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「ついうっかり実験… New! かめおか ゆみこさん

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森の声

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2026.10.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日、FBに


学校は、先生や学校の指示に素直に従う生徒を求め、
国は、政府の言うことに素直に従う国民を求めています。
そして子どもはゲームやネットの世界などで誰かを支配しようとしています。

それに異論を唱えると「陰謀論者だ」などと言われます。民主義はどこに消えた・・・。
DVやカスハラの増加の背景にはそういうこともあるのでしょうね。


ということを書きましたが、なんで大人や権力者達はみんな「よい子」を求めるのでしょうね?

子どもが「自分がやりたいこと」「自分が言いたいこと」をガマンして「大人の期待」に合わせていると「よい子だ」と言われます。
そこにあるのは「大人の視点」や「支配者の視点」だけで、「子どもの視点」も「子どもの成長を願う視点」もありません。

子どもが、子どもらしく、自分らしく感じ、考え、行動していると、それだけで「困った子」「悪い子」「問題児」扱いされてしまうのです。でも、「自分らしさ」や「子どもらしさ」を否定された子は、自立した一人の人間としての成長が困難になってしまうでしょう。

なぜなら、そのように育った子は、自分の感覚で感じ、自分の頭で考え、自分の意思で判断し行動することが困難になってしまうからです。
そして、「人の目」を気にしたり、「みんなと一緒」、「みんなと同じ」という隠れ蓑に隠れようとするようになります。「指示や命令を与えてくれる人」や「正解」を求めたりもします。

でもそれ故に、自分に自信を持つことが出来ません。「自分は何のために生きているのか」ということも分かりません。

そのような状態から抜け出そうとすると、「みんなと違うこと」を言い、「みんなと違うこと」をすることになってしまいます。すると「困った人」「人のことを考えない人」「陰謀論者」「社会を乱す人」などと言われてしまいます。

今の日本にはそのような人がいっぱいいるような気がします。だから「匿名」になると過激な発言が増えるのでしょう。

また、「よい子」や「よい人」の側(がわ)にいたい人は、そのような「困った人」や「困った子」が出ないように監視しています。「困った人」や「困った子」がいると、「みんなと一緒」、「みんなと同じ」が出来なくなってしまうからです。そうやって相互監視が始まります。

でも、そのような状態のクラス、社会、グループ、国は活力を失います。進歩も成長もしなくなります。そして、集団迷子の状態になり、そのまま危険な状態になってしまうこともあります。戦争もそのような状態の中で生まれます。社会の閉塞感の中で出口を探して戦争を始めてしまうのです。
今の日本を見ていると「集団迷子」になってしまっているような気がするのです。

イジメなども「自分らしく生きることが許されない子」が、その苦しさを吐き出す対象として「ちょっと周囲から浮いた子」を見つけて行っているのではないでしょうか。
昔は成績がよい子はいじめの対象にならなかったのですが、最近は「人よりも成績がいい」ということもイジメの理由になるみたいです。「苦しみの共有」が出来ていない子はいじめの対象になってしまうのです。みんなで足の引っ張り合いをしているのです。だから道徳の授業で「イジメはやめよう」などと教えても無意味なんです。

でも、自然の中での遊びの場では全く状況が変わってきます。そもそも、自然は一律に作られていないのでみんな一緒、みんな同じが出来ません。みんなでドングリを拾っても、同じドングリは存在していません。
競争をしても、同じ状態のコースなど存在していません。
人工的に作られた遊具などがある場では、「みんな一緒、みんな同じ遊び」が出来ますが、自然の中では「みんな一緒、みんな同じ遊び」など出来ないのです。

また、森や野原で遊んでいる時は、大きな声を出しても、一人だけ違うことをやっていても「困った子」として扱われません。むしろ、みんなと違うことをやる子がいることで、遊びが広がったりします。
みんなが鬼ごっこをやっている時に一人で虫取りをしている子が、みんなの興味や関心の世界を広げてくれることもあるのです。


誰かが右を持ったら他の人が左を持てば大きなものでも運ぶことが出来ます。誰かが歌ったら「じゃあ私は踊る」というように、一人一人が違う役割を担うことで遊びが成り立つのです。それは芸術的な活動においても同じです。
それに、みんなが夢中になって遊んでいる時には、一人でボーッとしている子が一番最初に獣の危険を感じることが出来るかも知れません。

社会もまた同じだと思います。生き生きとした社会を作るためには一人一人が自分らしさを生かして生きている必要があるのです。
「みんな違ってみんないい」などというような曖昧なものではなく、一人一人がちゃんと自分らしさ、子どもらしさを大切に生きていないと、社会全体がおかしな方向に進んでしまうのです。





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Last updated  2026.10.01 08:27:09
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