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人目が気になるって… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2024.01.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「夢みる小学校」の予告編を見たときに感じた違和感の正体が大分、分かってきました。

それは予告編の「奇をてらうようなナレーション」や、様々な有名人達の「こんなにも新しくて、こんなにも凄い教育なんです」という大げさな解説のせいだったようです。

予告編が始まると最初に



というナレーションが流れます。
そして、子どもだけで作ったとは思えないような立派なテラスを映しだして
このテラスも子ども達の作品です

と説明します。
「子どもだけで作りました」ではなく「子ども達の作品です」という紹介の仕方に何らかの意図を感じます。
この言い方では子ども達がどこまでこのテラス作りに関与したのか分かりませんから。

自分たちでアイデアを出して設計図を描き、構造計算をして木材を購入し、カットや組み立てまで全て子ども達だけでやったのなら、間違いなく「子ども達の作品」です。



しかも、予告編では作業を手伝っている大人の姿が映っていません。映像は、あたかも子ども達だけで作ったかのように編集されています。そこに「子ども達だけで作った」と思い込ませたい制作側の意図を感じてしまうのです。

実際には、このテラスは大人にも手伝ってもらって出来たのでしょう。だとしたら「大人に手伝ってもらって作りました」でも全然素晴らしいことなのに、なぜ、そう説明しないのでしょうか。

「先生がいません」という言葉にも違和感を感じます。実際に「先生」がいないわけではなく、「先生」の役割が普通の学校とは異なっているだけなのでしょう。だとしたら、「先生がいません」という言い方は事実に合っていません。

また、この学校を褒め称える偉い人たちの言葉にも違和感を感じます。

子どもの村のこどもたちはみんな際立っているわけです。みんな質問が出来る。

確かに、質問が出来る事は素晴らしいことです。でも、質問しなくても素晴らしい能力を持った子はいっぱいいます。多血質の子は簡単に質問してきます。でも、憂鬱質の子はあまり質問しません。そして、自分で調べて、自分で考えて答えを見つけようとします。

大人が責任をとるからね。自由には責任を伴うというのはこの学校ではタブーなんです。

子ども達に「自由には責任が伴う」ということを伝えるのは悪いことなんでしょうか。

体験型学習をすることで子ども達の脳のOSが書き換わるんです。
そんなこと当たり前です。なぜなら、太古の昔から、子ども達にとっては、毎日の生活の場や遊びの場がもうすでに体験型学習の場だったからです。
それが子ども本来の学び方なんです。別に新しい学びの形ではないのです。だから子ども達は、大人が教えなくても、大人がやっていることを見て、真似して、自分の意志で様々な体験を繰り返して、歩くこと、言葉を話すこと、感じること、考えること、そして、様々な知識や技術を学んで来たのですから。

未来の学校の姿がこの学校にはある。
そうではないのです。子ども達は昔からこの方法で学んでいたのです。大人達が、それを否定して子ども達から「体験によって学ぶ場」を奪い、学校を「知識を教え込む場」にしてしまったのです。
それを今更「未来の学校の姿が・・・」などと言っていることに抵抗感を感じます。

文科省が2020年から学びを探求型で迫っていく方向に大きく舵を切り替えた

お墨付きをもらった・・・、ということなのでしょうか。そんなことどうでもいいのに。





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Last updated  2024.01.08 08:01:05
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