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人目が気になるって… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2017.02.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「気質」は一般的な性格分類とは異なります。

なぜなら、「気質」で問題になるのは、「性格」ではなく、その人の「感覚の質」だからです。

だから分かりにくいのだし、だから、「しつけ」や「教育」では変えることが出来ないのです。

一般的には、「知識」が「人間の思考や行動に影響を与えるもの」として考えられているのではないかと思います。
でも実際には、「知識」よりもその人固有の「感覚の働き」の方がもっと深く、その人の思考や行動に大きな影響を与えているのです。

だから、同じ「しつけ」をし、同じ教育を与え、同じ知識を学ばせても、同じ思考や同じ行動にはならないのです。



だから、親でも教師でも、子どもを育てる立場にいる人は、子どもの気質に対して配慮する必要があるのです。

そうでないと、逆効果になってしまうこともあるのです。

でも人は、その「感覚の違い」になかなか気付きません。
「一人一人感覚が違う」ということにすらあまり気付いていません。
自分自身の感覚にも気付いていません。

だから「自分の気質」も分からないのです。


その理由はいくつかあるのですが、先ず「感覚は目に見えない」ということがあります。

人はみんな「自分の感覚」に基づいて行動しているのですが、「結果としての行動」は見えても、その「原因としての感覚」の方は目に見えないのです。また、「自分の感覚を感じる感覚」も存在していません。

そのため、感覚がいつも働いて自分の思考や、行動を支えてくれているのにその働きに気付くこともないのです。

「このお料理は美味しい」ということは分かっても、その時自分の感覚がどのように働いているのかは分からないのです。

子どもはビールやコーヒーが苦いと言います。でも、大人になると、その苦みを美味しいと感じるようになります。

子どもと大人では感覚が異なっているからこういう現象が生まれるのですが、でも、人は、大人になる過程で自分の感覚がどのように変わってしまったのかということには気付いていません。

そして、「自分はズーッと変わっていない」と思い込んでいます。

だから、昔は自分も「子ども」だったのに、その「子どもの心」が分からなくなってしまうのです。


感覚が異なっているのは、子どもと大人だけではありません。大人同士でも、人は人それぞれ異なった感覚を持っていて、その感覚に従って考え、感じ、行動しています。

だからこの世界には色々な考え方や趣味の人がいて、色々な芸術や宗教があるのです。

また、最初は同じ大義名分の元に集まった人達でも、話しが具体化するにつれ、意見の対立が生まれ、時には内部分裂してしまうのです。



感覚が異なれば世界も異なるし、「真・善・美」も異なるのです。
そして、その感覚のタイプを分類したのが「気質」なんです。

ですから、異なった気質の人は異なった「 真・善・美」を持っているのです。

ある気質の人には「疑いようのない真実」であっても、別の気質の人には「真実でも何でもない」場合があるのです。

「自由」や「平和」といったものに関しても同じです。
「気質」が異なれば、その人が望む「自由や平和の形」も異なるのです。

だから、自分にとっての「真・善・美」を絶対のものとして一方的に他の人に押しつけてはいけないのです。

でも、胆汁の人はそれをやりたがるのです。





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Last updated  2017.02.05 09:50:41
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