過ぎてましたねえ。でも大方はそうなんです。昭和はこどもの人権なんて保障されていませんでしたから。どんな親でも親孝行するのが美徳でした。この親孝行というのは親に逆らわないということなんです。でも還暦過ぎていたって、手遅れじゃありません。現実には私の母は未だに元気で、私を貶めることに生き甲斐を感じているのかと思うくらいです。あの人の精神年齢は2.3才で止まっている。嫌なら泣きわめき、意地悪をして悪口を言いふらす。そして意外に男好き?私の別れた夫にまで会いたがるのですよ。離婚の主導権を握っていたのは母なのに。別れたら、自分が会おうとしてメールアドレスを聞き出したり、孫が父親に会いにいこうとすると「ばあばも、いきたい!」と騒いだり。ま、私の娘はクールですから、荒立てずに「二人分の予約しかしてないんだよ」とばあばを傷付けないようになだめたりしていました。実際は別れた娘の母親がついてくるのはさすがにおかしいと思ったのでしょう。かと思えば娘の私より年下の、父の入っていた施設の長に入れあげたり。もう、思いどおりにしたい人なんです。でも母は母、私は私。私も母とは距離を置いてクールに生きていきたいと思います。心配してたまに電話を入れても私の悪口三昧で電話したことを後悔します。ま、先日電話したからあと半年はやめておこう。こちらの心が壊れる。「ぼくがぼくであること」の真意を読み取れるしっかりした小学生だったら良かったなあ…過去に戻ってレクチャーしてやりたいです。でも山中恒さんの本を読むと元気が出てきます。大変な母ちゃんで苦しんでいた人は昔から多かったのでしょう。そう思うと、私だって、今からだって頑張ってみせる!と思えるんですよね。でもさ、やっぱり父に会いたいな。お父ちゃん、助けて。あ、その血を引いた娘がいるか。頼りになります。目だけは元気なんだから読むぞ読むぞ!
December 20, 2024
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今日は久しぶりに充実した休暇を過ごせました。ここ数年、休日といったら「寝るより楽はなかりけり」状態で起き上がれなかったのです。仕事の日には無理やり起きますが、その辛いことといったら。睡眠の質が悪いのでしょう。そこで始めたギャバ。まあ、トマトやバナナなどでも接種できるんですが、とにかく「めんどくさい」病ですから、栄養バランスのよい食事など作る気にもなれず、料理のセンスもなく。独り暮らしになってから酷くなりましたね。で、ギャバのサプリメント、効いたんです。たまたま、連日寝ていて疲れていなかったせいかもしれませんが、寝起きが少し良くなりました。お陰で今日は昼間からジムへ行き、ヨガとエアロダンスに参加できました。エアロダンスはかかとがまだ心配なのでかかとサポーターを付けてやりました。跳んだりはねたりしない運動なのも良かったと思います。痩せるにはもう少しハードな方がいいのですが、かかとが治っていないのだから仕方ありません。この後、お風呂でやっぱりちょっと疲れましたが…この頃お風呂で疲れるんですよね。でも、その後インターネットカフェでエッセイの下書きをしたら、脳の別の部分が活性化されたようで元気になってきました。私が疲れているのは脳疲労なんですかね。肉体的にはハードなことをしていませんから。先日の「過去日記でタイムワープ」を変形させて書きました。ちょっと私生活風になってしまいましたが、リアルな描写もたまにはいいかなと思いまして。娘が湿疹ができて体の片側が痛いからまた帯状疱疹かと連絡がきました。娘は20年前に帯状疱疹にかかっていますが、2度もやるのでしょうか。何科を受診すればいいのか聞いてきましたので、皮膚科を薦めました。明日行くそうです。帯状疱疹は辛いので違いますように。娘は喜んで通っていたホットヨガをやめるそうです。理由は旦那さんはジムで筋トレ、娘はホットヨガとバラバラ、仕事も忙しいし、すれ違いが多すぎるので、旦那さんと一緒のジムで筋トレにするそうです。旦那さんと一緒の方がいいとは思っていたので概ね賛成ですが、筋トレに通うのって楽しいのかな、続くのかなとちょっと心配です。ホットヨガのような爽快感とは違うし、続かない人が多いのを見てきましたから。ま、娘夫婦で考えてもらいましょう。健康であるならそれで良し、です。
December 17, 2024
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感想文の前に…時々、強制的にログアウトさせられるので、私は二つのブログをあっちこっちフラフラして書いているようだ。多分パスワードを忘れるからだ。まあ、いいか。過去日記で、娘が小学生のとき、「くたばれかあちゃん」を喜んで読み聞かせされて聞いていたので、読み返してみた。確かに面白いが今なら児童虐待だと言われてしまうだろう。母ちゃんに殴られたり噛みつかれたり…そして息子げんたろうはそこを素早く逃げ回り、心の中で「くたばれかあちゃん」と毒づく。決して暗くない。悪いことをしていなくても父ちゃん母ちゃんにぶん殴られるのは昭和あるあるなのかもしれない。「くたばれかあちゃん」とたとえ心の中でも毒づけるのは心が強い証拠だ。山中恒ってどんな人だったのだろう。最初に読んだのは小学生のとき「ぼくがぼくであること」だったが、内容を覚えていない。次に読んだのが借りて読んだ「頭の先と足の先」で、これまた強烈な母ちゃんだった。足の不自由な主人公は嫌でたまらないのに、遠足にも勝手に着いてくる母ちゃんが嫌で恥ずかしくてたまらなかった。先生に来るなと言われても来る。多分今だと差別用語にひっかかる言葉遣いが多いので絶版だし、図書館にも置いていない。娘が「くたばれかあちゃん」に出てくる母ちゃんがばあばみたいだと大笑いしたので再読したのだ。まあ、口の悪いこと、手の早いことは似ているが我が家の場合はもっと陰湿で、とてもじゃないが児童文学にはならない。だいたい、わたしがげんたろうのように明るくも強くもなく、びくびくしていいなりになっていたので、話が暗くなる。そんなこんなもあり、約半年振りに母に電話をかけてみた。母は元気でいつも誰かに怒っているのは相変わらず。今回は自分の姪っ子に腹を立てていた。つまり、私の従姉である。なので矛先は今回私に向かってこなかった。我が子に対する愛情は相変わらず薄い。孫については「あんないい子はいない。ま、生んだのはあんただから、あんたもいいことをひとつはしたんだね」ときた。「娘に対する思いは?」と聞いたら「生きてるんだろうなと思ってる」と情も何もない。自分の兄や妹に対する誇りやプライドは高く、「お兄ちゃんは大好きだったの。そのお兄ちゃんの娘だからと我慢してたけど、ついに縁を切った」と言っていたが、この人、しょっちゅう縁を切っては忘れるのであてにならない。自分の兄を美化すること、聞いていて気持ち悪い。従姉からは暴力をふるういわゆるDVオヤジだったと聞いているので、以前、ちらっとそういったらヤカンのように怒りを吹き出した。「私のお兄さんを悪く言うなんて!」あら、私のお兄ちゃんの悪口は言うのに。ついでに言えば私の父親の悪口も尽きない。私には父親の遺伝子が半分きているということはこの人には理解できないのだ。そして自分の母、妹がどんなに賢いか延々と自慢する。ついでに孫が賢いというのも自慢の種だ。「その孫ってのはあたしが育てたんだけどね」というと「あんたは賢くない!あんたに似たんじゃない!」と…まあ、私もそう思ってはいるけどね。だいたい、血縁が賢いとか自慢するのって見苦しい。「それであなたは?」と嫌みを言いたくなるが89才の婆さんだから黙っといた…いや、常に黙って生きてきたのだ、こどものときから。自慢するなら自分のことを自慢しろ。血縁が優秀だと自慢する人はたいてい自分にコンプレックスを抱いているものだ。「くたばれかあちゃん」と思えるのは幸せな証拠だ。「頭の先と足の先」は絶版だが、古本で取り寄せてみようかと思う。あの本は私の苦しさに少し共感してくれたように記憶しているから。でも、家よりましなのかな。山中恒さんの本をもっと読みたくなってきた。もともとは軍国少年だったようだが、戦後に方針転換したらしい。どのようなこども時代を過ごしたのか知りたいが、まあ、戦時中だから苦労したんだろうな。
December 17, 2024
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今週はバテました。朝の目覚めが悪く、起き上がれません。この年で起立性障害?と言っていても仕方ないので、ギャバを取り寄せてみました。睡眠の質が良くなり、目覚めが良くなるそうなので。結構、効果はあると思いますが、私の場合、怠惰による「寝ていたい」病なので、仕事以外の日はやはり起きる気になかなかなりません。だいぶ良くなってかかとサポーターなしで歩けるようになったのでスニーカーをやめて歩き出したら、また痛くなってかかとサポーターに逆戻り。泣きたくなります。運動どころではないので、ジムではお風呂会員と化しています。今日はお風呂会員しただけで疲れました。欲張って長湯したのがいけないのでしょうか。サウナに入っていた時間は短いのに。多分怠けすぎて体力が落ちまくっているのです。お年寄りにお風呂が負担になるという理由がやっとわかりました。お年寄りにはかなり体力を消耗することなのですね、お風呂って。最近、早世された女優さんはお風呂場で亡くなられました。体調の悪いとき、長湯は疲れすぎると、他人事ではなく思います。きっと亡くなった女優さんもいろいろな意味で人生にお疲れだったのではないでしょうか。ま、こんなことをボヤけばまた娘にクールに対応されることでしょう。「で、何を食べたい?」などと。暮れには一緒にまた鍋料理に行くことになっています。正月には一人でスーパー銭湯のつもりでしたが、娘が一緒に行きたいと言うので…思っていたところより遠出することになりそうです。暗くボヤけば明るく切り返してくる娘なので、感謝して楽しんでこようと思います。
December 16, 2024
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今日の句老化する わかっていても寝てばかりこの句は提出できませんな…来月のお題は「年末年始」なのだが、どうせ昼寝三昧だろう。呆けないためには運動が大事とわかっていても私はいつも疲れている。過去日記、子育て時代を読み返していたら、体力もないのにまあ、出かけまくっていたこと。夜更かしだって相当なものである。若かったなあ。働いているのだから、自分の時間を作るには睡眠を削るしかなかった。読み聞かせの時間も含めて相当な読書量だったと感心するというか呆れかえるというか。当時の記録を見ると、文学系のファンタジーを一生懸命読み聞かせようとするのに対し、娘は知識系の科学絵本を好んでいた。「かんがえる」とか「たくさんのふしぎ」にはかなりお世話になりました。私の読書傾向とは合わなかったけれど、娘は山中恒の本は喜んでいた。「くたばれ かあちゃん」を喜んで聞いていたと記録してあるがまだあるかな。「この時代のかあちゃんってばあばみたいだね」と娘が大笑いしていたと記されている。ビートたけしの「少年」も強烈な母ちゃんが出てきて娘を大笑いさせていた。そういう母ちゃんばかりでもなかったと思うのだが…私もいつか笑えるだろうか。さて、運動の話から逸れてしまったが、ジムを変わってから全くやる気が出ない。このレッスンは楽しい、続けたいという意欲が湧かないのは、急激に老化が始まったのか。最近はめまい、腹痛にも悩まされ、いよいよダメかなと思った。遺書を書くのもめんどくさいので、ラインで娘に簡単な葬儀の希望を書き残しておいた。そしたらあいつ、可愛いウサギのスタンプで「了解!」と返信してきやがった。まあ、いつまでも母親を慕うようではある意味子育て失敗だから、いいんだけどね。幼児期の日記を見ると娘はとても健気だ。卒園のまえには「ママ、いつもうれしいこといっぱいしてくれてありがとう。あたしもおおきくなったらママにうれしいこといっぱいしてあげるね」なんて手紙をくれて、泣かせるではないか。まだたった五歳だった娘に私はいけないことをした。夫婦喧嘩のあと、娘に愚痴ったのである。「パパはバカって言っちゃいけないっていうくせに、ママのこと頭悪い、頭悪いって言うの。言っちゃいけないって知ってて言うのは意地悪だよね」娘の答えはこうだった。「意地悪じゃないよ。パパはわからないだけなんだよ」お、父親をかばうのかい。小学校高学年になっても似たようなことを言った。夫婦喧嘩のあと不機嫌になっている私に「ママ、パパはボキャ貧なんだよ。ばーか、死ねを繰り返し言ってるだけで、ママのほうが過去のことまで持ち出して言い過ぎなんじゃない?パパはわからないんだから」お、かばってたのでなく、見抜いていたのか、五歳のときから。中学受験塾の先生にもこう言われたと記されている。「娘さんは確かに国語ができますが、文系ってタイプでもないですよね。かなり合理的なところがあって、感情的では有りませんから」娘は大学受験は文系科目で受験したが、文学部には落ちて、社会科学部というところに合格したんだっけ。文系でも理系でもなく、体育会系でもない娘は毎日面白おかしければそれで良いのだった。娘の在学中に大学を爆破するというネット予告が出されて大学側は大騒ぎ。急遽その日の講義は休講になった。そのとき、娘を含めた学生たちの反応はまったくふざけていた。「なんで今日なんだ、明日にしてくれれば良かったのに」明日のほうが講義が多いというわけだ。こんな不真面目な学生だらけのなかで娘は青春を謳歌していたのである。今だって適当に違いない。さて、これから昼寝をしたら、夜はホットヨガのレッスンにだけは出るつもり。ホットヨガだけはまたやりたいと思える内容なのだ。なぜなら汗びっしょりになって爽快だからだ。ダンスは…燃えない。あー、川柳のことを考えていたら、エッセイの宿題をやっていないと思い出した。過去日記のことでも書くかなあ。焦点は読み聞かせにするか、おでかけ三昧だったことにするか。寝てから考えよう。寝るより楽はなかりけり
December 12, 2024
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川柳の基礎もよくわからないまま、宿題の4句を作って行きました。お題は「ランチ」まずはこども時代の暗い思い出の詰まった川柳が…「日曜日 朝昼兼ねるこども時代」「土曜昼 こども食堂欲しかった」あはは、給食がないと母の機嫌が悪くて、いたたまれなかったんですよ、悪いことしたみたいに。さて、大人編「飲み会が年取るにつれ ランチ会」これはみんなわかるわかると言ってくれました。夜の飲み会、減ってますからねー。「職場では波風立てぬ 一人飯」新人ですからね、おとなしくしてないと。でもいろんなふうに解釈されたようです💦私の職場はデスクで一人黙々と食べる人が多いんですよ。近隣に飲食店が全くありませんし、ランチルームもそんなに広くないので、ここは若い人達や先輩に譲って…挙げ句の果てに私は読書なんかしてますから、これはどうなのかなって自分でも思います。読書してる人には話しかけにくいでしょうから、壁を作っているみたいに見えちゃうかな…でも、仕事場は喋るところじゃありませんし。小学生のときも休み時間、本を読んでいて、高学年のとき、先生が気にして家庭訪問で母親に注意していたのを思い出します。「ももんがさんは休み時間に本ばかり読んでいてちっとも外で遊ぼうとしないんです」母はびっくりしていました。四年生まで、それは褒められることだったのに、担任が変わると注意されてしまうわけですから。でも、お陰で少しずつ外に出るようになり、先生の心配していた頭でっかちのもやしっこではなくなっていきましたっけ。母は不満そうでしたけどね。母は外で遊んで怪我をされるよりおとなしく読書をしている方が安全で良いと思っていたのです。運動なんてできなくていいというのが母の持論。でも私は外に出られるようになってから弾けていきましたから、楽しかったのですが、母はそれも気に入らなかったようです。ただ、隙間時間でもさっと本の世界に入れるのは、小学生時代に身に付けた技です。で、今は新人ですし、そうでなくても私はお喋りなので、読書で口を封じておくのは今のところいいのかなーと思っています。川柳教室は今日は忘年会もあって楽しかったです。ただ、私は最年少。こういうシチュエーションは久しぶりです。年長者の方々は博学だし、話を聞いていて楽しいなと思います。70代の方々が多いのでしょうか。人生経験を積まれて、健康にも気遣い、素敵だなと思います。認知症予防のこともいろいろ教えていただきました。「会話、運動、栄養」だそうです。川柳で言葉を使うのは会話にもなっていいですね。栄養…これは私はまずいかも。最近ガスの調子が悪くてあまり調理できてない。もともと苦手だし。野菜ジュースと納豆だけは続けようと思いました。運動もヤバいです。ジムをサボってばかりいます。寒いからとプールも入りません。70代でガンサバイバーで脳梗塞もやったという方は特に運動に気を付けていて、朝のウォーキング、昼間はプールで3キロ泳ぐそうです。「私は100メートル泳ぐのがやっとです」と言ったら「100メートル泳げる人は三キロ泳げますよ」とあっさり言われましたが…泳ぎ方の問題もあるんじゃないかなあ。私は不要に力んでいますからクタクタになっちゃうんです。とにかく、ジムは続けなきゃ。川柳だって書けなくなっちゃう。俳句を選ばずに川柳にしたので、お教室探しは大変でした。圧倒的に俳句教室の方が多いのです。月曜日定休なので、月曜日の昼間にやっているところという条件で探したら、片道一時間かかるところでやっと見つけました。なんで俳句にしなかったかって?俳句は季語を入れて自然描写に心理描写を重ねて書くものです。川柳は人間描写になります。動物もいいかなと思いますが。視覚の劣る私は自然描写はちょっと苦手なのです。それにサラリーマン川柳や駄洒落川柳は楽しいですから。もっとも基本ができるまではそういう方面にはまだ行かずに、人間の持つ面白さを表現できたらいいなと思います。そして長文書きになってしまうので、短く表現することを学びたいのです…といって今夜も長くなりました。すみません。
December 10, 2024
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最近、ヨシタケシンスケの絵本にハマっています。大人向けの絵本です。五分くらいで読めますが、読むとほっとするので出勤前に読んだりしています…眠れぬ夜にも。「つかれているのかどうかよくわからなかったら」「つかれたことにすればいい」「おとなでいるのにつかれたら」「あしのうらをじめんからはなせばいい」(ブランコや木登りなどのイラストになります)「ひとのふこうをねがっちゃったら」「なみうちぎわにかけばいい」「難しくかんがえすぎてるきがしたら」「シャンプーであたらしいじぶんになればいい」「きょういちにちなにもすすめられなかったら」「136おくねんのうちゅうのれきしにおもいをはせればいい」などなど。楽しいイラスト付きです。つかれたり、めんどくさくなったとき、心が弱っているとき、効きます。第二弾も取り寄せることにしました。昨日はホットヨガだけやりました。ホットヨガは好きかも。大量に汗をかくので、達成感があるし、デトックスになります。サウナに長く入るのは苦手なので、ホットヨガで汗をかくと気持ちいいです。ただし、ホットヨガだけでは痩せません💦明日も(今日も)ホットヨガやります!
December 8, 2024
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今日は猫野ぺすかさんという絵本作家のお話を聞かせて頂く機会がありました。動物ファンタジーの画家さんですが、木版画で描かれています。動物たちの特徴を繊細に、優しく描かれているので、ペンネームからしてこの方は動物好きで、それもかなりの猫好きかなと思ったらやはりそうでした。動物福祉にご関心があり、こどもたちに動物好きになってもらいたいから子供用の絵本を作っていらっしゃるそうです。絵ももちろん芸術的で素晴らしいですが、お話も楽しかったです。こどものときから動物は身近にいたそうで、やはりこども時代の環境は大事ですね。でもペットを飼えないお家もあるから、絵本で親しんでもらうことは大切です。ぺすかさんの場合、住んでいた家の大家さんが猫好きで、家の廊下を猫たちが走っていたし、いじめられた猫が助けを求めてぺすかさんの部屋に飛び込んできたりしたそうで、借家だったのでしょうけれど恵まれた環境ですね。そして近所の犬も大好きで毎日撫でに通っていたそうです。噛まれることがあっても通っていたとか。私もこども時代を思い出しました。当時は借家といってもペット不可とか言われなかったので犬や猫を飼っている家は多かったです。みんな雑種でした。幼児期、ある家の犬は通りかかっただけでも盛んに吠えて、飛びかかられるのではないかと立ちすくんでいたのを思い出します。それなのに犬が好きだったのは、向かい側の家で飼っていた犬は私に吠えなかったんです。それこそ毎日のように撫でに行くので、犬の方でも私を覚えてしまい、「撫でてもいいよ」みたいな雰囲気でした。犬に吠えられることの多かった私はとても嬉しかったのです。黙って撫でられていたその犬は、家の人が帰ってくるとひょう変するのでした。飛び上がって大歓迎、尻尾を振って、大喜びするのです。飼い主っていいなあ、あんなに喜んでもらえて。羨ましくて我が家でも飼って欲しいと何度も頼みましたが、あまり動物好きではない母が許してくれませんでした。それが私がもう家の中のことに関心をなくしてしまい、犬も諦めて気にしなくなったとたんに、両親の気まぐれで犬が我が家に来たのです。嬉しいというより戸惑いました。その子犬はお世辞にも可愛い風貌ではなく、ねずみみたいに見えたからです。多分、赤ちゃん過ぎたのですね。しかし、その風貌の悪い子犬は膝に乗せてみたら、すやすや眠るではありませんか。そういうところは可愛いかもと思いました。その翌日、学校から帰ると…念願の歓迎が始まったのです。私を見て飛び上がり、尻尾を振って、私の帰宅を大喜びしているのです。前日に私の膝で眠ったことから、信頼を得たのかもしれません。私の犬好き人生が本格的にスタートしました。年を取って最後まで、動けなくなっても私を見ると尻尾を振ろうとしていた姿が忘れられません。しかし、以降私は犬を飼うことができなくなり、猫を飼うことになりました。これは共働きだったからです。犬と猫も遠い昔はご先祖が一緒です。森に残ったものが虎になり、草原に出ていったものがオオカミになり、それが猫と犬の先祖です。なので共通点はあるんですよ。だから両方好きなんです。犬派でも猫派でもありません。どっちも胸がキュンとするほど可愛いです。猫の方が野性的だし、人間のことは「出来の悪い大きな猫」くらいにしか思ってくれませんから主従関係は犬と比べると全くない。ないどころか、人間は猫の下僕といった位置付けかな。でも、家族を思いやってくれるところはあるんです。そこは犬と共通かと思います。私もぺすかさんみたいに描けたらなあ。絵本作家の画家さんは植物をテーマにしている人はやはり植物好きだし、虫を描く人も多いですがやはり虫が好き。動物を描く人、赤ちゃんや幼児を描く人といろいろですが、やはり自分の好きなものは好意的に描かれますね。こどものうちに動物好きにしておくと一生の宝物です。我が娘は猫を可愛がってはいたけど、気の向く時ばかり。と思ったら、結婚したら即、猫を飼ったのでびっくりしました。世話は私に押し付けていたのにできるのか?でも、ちゃんと、お世話して可愛がっています。やればできるのですね。ただ、娘の場合、好きなのは猫だけ、というのが気になります。犬は身近にいなかったからなあ。やはりこども時代の環境なんでしょうか。ハムスターしか、飼ったことのない婿さんは最初、猫を飼うことにためらいがあったようですが、娘にさんざん猫カフェに連れて行かれ、無理やり猫慣れさせて、やっと納得してもらったみたいでした。それに子猫はやはり可愛いですからね。婿さんも猫好きになってくれて良かったです。動物福祉のために私も、可愛いイラストくらい描けるようになりたいものです…しかし、私が描いたら動物嫌いになるかもしれないので、まあ、可愛いエピソードでもせっせと描いてみましょうかね。ぺすかさんには憧れます。
December 7, 2024
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図書館で予約していたブレイディみかこさんの「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2」がやっと届いた。これの1は数年前に読んだ。確か、ベストセラーになったので興味を持ったのである。みかこさんはイギリス人と結婚してイギリスに住み、労働者階級が住むという団地でイギリスの階級制度や移民に対する差別などを冷静な目でみたノンフィクションを書き上げたのである。イギリスと言えば王室程度のことしか知らない日本人は…私だけではなかったのだろう。その格差たるや、当時の私は仰天した。しかし、数年後、日本もそうなっていくとはあまり思わなかったのだけれど。ハーフの「ぼく」は確か、最初はカトリックの私立学校に通っていたのだが、日本で言う中学の段階になって、みかこさんは底辺と言われる公立に転校させた。様々な人達と触れあってほしいという気持ちもあったし、みかこさんのご主人も労働者階級だから経済的な側面もあったのではないだろうか。何年も前なのでかなり忘れてしまったが労働党が政権を持っていたので、貧困層にもかなり手厚い時代だった。びっくりしたのは児童虐待の定義が厳しくて、シングルマザーが育児をネグレクト気味にしていると、すぐに里親に預けられてしまうという制度だった。こどもを愛していないわけではないので、里親にこどもを連れて行かれた母親を当時哀れにすら思った、というのが当時の私の感想だった。今は保守政権なので、生活保護費もどんどん下げられて格差は広がる一方のようだ。そんな中で「2」は思春期を迎えた「ぼく」がこの社会はどうなっているのか、感情も交えながら客観的に世の中を見ている。かなり優秀な「ぼく」だということは読んでいてわかるし、底辺校と言われる中等部でも徹底的にこどもたちに考えさせる教育をしているし、ここは日本はやはり遅れている。自分で主体的に考え、意見を言うのが当たり前の学校教育なのだ。LGBT、多様性の問題は日本の図書館でも大事にとらえ、考えさせる本を大量に用意しているが、学校教育の現場ではどうなっているのだろうか。図書館に通ってくるこどもたちはもともと勉強熱心で問題意識も高いが、学校の中でそれが多数派なのかどうか、現場にいない私にはわからない。聞こえてくるのは教員不足の実態ばかりである。「2」を読んでいて、今回衝撃的だったのは父ちゃんの言葉だった。「ぼく」が珍しく数学で悪い点数を取ってきた。みかこさんは何も言わなかったが、労働者階級とはいえ、穏やかで明るく、人情的な白人の父ちゃんがブチきれたのである。「俺だってもちろん、人のことは言えない。おれも勉強がきらいだったから、成績は悪かった。だからおれが今どうなっているのか見ろ。ガタが来ている体に鞭打って一晩中ダンプを運転して、スズメの涙みたいな賃金しかもらえない。おまえにはおれのようになってほしくないから言ってるんだよ。頼むからおれみたいにはなるな」「ぼく」はこう言われて泣いた。怒られたからではない。「おれのようになるな」とそういうことをこどもに言わなきゃならない父ちゃんの気持ちを考えるとたまらなかったのである。「労働者階級のもののあわれ」を12才にしてわからなければ、ならなかったのだ。私はハッとした。「私のようにならないで」と願った子育て。父ちゃんの気持ちが痛いほどわかる。私だってそう思って子育てしてたんじゃないのか。何とも胸にせまる言葉だった続編に期待したい。
December 6, 2024
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ジムのマシンをきっかけにやってしまった足底腹膜炎。すぐに治るかと思ったら1ヶ月近く治らず、かかとサポーターをする日々。歩くとかかとが痛いのだ。せっかくムーミンバレーパークに行ったのに途中からまともに歩けなくなる始末。膝が治ったらかかとか。かかとも結構辛い。歩く度に痛くて、私は人魚姫か。人魚姫は愛する王子のために耐えたが、私にはそんな想い人もいないし、推しもいない。人間はどこか一ヶ所痛むだけでこうも無気力になるものだろうか。休日はひきこもり、唯一の楽しみはTVerやオンデマンドでドラマを見ることだけ。ああ、危険だ。祖母も父も最後はテレビしか楽しみがなく、認知症になっていった。ひきこもると鬱々として、過去の傷がフラッシュバックする。ダンスは無理でもヨガくらいは…これも足で体を支えると痛いのだが、なんとヨガをやっていくと少しずつ足の痛みが引いてきた。まだ無理はできないが、ヨガは体にいいんだなと再認識できた。調子に乗らず、休日のみ続けていこう。ひきこもっているとろくなことを考えないが、仕事では本の選定などをして、新たな読書の喜びにも気付いている。今日、担当した本は陰キャラと呼ばれる少女が絵の世界に幽体離脱のように入っていき、そこで自信を取り戻す物語だった。絵の才能がなくて残念、そこまで絵に感情移入できないのだが、私もそんなファンタジーな世界に入ってみたい。「はてしない物語」を思い出させる内容だった。本とヨガが私の鬱を治してくれている。というか、今年は人間関係に恵まれ、できないながらも本の選定という充実した時間を神様にプレゼントしてもらったと思う。絵の世界に入れないが、本の中には感情移入できる。自分の好みだと昔から遠藤周作、有吉佐和子でこれらも未だに読むし、楽しい。でも今は図鑑を見ても楽しいし、科学の本の選定も楽しい。認知症は心配だが、ドラマは楽しかった。やはり「光る君へ」お陰で短歌に興味を持てた。そして「宙わたる教室」は原作も読み、宇宙にも興味を持てた。かかとはあと一息!ヨガをやっていて良かった。
December 4, 2024
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今日は友達と食事してきました。やはり私は急激にまた太ったようで、何故なのか一緒に考えてくれました。そして色々話しているうちに抗うつ剤だと気付きました。もともと胃潰瘍の人のために作られた薬です。胃潰瘍にかかる人はくよくよ悩みがちです。でもこの薬を飲むと前向きになれる人が多いことから抗うつ剤としても使われるようになりました。思い出しました。前もこの薬で食欲増進して食べ過ぎて太っていたのです。やはりこれは頓服にして一日三回飲むのは辞めようと思います。不安の強い人間ですが、今までどおり運動で発散しようと思います。今日はベリーダンスに初挑戦しました。時間帯の関係で続けられるかまだ未定ですが、私には合っているかも。お腹周り痩せそうですしね。工夫してみます。一緒に考えてくれた友達に感謝です。
November 15, 2024
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帰宅すると、ここちゃんが必ずお出迎えしてくれます。そして私作曲のラブソングを聞かされるここちゃん。「ここたんたん、可愛いここたん、大好きここたん🎵」ここちゃんはちょっとシラッとしつつも、私の行動に期待を寄せます。「歌じゃなくてチュールをお願い」みたいな。実はこの歌、替え歌なんです。私の作詞作曲ですけどねっ!先猫のジャムくんにも歌っていました。「ジャムたんたん、可愛いジャムたん、大好きジャムたん」ジャムくんの場合は黙っていませんでした。「にゃー、にゃー」と反論するのです。「はよ、鰹節くれー」と私を餌場に誘導していました。ここちゃんより露骨でした。当時はチュールってなかったので、鰹節がおやつだったんですよ。昭和っぽいけど、平成でした。ジャムくんが虹の橋を渡ってから、二代目猫ここちゃんが来ることになり、この歌は受け継がれました。私はよく独り言を言ったり鼻歌も無意識に歌います。それで、この歌が癖になっていて、昨日も歌っていました。「○○たんたん、可愛い○○たん」ハッとしました。それは娘の名前でした。そう言えば…ジャムくんへのラブソングのつもりでしたが、その前に娘に歌っていたんだと思い出しました。26年前か。ゼロ歳だった娘を抱っこして揺らしながら歌ってたんだ…でも娘が話せるようになり、こんな歌を保育園で真似して歌われたら大変!どんな親バカかと思われるでしょう。それで娘じゃなくて猫に歌うことにしたのでした。猫なら、人に言わないし、「キショイ」とか言わないし、猫バカと思われても上等!でもふと口をついて出たのが娘の名前だったので焦りました。将来、ボケて娘の名前で歌ってたらどうしよう!そうでなくてもたまにここちゃんに向かって「ジャム」と言いますからね。夢の中ではさらにこんがらがって、今飼っているのはジャムだと思い込んでいるときがあるのです。夢に出てくる猫はジャムなので。19年間も一緒に暮らしましたからね。ここちゃんも8才になりました。いつまでもラブソングを歌ってデレデレしていたいです。さて、川柳教室、月に一回ですが通うことに決めました。やはり、私は通信教育じゃなくて、通わないとやる気になりません。ここの川柳教室の先生が最近書いたエッセイを見せてくださったのですが、すごく面白かったのです。ユーモアの精神溢れていました。言葉の技術を磨いている人は違いますね。変なラブソングを書いて気持ち悪がられたりしませんね。ジムも面倒になりかけていましたが、昨日久しぶりのホットヨガをやって汗びっしょりになったら爽快でした。のんびり続けていこうと思います。デスクワークになってから腰痛になっているのでヨガで柔軟性を身に付けたいですねえ。今日はサボりましたけど。一日おきくらいでいいかな。細く長く続けたいと思います。楽しいこといっぱいの日々を作っていきたいです!半年以上も経つのに、まだ仕事をミスるのはメゲますが、他の場所を持っているっていいのかなと思います!
November 13, 2024
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こんな時間に目覚めてしまった。昨日はお休みだったが私のミッションは一つ。健康診断だ。これが超苦手。しかも予想通りブクブク太ってまたメタボ認定されるような数値に。太ったのは訳がある。ジムを変えてからモチベーションが上がらず、サボってばかりいるのだ。設備の整ったいいジムだし、インストラクターもいい人たちだけど…どうしてもこのレッスンを続けたいという動機付けにはならないというところだ。アウェイだしね。ジムの人間関係は下手に関わると泥沼なので、アウェイは気楽でいいんですけどね。そしてジムをサボり、休日は寝てばかり。おかずが乏しいから炭水化物中心の生活。太って当たり前だ。私は一念発起した。仕事と家の他の自分の場所をジムに依存し過ぎた。エッセイサークルには行っているが月に一度だし。私の趣味は運動というより文芸だろう。月曜日休みが多いことから、月曜日のカルチャーセンターを発掘した。やりたいのは川柳。11日に体験に行くことになっている。本当は65才の第2の定年を待って始めることにしていた。しかし、何が起きるかわからない。通信教育もトライしたがすぐ、挫折した。私は通わないと続けられないのだ。決して近くなく、乗り換えありだが、月曜日にやっているというところに惹かれた。元気だったら、帰りはプールで泳いでこようっと。乗り換え先に系列のジムがあるからだ。
November 9, 2024
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私にしては珍しく、ドラマにハマっておりました。我が家のテレビはぶっ壊れておりますが、今はスマホの配信サービスがあるので、それでいいかなと。「海に眠るダイヤモンド」これ、いいですね。いい年して、軍艦島のこと、知らなかったものですから、目を見張るようにして釘付け状態。神木くん、やっぱり上手い!「宙をわたる教室」これもめちゃめちゃいいじゃないですか。原作を読みたくなり、頂き物の図書券を握りしめて書店に行きました!ベストセラーシリーズのところに面だしされておりました。やはり、テレビでやるとねえ。と思ったら、これ、昨年の高校生の課題図書なんですね。正確には読書感想文コンクールの課題図書です。ドラマもいいけど、原作はさらに細かく描かれていて、まだ途中ですけど、胸に迫るものがあります。一章のディスクレシアの青年の部なんか、涙が出そう。ディスクレシアなんて知らなかった青年は、こどものときから、計算や暗記はできるのに、文字を見ると気持ち悪くなって、どうしても読み書きできず、努力が足りないだのなんだのと言われて、だんだん学校へ行けなくなります。でも、車の免許を取りたいから、定時制高校でもう一度頑張ってみることにしたのです。ディスクレシアだとわかったときの彼の言葉が切ない。「俺はやっぱり不良品だったのか。でも、俺は馬鹿だからできなかったんじゃねえんだ。何だよ、みんなで馬鹿にしやがって」悔し泣きする彼を見て、わかるよわかるよともらい泣き。私だって、脳に何かあるから空間認識能力無さすぎて極度の方向音痴で苦労してきたんだもの。でも、地図を見てもわからないけど、言葉で説明してもらうとわかるんです。数的処理や論理力もないから苦労して…あれ、私はやっぱりできないこと多すぎるよなあ。不器用だし。ま、私のことはいいか。「未来の私にぶっかまされる」これはちょっとコメディタッチで面白いですね。私が30年前に行ったら、私に対してどんなアドバイスするんだろ。その結婚、ダメよってやっぱり言うかな。仕事は続けてもいいけど、最後まで苦労の連続だぞ、もっと趣味を大事にして、もつともっと読書しておきなさいって言うかな。いや、高校時代くらいまで戻れたら、部活もやっていいけど、図書委員くらい引き受けて本からそんなに離れないでと言うかな。私、部活で疲れきって家でも授業中も寝てばかりいましたからね。頑張るのはいいけど、向いてないことにそこまで精力使わなくていいんだよとアドバイスしたい。そして、高校の先生に「お前、英語好きなんだろ。英文科に行けよ」と言われたのに「嫌です。私は資格を取って福祉の仕事をするんです」なんて逆らわない方が良かったのかなあ。図書委員は誘われたけど断って、ボランティア活動してたっけ。だって福祉の道に進むんだもん!と意気がっておりました。でも、ドラマと同じく、結局運命なんて変わらないんです。私は英語をやっても外資系になんか就職できなかったと思うし向かない運動?それ、今もやってるんですが💦また向いてないことに努力してるのかなあ。でも、運動しているから元気なわけだし。結婚も向いていなかったというか、私は本当に騙されやすい。でもあの結婚をしていなければ娘に会えなかった…と思うと、やっぱりこれで良かったのかなあ。私は娘が大好きですから。それに、図書委員はやらなかったけど、今はたくさんの本に囲まれた生活をしている。やはり、こっちの道に来たのかな。人生なんか若いときに思い描いていたものと違って当たり前なのでしょう。そうそう、100メートル泳いでも疲れなくなってきました。疲れないってことは消費カロリーもそれなりのようで、体重は全然減りませんっ。今週健康診断があるのに、どうしよう。
November 5, 2024
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今回のエッセイサークルのテーマが「変わる」だったので、この3年間の変化を書いてみた。直近の変化も。以下、エッセイの下書きである。変わらざるを得なかった三十九年間、保育園で働いた。かなりの肉体労働であるため、定年は六十五才だったが、六十一歳で引退した。疲労が限界に来たと感じたのである。その後、還暦過ぎだというのに、初めてのオフィスレディとなる。嘱託だ。肉体的には楽になったが、頭脳疲労を起こした。慣れないパソコン業務、相談業務、新たな人間関係に私は壊れ始めた。パソコンが苦手で、固まるとエッセイに書いていた林真理子氏の気持ちがよくわかった。一年でギブアップしたため、六十二歳で今度は図書館の嘱託に変えてもらったのが今年だ。図書館を希望したのは単に本好きだというだけで、どんな業務が待ち受けているかさっぱりわかっていなかったところが自分でも怖い。本の貸し出しなどは機械でもできてしまうため、そういった作業に出番はない。結局、パソコン業務が殆どということになり、しまったと思っても、もう遅い。昨年までの事務とはまた、全然違う種類の事務だ。幸い係の人たちが親切だったので、手取り足取り逐一教えてもらいながら、必死になって覚えようとしている。悔しいが、もともと覚えが悪い上、老齢化した頭に叩き込むのは容易ではない。本が好きでなければ務まらなかっただろう。といっても勤務中に読むわけにはいかないから、休憩時間や勤務終了後に本を借りに行ったり、読んだりするのが楽しみなのである。本に囲まれた環境が好きだ。こども時代からの憧れの環境である。もともと、児童文学が好きだし、担当も児童書だったから、必然的に児童文学の読書量が増えていった。そして、それまでの自分では読もうとしなかったジャンルも目が行くようになり、選ぶのも借りるのも楽しい。簡単でもいいから、感想をレビューとしてスマホで書き込んでいる。仕事環境が三年連続で変わっているのだから、私生活は変化があまりないほうが本来なら好ましかったかもしれない。しかし、この三年の間に娘は結婚して家を出ていき、慣れぬ一人暮らしが始まっている。猫がいたから良かったようなものの、いなかったら寂しさに心が荒んだかもしれない。やはり、温もりのある生活はありがたい。そしてここへきて、五年以上通っていたジムを変わることになった。理由はいろいろあるが、一番大きな要因は加齢である。もともと変形性膝関節症を持っていたのだが、気合と体力でカバーしてきた。しかし、何度も膝に水が溜まり、治療費もばかにならない。治療より予防策を考えることにした。一番いいのはプールである。体重の負荷をかけずに足腰を鍛えられるからだ。残念ながらそれまで通っていたジムにはプールがなかった。そこで最寄りのプール付きのジムに変えた。たかがジムと言うなかれ。私にとっては結構長い時間を過ごすところなのである。足の治療が目的だからプールはもちろん使うが、ダンスを諦めたわけではない。むしろ、ダンスを続けたいからプールで運動をするのだ。今日はプールで、翌日はヨガ、別の日にはダンスというスケジュールになっている。どれも上手くないというおまけ付きで、劣等感も強くなる。それに新しい環境なのでやはり、緊張もする。さすがに「はて」と考え込んでしまう。結局、何をやりたいのだろうか。ダンスは下手の横好きなので、生き甲斐とまでは言えない。気晴らしに近い。プールもヨガも健康のためだが、健康のために生きているのか。読書量が増えたものの、寝転んで読むため体重まで増えているではないか。これ以上、運動はできない。いろいろな変化に脳が疲れて何を本当にやりたいのかわからなくなっている日々である。
October 30, 2024
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