殺者まで出した電通を巡る違法残業事件は、東京簡易裁判所が「略式命令は不相当」と判断し公開の法廷で審理されることになったそうなのだ。今回の簡裁の判断についてある検察幹部は「被告が否認しているわけでもないのに、略式起訴が正式な裁判になるのは珍しく、意外だ」と驚いた様子で、異例の判断に略式起訴した検察からは驚きの声が漏れてはいるというのだが、労働問題の専門家からは「社会へのメッセージになる」と評価する声が上がっている。悲惨な過労死を生み出す違法残業は許さない、という社会的機運を高める上でも、電通事件が非公開の書面審理で行われる「略式命令」の手続きではなく、公開の法廷で審理されることになった意義は大きいという。
東京簡易裁判所側はどのような労働環境が一人の尊い命を奪ったのかを法廷での実態解明に期待したいということのようだが、今回の事件で検察当局は早い段階から法人を略式起訴にするとの方向性を決めて捜査していた節があるそうなのだ。検察は厚生労働省の「かとく」が過去に捜査した5事件でいずれも法人を略式起訴しており、今回も前例を踏襲したように見えるというのだ。今回の簡裁の判断について別の検察幹部は「社会的注目を集めた事件だったので公開の法廷で行うべきだという考えで出した判断なのかもしれない」と推測し、「検察としては証拠もそろえて問題なくやっており、略式でも正式な裁判でも影響はない。粛々と公判に向けて準備する」と話しているという。
略式起訴に対し簡裁は通常では略式命令を出すが、「略式不相当」と判断した場合か、無罪などに当たる「略式不能」と判断した場合は公判を開かなければならない。最高裁によると昨年度に略式起訴された約27万件のうち、「略式不相当」と「略式不能」とされたのは計55件にとどまっているそうなのだが、東京地検は過労自殺した新入社員の高橋まつりさんの上司ら本社幹部3人を起訴猶予とした一方で、違法残業を許容してきた会社の責任は重いとして法人としての電通を略式起訴していた。あるベテラン裁判官は「今回の電通事件は、事案が複雑で慎重な審理が必要なケースだと判断されたのではないか。あり得る当然の判断だと思う」と語っているが、東京簡裁は今回の「不相当」とした理由を明かしていないという。
ベテラン裁判官は「例えば事実認定のために証拠調べが必要な場合など、どういう時に『不相当』と判断するのかは、裁判官の間で共通認識がある。それを踏まえて淡々と判断したのではないか」と分析した。電通の事件をきっかけに過重労働に対する社会の目は格段に厳しくなってきているが、東京簡裁が「略式不相当」とした理由は明らかでないが、そうした社会の変化が考慮された可能性もあるというのだ。検察側は略式起訴に当たり電通の労組が労働者の過半数で組織されていなかったため、締結していた労使協定が無効だったことを明らかにしたことも公判ではこの点も含め、電通の労働環境に対する不十分な認識がただされることになるとされており、電通は「裁判所の判断に従い対応いたします」との談話を出している。
日本労働弁護団事務局長の嶋崎量弁護士は今回の東京簡裁の判断に「長時間労働は人の命に関わり、刑事罰も科されうる問題であるとの認識が電通事件で広まった。公判が開かれればメディアでも報道され、労働問題を軽く考えてはいけないという社会的メッセージが発信される」と簡裁の判断を評価している。その上で「政府は残業時間の上限を法定化して罰則を設ける方針だが、使用者が労働者の労働時間を適正に把握していない現状では『隠れ残業』が増える恐れがある。公判を通じ社会で過労死の原因と対策を考える必要性を感じてもらいたい」と話している。高橋さんの母親は「電通はこれまで繰り返し過労死を発生させているので、そのことを踏まえて裁判所は適切な判断をしていただきたい」とコメントしている。
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