2010年06月30日
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カテゴリ: Story-Tracks
駒野が、PKを外した。
あの試合を観ていた人間なら、何かを考えざるにはいられない光景。

敵方パラグアイ・バルデス選手の直後の言葉。
「お前が外したボールは、俺がスペインのゴールに決めてやる。」

ロベルト・バッジョの言葉。
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ。」

誰もがこの残酷で、悲惨な光景を何とか消化するために、
様々な形で表現を試みていた。
僕は、19年前のNを思い出していた。


本気で勝ちを目指すスパルタチームに所属していた僕たちは、
小学6年の夏、最後の大会に臨んでいた。

激戦区の地区予選を優勝し、
これを勝てば県優勝は目の前、というところまでやってきたブロック決勝戦。
相手は予想以上に粘り強く、最終回を終えて3-3。
大会ルールに則って、「9人が打順に従いジャンケンし、先に5勝した方が勝ち」
という「ジャンケンPK」が行われることとなった。

お菓子の取り合いでも、鬼ごっこのオニを決めるのでもない。
決勝戦の勝敗を、ジャンケンで決めるのだ。

試合開始前の挨拶のときように、
9人が打席からピッチャーマウンドに向かって一列に整列する。


Nは、キャプテンだった。
びっくりするほど上手い訳ではなかったが、
エラーが少なく、入部以来ほぼずっと、センターのポジションをキープしていた。

小学6年の春、Nはキャプテンに立候補した。
そうさせる何かがNの中にあったのかもしれない。


一旦始まったジャンケンは、恐ろしく猛スピードで6番の自分のところまでやってきた。
一度発生した竜巻が留まることを知らずに駆け抜けて行くように。
順番が回ってきた自分が何を出したのか、正直覚えていない。
勝ったという記憶だけが自分の中に残っている。

もはやチームのために勝ったのではなかった。
「自分を守る」ためだけに勝ったのだ。
誰もが、この勝敗の決断を下すことを恐れていた。

勝負の神様は、いつも皮肉だ。
勝敗は4-4のまま、9番バッターだったNのもとにやってきた。

Nの足は、興奮で震えていた。
敵を前にした犬のように、忙しなく土を踏みしめた。
ただジャンケンをするだけなのに、彼はジリッと後ろに下がった。

Nと対戦相手の間に、小学校の体育館と夏休み前の青い空が見えた。
次の瞬間、Nは死に物狂いに大声を張り上げ、
振りかぶった手を力一杯に前に突き出していたーー。

Nの張り出した手のひらの先には、二本の指が無情にも立ちはだかっていた。
たったそれだけのことだった。
Nは勢い込めて突き出したの手の遠心力に引っ張られ、そのまま地面にうずくまってしまった。

誰も、うずくまったNを責めることができなかった。
でも、僕たちのチームが終わってしまったこともまた、事実だった。
なかなか立ち上がれないNにかける言葉が見つからないまま、
僕たちの最後の大会は、呆気なく幕を閉じた。

19年前の出来事は、今でも僕の心の中に鮮明に残っている。
Nにとっては、もっと痛みのある残り方をしているだろう。

大切なのは、それが紛れもない事実であり、避けられないものだということ。
忘れようにも忘れられないものであるということ。
その事実とその先どうやって一緒に暮らして行くか、ということだ。

19年経って、あのときのこともようやく整理でき始めたのかもしれない。
駒野選手にも、そういう日が来ることを願って止まない。
事実は、その日だけでなく、その先をも含めた形で、事実となるのだから。





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最終更新日  2010年07月02日 11時41分12秒
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